1.釈明権の意義
+(釈明権等)
第149条
1項 裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。
2項 陪席裁判官は、裁判長に告げて、前項に規定する処置をすることができる。
3項 当事者は、口頭弁論の期日又は期日外において、裁判長に対して必要な発問を求めることができる。
4項 裁判長又は陪席裁判官が、口頭弁論の期日外において、攻撃又は防御の方法に重要な変更を生じ得る事項について第1項又は第2項の規定による処置をしたときは、その内容を相手方に通知しなければならない。
2.釈明権と処分権主義・弁論主義
・釈明権、釈明義務は、裁判所の持つ後見的機能により、当事者主義の持つ短所を補完・補充し、審理の充実と効率が図れる!
・留意点!
当事者主義の裏返しにある自己責任を問いうる前提には、完全な法情報が当事者に提供されている必要がある!
釈明権の対象は、処分権主義が妥当する訴訟上の請求や弁論主義の妥当する主要事実に限られているわけではない!
3.釈明が問題となる状況
(1)消極的釈明
申立てや事実主張に対して、裁判所が不明瞭さや矛盾・瑕疵などを指摘し、それを是正するために、当事者に釈明を求める場合。
・上告審で当該釈明義務違反が審理不尽として破棄事由(上告事由)となるかどうかという問題もある。
判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があることが高等裁判所への上告の上告理由であり、最高裁判所への上告では上告理由を構成しないが、上告受理制度のもとでは破棄事由として扱われる可能性もある。
+(上告の理由)
第312条
1項 上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。
2項 上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第34条第2項(第59条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。
一 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二 法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三 専属管轄に関する規定に違反したこと(第6条第1項各号に定める裁判所が第一審の終局判決をした場合において当該訴訟が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときを除く。)。
四 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
五 口頭弁論の公開の規定に違反したこと。
六 判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること。
3項 高等裁判所にする上告は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることを理由とするときも、することができる。
+判例(H17.7.14)
理由
第1 上告代理人浦田益之の上告理由について
民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、理由の不備・食違いをいうが、その実質は単なる法令違反を主張するものであって、上記各項に規定する事由に該当しない。
第2 上告代理人浦田益之の上告受理申立て理由について
1 本件は、被上告人が、上告人に対し、運転手付き建設重機の借上げの代金等及びこれに対する遅延損害金(以下「本件代金等」という。)の支払を求める事案である。
2 本件訴訟の経緯は、次のとおりである。
(1) 第1審(平成15年11月28日判決言渡し)は、上告人に対し、被上告人への本件代金等として123万6564円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年10月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を命じた。
(2) 原審において、上告人は、次のとおり主張した。平成15年12月3日、岐阜南税務署の担当職員(以下「担当職員」という。)は、被上告人が滞納していた源泉所得税等を徴収するため、第1審判決によって上告人が支払を命じられた被上告人の上告人に対する本件代金等債権を差し押さえたことから、上告人は、同月16日、担当職員に対し、123万6564円及びこれに対する平成12年10月22日から平成15年12月16日まで年6分の割合による遅延損害金23万3761円の合計である147万0325円を支払った。
