行政法 基本行政法 行政契約


1.準備行政における契約

+判例(H18.10.26)
理由
上告代理人中田祐児、同島尾大次の上告受理申立て理由(ただし、排除された部分を除く。)について
1 本件は、徳島県に属する旧木屋平村(以下「木屋平村」という。)の発注する公共工事の指名競争入札に平成10年度まで継続的に参加していた上告人が、同11年度から同16年度までの間、村長から違法に指名を回避されたと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、合併により木屋平村の地位を承継した被上告人に対し、逸失利益等の損害賠償を求めている事案である。

2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、土木建築工事の請負及び施工を業とする有限会社である。木屋平村は、平成17年3月1日、旧美馬町、旧脇町(以下「脇町」という。)及び旧穴吹町と合併して被上告人となったが、平成3年4月から上記合併まで、Aが村長の地位に在った。
(2) 上告人は、有限会社となる前の昭和60年ころから平成10年度まで木屋平村が発注する公共工事の指名競争入札に継続的に参加し、工事を受注していたが、後記(7)及び(8)記載のとおり、同11年度から同16年度まで、A村長から木屋平村が発注する公共工事への入札参加者として指名されなかったため、入札に参加することができなかった
(3) 指名競争入札の参加者の資格については、契約を締結する能力を有しない者等についての制限があるほか、地方公共団体の長において、あらかじめ、指名競争入札に参加する者につき、契約の種類及び金額に応じ、工事、製造又は販売等の実績、従業員の数、資本の額その他経営の規模及び状況を要件とする資格を定めて、公示しなければならず(地方自治法234条6項、同法施行令167条の11第2項、3項、167条の5)、平成13年4月1日からは、指名競争入札の参加者の資格について公表することが義務付けられている(公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号、同法施行令7条1項2号)。
さらに、地方公共団体の長は、資格を有する者のうちから入札に参加させようとする者を指名するが(地方自治法234条6項、同法施行令167条の12第1項)、同日以降は、地方公共団体が指名競争入札に参加する者を指名する場合の基準を定めたときは、これを公表することが義務付けられている(公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号、同法施行令7条1項3号)。
(4) 木屋平村は、「建設業者等指名停止等措置要綱」(以下「本件指名停止等要綱」という。)を定め、平成4年4月1日から実施してきた。
本件指名停止等要綱には、指名停止又は指名回避の事由となる項目とそれぞれの項目に対応する措置期間の基準が定められており、所定の項目に該当する者には指名停止の措置を行い、該当する疑いのある者には指名回避の措置を行うこととされている。その項目中に「その他重大な不法・不当行為を行い、指名業者として不適当と認められる者」という項目があり、その項目に対応する措置期間は2ないし12か月とされている。
木屋平村は、「木屋平村公共事業審議会規則」を定め、同9年4月1日から施行した。木屋平村では、この規則に基づいて、村の職員をもって組織する木屋平村公共事業審議会(以下「本件審議会」という。)が設置され、毎年度の一般競争入札及び指名競争入札の参加資格審査等に関する審議のため、各年度ごとに1回審議会が開催され、その審議結果が村長に答申されていた。
(5) 上告人は、平成8年11月ころ、木屋平村が実施しようとしていた村道拡張工事に関し、上告人の本店所在地前の50mほどの区間の工事について指名競争入札に参加させるよう求めた。当該工事は、1工区の工事区間が数百m程度、工事費にして3000ないし4000万円程度の工事であったため、本来であれば1500万円を超える工事について参加資格がなかった上告人を参加させることはできなかったが、木屋平村は、協議の結果、上記の区間について分割発注することとして、上告人を入札に参加させた。
(6) 上告人は、平成10年8月ころ、上告人代表者名義の山林を取水えん堤及び高区配水タンクの設置場所として木屋平村の実施しようとしていた簡易水道拡張改良工事に関し、その用地の売却に絡めて同工事の指名競争入札に上告人を参加させるよう求めた。木屋平村は、他の業者に既に指名通知を発出していた上、金額及び施工の面で上告人を指名することができないため、上告人の要求に応じることができず、上記両施設の設置場所を他の者の所有地に変更した上で、入札を経て、工事を実施した。
(7) 平成11年6月30日に開催された本件審議会において、委員から、上告人については上記(5)、(6)記載の各事実(以下、同記載の上告人の各行為を「本件各行為」という。)があり、かつ、登記簿上の本店所在地の事務所は従業員等が不在で数年間機能しておらず代表者は脇町で生活しているのが現状である旨の意見が出され、その意見をA村長への答申の附帯意見として添付する旨の決議がされた。
A村長は、本件審議会の答申を受け、平成11年度に実施される指名競争入札においては上告人に対し指名回避の措置を採ることを決定した。
(8) 木屋平村では、従前から、村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名していたところ、平成12年4月6日に開催された本件審議会において、会長から、上告人については、信頼回復、指名回復のための木屋平村からの話合いの申出が拒絶されており、A村長は上告人には指名競争入札に参加する意思がないと判断している旨が報告されるとともに、委員から、上告人の登記簿上の本店所在地の事務所は従業員等が不在で機能しておらず、代表者は脇町で生活しているのが現状である旨の意見が出され、委員全員がA村長の判断に賛成した
同13年5月14日に開催された本件審議会においては、委員全員から、上告人の登記簿上の本店所在地の事務所には常駐している者もほとんどおらず、上告人は村内業者として認められないとの意見が出された。
このようにして、平成11年度に続いて同12年度ないし同16年度の各年度において、木屋平村は、上告人の他の問題点を述べる意見に加えて、上告人が村内業者と認められないことを理由に、指名回避の措置を採った
(9) 木屋平村は、村が発注する建設工事の請負契約に係る一般競争入札及び指名競争入札に参加する者に必要な資格等に関する「木屋平村建設工事の請負契約に係る一般競争入札及び指名競争入札参加資格審査要綱」(以下「本件資格審査要綱」という。)を定めるとともに、「木屋平村指名競争入札審査委員会設置要綱」(以下「本件審査委員会設置要綱」という。)を定め、いずれも平成14年4月1日から施行した。
本件審査委員会設置要綱には、木屋平村指名競争入札審査委員会を設置し、入札参加資格を有する者のうちから具体的にどの業者を指名するかについて同委員会で審査する旨が定められている。本件審査委員会設置要綱の附属文書として、「指名競争に参加する者を指名する場合の基準」(以下「本件指名基準」という。)及び「木屋平村発注の工事請負契約に係る指名基準の運用基準」(以下「本件運用基準」という。)があり、入札参加資格を有する者のうちから業者を指名する場合の基準を定めている。
本件資格審査要綱は、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する建設業者を「村内業者」、その他の建設業者を「村外業者」と定義しており、村外業者には入札資格はないとはしていないものの、村内業者と村外業者を明確に区別している。
(10) 上告人の登記簿上の本店所在地は木屋平村にあり、そこには上告人代表者の母である監査役のBが住み、「有限会社X」の看板を掲げ、そこにある電話の番号を「X」の名義で電話帳に掲載している。しかし、上告人の実質上の経営者であるCは、平成6年3月以降、上告人代表者である妻ら家族と共に、脇町内の住居に住み、同敷地内に上告人の事務所を設けており、その住居の電話番号を「X㈲」の名義で電話帳に掲載している。その他の取締役や従業員で、木屋平村内に居住している者はいない。Bも、同15年3月まで木屋平村の正規職員として勤務していたのであるから、本店所在地は、そこに常勤している者はおらず、営業拠点としての実態を有していない。

3 原審は、上記事実関係等の下において、次のように判示して、上告人の請求をすべて棄却すべきものとした。
(1) 指名競争入札における参加資格審査ないし業者指名の判断については、契約担当者たる地方公共団体の長の広範な裁量にゆだねられているが、そのし意を許すものではなく、その権限の行使が明らかに不合理であるなど、その裁量権を逸脱し又は濫用した場合には、国家賠償法上違法になる
(2) 上告人の本件各行為は、木屋平村との信頼関係を損ねる行為であるから、A村長が、平成11年度に実施される指名競争入札において、本件指名停止等要綱に定める「その他重大な不法・不当行為を行い、指名業者として不適当と認められる者」に該当する疑いがあると判断し、上告人につき指名回避の措置を採ったことは、不合理であるとはいえない
他方、本件指名停止等要綱に定められている措置期間に照らすと、上記のような理由による「指名回避」の措置を1年を超えて継続することは、不相当に長期にわたる措置として、裁量権の濫用に当たるというべきである。
(3) 木屋平村では、村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名していたが、木屋平村が山間へき地に在って過疎の程度が著しい上、村の経済にとって公共事業の比重が非常に大きく、台風等の災害復旧作業には村民と建設業者の協力が重要であることからすると、上記のような運用は合理性を有していたものと認められる。
したがって、上告人を村外業者と認めた木屋平村の判断に合理性が認められれば、A村長が上告人を指名しないからといって、同人が裁量権を逸脱し又は濫用しているとまではいえない。
他の村内業者は、少なくとも木屋平村内の営業所に常勤する取締役ないしは従業員がおり、木屋平村に主たる営業所を有していると認められるのに対し、上告人の登記簿上の本店所在地は木屋平村にあるが、そこに常勤している者はおらず、主たる営業所の実態を有していないのであって、上告人が村内業者であるとは認められないとの木屋平村の判断は合理的なものである。
上告人が村外業者であったとしても、入札参加資格自体が得られないわけではないので、木屋平村が、かかる理由に基づく「指名回避」という措置を平成12年度以降も継続したことについて議論の余地もないではないが、上告人が村内業者だけでは対応できない事業を施工する特別な能力を有しているともいえない以上、上告人が木屋平村の公共工事について指名されないことには変わりがなく、木屋平村の措置が違法であるとはいえない。

4 しかしながら、原審の上記3(3)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 地方自治法234条1項は「売買、貸借、請負その他の契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約又はせり売りの方法により締結するものとする。」とし、同条2項は「前項の指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる。」としており、例えば、指名競争入札については、契約の性質又は目的が一般競争入札に適しない場合などに限り、これによることができるものとされている(地方自治法施行令167条)。このような地方自治法等の定めは、普通地方公共団体の締結する契約については、その経費が住民の税金で賄われること等にかんがみ、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、価格の有利性を確保し得るという観点から、一般競争入札の方法によるべきことを原則とし、それ以外の方法を例外的なものとして位置付けているものと解することができる。また、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律は、公共工事の入札等について、入札の過程の透明性が確保されること、入札に参加しようとする者の間の公正な競争が促進されること等によりその適正化が図られなければならないとし(3条)、前記のとおり、指名競争入札の参加者の資格についての公表や参加者を指名する場合の基準を定めたときの基準の公表を義務付けている。以上のとおり、地方自治法等の法令は、普通地方公共団体が締結する公共工事等の契約に関する入札につき、機会均等、公正性、透明性、経済性(価格の有利性)を確保することを図ろうとしているものということができる。
(2) 前記事実関係等によれば、木屋平村においては、従前から、公共工事の指名競争入札につき、村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名するという運用が行われていたというのである。確かに、地方公共団体が、指名競争入札に参加させようとする者を指名するに当たり、〈1〉 工事現場等への距離が近く現場に関する知識等を有していることから契約の確実な履行が期待できることや、〈2〉 地元の経済の活性化にも寄与することなどを考慮し、地元企業を優先する指名を行うことについては、その合理性を肯定することができるものの、〈1〉又は〈2〉の観点からは村内業者と同様の条件を満たす村外業者もあり得るのであり、価格の有利性確保(競争性の低下防止)の観点を考慮すれば、考慮すべき他の諸事情にかかわらず、およそ村内業者では対応できない工事以外の工事は村内業者のみを指名するという運用について、常に合理性があり裁量権の範囲内であるということはできない。
また、前記事実関係等によれば、木屋平村では、平成13年度までは、本件資格審査要綱、本件指名基準及び本件運用基準は制定されておらず、本件指名停止等要綱を除いて、指名に関する基準は明定されていなかった。さらに、平成14年4月以降施行された上記の本件資格審査要綱等をみても、本件資格審査要綱において村内業者と村外業者とが定義上区別されているものの、その外に上記のような村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという実際の運用基準は定められておらず、しかも、村内業者とは、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する業者をいうとされているにとどまり、主たる営業所あるいは村内業者の要件をどのように判定するのかに関する客観的で具体的な基準も明らかにされていなかった。このような状況の下における木屋平村の上記のような運用は、村内業者で対応できる工事はすべて指名競争入札とした上で、村内業者か否かの判断を適当に行うなどの方法を採ることにより、し意的運用が可能となるものであって、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の定める公表義務に反し、同法及び地方自治法の趣旨にも反するものといわざるを得ない。
一方、上告人は、昭和60年ころから木屋平村が発注する公共工事の指名競争入札に継続的に参加し、工事を受注してきており、木屋平村内の住所ないし事務所所在地を登記簿上の本店所在地としていた。平成6年3月に、上告人の実質的経営者と代表者の夫婦が脇町内に住居を構え、同敷地内に上告人の事務所を設けるなどした後も、上告人の登記簿上の本店所在地は木屋平村のままであり、同所には上告人代表者の母でもある監査役が住み、「有限会社X」の看板を掲げ、そこにある電話の番号を「X」の名義で電話帳に掲載している。そして、平成10年度までは、木屋平村の指名競争入札において指名を受けていたというのである。また、平成12年度以降指名をされないでいることについて、木屋平村から上告人にその理由が明らかにされていたという事情もうかがわれない。
そうすると、上告人は、平成6年の代表者等の転居後も含めて長年にわたり村内業者として指名及び受注の実績があり、同年以降も、木屋平村から受注した工事において施工上の支障を生じさせたこともうかがわれず、地元企業としての性格を引き続き有していたともいえる。また、村内業者と村外業者の客観的で具体的な判断基準も明らかではない状況の下では、上告人について、村内業者か村外業者かの判定もなお微妙であったということができるし、仮に形式的には村外業者に当たるとしても、工事内容その他の条件いかんによっては、なお村内業者と同様に扱って指名をすることが合理的であった工事もあり得たものと考えられる。
このような上告人につき、上記のような法令の趣旨に反する運用基準の下で、主たる営業所が村内にないなどの事情から形式的に村外業者に当たると判断し、そのことのみを理由として、他の条件いかんにかかわらず、およそ一切の工事につき平成12年度以降全く上告人を指名せず指名競争入札に参加させない措置を採ったとすれば、それは、考慮すべき事項を十分考慮することなく、一つの考慮要素にとどまる村外業者であることのみを重視している点において、極めて不合理であり、社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるを得ず、そのような措置に裁量権の逸脱又は濫用があったとまではいえないと判断することはできない

