労働法 労働基本法・労働契約法の基本構造


第1節 労働基準法

1.労基法の位置づけ、基本理念

+(労働条件の原則)
第一条  労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。
2  この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。

(労働条件の決定)
第二条  労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。
2  労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない。

・労働条件対等決定原則

2.労基法の構造

・「労働者」について一律に、労働契約の基本原則や労働条件の最低基準を強行的に定め、私法上の効力だけでなく、行政監督・刑罰法規によってその遵守を担保する。

(1)「労働者」の定義:適用範囲の画定

+(定義)
第九条  この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

+(適用除外)
第百十六条  第一条から第十一条まで、次項、第百十七条から第百十九条まで及び第百二十一条の規定を除き、この法律は、船員法 (昭和二十二年法律第百号)第一条第一項 に規定する船員については、適用しない。
2  この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない。

(2)労働者の基本的人権保障・封建的な労働慣行の廃除
労働憲章

+(均等待遇)
第三条  使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。

(男女同一賃金の原則)
第四条  使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。

(強制労働の禁止)
第五条  使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

(中間搾取の排除)
第六条  何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。

(公民権行使の保障)
第七条  使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。

+(賠償予定の禁止)
第十六条  使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

(前借金相殺の禁止)
第十七条  使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。

(強制貯金)
第十八条  使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をしてはならない。
○2  使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理しようとする場合においては、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出なければならない。
○3  使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理する場合においては、貯蓄金の管理に関する規程を定め、これを労働者に周知させるため作業場に備え付ける等の措置をとらなければならない。
○4  使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理する場合において、貯蓄金の管理が労働者の預金の受入であるときは、利子をつけなければならない。この場合において、その利子が、金融機関の受け入れる預金の利率を考慮して厚生労働省令で定める利率による利子を下るときは、その厚生労働省令で定める利率による利子をつけたものとみなす。
○5  使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理する場合において、労働者がその返還を請求したときは、遅滞なく、これを返還しなければならない。
○6  使用者が前項の規定に違反した場合において、当該貯蓄金の管理を継続することが労働者の利益を著しく害すると認められるときは、行政官庁は、使用者に対して、その必要な限度の範囲内で、当該貯蓄金の管理を中止すべきことを命ずることができる。
○7  前項の規定により貯蓄金の管理を中止すべきことを命ぜられた使用者は、遅滞なく、その管理に係る貯蓄金を労働者に返還しなければならない。

(3)労働条件の最低基準の設定

(4)就業規則の作成義務

+(作成及び届出の義務)
第八十九条  常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
一  始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
二  賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
三  退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
三の二  退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
四  臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
五  労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
六  安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
七  職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
八  災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
九  表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
十  前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

(作成の手続)
第九十条  使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。
○2  使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。

+(法令等の周知義務)
第百六条  使用者は、この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則、第十八条第二項、第二十四条第一項ただし書、第三十二条の二第一項、第三十二条の三、第三十二条の四第一項、第三十二条の五第一項、第三十四条第二項ただし書、第三十六条第一項、第三十七条第三項、第三十八条の二第二項、第三十八条の三第一項並びに第三十九条第四項、第六項及び第七項ただし書に規定する協定並びに第三十八条の四第一項及び第五項に規定する決議を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によつて、労働者に周知させなければならない。
○2  使用者は、この法律及びこの法律に基いて発する命令のうち、寄宿舎に関する規定及び寄宿舎規則を、寄宿舎の見易い場所に掲示し、又は備え付ける等の方法によつて、寄宿舎に寄宿する労働者に周知させなければならない。

(5)実効性の確保

+(この法律違反の契約)
第十三条  この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による

・私法上の強行法規であると同時に公法的な取締法規としての性格を持つ。

3.労基法の効力
(1)私法上の強行法規としての効力
・強行的効力=下回る労働契約部分を無効
・直律的効力=無効となった部分を埋める形で労働契約の内容になる。

(2)付加金の支払
民事的サンクション。

+(付加金の支払)
第百十四条  裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第七項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から二年以内にしなければならない。

(3)公法的な取締法規としての効力
監督制度(97条以下)、罰金(117条以下)

+(監督機関に対する申告)
第百四条  事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
○2  使用者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱をしてはならない。

+判例(東京高判56.3.26)
要旨
労働基準監督官は申告に対して何らかの措置をとるべき法的義務(作為義務)を負うわけではない。

+第十条  この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。

+第百二十一条  この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する。ただし、事業主(事業主が法人である場合においてはその代表者、事業主が営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者又は成年被後見人である場合においてはその法定代理人(法定代理人が法人であるときは、その代表者)を事業主とする。次項において同じ。)が違反の防止に必要な措置をした場合においては、この限りでない。
○2  事業主が違反の計画を知りその防止に必要な措置を講じなかつた場合、違反行為を知り、その是正に必要な措置を講じなかつた場合又は違反を教唆した場合においては、事業主も行為者として罰する。

(4)労使協定による規制の解除

a)労使協定により規制が解除される事項

・特に
企画業務型裁量労働制の実施について

+第三十八条の四  賃金、労働時間その他の当該事業場における労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し当該事項について意見を述べることを目的とする委員会(使用者及び当該事業場の労働者を代表する者を構成員とするものに限る。)が設置された事業場において、当該委員会がその委員の五分の四以上の多数による議決により次に掲げる事項に関する決議をし、かつ、使用者が、厚生労働省令で定めるところにより当該決議を行政官庁に届け出た場合において、第二号に掲げる労働者の範囲に属する労働者を当該事業場における第一号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第三号に掲げる時間労働したものとみなす。
一  事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であつて、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務(以下この条において「対象業務」という。)
二  対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者であつて、当該対象業務に就かせたときは当該決議で定める時間労働したものとみなされることとなるものの範囲
三  対象業務に従事する前号に掲げる労働者の範囲に属する労働者の労働時間として算定される時間
四  対象業務に従事する第二号に掲げる労働者の範囲に属する労働者の労働時間の状況に応じた当該労働者の健康及び福祉を確保するための措置を当該決議で定めるところにより使用者が講ずること。
五  対象業務に従事する第二号に掲げる労働者の範囲に属する労働者からの苦情の処理に関する措置を当該決議で定めるところにより使用者が講ずること。
六  使用者は、この項の規定により第二号に掲げる労働者の範囲に属する労働者を対象業務に就かせたときは第三号に掲げる時間労働したものとみなすことについて当該労働者の同意を得なければならないこと及び当該同意をしなかつた当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないこと。
七  前各号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項
○2  前項の委員会は、次の各号に適合するものでなければならない。
一  当該委員会の委員の半数については、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者に厚生労働省令で定めるところにより任期を定めて指名されていること。
二  当該委員会の議事について、厚生労働省令で定めるところにより、議事録が作成され、かつ、保存されるとともに、当該事業場の労働者に対する周知が図られていること。
三  前二号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める要件
○3  厚生労働大臣は、対象業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るために、労働政策審議会の意見を聴いて、第一項各号に掲げる事項その他同項の委員会が決議する事項について指針を定め、これを公表するものとする。
○4  第一項の規定による届出をした使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、定期的に、同項第四号に規定する措置の実施状況を行政官庁に報告しなければならない。
○5  第一項の委員会においてその委員の五分の四以上の多数による議決により第三十二条の二第一項、第三十二条の三、第三十二条の四第一項及び第二項、第三十二条の五第一項、第三十四条第二項ただし書、第三十六条第一項、第三十七条第三項、第三十八条の二第二項、前条第一項並びに次条第四項、第六項及び第七項ただし書に規定する事項について決議が行われた場合における第三十二条の二第一項、第三十二条の三、第三十二条の四第一項から第三項まで、第三十二条の五第一項、第三十四条第二項ただし書、第三十六条、第三十七条第三項、第三十八条の二第二項、前条第一項並びに次条第四項、第六項及び第七項ただし書の規定の適用については、第三十二条の二第一項中「協定」とあるのは「協定若しくは第三十八条の四第一項に規定する委員会の決議(第百六条第一項を除き、以下「決議」という。)」と、第三十二条の三、第三十二条の四第一項から第三項まで、第三十二条の五第一項、第三十四条第二項ただし書、第三十六条第二項、第三十七条第三項、第三十八条の二第二項、前条第一項並びに次条第四項、第六項及び第七項ただし書中「協定」とあるのは「協定又は決議」と、第三十二条の四第二項中「同意を得て」とあるのは「同意を得て、又は決議に基づき」と、第三十六条第一項中「届け出た場合」とあるのは「届け出た場合又は決議を行政官庁に届け出た場合」と、「その協定」とあるのは「その協定又は決議」と、同条第三項中「又は労働者の過半数を代表する者」とあるのは「若しくは労働者の過半数を代表する者又は同項の決議をする委員」と、「当該協定」とあるのは「当該協定又は当該決議」と、同条第四項中「又は労働者の過半数を代表する者」とあるのは「若しくは労働者の過半数を代表する者又は同項の決議をする委員」とする。