(3) そして、原審において、上告人は、担当職員が作成した上告人あての平成15年12月3日付け債権差押通知書(以下「本件債権差押通知書」という。)及び同月16日付け領収証書(以下「本件領収証書」という。)を書証として提出し、これらの取調べがされた。本件債権差押通知書には、差押債権として、第1審で認容された本件代金等の遅延損害金である「金1,236,564円に対する平成12年10月22日から支払済みまで年6分の割合による金員」との記載が、本件領収証書には、担当職員が被上告人に係る差押債権受入金として147万0325円を領収した旨の記載がある。なお、本件訴訟において、本件代金等の元本債権が差し押さえられた旨の記載がされた債権差押通知書等の書証の提出はない。
3 原審は、本件代金等の額を122万6745円及びこれに対する平成12年10月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金であると認定した上、上告人の上記2(2)の主張につき、上告人が、担当職員に対し、本件代金等として123万6564円及びこれに対する同日から平成15年12月16日まで年6分の割合による金員の合計額である147万0325円を支払ったことが認められるが、担当職員が差し押さえたのは、本件代金等債権のうち遅延損害金債権のみであったことが明らかであるとし、上記支払は、差押債権である123万6564円に対する平成12年10月22日から平成15年12月16日まで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金である23万3761円に係るものについてのみ弁済の効果が生じ、その余の123万6564円については、弁済の効果を主張することはできないとした。その結果、原審は、上告人に対し、上記有効な弁済額23万3761円を本件代金等の元本122万6745円に対する平成12年10月22日から平成15年12月16日まで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金である23万1854円に充当し、その残額1907円を上記元本に充当した残元本122万4838円及びこれに対する上記支払の日の翌日である同月17日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を命じた。
4 しかしながら、原審において、上告人は、第1審判決によって上告人が支払を命じられた被上告人の上告人に対する本件代金等債権を、平成15年12月3日に担当職員が差し押さえたと主張し、同日付けの本件債権差押通知書及び同月16日付けの本件領収証書を書証として提出していたことに照らすと、本件債権差押通知書につき、本件代金等債権のすべてが差し押さえられた旨の記載があるものと誤解していたことが明らかである。そして、原審は、上告人が、担当職員に対し、本件代金等として123万6564円及びこれに対する平成12年10月22日から平成15年12月16日まで年6分の割合による金員の合計額147万0325円を支払ったことを認定するところ、本件領収証書によれば、担当職員は、被上告人に係る差押債権受入金として同金額を領収しているものである。このような事情の下においては、原審は、当然に、上告人に対し、本件代金等の元本債権に対する担当職員による差押えについての主張の補正及び立証をするかどうかについて釈明権を行使すべきであったといわなければならない。原審がこのような措置に出ることなく、同差押えの事実を認めることができないとし、上告人の同債権に対する弁済の主張を排斥したのは、釈明権の行使を怠った違法があるといわざるを得ず、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
5 以上によれば、論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない(なお、原審が、本件代金等を算定するに当たり、上告人が被上告人のために立替払したと主張する軽油等の代金額を被上告人の債権額として加算していることにも問題がある。)。そこで、更に審理を尽くさせるため、上記部分を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 横尾和子 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴)
++判例
《解 説》
1 本件は,Yに土木工事のために運転手付きで建設重機を貸し出すなどしたXが,Yに対し,その未払となっているとする代金等及びこれに対する遅延損害金(これらを併せて「本件代金等」という。)の支払を求めた事案である。