5 以上によれば、木屋平村における指名についての前記運用と上告人が村外業者に当たるという判断が合理的であるとし、そのことのみを理由として、平成12年度以降上告人を公共工事の指名競争入札において指名しなかった木屋平村の措置が違法であるとはいえないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決のうち同年度以降の指名回避を理由とする損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。そして、被上告人が上告人を指名しなかった理由として主張する他の事情の存否、それを含めて考えた場合に指名をしなかった措置に違法(職務義務違反)があるかどうかなどの点について更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
なお、その余の上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
よって、裁判官横尾和子、同泉德治の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官才口千晴の補足意見がある。

+補足意見
裁判官才口千晴の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛同するものであるが、反対意見を踏まえ、補足して意見を述べる。
1 原判決は、本件指名停止等要綱所定の事由を理由とする指名回避の措置の期間は長くても1年であり、これを超えて同措置を継続する場合には裁量権の逸脱に当たるとし、かつ、村外業者であることを理由に指名回避を平成12年度以降も継続したことの妥当性については議論の余地もないではないとしながら、上告人を村外業者であると認定して、木屋平村の措置が違法であるとはいえないと判断し、第1審判決の被上告人敗訴部分を取り消し、上告人の請求を棄却したものである。
2 しかし、上告人が村外業者に当たり、村内業者だけでは対応できない事業を施工するだけの特別な能力があるとは認められず、上告人を指名せず指名競争入札に参加させない措置は裁量権の逸脱には当たらないとする原審の判断は、著しく合理性に欠けるものである。その理由は、以下のとおりである。
(1) 公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律が制定(平成13年4月1日施行)され、木屋平村においても、特定の工事につき具体的にどの業者を指名するかについて、本件審査委員会設置要綱並びにその附属文書である本件指名基準及び本件運用基準を定め、これを同14年4月1日から施行した。
しかし、木屋平村では、平成13年度まで指名に関する基準は明定されておらず、また、原則として村内業者を指名するという運用がされていたとはいえ、同14年度以降を含め、そのような指名基準が明確に定められてはいなかった。しかも、村内業者とは、本件資格審査要綱によっても、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する業者をいうとされているにとどまり、主たる営業所あるいは村内業者の要件をどのように判定するのかに関する客観的で具体的な基準も明らかではなかった。
また、山間へき地の過疎の村である木屋平村における公共工事の状況は、反対意見が指摘するような実態であることを否定するものではないが、理由もなく不適正かつ不合理な指名回避の措置がされてはならないことは当然である。
(2) 上記法律の制定趣旨は、公共工事についての機会均等の保障、競争性の低下防止、透明性及び公正性の確保等にあり、公共工事をめぐる談合や行政との癒着の是正、入札及び契約の適正化の促進は、時勢の求めるところであり、かつ自明の理でもある。本件において、公共工事の入札及び契約の適正化を促進すべき主体と入札参加者指名の主導権者が村長であることはいうまでもない。そのような立場にある村長の不適正かつ不合理な措置は、同法の趣旨に照らしても到底看過することができない。また、そのような措置を受けた場合の上告人の救済手段は本件訴訟等の司法手続をおいて他にないことも事実である。
(3) 一方、上告人は、長年にわたり村内業者として指名及び受注の実績があり、平成6年の村外転居後も村内業者か村外業者かの判定は微妙な状況にあった。このような状況の下において、木屋平村が、上告人につき主たる営業所が村内にないという事実から形式的に村外業者に当たるとし、そのことのみを理由として、平成12年度以降一切上告人を指名せず指名競争入札に参加させない措置を採ったとすれば、それは社会通念上著しく妥当性を欠くものであり、その措置に裁量権の逸脱があったことは明らかである。上記のような上告人につき、村外業者であるという理由のみで、しかも、上告人にその理由を示すこともなく、また、その点に関し上告人から何らの意見聴取等をすることもないまま、平成12年度以降一切上告人を指名競争入札に参加させないことは、公共工事の入札や契約において要請される公正さに欠け、指名権者のし意的判断さえ強く疑わせるものといわざるを得ない。
これを違法であるとはいえないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから、原判決のうち同年度以降の指名回避を理由とする損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。また、被上告人が上告人を指名しなかった理由として主張する他の事情の存否、それを含めて判断した場合に指名しなかった措置に違法があるか、違法があるとした場合の違法な指名回避の時期や損害等について更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻す必要がある。
3 よって、私は、上記部分につき、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すとする多数意見に賛同するものである。

+反対意見
裁判官横尾和子の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見が、木屋平村が公共工事の指名競争入札の参加者の指名に当たり村内業者でないことのみを理由として平成12年度以降上告人を指名しなかったとすれば裁量権の逸脱濫用に当たるとすることに、以下に述べるところにより、賛成することができない。
1 地方公共団体が公共工事の指名競争入札の参加資格を地元企業に限り、又は原則として地元企業のみを指名することについては、〈1〉 地元企業であれば、工事現場の地理的状況、気象条件等に詳しく契約の確実な履行、緊急時における臨機応変の対応が期待できること、〈2〉 地元雇用の創出、地元産品の活用等地元経済の活性化に寄与することが考えられるので、合理性が認められる。そして、このように地元企業であることを必須の要件とすることも、そうすることが総体としての当該地域の住民(納税により公共工事の費用を負担する者、公共工事の経済効果により利益を受ける者など)の利益を損なうことのない限り、合理的な裁量の範囲内にあるというべきであり、この要件を欠くことを理由として指名を行わないことは裁量権の逸脱濫用には当たらない。
原審の認定する木屋平村の事情は、山間へき地の超過疎の村であり台風等の自然災害の被害に悩まされているところ、村の経済にとって公共事業の比重が非常に大きく、また台風等の災害復旧作業には村民と建設業者との協力が重要であるというのであるから、村内業者では対応できない工事を除き、指名競争入札の参加者の指名を村内業者に限定しても、少なくとも村民の利益を損なうものではなく、したがって、村内業者ではないことを理由として指名をしなかったことは裁量権の逸脱濫用に当たるものではない。
2 指名に関する基準につき明文上村内業者と村外業者の区別がされたのは平成14年4月1日本件資格審査要綱施行以降であるが、それ以前から同趣旨の運用がされてきたことについては、原審が、「木屋平村は、村内業者では対応できない事業のみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指定していた」と認定するところである。
村内業者の定義については、本件資格審査要綱中「木屋平村の区域内に主たる営業所を有するもの」とされているところ、村内業者のみを指名することの趣旨は1に述べたとおりであるから、「木屋平村の区域内に主たる営業所を有するもの」とは、この趣旨に沿う営業の実態を有するものをいうものと解される。したがって、登記簿上村内に本店が所在するとされているものの、代表者、取締役、従業員のいずれも村内に居住せず、また本店が営業拠点としての実態を有していない上告人が、村内業者に該当しないことは明らかである。
3 以上のとおりであるので、上告人の請求は、平成12年度以降の指名回避に係る部分も棄却されるべきであり、原審の判断は正当であるから、上告人の上告はすべて棄却すべきである。