b)労使協定の効力
免罰的効力。
他方、私法上の効力は持たない(計画年休協定は例外)
そんなときに、労働協約としての効力を併せ持った場合はある。

c)過半数代表者

・使用者に立場が近い管理監督者(41条2号)であってはならず、従業員の投票や挙手など民主的な方法により選出された者でなければならない(労基則6条の2第1項)

+(H13.6.22)(東京高判H9.11.17)トーコロ事件
要旨
1.従業員の親睦団体の代表者が自動的に労働者の過半数代表となって締結された三六協定を無効として、それを前提とする時間外労働命令を無効とした原判決に対する上告が棄却された事例。

+高判のほう
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。
2 被控訴人の各請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 事案の概要
一 本件は、控訴人に雇用されていた被控訴人が、平成四年二月二〇日に控訴人から解雇されたことについて、解雇が無効であると主張し、控訴人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めたほか、平成四年四月分から同年一一月分までの賃金合計一六八万円の支払及び同年一二月以降毎月二八日限り二一万円ずつの賃金の支払を求めるとともに、解雇は不法行為又は債務不履行に当たるとしてそれによる慰謝料一〇〇万円の支払を求めた事案であり、原判決は、慰謝料請求を棄却したものの、その余の被控訴人の各請求を認容したため、控訴人が控訴人敗訴の部分の取消を求めて本件控訴に及んだ。
二 争いのない事実等
原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実等」(原判決三頁三行目から六頁二行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決五頁四行目の「当月二〇」を「当月二〇日」に改める。

三 争点とこれについての当事者の主張
1 争点は、本件解雇が有効かどうかであり、具体的には、控訴人主張の本件解雇事由が認められるかどうか、これが認められるとした場合、解雇権の濫用といえるかどうかであり、これに関する当事者の主張は、2及び3に当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「三 争点」の1及び2(原判決七頁四行目から三三頁五行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 控訴人の当審における主張
(一) 本件残業命令に対する拒否について
(1) 本件三六協定は、控訴人と「労働者の過半数を代表する者」であるa(以下「a」という。)との間で締結されたものである。aは、全従業員によって組織された「友の会」で民主的に選出された代表者であるところ、「友の会」は、控訴人と労働条件に関する交渉をするなどの労使慣行が存在し、労働組合の実質を備えていたものと認められるうえ、本件三六協定については、社内報や集会を利用するなどして全従業員の意思が反映されるような手続を経て、多数の意見に基づいて締結されたものであるから、aが「労働者の過半数を代表する者」に当たることは明らかである。したがって、本件三六協定は有効であるから、それが定める限度内の残業を命じた本件残業命令も有効であり、被控訴人はこれに従う義務があった。
(2) 仮に本件三六協定が無効であるとしても、適式に届出がなされており、その内容が法律に反したり、公序良俗に反するものではないから、無効であることが確定するまで尊重されなければならない。そして、被控訴人は、採用されるに当たり、就業規則の説明を受け、控訴人においては繁忙期があり、残業のあることを十分に認識し、これを承諾したものである。また、繁忙期が始まった平成三年一一月初めころに開催された激励会において、これに参加した被控訴人を含む従業員全員が、一致して繁忙期の残業を行うことを承諾した。したがって、適式な本件三六協定の定める限度内で残業を行うことは労働契約の内容となっていたものであるから、被控訴人には本件残業命令に従う義務があった。
(3) 被控訴人が平成四年二月四日に診断書の提出をもって訴えた「眼精疲労」は、被控訴人は電算写植機の操作作業に集中的に従事精励していたものではなく、その作業能率等も劣っていたこと、繁忙期も終わりに近づいたころの平成四年二月になって初めてその症状を訴え、眼科医でない内科・小児科医の診療を受け始めたものであり、他覚的所見もないことなどからすると、控訴人を安全配慮義務を欠如しているが如くに陥れるための工作としてなされた虚偽のものと考えられるから、本件残業命令に従う義務を免除させるものではない。
(二) その他の被控訴人の行為について
控訴人が原審において解雇事由に該当すると主張した被控訴人の行為のうち、本件残業命令に対する拒否以外のものは、被控訴人単独の争議行為又は怠業であり、正当な組合活動とは認められず、労働組合法上の保証はないのであり、したがって、控訴人の業務に対する妨害ないし雇用契約上の債務不履行に当たる。