2 1審は,Yに本件代金等として約123万円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じた。原審の認定するところによれば,この1審判決直後に,税務署(の担当職員。以下同じ。)が,1審が認容した金額のうちの遅延損害金部分の支払請求権を差し押さえた。Yは,税務署による差押債権の支払として,1審が認容した本件代金等である元本債権及び遅延損害金の合計額全額を支払った。Xが控訴したところ,Yは附帯控訴し,税務署が本件代金等債権を差し押さえたことからその全額を支払った旨の抗弁を追加主張し,いずれも税務署作成のYあての上記遅延損害金債権の差押通知書(本件債権差押通知書)及びXに係る差押債権受入金として1審が認容した額である本件代金等全額(元本及び遅延損害金の合計額)につき差押債権受入金として領収した旨の記載のある領収証書(本件領収証書)を書証として提出した。
原審は,Yの税務署への支払前の段階での本件代金等の認容額が約122万円及びこれに対する遅延損害金であるとした上で,Yの上記支払の抗弁につき,Yが税務署に対し,本件代金等として1審認容額の元本及びこれに対する遅延損害金の全額を支払ったことが認められるが,税務署が差し押さえたのは本件代金等のうち遅延損害金債権のみであったことが明らかであるとし,Yの支払は,税務署による遅延損害金債権の差押えに係る金額部分についてのみ弁済の効果が生じるとし,その余の部分については弁済の効果を主張することができないとしてYにその支払を命じた。
3 Yから上告及び上告受理申立てがされた。上告受理申立て理由は,原審には,本件代金等債権のうちの元本に対する差押えの有無について釈明義務違反があるなどというものである。
本判決は,(1)原審において,Yが1審判決によって支払を命じられた本件代金等債権(元本及び遅延損害金)を税務署が差し押さえたと主張し,本件債権差押通知書及び本件領収証書を書証として提出していたことに照らすと,Yが本件債権差押通知書につき本件代金等債権のすべてが差し押さえられた旨の記載があるものと誤解していたことが明らかであること,(2)原審は,Yが税務署に対し,本件代金債権等として1審が認容した本件代金等債権(元本及び遅延損害金)の全額を支払ったことを認定しており,その旨の本件領収証書が証拠として存在することなどの事情の下においては,原審は,Yに対し,本件代金等の元本債権に対する税務署による差押えについての主張の補正及び立証についての釈明義務違反があるとし,原判決を破棄し,これを差し戻した。
4 釈明は裁判所の権利であると同時に義務であるとされている。主張についての釈明権の行使については,最一小判昭45.6.11民集24巻6号516頁,判タ251号181頁は,「釈明の制度は,弁論主義の形式的な適用による不合理を修正し,訴訟関係を明らかにし,できるだけ事案の真相をきわめることによって,当事者間における紛争の真の解決をはかることを目的として設けられたものである」とし,釈明の内容が別個の請求原因にわたる結果となる場合であっても釈明権の行使が許される場合があるとする積極的な立場を示し,最三小判昭44.6.24民集23巻7号1156頁,判タ238号108頁は,当事者の主張事実を合理的に解釈するならば,正当な主張として構成することができ,当事者の提出した資料のうちにもこれを裏付け得るものがあるときは,裁判所に釈明すべき義務があるとしている。また,立証についての釈明権の不行使が違法とされたものとして,最三小判昭31.5.15民集10巻5号496頁,判タ59号60頁,最二小判昭39.6.26民集18巻5号954頁,判タ164号92頁,最三小判昭58.6.7判タ502号92頁,最一小判昭61.4.3判タ607号50頁,最一小判平8.2.22判タ903号108頁などがある。
主張及び証拠の申出は,本来当事者の判断と責任で行われるべきものであるが,積極的釈明義務の有無については,判決における勝敗転換のがい然性,当事者の申立て・主張における裁判所との法的見解の食違いによる法的構成の不備,適切な申立てや主張を当事者側に期待できる場合か否か,当事者間の公平,一回的紛争解決の要請などが考慮されるべき要因として挙げられているところである(中野貞一郎「釈明権」小山昇ほか編・演習民事訴訟法(上)365頁)。
5 なお,本件では,上告事件と上告受理申立て事件を併せて判決がされている。これは,論旨とはされていないものの,原判決には,本件代金等を算定するに当たり,YがXのために立替払したと主張する軽油等の代金額をXの債権額として加算するという理由の食違いがあったことから,上告事件についても,決定手続によらずに貎上あえて判決において判断が示されたものと思われる。
6 本判決は,主張及び証拠の申出に関する釈明権義務違反について,最高裁が一事例を示したものであり,実務の参考になると思われるので紹介する。
(2)積極的釈明
積極的釈明については、個別的事情を考慮しつつ、釈明義務違反の判断をするしかない・・・。
(3)裁判所の釈明義務と中立性
・ケース1の場合
かかる判断は、主張・証拠及び弁論の全趣旨から訴えの変更のよりどころが表れている場合にのみ可能!