+反対意見
裁判官泉德治の反対意見は、次のとおりである。
私は、A村長の上告人に対する平成12年度から同16年度までの指名回避(以下「本件指名回避」という。)についても、国家賠償法1条1項の違法性があるとはいい難いので、上告人の上告を棄却すべきであると考える。その理由は、次のとおりである。
1 まず、本件指名回避のうち平成12年度及び同13年度の分について検討する。
(1) 地方自治法234条2項は「前項の指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる。」と規定し、同法施行令167条は指名競争入札によることができる場合を同条各号に掲げる場合に限定しており、同法は、普通地方公共団体の締結する契約については、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、価格の有利性を確保し得るという観点から、一般競争入札の方法によるべきことを原則とし、指名競争入札等の方法を例外的なものと位置付けているものと解することができる。したがって、普通地方公共団体の長が指名競争入札の参加者を指名するに当たっても、できる限り機会均等の理念及び価格の有利性の確保に配意するのが地方自治法の趣旨に適合するといえよう。しかし、地方自治法施行令167条の12第1項が、「普通地方公共団体の長は、指名競争入札により契約を締結しようとするときは、当該入札に参加することができる資格を有する者のうちから、当該入札に参加させようとする者を指名しなければならない。」と規定するにとどまり、参加資格を有する者のうちから指名しなければならないという制限は付しているものの、その範囲内における指名を普通地方公共団体の長の裁量にゆだねていることや、当該普通地方公共団体の区域内に主たる営業所を有する者に限って指名することを禁止する規定はないことからすれば、上記の機会均等の理念及び価格の有利性の確保を考慮に入れても、当該普通地方公共団体の区域内に主たる営業所を有する者に限って指名する方が当該地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合には、そのような指名を行うことも許容されると考える(随意契約によることが許される場合に関する最高裁昭和57年(行ツ)第74号同62年3月20日第二小法廷判決・民集41巻2号189頁参照)。
(2) 原審の認定によれば、木屋平村は、山間へき地の超過疎の村であり、台風等の自然災害の被害に悩まされており、村の経済にとって公共事業の比重が非常に大きく、台風等の災害復旧作業には村民と建設業者との協力が重要であることから、村の経済の振興を図るとともに災害復旧作業の円滑な実施を期するため、同村の発注する公共事業の指名競争入札の参加者の指名に当たっては、村内業者では対応できない事業のみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名してきたというのである。ちなみに、平成12年国勢調査によると、木屋平村の人口は1314人で、世帯数は601である。少なくとも、木屋平村のような過疎の村にあっては、上記のような指名を行うことは、村の利益の増進にもつながるものというべく、上記の運用には合理性があり、法令に違反するものではないと考える。
(3) 原審の認定によれば、本件指名回避は、上告人が村内業者ではないことを理由になされたものであるところ、木屋平村内の上告人の登記簿上の本店には従業員がおらず、同本店は営業拠点としての実態を有しないので、上告人は村内業者とは認められず、また、上告人が村内業者だけでは対応できない事業を施工するだけの特別な能力があるとも認められないというのである。したがって、上告人が村内業者でないとしてされた本件指名回避に違法はないというべきである。
(4) 上告人は、平成6年3月に、上告人の実質的経営者と代表者の夫婦が脇町内に住居を構え、同敷地内に上告人の事務所を設けるなどした後も、平成10年度までは木屋平村の指名競争入札の参加者に指名されてきたが、原審の認定によると、多数意見の2の(5)及び(6)に掲記する同村との信頼関係を損ねる行為が指摘されたのを契機に、上告人が村内業者でないことが指摘され、それが事実と確認されて本件指名回避に至ったというのであるから、上告人が平成10年度まで村内業者として扱われていた事実があるからといって、本件指名回避が違法であるということにはならない。
(5) もとより、村長において、参加者の指名に当たり、選挙で自己を応援した者を優遇し、対立候補者を応援した者を排除することは、契約の公正の観点から許されるものではないが、A村長が選挙で対立候補者を応援した上告人に対する意趣返しとして本件指名回避をしたとは認められないこと、一方、木屋平村が村内業者として扱っていた建設業者が、同村内に取締役及び従業員又は従業員が在住し、同村内に実質的な本店(主たる営業所)を有し、そこに常勤する者がいる業者であることは、原審の認定するところであって、この認定を前提とする限り、本件指名回避に違法があるとすることもできない。
2 次に、本件指名回避のうち平成14年度から同16年度までの分について検討する。
(1) 公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号(平成13年4月1日施行)は、地方公共団体の長は、「政令で定める公共工事の入札及び契約の過程に関する事項」を公表しなければならないと規定し、同法施行令7条1項3号は、地方公共団体の長は、「指名競争入札に参加する者を指名する場合の基準」を定めたときは、遅滞なくこれを公表しなければならないと規定している。
木屋平村は、入札参加資格が認められる者の中から、特定の工事につき具体的にどの業者を指名するかについて、本件審査委員会設置要綱並びにその附属文書である本件指名基準及び本件運用基準を定め、これを平成14年4月1日から施行した。
所論は、本件指名基準及び本件運用基準は、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号及び同法施行令7条1項3号の規定に基づき制定公表された「指名競争入札に参加する者を指名する場合の基準」であって、本件指名基準及び本件運用基準には、村内業者と村外業者とを区別した上、原則として村内業者のみを指名するということは定めていないから、上告人を村外業者として指名しなかった本件指名回避は、本件指名基準及び本件運用基準に基づかずに行われたもので、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号及び同法施行令7条1項の規定に違反し違法であると主張する。
(2) 木屋平村は、地方自治法施行令167条の5第1項及び167条の11第2項の規定に基づき、同村が発注する建設工事の請負契約に係る一般競争入札及び指名競争入札に参加する者に必要な資格等について定めるものとして、本件資格審査要綱を定め、平成14年4月1日から施行した。本件資格審査要綱は、申請書の提出期間について規定する4条において、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する建設業者を「村内業者」、その他の建設業者を「村外業者」と定義している。さらに、本件記録によれば、本件資格審査要綱は、資格審査について規定する5条において、申請書を提出した建設業者の等級の格付けは村内業者、村外業者とも6月1日に行うものとすると定めており、村内業者と村外業者とを明確に区別した上、各別に等級の格付けを行うことを予定しているということができる。また、本件指名基準は、工事の請負契約については、指名競争に参加する資格を有する者のうちから、「当該工事に対する地理的条件」等の事項を総合勘案して指名すると定めている。そして、本件運用基準は、本件指名基準の運用上の留意事項として、上記の「当該工事に対する地理的条件」については、「本店、支店又は営業所の所在地及び当該地域での工事実績等から見て、当該地域における工事の施工特性に精通し工種及び工事規模等に応じて当該工事を確実かつ円滑に実施できる体制が確保できるかどうかを総合的に勘案すること。」と定めている。本件資格審査要綱、本件指名基準及び本件運用基準は、木屋平村が、村内業者では対応できない事業についてのみ村外業者を指名競争入札の参加者に指名し、それ以外は村内業者のみを指名競争入札の参加者に指名するということを明言するものではないが、逆にこれを禁止するものではなく、上記のような定めからすれば、むしろ従来からの運用を許容しているものと解することができる。
(3) したがって、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号及び同法施行令7条1項が施行され、木屋平村において平成14年4月1日から本件指名基準及び本件運用基準が施行されたからといって、本件指名回避が違法になるものではない。
3 さらに、所論は、原判決が高松高裁平成9年(ネ)第177号、第259号同12年9月28日判決・判例時報1751号81頁に違背するという。
上記高松高裁判決は、「指名競争入札における入札参加者の指名は、契約担当者の広範な裁量に委ねられている。しかし、それは契約担当者の恣意を許すものではない。特に、指名停止措置について要領等の定めがある場合に、その事由に該当しないのに、契約担当者が特定の業者をことさら入札参加者に指名せずに競争入札から排除することは、特段の事情がない限り、裁量権を逸脱又は濫用するものである。」と判示する。
原判決は、本件指名回避は、上告人が不法・不当行為を行ったことを理由とする指名停止の措置ではなく、上告人が村外業者であることを理由に指名競争入札の参加者に指名しないという措置として合理性を有すると判断したものであるから、上記の高松高裁判決とは事案を異にし、これに違反するものではない。
4 多数意見は、木屋平村において、村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという運用を行ったことが、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の定める公表義務に反するという。しかし、同法8条1号及び同法施行令7条1項3号は、指名競争入札に参加する者を指名する場合の基準を定めたときは、遅滞なくこれを公表しなければならないと規定するにとどまり、上記基準の内容まで規定してはおらず、木屋平村は、平成14年4月1日施行の本件資格審査要綱、本件審査委員会設置要綱、本件指名基準及び本件運用基準の定める範囲内において、従前から長期間にわたり行ってきた上記運用を継続したもので、上記運用を行ったことが同法の定める公表義務に反するものということはできない。
なお、多数意見は、本件資格審査要綱において「村内業者とは、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する業者をいうとされているにとどまり、主たる営業所あるいは村内業者の要件をどのように判定するのかに関する客観的で具体的な基準も明らかにされていなかった。」というが、「主たる営業所」という用語は、民事訴訟法4条4項、民事再生法5条1項等でも使用されている法令用語であって、本件資格審査要綱における村内業者の上記定義が不明確であるとはいえない。
また、多数意見は、木屋平村において、村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという運用を行ったことが、地方自治法の趣旨に反するという。しかし、本件においては、普通地方公共団体における一般的な状況として、一般競争入札、指名競争入札及び随意契約の運用実態がどのようなものであるのか、あるいは指名競争入札においてどの程度地元業者が優遇されているのか等の資料提出や論議はされておらず、そのような判断材料の乏しい中で、木屋平村のような山間へき地の超過疎村において村内業者を優遇することが同法の趣旨に反するとまで断ずるのは、いささか早計で厳格すぎるとの感を免れない。
5 そもそも、上告人の本訴請求は、上告人は、村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという木屋平村の運用の下において、平成8年度から同10年度の3年間の平均で、同村発注の公共工事の36.42%を受注し、同期間中の上告人の利益率は42.36%であったから、同11年度から同16年度においても同村の公共事業発注合計額9億4129万1419円の36.42%に当たる3億4281万8332円を受注でき、その42.36%に当たる1億4521万7845円の利益を得ることができたところ、本件指名回避により同額の損害を受けたとして、被上告人(実質的には601世帯の木屋平村)に対し、この損害等の賠償を請求するというものである。すなわち、上告人自身が、村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという木屋平村の運用が続くことを前提とした損害の賠償を請求しているのである。したがって、上記運用が違法であるというのであれば、上記運用の枠の中で得られた利益等を損害として賠償請求することはできないのである。
したがって、上告人の本訴請求の成否は、上告人が村内業者であるか否かにかかっているところ、前記のとおり、上告人が村内業者とは認められないとした原審の認定判断に不合理な点はないから、上告人の本訴請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 才口千晴 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎)

++解説
《解  説》
1 本件は,徳島県の旧木屋平村の発注する公共工事の指名競争入札に昭和60年ころから平成10年度まで継続的に参加していた建設業者(X)が,同11年度から同16年度までの間,村長から違法に指名を回避されたと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,合併により木屋平村の地位を承継した美馬市(Y)に対し,逸失利益等の損害賠償を求めている事案である。

2 地方公共団体の長は,指名競争入札において入札に参加することができる者の資格を定め,公表しなければならないが(地方自治法234条6項,同法施行令167条の11第2項,第3項,167条の4,167条の5,公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律〔以下「適正化法」という。〕8条1号,同法施行令7条1項2号),その資格を有する者のうちから入札に参加させようとする者を指名する(地方自治法234条6項,同法施行令167条の12第1項)に当たり誰を指名するかの基準については,その基準を定めたときは公表しなければならないと規定されているにとどまる(適正化法8条1号,同法施行令7条1項3号)。また,地方自治法施行令167条の11第1項において準用する同施行令167条の4第2項が所定の事由に該当すると認められる者をその事実があった後2年間入札に参加させないことができると定めているほかは,指名停止・指名回避の基準について法令に規定はない。したがって,①指名競争入札に参加することができる者の資格をどのように定めるか,②指名の選定基準や指名停止・指名回避の基準を定めるかどうか,どのように定めるか,③指名に当たって具体的にどの業者を指名するかについては,各地方公共団体の長の裁量にゆだねられている。しかし,地方公共団体の締結する契約について,公正性,透明性,経済性等が確保されなければならないことからすると,地方公共団体の長がし意的な指名又は指名停止・指名回避をすることは許されず,し意的な指名又は指名停止・指名回避をしたときは,裁量権の逸脱,濫用として国家賠償法上違法となることがあるものと解される。入札参加者として指名をしなかった措置の違法性が争われた下級審裁判例(違法性を否定した例として,宮崎地都城支判平10.1.28判時1661号123頁,松山地判平12.3.29判自204号83頁,福井地判平17.3.30判自272号61頁,水戸地土浦支判平17.4.4判タ1218号229頁等,肯定した例として,高松高判平12.9.28判時1751号81頁,津地判平14.7.25判タ1145号133頁,福岡高判平17.7.26判タ1210号120頁等)においても,同様の見解を前提として判断がされている。

3 本件において,Xは,指名回避は村長選挙において対立候補者を応援したことに対する意趣返しであると主張したが,1審(徳島地判平16.5.11判自280号17頁),原審(高松高判平17.8.5同12頁)ともにこれを否定している。村の「建設業者等指名停止等措置要綱」によれば,「その他重大な不法・不当行為を行い,指名業者として不適当と認められる者」に該当する疑いのある者には,措置期間を2ないし12か月として,指名回避の措置を行うこととされている。平成11年度における指名回避措置については,Xが村道拡張工事において参加資格がなかったにもかかわらず強引に指名競争入札に参加させるよう求めるなどしたことが村との信頼関係を損ねる行為であるから,村長は上記の定めにより指名回避の措置を採ったものであり,不合理とはいえないと判断された。上告受理決定においても,これらの点に関する上告受理申立て理由は排除されている。

4 一方,要綱に定められている措置期間は最長1年であるから,平成12年度以降Xを指名しなかった措置が裁量権の濫用に当たるかどうかが問題となった。Yは,村では,従前から,村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し,それ以外は村内業者のみを指名していたところ,Xは村外業者であることが判明したため,指名をしないこととしたと主張したが,1審は,平成14年4月施行の資格審査に関する村の要綱は,村内業者(村の区域内に主たる営業所を有する業者)と村外業者とを定義しているものの,入札参加資格という点では両者を全く区別していないし,Xが村の区域内に主たる営業所を有していないとはいえないとして,平成12年度以降の措置を違法とした。
これに対し,原審は,山間へき地に在って過疎の程度が著しい村の経済にとって公共事業の比重が非常に大きく,台風等の災害復旧作業には村民と建設業者の協力が重要であることからすると,上記のような運用は合理性を有していたものと認められ,Xが村内業者であるとは認められないとの村の判断は合理的なものであり,Xが村内業者だけでは対応できない事業を施工する特別な能力を有しているともいえない以上,Xを指名しないからといって裁量権を逸脱し又は濫用しているとまではいえず,村の措置が違法であるとはいえないと判断した。