3 控訴人の当審における主張に対する被控訴人の反論
(一) 本件残業命令に対する拒否について
(1) 「友の会」は、控訴人の役員も加入している親睦団体であり、労働組合ではない。控訴人自らの求人票に「労働組合なし」と記入していることからも明らかである。また、「友の会」が控訴人と労働条件に関する団体交渉をしてきたような事実もない。
本件三六協定は、「労働者の過半数を代表する者」である「営業部a」によって締結されているが、社内報や集会によって全従業員の意思が確認された事実はなく、aが選出された具体的な方法・手続も定かでない。
したがって、本件三六協定は無効である。
(2) 本件三六協定が無効である以上、それを前提とする本件残業命令も無効であり、被控訴人がこれに従う義務はなかった。本件三六協定が無効であるとしても、被控訴人は本件残業命令に従う義務があったとする控訴人の主張は暴論である。
(3) 被控訴人は、電算写植機のモニターに写る凝縮された小さな文字を凝視するVDT作業を昼休みを除き連続して八時間ないし九時間余り行っていたものであり、既に平成三年九月中旬か下旬ころには眼精疲労を覚え始めていた。被控訴人の眼精疲労がVDT作業に原因していることは明らかである。
二 その他の被控訴人の行為について争う。

第三 当裁判所の判断
一 当裁判所も、本件解雇は無効であり、被控訴人の請求は、慰謝料の支払を求める部分を除いて理由があるものと判断する。その理由は、以下に控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」(原判決三三頁六行目から六五頁七行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決三四頁三行目の「照会」を「紹介」に、四四頁八行目の「同年一月三日」を「同年二月三日」に、五六頁二行目の「平成四年一二月二〇日」を「平成三年一二月二〇日」に、六四頁末行の「(五点)」」を「(五点)」)」に、六五頁三行目の「(五点)」を「(五点)」)」にそれぞれ改める。

二 本件残業命令に従う義務の存否について
1 いかなる場合に使用者の残業命令に対し労働者がこれに従う義務があるかについてみるに、労働基準法三二条の労働時間を延長して労働させることに関し、使用者が、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等と書面による協定(いわゆる三六協定)を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に適用される就業規則に右三六協定の範囲内で一定の義務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負うものと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷平成三年一一月二八日判決・民集四五巻八号一二七〇頁参照)。そして、右三六協定は、実体上、使用者と、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合、そのような労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者との間において締結されたものでなければならないことは当然である。
2 これを本件についてみるに、まず控訴人の就業規則(甲二)によると、通常の勤務時間について定められている(一七、一八条)ほか、「時間外及び休日勤務」として「1 業務の都合で必要のある場合は、時間外及び休日勤務をさせることがある。2 時間外及び休日勤務は会社の指示によるか、又は会社の承諾を得た場合に限る。3 前項の場合において、その所定労働時間に対して所定の割増賃金を支払う。」と定められ、業務上の必要がある場合に控訴人の指示により残業が命じられることになっている。
ところで、本件三六協定(甲四、乙一〇〇)は、平成三年四月六日に所轄の足立労働基監督署に届け出られたものであるが、協定の当事者は、控訴人と「労働者の過半数を代表する者」としての「営業部 a」であり、協定の当事者の選出方法については、「全員の話し合いによる選出」とされ、協定の内容は、原判決四頁五行目から五頁二行目までに記載のとおりであった。

