民法 基本事例で考える民法演習 転貸借の法律関係~転貸人の地位の移転と費用償還請求権(その2)


1.小問3(1)について(基礎編)

+(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
第六百十二条  賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。
2  賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。

・賃貸人は賃貸借契約を解除しなくとも、転貸人に直接目的物の返還を求めることができる!!
+判例(S26.4.27)
理由
上告訴訟代理人弁護士大道寺慶男の上告理由第一点乃至第五点について。
原判決の適法に確定した事実によれば、(い)上告人は本件罹災当時の借地権者であるAの占有機関として今尚件係争土地を占有している者ではなく、上告人に借地権あるものとして即ち上告人自己のためにする意思をもつて占有している者であること、(ろ)又上告人は右Aから転借を受けたという上告人の主張は一応之を肯認できるけれども、当時の本件土地所有者即ち賃貸人である訴外中央土地株式会社(後に華陽産業株式会社と改称)より右転貸借に関し承諾を得た証跡がないから、右転貸借による上告人主張の借地権は右会社並びにそれから所有権を取得した即ち第三取得者である被上告人にも対抗し得ないものであること、(は)又Aから借地権の譲渡を受けたとの上告人の主張も右会社の承諾を得たとする証拠がないから之又被上告人に対抗し得ないものであること、(に)又右訴外会社の代理人位田實から賃借を受けたとする上告人の主張も之を認めることができないこと。即ち結局上告人は本件土地に関し被上告人に対抗し得べき借地権も使用権も一切有しないことが明らかである。
しかして、この場合、土地の所有者たる被上告人は民法六一二条二項に基いて、Aに対する賃貸借を解除すると否とにかかわらず、又賃借人たるAの承諾を要せず、右Aの賃借権が罹災都市借地借家臨時処理法一〇条、一一条によつて被上告人に対抗し得べきものであると否とに関係なく、(所有権者にその占有を対抗できない占有者たる)上告人に対して、直接本件土地の明渡を請求し得るものと解すべきであつて、原判決も同旨の判断に出でたものであることは明らかであるから、論旨はすべて理由がない。
同第六点について。
不法占有者の占有を知つて所有権を譲受けたからといつて、当該不法占有者の占有が適法の占有に変ずるものではない。又所論詣摘の法令においても、かかる場合の土地の売買を禁止又は制限する何等の根拠はないのであるから、論旨は理由がない。
よつて、民訴四〇一条、訴訟費用の負担につき同九五条同八九条に従い、裁判官全員一致の意見によつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

+判例(S26.5.31)
理由
上告代理人雨宮清明の上告理由について。
原審の確定した事実によれば、「本件係争家屋は、もと訴外仏国人Aがその所有者訴外Bから賃借していたものであり、昭和二一年秋Aの帰国に際し、上告人において同人からその賃借権の譲渡を受けたのであるが、この賃借権の譲渡については賃貸人であるBの承諾を得ていなかったのである。BはAの帰国後上告人が本件家屋に居住しているのをAの女中であつた訴外CからAの留守居であると告げられ、それを信じてAの支払うものとして二、三回Cを通じて賃料を受領したことがあつたが、その後上告人がAの留守居ではなく同人から賃借権を譲受けて右家屋に居住するものであることを覚知するに及んで上告人との間に紛争を起し、その解決をみないうちに本件家屋を被上告人に売渡すに至つたものであり、しかもBは右家屋売却前の賃料相当額の損害金は上告人より取立て得るものと考え、上告人と交渉の結果昭和二二年一〇月三〇日に至り同年一月分から一〇月分までの損害金として金一、一〇〇円を受領したものである」というのである。
そしてこの原判決の事実認定はその挙示する証憑に照らし、これを肯認するに難くないのであつて、前記Bが昭和二二年一月分から一〇月分までの賃料を受領したものの如くに見ゆる乙第二号証の記載のみを以てしては、いまだ右認定を妨ぐるに足りない。上告人は本件家屋につき前所有者であるBに対し賃料を遅滞なく支払つていることは当事者間に争なきところであると主張するけれども、その然らざることは記録上明白である。原審は右認定にかかる事実と、本訴当事者間に争がない「被上告人が昭和二二年一〇月一〇日訴外Bから本件家屋を買受けその所有権を収得した」との事実及び「上告人が被上告人の右所有権取得前から該家屋を占有している」との事実にもとずき上告人は昭和二二年一〇月一〇日以前から前所有者B及び被上告人のいずれにも対抗し得べき何等の権原もなく不法に本件家屋を占有するものであると判示したのである。この判旨の正当であることは民法六一二条一項に「賃借人ハ賃貸人ノ承諾アルニ非サレハ其権利ヲ譲渡……スルコトヲ得ス」と規定されていることに徴して明白であり、所論同条二項の注意は賃借人が賃貸人の承諾なくして賃借権を譲渡し又は賃借物を転貸し、よつて第三者をして賃借物の使用又は収益を為さしあた場合には賃貸人は賃借人に対して某本である賃貸借契約までも解除することを得るものとしたに過ぎないのであつて、所論のように賃貸人が同条項により賃貸借契約を解除するまでは賃貸人の承諾を得ずしてなされた賃借権の譲渡叉は転貸を有効とする旨を規定したものでないことは多言を要しないところである。
されば所論は結局事実審である原審がその裁量権の範囲内で適法になした証拠の取捨判断若くは事実の認定を非難し、或は民法六一二条を誤解し正当な原判旨を論難するに外ならないのであつて採用の限りでない。
よつて民訴四〇一条九五条八九条に従い主文のとおり判決する。
この判決は全裁判官一致の意見である。
(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 澤田竹治郎 裁判官 眞野毅 裁判官 齋藤悠輔)

2.小問3(2)について(基礎編)

・債権者代位権を使って・・・
+判例(S29.9.24)
要旨
債権者にとって保全の必要性が債務者の資力に関係しないときには、債務者の資力を問うことなく、債権者代位権の行使が認められている!

・「債権者に属する権利」(被代位権利)には、契約の解除権も含まれる。
+判例(大正8.2.8)

3.小問3について(応用編)

・背信的行為
+判例(S28.9.25)
理由
上告理由第一点について。
原判決の確定したところによれば、被上告人aはかつて本件宅地上に建坪四七坪五合と二四坪との二棟の倉庫を建設所有し、前者を被上告人bの父cにおいてaから賃借していたところ、昭和二〇年六月二〇日戦災に因り右二棟の建物が焼失したので、同二一年一〇月上旬cはaに対し罹災都市借地借家臨時処理法三条の規定に基き右四七坪五合の建物敷地の借地権譲渡の申出を為し、aの承諾を得てその借地権を取得した、そこでcはaの同一借地上である限り右坪数の範囲内においては以前賃借していた倉庫の敷地以外の場所に建物を建設しても差支ないものと信じ、その敷地に隣接する本件係争地上に建物を建築することとし、aも亦同様な見解のもとに右建築を容認したというのである。
元来民法六一二条は、賃貸借が当事者の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ、賃借人は賃貸人の承諾がなければ第三者に賃借権を譲渡し又は転貸することを得ないものとすると同時に、賃借人がもし賃貸人の承諾なくして第三者をして賃借物の使用収益を為さしめたときは、賃貸借関係を継続するに堪えない背信的所為があつたものとして、賃貸人において一方的に賃貸借関係を終止せしめ得ることを規定したものと解すべきである。したがつて、賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益を為さしめた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては、同条の解除権は発生しないものと解するを相当とする。然らば、本件において、被上告人aが時田cに係争土地の使用を許した事情が前記原判示の通りである以上、aの右行為を以て賃貸借関係を継続するに堪えない著しい背信的行為となすに足らないことはもちろんであるから、上告人の同条に基く解除は無効というの外はなく、これと同趣旨に出でた原判決は相当であつて、所論は理由がない。
次に所論特約の趣旨に関する原審の判断は正当であつて何ら違法の点はないから、これを非難する所論も採用することはできない。
同第二点について。
論旨前半において指摘する原判示部分は、判旨いささか明瞭を欠くきらいがあるけれども、要するに、aがcに係争土地の使用を許した前記行為を以て背信的行為とはなし得ないことの説明にすぎないことは、判示自体に徴し明かである。そしてaの右行為が背信的行為とはいえないとの判断自体が正当であることは前記の通りであるから、原判決中所論部分の説明の不備を捉えて、原判決に理由不備の違法ありとする所論は、到底採用することができない。
また論旨後半のaに背信的行為ありとの主張は、本訴の請求原因とは無関係な事実に関する主張にすぎないから、もとより適法な上告理由となすに足りない。
同第三点について。
原判決が上告人の被上告人bに対する請求を棄却した理由について首肯するに足る説明を与えていないことは、正に所論の通りである。しかしながら原審の確定した事実によれば、係争土地に建物を建築しその敷地を占有する者は時田cであつて、その建築許可申請の便宜上被上告人bの名義を使用したに過ぎないというのであるから、被上告人bに対し不法占有を原因として建物収去土地明渡を求める上告人の請求はこの点において棄却を免れず、従つて右請求を棄却した一審判決を維持した原判決は結局正当であるに帰し、論旨は理由がない。
よつて民訴三九六条三八四条九五条八九条に従い主文のとおり判決する。
この判決は藤田、霜山両裁判官の少数意見を除き全裁判官一致の意見である。

+意見
藤田裁判官の意見は左のとおりである。
上告理由第一点について。
本件宅地二筆は、もと訴外dの所有で同人はこれを被上告人aに対し普通建物所有の目的を以て賃貸し、同被上告人は右地上に倉庫二棟(a、bとする)を所有していたのであるが、同人はその間右宅地上にあるa倉庫を被上告人bの父cに賃貸していた。ところが、右倉庫二棟は、いずれも、昭和二〇年六月二〇日戦災のたあ焼失した。上告人は、その後右宅地二筆を訴外dから買受け(昭和二一年四月一五日所有権取得の登記を了す)、dと被上告人aとの間の本件宅地に対する賃貸借関係を承継して賃貸人となつた。一方a倉庫の賃借人であつた時田cは罹災都市借地借家臨時処理法の規定に基いて、被上告人aに対し右a倉庫の敷地の借地権譲渡の申出を為し、同被上告人の承諾を得て右借地権を取得したのである。しかるに、右cは昭和二三年三月頃被上告人bの名義を借りて本件宅地主に建坪約二〇坪の建物を建築したのであるが、その敷地の一部は右a倉庫焼跡に跨り、これに接続する西側の部分の上に建設せられた。以上は、原判決が確定した事実関係である。
すなわち、時田cは、罹災都市借地借家臨時処理法によつて被上告人aから譲渡を受けて自己が借地権を有するa倉庫の焼跡の敷地に右の建物を建設すれば問題はなかつたのであるが、右敷地にも跨るのであるが、自己が借地権を有せず、被上告人aが上告人から賃借している宅地の上に右建物を建設したというのである。
そうして時田cが右土地を使用するに至つた関係については原判決は、被上告人aと時田cと「両者合意の上で」同被上告人が右cに対し賃貸借倉庫の焼跡に代えてその接続地の使用を許したものであると認定しているのである。同被上告人が自己の借地の使用を時田cに許した関係を原判決が転貸借と見たものか借地権の譲渡と見たものかは原判文上明らかでないのであるが(記録にあらわれた証拠上は、賃貸借関係のごとく見える。証人時田c証言《記録一三二丁》参照)。いずれにしても賃貸人たる上告人の承諾を得ないで第三者との間に原判決認定のような使用関係を生じたときは賃貸人は民法六一二条の規定にもとずいて被上告人aに対する賃貸借を解除する権利を取得することは疑のないところである。
原判決は右の関係を生じた事実を認めながら「これがため事実上賃貸人たる上告人に対し聊かでも不利益を与える虞のあることは、全然予想し得ない状況であつたことを認めるに十分である」と判示しているけれども、賃貸人の承諾を得ないで姿にその借地上に賃貸人と何ら信頼関係のない第三者をして、多年に亘る土地の使用を必然とする建物を建設せしめるという事実関係は、それ自体賃貸人に対する甚しい背信行為であつて、もとより賃貸人に対して不利益を与えるおそれあるものといわなければならない。民法六一二条が右のごとき事実関係に基き賃貸人に賃貸借解除の権利を与えるはこの趣旨に出でたものであり、原判決が右の場合聊かも賃貸人に不利益を与える虞れなしとすることは原判決の独断である。その採用にかゝる証拠によるもかかる事情は認められない。従つて、、原判決が、右の場合「社会常識上、上告人においても当然異存なかるべしと考えられる場合である」とすることもその盲断である。
たゞ本件において、事情として、考慮すべきは、被上告人aが時田cをして本件建物をもとの賃借倉庫の焼跡に建設せしめないでその西隣に建てしめたのは「右倉庫敷地の坪数範囲内で被上告人aの同一借地上ならばこれを他の個所に建築するも何等差支ないものと信じ」てしたのであると原判決が認定していることである。要するに、罹災都市借地借家臨時処理法の不知というか、同法により譲渡せられた借地権の範囲に関する錯誤というかに基いてかゝる事態を惹起したものであることが想像せられる。従つて借地人たる被上告人aにおいて、故らに賃貸人の信頼を裏切る悪意をもつてしたのでないことは了知せられるのである。であるから、同人において遅滞なく右の誤りを是正し、時田cと協議の上右建物を旧倉庫の焼跡に移転するの措置を講じたならば、万事はそれで解決するのである。しかるに、本件記録の全体を通じても被上告人aにおいてかゝる誠意ある措置に出でたことはこれをうかがうことはできない。(本件建物について工事禁止の仮処分がなされているけれども賃貸人側との協議を以つてすれば、いか様にも適当に措置し得るものと考へられる)同人においてかかる措置に出でたにかかわらず、上告人側において一旦の違反を理由としてあくまでも被上告人aに対する賃貸借を解除せんとするならばそれはおそらく権利濫用の問題を生ずるであらう。
原判決としては当事者の主張ある場合には、かかる事情関係を審理確定の上、上告人の解除権の行使を権利の濫用として排斥するならば格別、原判決が本件事態を以て民法六一二条所定の場合に該らないものとして上告人の解除権の発生を否定することは結局、同条の解釈を誤つた違法あるものと云うの外はなくこの点において上告は理由あり、原判決は破棄を免れない。
霜山裁判官の意見は左のとおりである。
私の意見は藤田裁判官の意見と大体同一であるが次のとおり補足する。
訴外時田cにおいて自己の借地権の範囲内に本件建物を建築しないで被上告人aの借地上に建築(建物の一部はcの借地にも跨る)し、被上告人小村aの借地を使用するに至つたのは右両者の合意によるものであることは原判決の確定した事実である、被上告人aは自己の借地をcに対し建物建築のために使用することを許したのであるからその関係は転貸か借地権の譲受かいずれかに帰するのであつて、いずれにしても賃貸人たる上告人の承諾を得なかつた場合には上告人は被上告人aに対し賃貸借の解除をすることができるのである。
もとより民法六一二条が賃借権の譲渡、転貸を禁止し、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで第三者をして賃借物の使用収益をさせた場合に賃貸人に契約の解除権を与えているのは、賃貸借は継続的契約関係で当事者間の信頼関係を基調とするものであるからであつて民法は賃貸人の承諾を得ない賃借権の譲渡、転貸それ自体をもつて賃借人の背信的行為とみて規定をしているのである。それゆえ賃貸人の承諾を得ない賃借権の譲渡、転貸のうちに背信的行為になるものと背信的行為にならないものとを区別し、背信的行為になるものにのみ民法六一二条が適用され、背信的行為にならないものには右規定の適用がないという趣旨で立法されたものでないことは疑を容れないところである。
原判決は被上告人aがcに係争土地の使用を許した事情を認定してaの行為を以て背信的行為でないと判定している。ところでその事情なるものが果してaの背信的行為を否定するに足るものであろうか。原判決の認定した事情の一は被上告人aがcに本件土地の使用を許したのは「右倉庫敷地の坪数範囲内で被上告人aの同一借地上ならばこれを他の個所に建築するも何等差支ないものと信じ両者合意の上で為したもの」であるというのである。ところでcの借地は右倉庫敷地の部分であり被上告人aの借地はこれに隣接する宅地であり全く別個の借地であることは原判決の確定した事実であるからcはその借地上に建物を建築すべきことは当然の事理である。従つて右倉庫敷地の坪数範囲内でaの借地にcの建物を建てても差支ないと信じたというが如きは全く法の不知か、もしくは誤解に基く事理に外れた考え方で採るに足らない事情である。かかる考え方で被上告人aがcに本件土地の使用を許したとすれば悪意はなくても少くとも重大なる過失によつて賃貸人たる上告人の信頼を裏切つたものといわなければならないから右の事情を以てaの背信的行為でないとすることは失当である。
次に原判決の認定した事情の他の一は「これが為め事実上賃貸人たる上告人に対し聊かでも不利益を与える虞のあることは全然予想し得ない状況であつたことを認めるに十分である」というのである。しかし本件賃貸契約には無断転貸の場合の失効約款があることは原判決の確定しているところで、それによつてみても上告人は被上告人aを信頼してa以外の第三者の使用を禁止しているのである。しかるにaはcに対し本件土地の使用を許ししかも建物を建築させるというのであるから明らかに賃貸人たる上告人に対して不利益を与える虞あるものである。原判決が「これにより毫も上告人に損害を被らしめることなく従つて社会常識上上告人においても当然異存なかるべしと考えられる場合である」と判示しているのは驚くベき暴断であり社会常識上は上告人において当然異存あるべしと考えられる場合である。
なお原判決は「これひつ竟右cの譲り受けた借地権の範囲に関する問題で関係当事者間において容易に是正し得るところであるから」と判示してaの行為を以て背信的行為でないと説明しているのである。しかし本件は被上告人aがcに対し賃借倉庫の焼跡(即ちcの借地)に代えてその接続地たる自己の借地の使用を許した事の当否を問題としているのであつてcの譲り受けた借地権の範囲に関する問題ではない。cの譲り受けた借地権の範囲が右貸借倉庫の焼跡であることは原判決の確定した事実で、借地権の範囲については何等の問題はないのである。又右原判決は関係当事者間において容易に是正し得るところであるというけれども被上告人aの借地上にcが建物を建築した本件のような場合には賃貸人たる上告人の承諾を得なければ問題を解決することができないのであるから関係当事者間において容易に是正し得るものではない。また被上告人aがcと協議して本件建物を倉庫の焼跡に移転する措置が遅滞なくとられていれば問題は解決できたかも知れないが、aはかかる措置をとらなかつたので本訴となつたものと認められるのであるから関係当事者間において容易に是正し得るところであるとはいえないのである。
以上要するに原判決がaの行為を以て背信的行為でないと判定した事情なるものは悉く背信的行為を否定する資料となるものでないに拘らず原判決がaの行為を以て背信的行為でないとして民法六一二条の適用を拒否したことは同条の解釈を誤つた違法あるものというべく上告論旨第一点は理由があり原判決は破棄を免れない。

+補足意見
谷村裁判官の補足意見は、次のとおりである。
霜山、藤田両裁判官の少数意見に対し、私は、次のとおり多数意見を補足する。
民法六一二条は、賃貸借が当事者の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ、賃借人が賃貸人の承諾なく賃借権の譲渡又は転貸をなしたときは、賃貸借関係を継続するに堪えない背信的行為があつたものとして、賃貸人において一方的に賃貸借を解除することを得るものとし、以て賃貸人の利益保護を図る趣旨に出でた規定であることは、両裁判官も是認するところである。ただ霜山裁判官は、同条は賃貸人の承諾を得ない賃借権の譲渡又は転貸それ自体を背信的行為となすものであつて、それらの行為を背信的行為に当る場合と然らざる場合とに分け、同条適用の有無を区別するのは不当だ、と論ずる。しかしながら、賃借人が賃貸人の承諾なく賃借権を譲渡し又は転貸する如きは、通常の場合賃貸人をして賃貸借を解除せしめるに足る背信的行為と認むベきことは当然であるが、およそ社会の事象は複雑であるから賃借人が賃貸人の承諾なく賃借権を譲渡し又は転貸した場合であつても、何等か特段の事情があるため、必ずしもこれを右の如き程度における背信的行為とはなすに足らず、むしろ賃借人の当該行為を理由として賃貸人に解除を認めることは、賃貸人の正当な利益保護の範囲を超え、かえつて当事者間に正義衡平の観念と背馳する結果を招来する場合も存し得ることは、何人も否定し得ないところであろう。然らば民法六一二条は、賃借人の背信的行為に対し賃貸人の利益を保護せんとする前記立法趣旨そのものの当然の帰結として、背信的行為と認めるに足らない特段の事情ある場合に関しては、同条の適用が排除されるものと解せざるを得ないのであつて、かかる区別を不当とする霜山裁判官の前記見解には、とうてい賛同することはできない。
次に両裁判官は、原審が認定した被上告人aの行為は、上告人に対する甚しい背信的行為であるとなし、その理由として、藤田裁判官は、「賃貸人の承諾を得ないで恣にその借地上に賃貸人と何ら信頼関係のない第三者をして多年に亘る土地の使用を必然とする建物を建設せしめるという事実関係は、それ自体賃貸人に対する甚しい背信的行為である」と説明する。しかしながら、この点につき原審の認定した事実関係は本判決理由の冒頭に明な通りであつて、被上告人aが本件宅地(総面積二〇一坪)の係争部分(以下B地という)に時田cをして係争建物(建坪約二〇坪)を建設せしめたのは、cが古宅地内のB地に隣接する部分(以上A地という)にかつて存在したa所有倉庫(建坪四七坪五合)の戦災による焼失当時の賃借人として、罹災土地借地借家臨時処理法三条の規定に基き適法に賃借権譲渡の申出をしたため、aは法律上の義務としてこれを承諾したことによるのであつて、右譲渡につき賃貸人たる上告人の承諾は全然必要としなかつたものである(同法四条参照)。もつとも、右申出に基き法律上aがcに賃借権を譲渡すべき義務を負うのは、前記A地に関してであつてB地に関してではないが、それにもかかわらずaがB地に係争建物の建設を許したのは、同一借地上ならばA地の坪数の範囲内ではA地以外の部分でも差支がないものと誤信したからに外ならないことは、原判決の確定したところである。然らばaの右行為は、少くともこれを背信的行為と認むべきか否かの判断に関する限りにおいては、「賃貸人の承諾を得ないで恣に」という如き表現によつて通常印象づけられるところとは、甚しく異つた事情の下になされたものであることを見逃すべきではない。またcは、前記賃借権譲渡の申出により、少くともA地については法律上当然に上告人に対し賃借人たる地位に立ち得べき者であつたのであるから、同人を以て単純に「何ら信頼関係のない第三者」となすことも甚しく当らないと考える。もしまた、A地についてなら信頼関係は問題にならないとしても、B地についてはこれを問題にすべきだと論ずるのならば、それは余りにも形式論に過ぎ、とうてい世人をしてその合理性を納得せしめるに足らないであろう。
以上の外、aの行為を背信的行為ではないとした原判決の説明の一部に対する両裁判官の非難は、たとい当らずとはしないとしても、むしろ枝葉であり、本件の結論を左右するには足らないと考える。
次に、藤田裁判官は、被上告人aがもし自己の誤りを遅滞なく是正し、cと協議の上係争建物をB地からA地に移転せしめたにかかわらず、上告人がなおかつ契約を解除せんとするものならば、権利濫用の問題を生ずる余地もあり得るけれども、aはかかる誠意ある措置をとらなかつたのであるから、上告人の解除権の行使は適法である、と論ずるが、右は全く本件紛争の実情を無視した議論に過ぎないことを明にしておきたい。すなわち、記録によれば、上告人は本件宅地を戦災による焼跡のまま前所有者d某から昭和二一年二月中に買い受け、所有権を取得したものであるが、その一部たる前記B地上に係争建物の建築が始められたのを知るや、時を移さず被上告人等を相手方として工事及び現場立入の禁止等を内容とする仮処分命令を申請し、その命令を得てこれを執行し、続いて本案訴訟として本訴を提起したのである。しかも、当初は、請求原因として被上告人両名を全くの無権利者であると主張し、被上告人bはもとよりaの借地権をも頭から否定したのであつたが、第一審において敗訴するや第二審に至り始めて、aが前所有者dから適法に本件宅地を賃借し上告人においてその賃貸人たる地位を承継した事実を認めた上、請求原因を変更し、無断転貸禁止の特約違反及び民法六一二条を理由として被上告人両名に対する本訴明渡請求を維持し来つたのである。右の次第であるから、aが「遅滞なく右の誤りを是正し、時田cと協議の上右建物を旧倉庫の焼跡に移転するの措置を講」ずることは、法律上不能(仮処分中)であつたばかりでなく、たとい移転すべき旨を上告人に申し出でて諒恕を乞うたところで、上告人がたやすくこれに応ずるであろうことなどはとうてい期待し得ない情況にあつたものと認めるの外はないのである。然らば、藤田裁判官の前記意見は、むしろ難きを被上告人等に求めて、上告人の不当な主張を容認せんとする誤りを犯すに帰するものと評せざるを得ない。
最後に一言附加すれば、時田cはもとよりB地上に建物を建設すべき正当な権原を有するものではないから、上告人は同人に対しその収去を求め得べきこともちろんであると私は解する。ただ以上詳細説明した事情の下におけるaの本件所為は、未だ上告人のため民法六一二条の解除権を発生せしめるには足らないとなすものに外ならないのである。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

・主張立証について
+判例(S41.1.27)
理由
上告代理人田中和の上告理由について。
土地の賃借人が賃貸人の承諾を得ることなくその賃借地を他に転貸した場合においても、賃借人の右行為を賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は民法六一二条二項による解除権を行使し得ないのであつて、そのことは、所論のとおりである。しかしながら、かかる特段の事情の存在は土地の賃借人において主張、立証すべきものと解するを相当とするから、本件において土地の賃借人たる上告人が右事情について何等の主張、立証をなしたことが認められない以上、原審がこの点について釈明権を行使しなかつたとしても、原判決に所論の違法は認められない。それ故、論旨は採用に値しない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠)

・特段の事情が認められる場合、賃貸人の転借人に対する引渡し請求を否定!
+判例(S36.4.28)
理由
上告代理人浜口重利の上告理由第一、二点について。
賃借人が賃貸人の承諾を得ないで第三者をして賃借物を使用させた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては、賃貸人は、民法六一二条二項により契約の解除をなし得ないこと、当裁判所屡次の判例の趣旨とするところである(昭和二五年(オ)第一四〇号同二八年九月二五日第二小法廷判決民集七巻九七九頁、昭和二八年(オ)第一一四六号同三〇年九月二二日第一小法廷判決民集九巻一二九四頁、昭和二九年(オ)第五二一号同三一年五月八日第三小法廷判決民集一〇巻四七五頁)。そして原審の認定した一切の事実関係(殊に、本件賃貸借成立の経緯、本件家屋の所有権は上告人にあるが、その建築費用、増改築費用、修繕費等の大部分は被上告人Aが負担していること、上告人は多額の権利金を徴していること、被上告人Aが共同経営契約に基き被上告人Bに使用させている部分は、階下の極く一小部分であり、ここに据え付けられた廻転式「まんじゅう」製造機械は移動式のもので家屋の構造には殆ど影響なく、右機械の取除きも容易であること、被上告人Bは本件家屋に居住するものではないこと、本件家屋の階下は元来店舗用であり、右転貸に際しても格別改造等を行なつていないこと等)を綜合すれば、被上告人Aが家屋賃貸人たる上告人の承諾を得ないで被上告人Bをして本件家屋の階下の一部を使用させたことをもつて、原審が家屋賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情があるものと解し、上告人のした本件賃貸借契約の解除を無効と判断したのは正当である。所論引用の判例は、本件と事情を異にし、本件に適切でない。論旨は、理由がない。
同第三点について。
被上告人Aが上告人の承諾を得ないで被土告人Bをして賃借家屋の一部を使用させていることが、本件の場合、上告人に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情がある場合とみるべきこと、前記のとおりであるから、被上告人Bの占有はこれを不法のものということはできないのであり、したがつて、原審が、被上告人Bは右占有使用を上告人に対抗することを得るものと判断したのは結局正当である。論旨は理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