5 本判決は,上記のように,村における指名についての前記運用とXが村外業者に当たるという判断が合理的であるとし,そのことのみを理由として,平成12年度以降Xを公共工事の指名競争入札において指名しなかった村の措置が違法であるとはいえないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして,この部分について,原判決を破棄し,Yが指名をしなかった理由として主張する他の事情の存否等について更に審理を尽くさせるため原審に差し戻した。
多数意見は,要旨次のとおり説示している。(1)地方自治法,適正化法等の法令は,普通地方公共団体が締結する公共工事等の契約に関する入札につき,機会均等,公正性,透明性,経済性(価格の有利性)を確保することを図ろうとしているものということができる。(2)地方公共団体が地元企業を優先する指名を行うことの合理性は肯定することができるものの,価格の有利性確保(競争性の低下防止)の観点を考慮すれば,考慮すべき他の諸事情にかかわらず,およそ村内業者では対応できない工事以外の工事は村内業者のみを指名するという運用について,常に合理性があり裁量権の範囲内であるということはできない。(3)村では,平成14年4月以降施行された資格審査に関する要綱で村内業者と村外業者とが定義上区別されているものの,その外に上記のような実際の運用基準は定められておらず,しかも,村内業者の要件をどのように判定するのかに関する客観的で具体的な基準も明らかにされていなかったのであって,このような状況下での上記のような運用は,し意的運用が可能となるものであり,適正化法及び地方自治法の趣旨に反する。(4)Xは,昭和60年ころから村が発注する公共工事の指名競争入札に継続的に参加し,工事を受注してきており,平成6年に実質的経営者と代表者の夫婦が県内の他の町内に住居を構え,同敷地内に事務所を設けるなどした後も,登記簿上の本店所在地は村のままであり,同所には代表者の母でもある監査役が住み,Xの看板を掲げるなどしている上,平成10年度までは村の指名競争入札において指名を受け,受注した工事において施工上の支障を生じさせたこともうかがわれず,地元企業としての性格を引き続き有していたともいえる。(5)上記のような法令の趣旨に反する運用基準の下で,主たる営業所が村内にないなどの事情から形式的に村外業者に当たると判断し,そのことのみを理由として,他の条件いかんにかかわらず,およそ一切の工事につき平成12年度以降全くXを指名せず指名競争入札に参加させない措置を採ったとすれば,それは極めて不合理であり,社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるを得ず,そのような措置に裁量権の逸脱又は濫用があったとまではいえないと判断することはできない
なお,本判決には,多数意見をふえんした上,村の措置について,公共工事の入札や契約において要請される公正さに欠け,指名権者のし意的判断さえ強く疑わせるものといわざるを得ないと指摘する補足意見(才口裁判官)と,木屋平村のような山間過疎の村における村内業者優先指名の運用は合理性を有し,裁量権の逸脱濫用に当たるものではなく,Xは村内業者に当たらないなどとして,原審の判断は正当であるとする反対意見(横尾裁判官及び泉裁判官)が付されている。
6 指名競争入札における地元業者優先指名の運用は多くの地方公共団体で行われているが(碓井光明『公共契約法精義』120頁参照),談合事件等の影響もあり指名競争入札制度そのものに対する見直しも行われている中で,本判決は,その運用の在り方,限界等について示唆を与えるものであって,実務上参考となろう。

(1)訴訟類型
・指名や指名回避は処分には当たらず、取消訴訟の対象にはならない!
→公法上の当事者訴訟で。

+判例(H23.6.14)
理 由
 上告代理人林孝幸,同山本利幸,同安部光典の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
 1 本件は,上告人の自ら設置し管理する老人福祉施設の資産の譲渡先としてその運営を引き継ぐ事業者の選考のための公募において,設立準備中の社会福祉法人が,提案書を提出してこれに応募したところ,紋別市長から提案について決定に至らなかった旨の通知を受けたことから,上記法人の理事又は理事長の就任予定者である被上告人らが,上記通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることを前提にその取消し等を求めている事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 上告人は,平成20年2月8日,自ら設置し管理する老人福祉施設である紋別市立安養園を民間事業者に移管すること(以下「本件民間移管」という。),その手法として,長期的に同じ事業者が経営を継続することのできる効用を期待して,指定管理者方式(地方自治法244条の2第3項に基づき事業者に施設の管理を一定期間行わせる方式)を避けて施設譲渡方式(事業者に施設の資産を譲渡する方式)を採ること,当該老人福祉施設の資産の譲渡先としてその運営を引き継ぐ事業者(以下「受託事業者」という。)を公募により選考することを決め,「紋別市立安養園民間移管に係る受託事業候補者募集要綱」(以下「本件募集要綱」という。)を定めた。本件募集要綱には,上告人は受託事業者に対し上記施設の建物及び備品(以下「本件建物等」という。)を無償で譲渡するとともに上記建物の敷地(以下「本件土地」という。)を当分の間無償で貸与すること,受託事業者は移管条件に従い上記施設を老人福祉施設として経営するとともに上告人と締結する契約の各条項を信義誠実の原則に基づいて履行すべきこと,上告人は受託事業者の決定後においても移管条件が遵守される見込みがないと判断するときはその決定を取り消すことができることなどが定められていた。
 上告人は,同月25日から同年3月24日まで受託事業者の募集(以下「本件募集」という。)をし,設立準備中の社会福祉法人であるA会は,同日付け提案書を提出してこれに応募したところ,他に応募者のない中で,上告人の設置に係る受託事業候補者選定委員会においてその候補者として選定された後,同年5月2日,紋別市長から,A会を相手方として本件民間移管の手続を進めることは好ましくないと判断したので提案について決定に至らなかった旨の通知(以下「本件通知」という。)を受けた
 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,本件通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとした上で,本件通知の取消請求を認容した。 本件民間移管に当たっては,指定管理者方式と施設譲渡方式とが検討された上で,長期的に同じ事業者が経営を継続することのできる効用を期待して,後者が選択されたところ,紋別市公の施設に係る指定管理者の指定手続に関する条例(平成17年紋別市条例第11号)及び同条例施行規則(平成17年紋別市規則第46号)によれば,上告人においては,指定管理者方式を採る場合には原則として指定管理者の候補者を公募することとされているから,本件募集要綱を定めて本件募集を行ったのは指定管理者方式を参考にしたものと推認され,より慎重に受託事業者を選定する必要のある施設譲渡方式においては公募によることが地方自治法の解釈上要求されているものと解される。以上によれば,本件募集は法令の定めに基づいてされたものということができ,本件募集に応募した者には本件募集要綱に従って適正に選定を受ける法的利益があり,本件通知はこの法的利益を制限するものであるから行政処分性がある。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,本件民間移管は,上告人と受託事業者との間で,上告人が受託事業者に対し本件建物等を無償で譲渡し本件土地を貸し付け,受託事業者が移管条件に従い当該施設を老人福祉施設として経営することを約する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結することにより行うことが予定されていたものというべきである。本件募集要綱では,上告人は受託事業者の決定後においても移管条件が遵守される見込みがないと判断するときはその決定を取り消すことができるとされており,本件契約においても,これと同様の条項が定められれば解除権が留保されるほか,本件土地の貸付けには,公益上の理由による解除権が留保されており(地方自治法238条の5第4項,238条の4第5項),本件土地の貸付け及び本件建物等の無償譲渡には,用途指定違反を理由とする解除権が留保され得るが(同法238条の5第6項,7項),本件契約を締結するか否かは相手方の意思に委ねられているのであるから,そのような留保によって本件契約の契約としての性格に本質的な変化が生ずるものではない。
 そして,本件契約は,上告人が価格の高低のみを比較することによって本件民間移管に適する相手方を選定することができる性質のものではないから,地方自治法施行令167条の2第1項2号にいう「その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないもの」として,随意契約の方法により締結することができるものである。また,紋別市公の施設に係る指定管理者の指定手続に関する条例及び同条例施行規則は,上告人の設置する公の施設に係る地方自治法244条の2第3項所定の指定管理者の指定の手続について定めたものであって(同条例1条参照),本件契約の締結及びその手続につき適用されるものではない。そうすると,本件募集は,法令の定めに基づいてされたものではなく,上告人が本件民間移管に適する事業者を契約の相手方として選考するための手法として行ったものである。
 以上によれば,紋別市長がした本件通知は,上告人が,契約の相手方となる事業者を選考するための手法として法令の定めに基づかずに行った事業者の募集に応募した者に対し,その者を相手方として当該契約を締結しないこととした事実を告知するものにすぎず,公権力の行使に当たる行為としての性質を有するものではないと解するのが相当である。したがって,本件通知は,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである(最高裁昭和33年(オ)第784号同35年7月12日第三小法廷判決・民集14巻9号1744頁,最高裁昭和42年(行ツ)第52号同46年1月20日大法廷判決・民集25巻1号1頁参照)。

 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,同部分につき,被上告人らの訴えを却下した第1審判決は正当であるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官大谷剛彦)

(2)本案

2.給付行政における契約
(1)指導要綱違反

+判例(H1.11.8)
理  由
弁護人中村護ほか一二名の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例が本件とは事案を異にするので適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、原判決の認定によると、被告人らが本件マンションを建設中の山基建設及びその購入者から提出された給水契約の申込書を受領することを拒絶した時期には、既に、山基建設は、武蔵野市の宅地開発に関する指導要綱に基づく行政指導には従わない意思を明確に表明し、マンションの購入者も、入居に当たり給水を現実に必要としていたというのである。そうすると、原判決が、このような時期に至ったときは、水道法上給水契約の締結を義務づけられている水道事業者としては、たとえ右の指導要綱を事業主に順守させるため行政指導を継続する必要があったとしても、これを理由として事業主らとの給水契約の締結を留保することは許されないというべきであるから、これを留保した被告人らの行為は、給水契約の締結を拒んだ行為に当たると判断したのは、是認することができる。
また、原判決の認定によると、被告人らは、右の指導要綱を順守させるための圧力手段として、水道事業者が有している給水の権限を用い、指導要綱に従わない山基建設らとの給水契約の締結を拒んだものであり、その給水契約を締結して給水することが公序良俗違反を助長することとなるような事情もなかったというのである。そうすると、原判決が、このような場合には、水道事業者としては、たとえ指導要綱に従わない事業主らからの給水契約の申込であっても、その締結を拒むことは許されないというべきであるから、被告人らには本件給水契約の締結を拒む正当の理由がなかったと判断した点も、是認することができる
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

