民事訴訟法 基礎演習 既判力の客観的範囲・一部請求・相殺


1.既判力の客観的範囲に関するルール
(1)既判力の客観的範囲とは?

既判力=判決によって示された裁判所の判断の通用性または拘束力を意味する
既判力の客観的範囲
「客観的」=既判力の及物的対象・客体

(2)既判力の対象となる判断

(3)既判力の作用
通説
第2訴訟の本案について裁判所は審理をするが、既判力が作用することで、敗訴者は前の判決の判断に反する主張をすることができず(消極的作用)、裁判所は前の確定判決を前提にして本案判決(通常は請求棄却)をする(積極的作用)

(4)先決関係・矛盾関係と既判力の作用

(5)判決理由中の判断と既判力

・既判力が裁判所の公権的な判断に付与された強制力であることから、広い範囲に効力を及ぼすべきではなく、当事者が意識的に審判対象とした訴訟物についてのみこれを認めれば、当面の当事者間での紛争の解決のためには必要十分である(紛争の相対的解決)

・当事者は先決的法律関係について中間確認の訴え(145条)を利用して、判決理由中で判断される事項を既判力の対象に格上げする途も残されている。
+(中間確認の訴え)
第145条
1項 裁判が訴訟の進行中に争いとなっている法律関係の成立又は不成立に係るときは、当事者は、請求を拡張して、その法律関係の確認の判決を求めることができる。ただし、その確認の請求が他の裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属するときは、この限りでない。
2項 前項の訴訟が係属する裁判所が第六条第一項各号に定める裁判所である場合において、前項の確認の請求が同条第一項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときは、前項ただし書の規定は、適用しない。
3項 第143条第2項及び第3項の規定は、第一項の規定による請求の拡張について準用する。

・理由中の判断に既判力を生じさせてしまうと、当事者は慎重になってしまうし、裁判所も判断のミスを修正する機会がなくなる=迅速な解決が望めなくなる!

2.相殺の抗弁
(1)民事訴訟法114条2項の存在意義

・+(既判力の範囲)
第114条
1項 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
2項 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

(2)相殺の抗弁の審理方法

(3)既判力の対象となる判断

(4)既判力の範囲

訴求債権800万円
反対債権850万円
反対債権全額が不成立と判断された場合、判例通説によれば文言通り800万の限度でのみ既判力が生じるとされるが、対抗額を超える50万円についても信義則上主張できないと解することもできる。
+判例(S10.8.24)
調べておく