・ケース2の場合
直接勝訴につながるような釈明は裁判所の中立性を害してしまうのではないか?
+判例(S31.12.28)
理由
上告代理人宗宮信次、同鍵山鉄樹、同川合昭三、同真木桓の上告理由第一点について。
所論原審の陳述は、本件一七五番山林の客観的範囲を明らかならしめる事情を陳述したにとどまり、その取得時効完成の要件事実を陳述したものとは解されないのみならず、仮りに、その陳述の真意が後者を陳述するにあつたとしても、時効を援用する趣旨の陳述がなかつたのであるから、原審が時効取得の有無を判断しなかつたのは不当でなく、その陳述の足らなかつたことの責任を裁判所に転嫁し、釈明権不行使の違法をもつて非難し得べき限りではない。
同第二点について。
本件は控訴審で請求を減縮した場合であつて、その減縮した部分については初めより係属しなかつたものとみなされ、この部分に対する第一審判決は、おのずからその効力を失い控訴は残余の部分に対するものとなるから、この部分につき第一審判決を変更する理由がないときは控訴棄却の判決をなすべきものであること、当裁判所の判例とするところである(昭和二四年一一月八日第三小法廷判決、集三巻四九五頁)。されば原審が控訴棄却の判決をしたことは正当であり、所論の違法はない。
同第三点について。
本件鑑定命令は、鑑定書の内容と照合すれば営林技手たる鑑定人に対し営林当局者の思惟する字境について実測図の作成を命じた趣旨と解することができ正当な鑑定事項であり、また、所論鑑定人が所論実測図謄本を訴訟手続外で入手し、これを鑑定の資料としたものとしても、その一事により直ちに鑑定の結果を採用し得なくなるわけではなく、右実測図謄本は、本件鑑定人がその特別の知識経験により正確と認めて鑑定の資料に採用したものであることが、鑑定書の記載を通じて看取し得る以上、これを使用してなした鑑定を採用したことをもつて違法であるとはいえない。原判決には所論の違法は認め難い。
同第四点について。
所論第一審判決添付の図面には、「鑑定書添付図面」を引用した趣旨の記載があり、右は鑑定書中三角点標を不動点とし20号点とした旨の記載及び鑑定書添付の鑑定図面に同封され、各点間の方位、実測距離、傾度、水平距離を記載した測量野帳をも併せ引用した趣旨と解されるから、図面記載の記号が現地のいずれに当るかを識別しうる記載に欠けるところはなく、原判決には所論の違法はない。
同第五点について。
原審における上告人の主張は、一七五番山林中に境界を区劃してその一部を売り渡したというのではなく、一筆の土地たる一七五番山林の隣地一六〇番の四山林との境界を所論の線と指示して引渡を了したというのであるから、右にいう境界とは異筆の土地の間の境界である。しかし、かかる境界は右一七五番山林が一六〇番の四山林と区別されるため客観的に固有するものというべく、当事者の合意によつて変更処分し得ないものであつて、境界の合意が存在したことは単に右客観的境界の判定のための一資料として意義を有するに止まり、証拠によつてこれと異なる客観的境界を判定することを妨げるものではない。原判決には所論の違法はない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克)
(4)法律上の事項に関し~一般条項についての釈明~
法適用については、適用されるべき事実を当事者が提出する権限を負わされているところからすれば、裁判所が訴訟に顕れた法律構成以外の法的見解が妥当であると考えた場合には、その法的見解のもとで両当事者は事実主張を交える機会を保障されなければならないはずである!!!!→新たな法的見解を当事者に対して釈明せずにした判決については、釈明義務違反ありとしなければならない!!!!!!
+判例(S42.11.16)
理由
上告代理人新具康男の上告理由第三点について。
原審は、訴外Aが、株式会社滋賀相互銀行に対し、本件不動産について有する二分の一の持分権(以下本件物件という)の上に債権極度額を金一〇万円とする根抵当権を設定し、同時に、債務を期限に弁済しないときは右物件の所有権を同相互銀行に移転すべき旨の停止条件付代物弁済契約を結び、右根抵当権設定登記および停止条件付代物弁済契約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、次いで被上告人は、右Aの承諾のもとに、滋賀相互銀行からAに対する債権とこれに従たる前記根抵当権および停止条件付代物弁済契約上の権利を譲り受け、右両権利につき各移転の登記を経由したこと、昭和三六年六月一〇日、被上告人とAとの間において、債権額を金八万七五九〇円、その弁済期を同年八月二〇日、利息を日歩五銭、右期限後の遅延損害金を日歩一〇銭と合意し、前記根抵当権を右確定債権を被担保債権とする抵当権に変更し、その旨の変更登記を了したこと、ところが、Aにおいて右弁済期を過ぎても債務の支払をしなかつたため、被上告人が、本件物件の所有権を取得したと主張して、Aに対し、前記仮登記の本登記手続をなすべき旨訴求し、同人はこの請求を認諾したこと、一方、上告人は、右Aに対する大阪地方裁判所昭和三五年(ワ)第四九九六号貸金ならびに保証債務履行請求事件の執行力ある判決正本に基づき、大津地方裁判所彦根支部に本件物件につき強制競売の申立をし、同裁判所は昭和三八年九月三日強制競売開始決定をなし、右強制競売の申立が登記簿に記入されたこと、をそれぞれ確定している。