+判例(H5.2.18)
理由
一 上告代理人岸巖、同田中喜代重の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
二 同第二点について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(一) 武蔵野市においては、昭和四四年ころからマンションの建築が相次ぎ、そのため日照障害、テレビ電波障害、工事中の騒音等による問題が生じ、また、学校、保育園、交通安全施設等が不足し、被上告人の行財政を強く圧迫していた。そこで、被上告人は、市民の生活環境が宅地開発やマンション建設によって破壊されて行くのを防止することを目的として、武蔵野市内で一定規模以上の宅地開発又は中高層建築物建設事業を行おうとする者(以下「事業主」という。)等を行政指導するため、被上告人の議会の全員協議会に諮った上、昭和四六年一〇月一日、武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱(以下「指導要綱」という。)を制定した。
(二) 指導要綱は、一〇〇〇平方メートル以上の宅地開発事業又は高さ一〇メートル以上の中高層建築物の建設事業に適用され、(1)事業内容の公開、公共施設の設置、提供及びその費用負担、日照障害等について市長と事前協議をし、その審査を受けなければならない、(2)事業により施行区域周辺に影響を及ぼすおそれのあるものについては、事前に関係者の同意を受け、また、事業によって生じた損害については、補償の責を負わなければならない、(3)事業区域内に所定の幅員、路面排水、側溝等を備えた道路を整備し、市に無償で提供するものとする、(4)開発面積が三〇〇〇平方メートル以上の場合は、一定の割合による公園、緑地を設けなければならない、(5)上下水道施設については、事業主の費用負担において市が施工し、又は市の指示に従って事業主が施工し、その施設を市に無償で提供するものとする、(6)建設計画が一五戸以上の場合は、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を負担するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする(この負担すべき金員を「教育施設負担金」といい、その金額は、建設計画が一五戸ないし一一三戸の場合には、一戸につき五四万四〇〇〇円とされていた。)、(7)市の指示により、消防施設、ごみの集積処理施設、街路灯等の安全施設を設置、整備し、駐車場用地を確保するものとする、(8)指導要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他の協力を行わないことがある、等とする内容のものであった。
(三) 被上告人は、指導要綱の運営に当たり、武蔵野市宅地開発等審査会を設置し、次のような方法で事業主に指導要綱を履践させていた。
事業主は、被上告人の担当課と事前に協議した上、教育施設負担金寄付願等を添付して事業計画承認願を被上告人の市長に提出し、右審査会は、指導要綱所定の要件が整っていればこれを承認し、要件が整っていなければ担当課において更に行政指導を行い、承認された事業主に対しては、市長が事業計画承認書を交付する。事業主は、右承認後二〇日以内に被上告人に右寄付願に記載した教育施設負担金等を納付する。被上告人は、東京都の各関係機関に対し、建築確認の申請等があった場合申請書受理以前に指導要綱につき被上告人と協議するよう行政指導されたい旨を依頼し、東京都の各関係機関はこれを承諾してそのような行政指導を行い、市長から前記承認書の交付を受けた事業主は、建築確認申請書と共に右承認書を提出して建築確認を受け、その後工事に着手することとなっていた。
(四) 指導要綱は、被上告人のみならず市民もその実施に強い熱意をもっていたこと、前記市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力とあいまって広範囲に適用されたこと、事業主の側も指導要綱に従わないと開発等が事実上難しくなるなどの見通しを持つに至ったこと等もあって、年を追うごとに定着して行った。そのため、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は、事実上開発等を断念せざるを得なくなり、後述の山基建設株式会社(以下「山基建設」という。)の例を除いては、指導要綱はほぼ完全に遵守される結果となった。なかでも、教育施設負担金については、減免、延納又は分納の例もなく、山基建設も、後述のとおり、裁判上の和解において、寄付金であることを明示して教育施設負担金相当額を支払う旨を約束せざるを得なかった。
(五) 武蔵野市内に本店を置く山基建設は、昭和四九年六月ころ、武蔵野市内にマンションを建築することを計画し、同年一二月七日、指導要綱に基づく被上告人の事業計画承認を得ないまま建築確認を得て、昭和五〇年五月ころ、その建築に着工したところ、被上告人は、工事用の水道メーターの取り付けを拒否した。そこで、山基建設は、東京地方裁判所八王子支部に水道の給水等を求める仮処分を申請し、同支部は、同年一二月八日、被上告人に対し水道の給水を命ずる仮処分命令を発した。同月二〇日、右仮処分異議訴訟において、被上告人は山基建設に水道を供給し、下水道の使用を認め、山基建設は、右マンションの付近住民に対し解決金として三五〇万円を、被上告人に対し寄付金として指導要綱に基づく教育施設負担金相当額をそれぞれ支払う旨の訴訟上の和解が成立した。
(六) 山基建設は、昭和五二年二月、武蔵野市内において指導要綱に定める諸手続を履践しないままマンションの建築に着工したところ、被上告人は、再び山基建設に対し水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶した。なお、右マンション完成後入居者からの給水申込みも拒否したため、被上告人の市長は、昭和五三年一二月五日、水道法一五条一項違反の罪名で起訴され、有罪判決を受けた。
(七) 山基建設に関する右の一連の紛争は新聞等で報道された。
(八) 亡Aは、昭和五二年五月ころ、武蔵野市内の本件土地にA、その妻の上告人B、二男の上告人C及び三男の上告人Dの四名名義で三階建の賃貸マンションの建築を計画し、指導要綱に関連する被上告人との折衝等を株式会社新建築設計事務所の代表者Eに委託した。Aは、Eから、指導要綱に従って教育施設負担金一五二三万二〇〇〇円を寄付しなければならない旨を告げられたが、指導要綱に基づき被上告人に対し公園用地を無償貸与し、道路用地を贈与し、公園の遊具施設を寄付し、防火水槽の設置費を負担することとなっていたし、これまでも多額の税金を納付していたので、その上更に高額の教育施設負担金を寄付しなければならないことに強い不満を持ち、被上告人との事前協議の際に、新建築設計事務所の従業員を通じ、担当者に教育施設負担金の減免、延納等を懇請したが、右担当者は、前例がないとしてこれを拒絶した。
(九) その後、Aは、指導要綱の手続、教育施設負担金条項及びその運用の実情等を承知していたEから、指導要綱に従って教育施設負担金の寄付を申し入れて事業計画承認を得ないと被上告人から上下水道の利用を拒否され、マンションが建てられなくなるとの説明を受けたので、やむなく、昭和五二年八月五日、指導要綱に従って一五二二万二〇〇〇円(ただし、指導要綱にしたがって計算すると一五二三万二〇〇〇円となる。)を寄付する旨の寄付願を添付して事業計画承認願を被上告人宛に提出し、同月二五日右承認願は前記宅地開発等審査会において承認され、同年一〇月二五日建築確認がされた。
(一〇) Aは、なおも高額の教育施設負担金の寄付が納得できなかったので、自ら被上告人の担当者に教育施設負担金の減免、分納、延納を懇請したが、再び前例がないとして断わられ、同年一一月二日、一五二三万二〇〇〇円を被上告人に納付した。

2 原審は、右事実関係の下において、指導要綱とそれに関連する制度そのものが当然に違法とまではいえず、したがって、被上告人がAに教育施設負担金を納付するよう行政指導したことが、当然に公権力の違法な行使に当たるとは認められないし、山基建設と被上告人との間の紛争がAの意思に影響を与えたことを考慮しても、被上告人の職員のAに対する本件建物建築についての教育施設負担金をめぐる具体的な行政指導が、その限界を超えた違法なものとはいえないとして、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものと判断した。

3 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記1(一)の指導要綱制定に至る背景、制定の手続、被上告人が当面していた問題等を考慮すると、行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損うことがない限り、違法ということはできない
しかし、指導要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被上告人において、事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、また、これを遵守させるため、一定の手続が設けられている。そして、教育施設負担金についても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定められており、事業主の義務の一部として寄付金を割り当て、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、事業主が指導要綱に基づく行政指導に従わなかった場合に採ることがあるとされる給水契約の締結の拒否という制裁措置は、水道法上許されないものであり(同法一五条一項、最高裁昭和六〇年(あ)第一二六五号平成元年一一月七日第二小法廷決定・裁判集刑事二五三号三九九頁参照)、右措置が採られた場合には、マンションを建築してもそれを住居として使用することが事実上不可能となり、建築の目的を達成することができなくなるような性質のものである。また、被上告人がAに対し教育施設負担金の納付を求めた当時においては、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は事実上開発等を断念せざるを得なくなっており、これに従わずに開発等を行った事業主は山基建設以外になく、その山基建設の建築したマンションに関しては、現に水道の給水契約の締結及び下水道の使用が拒否され、その事実が新聞等によって報道されていたというのである。さらに、Aが被上告人の担当者に対して本件教育施設負担金の減免等を懇請した際には、右担当者は、前例がないとして拒絶しているが、右担当者のこのような対応からは、本件教育施設負担金の納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上で行政指導をするという姿勢は、到底うかがうことができない
右のような指導要綱の文言及び運用の実態からすると、本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきである。被上告人がAに対し指導要綱に基づいて教育施設負担金の納付を求めた行為も、被上告人の担当者が教育施設負担金の減免等の懇請に対し前例がないとして拒絶した態度とあいまって、Aに対し、指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、Aに教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる。指導要綱に基づく行政指導が、武蔵野市民の生活環境をいわゆる乱開発から守ることを目的とするものであり、多くの武蔵野市民の支持を受けていたことなどを考慮しても、右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない
これに反する前記原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、理由があり、原判決のうち上告人らの予備的請求に係る損害賠償請求を棄却した部分は破棄を免れず、右部分につき更に審理を尽くさせるために原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

++解説
《解  説》
一 原告は、被告(武蔵野市)が制定した「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」(本件指導要綱)に基づいて、被告に教育施設負担金一五二三万円余を納付して同市内にマンションを建築したが、被告が本件指導要綱ないしはこれに基づく行政指導が違法な公権力の行使に当たると主張して、右教育施設負担金額相当の損害賠償を請求する事件である(原告は、主位的には、教育施設負担金の納付が強迫によるものとして、その返還を求めていたが、これは一審以来認められていない。)。なお、原告は、控訴中に死亡し、その相続人が訴訟を承継している。一、二審とも原告敗訴(一審判決は判時一〇七八号九五頁、二審判決は判時一二六八号三九頁)。
最高裁は、①本件指導要綱が形式的には水道の給水拒否等の制裁措置を背景にして事業主に寄付の義務を課することを内容とするものであること、②本件当時は、本件指導要綱に従ってマンションの建築をするか、指導要綱に従えないので建築を断念するかのいずれかになっており、唯一指導要綱に従わなかった一事業者に対しては、その建築したマンションに対し違法に水道の給水や下水道の使用を拒否していたという運用の実態、③原告の教育施設負担金減免の懇請を拒絶した被告の職員の態度等判示の事実関係の下においては、原告に対し教育施設負担金の納付を求めた行為が相手方の任意に寄付を求める行政指導の限度を超え、違法な公権力の行使に当たる旨判断して、二審判決の国家賠償請求を棄却した部分を破棄し、原審に差し戻した。
二1 多くの地方自治体においては、大規模な宅地造成、中高層マンションの建設等に伴う社会問題に対処するために、(一)開発計画につき自治体と協議して自治体の改善勧告等に応ずべきこと、(二)周辺住民の同意を得ること、(三)法定外の各種の規制(例えば、最小宅地面積)に応ずべきこと、(四)公共施設用地の寄付又は開発負担金の拠出などを内容とするいわゆる開発指導要綱を制定している。本件指導要綱は、比較的初期に制定されたもので、その代表例ということができよう。
2 開発指導要綱は、一般的には、行政内部の心得(実質的意義の訓令)、すなわち行政指導を行うにあたっての基準、行政機関が守るべき原則を定めたものであって、その拘束力は、行政機関に及ぶにすぎず、直接住民に及ぶものではないと解されている(原田尚彦「宅地開発指導要綱による建築規則」法時五六巻九号二八など)が、法治主義との関係でその適法性が問題とされていた。また、その運用についても、行き過ぎがあることを指摘されるなど、社会の関心をひき、開発業者等が地方自治体に対し、開発負担金の納付が無効であるとしてその返還を求めたり(例えば、東京高判平1・10・31判時一三三三号九一頁)、あるいは、開発負担金の納付を強要したとして損害賠償を請求する(例えば、大阪地堺支判昭62・2・25本誌六三三号一八三頁)といった開発負担金をめぐる訴訟も起きている。
開発指導要綱に基づく行政は、法の不備を補充しつつ地域社会の混乱と住民の生活の破綻を防止するために必要不可欠な、緊急避難的な措置であって、現実を直視すれば、相手方が自らの意思で自由に処分できる法益につき任意の譲歩を求める指針である限り、その適法性が認められる(原田尚彦・行政法要論(全訂版)一七二頁)などとして、適法性を肯定する学説が多く、本判決も引用する最二小決平1・11・8は、指導要綱に従わないことが権利の濫用になる場合があり得ることを認めており、下級審の裁判例も、指導要綱に基づく行政指導そのものは適法としてきた。本判決も、指導要綱に基づいて行政指導を行うこと自体は違法ではないことを認めており、多数の学説及びこれまでの判例、裁判例の流れに沿ったものである。
3 開発指導要綱及びこれに基づく行政指導が、法律上の根拠がなくても適法とされるのは、それが、相手方の任意の協力を求めるものだからであるから、運用において、開発者に寄付等を事実上強制するものであるときには、違法とされることになろう。
本判決は、①本件指導要綱の形式・内容、②本件当時の本件指導要綱の運用の実態、③原告に対する被告の職員の行政指導の態度等の事情を総合して、行政指導として原告に対して寄付を求めた行為が、限度を超えて事実上寄付を強制するものと判断したものである。原告の主観は問題とされていない。本判決は、客観的状況だけからも、行政指導として行われた行為が行政指導の限界を超えたと判断される場合があることを認めたものであろう。最三小判昭60・7・16民集三九巻五号九八九頁、本誌五六八号四二頁は、相手方が「行政指導にはもはや協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明し」たときには、行政指導を理由として建築確認を留保することが違法となるとしており、行政指導の限界を原則として相手方の主観に求めているかのようであるが、行政指導そのものの違法性が争われた事例ではなく、行政指導の内容によっては、相手方の主観を問題とせずに、客観的状況だけから、行政指導として行われた行為が違法となることまでも否定するものではないと考えられる。
ただ、本件は、原告が、マンションの建築を計画し、市(被告)との折衝を続けているその同じ時期に、被告は本件指導要綱に従わない事業主が建築したマンションに水道の給水を拒否するという、後に市長が水道法違反で刑罰を課せられることになるような違法な制裁措置を発動し、そのことが新聞等によって報道され、一種の社会問題となっていたという特殊な事情の存する事案についての判断と考えられる。同様の制裁措置を規定した開発指導要綱も少なくないが、そのような開発指導要綱に基づく行政指導を一般的に違法とするまでのものではないと思われる。しかし、本判決は、開発指導要綱に基づく行政指導として行われた行為が国家賠償法上の違法な行為であることを最高裁が認めた最初の事例であり、開発指導要綱に基づく行政指導の限界について考える上で参考となるものである。
なお、本件については、差戻審において和解が成立した旨報道されている(毎日新聞東京版平5・12・22)。
本判決の評釈等として亘理格・ジュリ一〇二五号三八頁、木ノ下一郎・ひろば四八巻八号五五頁、千葉勇夫・法教一五四号一一六頁、同・民商一〇九巻四=五号三三五頁、碓井光明・地方自治判例百選〔第二版〕一二頁、大橋洋一・平五重判解説四五頁がある。