・無断譲渡の場合
+判例(S39.6.30)
理由
上告代理人秋田経蔵の上告理由第一乃至第三点について。
原判決(引用の第一審判決)は、Aが賃借した本件土地に建築されたA名義の本件建物(内部関係ではAと被上告人の共有)に、被上告人とAは事実上の夫婦として同棲し、協働して鮨屋を経営していたが、A死亡後、被上告人はAの相続人らから建物とともに借地権の譲渡を受け、引きつづき本件土地を使用し、本件建物で鮨屋営業を継続しており、賃貸人である上告人も、被上告人が本件建物にAと同棲して事実上の夫婦として生活していたことを了知していた旨の事実を確定の上、このような場合は、法律上借地権の譲渡があつたにせよ、事実上は従来の借地関係の継続であつて、右借地権の譲渡をもつて土地賃貸人との間の信頼関係を破壊するものとはいえないのであるから、上告人は、右譲渡を承諾しないことを理由として、本件借地契約を解除することは許されず、従つてまた譲受人である被上告人は、上告人の承諾がなくても、これがあつたと同様に、借地権の譲受を上告人に対抗でき、被上告人の本件土地の占有を不法占拠とすることはできない、としているのである。右の原審判断は、基礎としている事実認定をも含めて、これを肯認することができる。すなわち、右認定事実のもとでは、本件借地権譲渡は、これについて賃貸人である上告人の承諾が得られなかつたにせよ、従来の判例にいわゆる「賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情がある場合」に当るものと解すべく、従つて上告人は民法六一二条二項による賃貸借の解除をすることができないものであり、また、このような場合は、上告人は、借地権譲受人である被上告人に対し、その譲受について承諾のないことを主張することが許されず、その結果として被上告人は、上告人の承諾があつたと同様に、借地権の譲受をもつて上告人に対抗できるものと解するのが相当であるからである。されば原判決に各所論の違法があるものとは認められないのであつて、論旨はすべて採用することができない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎)

+判例(S45.12.11)
理由
職権をもつて判断する。
原判決は、本件土地の貸借人であつた第一審被告Aが、昭和三〇年九月ころ、その地上に所有する建物を上告人Bに贈与し、同年九月一四日所有権移転登記を経たことが認められるから、右建物の譲渡に伴い本件土地の賃借権もAから上告人Bに譲渡されたものと認めるのが相当であるとしたうえで、右賃借権譲渡は賃貸人である被上告人の承諾を得ないでなされたものではあるが、上告人Bは、Aの実子であつて、同人に協力して、右建物を営業の本拠とする同族会社である株式会社塚田商会の経営に従事していたものであり、Aは、相続財産を生前にその子らに分配する計画の一環として、上告人Bの取得すべき相続分に代える趣旨をもつて、右建物を同上告人に譲渡したものであることなどによれば、右土地賃借権譲渡には、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものと認められるから、被上告人は右譲渡を理由に賃貸借契約を解除することはできないものである旨を判示している。他方、原判決は、Aが昭和三四年一月一日以降一ケ月八〇一八円の割合による本件土地の賃料の支払をしなかつたので、被上告人は、同年九月二三日、Aに対し、その間の延滞賃料を七日以内に支払うべき旨の催告およびその支払がないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、Aは、右催告期間内に催告にかかる賃料のうち五ケ月分にあたる四万〇〇九〇円を支払つたのみでその余の部分の支払をせず、右期間経過後に、同年九月分までの賃料三万二〇七二円を提供したが受領を拒絶されて、これを弁済のため供託したとの事実を確定し、本件土地賃貸借契約は、右解除の意思表示により、同年九月三〇日の経過とともに解除されたものであると判断し、賃借権譲受人である上告人Bの土地占有権原を否定して、被上告人の、賃借権譲受人である上告人Bに対する建物収去土地明渡および契約解除後の損害金支払の各請求ならびに地上建物の貸借人であるという上告人有限会社大都商事(旧商号有限会社ヒツト)に対する建物退去明渡請求を、いずれも認容しているのである。
ところで土地の賃借人がその地上に所有する建物を他人に譲渡した場合であつても、必ずしもそれに伴つて当然に土地の賃借権が譲渡されたものと認めなければならないものではなく、具体的な事実関係いかんによつては、建物譲渡人が譲渡後も土地賃貸借契約上の当事者たる地位を失わず、土地の転貸がなされたにすぎないと認めるのを相当とする場合もあるというべきところ、本件において、Aと上告人Bとの身分関係および建物譲渡の目的が前示のとおりであり、譲渡後もAにおいて賃料の支払、供託をしていることなどの事情を考慮すれば、Aは上告人Bに本件土地を転貸したものと認める余地がないわけではない。しかるに、原判決は、右の事情をなんら顧慮せず、この点をさらに審究することなく、借地上の建物が譲渡されたことの一事をもつて、たやすく土地賃借権が譲渡されたものと認めたのである。
しかし、土地賃借権の譲渡が、賃貸人の承諾を得ないでなされたにかかわらず、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるため、賃貸人が右無断譲渡を理由として賃貸借契約を解除することができない場合においては、譲受人は、承諾を得た場合と同様に、譲受賃借権をもつて賃貸人に対抗することができるものと解されるところ(最高裁昭和三九年(オ)第二五号・同年六月三〇日第三小法廷判決、民集一八巻五号九九一頁、同昭和四〇年(オ)第五三七号・同四二年一月一七日第三小法廷判決、民集二一巻一号一頁参照)、このような場合には、賃貸人と譲渡人との間に存した賃貸借契約関係は、賃貸人と譲受人との間の契約関係に移行して、譲受人のみが貸借人となり、譲渡人たる前貸情人は、右契約関係から離脱し、特段の意思表示がないかぎり、もはや賃貸人に対して契約上の債務を負うこともないものと解するのが相当である。したがつて、本件において、原判示のとおり土地賃借権が譲渡されたものであるならば、上告人Bは、賃借権の譲受をもつて被上告人に対抗することがでぎ、適法を貸借人となつたものであり、他面、Aは、賃貸借契約上の当事者たる地位を失い、昭和三四年九月当時被上告人から賃貸借契約解除の意思表示を受けるべき地位になかつたものと解すべきである。
してみれば、原判決は、Aから上告人Bに土地賃借権が譲渡されたものと認めるにつき審理を尽くさなかつたものというべく、さらに、右賃借権譲渡の事実にかかわらず、Aの賃料債務の不履行を理由として同人に対してなされた解除の意思表示によつて、本件土地賃貸借契約が有効に解除され、上告人Bは被上告人に対抗しうべき占有権原を有しないものであるとしたことは、賃借権譲渡の法律関係についての前示のような法理の判断を誤り、ひいては理由にそごを来たしたものといわなくてはならない。
よつて、上告理由に対する判断を省略し、原判決を破棄して、さらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
裁判官草鹿浅之介は退官につき評議に関与しない。
(裁判長裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

・賃貸人が変わる場合の敷金関係!
+判例(S44.7.17)
理由
上告代理人鈴木権太郎の上告理由について。
原判決が昭和三六年三月一日以降同三九年三月一五日までの未払賃料額の合計が五四万三七五〇円である旨判示しているのは、昭和三三年三月一日以降の誤記であることがその判文上明らかであり、原判決には所論のごとき計算違いのあやまりはない。また、所論賃料免除の特約が認められない旨の原判決の認定は、挙示の証拠に照らし是認できる。
しかして、上告人が本件賃料の支払をとどこおつているのは昭和三三年三月分以降の分についてであることは、上告人も原審においてこれを認めるところであり、また、原審の確定したところによれば、上告人は、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに敷金を差し入れているというのである。思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。したがつて、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに差し入れられた敷金につき、その権利義務関係は、同人よりその相続人訴外Bらに承継されたのち、右Bらより本件建物を買い受けてその賃貸人の地位を承継した新賃貸人である被上告人に、右説示の限度において承継されたものと解すべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は理由がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)

賃借権の譲渡の場合の敷金関係
+判例(S53.12.22)
理由
上告代理人木村保男、同的場悠紀、同川村俊雄、同大槻守、同松森彬、同坂和章平の上告理由第一点及び第二点について
土地賃貸借における敷金契約は、賃借人又は第三者が賃貸人に交付した敷金をもつて、賃料債務、賃貸借終了後土地明渡義務履行までに生ずる賃料額相当の損害金債務、その他賃貸借契約により賃借人が賃貸人に対して負担することとなる一切の債務を担保することを目的とするものであつて、賃貸借に従たる契約ではあるが、賃貸借とは別個の契約である。そして、賃借権が旧賃借人から新賃借人に移転され賃貸人がこれを承諾したことにより旧賃借人が賃貸借関係から離脱した場合においては、敷金交付者が、賃貸人との間で敷金をもつて新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情のない限り、右敷金をもつて将来新賃借人が新たに負担することとなる債務についてまでこれを担保しなければならないものと解することは、敷金交付者にその予期に反して不利益を被らせる結果となつて相当でなく、敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は新賃借人に承継されるものではないと解すべきである。なお、右のように敷金交付者が敷金をもつて新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は敷金返還請求権を譲渡したときであつても、それより以前に敷金返還請求権が国税の徴収のため国税徴収法に基づいてすでに差し押えられている場合には、右合意又は譲渡の効力をもつて右差押をした国に対抗することはできない
これを本件の場合についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、(1) 訴外山下興業株式会社は、上告人から本件土地を賃借し、敷金として三〇〇〇万円を、賃貸借が終了し地上物件を収去して本件土地を明渡すのと引換えに返還を受ける約定のもとに、上告人に交付していた、(2) 被上告人は、同会社の滞納国税を徴収するため、国税徴収法に基づいて同会社が上告人に対して有する将来生ずべき敷金返還請求権全額を差し押え、上告人は昭和四六年六月二九日ころその通知書の送達を受けた、(3) 同会社が本件土地上に所有していた建物について競売法による競売が実施され、同四七年五月一八日訴外太平産業株式会社がこれを競落し、右建物の所有権とともに本件土地の賃借権を取得した、(4) 上告人は同年六月ころ同会社に対し右賃借権の取得を承諾した、(5) 右承諾前において、山下興業株式会社に賃料債務その他賃貸借契約上の債務の不履行はなかつた、というのであり、右事実関係のもとにおいて、上告人は太平産業株式会社の賃借権取得を承諾した日に山下興業株式会社に対し本件敷金三〇〇〇万円を返還すべき義務を負うに至つたものであるとし、上告人が右承諾をした際に太平産業株式会社との間で、敷金に関する権利義務関係が同会社に承継されることを前提として、賃借権移転の承諾料一九〇〇万円を敷金の追加とする旨合意し、山下興業株式会社がこれを承諾したとしても、右合意及び承諾をもつて被上告人に対抗することはできないとして、これに関する上告人の主張を排斥し、被上告人の上告人に対する右三〇〇〇万円の支払請求を認容した原審の判断は、前記説示と同趣旨にでたものであつて、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第三点について
記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すると、原判決に所論の違法があるとは認められない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林讓 裁判官 栗本一夫)


民法 基本事例で考える民法演習 転貸借の法律関係~転貸人の地位の移転と費用償還請求権


1.小問1(1)について

・債務不履行解除の場合
+判例(S36.12.1)
+判例(H9.2.25)
理由
上告代理人須藤英章、同関根稔の上告理由について
一 被上告人の本訴請求は、上告人らに対し、(一) 主位的に本件建物の転貸借契約に基づいて昭和六三年一二月一日から平成三年一〇月一五日までの転借料合計一億三一一〇万円の支払を求め、(二) 予備的に不当利得を原因として同額の支払を求めるものであるところ、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、本件建物を所有者である訴外有限会社田中一商事から賃借し、同会社の承諾を得て、これを上告人キング・スイミング株式会社に転貸していた。上告人株式会社コマスポーツは、上告人キング・スイミング株式会社と共同して本件建物でスイミングスクールを営業していたが、その後、同会社と実質的に一体化して本件建物の転借人となった。
2 被上告人(賃借人)が訴外会社(賃貸人)に対する昭和六一年五月分以降の賃料の支払を怠ったため、訴外会社は、被上告人に対し、昭和六二年一月三一日までに未払賃料を支払うよう催告するとともに、同日までに支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。しかるに、被上告人が同日までに未払賃料を支払わなかったので、賃貸借契約は同日限り解除により終了した
3 訴外会社は、昭和六二年二月二五日、上告人ら(転借人)及び被上告人(貸借人)に対して本件建物の明渡し等を求める訴訟を提起した。
4 上告人らは、昭和六三年一二月一日以降、被上告人に対して本件建物の転借料の支払をしなかった。
5 平成三年六月一二日、前記訴訟につき訴外会社の上告人ら及び被上告人に対する本件建物の明渡請求を認容する旨の第一審判決が言い渡され、右判決のうち上告人らに関する部分は、控訴がなく確定した。
訴外会社は平成三年一〇月一五日、右確定判決に基づく強制執行により上告人らから本件建物の明渡しを受けた。

二 原審は、右事実関係の下において、訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約が被上告人の債務不履行により解除されても、被上告人と上告人らとの間の転貸借は終了せず、上告人らは現に本件建物の使用収益を継続している限り転借料の支払義務を免れないとして、主位的請求に係る転借料債権の発生を認め、上告人らの相殺の抗弁を一部認めて、被上告人の主位的請求を右相殺後の残額の限度で認容した。

三 しかしながら、主位的請求に係る転借料債権の発生を認めた原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
賃貸人の承諾のある転貸借においては、転借人が目的物の使用収益につき賃貸人に対抗し得る権原(転借権)を有することが重要であり、転貸人が、自らの債務不履行により賃貸借契約を解除され、転借人が転借権を賃貸人に対抗し得ない事態を招くことは、転借人に対して目的物を使用収益させる債務の履行を怠るものにほかならない。そして、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合において、賃貸人が転借人に対して直接目的物の返還を請求したときは、転借人は賃貸人に対し、目的物の返還義務を負うとともに、遅くとも右返還請求を受けた時点から返還義務を履行するまでの間の目的物の使用収益について、不法行為による損害賠償義務又は不当利得返還義務を免れないこととなる。他方、賃貸人が転借人に直接目的物の返還を請求するに至った以上、転貸人が賃貸人との間で再び賃貸借契約を締結するなどして、転借人が賃貸人に転借権を対抗し得る状態を回復することは、もはや期待し得ないものというほかはなく、転貸人の転借人に対する債務は、社会通念及び取引観念に照らして履行不能というべきである。したがって、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に、転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了すると解するのが相当である。 
これを本件についてみると、前記事実関係によれば、訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約は昭和六二年一月三一日、被上告人の債務不履行を理由とする解除により終了し、訴外会社は同年二月二五日、訴訟を提起して上告人らに対して本件建物の明渡しを請求したというのであるから、被上告人と上告人らとの間の転貸借は、昭和六三年一二月一日の時点では、既に被上告人の債務の履行不能により終了していたことが明らかであり、同日以降の転借料の支払を求める被上告人の主位的請求は、上告人らの相殺の抗弁につき判断するまでもなく、失当というべきである。右と異なる原審の判断には、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合の転貸借の帰趨につき法律の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中、上告人ら敗訴の部分は破棄を免れず、右部分につき第一審判決を取り消して、被上告人の主位的請求を棄却すべきである。また、前記事実関係の下においては、不当利得を原因とする被上告人の予備的請求も理由のないことが明らかであるから、失当として棄却すべきである。よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
《解  説》
一1 Xは、所有者であるAから本件建物を賃借し、Aの承諾を得て、これをプール施設に改造した上でYらに転貸し、Yらがスイミングスクールを営んでいた。
2 XがAに対する賃料の支払を怠ったため、Aは昭和六二年一月に賃貸借契約を解除し、同年二月にX及びYらを共同被告として本件建物の明渡請求訴訟を提起した。
Yらは、右訴訟係属中の昭和六三年一二月以降、Xに対して転借料を支払わなかった。
3 右訴訟の一審判決は、Aの明渡請求を認容し、Yらは右判決に対して控訴せず、右判決に基づく強制執行により、平成三年一一月にAに対して本件建物を明け渡した。
4 Xは、その後に本件訴訟を提起し、Yらに対し、転貸借契約に基づいて昭和六三年一二月から建物明渡時までの未払転借料の支払を求め、予備的に不当利得を原因として同額の支払を求めた。Yらは、AX間の賃貸借契約がXの債務不履行により解除されたことにより転貸借契約は終了したとして、転借料債務を争った。
第一審及び原審は、Yらが現に本件建物の使用収益を継続している限りは転借料の支払義務を免れないとして、Xの請求を認容(相殺の抗弁を認めて一部棄却)した。Yらの上告に対し、本判決は、前記のとおり判示し、転貸借は既に終了して転借料債務は発生しないとして、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、Xの請求を全部棄却した。

二 甲が乙に物を賃貸し、乙が甲の承諾の下にこれを丙に転貸するという承諾ある転貸借において、甲乙間の賃貸借が乙の債務不履行により解除されて終了した場合、丙は、目的物の使用収益権(転借権)を甲に対抗し得なくなる。この場合の乙丙間の転貸借の帰すうが本件の問題である。
かつては、賃貸借の終了により転貸借も当然に終了するとの説もあったが、現在では、転貸借は賃貸借とは別個の契約であり、賃貸借の終了により当然に終了するものではなく、乙(転貸人)の丙(転借人)に対する債務が履行不能となったときに終了すると解することにほぼ異論はない。しかし、どの時点で乙の丙に対する債務が履行不能となるかについては、見解が分かれている。
1 大判昭10・11・18民集一四巻二〇号一八四五頁は、電話加入権の転貸借の事案について、賃貸借が終了した場合に転貸借は当然に効力を失うものではないが、転借人が賃貸人から目的物の返還請求を受けたときは、これに応じざるを得ず、その結果、転貸人としての義務の履行が不能となり、転貸借は終了する旨判示した。
最判昭36・12・21民集一五巻一二号三二四二頁は、原審が右昭和一〇年大判を引用して「賃借人が債務不履行により賃貸人から賃貸借契約を解除されたときは、賃貸借契約の終了と同時に転貸借契約もその履行不能により当然終了する」と判示し、上告理由がこれを非難したのに答えて、原審の右引用は正当である旨判示した。右最判の事案は、土地の所有者・賃貸人から土地転借人所有の地上建物の賃借人に対する建物退去土地明渡請求事件であるところ、土地の賃貸借契約は賃借人の債務不履行によって解除され、土地賃貸人の転借人に対する建物収去明渡請求を認容する判決が既に確定しているというのであり、右請求の当否を判断する上で転貸借の帰すう判断をする必要はないことから、転貸借の終了時期に関する右判示部分は、傍論との指摘がされている(椿寿夫・不法占拠(綜合判例研究叢書・民法(25))二二頁)。本件の一審、原審とも、右最判は、転貸借の終了時期に関して判断したものではないとしている。

2 学説は、この点について詳しく論じたものは少なく、借地法・借家法の代表的な教科書でもこの点に触れていないものも見られる。昭和三六年最判が賃貸借の終了と同時に転貸借も履行不能により終了する旨判示したものと理解し、これを支持する見解としては、金山正信「賃貸借の終了と転貸借」契約法大系Ⅶ五頁、大石忠生「借地権の消滅」不動産法大系Ⅲ一七三頁などがある。これに対し、米倉明「三六年最判評釈」法協八〇巻六号八九五頁は、賃貸人からする目的物返還請求によって転貸人の転借人に対する義務の不履行を生ずる、とすることも社会通念上肯定されてよいとして、賃貸人から転借人に対して目的物返還請求があったときに履行不能になるとの見解を示している。また、我妻・債権各論中巻一・四六四頁は、乙が事実上も丙をして用益させることができなくなれば、乙の債務は履行不能となるとしており、丙が事実上目的物の使用収益を続けている限りは転貸借は終了しないとの見解と考えられる。

三 転貸借において、転貸人(乙)は転借人(丙)に目的物を使用収益させる義務を負うが、右義務の内容が丙をして事実上収益可能な状態に置くことで足りるとすれば、乙の債務不履行により賃貸借が解除されても、丙が甲に目的物を返還するなどして事実上使用収益ができなくなるまでは、乙の丙に対する債務の不履行はないということになろう。しかし、賃貸人の承諾ある転貸の場合、乙丙間の転貸借契約が甲乙間の有効な賃貸借契約を基礎として成立し、丙が甲に転借権を対抗し得ることが重要であることからすると、乙の丙に対する「使用収益させる義務」は、単に目的物を丙の占有下において事実上使用収益させるにとどまらず、賃貸借契約を有効に存続させて、丙が甲に対する関係で使用収益権を主張できるようにすることも「使用収益させる義務」の内容となるものと考えられる。とすれば、乙が甲に対する債務の履行を怠って賃貸借契約を解除され、丙が甲に転借権を対抗し得ない状態に陥らせることは、丙に対する転貸人としての債務の履行を怠るものというべきであろう。
甲乙間の賃貸借契約が解除されると、丙は転借権を甲に対抗することができなくなり、甲から目的物の返還請求を受ければ、これに応じなければならない。また、丙が賃貸借終了の事実を知らずに乙に転借料を支払って目的物の使用収益を続けている間はともかく、甲から返還請求を受けた時点以降は、甲に対して不法行為による損害賠償債務や不当利得返還債務を免れない。他方、一旦賃貸借契約が有効に解除され、甲が現実の占有者である丙に目的物の返還を請求した以上、乙が甲との間で再び賃貸借契約を締結するなどして、丙が甲に転借権を対抗し得る状態を回復することは著しく困難と考えられる。右のような状態は、およそ乙が丙に対して目的物を使用収益させる義務を履行しているとはいえず、社会通念ないし取引観念に照らし、右義務の履行を期待しがたいものといわざるを得ないと考えられる。
本判決は、以上のような点を考慮して、原則として、甲が丙に目的物の返還を請求した時に乙の丙に対する債務の履行不能により転貸借が終了すると判断したものと思われる。
四 賃貸借が賃借人の債務不履行により解除された場合の転貸借の帰すうは、承諾ある転貸借の法律関係に関する基本的問題であるが、従来、必ずしも十分な議論がされておらず、判例の態度も明確とは言い難い状況にあったところであり、本判決は、この問題につき明確な判断を示したものとして、注目される。

+判例(S37.3.29)
理由
上告代理人盛川康の上告理由第一、二、三点及び上告代理人中原盛次の上告理由について。
しかし、原判決は、所論転貸借の基本である訴外Aと亡Bとの間の賃貸借契約は、同人の賃料延滞を理由として、催告の手続を経て、昭和三〇年七月四日解除された事実を確定し、かかる場合には、賃貸人は賃借人に対して催告するをもつて足り、さらに転借人に対してその支払いの機会を与えなければならないというものではなく、また賃借人に対する催告期間がたとえ三日間であつたとしても、これをもつて直ちに不当とすべきではないとして、上告人の権利濫用、信義則違反等の抗弁を排斥した原判決は、その確定した事実関係及び事情の下において正当といわざるを得ない。引用の各判例は、本件と事案を異にし、本件に適切でない。
所論はひつきよう独自の見解に立つものであるから採るを得ない。
上告代理人盛川康の上告理由第四点について。
しかし、原判決引用の一審判決理由をみれば、所論主張について判断されていることが窺われるから論旨は理由がない。
同第五点について。
しかし、終結した弁論の再開を命ずるか否かは、裁判所の裁量に属するところであり、本件訴訟の経過に鑑みれば、原審が所論弁論の再開を命じなかつたからといつて所論の違法があるとはいえない。
同第六点について。
しかし、記録によれば、吉岡代理人は本件一審において被上告人の訴訟代理人として適法に訴訟行為をなし、その代理委任状によれば、右代理人は二審における上告人提起の控訴に対しても訴訟行為をする権限を有したものと認められるから、所論委任状の如何に拘らず、同代理人の原審における訴訟行為は適法になされたものといわざるを得ない。それゆえ論旨は理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)

・合意解除の場合

+判例(S38.4.12)
理由
上告代理人本山亨、同水口敞、同桜川玄陽の上告理由第一、二点について。
原判決の確定した事実によれば、本件賃借人と転借人とは判示のような密接な関係をもち、転借人は、賃貸人と賃借人との間の明渡に関する調停および明渡猶予の調停に立会い、賃貸借が終了している事実関係を了承していたというのであるから、原判決が、本件転貸借は賃貸借の終了と同時に終了すると判断したのは正当であつて、所論の違法は認められない。論旨は独自の見解であつて採用しえない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介) 