3 そこで、aが「労働者の過半数を代表する者」であったか否かについて検討するに、「労働者の過半数を代表する者」は当該事業場の労働者により適法に選出されなければならないが、適法な選出といえるためには、当該事業場の労働者にとって、選出される者が労働者の過半数を代表して三六協定を締結することの適否を判断する機会が与えられ、かつ、当該事業場の過半数の労働者がその候補者を支持していると認められる民主的な手続がとられていることが必要というべきである(昭和六三年一月一日基発第一号参照)。
この点について、控訴人は、aは「友の会」の代表者であって、「友の会」が労働組合の実質を備えていたことを根拠として、aが「労働者の過半数を代表する者」であった旨主張するけれども、「友の会」は、原判決判示のとおり、役員を含めた控訴人の全従業員によって構成され(規約一条)、「会員相互の親睦と生活の向上、福利の増進を計り、融和団結の実をあげる」(規約二条)ことを目的とする親睦団体であるから、労働組合でないことは明らかであり、このことは、仮に「友の会」が親睦団体としての活動のほかに、自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を目的とする活動をすることがあることによって変わるものではなく、したがって、aが「友の会」の代表者として自動的に本件三六協定を締結したにすぎないときには、aは労働組合の代表者でもなく、「労働者の過半数を代表する者」でもないから、本件三六協定は無効というべきである。
次に、控訴人は、aが本件三六協定を締結するに当たっては、社内報や集会を利用するなどして全従業員の意思が反映されるような手続を経て、多数の意見に基づいて締結されたものであって、aは「労働者の過半数を代表する者」である旨主張する。しかしながら、本件三六協定の締結に際して、労働者にその事実を知らせ、締結の適否を判断させる趣旨のための社内報が配付されたり集会が開催されたりした形跡はなく、aが「労働者の過半数を代表する者」として民主的に選出されたことを認めるに足りる証拠はない
もっとも、当審証人aは、本件三六協定を締結するに当たり、まず控訴人から提示された協定案を「友の会」の役員五人で検討したうえ、五人で手分けして全従業員に諮ることとし、右協定案を添付して回覧に付し、全従業員の過半数の承認を得た旨供述し、当審に至って提出された同人の陳述書(乙六八)にも同旨の記述がみられるけれども、この点は当初から争点の一つとされていたにもかかわらず、原審で取り調べた証拠中には、わずかに同人の陳述書(乙三七)中に「友の会」内部で検討したという程度の抽象的な記述があるにとどまり、それ以外に右と同旨のものは全くないのであって、当審証人aの右供述はいささか唐突の感を免れ難いのみならず、右協定案の回覧結果についての客観的証拠が提出されていないことなどに照らすと、当審証人aの右供述等をにわかに採用することはできない。
以上によると、本件三六協定が有効であるとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、それを前提とする本件残業命令も有効であるとは認められず、被控訴人にこれに従う義務があったとはいえない。
なお、控訴人は、本件三六協定が無効であったとしても被控訴人には本件残業命令に従う義務があった旨主張するが、独自の見解であり、到底採用の限りでない。