(2)重大な違法

公序良俗違反を助長することとなる場合とか。
+判例(大阪地判H2.8.29)

(3)深刻な水分不足を避けるためにやむを得ない場合

+判例(H11.1.21)
理由
上告代理人藤島昭、同岩渕正紀、同東松文雄、同山口定男、同古賀義人、同森元龍治の上告理由について
一 本件は、不動産の売買等を目的とする会社である上告人が、被上告人志免町の水道事業の給水区域内にマンションの建設を計画し、平成二年五月三一日、被上告人に建築予定戸数四二〇戸分の給水申込みをしたところ、被上告人から志免町水道事業給水規則(昭和四一年志免町規則第五一号)三条の二第一項が新たに給水の申込みをする者に対して「開発行為又は建築で二〇戸(二〇世帯)を超えるもの」又は「共同住宅等で二〇戸(二〇世帯)を超えて建築する場合は全戸」に給水しないと規定していることを根拠に給水契約の締結を拒否されたので、右の拒否は水道法(以下「法」という。)一五条一項に違反するとして、被上告人に対し右給水申込みの承諾等を求める事件である。

二 法一五条一項にいう「正当の理由」とは、水道事業者の正常な企業努力にもかかわらず給水契約の締結を拒まざるを得ない理由を指すものと解されるが、具体的にいかなる事由がこれに当たるかについては、同項の趣旨、目的のほか、法全体の趣旨、目的や関連する規定に照らして合理的に解釈するのが相当である。
いうまでもなく、水道は、国民の日常生活に直結し、その健康を守るために欠くことのできないものであるが、我が国においては、地形、気象、人口等の自然的社会的諸条件のため、需要に見合った水道用水の確保は必ずしも容易ではなく、水は貴重な資源である(法二条一項参照)。市町村は、このような水道事業を経営する責任を負うものである(地方自治法二条三項三号、四項、法六条二項参照)ところ、法は、市町村を始めとする地方公共団体に対し、水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講じなければならず(法二条一項)、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、水道の計画的整備に関する施策を策定、実施するとともに、水道事業を経営するに当たっては、その適正かつ能率的な運営に努めなければならないとの責務を課し(法二条の二第一項)、他方、国民に対しては、市町村等の右施策に協力するとともに、自らも、水の適正かつ合理的な使用に努めなければならないとの責務を課している(法二条二項)。
右にみたとおり、水道が国民にとって欠くことのできないものであることからすると、市町村は、水道事業を経営するに当たり、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、可能な限り水道水の需要を賄うことができるように、中長期的視点に立って適正かつ合理的な水の供給に関する計画を立て、これを実施しなければならず、当該供給計画によって対応することができる限り、給水契約の申込みに対して応ずべき義務があり、みだりにこれを拒否することは許されないものというべきである。しかしながら、他方、水が限られた資源であることを考慮すれば、市町村が正常な企業努力を尽くしてもなお水の供給に一定の限界があり得ることも否定することはできないのであって、給水義務は絶対的なものということはできず、給水契約の申込みが右のような適正かつ合理的な供給計画によっては対応することができないものである場合には、法一五条一項にいう「正当の理由」があるものとして、これを拒むことが許されると解すべきである。
以上の見地に立って考えると、水の供給量が既にひっ迫しているにもかかわらず、自然的条件においては取水源が貧困で現在の取水量を増加させることが困難である一方で、社会的条件としては著しい給水人口の増加が見込まれるため、近い将来において需要量が給水量を上回り水不足が生ずることが確実に予見されるという地域にあっては、水道事業者である市町村としては、そのような事態を招かないよう適正かつ合理的な施策を講じなければならず、その方策としては、困難な自然的条件を克服して給水量をできる限り増やすことが第一に執られるべきであるが、それによってもなお深刻な水不足が避けられない場合には、専ら水の需給の均衡を保つという観点から水道水の需要の著しい増加を抑制するための施策を執ることも、やむを得ない措置として許されるものというべきである。そうすると、右のような状況の下における需要の抑制施策の一つとして、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、現に居住している住民の生活用水を得るためではなく住宅を供給する事業を営む者が住宅分譲目的でしたものについて、給水契約の締結を拒むことにより、急激な需要の増加を抑制することには、法一五条一項にいう「正当の理由」があるということができるものと解される。

三 原審の認定した事実関係の概要は次のとおりであり、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
1 被上告人は、福岡市の東部に隣接する全国有数の人口過密都市で、平成五年三月三一日現在の人口は三万五〇一八人であり、人口密度は、一平方キロメートル当たり四〇〇 二人であって、福岡市をしのぎ、福岡県下で二番目に高く、同市のベッドタウンとして人口集積が見込まれ、平成五、六年に合計二一〇九戸のマンション建設計画が持ち上っている。
2 平成元年度から同三年度までの被上告人の水道事業の概要は、原判決添付の「取水・給水の実績表」及び「取水の内訳表」のとおりである。
これによれば、認可を受けた水源としては、被上告人の固有の水源である御笠川水源地、吉原水源地、旧馬越水源地、新馬越水源地及び湖水(七夕谷水源地)のほか、福岡地区水道企業団からの浄水受水があり、認可を受けていない水源として、須恵町からの浄水受水及び宇美川からの取水(鹿田貯水池を経て七夕谷水源地に送水)がある。
被上告人の取水量に対する余力水量(取水量と給水量の差、すなわち取水した原水を浄水とするまでに漏水、ろ過・洗浄等によって失われる水量)の割合は近隣市町村より高いが、他から受水する浄水は余力水量を見込む必要はほとんどないところ、前記三箇年におけるこれらの市町村の浄水受水の取水量に対する割合は被上告人のそれよりも高率であるから、被上告人の余力水量の割合が高いことはやむを得ない。また、被上告人が原水を浄水とするまでに水が失われる原因としては、原水を洗浄するのに年間二〇万二三五六立方メートルの洗浄水を必要とすることのほか、貯水池の全面改修を要する底板の亀裂からの漏水があり、他にもその場所を特定することができない漏水箇所が存在することが挙げられる。
また、無効水量(浄水のうち需用者に給水されるまでの間に漏水等によって失われる水量)については、厚生省が水道整備課長通知によりこれを一〇パーセントに抑制するよう指導しているところ、前記三箇年における被上告人の無効水量の給水量に対する割合は、それぞれ一四・〇五パーセント、一二・二六パーセント、九・六三パーセントであり、しかも右無効水量には本来有効水量に含まれる無収水量(公衆用飲料水等、対価を伴わない給水の量)とすべきものも計上されている。右割合は他に比して際だって高いとはいえず、過去のやむを得ないいきさつから耐久性に乏しい水道管が近隣市町村より著しく高い割合で使用されているため給水管破損が多いことが、右割合を高める原因となっている。
前記三箇年における被上告人の水道事業における浄水受水を含む認可水源からの取水量は、いずれの年度においても給水量を下回っており、これには余力水量が含まれている上、七夕谷水源地からの取水とされているものは実は認可外水源である宇美川からの取水であり、被上告人の固有の認可水源からの取水実績からみると、その取水能力は低下し、認可水量は実態と全くかい離しており、固有水源からの取水で給水量を確保し難い傾向は、容易には改まらないとみられる。福岡地区水道企業団からの浄水受水は、工事の遅れにより早くても平成八年完成予定の鳴淵ダム、平成一三年完成予定の大山・小石原ダムが完成するまでは増量する見込みがなく、平成四年度には水量不足により一部削減された。
被上告人は平成三年まで須恵町から浄水を受水していたが、これは同年四月以降停止されている。
被上告人は、給水量を賄うため、農業水利権者との契約により認可外水源である宇美川から取水しているが、これは河川法上の手続を経て取得した水利権に基づくものではなく、実際にも上水道のための水利権を取得することは甚だしく困難である。また、右契約上、農業用水の優先権が認められ、宇美川の流量が少なくなったときには被上告人の取水が制限、停止されることになっている。
このようなことから、被上告人が、確保し得る原水の量や給水し得る水量を需要が超えないようにするための諸策を講ずることなく、漫然と新規の給水申込みに応じていると、近い将来、需要に応じきれなくなることが容易に予測し得る。
3 被上告人の支出している水道施設修繕費の給水収益に対する割合は、福岡県下の他の市町村に比較して高率である。被上告人は、無効水量の減少を目的として、昭和六三年度から平成八年度までに六億四九〇〇万円を支出し、今後平成二二年度までに総事業費七〇億円を見込んで水道管を全部取り替える予定であり、また、昭和六三年一〇月に一一億五〇〇〇万円の費用をかけて浄水場の増改修を実施し、平成四年一〇月には七億円の費用を投じて貯水池の増設をするなど、取水量及び給水量の改善のための努力をしている。しかし、被上告人が余力水量や無効水量の改善によって給水能力を高めるにはそれ相当の期間と資金を要し、一挙にこれを実現することは極めて困難である。
四 前記二の考え方に立って、右事実関係に基づき、原審口頭弁論終結時(平成六年五月一九日)において被上告人が上告人の給水契約の締結を拒む「正当の理由」があったといえるか否かにつき検討する。
右事実関係によれば、被上告人は全国有数の人口過密都市であり、今後も人口集積が見込まれるところ、被上告人の経営する水道事業は、固有の認可水源の取水能力が低下している一方、福岡地区水道企業団からの浄水受水も渇水期には必ずしも万全とはいえない上、その受水量を増大させるためのダムは計画どおりに完成しておらず、受水量の増大が実現するのは将来のことであって、これら認可水源のみでは現在必要とされる給水量を賄うことができず、これを補うために須恵町から浄水を受水していたが、平成三年四月以降はこれも中止されており、やむなく、認可外であり、かつ、河川法上の手続を経て水利権を取得していないにもかかわらず、農業水利権者との契約に基づいて宇美川から取水して給水量を補っているが、法的見地からみても契約条項からみても右取水は不安定といわざるを得ず、被上告人においてこれらの状況を改善するために多額の財政的負担をして種々の施策を執ってきているが、容易に右状況が改善されることは見込めないため、このまま漫然と新規の給水申込みに応じていると、近い将来需要に応じきれなくなり深刻な水不足を生ずることが予測される状態にあるということができる。このようにひっ迫した状況の下においては、被上告人が、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、住宅を供給する事業を営む者が住宅を分譲する目的であらかじめしたものについて契約の締結を拒むことにより、急激な水道水の需要の増加を抑制する施策を講ずることも、やむを得ない措置として許されるものというべきである。そして、上告人の給水契約の申込みは、マンション四二〇戸を分譲するという目的のためにされたものであるから、所論のように、建築計画を数年度に分け、井戸水を併用することにより水道水の使用量を押さえる計画であることなどを考慮しても、被上告人がこれを拒んだことには法一五条一項にいう「正当の理由」があるものと認めるのが相当である。
五 以上によれば、右と結論において同旨の原審の判断は、是認することができる。上告人は違憲をも主張するが、いずれも志免町水道事業給水規則三条の二第一項の定める基準に基づいて給水契約締結の拒否の適否を決することをもって憲法違反と主張するものであって、右のとおり、右基準の定めにかかわりなく、本件の給水契約締結の拒否は適法であると解されるのであるから、所論は前提を欠く。その余の論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って、若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものであり、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