←転貸人と転借人が事実上同一だった場合。
+判例(H38.2.21)
理由 
 上告代理人松井久市の上告理由第一点について。 
 しかし、原判決の確定した事実によれば、本件建物は、杉皮葺板壁平屋建一棟建坪四三坪八合のものであつて、訴外Aの建築したものを、昭和三〇年三月被上告人において賃借し、爾来被上告人がこれに居住し、家具製造業を営んで現在に至つているというのであるから、原判決がこれを借地、借家法にいう建物に当ると判示したのは正当である。 
 所論は、原審の適法にした事実認定を非難し、判示に反する事実を前提として原判決に所論違法ある如く主張するに帰するから、採るを得ない。 
 同第二点について。 
 しかし、原判決が、本件借地契約は、借地法九条にいう一時使用のためのものではなく、借地法の適用を受ける建物所有のために設定されたものであること、所論調停条項は、所論の如き趣旨のものではなくて、上告人と訴外Aとが、右の本件借地契約を合意解除してこれを消滅せしめるとの趣旨であるとした判断は、挙示の証拠関係及び事実関係に徴し、首肯できなくはない。 
 ところで、本件借地契約は、右の如く、調停により地主たる上告人と借地人たる訴外Aとの合意によつて解除され、消滅に至つたものではあるが原判決によれば、前叙の如く、右Aは、右借地の上に建物を所有しており、昭和三〇年三月からは、被上告人がこれを賃借して同建物に居住し、家具製造業を営んで今日に至つているというのであるから、かかる場合においては、たとえ上告人と訴外Aとの間で、右借地契約を合意解除し、これを消滅せしめても、特段の事情がない限りは、上告人は、右合意解除の効果を、被上告人に対抗し得ないものと解するのが相当である。 
 なぜなら、上告人と被上告人との間には直接に契約上の法律関係がないにもせよ、建物所有を目的とする土地の賃貸借においては、土地賃貸人は、土地賃借人が、その借地上に建物を建築所有して自らこれに居住することばかりでなく、反対の特約がないかぎりは、他にこれを賃貸し、建物賃借人をしてその敷地を占有使用せしめることをも当然に予想し、かつ認容しているものとみるべきであるから建物賃借人は、当該建物の使用に必要な範囲において、その敷地の使用收益をなす権利を有するとともに、この権利を土地賃貸人に対し主張し得るものというべく、右権利は土地賃借人がその有する借地権を抛棄することによつて勝手に消滅せしめ得ないものと解するのを相当とするところ、土地賃貸人とその賃借人との合意をもつて賃貸借契約を解除した本件のような場合には賃借人において自らその借地権を抛棄したことになるのであるから、これをもつて第三者たる被上告人に対抗し得ないものと解すべきであり、このことは民法三九八条、五三八条の法理からも推論することができるし、信義誠実の原則に照しても当然のことだからである。(昭和九年三月七日大審院判決、民集一三巻二七八頁、昭和三七年二月一日当裁判所第一小法廷判決、最高裁判所民事裁判集五八巻四四一頁各参照)。 
 されば、原審判断は、結局において正当であり、論旨は、ひつきょう原審が適法にした事実認定を非難するか、独自の見解をもつて原判決に所論違法ある如く主張するに帰するから、採るを得ない。 
 なお、論旨後段の、上告人が前記和解において、本件建物をA所有の他の建物とともに四二万円で買い受けることにしたのは、便宜上移転料に代え、取毀し材料として買受けたものである云々の主張は、原審で主張判断を経ていない事実であるから、これをもつてする論旨は、採るを得ない。 
 同第三点について。 
 所論事実は、原審で主張されていないから、原審がそれにつき判断しなかつたのは当然のことであり、論旨は採るを得ない。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 高木常七 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤朔郎) 
+判例(H14.3.28)
理由 
 上告代理人桑島英美、同川瀬庸爾の上告受理申立て理由について 
 1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。 
 (1) 被上告人は、昭和50年初めころ、ビルの賃貸、管理を業とする日本ビルプロヂェクト株式会社(以下「訴外会社」という。)の勧めにより、当時の被上告人代表者が所有していた土地の上にビルを建築して訴外会社に一括して賃貸し、訴外会社から第三者に対し店舗又は事務所として転貸させ、これにより安定的に収入を得ることを計画し、昭和51年11月30日までに原判決別紙物件目録記載の1棟のビル(以下「本件ビル」という。)を建築した。本件ビルの建築に当たっては、訴外会社が被上告人に預託した建設協力金を建築資金等に充当し、その設計には訴外会社の要望を最大限に採り入れ、訴外会社又はその指定した者が設計、監理、施工を行うこととされた。 
 (2) 本件ビルの敷地のうち、小田急線下北沢駅に面する角地に相当する部分51.20㎡は、もとAの所有地であったが、被上告人代表者は、これを本件ビル敷地に取り込むため、訴外会社を通じて買収交渉を行い、訴外会社がAに対し、ビル建築後1階のA所有地にほぼ該当する部分を転貸することを約束したので、Aは、その旨の念書を取得して、上記土地を被上告人に売却した。 
 (3) 被上告人は、昭和51年11月30日、訴外会社との間で、本件ビルにつき、期間を同年12月1日から平成8年11月30日まで(ただし、被上告人又は訴外会社が期間満了の6箇月前までに更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、更新される。)とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借」という。)を締結した。被上告人は、本件賃貸借において、訴外会社が本件ビルを一括又は分割して店舗又は事務所として第三者に転貸することをあらかじめ承諾した。 
 (4) 訴外会社は、昭和51年11月30日、Aとの間で、本件ビルのうちAの従前の所有地にほぼ照合する原判決別紙物件目録記載一及び二の部分(以下「本件転貸部分」という。)につき、期間を同日から平成8年11月30日まで、使用目的を店舗とする転貸借契約(以下「本件転貸借」という。)を締結した。 
 (5) Aは、昭和51年11月30日に被上告人及び訴外会社の承諾を得て、株式会社京樽(以下「京樽」という。)との間で、本件転貸部分のうち原判決別紙物件目録記載二の部分(以下「本件転貸部分二」という。)につき、期間を同年12月1日から5年間とする再転貸借契約(以下「本件再転貸借」という。)を締結し、京樽はこれに基づき本件転貸部分二を占有している。京樽については平成9年3月31日に会社更生手続開始の決定がされ、上告人らが管財人に選任された。 
 (6) 訴外会社は、転貸方式による本件ビルの経営が採算に合わないとして経営から撤退することとし、平成6年2月21日、被上告人に対して、本件賃貸借を更新しない旨の通知をした。 
 (7) 被上告人は、平成7年12月ころ、A及び京樽に対し、本件賃貸借が平成8年11月30日に期間の満了によって終了する旨の通知をした。 
 (8) 被上告人は、本件賃貸借終了後も、自ら本件ビルを使用する予定はなく、A以外の相当数の転借人との間では直接賃貸借契約を締結したが、Aとの間では、被上告人がAに対し京樽との間の再転貸借を解消することを求めたため、協議が調わず賃貸借契約の締結に至らなかった。 
 (9) 京樽は昭和51年12月から本件転貸部分二において寿司の販売店を経営しており、本件ビルが小田急線下北沢駅前という立地条件の良い場所にあるため、同店はその経営上重要な位置を占めている。 
 2 被上告人の本件請求は、上告人らに対し所有権に基づいて本件転貸部分二の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めるものであるところ、上告人らは、信義則上、本件賃貸借の終了をもって承諾を得た再転借人である京樽に対抗することができないと主張している。 
 原審は、上記事実関係の下で、被上告人のした転貸及び再転貸の承諾は、A及び京樽に対して訴外会社の有する賃借権の範囲内で本件転貸部分二を使用収益する権限を付与したものにすぎないから、転貸及び再転貸がされた故をもって本件賃貸借を解除することができないという意義を有するにとどまり、それを超えて本件賃貸借が終了した後も本件転貸借及び本件再転貸借を存続させるという意義を有しないこと、本件賃貸借の存続期間は、民法の認める最長の20年とされ、かつ、本件転貸借の期間は、その範囲内でこれと同一の期間と定められているから、A及び京樽は使用収益をするに足りる十分な期間を有していたこと、訴外会社は、その採算が悪化したために、上記期間が満了する際に、本件賃貸借の更新をしない旨の通知をしたものであって、そこに被上告人の意思が介入する余地はないことなどを理由として、被上告人が信義則上本件賃貸借の終了をA及び京樽に対抗し得ないということはできないと判断した。 
 3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 前記事実関係によれば、被上告人は、建物の建築、賃貸、管理に必要な知識、経験、資力を有する訴外会社と共同して事業用ビルの賃貸による収益を得る目的の下に、訴外会社から建設協力金の拠出を得て本件ビルを建築し、その全体を一括して訴外会社に貸し渡したものであって、本件賃貸借は、訴外会社が被上告人の承諾を得て本件ビルの各室を第三者に店舗又は事務所として転貸することを当初から予定して締結されたものであり、被上告人による転貸の承諾は、賃借人においてすることを予定された賃貸物件の使用を転借人が賃借人に代わってすることを容認するというものではなく、自らは使用することを予定していない訴外会社にその知識、経験等を活用して本件ビルを第三者に転貸し収益を上げさせるとともに、被上告人も、各室を個別に賃貸することに伴う煩わしさを免れ、かつ、訴外会社から安定的に賃料収入を得るためにされたものというべきである。他方、京樽も、訴外会社の業種、本件ビルの種類や構造などから、上記のような趣旨、目的の下に本件賃貸借が締結され、被上告人による転貸の承諾並びに被上告人及び訴外会社による再転貸の承諾がされることを前提として本件再転貸借を締結したものと解される。そして、京樽は現に本件転貸部分二を占有している。 
 【要旨】このような事実関係の下においては、本件再転貸借は、本件賃貸借の存在を前提とするものであるが、本件賃貸借に際し予定され、前記のような趣旨、目的を達成するために行われたものであって、被上告人は、本件再転貸借を承諾したにとどまらず、本件再転貸借の締結に加功し、京樽による本件転貸部分二の占有の原因を作出したものというべきであるから、訴外会社が更新拒絶の通知をして本件賃貸借が期間満了により終了しても、被上告人は、信義則上、本件賃貸借の終了をもって京樽に対抗することはできず、京樽は、本件再転貸借に基づく本件転貸部分二の使用収益を継続することができると解すべきである。このことは、本件賃貸借及び本件転貸借の期間が前記のとおりであることや訴外会社の更新拒絶の通知に被上告人の意思が介入する余地がないことによって直ちに左右されるものではない。 
 これと異なり、被上告人が本件賃貸借の終了をもって京樽に対抗し得るとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、原判決中、上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、被上告人の請求を棄却した第1審判決の結論は正当であるから、上記部分についての被上告人の控訴を棄却すべきである。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 町田顯 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子) 
++解説
《解  説》
 本件は、一棟のビルを所有し賃貸していた会社が、賃借人からの更新拒絶によって賃貸借が終了したとして、ビルの一室の再転借人に対し、貸室の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めた事案である。
 原告は、昭和五〇年初めころ、ビルの賃貸、管理を業とする訴外甲株式会社の勧めにより、原告代表者所有の土地上にビルを建築して甲に一括して賃貸し、甲から第三者に店舗又は事務所として転貸させ、賃料の支払を受けるということを計画し、本件ビルを建築した。このような経緯から、本件ビルの建築に当たっては、甲の拠出した建設協力金が建築資金に充てられ、設計、施工は甲の要望を採り入れて行われた。原告は、昭和五一年に期間二〇年の約定で本件ビル全体を甲に賃貸し、それと同時に、甲は、原告承諾の下に、その一室である本件店舗部分を期間二〇年間の約定で訴外乙に転貸し、さらに乙は、原告と甲の承諾の下に、同部分を期間五年の約定で丙に再転貸した。その後、この再転貸借は更新され、現在も丙が同部分を店舗として使用している。
 甲は、平成八年に原告との賃貸借の期間が満了するに際し、転貸方式による本件ビルの経営が採算に合わないとして、更新拒絶をした。原告は、賃貸借が終了した以上、再転借人である丙は本件店舗部分の占有権原を原告に対抗できないと主張して、丙の更生管財人である被告らに対して同部分の明渡しを求めた。これに対し、被告らは、原告は信義則上賃貸借の終了を丙に対抗できないと反論した。
 第一審は、賃貸借の期間満了による終了により、特段の事情がない限り、転貸借は終了するが、賃借人が賃貸借を当然更新できるのにあえて更新を拒絶することは、賃借権の放棄と解する余地もあり、抵当権の目的である地上権の放棄をもって当該抵当権者に対抗することができない旨を定めた民法三九八条の趣旨や、原告が本件店舗部分の明渡しを求める必要に比べて丙の営業継続の必要が大であることを考慮すると、上記特段の事情があるというべきであるから、原告は本件賃貸借の終了をもって丙に対抗できないとして、請求を棄却した。
 これに対して、原審は、旧借家法四条の文理からは、期間の満了による賃貸借の終了は、それが賃借人からの更新拒絶によるものであるとしても、特段の事情がない限り、転借人に対抗することができるものというべきであり、このことは、本件がいわゆるサブリースの事案であることによっても異なるものではなく、原告による転貸及び再転貸の承諾は、丙に対して甲の有する賃借権の範囲内で貸室を使用収益する権限を付与したものにすぎず、賃貸借の終了後も転貸借や再転貸借を存続させるという意義を有するものではないから、特段の事情があるとはいえないなどとして、原告は、賃貸借の終了を丙に対抗し得ると判断し、請求を認容した。
 これに対して、被告らが上告受理申立てをしたのが本件であり、本判決は、本件事実関係の下においては、原告は、賃貸借の終了を信義則上丙に対抗することができないとして、原判決を破棄し、請求を棄却した第一審判決に対する原告の控訴を棄却する旨の自判をした。
 一般に、転借権は、賃借権の上に成立しているものであり、賃借権が消滅すれば、転借権はその存在の基礎を失うとされている(我妻榮・債権各論(中)Ⅰ四六三頁、金山正信・契約法大系(7)一頁等)。
 もっとも、賃貸借と転貸借は別個の契約であり、賃貸借が消滅すれば転貸借も当然に消滅するというわけではなく、賃貸人の承諾を得て適法な転貸借が成立した以上は、転借人の利益も一定の保護に値する。そこで、判例は、賃貸借の合意解除の場合は信義則上原則として転借人に対抗できないとしている(最一小判昭37・2・1裁判集民五八号四四一頁、最三小判昭62・3・24裁判集民一五〇号五〇九頁、本誌六五三号八五頁)。また、抵当権の目的である地上権を放棄しても抵当権者に対抗することができないところ(民法三九八条)、判例は、同条の趣旨の類推や信義則を根拠として、地上権の放棄や借地契約の合意解除をもって地上建物の抵当権者や賃借人に対抗することができないとしている(大判大11・11・24民集一巻七三八号、大判大14・7・18新聞二四六三号一四頁、最一小判昭38・2・21民集一七巻一号二一九頁、本誌一四四号四二頁)。
 しかし、まず、賃貸人は賃借人との人的信頼関係を基礎とする賃貸借が存続する範囲で転貸を承諾するというのがその通常の意思であり、転借人は転貸であることを承知の上で借り受けたのであるから、転貸の承諾があったことから一般的に、賃貸人は信義則上賃貸借の終了後も転借人による使用収益を甘受すべきであるということにはならないであろう。また、賃借人からの更新拒絶は、賃貸人にとって防ぎようのない事態であることからすると、それによる賃貸借の終了を賃貸人が転借人に対して主張することが転貸の承諾と矛盾した態度であるとはいい難く、これを合意解除と同視することもできないと思われる。さらに、民法三九八条は、自己の権利(地上権)を他人の権利(抵当権)の目的に供した者は、自己の権利の放棄をもって当該他人に対抗できないというにとどまり、放棄がなかった場合以上に当該権利の相手方(所有者)の権利を制限するものではないから、例えば、当該地上権が地代の支払を伴う場合に、放棄後の地代の不払いを理由とする所有者からの消滅請求が妨げられるものではないと解されるところ、賃借人による賃貸借契約の更新拒絶は、賃借人の権利だけでなく賃料支払等の義務も消滅させるものである点において、単なる賃借人による権利(=使用収益権)の放棄と同視することはできず、これについて直ちに民法三九八条の趣旨を類推し転借人を保護すべきであるということはできないであろう。しかも、旧借家法四条が賃貸人と賃借人のいずれが更新拒絶をしたかを区別せずに、賃貸借が期間満了により終了したときは、その旨を賃貸人が転借人に通知してから六箇月が経過することによって転貸借が終了するとしていることからすると、同条は、期間満了によって賃貸借が終了したときは、それが賃貸人、賃借人いずれの側からの更新拒絶によるかを問わず、転借人にこれを主張できることを前提にした上で、転借権は上記の限度でしか保護されないことを明らかにしたものと解釈するのが素直であると思われる。原判決は、本件の賃貸借を通常の賃貸借と同視した上、以上のような点から、原告は本件賃貸借の終了を丙に対抗し得ると判断したものと解される。
 しかし、本件賃貸借は、いわゆるサブリースと呼ばれるものの一つである。サブリースについては、学説・裁判例の上で一義的な定義があるわけではないが、賃借人自身による使用収益を目的とする通常の賃貸借とは異なり、いわゆるデベロッパーなどの事業者が、第三者に転貸して収益を上げる目的の下に、不動産の所有者からその全部又は一部を一括して借り上げ、所有者に対して収益の中から一定の賃料を支払うことを保証することをおおむね共通の内容としていると考えられる。学説においては、サブリースの場合に借地借家法による保護の要請が働くのは、賃借人ではなく、むしろ転借人についてであるとして、例えば、この場合における転貸借を賃貸人と賃借人から成る共同事業体との間の賃貸借と見たり、あるいは賃貸人から賃貸権限を委譲された賃借人との間の賃貸借と見るなどの法律構成によって、基礎となる賃貸借が期間満了や債務不履行解除によって終了しても、転借人の使用収益権を保護すべきであるとする見解(下森定・金法一五六四号四九頁、亀井洋一・銀法五七九号八二頁)が唱えられている。
 本判決は、このような学説の法律構成を採ったものではないが、本件のような賃貸借では、転借人による使用収益が本来的に予定されていること、賃貸人も転貸によって不動産の有効活用を図り、賃料収入を得る目的で賃貸借を締結し、転貸を承諾していること、他方、転借人及び再転借人はそのような目的で賃貸借が締結され、転貸及び再転貸の承諾がされることを前提に転貸借ないし再転貸借を締結し、再転借人がこれを占有していることなどの事実関係があり、このような事実関係の下では、賃借人の更新拒絶による賃貸借の終了を理由に再転借人の使用収益権を奪うことは信義則に反し、賃貸借の終了を再転借人に対抗できないとして、再転借人を保護すべきものとしたものである。
 賃貸借の合意解除をもって転借人に対抗できない場合の法律関係については、学説は分かれており、①賃貸借の合意解除が効力を生じないとする見解(金山正信・契約法大系(7)一一頁)、②転借人との関係では転借権を存立せしめるのに必要な範囲で賃貸借も存続するとする見解(我妻榮・債権各論(中)Ⅰ四六四頁)、③賃貸人が賃借人の地位を引き継ぐとする見解(星野英一・借地借家法三七七頁、鈴木禄彌・借地法(上)〔改訂版〕一一九九頁、原田純孝・新版注釈民法(15)別冊注釈借地借家法九五九頁)、④転借人が賃借人の地位を引き継ぐとする見解(石田喜久夫・判評二九五号一六四頁)などがあり、下級審の裁判例には、③の見解を採るものが多い(東京高判昭38・4・19下民集一四巻四号七五五頁、東京高判昭58・1・31判時一〇七一号六五頁等)。本件において、信義則適用の根拠をサブリースが賃貸人と賃借人との間の共同事業契約ないし賃貸権限の委譲という実質を有する点に求めるとすれば、より一層③の見解が妥当するということができよう。
 本件は、いわゆるサブリースの事案について、賃貸人が賃貸借の終了をもって信義則上転借人に対抗できない場合のあることを判示した初めての最高裁判例であり、その基本的な考え方は、他の同種事案にも当てはまると考えられ、実務上重要な意義を有すると思われる。
・債務不履行解除できる場合における合意解除!
+判例(S41.5.19)
理由 
 上告代理人小野塚久太郎の上告理由第一点について。 
 土地賃貸人と賃借人との間において土地賃貸借契約を合意解除しても、土地賃貸人は、特別の事情のないかぎり、その効果を地上建物の賃借人に対抗できないものであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和三八年二月二一日第一小法廷判決民集一七巻一号二一九頁参照)。 
 被上告人らは、本件土地を訴外Aの先代Bに地代年額二、〇〇〇円の定めで賃貸していたところ、Bは昭和二六年度分から、昭和三〇年度分までの地代のうち合計九、〇〇七円五〇銭を滞納したので、被上告人らは昭和三一年五月一六日付、同月一七日到達の書面を以て同人に対し書面到達後三日以内に右滞納地代を支払方催告したが、右期間内に支払がなかつたので、被上告人らは、昭和三一年五月二〇日付、同月二二日到達の書面で同人に対し、右地代不払などを理由として本件土地賃貸借契約解除の意思表示をしたこと、被上告人らは、昭和三一年八月Bを被告として、前記の本件土地賃貸借契約解除を原因として本件建物収去、土地明渡の訴を宇都宮地方裁判所栃木支部に提起し(同支部昭和三一年(ワ)第四八号事件)、昭和三三年一二月一七日第九回口頭弁論期日において、A(Bは昭和三二年三月二四日死亡し、Aが相続した。)C、Dと被上告人らとの間に、(1)被上告人らはAに対し本件土地のうち北側一一五坪を賃貸すること、(2)Aは上告人らに対し昭和三八年一二月一六日までに本件建物を本件土地の北側の八五坪の部分へ移築し、南側の一二〇坪五合九勺の土地を明け渡すこと、(3)被上告人らはAに対し、右一二〇坪五合九勺の土地を右明渡を完了するまで賃貸すること、(4)Aは被上告人らに対し地代として毎月一、〇〇〇円を被上告人ら方に持参支払うこと、(5)A、C、Dは連帯して被上告人らに対し一〇九、〇〇〇円の債務を認め、昭和三四年六月末日限り金九、〇〇〇円、同年一二月末日限り金三〇、〇〇〇円、昭和三五年一二月末日限り金三〇、〇〇〇円、昭和三七年一二月末日限り金四〇、〇〇〇門を支払うこと、(6)地代の支払を三月分以上怠つたとき、右に述べた分割金の支払を一回でも怠つたときは、右の賃貸借契約は当然解除となり、被上告人らに対し本件土地を地上にある建物を収去して明け渡すこと、等を内容とする裁判上の和解が成立したこと、の以上の事実は、原審の適法に確定するところである。 
 右の事実によれば、右裁判上の和解は、被上告人らとAとの間においては、本件土地のうち原対決添付図面表示の八五坪と三〇坪の部分合計一一五坪については引き続き賃貸借契約を継続する、本件土地のうち同図面表示の一二〇坪五合九勺の部分については合意解約し、同部分の土地を期限昭和三八年一二月一六日として一時使用の賃貸借契約としたものと解すべきものとする原判決の認定は、これを肯認できるし、右事実関係は上告人の知不知をとわず、右合意解約を以て、地上建物の賃借人たる上告人に対抗できる特別事情にあたると解することができるから、これと同旨の原判決の判断は、正当として肯認することができる。なお、前記裁判上の和解の成立によつて、被上告人らと訴外B、A間の従前の前記関係事実が、右合意解約の対抗力を判断する特別事情として考慮できなくなるものではなく、その他本件記録に徴し、この点に関する原判決の判断は正当として肯認できる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難するに帰し、採るを得ない。 
 同第二点について。 
 乙第一号証は、上告人主張の契約更新を認める資料とすることができないとする原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認するに足り、原判決には所論違法はない。論旨は、ひつきよう、原審に委せられた証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、採用できない。 
 同第三点について。 
 原判決によれば、原審は、所論土地賃貸借契約更新の主張につき、和解による該土地賃貸借契約は一時使用の賃貸借契約をしたものと解すべきものとし、かつその他その更新の主張事実を認めるに足る証拠がないものとしてこれを排斥している趣旨と解せられる。従つて、原判決には所論違法はなく、論旨は右に反する見解に立つて原判決を非難するに帰し、採るをえない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠) 
・そもそもAと転借人Cは対抗関係に立たない!
←対抗要件制度は公示を目的としているため。Aは転貸を承諾しているのだから不利益を受ける関係にない!
・転貸人は「第三者」(545条)には当たらない!
←賃貸借における解除には遡及効がない(620条)!
=賃貸人は解除に遡及効があることを主張しているのではなく、解除後は転借人に占有権限がなくなったといっているに過ぎない!!
+(賃貸借の解除の効力)
第六百二十条  賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる。この場合において、当事者の一方に過失があったときは、その者に対する損害賠償の請求を妨げない。
2.小問1(2)について(基礎編)
合意解除を対抗できなかった場合、Cに対する賃貸人は誰になるのか?
考え方①
AB間の賃貸借も存続
613条を使う!
+(転貸の効果)
第六百十三条  賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人に対して直接に義務を負う。この場合においては、賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない。
2  前項の規定は、賃貸人が賃借人に対してその権利を行使することを妨げない。

考え方②
AC間に移転する。
賃料を請求するには対抗要件の具備!
でも、本件建物の所有権は解除前も解除後もAに帰属してるから識別機能を登記に求めることはできないのでは・・・
債権譲渡の通知という手も!

3.小問1(2)について(応用編)

4.小問2について(基礎編)
・Cに対する賃貸人が、ABの合意解除により、BからAに入れ替わると考えた場合、必要費と有益費では取り扱いが異なることになる。
+(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条  賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2  賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+判例(S46.2.19)
理由
上告代理人吉岡秀四郎、同緒方勝蔵の上告理由第一点および第二点について。
建物の賃借人または占有者が、原則として、賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に、賃貸人または占有回復者に対し自己の支出した有益費につき償還を請求しうることは、民法六〇八条二項、一九六条二項の定めるところであるが、有益費支出後、賃貸人が交替したときは、特段の事情のないかぎり、新賃貸人において旧賃貸人の権利義務一切を承継し、新賃貸人は右償還義務者たる地位をも承継するのであつて、そこにいう賃貸人とは賃貸借終了当時の賃貸人を指し、民法一九六条二項にいう回復者とは占有の回復当時の回復者を指すものと解する。そうであるから、上告人が本件建物につき有益費を支出したとしても、賃貸人の地位を訴外Aに譲渡して賃貸借契約関係から離脱し、かつ、占有回復者にあたらない被上告人に対し、上告人が右有益費の償還を請求することはできないというべきである。これと同趣旨にでた原判決の判断は相当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
同第三点について。
建物の賃借人または占有者は、原則として、賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に賃貸人または占有回復者に対し、自己の支出した有益費の償還を請求することができるが、上告人は被上告人に対しその主張する有益費の償還を請求することのできないことは、前記のとおりである。また、原判決は、上告人は被上告人に対しては有益費の償還請求権を有せず、その消滅時効の点について考えるまでもなく上告人の請求は理由がないと判断したものであるから、有益費償還請求権の消滅時効に関する論旨は、原判決の判断しないことに対する非難である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男)

+判例(S44.7.17)
理由
上告代理人鈴木権太郎の上告理由について。
原判決が昭和三六年三月一日以降同三九年三月一五日までの未払賃料額の合計が五四万三七五〇円である旨判示しているのは、昭和三三年三月一日以降の誤記であることがその判文上明らかであり、原判決には所論のごとき計算違いのあやまりはない。また、所論賃料免除の特約が認められない旨の原判決の認定は、挙示の証拠に照らし是認できる。
しかして、上告人が本件賃料の支払をとどこおつているのは昭和三三年三月分以降の分についてであることは、上告人も原審においてこれを認めるところであり、また、原審の確定したところによれば、上告人は、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに敷金を差し入れているというのである。思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。したがつて、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに差し入れられた敷金につき、その権利義務関係は、同人よりその相続人訴外Bらに承継されたのち、右Bらより本件建物を買い受けてその賃貸人の地位を承継した新賃貸人である被上告人に、右説示の限度において承継されたものと解すべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は理由がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)

+判例(S49.9.2)
理由
上告代理人今泉三郎の上告理由第一点について。
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ(最高裁昭和二八年(オ)第七五五号同二九年一月一四日第一小法廷判決・民集八巻一号一六頁、最高裁昭和二七年(オ)第一〇六九号同二九年七月二二日第一小法廷判決・民集八巻七号一四二五頁参照)、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二点について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第三点について。
原審は、被上告人が任意競売手続において昭和四五年一〇月一六日本件家屋を競落し同年一一月二一日競落代金の支払を完了してその所有権を取得し同月二六日その所有権移転登記を経由したこと、および、上告人が本件家屋の一部を占有していることを認定したうえ、上告人が昭和四四年九月一日本件家屋の前所有者から右占有部分を、期限を昭和四六年八月三一日までとして、賃借しその引渡を受けた旨の上告人の主張につき、右賃貸借は同日限り終了しているものと判断し、かつ、右の賃貸借に際し上告人が前所有者に差し入れたという敷金の返還請求権をもつてする同時履行および留置権の主張を排斥して、被上告人の所有権にもとづく本件家屋部分の明渡請求を認容したものである。
そこで期間満了による家屋の賃貸借終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務が同時履行の関係にあるか否かについてみるに、賃貸借における敷金は、賃貸借の終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保するものであり、賃貸人は、賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還義務を負担するものと解すべきものである(最高裁昭和四六年(オ)第三五七号同四八年二月二日第二小法廷判決・民集二七巻一号八〇頁参照)。そして、敷金契約は、このようにして賃貸人が賃借人に対して取得することのある債権を担保するために締結されるものであつて、賃貸借契約に附随するものではあるが、賃貸借契約そのものではないから、賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、一個の双務契約によつて生じた対価的債務の関係にあるものとすることはできず、また、両債務の間には著しい価値の差が存しうることからしても、両債務を相対立させてその間に同時履行の関係を認めることは、必ずしも公平の原則に合致するものとはいいがたいのである。一般に家屋の賃貸借関係において、賃借人の保護が要請されるのは本来その利用関係についてであるが、当面の問題は賃貸借終了後の敷金関係に関することであるから、賃借人保護の要請を強調することは相当でなく、また、両債務間に同時履行の関係を肯定することは、右のように家屋の明渡までに賃貸人が取得することのある一切の債権を担保することを目的とする敷金の性質にも適合するとはいえないのであるこのような観点からすると、賃貸人は、特別の約定のないかぎり、賃借人から家屋明渡を受けた後に前記の敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく、したがつて、家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではないと解するのが相当であり、このことは、賃貸借の終了原因が解除(解約)による場合であつても異なるところはないと解すべきである。そして、このように賃借人の家屋明渡債務が賃貸人の敷金返還債務に対し先履行の関係に立つと解すべき場合にあつては、賃借人は賃貸人に対し敷金返還請求権をもつて家屋につき留置権を取得する余地はないというべきである。
これを本件についてみるに、上告人は右の特約の存在につきなんら主張するところがないから、同時履行および留置権の主張を排斥した原審判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫) 

5.小問2について(応用編)
必要費を請求する相手方について
必要費か有益費かの基準はあいまい。
「直ちに」請求できるとしているが、請求しなければならないというわけではない
+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第六百二十一条  第六百条の規定は、賃貸借について準用する。
+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第六百条  契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。
+判例(S14.4.28)
要旨
有益費償還請求の相手方が必要費償還についても相手方となりうる・・・。


民法 基本事例で考える民法演習 債権譲渡と保証人の地位~弁済者の保護と求償権の成否


1.小問1(1)について

+(債権の譲渡性)
第四百六十六条  債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2  前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。ただし、その意思表示は、善意の第三者に対抗することができない。

(指名債権の譲渡の対抗要件)
第四百六十七条  指名債権の譲渡は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。
2  前項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない。

・保証債務の随伴性

・Bに対する対抗要件が具備されれば、DはCに対する関係でも保証債務の履行を請求できる!

・他方、保証人に対して債権譲渡の通知がされただけでは、おもたる債務者に対してはもちろん、保証人に対する関係でも譲渡を対抗することはできない!!!!
+判例(S9.3.29)

・保証人は467条2項の「第三者」に該当するか?
「第三者」=通知の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する者
=譲渡された債権について譲受人と両立しえない法律的地位を取得した第三者

保証人はおもたる債務者と同等→第三者には該当しない!