思うに、代物弁済契約とは、本来の給付に代えて他の給付をすることにより既存債務を消滅せしめるものであるが、たとえ契約書に特定物件をもつて代物弁済をする旨の記載がなされている場合であつても、その実質が本来の代物弁済契約ではなく、単にその形式を借りて目的物件から債権の優先弁済を受けようとしているに過ぎない場合がありうる(当裁判所昭和四一年(オ)第一五八号同年九月二九日第一小法廷判決民集二〇卷七号一四〇八頁参照)。ことに、貸金債権担保のため不動産に抵当権を設定し、これに併せて該不動産につき停止条件付代物弁済契約または代物弁済の予約を締結した形式が採られている場合で、契約時における当該不動産の価格と弁済期までの元利金額とが合理的均衡を失するような場合には、特別な事情のないかぎり、債務者が弁済期に弁済しないときは債権者において目的物件を換価処分し、これによつて得た金員から債権の優先弁済を受け、もし換価金額が元利金を超えれば、その超過分はこれを債務者に返還する趣旨であると解するのが相当である。そしてこのような場合には、代物弁済の形式がとられていても、その実質は担保権と同視すべきものである(当裁判所昭和三九年(オ)第四四〇号同四一年四月二八日第一小法廷判決民集二〇卷四号九〇〇頁参照)。すなわち、この場合は、特定物件の所有権を移転することによつて既存債務を消滅せしめる本来の代物弁済とは全く性質を異にするものであり、停止条件成就ないし予約完結後であつても、換価処分前には、債務者は債務を弁済して目的物件を取り戻しうるのである。
いま叙上の見地に立つて本件を見るに、被上告人が滋賀相互銀行から承継したAとの間の契約には停止条件付代物弁済契約なる文言が使用されていたにせよ、原審としては、代物弁済なる文字に拘泥することなく、すべからく、この観点に立つて、その性質を明らかにすべきであつたのである(上告人は、原審において、本件物件につき停止条件付代物弁済契約が結ばれたことを認めているが、ここで取り上げているのは契約の解釈についての法律上の問題であり、かりにその点についてまで当事者間で見解の合致があるとしても、裁判所がこれと異なる法律判断をすることの妨げとなるものではないのである。)。そして本件の目的物件に対し抵当権が設定されていたことは前記認定のとおりであり、かつ、右物件の価額が債権額に比し遥に大であり、その間に不均衡のあることが上告人より主張され、原審もその不均衡を必ずしも否定せざる以上、裁判所はすべからく釈明権を行使すべきであり、その結果、右の事情の下において、もし被上告人のいうところの停止条件付代物弁済契約が、債権の優先弁済を受けることを目的とし、権利者に清算義務を負わせることを内容とする一種の担保契約に過ぎないことが明らかになるにおいては、被上告人の権利主張は、その債権についての優先弁済権を主張しその満足をはかる範囲に限られるべく、これを超えて、その地位を上告人に対抗せしめ、その執行を全面的に俳除するがごときは、必要以上に被上告人を保護し、第三者に損害を及ぼすものとして、許されないところといわなければならない。すなわち、このような場合には、被上告人の第三者異議の訴、ないしその前提をなす本登記手続承諾請求の訴は、許すべからざるものとなるわけである。
しからば、かかる点に深く思いを致すことなく、代物弁済という文言にとらわれて、本来の意味における代物弁済の停止条件付契約が成立しているものと速断した原判決には、契約内容の確定につき審理不尽の違法があるものというべく、この点において上告人の所論は理由がある。
よつて、その余の点に関する判断を省略して原判決を破棄し、さらに右の点について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すべきものとし、民訴法四〇七条に則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)
+判例(S62.2.12)
理由
上告代理人木幡尊の上告理由について