++解説
《解  説》
一 福岡市及びその周辺地域は慢性的な水不足に悩むことで知られているが、本件は、福岡市隣接のベッドタウンである志免町においてマンションを建設している不動産会社であるXが、水道事業者であるY(志免町)に対し、平成元年から二年にかけて三回にわたり建設戸数五四〇戸ないし四二〇戸のマンションにつき、水道法(以下「法」という。)一五条に基づき給水の申込みをしたが、志免町水道事業給水規則(昭和四一年志免町規則第五一号)三条の二第一項(以下「本件規定」という。)において給水しないか給水制限する場合として規定されている「開発行為又は建築で二〇戸(二〇世帯)を超えるもの」又は「共同住宅等で二〇戸(二〇世帯)を超えて建築する場合は全戸」に該当することを理由に、Yから給水契約の締結を拒否されたので、主位的に給水契約上の地位の確認を(ただし、一審で棄却されたため、原審では訴えを取り下げた。)、予備的に給水契約の申込みの承諾、マンションの着工又は完成を停止条件とする給水命令を求めた事件である。
本件の争点は、Yのした給水契約の拒否に法一五条一項にいう「正当の理由」があるか否かにある。より具体的にいえば、① Yにおける慢性的水不足の実情にかんがみて、水が不足することのない街づくりを進めるため、大規模な開発に伴う給水申込みは、当該一件の給水を認めることが直ちに需要が供給を上回る事態を招くとまでいえなくても、近い将来の水不足を招くおそれが高い場合にはこれを認めないこととすることに、「正当の理由」があるといえるか、② Yの給水事情はどの程度ひっ迫しているか、が争点である。
一審(本誌七九四号二三八頁)は、Yの給水能力には改善の余地があり「正当の理由」があるとはいえないとして、Xの主位的請求を棄却したものの予備的請求を認容した。これに対し、原審(判時一五四八号六七頁)は、Yの控訴に基づき、Yの改善努力にもかかわらず認可水源からの給水能力は不足しており、本件規定の基準は現時点においては一応妥当なものといってよいから、これに基づいてしたYの給水契約の許否には「正当の理由」があると認めて、Yの敗訴部分を取り消し、Xの請求を全部棄却した。そこで、Xが上告した。一、二審の判断が分かれたのは、右①の点に関する「正当の理由」の解釈と、Yの給水能力に関する事実認定の相違による。詳しくは、各判決を参照されたい。原判決にはいくつかの評釈があるが、給水量が不足するおそれがあることを理由に給水契約を拒否することができるとしても、その要件をどのように考えるかについては、様々なニュアンスのものがある。
二 法一五条一項の「正当の理由」に関する最高裁の先例として最二小決平1・11・7本誌七一〇号二七四頁、判時一三二八号一六頁があるが、同決定は専ら法とは無関係の行政目的を達成するための給水拒否に正当の理由があったといえるかが問題となった事案に関するものであり、法固有の行政目的から給水契約の締結の拒否が是認されるのがどのような場合なのかについては、判断を示していないから、本件の直接の参考にはならない。また、下級審の裁判例においても、本件一、二審判決を除けば、「正当の理由」の一般的定義を示して判断した先例(右最二小決の原審東京高判昭60・8・30判時一一六六号四一頁、その一審東京地八王子支判昭59・2・24判時一一一四号一〇頁、大阪高判昭53・9・26本誌三七四号一〇九頁、判時九一五号三三頁、東京地判昭58・5・11本誌五〇四号一二八頁)も、近い将来の水不足のおそれを理由とする給水契約の拒否の許否について、直接参考となるものとはいえない。
水道法の運用に関する基本文献と考えられる厚生省水道環境部水道法研究会・改訂水道法逐条解説二五八頁は、「正当の理由」とは、水道事業者の正常な企業努力にもかかわらずその責めに帰すことのできない理由により給水契約の申込みを拒否せざるを得ない場合に限られるものであり、法一六条に定めるもののほか、おおむね次のような場合が想定されるとして、(1) 配水管未布設地区からの申込み、(2) 給水量が著しく不足している場合(正常な企業努力にもかかわらず給水量が著しく不足している場合であって、給水契約の受諾により他の需用者への給水に著しい支障を来すおそれが明らかである場合)、(3) (当該水道事業の事業計画内では対応し得ない)多量の給水量を伴う申込み、を挙げている。この見解は、法の目的に従ってかなり厳格な要件の下に「正当の理由」を認めることまでは明らかであるが、本件のような法の目的の範囲内での許容の限界を直接明らかにしたものとはいえない。行政実例としては、昭和三二年一二月二七日発衛第五二〇号厚生事務次官依命通知が、正当の理由は、配水管の事業計画上の未設置の場合、正常な企業努力にもかかわらず水量が著しく不足する場合、地勢等の関係で給水が技術的に著しく困難な場合等水道事業者の努力にもかかわらずその責めに帰すべからずして起きるものに限るとしている。また、昭和四一年三月九日付環水第五〇一八号厚生省環境衛生局水道課長回答は、法一五条一項の給水契約の申込みに応ずる義務又は同条二項の常時給水する義務が解除されるのは、水の供給が困難又は不可能な場合に限られるべきであるとしている。
結局、給水契約拒否の「正当の理由」については、法一五条一項は何も具体的に例示しておらず、右文言自体は極めて抽象的であるから、同項自体の趣旨のほか、法全体の趣旨や関連する規定に照らして合理的解釈をするほかはない。
三 本判決は、まず、法二条、二条の二、六条等の規定を参照の上、水道事業を経営する責任を負う市町村は、可能な限り水道水の需要を賄うことができるように、中長期的視点に立って適正かつ合理的な水の供給に関する計画を立て、これを実施しなければならず、みだりに給水契約を拒否することは許されないとしつつ、他方、市町村が正常な企業努力を尽くしてもなお水の供給に一定の限界があり得ることも否定することはできないのであって、給水義務は絶対的なものということはできず、給水契約の申込みが適正かつ合理的な供給計画によっては対応することができないものである場合には、法一五条一項にいう「正当の理由」があるものとして、これを拒むことが許されると解すべきであると判示して、供給が需要を賄いきれないことも給水拒否の「正当の理由」に含まれ得るとした。しかし、それが、前記逐条解説の(2)、(3)のような場合に限られるのか否かが、更に問題となる。
そこで、本判決は、右判断に続けて、水の供給量が既にひっ迫しているにもかかわらず、取水源が貧困で現在の取水量を増加させることが困難である一方で、著しい給水人口の増加が見込まれるため、近い将来において需要量が給水量を上回り水不足が生ずることが確実に予見されるという地域にあっては、水道事業者である市町村は、そのような事態を招かないよう適正かつ合理的な施策を講じなければならないと解され、その方策としては、困難な自然的条件を克服して給水量をできる限り増やすことが第一に執られるべきであるが、それによってもなお深刻な水不足が避けられない場合には、専ら水の需給の均衡を保つという観点から水道水の需要の著しい増加を抑制するための施策を執ることも、やむを得ない措置として許されるものというべきであると判示した。この判断は、あくまで「水道事業者」の立場において「専ら水の需給の均衡を保つという観点から」でなければならないという制約の下において、水の供給量が「既にひっ迫している」市町村は、供給を増やすための施策のみならず、「やむを得ない」場合には需要を抑制する施策を採ることも許容され得ることを明らかにしたものということができる。しかし、どのような具体的要件の下に需要の抑制が許され得るのかは、更に検討を要する。
この点につき、本判決は、本件の具体的事案に対応して、右のような状況の下における水道水の需要の抑制施策の一つとして、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、現に居住している住民の生活用水を得るためではなく住宅を供給する事業を営む者が住宅分譲目的でしたものについて、給水契約の締結を拒むことにより、急激な水道水の需要の増加を抑制することには、法一五条一項にいう「正当の理由」があるということができるものと解されると判断した。したがって、これとは異なる類型の給水申込み(例えば、現に居住している住民からの申込み)についてどのように考えるべきかは、本判決の明らかとするところではない。
次に、本件の具体的事実関係につき、本判決は、原審の事実認定を是認した上、Yは、全国有数の人口過密都市であり、今後も人口集積が見込まれるところ、その水道事業は、認可水源のみでは現実に給水量を賄うことができず、やむなく、認可外であり、かつ、河川法上の手続を経て水利権を取得していないにもかかわらず、農業水利権者との契約に基づいて川から取水して給水量を補っているが、法的見地からみても契約条項からみても右取水は不安定といわざるを得ず、種々の施策にもかかわらず右状況が改善されることは見込めないため、このまま漫然と新規の給水申込みに応じていると、近い将来需要に応じきれなくなり深刻な水不足を生ずることが予測される状態にあるということができるとした。そして、このような事実関係に前記の法解釈を当てはめて、このようにひっ迫した状況の下においては、Yが、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、住宅を供給する事業を営む者が住宅を分譲する目的であらかじめしたものについて契約の締結を拒むことにより、急激な水道水の需要の増加を抑制する施策を講ずることも、やむを得ない措置として許されるものとした。このようにして、本判決は、Xの給水契約の申込みは、マンション四二〇戸を分譲するという目的のためにされたものであるから、建築計画を数年度に分け、井戸水を併用することにより水道水の使用量を押さえる計画であることなどを考慮しても、Yがこれを拒んだことには法一五条一項にいう「正当の理由」があると結論付けている。
四 本判決は、Yの具体的な給水事情を踏まえた上で四二〇戸という本件の具体的給水申込みに対するYの給水契約の拒否を適法と判断したものであり、本判決から、このような分譲業者の大口の給水申込みに対しては、異なる事情の下においても給水拒否が許されるものと直ちにいうことはできない。さらには、本判決は、Yが給水拒否の根拠とした給水規則の本件規定を是認したものではない(そもそも、水道は地方自治法二四四条の「公の施設」に当たるから、同法二四四条の二第一項により、その管理に関する事項は条例で定めなければならず、規則において給水契約の条件を定めること自体に、検討すべき問題がある。)。したがって、本判決により二〇戸を超えることを理由に一律に給水契約を拒否することが是認されたということはできないことに注意を要する。水不足を理由とする給水拒否が許される限界については、今後も慎重な検討が必要となろう。

3.規制行政における契約~協定

+判例(H21.7.10)
理由
上告代理人三浦啓作ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は、旧福間町(以下「福間町」という。)の地位を合併により承継した上告人が、福間町の区域内にあった第1審判決別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」と総称する。)に産業廃棄物の最終処分場(以下「本件処分場」という。)を設置している被上告人に対し、福間町と被上告人との間の公害防止協定で定められた本件処分場の使用期限が経過したと主張し、同協定に基づく義務の履行として、本件土地を本件処分場として使用することの差止めを求める事案である。
被上告人は、〈1〉上記協定中の本件処分場の使用期限に関する定めは、被上告人の自由な意思に基づくものではなく、また、その事業活動等を著しく制限するものであって、公序良俗に反する、〈2〉上記の定めは、強行法規である廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)に違反するなどと主張して、これを争っている。

2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)ア 被上告人は、福岡県知事から廃棄物処理法に基づく産業廃棄物処分業の許可を受けている者である。
イ 福岡県内にあった福間町と旧津屋崎町は、平成17年1月24日に合併して上告人となり、上告人が福間町の地位を承継した。
(2) 被上告人は、平成元年1月ころ、廃棄物処理法(平成3年法律第95号による改正前のもの)15条1項に従い、同法にいう産業廃棄物処理施設(以下「処理施設」という。)である本件処分場を設置する旨を福岡県知事に届け出て、これを設置し、その使用を開始した。同項は、平成3年法律第95号により、処理施設の設置については知事の許可を要するものと改正され、被上告人は、平成3年法律第95号附則5条1項により、本件処分場の設置について福岡県知事の許可を受けたものとみなされた。
(3)ア 被上告人は、平成7年7月26日、福間町との間で、本件処分場についての公害防止協定(以下「旧協定」という。)を締結した。
旧協定は、前文において、処理施設の概要として、本件処分場の設置場所を本件土地と定め、施設の規模(面積、容量)等を定めるとともに、その使用期限を「平成15年12月31日まで。ただし、それ以前に…埋立て容量…に達した場合にはその期日までとする。」と定め、12条において、被上告人は上記期限を超えて産業廃棄物の処分を行ってはならない旨を定めていた(以下、上記前文中の本件処分場の使用期限を定める部分と12条の定めを併せて「旧期限条項」という。)。
イ 被上告人は、平成7年9月13日、福岡県知事に対し、本件処分場につき、施設の規模を従来よりも拡張する旨の処理施設の変更許可申請をし、同年10月13日付けでその許可を受けた。
(4)ア 被上告人は、平成10年1月9日、福岡県知事に対し、本件処分場につき、施設の規模を更に拡張する旨の処理施設の変更許可申請をし、同年3月9日付けでその許可を受けた。
イ 上記許可に係る施設の規模が、旧協定において定められていたそれを上回るものであったことから、被上告人は、平成10年9月22日、福間町との間で、本件処分場につき、改めて公害防止協定(以下「本件協定」という。)を締結した。本件協定は、前文中の施設の規模の定めを上記許可に沿うように改めたものであり、その内容は、付随的な事項に関する若干の条項が加えられた以外は、旧協定と異なるところはない(以下、本件協定中の旧期限条項と同内容の定めを「本件期限条項」という。)。
(5) 被上告人は、現在も、本件土地に設置した本件処分場を使用している。
(6) 旧協定が締結された当時の福岡県産業廃棄物処理施設の設置に係る紛争の予防及び調整に関する条例(平成2年福岡県条例第20号。平成7年福岡県条例第47号による改正前のもの。以下、この改正の前後を通じて「本件条例」という。)は、処理施設の設置に関する紛争の予防に係る手続等を定めるために制定されたものであり、その15条は、住民又は市町村の長が、処理施設の設置者との間において、生活環境の保全のために必要な事項を内容とする協定を締結しようとするときは、知事がその内容について必要な助言を行うものとする旨定めている。本件条例の上記のような趣旨、内容は、上記の平成7年の改正後においても変更されていない。