2.小問1(2)について

+(委託を受けた保証人の求償権)
第四百五十九条  保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、過失なく債権者に弁済をすべき旨の裁判の言渡しを受け、又は主たる債務者に代わって弁済をし、その他自己の財産をもって債務を消滅させるべき行為をしたときは、その保証人は、主たる債務者に対して求償権を有する。
2  第四百四十二条第二項の規定は、前項の場合について準用する。

+(連帯債務者間の求償権)
第四百四十二条  連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たときは、その連帯債務者は、他の連帯債務者に対し、各自の負担部分について求償権を有する。
2  前項の規定による求償は、弁済その他免責があった日以後の法定利息及び避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する。

+(委託を受けない保証人の求償権)
第四百六十二条  主たる債務者の委託を受けないで保証をした者が弁済をし、その他自己の財産をもって主たる債務者にその債務を免れさせたときは、主たる債務者は、その当時利益を受けた限度において償還をしなければならない
2  主たる債務者の意思に反して保証をした者は、主たる債務者が現に利益を受けている限度においてのみ求償権を有する。この場合において、主たる債務者が求償の日以前に相殺の原因を有していたことを主張するときは、保証人は、債権者に対し、その相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる

・あらかじめの通知
+(通知を怠った保証人の求償の制限)
第四百六十三条  第四百四十三条の規定は、保証人について準用する。
2  保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、善意で弁済をし、その他自己の財産をもって債務を消滅させるべき行為をしたときは、第四百四十三条の規定は、主たる債務者についても準用する。

+(通知を怠った連帯債務者の求償の制限)
第四百四十三条  連帯債務者の一人が債権者から履行の請求を受けたことを他の連帯債務者に通知しないで弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得た場合において、他の連帯債務者は、債権者に対抗することができる事由を有していたときは、その負担部分について、その事由をもってその免責を得た連帯債務者に対抗することができるこの場合において、相殺をもってその免責を得た連帯債務者に対抗したときは、過失のある連帯債務者は、債権者に対し、相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる
2  連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たことを他の連帯債務者に通知することを怠ったため、他の連帯債務者が善意で弁済をし、その他有償の行為をもって免責を得たときは、その免責を得た連帯債務者は、自己の弁済その他免責のためにした行為を有効であったものとみなすことができる。

3.小問2について(基礎編)

+(債権の準占有者に対する弁済)
第四百七十八条  債権の準占有者に対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。

+(委託を受けた保証人の求償権)
第四百五十九条  保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、過失なく債権者に弁済をすべき旨の裁判の言渡しを受け、又は主たる債務者に代わって弁済をし、その他自己の財産をもって債務を消滅させるべき行為をしたときは、その保証人は、主たる債務者に対して求償権を有する。
2  第四百四十二条第二項の規定は、前項の場合について準用する。

・BのDに対する債務は消滅していない。すると、免責行為がされていない以上、事前の通知の有無を問わず、CはBに求償できないことになる。

4.小問2について(応用編)
Cが求償できないことへの対応。

・「消滅させるべき」という文言に着目

・回答しなかったBへの債務不履行責任を問う。
←保証委託契約上の義務違反(信義則)


民法 基本事例で考える民法演習 心裡留保と代理~使用利益と費用負担の帰趨を含めて


1.小問2について(基礎編:総論)

2.小問2について(基礎編:AC間の関係)

+(占有者による費用の償還請求)
第百九十六条  占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2  占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(留置権の内容)
第二百九十五条  他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2  前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。

・「留置権の物的範囲」
従物や付合物
目的物の留置に必要不可欠な他の物
目的物の結合が被担保債権発生の前提となっている他の物

+(留置権者による果実の収取)
第二百九十七条  留置権者は、留置物から生ずる果実を収取し、他の債権者に先立って、これを自己の債権の弁済に充当することができる。
2  前項の果実は、まず債権の利息に充当し、なお残余があるときは元本に充当しなければならない。

+(留置権者による留置物の保管等)
第二百九十八条  留置権者は、善良な管理者の注意をもって、留置物を占有しなければならない。
2  留置権者は、債務者の承諾を得なければ、留置物を使用し、賃貸し、又は担保に供することができない。ただし、その物の保存に必要な使用をすることは、この限りでない。
3  留置権者が前二項の規定に違反したときは、債務者は、留置権の消滅を請求することができる。

+判例(S10.5.13)

+(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。

(悪意の占有者による果実の返還等)
第百九十条  悪意の占有者は、果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う。
2  前項の規定は、暴行若しくは強迫又は隠匿によって占有をしている者について準用する。

3.小問2について(基礎編:AD間の関係)

・賃借権は即時取得の対象とならない。

・所有者でない者が動産を占有ているだけで、直ちに所有者らしき虚偽の外観が作出されたと評価することはできない!!!

・侵害不当利得にあたっては、189条1項が適用される!
←取引の安全

4.小問2について(応用編:AD間の関係)

・94条2項の第三者
+判例(S45.7.24)
理由
上告代理人皆川泉の上告理由第一点について。
被上告人が原審において、原判決事実摘示記載のような主張をしていることは、記録に徴し明らかである。所論の訴外Dの善意に関する主張は、同人が上告人Bとの間の売買を民法五六二条によつて解除した旨の再抗弁の前提として、予備的に主張されたものにほかならず、右主張事実と観念上相容れないからといつて、他の主張がなされなかつたことになるものといわなければならないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、被上告人の主張およびこれを摘示した原判決の趣旨を正解しないものであつて、採用することができない。

同第二点ないし第四点について。
原審の認定によれば、「本件不動産中二一筆については、訴外EからDに対し、昭和二五年五月五日付の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産はもともと被上告人の所有に属し、登記簿上の所有名義のみを一時前記Eに移していたもので、被上告人がEからその所有名義の回復を受けるにあたり、自己の二男Dの名義を使用して前記移転登記を経由したものであり、また、その余の二筆については、訴外Fから右Dに対し、同年六月一二日の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産は、被上告人がFから買い受けて所有権を取得したものでありながら、同じくDの名義を使用して右移転登記を経由したものであつて、いずれについても、被上告人からDに所有権をただちに移転する合意はなく、同人は登記簿上の仮装の所有名義人とされたにすぎないものであるところ、昭和三二年一〇月一二日に至り、右Dは、本件各不動産を目的として、上告人Bの代理人たる訴外Gとの間で売買契約を締結して、同上告人に対する所有権移転登記を経由し、現に同上告人が自己の所有不動産であると主張しているけれども、右買受当時、同上告人の代理人たる前記Gは、本件各不動産がDの所有に属しないことを知つていた、というのであつて、原審の右認定は、挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。
ところで、不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につき右他人の所有名義の登記を経由したときは、所有者は、民法九四条二項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもつて、善意の第三者に対抗することができないと解すべきことは、当裁判所の屡次の判例によつて判示されて来たところである(昭和二六年(オ)第一〇七号同二九年八月二〇日第二小法廷判決、民集八巻八号一五○五頁、昭和三四年(オ)第七二六号同三七年九月一四日第二小法廷判決、民集一六巻九号一九三五頁、昭和三八年(オ)第一五七号同四一年三月一八日第二小法廷判決、民集二〇巻三号四五一頁参照)が、右登記について登記名義人の承諾のない場合においても、不実の登記の存在が真実の所有者の意思に基づくものである以上、右九四条二項の法意に照らし、同条項を類推適用すべきものと解するのが相当である。けだし、登記名義人の承諾の有無により、真実の所有者の意思に基づいて表示された所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護の程度に差等を設けるべき理由はないからである。
したがつて、前記のような事実関係を前提として、本件不動産の所有権の帰属は、上告人BがDとの間の売買契約締結当時、右不動産がDの所有に属しないことを知つていたか否かにかかるとした上で、同上告人の代理人として右契約の締結にあたつたGが悪意であつたと認められるため、同上告人をもつて善意の第三者ということはできないとして、右不動産が自己の所有に属するとする被上告人の主張を是認した限度においては、原審の判断の過程およびその結論は、正当ということができる。
本件不動産がDの所有名義に登記されたのちにそのことが被上告人からDに通知された事実を認定してこれに対する法律的評価を示した原審の判断の違法をいい、また、右登記の経由に同人が全く介入していないから通謀虚偽表示として把握されるべき表示行為が実在しないとして、原判決に擬律錯誤、理由不備等の違法があるとする各論旨は、叙上の見地からは、いずれも、原審の結論の当否に影響のない議論というべきであり、まして、前記のように上告人Bが悪意であつたとする原審の認定判断を前提とすれば、右論旨が原判決を違法とすべき理由として採用しうるかぎりでないことは明らかである。もつとも、論旨には、第三者の善意・悪意にかかわらず、不実の登記を存置せしめた被上告人の所有権の主張は許されるべきでないとする趣旨に解される部分もあるが、到底左袒しえない独自の見解というほかはない。また、論旨は、悪意の対象たる事実が明確でないともいうが、ここにいう悪意が、原審の正当に判示しているとおり、本件不動産が登記名義人たるDの所有に属しないことを知つていたことを意味することは明らかであつて、右論旨も採用することができない。

同第五点について。
本件不動産中、第一審判決添付第一物件目録記載の一一筆は上告人Aに、また第二物件目録記載の一二筆は上告人Cに、それぞれ上告人Bから売り渡されたとして各所有権移転登記が経由されたが、被上告人が上告人Aおよび同Cを債務者として、各譲受不動産につき、それが被上告人の所有に属することを主張して、その処分および地上立木の伐採搬出等を禁止する仮処分の執行をした後において、右各売買契約の合意解除を理由に所有権移転登記が抹消されたことは、原審において当事者間に争いのなかつたところであり、売買契約により一たん本件不動産の所有権を取得したとする上告人Aおよび同Cにおいても、現に本件不動産上に自己の権利が存することを主張するものではなく、右契約が合意解除されたことを自認し、右不動産は上告人Bの所有に属するものとして、被上告人の所有権を争つているものにほかならない。
してみれば、上告人Aおよび同Cは、原審口頭弁論終結時における法律関係として本件不動産所有権の帰属を確定するについては、上告人Bから独立した固有の利害関係を有しないものというべきであるから、原審が、右所有権を主張する被上告人の本訴請求を認容すべきものとするにあたつて、同上告人の悪意を認定するにとどまり、上告人Aおよび同Cの善意・悪意について判示しなかつたからといつて、右本訴請求に関するかぎり、両上告人に対する関係においても、原判決に所論の理由不備、擬律錯誤等の違法はなく、論旨は採用することができない。
しかし、本件において、上告人Aは被上告人に対し、上告人Bと上告人Aとの間の売買契約の解除前に被上告人のした前記仮処分の執行が、同上告人の取得した所有権を侵害する不法行為を構成するとして、それによつて被つた損害の賠償を求める反訴請求をしているので、この請求の当否の前提として、右仮処分が同上告人に対する不法行為を構成するか否かを決するためには、右仮処分執行時を基準として、被上告人が同上告人に対し自己の所有権を主張しうる関係にあつたか杏かが判断されるければならない。
ところで、民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい(最高裁昭和四一年(オ)第一二三一号・第一二三二号同四二年六月二九日第一小法廷判決、裁判集民事八七号一三九七頁参照)、虚偽表示の相手方との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。そして、同条項を類推適用する場合においても、これと解釈を異にすべき理由はなく、これを本件についていえば、上告人Aは、その主張するとおり上告人Bとの間で有効に売買契約を締結したものであれば、それによつて上告人Aが所有権を取得しうるか否かは、一に、被上告人において、本件不動産の所有権が自己に属し、登記簿上のDの所有名義は実体上の権利関係に合致しないものであることを、同上告人に対して主張しうるか否かにのみかかるところであるから、同上告人は、右売買契約の解除前においては、ここにいう第三者にあたり、自己の前々主たるDが本件不動産の所有権を有しない不実の登記名義人であることを知らなかつたものであるかぎり、同条項の類推適用による保護を受けえたものというべきであり、右時点での同上告人に対する関係における所有権帰属の判断は、上告人Bが悪意であつたことによつては左右されないものと解すべきである。
そうすると、上告人Aは、原審において、目的不動産に関する登記簿上の表示が真実の権利関係と異なることは知らないでこれを上告人Bから買い受けた旨主張しているのであるから、上告人Aの反訴請求の当否を判断するにあたつては、右主張事実の有無が認定判示されるべきであつたにもかかわらず、原審は、これをなすことなく、上告人Bの悪意を認定しただけで、ただちに、被上告人のした仮処分が被保全権利を欠くものということはできないと断じ、上告人Aの反訴請求は失当であるとの判断を下しているのであつて、原判決には、この点において、理由不備の違法があるものといわざるをえないことは、上述したところにより明らかである。それゆえ、論旨は、この限度において理由があり、原判決中、上告人Aの右反訴請求に関する部分は破棄を免れず、右請求の成否についてはなお審理の必要があるので、この部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九二条に則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)


民法 基本事例で考える民法演習 心裡留保と代理~使用利益と費用負担の帰趨を含めて


1.小問1(1)について(基礎編)

+(心裡留保)
第九十三条  意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

+(虚偽表示)
第九十四条  相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2  前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

2.小問1(1)について(応用編)
・CがAの真意を知り、ないし、知り得た場合には、たとえBが善意無過失であっても、Cによる所有権取得は認めなくてよいはずである!!!
93条ただし書きの趣旨から・・・・
93条ただし書きの類推適用・・・・

・Bの報酬について
+(条件の成就の妨害)
第百三十条  条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができる。
←これの趣旨を援用!

3.小問1(2)について(基礎編)

・使用利益の返還
+(不当利得の返還義務)
第七百三条  法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

(悪意の受益者の返還義務等)
第七百四条  悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

+(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。

+(悪意の占有者による果実の返還等)
第百九十条  悪意の占有者は、果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う。
2  前項の規定は、暴行若しくは強迫又は隠匿によって占有をしている者について準用する。

4.小問1(2)(応用編)

+(解除の効果)
第五百四十五条  当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3  解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。

・解除における取り扱いを参照するなら、意思表示が無効ないし取り消された場合も、少なくとも双務契約の場合は、相手方から受け取った物はすべて返還すべきであり、返還の範囲を「現存利益」に減縮すべき理由はないように思える!!!

・使用利益について
+判例(S34.9.22)
理由
上告代理人森信一の上告理由は末尾記載のとおりである。原審が、本件催告に示された残代金額は金三七五〇〇〇円であり、真の残代金債務金三二五〇〇〇円を超過すること五〇〇〇〇円なる旨認定していることは所論のとおりである。しかし、この一事によつて、被上告人は催告金額に満たない提供があつてもこれを受領する意思がないものとは推定し難く、その他かかる意思がないと推認するに足りる事情は原審の認定しないところであるから、本件催告は、たとえ前記の如く真の債務額を多少超過していても、契約解除の前提たる催告としての効力を失わないものと解すべきである。
次に、原判決の確定するところによると、被上告人は、本件売買契約から約二週間後に支払を受ける約であつた本件残代金につき、履行期到来後再三上告人に支払を求めたが応じないので、遂に履行期から四ケ月余をを経て改めて本件催告に及んだというのである。このような事実関係のもとでは、たとえ三十万円をこえる金員の支払につき定めた催告期間が三日にすぎなくても、必ずしも不相当とはいい難い
更に、特定物の売買により買主に移転した所有権は、解除によつて当然遡及的に売に復帰すると解すべきであるから、その間買主が所有者としてその物を使用収益した利益は、これを売主に償還すべきものであること疑いない(大審院昭一)一・五・一一言渡判決、民集一五卷一〇号八〇八頁参照)。そして、右償還の義務の法律的性質は、いわゆる原状回復義務に基く一種の不当利得返還義務にほかならないのであつて、不法占有に基く損害賠償義務と解すべきではない。ところで、被上告人の本訴における事実上及法律上の陳述中には、不法占拠若しくは損害金というような語が用いられているけれども、その求めるところは前記使用収益による利益の償還にほかならない部分のあることが明らかであるから、その部分の訴旨を一種の不当利得返還請求と解することは何ら違法ではない。けだし、被上告人は、不当利得返還請求権と損害賠償請求権の競合して成立すべき場合に後者を主張したわけではなく、本来不当利得返還請求権のみが成立すべき場合に、該権利を主張しながら、その法律的評価ないし表現を誤つたにすぎないからである。
されば、以上の諸点に関する原審の判断はすべて正当なるに帰し、これらの点に関する所論はすべて理由がない。その他の論旨は、原審の適法な事実認定を争うのでなければ、原判示にそわない事実又は原審において主張立証しなかつた事実を前提として原判決を非難し、或は、独自の見解に立脚して原審の正当な判断を攻撃するものであつて、採用のかぎりでない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島保 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

・給付不当利得

・侵害不当利得
←直接的な契約関係がない場合とか。

・侵害不当利得には給付不当利得とは異なり189条1項が妥当する!!!!
+(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。


民法 基本事例で考える民法演習 弁済による代位と第三取得者~不動産登記における「公示」の意味


1.小問1(1)について(基礎編)

+(委託を受けた保証人の求償権)
第四百五十九条  保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、過失なく債権者に弁済をすべき旨の裁判の言渡しを受け、又は主たる債務者に代わって弁済をし、その他自己の財産をもって債務を消滅させるべき行為をしたときは、その保証人は、主たる債務者に対して求償権を有する。
2  第四百四十二条第二項の規定は、前項の場合について準用する。

+(連帯債務者間の求償権)
第四百四十二条  連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たときは、その連帯債務者は、他の連帯債務者に対し、各自の負担部分について求償権を有する。
2  前項の規定による求償は、弁済その他免責があった日以後の法定利息及び避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する。

+(委託を受けない保証人の求償権)
第四百六十二条  主たる債務者の委託を受けないで保証をした者が弁済をし、その他自己の財産をもって主たる債務者にその債務を免れさせたときは、主たる債務者は、その当時利益を受けた限度において償還をしなければならない。
2  主たる債務者の意思に反して保証をした者は、主たる債務者が現に利益を受けている限度においてのみ求償権を有する。この場合において、主たる債務者が求償の日以前に相殺の原因を有していたことを主張するときは、保証人は、債権者に対し、その相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる。

+(法定代位)
第五百条  弁済をするについて正当な利益を有する者は、弁済によって当然に債権者に代位する。

・「弁済による代位」によってCが得ることになる抵当権の被担保債権は求償権ではなく、原債権である。

・CがBに対して実際にいくら請求できるかは「求償権の範囲」によって決まり、そのうち、どの範囲でBの一般債権者に優先するかは「弁済による代位」によって決定される!!!

+判例(S59.5.29)
理由
上告代理人成毛由和、同立見廣志の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 訴外昌和貿易株式会社(以下「訴外会社」という。)は、昭和四六年五月二二日訴外港信用金庫(以下「訴外金庫」という。)との間で当座貸越等を内容とする信用金庫取引約定を結び、訴外会社の代表取締役である訴外Aは、昭和四九年五月二二日訴外金庫に対し、同人所有の本件建物について被担保債権の範囲を右信用金庫取引による債権等とし、極度額を六〇〇万円とする根抵当権を設定し、かつ、訴外会社の右借受金債務を連帯保証した。右根抵当権の設定登記は、同月二九日経由された。
2 訴外会社は、訴外金庫から昭和四九年五月二九日、右信用金庫取引約定に基づいて四八〇万円を、利息を年一一パーセント、遅延損害金を年一八・二五パーセントとし、弁済方法について同年一二月から昭和五二年五月まで毎月二五日限り一六万円宛分割して弁済する旨の約定、及び右分割金の弁済を一回でも怠つたときは期限の利益を喪失し残額を一時に弁済する旨の約定で、借り受けた
3 被上告人は、昭和四九年五月一日訴外会社から、近く借受が予定されていた右借受金債務につき信用保証の委託申込を受けて、同日これを承諾し、同月二一日訴外金庫に対し右借受金債務を保証した。
4 被上告人は、右信用保証の委託申込を承諾するに際し、(1) 訴外会社との間で、求償権の内容について、被上告人が訴外金庫に対し代位弁済したときは、訴外会社は被上告人に対し被上告人の代位弁済額全額及びこれに対する代位弁済の日の翌日から支払ずみまで年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金を支払う旨の特約をし、(2) さらに、Aとの間で、民法五〇一条但書五号の定める代位の割合について、被上告人が代位弁済したときは、被上告人はAが訴外金庫に対し設定した前記根抵当権の全部につき訴外金庫に代位し、右(1)の特約による求償権の範囲内で、訴外金庫の有していた右根抵当権の全部を行使することができる旨の特約をした。
5 訴外会社は、前記借受金につき昭和四九年一二月二五日限り支払うべき分割金の弁済を怠り、残額を一時に弁済すべきこととなり、前記根抵当権は、昭和五一年五月六日担保すべき元本が確定し、同年六月四日元本確定の附記登記が経由された。そして、被上告人は、同年七月一九日右借受金元本のうち四五四万円を代位弁済し、同日右代位弁済を原因として右根抵当権の全部について移転の附記登記を経由した。
6 原審被控訴人(一審被告)である株式会社岡島商店(以下「岡島商店」という。)は昭和四九年一二月四日に、上告人は昭和五〇年三月二八日にそれぞれ本件建物について根抵当権設定登記を経由した。
7 東京地方裁判所は、被上告人の先順位根抵当権者である訴外多畑耕三の申立により本件建物について不動産競売手続を開始し、本件建物を二八五一万円で競売し、昭和五二年七月二二日の本件配当期日において次の売却代金交付計算書を作成した。
競売手続費用 四一万七一二〇円
B 債権額 元本 一一〇〇万円
損害金 一二四万三五六四円
交付額 右各金額
被上告人 債権額 元本 四五四万円
損害金 二七万五三八五円
交付額 元本 二二七万円
損害金 一三万七六九三円
岡島商店 債権額 元本 一二〇一万七七三〇円
損害金 三五〇万八二一五円
交付額 元本 八四九万一七八五円
損害金 三五〇万八二一五円
上告人 債権額 元本 九七〇万三〇〇〇円
利息 一五七万六七三七円
損害金 三四八万九一七九円
交付額 元本 〇円
利息 〇円
損害金 一四四万一六二三円
すなわち、被上告人が元本四五四万円及びこれに対する代位弁済の日の翌日である昭和五一年七月二〇日から本件配当期日である昭和五二年七月二二日まで年一八・二五パーセントの割合による損害金八三万五三六〇円の債権額を届け出たのに対し、同裁判所は、右債権額のうち、右元本の二分の一である二二七万円及びこれに対する代位弁済の日である昭和五一年七月一九日から本件配当期日である昭和五二年七月二二日まで商事法定利率である年六分の割合による損害金一三万七六九三円に限つて交付すべきものとした。
8 これに対し、被上告人は、元本四五四万円及び損害金八三万五三六〇円の全部について優先弁済を受けることができると主張して異議を申し立てたが、完結しなかつた。
そこで、被上告人は、後順位根抵当権者である岡島商店及び上告人を被告として本訴を提起し、前記売却代金交付計算書中、岡島商店に対する交付額の元本八四九万一七八五円のうち一五二万六〇四四円、上告人に対する交付額の損害金一四四万一六二三円の全部を取り消し、これを被上告人に対する前記交付額に加え、被上告人に対する交付額を結局元本四五四万円及び損害金八三万五三六〇円の合計五三七万五三六〇円と変更する旨の判決を求めた。
以上の事実関係のもとで、原審は、被上告人の岡島商店及び上告人に対する右の請求を全部認容すべきものとし、これと異なる一審判決は不当であるとしてこれを取り消す旨の判決をし、右判決は、岡島商店に関する部分については上告期間満了により確定し、上告人のみが上告した。

二 そこで、まず、上告理由のうち、保証人である被上告人は、債務者である訴外会社との間で代位弁済による求償権の内容につき民法四五九条二項によつて準用される同法四四二条二項の定める法定利息と異なる特約をしても、第三者である上告人に対しては右特約の効力をもつて対抗することができないと主張する部分について、検討する。
弁済による代位の制度は、代位弁済者が債務者に対して取得する求償権を確保するために、法の規定により弁済によつて消滅すべきはずの債権者の債務者に対する債権(以下「原債権」という。)及びその担保権を代位弁済者に移転させ、代位弁済者がその求償権の範囲内で原債権及びその担保権を行使することを認める制度であり、したがつて、代位弁済者が弁済による代位によつて取得した担保権を実行する場合において、その被担保債権として扱うべきものは、原債権であつて、保証人の債務者に対する求償権でないことはいうまでもない。債務者から委託を受けた保証人が債務者に対して取得する求償権の内容については、民法四五九条二項によつて準用される同法四四二条二項は、これを代位弁済額のほかこれに対する弁済の日以後の法定利息等とする旨を定めているが、右の規定は、任意規定であつて、保証人と債務者との間で右の法定利息に代えて法定利率と異なる約定利率による代位弁済の日の翌日以後の遅延損害金を支払う旨の特約をすることを禁ずるものではない。また、弁済による代位の制度は保証人と債務者との右のような特約の効力を制限する性質を当然に有すると解する根拠もない。けだし、単に右のような特約の効力を制限する明文がないというのみならず、当該担保権が根抵当権の場合においては、根抵当権はその極度額の範囲内で原債権を担保することに変わりはなく、保証人と債務者が約定利率による遅延損害金を支払う旨の特約によつて求償権の総額を増大させても、保証人が代位によつて行使できる根抵当権の範囲は右の極度額及び原債権の残存額によつて限定されるのであり、また、原債権の遅延損害金の利率が変更されるわけでもなく、いずれにしても、右の特約は、担保不動産の物的負担を増大させることにはならず、物上保証人に対しても、後順位の抵当権者その他の利害関係人に対しても、なんら不当な影響を及ぼすものではないからである。そして、保証人と右の利害関係人とが保証人と債務者との間で求償権の内容についてされた特約の効力に関して物権変動の対抗問題を生ずるような関係に立つものでないことは、右に説示したところから明らかであり、保証人は右の特約を登記しなければこれをもつて右の利害関係人に対抗することができない関係にあるわけでもない(法がそのような特約を登記する方法を現に講じていないのも、そのゆえであると解される。)。以上のとおりであるから、保証人が代位によつて行使できる原債権の額の上限は、これらの利害関係人に対する関係において、約定利率による遅延損害金を含んだ求償権の総額によつて画されるものというべきである。
上告人の引用する判例(最高裁昭和四七年(オ)八九七号同四九年一一月五日第三小法廷判決・裁判集民事一一三号八九頁)は、その原審の確定した事実関係及び上告理由に照らすと、本判決の以上の判断と抵触するものではない。

三 つぎに、保証人である被上告人と物上保証人であるAとの間でされた民法五〇一条但書五号の定める代位の割合を変更する特約の第三者に対する効力の存否に関する違法をいう部分について、検討する
民法五〇一条は、その本文において弁済による代位の効果を定め、その但書各号において代位者相互間の優劣ないし代位の割合などを定めている。弁済による代位の制度は、すでに説示したとおり、その効果として、債権者の有していた原債権及びその担保権をそのまま代位弁済者に移転させるのであり、決してそれ以上の権利を移転させるなどして右の原債権及びその担保権の内容に変動をもたらすものではないのであつて、代位弁済者はその求償権の範囲内で右の移転を受けた原債権及びその担保権自体を行使するにすぎないのであるから、弁済による代位が生ずることによつて、物上保証人所有の担保不動産について右の原債権を担保する根抵当権等の担保権の存在を前提として抵当権等の担保権その他の権利関係を設定した利害関係人に対し、その権利を侵害するなどの不当な影響を及ぼすことはありえず、それゆえ、代位弁済者は、代位によつて原債権を担保する根抵当権等の担保権を取得することについて、右の利害関係人との間で物権的な対抗問題を生ずる関係に立つことはないというべきである。そして、同条但書五号は、右のような代位の効果を前提として、物上保証人及び保証人相互間において、先に代位弁済した者が不当な利益を得たり、代位弁済が際限なく循環して行われたりする事態の生ずることを避けるため、右の代位者相互間における代位の割合を定めるなど一定の制限を設けているのであるが、その窮極の趣旨・目的とするところは代位者相互間の利害を公平かつ合理的に調節することにあるものというべきであるから、物上保証人及び保証人が代位の割合について同号の定める割合と異なる特約をし、これによつてみずからその間の利害を具体的に調節している場合にまで、同号の定める割合によらなければならないものと解すべき理由はなく、同号が保証人と物上保証人の代位についてその頭数ないし担保不動産の価格の割合によつて代位するものと規定しているのは、特約その他の特別な事情がない一般的な場合について規定しているにすぎず、同号はいわゆる補充規定であると解するのが相当である。したがつて、物上保証人との間で同号の定める割合と異なる特約をした保証人は、後順位抵当権者等の利害関係人に対しても右特約の効力を主張することができ、その求償権の範囲内で右特約の割合に応じ抵当権等の担保権を行使することができるものというべきである。このように解すると、物上保証人(根抵当権設定者)及び保証人間に本件のように保証人が全部代位できる旨の特約がある場合には、保証人が代位弁済したときに、保証人が同号所定の割合と異なり債権者の有していた根抵当権の全部を行使することになり、後順位抵当権者その他の利害関係人は右のような特約がない場合に比較して不利益な立場におかれることになるが、同号は、共同抵当に関する同法三九二条のように、担保不動産についての後順位抵当権者その他の第三者のためにその権利を積極的に認めたうえで、代位の割合を規定していると解することはできず、また代位弁済をした保証人が行使する根抵当権は、その存在及び極度額が登記されているのであり、特約がある場合であつても、保証人が行使しうる根抵当権は右の極度額の範囲を超えることはありえないのであつて、もともと、後順位の抵当権者その他の利害関係人は、債権者が右の根抵当権の被担保債権の全部につき極度額の範囲内で優先弁済を主張した場合には、それを承認せざるをえない立場にあり、右の特約によつて受ける不利益はみずから処分権限を有しない他人間の法律関係によつて事実上反射的にもたらされるものにすぎず、右の特約そのものについて公示の方法がとられていなくても、その効果を甘受せざるをえない立場にあるものというべきである
上告人の引用する前記判例は本件と事案を異にし、本判決の以上の判断は、右の判例に抵触するものではない。