一 債務者がその所有不動産に譲渡担保権を設定した場合において、債務者が債務の履行を遅滞したときは、債権者は、目的不動産を処分する権能を取得し、この権能に基づき、目的不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめるか又は第三者に売却等をすることによつて、これを換価処分し、その評価額又は売却代金等をもつて自己の債権(換価に要した相当費用額を含む。)の弁済に充てることができ、その結果剰余が生じるときは、これを清算金として債務者に支払うことを要するものと解すべきであるが(最高裁昭和四二年(オ)第一二七九号同四六年三月二五日第一小法廷判決・民集二五巻二号二〇八頁参照)、他方、弁済期の経過後であつても、債権者が担保権の実行を完了するまでの間、すなわち、(イ)債権者が目的不動産を適正に評価してその所有権を自己に帰属させる帰属清算型の譲渡担保においては、債権者が債務者に対し、目的不動産の適正評価額が債務の額を上回る場合にあつては清算金の支払又はその提供をするまでの間、目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない場合にあつてはその旨の通知をするまでの間、(ロ)目的不動産を相当の価格で第三者に売却等をする処分清算型の譲渡担保においては、その処分の時までの間は、債務者は、債務の全額を弁済して譲渡担保権を消滅させ、目的不動産の所有権を回復すること(以下、この権能を「受戻権」という。)ができるものと解するのが相当である(最高裁昭和四六年(オ)第五〇三号同四九年一〇月二三日大法廷判決・民集二八巻七号一四七三頁、昭和五五年(オ)第一五三号同五七年一月二二日第二小法廷判決・民集三六巻一号九二頁参照)。
けだし、譲渡担保契約の目的は、債権者が目的不動産の所有権を取得すること自体にあるのではなく、当該不動産の有する金銭的価値に着目し、その価値の実現によつて自己の債権の排他的満足を得ることにあり、目的不動産の所有権取得はかかる金銭的価値の実現の手段にすぎないと考えられるからである。
右のように、帰属清算型の譲渡担保においては、債務者が債務の履行を遅滞し、債権者が債務者に対し目的不動産を確定的に自己の所有に帰せしめる旨の意思表示をしても、債権者が債務者に対して清算金の支払若しくはその提供又は目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をしない限り、債務者は受戻権を有し、債務の全額を弁済して譲渡担保権を消滅させることができるのであるから、債権者が単に右の意思表示をしただけでは、未だ債務消滅の効果を生ぜず、したがつて清算金の有無及びその額が確定しないため、債権者の清算義務は具体的に確定しないものというべきである。もつとも、債権者が清算金の支払若しくはその提供又は目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をせず、かつ、債務者も債務の弁済をしないうちに、債権者が目的不動産を第三者に売却等をしたときは、債務者はその時点で受戻権ひいては目的不動産の所有権を終局的に失い、同時に被担保債権消滅の効果が発生するとともに、右時点を基準時として清算金の有無及びその額が確定されるものと解するのが相当である。
二 ところで、記録によれば、本件訴訟は次のような経過をたどつていることが明らかである。すなわち、上告人は、第一審において、被上告人に対し、原判決添付の物件目録1ないし21記載の各土地(以下、一括して「本件土地」という。)について譲渡担保の目的でされた、被上告人を権利者とする第一審判決添付の登記目録記載の各所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続を求めたところ、受戻権の要件たる債務弁済の事実が認められないとして、請求を棄却されたため、原審において、清算金の支払請求に訴えを交換的に変更した。そして、上告人は、本件譲渡担保が処分清算型の譲渡担保であることを前提としつつ、被上告人が昭和五七年五月一〇日にした訴外Aに対する本件土地の売却によつて被上告人の上告人に対する清算金支払義務が確定したとして、右の時点を基準時とし、被上告人・A間の裏契約による真実の売買代金額又は本件土地の客観的な適正価格に基づいて、清算金の額を算定すべきものと主張した。これに対し、被上告人は、右売却時を基準時として清算金の額を算定すること自体は争わず、Aに対する売却価額七五〇〇万円が適正な価額であるとし、右価額から被上告人の上告人に対する債権額及び上告人の負担に帰すべき費用等の額を控除すると、上告人に支払うべき清算金は存在しない旨主張し、原審においては、専ら、(イ)Aに対する売却価額七五〇〇万円が適正な価額であるかどうか、(ロ)被上告人とAとの間に上告人主張の裏契約があつたか否か、(ハ)清算にあたつて控除されるべき費用等の範囲及びその額について主張・立証が行われ、(イ)の争点については、上告人の申請に基づき、右売却処分時における本件土地の適正評価額についての鑑定が行われた。そして、本件譲渡担保が帰属清算型であることについては、当事者双方から何らの主張もなく、その点についての立証が尽くされたとは認められず、原審がその点について釈明をした形跡も全くない。!!!