3 原審は、上記事実関係等の下において、次のとおり判断し、上告人の請求を棄却した。
(1) 廃棄物処理法は、産業廃棄物の処分業等の許可並びに処理施設の設置及び変更の許可の権限や、処理施設に対する監視権限等を知事にゆだねている。旧期限条項が法的拘束力を有するとすれば、本件処分場に係る福岡県知事の許可に期限を付するか、その取消しの時期を予定するに等しいこととなるが、そのような事柄は知事の専権というべきであり、旧期限条項は、同法の趣旨に沿わない。
(2) また、旧協定に旧期限条項のような知事の許可の本質的な部分にかかわる条項が盛り込まれ、それによって上記許可を変容させるというようなことは、本件条例15条が予定する協定の基本的な性格及び目的から逸脱するというべきである。したがって、旧期限条項は、同条が予定する協定の内容としてふさわしくない。
(3) 以上からすれば、旧期限条項及びこれと同旨の定めである本件期限条項に法的拘束力を認めることはできない。

4 しかしながら、原審の上記判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 旧協定が締結された当時の廃棄物処理法(平成9年法律第85号による改正前のもの。以下、単に「廃棄物処理法」というときは、同改正前のものをいう。)は、廃棄物の排出の抑制、適正な再生、処分等を行い、生活環境を清潔にすることによって、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とし(1条)、その目的を達成するために廃棄物の処理に関する規制等を定めるものである。そして、同法は、産業廃棄物の処分を業として行おうとする者は、当該業を行おうとする区域を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならないと定めるとともに(14条4項)、知事は、所定の要件に適合していると認めるときでなければ同許可をしてはならず(14条6項)、また、同許可を受けた者(以下「処分業者」という。)が同法に違反する行為をしたときなどには、同許可を取り消し、又は期間を定めてその事業の全部若しくは一部の停止を命ずることができると定めている(14条の3において準用する7条の3)。さらに、同法は、処理施設を設置しようとする者は、当該施設を設置しようとする地を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならないと定めるとともに(15条1項)、知事は、所定の要件に適合していると認めるときでなければ同許可をしてはならず(15条2項)、また、同許可に係る処理施設の構造又はその維持管理が同法の規定する技術上の基準に適合していないと認めるときは、同許可を取り消し、又はその設置者に対し、期限を定めて当該施設につき必要な改善を命じ、若しくは期間を定めて当該施設の使用の停止を命ずることができると定めている(15条の3)。
これらの規定は、知事が、処分業者としての適格性や処理施設の要件適合性を判断し、産業廃棄物の処分事業が廃棄物処理法の目的に沿うものとなるように適切に規制できるようにするために設けられたものであり、上記の知事の許可が、処分業者に対し、許可が効力を有する限り事業や処理施設の使用を継続すべき義務を課すものではないことは明らかである。そして、同法には、処分業者にそのような義務を課す条文は存せず、かえって、処分業者による事業の全部又は一部の廃止、処理施設の廃止については、知事に対する届出で足りる旨規定されているのであるから(14条の3において準用する7条の2第3項、15条の2第3項において準用する9条3項)、処分業者が、公害防止協定において、協定の相手方に対し、その事業や処理施設を将来廃止する旨を約束することは、処分業者自身の自由な判断で行えることであり、その結果、許可が効力を有する期間内に事業や処理施設が廃止されることがあったとしても、同法に何ら抵触するものではない。したがって、旧期限条項が同法の趣旨に反するということはできないし、同法の上記のような趣旨、内容は、その後の改正によっても、変更されていないので、本件期限条項が本件協定が締結された当時の廃棄物処理法の趣旨に反するということもできない
そして、旧期限条項及び本件期限条項が知事の許可の本質的な部分にかかわるものではないことは、以上の説示により明らかであるから、旧期限条項及び本件期限条項は、本件条例15条が予定する協定の基本的な性格及び目的から逸脱するものでもない。
(2) 以上によれば、福間町の地位を承継した上告人と被上告人との間において、原審の判示するような理由によって本件期限条項の法的拘束力を否定することはできないものというべきである。
5 上記と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は、破棄を免れない。そして、本件期限条項が公序良俗に違反するものであるか否か等につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)

(1)公害防止協定の法的拘束力

(2)履行強制の方法
民事訴訟又は公法上の当事者訴訟

(3)法律上の争訟に当たるか

+判例(H14.7.9)宝塚市パチンコ店建築中止命令事件
理由
1 本件は、地方公共団体である上告人の長が、宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(昭和58年宝塚市条例第19号。以下「本件条例」という。)8条に基づき、宝塚市内においてパチンコ店を建築しようとする被上告人に対し、その建築工事の中止命令を発したが、被上告人がこれに従わないため、上告人が被上告人に対し同工事を続行してはならない旨の裁判を求めた事案である。第1審は、本件訴えを適法なものと扱い、本件請求は理由がないと判断して、これを棄却し、原審は、この第1審判決を維持して、上告人の控訴を棄却した。
2 そこで、職権により本件訴えの適否について検討する。
行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁参照)。国又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべきであるが、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許されるものと解される。そして、行政代執行法は、行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、同法の定めるところによるものと規定して(1条)、同法が行政上の義務の履行に関する一般法であることを明らかにした上で、その具体的な方法としては、同法2条の規定による代執行のみを認めている。また、行政事件訴訟法その他の法律にも、一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。したがって、【要旨1】国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである
【要旨2】本件訴えは、地方公共団体である上告人が本件条例8条に基づく行政上の義務の履行を求めて提起したものであり、原審が確定したところによると、当該義務が上告人の財産的権利に由来するものであるという事情も認められないから、法律上の争訟に当たらず、不適法というほかはない。そうすると、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、第1審判決を取り消して、本件訴えを却下すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三)

++解説
《解  説》
 一 本件は、宝塚市長が、宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(宝塚市昭和五八年条例第一九号。以下「本件条例」という。)八条に基づき、市内においてパチンコ店を建築しようとするYに対し、建築工事の中止命令を発したが、これに従わないため、X(宝塚市)がYに対し同工事を続行してはならない旨の裁判を求めた事案である。本件においては、一審以来、①行政主体が私人に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することが許されるか、②パチンコ店の建築を規制する本件条例は風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律及び建築基準法に違反しないか、③本件条例は職業の自由を保障する憲法二二条一項及び財産権を保障する憲法二九条二項に違反しないか、という点が争われていた。一審(判時一六一三号三六頁)及び二審(判時一六六八号三七頁)は、ともに、①の論点について判断しないまま、②の論点につき、本件条例は風営法及び建築基準法に違反するとの判断を示し、Xの請求を棄却すべきものとした。
 二 本判決は、職権をもって、「国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法三条一項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである。」とした上、「本件訴えは、地方公共団体であるXが本件条例八条に基づく行政上の義務の履行を求めて提起したものであり、原審が確定したところによると、当該義務がXの財産的権利に由来するものであるという事情も認められないから、法律上の争訟に当たらず、不適法というほかない。」として、原判決を破棄し、一審判決を取り消して本件訴えを却下した。
 三 行政上の義務の履行を確保するための法制度には、行政の自力執行の方法による行政的執行制度と裁判所の介入による実現を図る司法的執行制度とがある。戦前の我が国では、国税徴収法と行政執行法を中心とする行政的執行制度が構築されていた。戦後、公法上の金銭債権に関しては、強制徴収による行政的執行の仕組みに変更はなかったが、それ以外の行政上の義務に関しては、昭和二三年に行政執行法が廃止され、これに代わる行政上の義務の履行確保に関する一般法として制定された行政代執行法は、行政代執行のみを認め、直接強制及び執行罰については個別立法の規定に委ねることにした。ところが、実際には、個別立法において直接強制や執行罰の規定が置かれることはほとんどなかったこともあって、国又は地方公共団体が行政上の義務の履行を求める仮処分等を提起する例が現われるようになり、その許否が論じられるようになった。
 四 この点について、学説や下級審裁判例の中には、行政主体と私人の間には行政上の義務の履行を求める債権債務関係がある、あるいは、行政主体は行政上の権限に由来する履行請求権を有するなどとして、これに基づく履行請求訴訟を提起することができるとして、これを肯定する見解がある一方(細川俊彦「公法上の義務履行と強制執行」民商八二巻五号六四一頁、磯野弥生「行政上の義務履行確保」現代行政法大系(2)二五二頁、阿部泰隆「行政上の義務の民事執行」行政法の解釈三二二頁、村上順・判評三三二号一二頁、岐阜地決昭43・2・14訟月一四巻四号三八四頁、岐阜地判昭44・11・27判時六〇〇号一〇〇頁、大阪高決昭60・11・25判時一一八九号三九頁、横浜地決平1・12・8本誌七一七号二二〇頁、富山地決平2・6・5訟月三七巻一号一頁、神戸地伊丹支決平6・6・9判自一二八号六八頁等)、①戦後の法改正の趣旨は、戦前における行政機関による強制が過剰であったという反省から、これを大幅に縮減するという点にあったのであり、その際、行政的執行に代わるものとして司法的執行を認めるという選択が立法者によって行われたわけではないこと、②裁判所の権限の原則的範囲を定める憲法七六条一項及び裁判所法三条一項の規定も、司法的執行を包含するまでに裁判所の権限を拡大する趣旨であったとはいえないこと、③法令又は行政処分によって国民に何らかの行政上の義務が課されたからといって、直ちに行政主体が当該義務の履行を求める実体法上の請求権を有するとはいい難いこと等の問題点を指摘するものもあり(小早川光郎「行政による裁判の作用」法教一五一号一〇六頁、芝池義一・行政法総論講義〔第3版〕二〇二頁、ジュリ増刊行政強制一八頁、最高裁判所事務総局編・行政資料第六二号二二〇頁、宇賀克也・高田裕成「行政上の義務履行確保」法教二五三号一一頁等)、消極説に立つ下級審裁判例もみられた(神戸地伊丹支決昭60・10・18判時一一八九号四二頁、神戸地伊丹支決平9・9・9本誌九六二号一三三頁等)。
 五 行政代執行法の規定や制定経緯等に照らすと、同法は、行政上の義務の履行確保の一般的手段としては行政代執行に限って認める趣旨で制定された法律であることは明らかであるから、行政上の義務の履行確保の手段が不十分なのは不都合であるという制度の必要性のみから、行政上の義務の履行請求訴訟を認めようとする積極説の立場は、法解釈論としては問題がある。また、行政上の義務には、法令により直接命じられるものと、行政庁が法令に基づいて発した行政処分によって命じられるものとがあるが、いずれの場合であっても、その根拠となる行政上の権限は、通常、公益確保のために認められているにすぎないのであって、行政主体がその実現について主観的な権利を有するとは解し難い。
 ところで、通説・判例によると、①憲法七六条一項にいう「司法権」とは、具体的な争訟事件について法を適用し宣言することによってこれを解決する国家作用である、②裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」の概念は、このような司法権の本質的な要素である具体的事件・争訟性の要件を表現したものである、③行政訴訟のうち、個人的な権利利益の保護救済を目的とする主観訴訟は、「法律上の争訟」として裁判所の本来的な裁判権の範囲に属するが、個人の権利利益の侵害を前提としない客観訴訟は、司法権の当然の内容を成すものではなく、裁判所法三条一項後段にいう「その他法律において特に定める権限」として立法政策的に裁判所の裁判権の範囲に属せられたものである、と解されている(佐藤幸治〔第3版〕二九八頁、注釈日本国憲法(下)一一二七頁、最高裁判所事務総局編・裁判所法逐条解説(上)二四頁、兼子一165C竹下守夫・裁判法〔第4版〕六五頁、杉本良吉・行政事件訴訟法の解説二五頁、一三三頁、南博方編・条解行政事件訴訟法一八八頁、二二一頁、八五九頁、塩野宏・行政法Ⅱ〔第2版〕二一四頁、芦部信喜・憲法〔新版〕三〇二頁、最一小判昭28・5・28民集七巻五号六〇一頁、最二小判昭28・6・12民集七巻六号六六三頁、最三小判昭41・2・8民集二〇巻二号一九六頁、本誌一九〇号一二六頁、最三小判昭56・4・7民集三五巻三号四四三頁等)。そこで、このような見地から行政上の義務の履行請求訴訟について検討すると、国や地方公共団体が財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合は別として、国や地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の主観的な権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではないと考えられる。本判決は、このような観点から、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として私人に対して行政上の義務の履行を求める訴訟の適法性を否定したものであり、実務上、重要な意義を有するものと思われる。
・まあ、行政契約の履行を求める場合には射程は及ばないだろう。
(4)本問へのあてはめ