四 叙上の見解に立つて、本件についてみるに、原審の適法に確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告人が本件配当期日において訴外会社に対して有する原債権は、被上告人が届出をした貸金元本四五四万円及びこれに対する期限の利益を失い残額を一時に支払うべきこととなつた日ののちの日である昭和五一年七月二〇日から本件配当期日である昭和五二年七月二二日まで貸付の際の約定利率である年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金八三万五三六〇円を超えて存在することは明らかであり、右の原債権を担保する被上告人のAに対して有する根抵当権の極度額は六〇〇万円であり、そして被上告人が本件配当期日において訴外会社に対して有する求償権は、代位弁済した四五四万円及びこれに対する信用保証の委託申込を承諾したときにおける求償権の内容についての特約に基づく遅延損害金である代位弁済の日の翌日である昭和五一年七月二〇日から本件配当期日である昭和五二年七月二二日まで年一八・二五パーセートの割合による遅延損害金八三万五三六〇円となるから、被上告人は、原債権である貸金元本四五四万円(なお原判決添付第二売却代金交付計算書中順位7の債権の種類として「代位弁済元金」とあるのは右貸金元本の趣旨と解すべきである。)、遅延損害金八三万五三六〇円の交付を受けることができ、上告人は全く交付を受けることができないものというべきである
以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木戸口久治 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦)

+(弁済による代位の効果)
第五百一条  前二条の規定により債権者に代位した者は、自己の権利に基づいて求償をすることができる範囲内において、債権の効力及び担保としてその債権者が有していた一切の権利を行使することができる。この場合においては、次の各号の定めるところに従わなければならない。
一  保証人は、あらかじめ先取特権、不動産質権又は抵当権の登記にその代位を付記しなければ、その先取特権、不動産質権又は抵当権の目的である不動産の第三取得者に対して債権者に代位することができない
二  第三取得者は、保証人に対して債権者に代位しない。
三  第三取得者の一人は、各不動産の価格に応じて、他の第三取得者に対して債権者に代位する。
四  物上保証人の一人は、各財産の価格に応じて、他の物上保証人に対して債権者に代位する。
五  保証人と物上保証人との間においては、その数に応じて、債権者に代位する。ただし、物上保証人が数人あるときは、保証人の負担部分を除いた残額について、各財産の価格に応じて、債権者に代位する。
六  前号の場合において、その財産が不動産であるときは、第一号の規定を準用する。

2.小問1(2)について(基礎編)

+(第三者の弁済)
第四百七十四条  債務の弁済は、第三者もすることができる。ただし、その債務の性質がこれを許さないとき、又は当事者が反対の意思を表示したときは、この限りでない。
2  利害関係を有しない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。

・委託を受けた弁済
→準委任(650条1項)
+(受任者による費用等の償還請求等)
第六百五十条  受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる。
2  受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすることを請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることができる。
3  受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。

・委託を受けていない場合
→事務管理を根拠
+(管理者による費用の償還請求等)
第七百二条  管理者は、本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対し、その償還を請求することができる。
2  第六百五十条第二項の規定は、管理者が本人のために有益な債務を負担した場合について準用する。
3  管理者が本人の意思に反して事務管理をしたときは、本人が現に利益を受けている限度においてのみ、前二項の規定を適用する。

・第三取得者は、保証人に対して債権者に代位しない!
+(弁済による代位の効果)
第五百一条  前二条の規定により債権者に代位した者は、自己の権利に基づいて求償をすることができる範囲内において、債権の効力及び担保としてその債権者が有していた一切の権利を行使することができる。この場合においては、次の各号の定めるところに従わなければならない。
一  保証人は、あらかじめ先取特権、不動産質権又は抵当権の登記にその代位を付記しなければ、その先取特権、不動産質権又は抵当権の目的である不動産の第三取得者に対して債権者に代位することができない。
二  第三取得者は、保証人に対して債権者に代位しない。
三  第三取得者の一人は、各不動産の価格に応じて、他の第三取得者に対して債権者に代位する。
四  物上保証人の一人は、各財産の価格に応じて、他の物上保証人に対して債権者に代位する。
五  保証人と物上保証人との間においては、その数に応じて、債権者に代位する。ただし、物上保証人が数人あるときは、保証人の負担部分を除いた残額について、各財産の価格に応じて、債権者に代位する。
六  前号の場合において、その財産が不動産であるときは、第一号の規定を準用する。

⇔なお、物上保証人の所有する不動産を得た第三取得者にこのルールは適用されない!!!(債務者Bが自己の所有する本件土地に担保権を設定し、この債務者所有の不動産を取得した第三取得者についてのみ適用される!!!!)

・保証人は弁済前に登場した第三取得者との関係では、付記登記をしていなくとも「弁済による代位」を主張できる!!!
+判例(S41.11.18)
理由
上告代理人田口正平の上告理由第一点について。
民法五〇一条本文によれば、弁済者が代位することを得る権利は、債権の効力および担保としてその債権者が有していた一切の権利であるが、いわゆる代物弁済予約による権利は、金銭消費貸借契約の当事者間において、債権者が、自己の債権の弁済を確保するため、債務者が期限に債務を履行しないときに債務の弁済に代えて特定物件の所有権を債権者に移転することを債務者と予約するものであつて、あたかも担保物件を設定したのと同一の機能を営むものであるから、この予約に基づく権利は、同条一号に列記する先取特権、不動産質権または抵当権と同じく、同条本文にいう債権者が債権の担保として有する権利であると解した原審の見解は相当である。原判決に所論法律の解釈を誤つた違法がなく、論旨は採用できない。

同第二点について。
民法五〇一条一号において、保証人が予め代位の附記登記をしなければ担保権につき目的不動産の第三取得者に対して債権者に代位しない旨を定めた所以は、目的不動産の第三取得者は、その取得に当り、既に債務の弁済をなした保証人が右代位権を行使するかどうかを確知することをえさせるためであると解すべきであるから、保証人の弁済後に目的不動産を取得しようとする第三取得者に対しては予め代位の附記登記をする必要があるが、第三取得者の取得後に弁済をする保証人は、右代位のためには同号による附記登記を要しないものというわなければならない。けだし、もし右場合にも代位の附記登記を要求するものとすれば、保証人は、未だ保証債務を履行する必要があるか否か明らかでないうちから、当該不動産につき第三取得者の生ずることを予想して予め代位の附記登記を経由しておく必要があることになるが、これは、保証人に対し難きを強いることになるからである。右と同趣旨の原判決は相当であつて、原判決に所論の法律の解釈を誤つた違法はない。論旨は採用できない。

同第三点および第四点について。
原判決は、被上告人A被相続人Bは判示債務の弁済により債権者被上告銀行に代位し、同銀行が訴外Cに対し有していた本件不動産に対する抵当権および代物弁済予約上の権利を取得し、右権利移転の附記登記手続をなした事実を確定している。被上告人A被相続人Bが被上告銀行の有していた抵当権および代物弁済予約上の権利を取得したのは、弁済による代位であつて、権利の譲渡によるものでないことは所論のとおりであるが、右権利移転の附記登記は、本件不動産の第三取得者に対し権利取得を対抗する効力があるものと解するのが相当である。而して、上告人より被上告人Aに対する本訴請求は、被上告人Aが判示抵当権および代物弁済予約上の権利を有しないとして右附記登記の抹消を求めるものであつて、被上告人A被相続人Bにおいて右代物弁済の予約を完結したことを前提とするものではないから、この点に関する原判決の違法をいう所論は、判決の傍論として説示するところを非難するものにすぎない。原判決に所論の違法がなく、論旨はすべて採用できない。よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

3.小問2について(基礎編)

4.小問1(1)及び小問2について(応用編)~任意代位の場合

+(任意代位)
第四百九十九条  債務者のために弁済をした者は、その弁済と同時に債権者の承諾を得て、債権者に代位することができる。
2  第四百六十七条の規定は、前項の場合について準用する。

+(指名債権の譲渡の対抗要件)
第四百六十七条  指名債権の譲渡は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。
2  前項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない。

・任意代位の場合、Cは、その後登場した第三取得者Dとの関係で、無条件に抵当権を主張することはできるのか?


民法 基本事例で考える民法演習 不動産の物権変動と付合~請負契約における所有権帰属


1.小問1(1)について(基礎編)

・独立した不動産
外気遮断性
+判例(S10.10.1)
要旨
1.屋根がわらをふき荒壁をぬり終えた建物はまだ床および天井を張るに至らなくても不動産として登記しうる。
2.屋根がわらをふき荒壁を塗り終えた建物は、まだ床および天井を張るに至らなくても、不動産たる建物といえる。
3.住宅用建物で屋根がわらをふき、荒壁を付け終つたものは、まだ床および天井を備えていなくてもなお登記しうべき建物といえる。
4.工事中の建物が屋根及び周壁を有し土地に定着する1個の建造物として存在するに至ったときは、床及び天井を備えていなくても、建物として登記をすることができる。(旧不動産登記法関係)
5.一 保存登記における建物の表示が敷地の地番及び建坪において実在の建物と多少相違しても、その建物を表示したものと認めるに足り、かつ申請人がその建物につき保存登記をする意思で申請した場合には、その登記は更正登記前でも有効であるが、右の相違があるために登記簿上の建物の表示が実在の建物を指すものとはとうてい認めがたい場合には、申請人がその建物につき保存登記をする意思で申請したと否とを問わず、その登記は無効である。
二 登記簿における建物の表示が実際の建物とは敷地の地番を異にし、かつ建坪にも著しい相違がある場合には、その表示は実際の建物を指すものとは認めることができない。(旧不動産登記法関係)

・留置権の主張
+(留置権の内容)
第二百九十五条  他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2  前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。

履行不能の損害賠償債権を被担保債権としての留置権の主張は認められない!!!!
←物と債権の牽連関係がない。
+判例(S43.11.21)
要旨
1.甲所有の家屋を買受けたと称する乙から代金を支払つて買受けた丙が、乙が甲に対する残代金未払のため移転登記を了することができず、このため、甲に対し改めて右家屋の代金(乙の甲に対する未払代金相当額)を支払い買受けるに至つたという事情の下では、丙は背信的悪意者とはいえない。
2.甲所有の建物を乙が競落した後、甲乙間で買戻し契約が締結されたが、甲が買戻代金の一部を支払つたままでいたところ、その建物を乙が丙に売却し、丙が移転登記をしてしまつたという場合に、甲は、乙に対する買戻契約の履行不能を理由とする損害賠償債権、既払代金の不当利得返還請求権に基づく留置権を主張しても、いずれの債権も家屋に関して生じた債権とはいえないから、留置権は認められない

・留置権の主張
証券請求権を被担保債権とする場合には認められる!!

+(占有者による費用の償還請求)
第百九十六条  占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2  占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

・履行補助者的立場にある者について
+判例(H5.10.19)
理由
上告代理人右田堯尭雄の上告理由第一点について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、昭和六〇年三月二〇日、建設業者である住吉建設株式会社との間で、上告人を注文者、住吉建設を請負人とし、代金三五〇〇万円、竣工期同年八月二五日と定めて、上告人所有の宅地上に本件建物を建築する旨の工事請負契約を締結した(以下「本件元請契約」という)。この契約には、注文者は工事中契約を解除することができ、その場合工事の出来形部分は注文者の所有とするとの条項があった
2 住吉建設は、同年四月一五日、上告人から請け負った本件建物の建築工事を代金二九〇〇万円、竣工期同年八月二五日の約定で、建設業者である被上告人に一括して請け負わせた(以下「本件下請契約」という)被上告人も住吉建設が上告人から請け負った工事を一括して請け負うものであることは知っていたが、住吉建設も被上告人もこの一括下請負について上告人の承諾を得ていなかった。なお、本件下請契約には、完成建物や出来形部分の所有権帰属についての明示の約定はなかった
3 被上告人は、自ら材料を提供して本件建物の建築工事を行ったが、被上告人が昭和六〇年六月下旬に工事を取りやめた時点においては、基礎工事のほか、鉄骨構造が完成していたものの、陸屋根や外壁は完成しておらず、右工事の出来高は、工事全体の二六・四パーセントであった(以下、右時点までの工事出来形部分を「本件建前」という)。
4 上告人は、住吉建設との約定に基づき、請負代金の一部として、契約締結時に一〇〇万円、昭和六〇年四月一〇日に九〇〇万円、同年五月一三日に九五〇万円の合計一九五〇万円を支払った
他方、上棟工事は同年五月一〇日に完了し、それまでの工事分として住吉建設から被上告人に支払が予定されていた第一回の支払分五八〇万円の支払時期は同年六月一五日であったが、その前々日の同月一三日に住吉建設が京都地方裁判所に自己破産の申立てをし、同年七月四日に破産宣告を受けたため、被上告人は、下請代金の支払を全く受けられなかった
5 上告人は、同年六月一七日ころ、被上告人から聞かされて初めて本件下請契約の存在を知り、同月二一日、住吉建設に対して本件元請契約を解除する旨の意思表示をするとともに、被上告人との間で建築工事の続行について協議したが、工事代金額のことから合意は成立しなかった。そこで、上告人は、同月二九日、被上告人に工事の中止を求め、次いで、同年七月二二日、被上告人を相手に本件建前の執行官保管、建築妨害禁止等の仮処分命令を得て、その執行をした。
6 その後、上告人は、同年七月二九日、株式会社稲富との間で代金二五〇〇万円、竣工期同年一〇月一六日の約定で、本件建前を基に建物を完成させる旨の請負契約を締結し、稲富は、同月二六日までに右工事を完成させ、そのころ上告人から代金全額の支払を受けて本件建物を引き渡し、上告人は、本件建物につき所有権保存登記をした

二 原審は、右事実に基づき、(一) 本件建前は、いまだ不動産たる建物とはなっていなかった、(二) 住吉建設と被上告人との間では出来形部分の所有権帰属の合意がなく、被上告人は本件元請契約には拘束されないから、本件建前の所有権は、材料を自ら提供して施工した被上告人に帰属する、(三) 本件建物は、本件建前を基に稲富が自ら材料を提供して建物として完成させたものであり、稲富の施工価格とその提供した材料の価格の合算額は本件建前の価格を超えると認められるから、本件建物の所有権は稲富に帰属し、稲富と上告人の合意により上告人に帰属した、(四) 被上告人は、本件建前が本件建物の構成部分となってその所有権を失ったことにより、本件建前の価格相当の損失を被り、他方、上告人は、本件建前を基に建物を完成させることを稲富に請け負わせ、その請負代金も本件建前分を除外した部分に対して支払われたから、本件建前価格に相当する利得を得た、(五) したがって、上告人は被上告人に対し、民法二四六条、二四八条により、本件建前価格に相当する七六五万六〇〇〇円(下請代金二九〇〇万円の出来高二六・四パーセントに相当する額)を支払う義務がある、と判断した。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
建物建築工事請負契約において、注文者と元請負人との間に、契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する旨の約定がある場合に、当該契約が中途で解除されたときは、元請負人から一括して当該工事を請け負った下請負人が自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても、注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り、当該出来形部分の所有権は注文者に帰属すると解するのが相当である。けだし、建物建築工事を元請負人から一括下請負の形で請け負う下請契約は、その性質上元請契約の存在及び内容を前提とし、元請負人の債務を履行することを目的とするものであるから、下請負人は、注文者との関係では、元請負人のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず注文者のためにする建物建築工事に関して、元請負人と異なる権利関係を主張し得る立場にはないからである。
これを本件についてみるのに、前示の事実関係によれば、注文者である上告人と元請負人である住吉建設との間においては、契約が中途で解除された場合には出来形部分の所有権は上告人に帰属する旨の約定があるところ、住吉建設倒産後、本件元請契約は上告人によって解除されたものであり、他方、被上告人は、住吉建設から一括下請負の形で本件建物の建築工事を請け負ったものであるが、右の一括下請負には上告人の承諾がないばかりでなく、上告人は、住吉建設が倒産するまで本件下請契約の存在さえ知らなかったものであり、しかも本件において上告人は、契約解除前に本件元請代金のうち出来形部分である本件建前価格の二倍以上に相当する金員を住吉建設に支払っているというのであるから、上告人への所有権の帰属を肯定すべき事情こそあれ、これを否定する特段の事情を窺う余地のないことが明らかである。してみると、たとえ被上告人が自ら材料を提供して出来形部分である本件建前を築造したとしても、上告人は、本件元請契約における出来形部分の所有権帰属に関する約定により、右契約が解除された時点で本件建前の所有権を取得したものというべきである。
四 これと異なる判断の下に、被上告人は上告人と住吉建設との間の出来形部分の所有権帰属に関する合意に拘束されることはないとして、本件建前の所有権が契約解除後も被上告人に帰属することを前提に、その価格相当額の償金請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。
そして前記説示に徴すれば、被上告人の上告人に対する償金請求は理由のないことが明らかであるから、これを失当として棄却すべきであり、これと同趣旨の第一審判決は正当であるから、原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、右部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官可部恒雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官可部恒雄の補足意見は、次のとおりである。
一 本件は、注文者甲と元請負人乙及び下請負人丙とがある場合に、乙が倒産したときは甲丙間の法律関係はどのようなものとして理解さるべきか、との論点が中心となる事案で、請負関係について実務上しばしば遭遇する典型的事例の一つであり、本件において下請負人丙(被上告人)の請求を排斥した第一審判決を取り消した上これを認容すべきものとした原判決の理由中に、右甲乙丙三者間の法律関係につき特段の言及をした説示が見られるので、法廷意見に補足して、私の考えるところを述べておくこととしたい。
二 原判決は、その理由の三の1において、上告人甲と乙との間の元請契約には、甲は工事途中で右契約を解除することができ、その場合乙が施工した出来形部分の所有権は甲に帰属する旨の条項が設けられ、その後、右契約は解除されたが、右特約条項は注文者甲と元請負人乙との間の約定であって、下請負人たる被上告人丙を拘束するものではなく、乙丙間の下請契約には、丙が施工した出来形部分の所有権の帰属に関する特約はなされていなかったから、右元請契約の解除により直ちに本件建前の所有権が甲に移転する理はないと解される旨を判示した。
甲乙丙三者間の法律関係は原判決説示のようなものとして理解され得るか、これが本件の問題点である。
三 本件事案の概要は、注文者甲がその所有地上に家屋を築造しようとして乙に請け負わせたところ、乙は注文者甲と関りなくこれを一括して丙に下請させ、丙が乙との間の契約に従って施工中に元請負人乙が倒産した、甲は工事請負代金中の相当部分を乙に支払済みであったが、乙から丙への下請代金は支払われていなかった、というものである。
そして、本件において被上告人丙が建築工事を取り止めた時点における出来形部分の状態は、法廷意見に記述のとおりであるが、本件において工事を施工したのは一括下請負人たる丙のみであり、材料は丙が提供し、工事施工の労賃は丙の出捐にかかるものである。したがって、この点のみに着目すれば、出来形部分は丙の所有というべきものとなろう。工事途中の出来形部分の所有権は、材料の提供者が請負人である場合は、原則として請負人に帰属する、というのが古くからの実務の取扱いであり、この態度は施工者が下請負人であるときも異なるところはない。
四 しかし、此処で特段の指摘を要するのは、工事途中の出来形部分に対する請負人(下請負人を含む)の所有権が肯定されるのは、請負人乙の注文者甲に対する請負代金債権、下請についていえば丙の元請負人乙に対する下請代金債権確保のための手段としてである(注)という基本的な構成についての理解が、従前の実務上とかく看過されがちであったことである。
注 この点をつとに指摘した裁判例として、東京高裁昭和五四年四月一九日判決・判例時報九三四号五六頁を挙げることができよう。
本件において、下請負人丙の出来形部分に対する所有権の帰属の主張が、丙の元請負人乙に対する下請代金債権確保のための、いわば技巧的手段であり、かつ、それにすぎないものであることは、丙が出来形部分の収去を土地所有者甲から求められた局面を想定すれば、容易に理解され得るであろう。
すなわち、元請負人乙に対する丙の代金債権確保のために、下請負人丙の出来形部分に対する所有権を肯定するとしても、敷地の所有者(又は地上権、賃借権等を有する者)は注文者甲であって、丙はその敷地上に出来形部分を存続させるための如何なる権原をも有せず、甲の請求があればその意のままに、自己の費用をもって出来形部分を収去して敷地を甲に明け渡すほかはない。丙が甲の所有(借)地上に有形物を築造し、甲がこれを咎めなかったのは、一に甲乙間に元請契約の存するが故であり、丙による出来形部分の築造は、注文者甲から工事を請け負った乙の元請契約上の債務の履行として、またその限りにおいて、甲によって承認され得たものにほかならない。
五 本件の法律関係に登場する当事者は、まず注文者たる甲及び元請負人乙であり、次いで乙から一括下請負をした丙であるが、この甲、乙、丙の三者は平等並立の関係にあるものではない。基本となるのは甲乙間の元請契約であり、元請契約の存在及び内容を前提として、乙丙間に下請契約が成立する。比喩的にいえば、元請契約は親亀であり、下請契約は親亀の背に乗る子亀である。丙は乙との間で契約を締結した者で、乙に対する関係での丙の権利義務は下請契約によって定まるが、その締結が甲の関与しないものである限り、丙は右契約上の権利をもって甲に直接対抗することはできず(下請契約上の乙、丙の権利義務関係は、注文者甲に対する関係においては、請負人側の内部的事情にすぎない)、丙のする下請工事の施工も、甲乙間の元請契約の存在と内容を前提とし、元請契約上の乙の債務の履行としてのみ許容され得るのである。
このように、注文者甲に対する関係において、下請負人丙はいわば元請負人乙の履行補助者的立場にあるものにすぎず、下請契約が元請契約の存在と内容を前提として初めて成立し得るものである以上、特段の事情のない限り、丙は、契約が中途解除された場合の出来形部分の所有権帰属に関する甲乙間の約定の効力をそのまま承認するほかはない。甲に対する関係において丙は独立平等の第三者ではなく、基本となる甲乙間の約定の効力は、原則として下請負人丙にも及ぶものとされなければならない。子亀は親亀の行先を知ってその背に乗ったものであるからである。ただし、甲が乙丙間の下請契約を知り、甲にとって不利益な契約内容を承認したような場合(法廷意見にいう特段の事情─甲と丙との間の格別の合意─の存する場合)は別であるが、このような例外的事情は通常は認められ難いであろう(甲丙間に格別の合意がない限り、甲が丙の存在を知っていたか否かによって結論が左右されることはない。法廷意見中に、上告人は本件下請契約の存在さえ知らなかったものである旨言及されているのは、単なる背景的事情の説明にほかならない)。
六 しかるに原判決が、前記のように、中途解除の場合の出来形部分の所有権帰属についての特約は甲乙間の約定であって、下請負人丙を拘束するものでないとしたのは、さきに見たような元請契約と下請契約との関係、下請負人丙の地位が注文者甲に対する関係においては、元請負人乙の履行補助者的地位にとどまることを忘れたものとの非難を免れないであろう。
もとより、下請負人丙のための債権確保の要請も考慮事項の一たるを失わない。しかし、この点における丙の安否は、もともと、基本的には元請負人乙の資力に依存するものであり、事柄は乙と注文者甲との間においても共通である。ただ、甲乙間においては、通常、乙の施工の程度が甲の代金支払に見合ったものとなるので(したがって、乙が材料を提供した場合でも、実質的には甲が材料費を負担しているのが実態ということができ、この点を度外視して材料の提供者が乙であるか否かを論ずるのは、むしろ空疎な議論というべきであろう)、出来形部分に対する所有権の乙への帰属の有無がその死命を制することにはならず、もともと甲のための建物としての完成を予定されている出来形部分の所有権の甲への帰属を認めた上で、甲乙間での代金の精算を図ることが社会経済上も理に適い、また、乙にとっても不利益とならないのが通常であるといえよう。
他方、下請の関係についていえば、下請負人丙の請負代金債権は、元請負人乙に対するものであって、甲とは関りがない。一般に、出来形部分に対する所有権の請負人への帰属は、請負代金債権確保のための技巧的手段であるが、最終的には敷地に対する支配権を有する注文者甲に対抗できないことは、さきに見たとおりであって、元請負人乙の資力を見誤った丙の保護を、下請契約に関りのない、しかも乙に対しては支払済みの注文者甲の負担において図るのは、理に合わないことである(注)。
注 これを先例になぞらえていえば、本来丙において乙に対して自ら負担すべき代金回収不能の危険を甲に転嫁しようとするもの、ということができよう(最高裁昭和四九年(オ)第一〇一〇号同五〇年二月二八日第二小法廷判決・民集二九巻二号一九三頁参照)。
七 もし、甲が乙に対して全く代金の支払をせず、又はそれが過少であるのに、倒産した乙からの下請負人丙が一定の出来形を築造していた場合には、現実の出捐をした丙に対する甲の不当利得の成立を考える余地があろう。しかし、問題の多い不当利得による構成よりも、出来形部分の所有権の帰属に関する甲乙間の特約の効力が丙に及ぶことを端的に肯定した上で、甲に対する乙の代金債権の丙による代位行使を認める構成こそ、遥かによく実情に合致する。
これに対し、丙の施工による出来形部分に見合う代金が既に甲から乙に支払済みであるときは、乙の履行補助者的地位にある丙の下請代金債権の担保となるものは、乙の資力のみである(丙の保護、丙のための権利確保の方策は、甲ではなく乙との関係においてこそ考慮されなければならない)。一見酷であるかに見えるこの結論は、元請と下請という契約上の二重構造(子亀は親亀の背の上でしか生きられないという仕細み)から来る、いわば不可避の帰結にほかならず、これと異なる見地に立って、下請契約に関与せずしかも乙に対しては支払済みの注文者甲に請負代金の二重払いを強いることとなる原判決の見解を、丙の本訴請求に対する結論として選択する余地はないものといわなければならない。
八 従前、請負関係の紛争に関する実務の取扱いは、請負人が材料を提供した場合の出来形部分の所有権は原則として請負人に帰属するとの見地に立ち、むしろこれを最上位の指導原理として紛争の処理に当たって来たといえるが、その結果、元請負人の倒産事例において、出来形部分に見合う代金を元請負人乙に支払済みの注文者甲と、乙から下請代金の支払を受けていない下請負人丙との利害の調整に苦しみ、あるいは出来形部分の所有者である丙の注文者甲に対する明渡請求を権利の濫用として排斥し(東京高裁昭和五八・七・二八判決・判例時報一〇八七号六七頁)、あるいは出来高に見合う代金を支払った上で甲のした保存登記の抹消を求める丙の請求を権利の濫用として排斥している(東京地裁昭和六一・五・二七判決・同一二三九号七一頁)。私は、請負人が材料を提供した場合の出来形部分の所有権は原則として請負人に帰属するとの従前の実務の取扱いとの整合性に配慮しつつ、それぞれの事案において妥当な結論を導き出そうとしたこれら裁判例に見られる努力に敬意を表するにやぶさかではないが、丙の請負代金債権確保の手段として出来形部分に対する所有権の丙への帰属を肯定しようとする解釈上の努力が、それにも拘らず当の出来形部分の存在それ自体が甲の収去敷地明渡しの請求に抗する術がないという、より一層基本的な構造の認識に欠けていた点につき改めて注意を喚起し、元請倒産事例についての実務の取扱いが、一種の袋小路を思わせるような状態から脱却して行くことを期待したいと思う。
(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 大野正男)

++解説
《解  説》
本件は、下請が材料を提供して施工した工事出来形の所有権の帰属が争われた事件である。確定された事実関係はおおよそ次のとおりである。注文者Yが自分の土地に建物を建てることを建設業者Aに発注したところ、Aがこの工事を一括して建設業者Xに下請に出し、実際の工事はXが自ら材料を提供して行った。しかし、工事途中でAが倒産してしまったため、YはAとの契約を解除し、他の業者に依頼して建物を完成させた。YとAとの請負契約(元請契約)では、注文者は工事中契約を解除することができ、その場合の工事の出来形部分は注文者の所有とするとの約定があったが、AとXとの契約(下請契約)にはこのような約定はなかった。元請契約も下請契約もその代金は分割支払の約定であり、Yは元請契約に従ってAの倒産時までに代金の約五六パーセントをAに支払っていたが、AはXに下請代金を全く支払わないままに倒産した。Xは工事全体の約二六パーセント程度まで施工していたが、建物といえる段階にまでは達していなかった。ちなみに、注文者の承諾のない一括下請は建設業法で禁止されているところであるが(同法二二条)、本件の一括下請もYの承諾はなく、YはAが倒産するまでXが下請していたことも知らなかった。
右のような事実関係の下で、Xは、Yに対して、完成建物の所有権はXに帰属するとして建物明渡、所有権確認を求め、予備的に、完成建物の所有権はXにないとしても倒産時までに施工した出来形(建前)はXの所有であるとして民法二四八条、二四六条に基づく償金の支払を求めた。第一審(本誌六六〇号一四二頁)は、完成建物はもちろん、出来形(建前)の所有権もYに帰属するとしてXの請求をいずれも棄却したが、第二審(本誌六九五号二一九頁)は、完成建物の所有権は認めなかったものの、出来形の所有権はXに帰属するとして、予備的請求である償金請求を認容したため、Yから上告された。本判決は、出来形(建前)の所有権もYに帰属するとして、第二審判決を破棄し、第一審判決に対するXの控訴を棄却した。
請負契約において、完成建物の所有権が注文者と請負人のいずれに帰属するかについては、判例は、周知のように、特約があればこれに従うが、特約がない場合には、材料を誰が提供したかによって分け、注文者が材料の全部又は主要部分を提供したときは原始的に注文者に帰属するが、請負人が材料の全部又は主要部分を提供したときは、完成建物は原始的に請負人に帰属し、引渡によって注文者に所有権が移転するとの理論を採っている。この理は、下請負人がいる場合も同様であるとされている(大判大4・10・22民録二一輯一七四六頁。なお、最判昭54・1・25民集三三巻一号二六頁もこのことを前提としているものと思われる。)。学説は、かつては判例の立場を支持するのが通説(我妻・債権各論中二・六一六頁)といわれてきたが、近時は、材料を提供したのが請負人であっても原始的に注文者に帰属するとする説がむしろ有力である(広中・注釈民法(16)一〇三頁、加藤・民法教室債権編一二〇頁、来栖・契約法四六七頁など)。
それでは、判例理論を前提にすると、注文者と元請との元請契約には所有権帰属の特約があるが、元請と下請との下請契約には特約がなく、かつ、材料を下請が提供して施工した場合には、所有権は誰に帰属するのであろうか。本件では正にこの点が争われたのである。
下請負人と注文者との間で完成建物の所有権帰属が争われた事例は、判例雑誌に掲載されたものだけをみても、比較的多数ある(大阪高判昭52・7・6ジュリ六五二号六頁、大阪地判昭53・10・30本誌三七五号一〇九頁、東京地判昭57・7・9本誌四七九号一二四頁、判時一〇六三号一八九頁、東京高判昭58・7・28判時一〇八七号六七頁、仙台高決昭59・9・4本誌五四二号二二〇頁、東京高判昭59・10・30判時一一三九号四二頁、東京地判昭61・5・27判時一二三九号七一頁、東京地判昭63・4・22金判八〇七号三四頁など)。その多くは本件と同じように元請業者が倒産し、注文者は代金を支払っているが、下請には下請代金の全部又は一部が支払われていないケースである。このような場合に注文者と下請のどちらを保護すべきかという問題になるが、下級審の裁判例でみる限り、前述の判例理論を前提にしつつも、あるいは注文者、元請、下請の三者間に暗黙の合意があると認定したり、あるいは下請からの所有権の主張は権利濫用であるとしたり、あるいは下請は元請の履行補助者、履行代行者にすぎないとして下請の権利主張を制限するなど、注文者を保護しようとするのが実務の傾向であるといってよい。
本判決は、注文者の承諾がないままに一括下請されたケースにつき、このような下請負人は元請負人の履行補助者的立場にあるものであるから注文者に対して元請負人と異なる権利関係を主張し得る立場にはないとして、元請契約の約定によって出来形の所有権帰属も決せられるとした。注文者の関与できない元請や下請など工事をする側の内部事情いかんによって元請契約で定められた注文者の地位や権利が変動し、結果として注文者が代金の二重払いを余儀なくさせられるような事態になることは不合理であるとの判断に基づくものと思われる。紛争事例が多くみられる注文者と下請の関係を扱った最高裁判決であり、実務に与える影響が大きい判例といえよう。なお、本判決には可部裁判官の詳細な補足意見が付されている。

2.小問1(2)について(基礎編)

3.小問1について(応用編)
・建物の所有権が注文者に原始的に帰属すると解した場合、代金債権担保は留置権によることになり、請負人が所有権を原始取得するとしたときには、所有権の所在を通じて代金債権担保が図られることになる!