三 原審は、その認定した事実関係に基づき、本件譲渡担保は、期限までに被担保債務が履行されなかつたときは債権者においてその履行に代えて担保の目的を取得できる趣旨の、いわゆる帰属清算型の譲渡担保契約であると認定したうえ、被上告人は、昭和四六年五月四日付内容証明郵便をもつて、上告人に対し、本件譲渡担保の被担保債権である貸金を同月二〇日までに返済するよう催告するとともに、右期限までにその支払がないときは、本件土地を被上告人の所有とする旨の意思表示をしたが、上告人が右期限までにその支払をしなかつたので、右内容証明郵便による譲渡担保権行使の意思表示が上告人に到達した同月七日をもつて、本件譲渡担保の目的たる本件土地に関する権利が終局的に被上告人に帰属するに至つたというべきであり、被上告人とAとの間の本件土地の売買契約は、右権利が終局的に被上告人に帰属した後にされたものであつて、譲渡担保権の行使としてされたものではなく、上告人と被上告人との間の清算は、譲渡担保権行使の意思表示が上告人に到達した昭和四六年五月七日を基準時として、当時の本件土地に関する権利の適正な価格と右貸金の元利金合計額との間でされるべきであるところ、この場合の清算金の有無及びその金額につき上告人は何らの主張・立証をしないから、その余の点について判断するまでもなく、上告人の請求は理由がないとして、これを棄却すべきものと判断している。
四 しかしながら、原審の右認定判断は、前示の審理経過に照らすと、いかにも唐突であつて不意打ちの感を免れず、本件において当事者が処分清算型と主張している譲渡担保契約を帰属清算型のものと認定することにより、清算義務の発生時期ひいては清算金の有無及びその額が左右されると判断するのであれば、裁判所としては、そのような認定のあり得ることを示唆し、その場合に生ずべき事実上、法律上の問題点について当事者に主張・立証の機会を与えるべきであるのに、原審がその措置をとらなかつたのは、釈明権の行使を怠り、ひいて審理不尽の違法を犯したものといわざるを得ない。
のみならず、譲渡担保権の行使に伴う清算義務に関する原審の判断は、到底これを是認することができない。前示のように、帰属清算型の譲渡担保においては、債務者が債務の履行を遅滞し、債権者が債務者に対し目的不動産を確定的に自己の所有に帰せしめる旨の意思表示をしただけでは、債権者の清算義務は具体的に確定するものではないというべきであり、債権者が債務者に対し清算金の支払若しくはその提供又は目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をせず、かつ、債務者も債務全額の弁済をしないうちに、債権者が目的不動産を第三者に売却等をしたときは、債務者は受戻権ひいては目的不動産の所有権を終局的に失い、債権消滅の効果が発生するとともに、右時点を基準時として清算金の有無及びその額が確定されるに至るものと解されるのであつて、この観点に立つて本件をみると、本件譲渡担保が帰属清算型の譲渡担保であるとしても、被上告人が、本件土地を確定的に自己の所有に帰属させる旨の前記内容証明郵便による意思表示とともに又はその後において、上告人に対し清算金の支払若しくはその提供をしたこと又は本件土地の適正評価額が上告人の債務の額を上回らない旨の通知をしたこと、及び上告人が貸金債務の全額を弁済したことは、当事者において主張せず、かつ、原審の確定しないところであるから、被上告人が本件土地をAに売却した時点において、上告人は受戻権ひいては本件土地に関する権利を終局的に失い、他方被上告人の上告人に対する貸金債権が消滅するとともに、清算金の有無及びその額は右時点を基準時として確定されるべきことになる。そして、右清算義務の確定に関する事実関係は、原審において当事者により主張されていたものというべきである。そうとすれば、原審としては、被上告人が本件土地をAに売却した時点における本件土地の適正な評価額(同人への売却価額七五〇〇万円が適正な処分価額であつたか否か)並びに右時点における被上告人の上告人に対する債権額及び上告人の負担に帰すべき費用等の額を認定して、清算金の有無及びその金額を確定すべきであつたのであり、漫然前記のように判示して上告人の請求を棄却した原審の判断は、法令の解釈適用を誤り、ひいて理由不備ないし審理不尽の違法を犯したものといわざるを得ない。
そして、右の各違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないものというべきであり、本件については、さらに審理を尽くさせる必要があるから、これを原裁判所に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 髙島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)
・一般条項の適用について
口頭弁論に直接抗弁として顕れてはいないが、主張する事実や証拠などから一般条項の抗弁を基礎付ける事実が明らかとなっている場合。
→裁判所は、一般条項に違反するとみる可能性があることを釈明しない限り、判決の根拠とすることはできない!!
ただし、釈明しても提出されない場合トカも・・・
そんな時は一般条項に基づいた判断をしてもいいのではないか。
(5)立証を促す釈明
4.おわりに