4 仮に、本件三六協定が有効であるとしても、就業規則により、控訴人は、「業務の都合で必要がある場合」すなわち業務上の必要性がある場合に限って残業命令を出すことができることはいうまでもないが、そのような場合であっても、労働者に残業命令に従えないやむを得ない理由があるときには、労働者は残業命令に従う義務はないと解するのが相当である。
まず、平成四年一月三一日の本件残業命令における業務上の必要性についてみると、原判決の判示のとおり、その当時、被控訴人が担当していた住所録作成(組版)の作業は、ほぼ順調にノルマを達成しかかっていたが、同一の部署に属する写植(校正)係では約一〇〇〇頁(四日分)のノルマの遅れが発生しており、控訴人においては、週明けの同年二月三日からアルバイトを二名雇い、被控訴人ら他の仕事の担当者にも残業を命じることによって乗り切ることを考えており、被控訴人の上司であるb主任も、それ以前から被控訴人に対し「組版の仕事を減らして、他の校正などの手伝いでもかまわないから、もう少し残業してもらえないか。」と要請していたことなどが認められるから、控訴人に残業を命じる業務上の必要性は存したものと認められる。
もっとも、本件残業命令自体は、「来週一週間、午後九時まで残業をやりなさい。業務命令だ。」というものであり、残業をすべき仕事の特定がされていないけれども、それ以前の経過等に照らすと、写植(校正)の手伝いを命じているものであることは推認できるものであり、また、本件残業命令は、一週間午後九時までの残業を命じるなど控訴人において業務上の必要性の検討を十分にしていないことを窺わせるような命令の仕方であるけれども、そのことのみをもって残業命令が違法であるということはできない。
次に、被控訴人に本件残業命令に従えないやむを得ない事由があったか否かについてみると、被控訴人は、本件残業命令に係る初日である平成四年二月三日、「ひらの亀戸ひまわり診療所」(c医師)を受診して欠勤し、「眼精疲労・全身倦怠感精査」の診断を受け、翌四日、出勤して控訴人に診断書(甲一一)を提出したが、右診断書には右病名のほかに「当分の間、時間外労働をさけて通院加療が必要である。」と記載されており、現に同月六日、同月一三日に通院加療を受けていること(甲一二)、被控訴人は、平成三年八月下旬ころから住所録の作成(組版)として電算写植機の操作(VDT作業)に従事しており、遅くとも同年一一月一九日ころ以降、d総務部長その他の上司に対し眼の疲れを訴えていたこと、それに対し、控訴人が健康診断を受けさせるなどの特別な配慮をした形跡は全くないこと、控訴人のe経理部長は、平成四年二月七日に至って、右c医師に電話をかけ、右診断書の内容について照会し、当分の間、残業を差し控えるべきである旨の回答を得たこと(甲一三、乙三九)が認められる。以上の事実を総合すると、控訴人としては、被控訴人が診断書の提出をもって訴えた眼精疲労等の症状について、これを疑うべき事情はなかったものというべきであるから、被控訴人は、眼精疲労等の状態にあることをもって本件残業命令に従えないやむを得ない事由があったと認められる。
控訴人は、るる述べて被控訴人の眼精疲労等の訴えが虚偽のものである旨主張するけれども、被控訴人の従事していた作業内容に照らし、被控訴人が眼精疲労等を訴えるのは不自然なことではなく、しかも、被控訴人が平成四年二月三日の前から上司にその旨を訴えていたことは、本件解雇後の交渉記録(甲三四)中で控訴人側がその事実を認めていることからも明らかであり、また、c医師の専門は判然としないものの、控訴人の照会結果によっても同医師はVDT作業と健康の問題に詳しいことが窺えるのであり、同医師の診断結果の信用性に格別疑問を差し挟む余地はないのであるから、被控訴人の眼精疲労等の訴えを虚偽のものであると疑うことはできず、控訴人の主張を採用することはできない。
したがって、被控訴人は、本件残業命令に従えないやむを得ない事由があったと認められるから、これに従う義務がなかったものというべきである。

5 以上によると、いずれにしても、被控訴人には本件残業命令に従う義務があったとはいえないから、被控訴人がこれを拒否して残業をしなかったからといって、就業規則所定の解雇事由があったとはいえない。

三 その他の被控訴人の行為について
その他の被控訴人の行為についての認定判断は、原判決の判示のとおりであり、人事考課の拒否の点のみは、就業規則四一条三号の「指示命令に違反し」たものといえるものの、それをもって解雇することは解雇権の濫用に当たり、それ以外の点は、いずれも解雇事由には当たらないというべきであり、もとより、被控訴人のこれらの行為をもって争議行為又は怠業とみることはできず、業務妨害又は債務不履行は認められないから、この点に関する控訴人の主張を採用することはできない。
四 結論
よって、被控訴人の雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認の請求及び賃金の請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 小野寺規夫 小池信行 坂井満)

第2節 労働契約法
1.労働契約法制定の経緯

2.労働契約法の構造と特徴

+労働契約法
(目的)
第一条  この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより、合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的とする。

(定義)
第二条  この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。
2  この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。

(労働契約の原則)
第三条  労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
2  労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
3  労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
4  労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
5  労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。