4.小問2について
添付=所有権を異にする物が一体化したり、あるいは所有者でない者が目的物に手を加えた場合に適用される制度。
本来、契約関係にない、あるいは当該契約では所有権移転を正統化することのできない場合に登場。

・建物の所有権帰属を動産の付合に関する規定(243条)によって判断するか、加工に関する規定(246条)で判断するか?
+(動産の付合)
第二百四十三条  所有者を異にする数個の動産が、付合により、損傷しなければ分離することができなくなったときは、その合成物の所有権は、主たる動産の所有者に帰属する。分離するのに過分の費用を要するときも、同様とする。

+(加工)
第二百四十六条  他人の動産に工作を加えた者(以下この条において「加工者」という。)があるときは、その加工物の所有権は、材料の所有者に帰属する。ただし、工作によって生じた価格が材料の価格を著しく超えるときは、加工者がその加工物の所有権を取得する
2  前項に規定する場合において、加工者が材料の一部を供したときは、その価格に工作によって生じた価格を加えたものが他人の材料の価格を超えるときに限り、加工者がその加工物の所有権を取得する。

+判例(S54.1.25)
理由
上告代理人吉田鐵次郎の上告理由について
建物の建築工事請負人が建築途上において未だ独立の不動産に至らない建前を築造したままの状態で放置していたのに、第三者がこれに材料を供して工事を施し、独立の不動産である建物に仕上げた場合においての右建物の所有権が何びとに帰属するかは、民法二四三条の規定によるのではなく、むしろ、同法二四六条二項の規定に基づいて決定すべきものと解する。けだし、このような場合には、動産に動産を単純に附合させるだけでそこに施される工作の価値を無視してもよい場合とは異なり、右建物の建築のように、材料に対して施される工作が特段の価値を有し、仕上げられた建物の価格が原材料のそれよりも相当程度増加するような場合には、むしろ民法の加工の規定に基づいて所有権の帰属を決定するのが相当であるからである。
これを本件についてみると、原審が適法に確定したところによれば、(1) 上告人の被相続人であるAは、被上告人から本件建物の建築工事を請け負つた寺岡建設株式会社(旧商号尼新建設工業株式会社)から昭和四〇年六月一六日さらに右工事の下請けをして建築に着手し、同年七月一五日ごろには棟上げを終え、屋根下地板を張り終えたが、寺岡建設が約定の請負報酬を支払わなかつたため、その後は屋根瓦も葺かず、荒壁も塗らず、工事を中止したまま放置した、(2) そこで、被上告人は、寺岡建設との請負契約を合意解除し、同年一〇月一五日、大豊建設工業株式会社に対し、工事進行に伴い建築中の建物の所有権は被上告人の所有に帰する旨の特約を付して右建築の続行工事を請け負わせた、(3) 大豊建設は、右請負契約に従い自らの材料を供して工事を行い、Aの大豊建設に対する仮処分の執行により工事の続行が差し止められた同年一一月一九日までに、右建前に屋根を葺き、内部荒壁を塗り上げ、外壁もモルタルセメント仕上げに必要な下地板をすべて張り終えたほか、床を張り、電気、ガス、水道の配線、配管工事全部及び廊下の一部コンクリート打ちを済ませ、未完成ながら独立の不動産である建物とした、(4) 右未完成の建物の価格は少なく見積つても四一八万円であるのに対し、Aが建築した前記建前のそれは多く見積つても九〇万円を超えるものではなかつたというのである。
右事実によれば、大豊建設が行つた工事は、単なる修繕というべきものではなく、Aが建築した建前に工作を加えて新たな不動産である本件建物を製造したものということができる。ところで、右の場合において民法二四六条二項の規定に基づき所有権の帰属を決定するにあたつては、前記大豊建設の工事によりAが建築した建前が法律上独立の不動産である建物としての要件を具備するにいたつた時点における状態に基づいてではなく、前記昭和四〇年一一月一九日までに仕上げられた状態に基づいて、大豊建設が施した工事及び材料の価格とAが建築した建前のそれとを比較してこれをすべきものと解されるところ、右両者を比較すると前記のように前者か後者を遥かに超えるのであるから、本件建物の所有権は、Aにではなく、加工者である大豊建設に帰属するものというべきである。そして、大豊建設と被上告人との間には、前記のように所有権の帰属に関する特約が存するのであるから、右特約により、本件建物の所有権は、結局被上告人に帰属するものといわなければならない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官 戸田弘 裁判官 中村治朗)


民法 基本事例で考える民法演習 不動産の物権変動と不動産賃借権の効力~二重譲渡と賃貸人の地位の移転


1.小問1について(基礎編)

+(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条  不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

・建物賃借権の対抗要件
借地借家法
+(建物賃貸借の対抗力等)
第三十一条  建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる
2  民法第五百六十六条第一項 及び第三項 の規定は、前項の規定により効力を有する賃貸借の目的である建物が売買の目的物である場合に準用する。
3  民法第五百三十三条 の規定は、前項の場合に準用する。

2.小問1について(応用編)

・二重譲渡の場合の所有権移転の経路
+判例(S46.11.5)
理由
上告代理人峰島徳太郎の上告理由について。
原判決の適法に確定した事実関係によれば、上告人は昭和二七年一月二六日Aの代理人Bから本件各土地を買い受け、同年二月六日その引渡を受け、爾来これを占有してきたが、いまだ登記を経由していなかつたものであるところ、CがAの死亡後である昭和三三年一二月一七日その相続人であるDおよびEから本件各土地を買い受け、同月二七日その旨の所有権移転登記を経由し、その後、昭和三四年六月頃Fに対し買掛代金債務の代物弁済としてその所有権を譲渡し、被上告人は同月九日Fから本件各土地を買い受け、中間省略により同月一〇日Cから直接その所有権移転登記を受けたというのである。
右事実関係のもとにおいて、上告人は本件各土地の所有権を時効取得したと主張し、原審はこれを排斥したが、その理由として判示するところは、「同一不動産についていわゆる二重売買がなされ、右不動産所有権を取得するとともにその引渡しをも受けてこれを永年占有する第一の買主が所有権移転登記を経由しないうちに、第二の買主が所有権移転登記を経由した場合における第一の買主の取得時効の起算点は、自己の占有権取得のときではなく、第二の買主の所有権取得登記のときと解するのが相当である。けだし、右第二の買主は第二の買主が所有権移転登記を経由したときから所有権取得を第一の買主に対抗することができ、第一の買主はそのときから実質的に所有権を喪失するのであるから、第一の買主も第二の買主も、ともに所有権移転登記を経由しない間は、不動産を占有する第一の買主は自己の物を占有するものであつて、取得時効の問題を生ずる余地がなく、したがつて、不動産を占有する第一の買主が時効取得による所有権を主張する場合の時効の起算点は、第二の買主が所有権移転登記をなした時と解すべきであるからである。」との見解のもとに、上告人はCが所有権移転登記をした昭和三三年一二月二七日から民法一六二条一項、二項の定める時効期間を経過したときに本件各土地の所有権を時効取得するものというべきであつて、上告人の本件各土地に対する占有は、被上告人が所有権移転登記をした昭和三四年六月一〇日からはもちろんのこと、Cが所有権移転登記をした昭和三三年一二月二七日からでも民法一六二条一項、二項の定める時効期間を経過していないこと明らかであるから、上告人が本件各土地の所有権を時効取得したとの上告人の主張は理由がない、というのである。
しかし不動産の売買がなされた場合、特段の意思表示がないかぎり、不動産の所有権は当事者間においてはただちに買主に移転するが、その登記がなされない間は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対する関係においては、売主は所有権を失うものではなく、反面、買主も所有権を取得するものではない当該不動産が売主から第二の買主に二重に売却され、第二の買主に対し所有権移転登記がなされたときは、第二の買主は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者であることはいうまでもないことであるから、登記の時に第二の買主において完全に所有権を取得するわけであるが、その所有権は、売主から第二の買主に直接移転するのであり、売主から一旦第一の買主に移転し、第一の買主から第二の買主に移転するものではなく、第一の買主は当初から全く所有権を取得しなかつたことになるのである。したがつて、第一の買主がその買受後不動産の占有を取得し、その時から民法一六二条に定める時効期間を経過したときは、同法条により当該不動産を時効によつて取得しうるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四〇年(オ)第一二六五号、昭和四二年七月二一日第二小法廷判決、民集二一巻六号一六四三頁参照)。
してみれば、上告人の本件各土地に対する取得時効については、上告人がこれを買い受けその占有を取得した時から起算すべきものというべきであり、二重売買の問題のまだ起きていなかつた当時に取得した上告人の本件各土地に対する占有は、特段の事情の認められない以上、所有の意思をもつて、善意で始められたものと推定すべく、無過失であるかぎり、時効中断の事由がなければ、前記説示に照らし、上告人は、その占有を始めた昭和二七年二月六日から一〇年の経過をもつて本件各土地の所有権を時効によつて取得したものといわなければならない(なお、時効完成当時の本件不動産の所有者である被上告人は物権変動の当事者であるから、上告人は被上告人に対しその登記なくして本件不動産の時効取得を対抗することができるこというまでもない。)。これと異なる見解のもとに、本件取得時効の起算日はCが所有権移転登記をした昭和三三年一二月二七日とすべきであるとして、上告人の時効取得の主張を排斥した原審の判断は、民法一六二条の解釈適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。原判決は破棄を免れない。
よつて、本件について更に右過失の有無、時効中断事由の存否等について審理させるため、民訴法四〇七条一項により、原判決中上告人の敗訴部分を破棄し、右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄)

+判例(S42.7.21)
理由
上告代理人和田珍頼の上告理由一について。原判決は、上告人Aが昭和二七年一一月訴外Bから本件家屋の贈与を受けた事実を確定したうえ、所有権について取得時効が成立するためには、占有の目的物が他人の物であることを要するという見解のもとに、上告人Aが時効によつて本件家屋の所有権を取得した旨の上告人らの抗弁に対し、上告人Aは自己の物の占有者であり、取得時効の成立する余地はない旨説示して、右抗弁を排斥している。
しかし、民法一六二条所定の占有者には、権利なくして占有をした者のほか、所有権に基づいて占有をした者をも包含するものと解するのを相当とする(大審院昭和八年(オ)第二三〇一号同九年五月二八日判決、民集一三巻八五七頁参照)。すなわち、所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法一六二条の適用があるものと解すべきである。けだし、取得時効は、当該物件を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度であるから、所有権に基づいて不動産を永く占有する者であつても、その登記を経由していない等のために所有権取得の立証が困難であつたり、または所有権の取得を第三者に対抗することができない等の場合において、取得時効による権利取得を主張できると解することが制度本来の趣旨に合致するものというべきであり、民法一六二条が時効取得の対象物を他人の物としたのは、通常の場合において、自己の物について取得時効を援用することは無意味であるからにほかならないのであつて、同条は、自己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではないからである。しかるに、原判決は、右と異なる見解のもとに上告人ら主張の取得時効の抗弁を排斥したものであつて、右民法一六二条の解釈を誤つた違法があるから、その余の論旨について判断を加えるまでもなく、破棄を免れない。そして、上告人ら主張の右取得時効の抗弁の成否についてさらに審理を尽す必要がある。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

+判例(S4.3.1)
+判例(S5.5.28)
3.小問2(1)について
4.小問2(2)について
+判例(S41.9.8)
理由 
 上告代理人白上孝千代の上告理由について。 
 原判決の確定したところによると、上告人と被上告人との本件売買契約は、第三者たる訴外山邑酒造株式会社の所有に属する本件土地を目的とするものであつたところ、原審認定の事情によつて売主たる被上告人が右所有権を取得してこれを買主たる上告人に移転することができなくなつたため履行不能に終つたというのである。 
 そして、本件売買契約の当時すでに買主たる上告人が右所有権の売主に属しないことを知つていたから、上告人が民法五六一条に基づいて本件売買契約を解除しても、同条但書の適用上、売主の担保責任としての損害賠償請求を被上告人にすることはできないとした原審の判断は正当である。 
 しかし、他人の権利を売買の目的とした場合において、売主がその権利を取得してこれを買主に移転する義務の履行不能を生じたときにあつて、その履行不能が売主の責に帰すべき自由によるものであれば、買主は、売主の担保責任に関する民法五六一条の規定にかかわらず、なお債務不履行一般の規定(民法五四三条、四一五条)に従つて、契約を解除し損害賠償の請求をすることができるものと解するのを相当とするところ、上告人の本訴請求は、前示履行不能が売主たる被上告人の責に帰すべき自由によるものであるとして、同人に対し債務不履行による損害賠償の請求をもしていることがその主張上明らかである。しかして、原審認定判示の事実関係によれば、前示履行不能は被上告人の故意または過失によつて生じたものと認める余地が十分にあつても、未だもつて取引の通念上不可抗力によるものとは解し難いから、右履行不能が被上告人の責に帰すべき自由によるものとはみられないとした原判決には、審理不尽、理由不備の違法があるといわねばならない。 
 従つて、この点を指摘する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく原判決は破棄を免れず、本件を原審に差し戻すのを相当とする。 
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠) 
・DがCに対して「本件建物はD所有である」と名乗り出た場合、CはBへの賃料支払を拒むことができる。
+(権利を失うおそれがある場合の買主による代金の支払の拒絶)
第五百七十六条  売買の目的について権利を主張する者があるために買主がその買い受けた権利の全部又は一部を失うおそれがあるときは、買主は、その危険の限度に応じて、代金の全部又は一部の支払を拒むことができる。ただし、売主が相当の担保を供したときは、この限りでない。
(有償契約への準用)
第五百五十九条  この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
・賃貸借関係の移転
+判例(H11.3.25)
理由 
 上告代理人工藤舜達、同林太郎の上告理由第二点、同坂井芳雄の上告理由第一点、及び同原秋彦、同洞〓敏夫、同牧山嘉道、同若林昌博の上告理由第二点について 
 一 本件は、建物所有者から建物を賃借していた被上告人が、賃貸借契約を解除し右建物から退去したとして、右建物の信託による譲渡を受けた上告人に対し、保証金の名称で右建物所有者に交付していた敷金の返還を求めるものである。 
 二 自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり(最高裁昭和三五年(オ)第五九六号同三九年八月二八日第二小法廷判決・民集一八巻七号一三五四頁、最高裁昭和四三年(オ)第四八三号同四四年七月一七日第一小法廷判決・民集二三巻八号一六一〇頁参照)、右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。けだし、右の新旧所有者間の合意に従った法律関係が生ずることを認めると、賃借人は、建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず、新旧所有者の合意のみによって、建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり、旧所有者がその責めに帰すべき事由によって右建物を使用管理する等の権原を失い、右建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には、その地位を失うに至ることもあり得るなど、不測の損害を被るおそれがあるからである。もっとも、新所有者のみが敷金返還債務を履行すべきものとすると、新所有者が、無資力となった場合などには、賃借人が不利益を被ることになりかねないが、右のような場合に旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは、右の賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべき問題である。 
 三 これを本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば(一)被上告人は本件ビル(鉄骨・鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下二階付一〇階建事務所店舗)を所有していたアーバネット株式会社(以下「アーバネット」という。)から、本件ビルのうちの六階から八階部分(以下「本件建物部分」という。)を賃借し(以下、本件建物部分の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)、アーバネットに対して敷金の性質を有する本件保証金を交付した、(二) 本件ビルにつき、平成二年三月二七日、(1) 売主をアーバネット、買主を中里三男外三八名(以下「持分権者ら」という。)とする売買契約、(2) 譲渡人を持分権者ら、譲受人を上告人とする信託譲渡契約、(3) 賃貸人を上告人、賃借人を芙蓉総合リース株式会社(以下「芙蓉総合」という。)とする賃貸借契約、(4) 賃貸人を芙蓉総合、賃借人をアーバネットとする賃貸借契約、がそれぞれ締結されたが、右の売買契約及び信託譲渡契約の締結に際し、本件賃貸借契約における賃貸人の地位をアーバネットに留保する旨合意された、(三) 被上告人は、平成三年九月一二日にアーバネットが破産宣告を受けるまで、右(二)の売買契約等が締結されたことを知らず、アーバネットに対して賃料を支払い、この間、アーバネット以外の者が被上告人に対して本件賃貸借契約における賃貸人としての権利を主張したことはなかった、(四) 被上告人は、右(二)の売買契約等が締結されたことを知った後、本件賃貸借契約における賃貸人の地位が上告人に移転したと主張したが、上告人がこれを認めなかったことから、平成四年九月一六日、上告人に対し、上告人が本件賃貸借契約における賃貸人の地位を否定するので信頼関係が破壊されたとして、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、その後、本件建物部分から退去した、というのであるが、前記説示のとおり、右(二)の合意をもって直ちに前記特段の事情があるものと解することはできない。そして、他に前記特段の事情のあることがうかがわれない本件においては、本件賃貸借契約における賃貸人の地位は、本件ビルの所有権の移転に伴ってアーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したものと解すべきである。以上によれば、被上告人の上告人に対する本件保証金返還請求を認容すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 その余の上告理由について 
 所論の点に間する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の各判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。 
 よって、裁判官藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
+反対意見
 裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。 
 私は、上告人が被上告人に対し本件保証金の返還債務を負担するに至ったとする法廷意見には賛成することができない。 
 一 甲が、その所有の建物を乙に賃貸して引き渡し、賃貸借継続中に、右建物を丙に譲渡してその所有権を移転したときは、特段の事情のない限り、賃貸人の地位も丙に移転し、丙が乙に対する賃貸人としての権利義務を承継するものと解されていることは、法廷意見の説くとおりである。甲は、建物の所有権を丙に譲渡したことにより、乙に建物を使用収益させることのできる権能を失い、賃貸借契約上の義務を履行することができなくなる反面、乙は、借地借家法三一条により、丙に対して賃貸借を対抗することができ、丙は、賃貸借の存続を承認しなければならないのであり、そうだとすると、旧所有者甲は賃貸借関係から離脱し、丙が賃貸人としての権利義務を承継するとするのが、簡単で合理的だからである。 
 二 しかし、甲が、丙に建物を譲渡すると同時に、丙からこれを賃借し、引き続き乙に使用させることの承諾を得て、賃貸(転貸)権能を保持しているという場合には、甲は、乙に対する賃貸借契約上の義務を履行するにつき何の支障もなく、乙は、建物賃貸借の対抗力を主張する必要がないのであり、甲乙間の賃貸借は、建物の新所有者となった丙との関係では適法な転貸借となるだけで、もとのまま存続するものと解すべきである。賃貸人の地位の丙への移転を観念することは無用である。賃貸人の地位が移転するか否かが乙の選択によって決まるというものでもない。もしそうではなくて、この場合にも新旧所有者間に賃貸借関係の承継が起こるとすると、甲の意思にも丙の意思にも反するばかりでなく、丙は甲と乙に対して二重の賃貸借関係に立つという不自然なことになる(もっとも、乙の立場から見ると、当初は所有者との間の直接の賃貸借であったものが、自己の関与しない甲丙間の取引行為により転貸借に転化する結果となり、乙は民法六一三条の適用を受け、丙に対して直接に義務を負うなど、その法律上の地位に影響を受けることは避けられない。特に問題となるのは、丙甲間の賃貸借が甲の債務不履行により契約解除されたときの乙の地位であり、乙は丙に対して原則として占有権限を失うと解されているが、乙の賃貸借が本来対抗力を備えていたような場合にはそれが顕在化し、丙は少なくとも乙に対しても履行の催告をした上でなければ、甲との契約を解除することができないと解さなければならないであろう。)。 
 三 本件は「不動産小口化商品」として開発された契約形態の一つであって、本件ビルの全体について、所有者アーバネットから三九名の持分権者らへの売買、持分権者らから上告人への信託、上告人と芙蓉総合との間の転貸を目的とする一括賃貸借、芙蓉総合とアーバネットとの間の同様の一括転貸借(かかる一括賃貸借を原審はサブリース契約と呼んでいる。)が連結して同時に締結されたものであることは、原審の確定するところである。これによれば、本件ビルの所有権はアーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したが、上告人、芙蓉総合、アーバネットの間の順次の合意により、アーバネットは本件ビルの賃貸(右事実関係の下では転々貸)権能を引き続き保有し、被上告人との間の本件賃貸借契約に基づく賃貸人(転々貸人)としての義務を履行するのに何の妨げもなく、現に被上告人はアーバネットを賃貸人として遇し、アーバネットは被上告人に対する賃貸人として行動してきたのであり、賃貸借関係を旧所有者から新所有者に移転させる必要は全くない。すなわち、本件の場合には、上告人が賃貸人の地位を承継しない特段の事情があるというべきである。そして、この法律関係は、アーバネットが破産宣告を受けたからといって、直ちに変動を来すものではない。 
 賃貸借関係の移転がない以上、被上告人の預託した本件保証金(敷金の性質を有する。)の返還の関係についても何の変更もないのであり、賃貸借の終了に当たり、被上告人に対し本件保証金の返還義務を負うのはアーバネットであって、上告人ではないということになる。被上告人としては、アーバネットが破産しているため、実際上保証金返還請求権の満足を得ることが困難になるが、それはやむをえない。もし法廷意見のように解すると、小口化された不動産共有持分を取得した持分権者らが信託会社を経由しないで直接にサブリース契約を締結するいわゆる非信託型(原判決一一頁参照)の契約形態をとった場合には、持分権者らが末端の賃借人に対する賃貸人の地位に立たなければならないことになるが、これは、不動産小口化商品に投資した持分権者らの思惑に反するばかりでなく、多数当事者間の複雑な権利関係を招来することにもなりかねない。また、本件のような信託型にあっても、仮に本件とは逆に新所有者が破産したという場合を想定したとき、関係者はすべて旧所有者を賃貸人と認識し行動してきたにもかかわらず、旧所有者に対して法律上保証金返還請求権はなく、新所有者からは事実上保証金の返還を受けられないことになるが、この結論が不合理であることは明白であろう。 
 四 以上の理由により、私は、被上告人の上告人に対する保証金返還請求を認めることはできず、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、被上告人の請求を棄却すべきものと考える。 
 (裁判長裁判官大出峻郎 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄) 
+解説
《解  説》
 一 本件は、いわゆる「不動産小口化商品」の信託業務から派生した事件であり、ビルの所有者からその一部を賃借していたXが、賃貸借契約を解除し、退去したとして、右ビルにつき信託による譲渡を受けていたYに対し、ビル所有者に交付していた保証金は敷金であると主張して、その返還を求めたものである。
  1 事実関係は、次のとおりである。(1) 平成元年三月一七日、Aは、本件ビル(地下二階付一〇階建事務所店舗)を建築し、その所有権を取得、(2) 同月三一日、Aは、本件ビルをBに売却し、本件ビルを賃借、(3) 同年六月一六日、Xは、Aから、本件ビルのうちの六階から八階部分(本件建物部分)を賃借し(本件建物部分の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)、Aに対して保証金の名目で三三八三万一〇〇〇円を交付、(4) 平成二年二月一五日、Aは、本件ビルをBから買戻し、(5) 同年三月二七日、本件ビルにつき、① 売主をA、買主をC外三八名(Cら)とする売買契約、② 譲渡人をCら、譲受人をYとする信託譲渡契約、③ 賃貸人をY、賃借人をDとする賃貸借契約、④ 賃貸人をD、賃借人をAとする賃貸借契約、がそれぞれ締結され、右の売買契約及び信託譲渡契約の締結に際し、本件賃貸借契約における賃貸人の地位をAに留保する旨が合意された、(6) 平成三年九月一二日、Aに対する破産宣告がされたが、Xは、それまで、(5)の売買契約等が締結されたことを知らず、Aに対して賃料を支払い、この間、A以外の者がXに対して本件賃貸借契約における賃貸人としての権利を主張したことはなかった、(7) Xは、本件賃貸借契約における賃貸人の地位がYに移転したと主張したが、Yがこれを認めなかったことから、平成四年九月一六日、Yに対し、Yが本件賃貸借契約における賃貸人の地位を否定するので信頼関係が破壊されたとして、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、その後、本件建物部分から退去した。
  2 Xは、「A、B間の本件ビルの賃貸借契約は、Aの買戻しにより混同によって消滅した。本件賃貸借契約の賃貸人たる地位は、AからCらを経てYに承継されたところ、Xは、本件賃貸借契約を解除し、本件賃貸部分から退去したので、Yは、本件保証金から約定の二〇パーセントの償却費を控除した残額(二七〇六万四八〇〇円)及び遅延損害金を支払う義務を負う。」と主張した。これに対し、Yは、Xの主張を争う外、「(1) Cら及びYは、Aから本件保証金の交付を受けていない、(2) 債務は信託の対象とならないから、Yは本件保証金返還債務を承継しない、(3) 本件保証金は敷金の性質を有するものではないから、賃貸人の地位の移転があっても返還債務は承継されない。」などと主張した。
  3 第一審(東京地判平5・5・13判時一四七五号九五頁)及び原審(東京高判平7・4・27金法一四三四号四三頁)は、いずれもXの請求を認容すべきものとした。原審の判断の要旨は、次のとおりである。(1)(混同)AがBから本件ビルを買い戻したことによって、Aの有した賃借権は混同によって消滅し、本件賃貸借契約は、転貸借ではなく、賃貸借となったものと解すべきである。(2)(賃貸人の地位の移転)本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位は、本件ビルの所有権の移転に伴い、A→Cら→Yと移転したものというべきである。(3)(解除の効力)賃貸人が賃貸借契約の承継を否定することは信頼関係を破壊する行為であり、本件解除は理由がある。(4)(本件保証金)敷金の性質を有するものというべきであり、Yはその返還債務を承継した。(5)(信託の対象)債務そのものは信託の対象とならないが、敷金に関する法律関係は賃貸借関係に随伴するものであり、本件ビルの信託譲渡を受けたYは賃貸人たる地位を承継するとともに本件保証金返還債務を負担するに至ったというべきである。Yから上告。
 二 本判決は、判示事項以外の上告理由については、原審の認定を非難するか、又は採用することのできない法令違背の主張であるとして、排斥した(そこで、本判決は、「Xは本件ビルを所有していたAから本件建物部分を賃借し、Aに対して敷金の性質を有する本件保証金を交付した」としたものと解される。)。そして、判示事項に関し「自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり、右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。」と判示した。
 三 借家法一条(借地借家法三一条)等の規定によって賃借人が対抗力を有する不動産賃貸借の目的物の所有権が移転した場合、賃貸借関係は、新所有者に当然承継されるということは、判例(大判大10・5・30民録二七輯一〇一三頁等)、通説(新版注釈民法(15)債権(6)〔幾代通〕一八八~一八九頁等)が認めるところであり、学説上は、これについて状態債務説(賃貸借関係は賃貸目的物の所有権と結合した一種の状態債務関係にあるという説)によって説明する見解が有力である。ところで、最二小判昭39・8・28民集一八巻七号一三五四頁、本誌一六六号一一七頁は、「自己の所有家屋を他に賃貸している者が賃貸借継続中に右家屋を第三者に譲渡してその所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するものと解すべきである。」としたが、本件においては、「新旧所有者間における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨の合意」が右判例にいう「特段の事情」に該当するかどうかが争われた。本判決は、右合意をもって直ちに右の特段の事情があるものということはできないとしたが、藤井裁判官の反対意見は、右の合意をもって特段の事情にあたり、この場合、当初の賃貸借はもとのまま存続するものと解すべきであるとするものである(右判例の判例解説においては、右反対意見と同旨の結論が述べられていたところであった。昭39最判解説(民)三一〇頁)。使用収益の面に着目すると、従来の賃貸人が新所有者との間でその権限を留保する以上、賃借人に特段不利益はないと考えられないでもない。しかし、法廷意見は、右合意をもって特段の事情に該当することを認めると、賃借人が転借人と同様の地位に立たされることとなり、新所有者(Y)と賃借人(X)との間に介在する者(D、A)に賃料不払い等の債務不履行があったとき、賃借人がその地位を失うに至ることがあり得るなど賃借人が不測の損害を被るおそれがあることを挙げて、これを消極に解すべきものとした。右の中間に介在する者の使用収益権能の設定は、必ずしも賃貸借に限られるものではないが、賃借人の債務不履行によって賃貸借が解除されたときは、転貸借は賃貸借の終了と同時に終了すると解されていることが考慮されたものであろう(最一小判昭36・12・21民集一五巻一二号三二四三頁、最二小判平6・7・18本誌八八八号一一八頁等参照)。右の外、所有者から建物を賃借した者にとって、敷金返還請求権等の賃貸人に対する債権について、建物がその引き当てとしての意義を有している面も否定し難いということもできよう。なお、原判決は、新旧所有者間に右の合意がある外、「賃借人においても賃貸人の地位が移転しないことを承認又は容認しているのでなければ、右特段の事情が存する場合に当たるとはいえないというべきである。」としたのに対し、本判決は、「新旧所有者間の右合意をもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。」と判示するにとまっている。これは、賃借人の承認又は容認がある場合に限ることが相当であるかどうか、検討の余地があり得るとしたものと解される。また、本判決が、「新所有者が無資力となった場合において、旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは、賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべきである。」と判示しているところは、旧所有者に賃貸人の債務を負わせるべき場合があり得るかどうか、今後検討すべき問題であることを示したものといえよう。この点に関しては、学説上、旧所有者に併存的債務を残しておいたらどうかと思われる問題もあるとの指摘(星野英一・民法概論Ⅳ二一六頁)や信義則上、旧所有者が補充的に義務を負うことがあり得ると解すべきであるとの説(鈴木禄彌・債権法講義三訂版五六七頁)がある。
 四 本判決は、新旧所有者間における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨の合意をもって直ちに最二小判昭39・8・28にいう特段の事情があるものということはできないことを明らかにしたものであって、その意義は小さくないものと考えられる。


民法 基本事例で考える民法 動産の物権変動と動産賃借権の効力~詐欺による意思表示の取消しと契約の解除


1.小問1について(基礎編)

+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

+(取消しの効果)
第百二十一条  取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。ただし、制限行為能力者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

+(不当利得の返還義務)
第七百三条  法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

(悪意の受益者の返還義務等)
第七百四条  悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う

+判例(H21.11.9)
理由
上告代理人前田陽司、同長倉香織の上告受理申立て理由について
1 本件は、被上告人が、貸金業者であるA株式会社及び同社を吸収合併した上告人との間の継続的な金銭消費貸借取引に係る各弁済金のうち利息制限法1条1項所定の制限利率を超えて利息として支払われた部分を元金に充当すると、過払金が発生しており、かつ、それにもかかわらず、上告人が残元金の存在を前提とする支払の請求をし過払金の受領を続けた行為により被上告人が精神的苦痛を被ったと主張して、不当利得返還請求権に基づき、過払金合計1068万4265円の返還等を求めるとともに、民法704条後段に基づき、過払金の返還請求訴訟に係る弁護士費用相当額の損害賠償108万円とこれに対する遅延損害金の、同法709条に基づき、慰謝料及び慰謝料請求訴訟に係る弁護士費用相当額の損害賠償105万円とこれに対する遅延損害金の各支払を求める事案である。
なお、不当利得返還請求権に基づき過払金の返還等を求める部分は、原審においてその訴えが取り下げられ、また、民法709条に基づき損害賠償の支払を求める部分については、同請求を棄却すべきものとした原判決に対する被上告人からの不服申立てがなく、当審における審理判断の対象とはなっていない。

2 原審は、次のとおり判断して、被上告人の民法704条後段に基づく損害賠償請求を認容すべきものとした。
民法704条後段の規定が不法行為に関する規定とは別に設けられていること、善意の受益者については過失がある場合であってもその責任主体から除外されていることなどに照らすと、同条後段の規定は、悪意の受益者の不法行為責任を定めたものではなく、不当利得制度を支える公平の原理から、悪意の受益者に対し、その責任を加重し、特別の責任を定めたものと解するのが相当である。したがって、悪意の受益者は、その受益に係る行為に不法行為法上の違法性が認められない場合であっても、民法704条後段に基づき、損害賠償責任を負う。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
不当利得制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が公平の観念に基づいて受益者にその利得の返還義務を負担させるものであり(最高裁昭和45年(オ)第540号同49年9月26日第一小法廷判決・民集28巻6号1243頁参照)、不法行為に基づく損害賠償制度が、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁参照)のとは、その趣旨を異にする不当利得制度の下において受益者の受けた利益を超えて損失者の被った損害まで賠償させることは同制度の趣旨とするところとは解し難い
したがって、民法704条後段の規定は、悪意の受益者が不法行為の要件を充足する限りにおいて、不法行為責任を負うことを注意的に規定したものにすぎず、悪意の受益者に対して不法行為責任とは異なる特別の責任を負わせたものではないと解するのが相当である。
4 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。これと同旨をいう論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、上告人が残元金の存在を前提とする支払の請求をし過払金の受領を続けた行為が不法行為には当たらないことについては、原審が既に判断を示しており、その判断は正当として是認することができるから、被上告人の民法704条後段に基づく損害賠償請求は理由がないことが明らかである。よって、被上告人の民法704条後段に基づく弁護士費用相当額の損害賠償108万円及びこれに対する遅延損害金の請求を107万1247円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した第1審判決のうち上告人敗訴部分を取り消し、同部分に関する被上告人の請求を棄却し、上記請求に係る被上告人の附帯控訴を棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)

++解説
《解 説》
1 事案の概要
本件は,借主であるXが,貸金業者であるYに対し,Yとの間の継続的な金銭消費貸借契約に基づいてした弁済につき,利息制限法所定の制限を超えて利息として支払われた部分を元金に充当すると過払金が発生しており,かつ,それにもかかわらず,Yが残元金の存在を前提とする支払の請求をし過払金の受領を続けた行為によりXが精神的苦痛を被ったと主張して,その訴訟追行を弁護士に委任の上,次の三つの請求,すなわち,①不当利得返還請求権に基づく約1068万円の過払金返還請求(ただし,第1審判決認容額の全額弁済があり,原審においてその訴えが取り下げられたため,以下,説明を省略する。)②民法704条後段に基づく過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用108万円の損害賠償請求③民法709条に基づく慰謝料及び慰謝料請求訴訟に係る弁護士費用の合計105万円の損害賠償請求をする事案である。判示事項及び判決要旨は,上記②の民法704条後段に基づく損害賠償請求に関するものである。

2 第1審判決及び原判決
第1審は,上記③の民法709条に基づく損害賠償請求につき,Yが残元金の存在を前提とする支払の請求をし過払金の受領を続けた行為は不法行為を構成しないと判断する一方,上記②の民法704条後段に基づく損害賠償請求につき,特段の説示をすることなく,過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用として約107万円を認容し,1万円弱を棄却した。
原審は,上記③の民法709条に基づく損害賠償請求につき,第1審と同じく不法行為の成立を否定する一方,上記②の民法704条後段に基づく損害賠償請求につき,民法704条後段の規定を,不法行為責任を定めたものではなく,悪意の受益者に対する責任を加重した特別の責任を定めたものと解して,Xの附帯控訴に基づき,過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用としてXの請求額全額の108万円を認容した。

3 本判決
本判決は,判決要旨のとおり,「民法704条後段の規定は,悪意の受益者が不法行為の要件を充足する限りにおいて,不法行為責任を負うことを注意的に規定したものにすぎず,悪意の受益者に対して不法行為責任とは異なる特別の責任を負わせたものではない」と判示して,原判決中Y敗訴部分を破棄し,第1審判決中,民法704条後段に基づく損害賠償請求に係るY敗訴部分(約107万円の請求認容部分)を取り消して同部分に関するXの請求を棄却し,民法704条後段に基づく損害賠償請求に係るXの附帯控訴(1万円弱の請求棄却部分についてのもの)を棄却した。

4 説明
(1) 民法704条後段の規定の趣旨を考える実益は,同規定の趣旨の解釈に応じてその損害賠償責任の成立要件が相違することにある。すなわち,民法704条後段の規定の趣旨を,原判決のように,悪意の受益者に対する責任を加重した特別の責任を定めたものと解する見解(以下「特別責任説」という。)によれば,悪意の受益者であれば,それだけで民法704条後段の損害賠償責任を負担することになり,不法行為における故意・過失や違法性の要件は,その損害賠償責任の成立要件とはならないことになる。他方,民法704条後段の規定の趣旨を,本判決のように,悪意の受益者が不法行為の要件を充足する限りにおいて不法行為責任を負うことを注意的に規定したものと解する見解(以下「不法行為責任説」という。)によれば,仮に悪意の受益者であっても,その不法行為責任の成否は,例えば,一般不法行為であれば民法709条の成立要件を充足するか否かに係り,同条の要件充足性を別途検討する必要があることになる。
(2)下級審裁判例,学説をみると,民法704条後段の規定を根拠とする訴えがほとんどなかったこともあって,従来の下級審裁判例でこの点を判断したものは見当たらないが,近時の過払金返還請求訴訟において,法定利息を定める民法704条前段の規定にとどまらず,損害賠償責任を定める民法704条後段の規定も活用しようとする訴えが相当数提起された結果,この点を判断する下級審裁判例も多くみられるようになった。不法行為責任説を採用したと思われるものが多数であるが,高裁レベルにおいて特別責任説を採用したものも若干存する(例えば,札幌高判平19.11.9判時2019号26頁)。学説は,立法当時の議論までさかのぼってみると,民法704条後段は不法行為法上の規定と同じであるものの,例外であるはずの現存利益の返還義務が不当利得法上の原則規定である民法703条に規定されたため,その拡張的解釈を阻止するために確認的に民法704条後段の規定を置くというものであり,特別責任説を前提とする議論は見当たらない。その後,特別責任説に立つ少数説が登場したものの(例えば,末弘嚴太郎『債権各論』998頁は「此義務ハ本條ニ基ク特別ノ賠償義務ニシテ不法行為ニ基クモノニアラズ。蓋シ損失者ニ損失アル以上敢テ権利侵害ノ如キ要件ヲ必要トセザルヲ以テナリ」とする。),現在は不法行為責任説がほぼ通説,少なくとも多数説を占める状況にある(例えば,潮見佳男『基本講義債権各論Ⅰ』279頁は,「(民法)704条に言う損害賠償は,不当利得を理由とするではなく,むしろ不法行為を理由とするものであって,利得返還によっても填補されない損害につき受益者の故意・過失を要件としてこの者に賠償を命じたものと言うべきです。」とする。)。
(3)特別責任説,不法行為責任説の理論的当否は,規定の位置や文理という形式のみによって決せられるものではなく,不当利得制度,不法行為に基づく損害賠償制度の趣旨の基本的理解に関わる問題である。不当利得制度が財産的価値の移動の矛盾の調整にあるのに対し,不法行為に基づく損害賠償制度が損害のてん補による被害者の救済にあることは本判決の判示するとおりであり,両制度はその趣旨を異にするといわざるを得ない。特別責任説に立つかつての学説の中には,不当利得制度を被害者救済のための制度と位置付けるものがあり,「不当利得制度を支える公平の原理」を根拠として掲げる本件の原判決も,そのような理解に立つものとも推測されるが,判例の理解する不当利得制度の趣旨とは相容れないと思われる。本判決が「不当利得制度の下において受益者の受けた利益を超えて損失者の被った損害まで賠償させることは同制度の趣旨とするところとは解し難い。」と判示するのは,以上のような理解に基づくものと解される。
(4) もっとも,不法行為責任説を前提としても,最二小判平19.7.13民集61巻5号1980頁,判タ1252号110頁,判時1984号26頁,金法1823号85頁,金判1279号27頁等にいう悪意の受益者と推定される貸金業者であれば,故意過失,違法性といった不法行為の帰責要件も充足するはずであるとの主張も予想されるところである。しかし,貸金業者が借主に対し貸金の支払を請求し借主から弁済を受ける行為が不法行為を構成するのは,貸金業者が当該貸金債権が事実的,法律的根拠を欠くものであることを知りながら,又は通常の貸金業者であれば容易にそのことを知り得たのに,あえてその請求をしたなど,その行為の態様が社会通念に照らして著しく相当性を欠く場合に限られ,この理は当該貸金業者が民法704条所定の悪意の受益者であると推定されるときであっても異ならない旨判示した最二小判平21.9.4民集63巻7号登載予定,判タ1308号111頁,判時2058号59頁,金法1885号32頁(以下「平成21年判決」という。)によれば,貸金業者についての「悪意の受益者」推定法理は不法行為の適用場面にまで妥当するものではないから,上記主張を採用することができないことは明らかである。したがって,過払金返還請求訴訟の原告である借主は,その損害賠償請求を民法704条後段に基づくものと構成した場合であっても,不当利得の適用場面において貸金業者が悪意の受益者と推定されるか否かにかかわらず,不法行為の適用場面においては平成21年判決の示す一般的な判断基準に従って貸金業者の行為が不法行為の要件を充足することを個別具体的に主張立証する必要があることになる。
(5) また,本判決によれば,民法704条後段の規定は,悪意の受益者が不法行為の要件を充足する限りにおいて不法行為責任を負うことを念のために明らかにした注意的規定であるにすぎず,独立した権利根拠規定ではない以上,受訴裁判所としては,原告が専ら特別責任説に基づいて民法704条後段に基づく損害賠償請求をすることが明らかであるなど特段の事情のない限り,その訴訟物は不法行為に基づく損害賠償請求であると善解して審理判断することになると思われる。本判決が,上記②の民法704条後段に基づく損害賠償請求を棄却するに当たり,同請求はそれ自体失当なものであるなどと判示することなく,上記③の民法709条に基づく損害賠償請求が上告審における審理判断の対象とはなっていないにもかかわらず,不法行為に当たらない旨の原審の判断を正当として是認することができるとした上で理由がないと判示したのは,以上のような理解に基づくものと解される。
5 本判決の意義
本判決は,不当利得や不法行為の制度的理解に関わる民法704条後段の規定の趣旨について当審の判断を示したものとして重要な意義を有するものであり,下級審に多数係属する同種訴訟へ与える影響も大きいものと思われる。また,平成21年判決において不法行為の成立が否定された貸金業者の具体的行為が過払金を受領する行為のみであったのに対し,本判決は,平成21年判決の一般的な判断基準を当然の前提としつつ,貸金業者の過払金を請求する行為についても不法行為の成立を否定した点でも事例的意義を有するものとして,実務の参考になるものと思われる。

・錯誤=実際の効果意思と表示行為から推測される効果意思が異なり、かつ、表意者がそのことを自覚していない場合を指す。

2.小問1について(応用編)

・賃借権の即時取得の成否
認められない
←不利益が小さいから認めるほどのことはない。

・動産の場合にも賃貸借契約は移転するのか?
不動産の場合とは少し異なる。

・賃料の請求は?
178条の第三者→指図による占有移転によってされる。

+(指図による占有移転)
第百八十四条  代理人によって占有をする場合において、本人がその代理人に対して以後第三者のためにその物を占有することを命じ、その第三者がこれを承諾したときは、その第三者は、占有権を取得する。

3.小問2について(基礎編)

4.小問2について(応用編)

+(解除の効果)
第五百四十五条  当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3  解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。

・動産賃貸借に対抗力がないとするなら、Dが対抗要件を備えることは理論的にはありえないから、545条1項ただし書きの第三者には当たらないことになる!

・その際、Aは対抗要件を備えている必要もない
←解除の遡及効によって、Cは最初から所有権者ではなかったことになり、Dは無権利者であるCから本件機械を賃借した者とされるため、178条の第三者には当たらないはずだから!!!

・AはDに使用料相当額を請求できるか?

+(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。

5.まとめ~特にAD間の関係について

・動産の賃貸借は、対抗力認めてまで保護する必要はないが、詐欺取消しに当たっては、その利益状況に応じた形で、対抗力とは別個独立に、独自の保護が第三者に与えられている!


民法 基本事例で考える民法演習 不動産物権変動と賃貸人の地位の移転~契約の解除と第三者


1.小問1について(基礎編)

+(解除の効果)
第五百四十五条  当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3  解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。

・「第三者」=当事者間に契約があることを前提として、解除前に法律関係に入った者

+判例(S33.6.14)
理由
上告代理人弁護士森良作、同石川泰三、同飯沢進、同山田尚の上告理由第一点及び第三点について。
原判決はその挙示の証拠によつて、昭和二〇年一〇月九日上告人Aは自己の所有に属し且つ自己名義に所有権取得登記の経由されてある本件土地を上告人Bに売り渡し、上告人Bは同二一年四月一〇日被上告人にこれを転売し、それぞれ所有権を移転したが、上告人両名間の右売買契約は昭和二二年一二月二〇日両者の合意を以て解除されたものと認定し、次いで、右契約解除は合意に基くものであつても民法五四五条一項但書の法意によつて第三者の権利を害することを得ないから、既に取得している被上告人の所有権はこれを害するを得ないとの趣意の下に、被上告人が上告人Bに代位して上告人Aに対し上告人B名義に本件土地の前示売買に因る所有権移転登記手続を求める請求及び右請求が是認されることを前提とした被上告人の上告人Bに対する前示売買に基く所有権移転登記手続請求をそれぞれ容認したものであることは、判文上明らかである。
思うにいわゆる遡及効を有する契約の解除が第三者の権利を害することを得ないものであることは民法五四五条一項但書の明定するところである。合意解約は右にいう契約の解除ではないが、それが契約の時に遡つて効力を有する趣旨であるときは右契約解除の場合と別異に考うべき何らの理由もないから、右合意解約についても第三者の権利を害することを得ないものと解するを相当とする。しかしながら、右いずれの場合においてもその第三者が本件のように不動産の所有権を取得した場合はその所有権について不動産登記の経由されていることを必要とするものであつて、もし右登記を経由していないときは第三者として保護するを得ないものと解すべきであるけだし右第三者を民法一七七条にいわゆる第三者の範囲から除外しこれを特に別異に遇すべき何らの理由もないからである。してみれば、被上告人の主張自体本件不動産の所有権の取得について登記を経ていない被上告人は原判示の合意解約について右にいわゆる権利を害されない第三者として待遇するを得ないものといわざるを得ない右合意解約の結果上告人Bは本件物件の所有権を被上告人に移転しながら、他方上告人Aにこれを二重に譲渡しその登記を経由したると同様の関係を生ずべきが故に、上告人Aは被上告人に対し右所有権を被上告人に対抗し得へきは当然であり、従つて原判示の如く被上告人は上告人Aに対し自己の登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有しないものとは論ずるを得ないものである)。のみならず、原判決は上告人Bが上告人Aに対して有する前示両者間の売買契約に基く所有権移転登記請求権を被上告人において代位行使する請求を是認しているのであるから、上告人Aが被上告人に対し右売買契約は上告人Bとの間の合意解約によつてすでに消滅していることを主張し得べきは当然の筋合であると云わなければならない。けだし上告人Aとしては上告人Bから前示移転登記手続方を直接に請求された場合当然に主張し得べき前示合意解約の抗弁を被上告人が上告人Bに代位して移転登記手続を請求してきた場合これを奪わるべき理由がないからである。但し、右合意解約が当事者間の通謀による虚偽の意思表示であるとか、或は被上告人が原審以来主張している事情の立証されたときは格別である。
以上のとおりであるから、本上告論旨は結局理由あるに帰し、従つて本件上告はその理由あり、原判決は到底破棄を免れないものと認める。
よつて、爾余の論点に対する判断を省略し民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

2.小問1について(応用編)
+(他人の権利の売買における売主の義務)
第五百六十条  他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。
+(有償契約への準用)
第五百五十九条  この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
・履行不能になる
+判例(S42.6.22)
理由 
 上告代理人身深正男の上告理由について。 
 賃貸借の目的物たる家屋が滅失した場合には、賃貸借の趣旨は達成されなくなるから、これによつて賃貸借契約は当然に終了すると解すべきであるが、家屋が火災によつて滅失したか否かは、賃貸借の目的となつている主要な部分が消失して賃貸借の趣旨が達成されない程度に達したか否かによつてきめるべきであり、それには消失した部分の修復が通常の費用では不可能と認められるかどうかをも斟酌すべきである。ところで、本件建物は、大正末期頃建築された建物を昭和二六年六月頃戦災復興区画整理のため現在地に移築されたものであつて、後記類焼を受けた昭和三八年一一月二六日当時すでに相当古い建物であり、上告人壽雄は被上告人からこれを昭和二七年一一月一七日賃借し、その二階部分を写真の写場、応接室とし、階下部分を住居として使用し、写真館を経営していたところ、昭和三八年一一月二六日本件建物の隣家からの出火により、本件建物は類焼をうけ、そのため、スレート葺二階屋根と火元隣家に接する北側二階土壁は殆んど全部が焼け落ち、二階の屋根に接する軒下の板壁はところどころ燻焼し、二階内側は写場、応接室ともに天井の梁、軒桁、柱、押入等は半焼ないし燻焼し、床板はその一部が燻焼し、二階部分の火災前の建築材は殆んど使用にたえない状態に焼損し、階下は、火元の隣家に接する北側土壁はその大半が破傷し、火災の直接被害をうけなかつたのは、火元の隣家に接する北側の階上階下の土壁を除いた三方の外板壁と階下の居住部分だけであり、本件建物は罹災のままの状態では風雨を凌ぐべくもない状況で、倒壊の危険さえも考えられるにたち至り、そのため火災保険会社は約九割の被害と認めて保険金三〇万円のうち金二七万円を支払つたこと、また本件建物を完全に修復するには多額の費用を要し、その将来の耐用年数を考慮すると、右破損部分を修復するよりも、却つてその階上階下の全部を新築する方がより経済的であること、もつとも、右のとおり、本件建物の階下居住部分は概ね火災を免れていて、全焼とみられる二階部分をとりこわし、屋根をつけるなどの修繕をして本件の建物を一階建に改造することは物理的に不可能ではないが、一階建に改造したのでは、階下部分の構造や広さに鑑み、写真館として使用することが困難であることは、原判決が、適法に認定判断したところである。 
 この認定事実を前記説示に照らして考えれば、本件建物は類焼により全体としてその効用を失ない滅失に帰したと解するのが相当である。してみれば、本件建物が滅失したことにより被上告人と上告人壽雄との間の賃貸借契約は終了したとして被上告人の上告人らに対する本訴請求を認容した原判決は正当であつて、何ら所論の違法はない。論旨は理由がない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 大隅健一郎) 
+判例(H14.3.28)
理由 
 上告代理人桑島英美、同川瀬庸爾の上告受理申立て理由について 
 1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。 
 (1) 被上告人は、昭和50年初めころ、ビルの賃貸、管理を業とする日本ビルプロヂェクト株式会社(以下「訴外会社」という。)の勧めにより、当時の被上告人代表者が所有していた土地の上にビルを建築して訴外会社に一括して賃貸し、訴外会社から第三者に対し店舗又は事務所として転貸させ、これにより安定的に収入を得ることを計画し、昭和51年11月30日までに原判決別紙物件目録記載の1棟のビル(以下「本件ビル」という。)を建築した。本件ビルの建築に当たっては、訴外会社が被上告人に預託した建設協力金を建築資金等に充当し、その設計には訴外会社の要望を最大限に採り入れ、訴外会社又はその指定した者が設計、監理、施工を行うこととされた。 
 (2) 本件ビルの敷地のうち、小田急線下北沢駅に面する角地に相当する部分51.20㎡は、もとAの所有地であったが、被上告人代表者は、これを本件ビル敷地に取り込むため、訴外会社を通じて買収交渉を行い、訴外会社がAに対し、ビル建築後1階のA所有地にほぼ該当する部分を転貸することを約束したので、Aは、その旨の念書を取得して、上記土地を被上告人に売却した。 
 (3) 被上告人は、昭和51年11月30日、訴外会社との間で、本件ビルにつき、期間を同年12月1日から平成8年11月30日まで(ただし、被上告人又は訴外会社が期間満了の6箇月前までに更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、更新される。)とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借」という。)を締結した。被上告人は、本件賃貸借において、訴外会社が本件ビルを一括又は分割して店舗又は事務所として第三者に転貸することをあらかじめ承諾した。 
 (4) 訴外会社は、昭和51年11月30日、Aとの間で、本件ビルのうちAの従前の所有地にほぼ照合する原判決別紙物件目録記載一及び二の部分(以下「本件転貸部分」という。)につき、期間を同日から平成8年11月30日まで、使用目的を店舗とする転貸借契約(以下「本件転貸借」という。)を締結した。 
 (5) Aは、昭和51年11月30日に被上告人及び訴外会社の承諾を得て、株式会社京樽(以下「京樽」という。)との間で、本件転貸部分のうち原判決別紙物件目録記載二の部分(以下「本件転貸部分二」という。)につき、期間を同年12月1日から5年間とする再転貸借契約(以下「本件再転貸借」という。)を締結し、京樽はこれに基づき本件転貸部分二を占有している。京樽については平成9年3月31日に会社更生手続開始の決定がされ、上告人らが管財人に選任された。 
 (6) 訴外会社は、転貸方式による本件ビルの経営が採算に合わないとして経営から撤退することとし、平成6年2月21日、被上告人に対して、本件賃貸借を更新しない旨の通知をした。 
 (7) 被上告人は、平成7年12月ころ、A及び京樽に対し、本件賃貸借が平成8年11月30日に期間の満了によって終了する旨の通知をした。 
 (8) 被上告人は、本件賃貸借終了後も、自ら本件ビルを使用する予定はなく、A以外の相当数の転借人との間では直接賃貸借契約を締結したが、Aとの間では、被上告人がAに対し京樽との間の再転貸借を解消することを求めたため、協議が調わず賃貸借契約の締結に至らなかった。 
 (9) 京樽は昭和51年12月から本件転貸部分二において寿司の販売店を経営しており、本件ビルが小田急線下北沢駅前という立地条件の良い場所にあるため、同店はその経営上重要な位置を占めている。 
 2 被上告人の本件請求は、上告人らに対し所有権に基づいて本件転貸部分二の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めるものであるところ、上告人らは、信義則上、本件賃貸借の終了をもって承諾を得た再転借人である京樽に対抗することができないと主張している。 
 原審は、上記事実関係の下で、被上告人のした転貸及び再転貸の承諾は、A及び京樽に対して訴外会社の有する賃借権の範囲内で本件転貸部分二を使用収益する権限を付与したものにすぎないから、転貸及び再転貸がされた故をもって本件賃貸借を解除することができないという意義を有するにとどまり、それを超えて本件賃貸借が終了した後も本件転貸借及び本件再転貸借を存続させるという意義を有しないこと、本件賃貸借の存続期間は、民法の認める最長の20年とされ、かつ、本件転貸借の期間は、その範囲内でこれと同一の期間と定められているから、A及び京樽は使用収益をするに足りる十分な期間を有していたこと、訴外会社は、その採算が悪化したために、上記期間が満了する際に、本件賃貸借の更新をしない旨の通知をしたものであって、そこに被上告人の意思が介入する余地はないことなどを理由として、被上告人が信義則上本件賃貸借の終了をA及び京樽に対抗し得ないということはできないと判断した。 
 3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 前記事実関係によれば、被上告人は、建物の建築、賃貸、管理に必要な知識、経験、資力を有する訴外会社と共同して事業用ビルの賃貸による収益を得る目的の下に、訴外会社から建設協力金の拠出を得て本件ビルを建築し、その全体を一括して訴外会社に貸し渡したものであって、本件賃貸借は、訴外会社が被上告人の承諾を得て本件ビルの各室を第三者に店舗又は事務所として転貸することを当初から予定して締結されたものであり、被上告人による転貸の承諾は、賃借人においてすることを予定された賃貸物件の使用を転借人が賃借人に代わってすることを容認するというものではなく、自らは使用することを予定していない訴外会社にその知識、経験等を活用して本件ビルを第三者に転貸し収益を上げさせるとともに、被上告人も、各室を個別に賃貸することに伴う煩わしさを免れ、かつ、訴外会社から安定的に賃料収入を得るためにされたものというべきである。他方、京樽も、訴外会社の業種、本件ビルの種類や構造などから、上記のような趣旨、目的の下に本件賃貸借が締結され、被上告人による転貸の承諾並びに被上告人及び訴外会社による再転貸の承諾がされることを前提として本件再転貸借を締結したものと解される。そして、京樽は現に本件転貸部分二を占有している。 
 【要旨】このような事実関係の下においては、本件再転貸借は、本件賃貸借の存在を前提とするものであるが、本件賃貸借に際し予定され、前記のような趣旨、目的を達成するために行われたものであって、被上告人は、本件再転貸借を承諾したにとどまらず、本件再転貸借の締結に加功し、京樽による本件転貸部分二の占有の原因を作出したものというべきであるから、訴外会社が更新拒絶の通知をして本件賃貸借が期間満了により終了しても、被上告人は、信義則上、本件賃貸借の終了をもって京樽に対抗することはできず、京樽は、本件再転貸借に基づく本件転貸部分二の使用収益を継続することができると解すべきである。このことは、本件賃貸借及び本件転貸借の期間が前記のとおりであることや訴外会社の更新拒絶の通知に被上告人の意思が介入する余地がないことによって直ちに左右されるものではない。 
 これと異なり、被上告人が本件賃貸借の終了をもって京樽に対抗し得るとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、原判決中、上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、被上告人の請求を棄却した第1審判決の結論は正当であるから、上記部分についての被上告人の控訴を棄却すべきである。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 町田顯 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子) 
++解説
《解  説》
 本件は、一棟のビルを所有し賃貸していた会社が、賃借人からの更新拒絶によって賃貸借が終了したとして、ビルの一室の再転借人に対し、貸室の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めた事案である。
 原告は、昭和五〇年初めころ、ビルの賃貸、管理を業とする訴外甲株式会社の勧めにより、原告代表者所有の土地上にビルを建築して甲に一括して賃貸し、甲から第三者に店舗又は事務所として転貸させ、賃料の支払を受けるということを計画し、本件ビルを建築した。このような経緯から、本件ビルの建築に当たっては、甲の拠出した建設協力金が建築資金に充てられ、設計、施工は甲の要望を採り入れて行われた。原告は、昭和五一年に期間二〇年の約定で本件ビル全体を甲に賃貸し、それと同時に、甲は、原告承諾の下に、その一室である本件店舗部分を期間二〇年間の約定で訴外乙に転貸し、さらに乙は、原告と甲の承諾の下に、同部分を期間五年の約定で丙に再転貸した。その後、この再転貸借は更新され、現在も丙が同部分を店舗として使用している。
 甲は、平成八年に原告との賃貸借の期間が満了するに際し、転貸方式による本件ビルの経営が採算に合わないとして、更新拒絶をした。原告は、賃貸借が終了した以上、再転借人である丙は本件店舗部分の占有権原を原告に対抗できないと主張して、丙の更生管財人である被告らに対して同部分の明渡しを求めた。これに対し、被告らは、原告は信義則上賃貸借の終了を丙に対抗できないと反論した。
 第一審は、賃貸借の期間満了による終了により、特段の事情がない限り、転貸借は終了するが、賃借人が賃貸借を当然更新できるのにあえて更新を拒絶することは、賃借権の放棄と解する余地もあり、抵当権の目的である地上権の放棄をもって当該抵当権者に対抗することができない旨を定めた民法三九八条の趣旨や、原告が本件店舗部分の明渡しを求める必要に比べて丙の営業継続の必要が大であることを考慮すると、上記特段の事情があるというべきであるから、原告は本件賃貸借の終了をもって丙に対抗できないとして、請求を棄却した。
 これに対して、原審は、旧借家法四条の文理からは、期間の満了による賃貸借の終了は、それが賃借人からの更新拒絶によるものであるとしても、特段の事情がない限り、転借人に対抗することができるものというべきであり、このことは、本件がいわゆるサブリースの事案であることによっても異なるものではなく、原告による転貸及び再転貸の承諾は、丙に対して甲の有する賃借権の範囲内で貸室を使用収益する権限を付与したものにすぎず、賃貸借の終了後も転貸借や再転貸借を存続させるという意義を有するものではないから、特段の事情があるとはいえないなどとして、原告は、賃貸借の終了を丙に対抗し得ると判断し、請求を認容した。
 これに対して、被告らが上告受理申立てをしたのが本件であり、本判決は、本件事実関係の下においては、原告は、賃貸借の終了を信義則上丙に対抗することができないとして、原判決を破棄し、請求を棄却した第一審判決に対する原告の控訴を棄却する旨の自判をした。
 一般に、転借権は、賃借権の上に成立しているものであり、賃借権が消滅すれば、転借権はその存在の基礎を失うとされている(我妻榮・債権各論(中)Ⅰ四六三頁、金山正信・契約法大系(7)一頁等)。
 もっとも、賃貸借と転貸借は別個の契約であり、賃貸借が消滅すれば転貸借も当然に消滅するというわけではなく、賃貸人の承諾を得て適法な転貸借が成立した以上は、転借人の利益も一定の保護に値する。そこで、判例は、賃貸借の合意解除の場合は信義則上原則として転借人に対抗できないとしている(最一小判昭37・2・1裁判集民五八号四四一頁、最三小判昭62・3・24裁判集民一五〇号五〇九頁、本誌六五三号八五頁)。また、抵当権の目的である地上権を放棄しても抵当権者に対抗することができないところ(民法三九八条)、判例は、同条の趣旨の類推や信義則を根拠として、地上権の放棄や借地契約の合意解除をもって地上建物の抵当権者や賃借人に対抗することができないとしている(大判大11・11・24民集一巻七三八号、大判大14・7・18新聞二四六三号一四頁、最一小判昭38・2・21民集一七巻一号二一九頁、本誌一四四号四二頁)。
 しかし、まず、賃貸人は賃借人との人的信頼関係を基礎とする賃貸借が存続する範囲で転貸を承諾するというのがその通常の意思であり、転借人は転貸であることを承知の上で借り受けたのであるから、転貸の承諾があったことから一般的に、賃貸人は信義則上賃貸借の終了後も転借人による使用収益を甘受すべきであるということにはならないであろう。また、賃借人からの更新拒絶は、賃貸人にとって防ぎようのない事態であることからすると、それによる賃貸借の終了を賃貸人が転借人に対して主張することが転貸の承諾と矛盾した態度であるとはいい難く、これを合意解除と同視することもできないと思われる。さらに、民法三九八条は、自己の権利(地上権)を他人の権利(抵当権)の目的に供した者は、自己の権利の放棄をもって当該他人に対抗できないというにとどまり、放棄がなかった場合以上に当該権利の相手方(所有者)の権利を制限するものではないから、例えば、当該地上権が地代の支払を伴う場合に、放棄後の地代の不払いを理由とする所有者からの消滅請求が妨げられるものではないと解されるところ、賃借人による賃貸借契約の更新拒絶は、賃借人の権利だけでなく賃料支払等の義務も消滅させるものである点において、単なる賃借人による権利(=使用収益権)の放棄と同視することはできず、これについて直ちに民法三九八条の趣旨を類推し転借人を保護すべきであるということはできないであろう。しかも、旧借家法四条が賃貸人と賃借人のいずれが更新拒絶をしたかを区別せずに、賃貸借が期間満了により終了したときは、その旨を賃貸人が転借人に通知してから六箇月が経過することによって転貸借が終了するとしていることからすると、同条は、期間満了によって賃貸借が終了したときは、それが賃貸人、賃借人いずれの側からの更新拒絶によるかを問わず、転借人にこれを主張できることを前提にした上で、転借権は上記の限度でしか保護されないことを明らかにしたものと解釈するのが素直であると思われる。原判決は、本件の賃貸借を通常の賃貸借と同視した上、以上のような点から、原告は本件賃貸借の終了を丙に対抗し得ると判断したものと解される。
 しかし、本件賃貸借は、いわゆるサブリースと呼ばれるものの一つである。サブリースについては、学説・裁判例の上で一義的な定義があるわけではないが、賃借人自身による使用収益を目的とする通常の賃貸借とは異なり、いわゆるデベロッパーなどの事業者が、第三者に転貸して収益を上げる目的の下に、不動産の所有者からその全部又は一部を一括して借り上げ、所有者に対して収益の中から一定の賃料を支払うことを保証することをおおむね共通の内容としていると考えられる。学説においては、サブリースの場合に借地借家法による保護の要請が働くのは、賃借人ではなく、むしろ転借人についてであるとして、例えば、この場合における転貸借を賃貸人と賃借人から成る共同事業体との間の賃貸借と見たり、あるいは賃貸人から賃貸権限を委譲された賃借人との間の賃貸借と見るなどの法律構成によって、基礎となる賃貸借が期間満了や債務不履行解除によって終了しても、転借人の使用収益権を保護すべきであるとする見解(下森定・金法一五六四号四九頁、亀井洋一・銀法五七九号八二頁)が唱えられている。
 本判決は、このような学説の法律構成を採ったものではないが、本件のような賃貸借では、転借人による使用収益が本来的に予定されていること、賃貸人も転貸によって不動産の有効活用を図り、賃料収入を得る目的で賃貸借を締結し、転貸を承諾していること、他方、転借人及び再転借人はそのような目的で賃貸借が締結され、転貸及び再転貸の承諾がされることを前提に転貸借ないし再転貸借を締結し、再転借人がこれを占有していることなどの事実関係があり、このような事実関係の下では、賃借人の更新拒絶による賃貸借の終了を理由に再転借人の使用収益権を奪うことは信義則に反し、賃貸借の終了を再転借人に対抗できないとして、再転借人を保護すべきものとしたものである。
 賃貸借の合意解除をもって転借人に対抗できない場合の法律関係については、学説は分かれており、①賃貸借の合意解除が効力を生じないとする見解(金山正信・契約法大系(7)一一頁)、②転借人との関係では転借権を存立せしめるのに必要な範囲で賃貸借も存続するとする見解(我妻榮・債権各論(中)Ⅰ四六四頁)、③賃貸人が賃借人の地位を引き継ぐとする見解(星野英一・借地借家法三七七頁、鈴木禄彌・借地法(上)〔改訂版〕一一九九頁、原田純孝・新版注釈民法(15)別冊注釈借地借家法九五九頁)、④転借人が賃借人の地位を引き継ぐとする見解(石田喜久夫・判評二九五号一六四頁)などがあり、下級審の裁判例には、③の見解を採るものが多い(東京高判昭38・4・19下民集一四巻四号七五五頁、東京高判昭58・1・31判時一〇七一号六五頁等)。本件において、信義則適用の根拠をサブリースが賃貸人と賃借人との間の共同事業契約ないし賃貸権限の委譲という実質を有する点に求めるとすれば、より一層③の見解が妥当するということができよう。
 本件は、いわゆるサブリースの事案について、賃貸人が賃貸借の終了をもって信義則上転借人に対抗できない場合のあることを判示した初めての最高裁判例であり、その基本的な考え方は、他の同種事案にも当てはまると考えられ、実務上重要な意義を有すると思われる。
+(抵当権の目的である地上権等の放棄)
第三百九十八条  地上権又は永小作権を抵当権の目的とした地上権者又は永小作人は、その権利を放棄しても、これをもって抵当権者に対抗することができない。
・94条2項の「第三者」
=転得者も第三者に当たる。
+判例(S45.7.24)
理由 
 上告代理人皆川泉の上告理由第一点について。 
 被上告人が原審において、原判決事実摘示記載のような主張をしていることは、記録に徴し明らかである。所論の訴外Dの善意に関する主張は、同人が上告人Bとの間の売買を民法五六二条によつて解除した旨の再抗弁の前提として、予備的に主張されたものにほかならず、右主張事実と観念上相容れないからといつて、他の主張がなされなかつたことになるものといわなければならないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、被上告人の主張およびこれを摘示した原判決の趣旨を正解しないものであつて、採用することができない。 
 同第二点ないし第四点について。 
 原審の認定によれば、「本件不動産中二一筆については、訴外EからDに対し、昭和二五年五月五日付の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産はもともと被上告人の所有に属し、登記簿上の所有名義のみを一時前記Eに移していたもので、被上告人がEからその所有名義の回復を受けるにあたり、自己の二男Dの名義を使用して前記移転登記を経由したものであり、また、その余の二筆については、訴外Fから右Dに対し、同年六月一二日の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産は、被上告人がFから買い受けて所有権を取得したものでありながら、同じくDの名義を使用して右移転登記を経由したものであつて、いずれについても、被上告人からDに所有権をただちに移転する合意はなく、同人は登記簿上の仮装の所有名義人とされたにすぎないものであるところ、昭和三二年一〇月一二日に至り、右Dは、本件各不動産を目的として、上告人Bの代理人たる訴外Gとの間で売買契約を締結して、同上告人に対する所有権移転登記を経由し、現に同上告人が自己の所有不動産であると主張しているけれども、右買受当時、同上告人の代理人たる前記Gは、本件各不動産がDの所有に属しないことを知つていた、というのであつて、原審の右認定は、挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。 
 ところで不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につき右他人の所有名義の登記を経由したときは、所有者は、民法九四条二項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもつて、善意の第三者に対抗することができないと解すべきことは、当裁判所の屡次の判例によつて判示されて来たところである(昭和二六年(オ)第一〇七号同二九年八月二〇日第二小法廷判決、民集八巻八号一五○五頁、昭和三四年(オ)第七二六号同三七年九月一四日第二小法廷判決、民集一六巻九号一九三五頁、昭和三八年(オ)第一五七号同四一年三月一八日第二小法廷判決、民集二〇巻三号四五一頁参照)が、右登記について登記名義人の承諾のない場合においても、不実の登記の存在が真実の所有者の意思に基づくものである以上、右九四条二項の法意に照らし、同条項を類推適用すべきものと解するのが相当である。けだし、登記名義人の承諾の有無により、真実の所有者の意思に基づいて表示された所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護の程度に差等を設けるべき理由はないからである。 
 したがつて、前記のような事実関係を前提として、本件不動産の所有権の帰属は、上告人BがDとの間の売買契約締結当時、右不動産がDの所有に属しないことを知つていたか否かにかかるとした上で、同上告人の代理人として右契約の締結にあたつたGが悪意であつたと認められるため、同上告人をもつて善意の第三者ということはできないとして、右不動産が自己の所有に属するとする被上告人の主張を是認した限度においては、原審の判断の過程およびその結論は、正当ということができる。 
 本件不動産がDの所有名義に登記されたのちにそのことが被上告人からDに通知された事実を認定してこれに対する法律的評価を示した原審の判断の違法をいい、また、右登記の経由に同人が全く介入していないから通謀虚偽表示として把握されるべき表示行為が実在しないとして、原判決に擬律錯誤、理由不備等の違法があるとする各論旨は、叙上の見地からは、いずれも、原審の結論の当否に影響のない議論というべきであり、まして、前記のように上告人Bが悪意であつたとする原審の認定判断を前提とすれば、右論旨が原判決を違法とすべき理由として採用しうるかぎりでないことは明らかである。もつとも、論旨には、第三者の善意・悪意にかかわらず、不実の登記を存置せしめた被上告人の所有権の主張は許されるべきでないとする趣旨に解される部分もあるが、到底左袒しえない独自の見解というほかはない。また、論旨は、悪意の対象たる事実が明確でないともいうが、ここにいう悪意が、原審の正当に判示しているとおり、本件不動産が登記名義人たるDの所有に属しないことを知つていたことを意味することは明らかであつて、右論旨も採用することができない。 
 同第五点について。 
 本件不動産中、第一審判決添付第一物件目録記載の一一筆は上告人Aに、また第二物件目録記載の一二筆は上告人Cに、それぞれ上告人Bから売り渡されたとして各所有権移転登記が経由されたが、被上告人が上告人Aおよび同Cを債務者として、各譲受不動産につき、それが被上告人の所有に属することを主張して、その処分および地上立木の伐採搬出等を禁止する仮処分の執行をした後において、右各売買契約の合意解除を理由に所有権移転登記が抹消されたことは、原審において当事者間に争いのなかつたところであり、売買契約により一たん本件不動産の所有権を取得したとする上告人Aおよび同Cにおいても、現に本件不動産上に自己の権利が存することを主張するものではなく、右契約が合意解除されたことを自認し、右不動産は上告人Bの所有に属するものとして、被上告人の所有権を争つているものにほかならない。 
 してみれば、上告人Aおよび同Cは、原審口頭弁論終結時における法律関係として本件不動産所有権の帰属を確定するについては、上告人Bから独立した固有の利害関係を有しないものというべきであるから、原審が、右所有権を主張する被上告人の本訴請求を認容すべきものとするにあたつて、同上告人の悪意を認定するにとどまり、上告人Aおよび同Cの善意・悪意について判示しなかつたからといつて、右本訴請求に関するかぎり、両上告人に対する関係においても、原判決に所論の理由不備、擬律錯誤等の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 しかし、本件において、上告人Aは被上告人に対し、上告人Bと上告人Aとの間の売買契約の解除前に被上告人のした前記仮処分の執行が、同上告人の取得した所有権を侵害する不法行為を構成するとして、それによつて被つた損害の賠償を求める反訴請求をしているので、この請求の当否の前提として、右仮処分が同上告人に対する不法行為を構成するか否かを決するためには、右仮処分執行時を基準として、被上告人が同上告人に対し自己の所有権を主張しうる関係にあつたか杏かが判断されるければならない。 
 ところで民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい(最高裁昭和四一年(オ)第一二三一号・第一二三二号同四二年六月二九日第一小法廷判決、裁判集民事八七号一三九七頁参照)、虚偽表示の相手方との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。そして、同条項を類推適用する場合においても、これと解釈を異にすべき理由はなく、これを本件についていえば、上告人Aは、その主張するとおり上告人Bとの間で有効に売買契約を締結したものであれば、それによつて上告人Aが所有権を取得しうるか否かは、一に、被上告人において、本件不動産の所有権が自己に属し、登記簿上のDの所有名義は実体上の権利関係に合致しないものであることを、同上告人に対して主張しうるか否かにのみかかるところであるから、同上告人は、右売買契約の解除前においては、ここにいう第三者にあたり、自己の前々主たるDが本件不動産の所有権を有しない不実の登記名義人であることを知らなかつたものであるかぎり、同条項の類推適用による保護を受けえたものというべきであり、右時点での同上告人に対する関係における所有権帰属の判断は、上告人Bが悪意であつたことによつては左右されないものと解すべきである。 
 そうすると、上告人Aは、原審において、目的不動産に関する登記簿上の表示が真実の権利関係と異なることは知らないでこれを上告人Bから買い受けた旨主張しているのであるから、上告人Aの反訴請求の当否を判断するにあたつては、右主張事実の有無が認定判示されるべきであつたにもかかわらず、原審は、これをなすことなく、上告人Bの悪意を認定しただけで、ただちに、被上告人のした仮処分が被保全権利を欠くものということはできないと断じ、上告人Aの反訴請求は失当であるとの判断を下しているのであつて、原判決には、この点において、理由不備の違法があるものといわざるをえないことは、上述したところにより明らかである。それゆえ、論旨は、この限度において理由があり、原判決中、上告人Aの右反訴請求に関する部分は破棄を免れず、右請求の成否についてはなお審理の必要があるので、この部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。 
 よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九二条に則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一) 
・110条の第三者は無権代理の直接の相手方のみを指し、直接の相手方と取引をした転得者はこの「第三者」には当たらない。
+判例(S36.12.12)
理由 
 上告代理人鍜治利一名義、同増岡正三郎の上告理由について。 
 論旨は要するに、上告人は、本件約束手形が正当の権限の下に振出されたものであると信ずべき正当の理由を有して居つたので、受取人よりその裏書譲渡を受けたものであるに拘らず、原審は、上告人の善意による取得を否定する判断をしたが、これに経験則違反、採証法則違反、審理不尽、民法一一〇条の解釈適用の誤りがあり、ひいては原判決に理由不備の違法を招いたものである旨主張するにある。 
 しかしながら、約束手形が代理人によりその権限を踰越して振出された場合、民法一一〇条によりこれを有効とするには、受取人が右代理人に振出の権限あるものと信ずべき正当の理由あるときに限るものであつて、かゝる事由のないときは、縦令、その後の手形所持人が、右代理人にかゝる権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたものとしても、同条を適用して、右所持人に対し振出人をして手形上の責任を負担せしめ得ないものであることは、大審院判例(大審院大正一三年(オ)第六〇一号、同一四年三月一二日判決、同院民集四巻一二〇頁)の示す所であつて、いま、これを改める要はない。 
 而して原判決によれば、原審は、被上告寺の経理部長Aの代理人であつた訴外Bがその権限外であるにも拘らず、右経理部長の記名印章を冒用して本件約束手形を振出し、その受取人である訴外Cが、本件約束手形の交付を受けた当時、右Bにおいて何等正当の権限なくしてこれを作成交付したものであることを十分察知して居つたものであるとの事実を認定して居る。 
 されば右判例の趣旨よりすれば、右認定の事実関係の下においては、本件約束手形の被裏書人である上告人が、仮に所論の如く、右Bに、本件約束手形振出を代理する権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたとしても、被上告寺は、上告人に対し本件約束手形上の責任を負担しないものとなすべきである。原判決は結局これと同趣旨に出て居るのであるから正当であつて、何等所論の違法はない。 
 論旨は、すべて理由がない。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 五鬼上堅磐) 
・では545条の「第三者」の場合はどうか?
→「第三者」の解釈に当たっては、その者が解除の遡及効を受ける者であるかどうかによって決せられるべき。
・賃貸人の地位の移転について
+判例(S46.4.23)
理由 
 上告代理人真木洋、同浜田正義の上告理由について。 
 被上告人がAに対し、本件土地の所有権とともに上告人に対する賃貸人たる地位をもあわせて譲渡する旨約したものであることは、原審の認定した事実であり、この事実認定は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。 
 ところで、土地の賃貸借契約における賃貸人の地位の譲渡は、賃貸人の義務の移転を伴なうものではあるけれども、賃貸人の義務は賃貸人が何ぴとであるかによつて履行方法が特に異なるわけのものではなく、また、土地所有権の移転があつたときに新所有者にその義務の承継を認めることがむしろ賃借人にとつて有利であるというのを妨げないから、一般の債務の引受の場合と異なり、特段の事情のある場合を除き、新所有者が旧所有者の賃貸人としての権利義務を承継するには、賃借人の承諾を必要とせず、旧所有者と新所有者間の契約をもつてこれをなすことができると解するのが相当である。 
 叙上の見地に立つて本件をみると、前記事実関係に徴し、被上告人と上告人間の賃貸借契約関係はAと上告人間に有効に移行し、賃貸借契約に基づいて被上告人が上告人に対して負担した本件土地の使用収益をなさしめる義務につき、被上告人に債務不履行はないといわなければならない。したがつて、これと同趣旨の原判決の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄) 
・賃貸人たる地位を主張するに当たり
+判例(S49.3.19)
理由 
 上告代理人樫本信雄、同竹内敦男の上告理由第一点について。 
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠に照らして肯認することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。 
 同第二点及び第三点について。 
 原判決は、訴外Aは昭和二五年四月原審控訴人Bから第一審判決添付目録第一記載の宅地(以下本件宅地という。)を買い受けたがその所有権移転登記をしなかつたところ、昭和二九年三月本件宅地を被上告人に売り渡したが、その所有権移転登記は中間を省略してBから直接被上告人に対してされる旨の合意が右三者間に成立し、被上告人は同年九月一二日主文第一項記載の仮登記を経由したこと、一方、上告人は本件宅地上に右目録第二記載の建物(以下本件建物という。)を所有しているが、そのうち家屋番号六七番の二、三木造瓦葺二階建店舗一棟床面積一階七坪六合九勺、二階七坪九勺については昭和二七年七月四日これを他から買い受けるとともに、当時本件宅地の所有者であつたAから本件宅地を建物所有の目的のもとに賃借し、右建物につき同月五日所有権移転登記を経由したこと、被上告人は昭和四六年六月一五日到達の書面をもつて上告人に対し昭和二九年九月一四日以降昭和四六年五月末日までの賃料を四日以内に支払うよう催告し、上告人がこれに応じなかつたので、同年六月二一日到達の書面をもつて上告人に対し賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことを、それぞれ確定したうえ、右賃貸借契約は同日解除されたとして、被上告人が土地所有権に基づき主文第一項の所有権移転登記完了と同時に上告人に対して本件建物の収去を求める本訴請求を認容したものである。 
 しかしながら、本件宅地の賃借人としてその賃借地上に登記ある建物を所有する上告人は本件宅地の所有権の得喪につき利害関係を有する第三者であるから、民法一七七条の規定上、被上告人としては上告人に対し本件宅地の所有権の移転につきその登記を経由しなければこれを上告人に対抗することができず、したがつてまた、賃貸人たる地位を主張することができないものと解するのが、相当である(大審院昭和八年(オ)第六〇号同年五月九日判決・民集一二巻一一二三頁参照)。 
 ところで、原判文によると、上告人が被上告人の本件宅地の所有権の取得を争つていること、また、被上告人が本件宅地につき所有権移転登記を経由していないことを自陳していることは、明らかである。それゆえ、被上告人は本件宅地につき所有権移転登記を経由したうえではじめて、上告人に対し本件宅地の所有権者であることを対抗でき、また、本件宅地の賃貸人たる地位を主張し得ることとなるわけである。したがつて、それ以前には、被上告人は右賃貸人として上告人に対し賃料不払を理由として賃貸借契約を解除し、上告人の有する賃借権を消滅させる権利を有しないことになる。そうすると、被上告人が本件宅地につき所有権移転登記を経由しない以前に、本件宅地の賃貸人として上告人に対し賃料不払を理由として本件宅地の賃貸借契約を解除する権利を有することを肯認した原判決の前示判断には法令解釈の誤りがあり、この違法は原判決の結論に影響を与えることは、明らかである。したがつて、この点に関する論旨は理由があるから、その余の論旨について判断を示すまでもなく、原判決中本判決主文第一項掲記の部分は破棄を免れない。そして、右部分につきなお審理の必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。 
 よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 髙辻正己) 
3.小問2について