3.一部請求と既判力
(1)一部請求論の射程
(2)残部請求の可否:判例の状況

ア 明示的一部請求と黙示的一部請求

+判例(S32.6.7)
理由
被上告人等先代Aが本訴の請求原因として主張する事実の要旨は、左記(一)ないし(四)のとおりである。
(一) 被上告人等先代は、さきに上告人及びB(本件第一、二審における上告人の共同当事者であつたが、原判決中同人に関する部分は上告申立がなくすでに確定した)の両名(以下上告人等という)を被告として、京都地方裁判所に対し、左記請求原因事実に基き四五万円の支払を求める訴を提起した。すなわち、被上告人等先代は、昭和二三年九月二六日上告人等に対しダイヤモンド入帯留一個を四五万円で売却方を委任し、同日右帯留を上告人等に引き渡したが、同年一〇月五日右委任を合意解除し、上告人等は被上告人等先代に対し同月一一日限り右帯留を返還するか又は損害金四五万円を支払うべく、もし右期限にその何れの債務をも履行しないときは、被上告人等先代において右の何れかの債権を選択行使しうることとする旨の契約を締結したところ、上告人等は右期限に帯留を返還せず金員の支払をもしなかつたので、被上告人等先代は約旨に基き選択権を行使し上告人等両名に対し四五万円の支払を求める、というのである。そして右訴訟は京都地方裁判所昭和二三年(ワ)七七八号事件として係属したところ、同裁判所は、審理の結果、被上告人等先代の右請求を理由があると認め、「被告等(上告人等)は原告(被上告人等先代)に対し四五万円を支払え」との判決をなし、これに対し上告人等から大阪高等裁判所に控訴を申し立てたが(同庁昭和二四年(ネ)四四七号)、控訴が棄却され、よつて前記判決は確定した。
(二) 被上告人等先代は、その後右四五万円の債権の中二二万五千円の支払を受けた。
(三) けれども、前記契約当時上告人等はいずれも骨董商で右契約は同人等のため商行為たる行為であつたから、上告人等は右契約に基く四五万円を連帯して支払う義務を負担したものである。 
(四) そして、被上告人等先代は右(一)の訴訟(以下前訴といい、これに対して本件訴訟を本訴という)において右四五万円の連帯債務中の二分の一に当る二二万五千円についてのみ支払を求めたのであるから、本訴において更に残余の二二万五千円を連帯して支払うべきことを求める。―ちなみに、原判決は、被上告人等先代が本訴の請求趣旨として「被控訴人等(上告人等)は控訴人(被上告人等先代)に対し四五方円を支払え」との申立をした旨摘示するが、記録によれば、被上告人等先代がかかる申立をした事実を認めることはできない。被上告人等先代は本訴の第一審において「被告等(上告人等)は連帯して原告(被上告人等先代)に対し二二万五千円を支払え」との請求趣旨を申し立て、その後何ら右申立を変更しなかつたものであることは、記録上疑の余地がなく、原判決の右摘示は誤りである。
以上(一)ないし(三)の事実に基く被上告人等先代の本訴請求に対し、原審は、証拠に基き、右(一)の確定判決のあることおよび(三)の事実を確定した上(ただし、(三)の主張事実中上告人等の営業は、上告人は古物商、Bは小間物商及び貴金属商と認定した)、前訴の確定判決は、上告人等が本件契約に基き負担した四五万円の連帯債務の二分の一すなわち各自二二万五千円の債務を負担する部分につきなされたもので、その既判力は右の範囲に止まるから、残余の二分の一に当る各自二二万五千円ずつの債務の履行を求める本訴請求は理由があるとし、「被控訴人等(上告人等)は控訴人(被上告人等先代)に対し四五万円を支払え」との判決をした(この判決が被上告人等先代の申立を誤解してなされたものであることは前記により明らかである)。
思うに、本来可分給付の性質を有する金銭債務の債務者が数人ある場合、その債務が分割債務かまたは連帯債務かは、もとより二者択一の関係にあるが、債権者が数人の債務者に対して金銭債務の履行を訴求する場合、連帯債務たる事実関係を何ら主張しないときは、これを分割債務の主張と解すべきである。そして、債権者が分割債務を主張して一旦確定判決をえたときは、更に別訴をもつて同一債権関係につきこれを連帯債務である旨主張することは、前訴判決の既判力に牴触し、許されないところとしなければならない
これを本件についてみるに、被上告人等先代は、前訴において、上告人等に対し四五万円の債権を有する旨を主張しその履行を求めたが、その連帯債務なることについては何ら主張しなかつたので、裁判所はこれを分割債務の主張と解し、その請求どおり、上告人において四五万円(すなわち各自二二万五千円)の支払をなすべき旨の判決をし、右判決は確定するに至つたこと、上告人の前記(一)の主張自体および一件記録に徴し明瞭である。しかるに被上告人等先代は、本訴において、右四五万円の債権は連帯債務であつて前訴はその一部請求に外ならないから、残余の請求として、上告人等に対し連帯して二二万五千円の支払を求めるというのである。そして上告人等が四五万円の連帯債務を負担した事実は原判決の確定するところであるから、前訴判決が確定した各自二二万五千円の債務は、その金額のみに着目すれば、あたかも四五万円の債務の一部にすぎないかの観もないではない。しかしながら、被上告人等先代は、前訴において、分割債務たる四五万円の債権を主張し、上告人等に対し各自二二万五千円の支払を求めたのであつて、連帯債務たる四五万円の債権を主張してその内の二二万五千円の部分(連帯債務)につき履行を求めたものでないことは疑がないから、前訴請求をもつて本訴の訴訟物たる四五万円の連帯債務の一部請求と解することはできないのみならず、記録中の乙三号証(請求の趣旨拡張の申立と題する書面)によれば、被上告人等先代は、前訴において、上告人等に対する前記四五万円の請求を訴訟物の全部として訴求したものであることをうかがうに難くないから、その請求の全部につき勝訴の確定判決をえた後において、今さら右請求が訴訟物の一部の請求にすぎなかつた旨を主張することは、とうてい許されないものと解すべきである。
されば、本訴請求が前訴の確定判決の既判力に牴触して認容するに由なきものであること冒頭説示に照らし明らかであるから、これを認容した原判決は違法であつて、論旨は理由があり、原判決中上告人に関する部分はこれを破棄し、被上告人等の控訴を棄却すべきである。
よつて、民訴四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条および八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

+判例(S37.8.10)
理由
上告代理人信正義雄の上告理由について。
一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合は、訴訟物となるのは右債権の一部の存否のみであつて、全部の存否ではなく、従つて右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である。
右と同趣旨の原判決の判断は正当であつて、所論は採用するをえない。よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

イ 明示的一部請求を棄却する判決確定後の処理

+判例(H10.6.12)
理由
上告代理人川尻治雄、同大江忠の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実及び記録によれば、本件の事実関係の概要は次のとおりである。
1 被上告人は、不動産売買等を目的とする会社であり、上告人から福岡県宗像市所在の約一〇万坪の土地(以下「本件土地」という。)を買収すること及び右土地が市街化区域に編入されるよう行政当局に働きかけを行うこと等の業務の委託を受けた。
2 上告人と被上告人は、昭和五七年一〇月二八日、前項の業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)の報酬の一部として、上告人が本件土地を宅地造成して販売するときには造成された宅地の一割を被上告人に販売又は斡旋させる旨合意した(以下「本件合意」という。)。
3 上告人は、本件土地の宅地造成を行わず、平成三年三月五日、宗像市開発公社に本件土地を売却した。
4 上告人は、平成三年一二月五日、被上告人の債務不履行を理由として本件業務委託契約を解除した。
5 上告人と被上告人との間の前訴において、被上告人は、(1)本件業務委託契約に基づいて本件土地の買収等の業務を行い、商法五一二条により一二億円の報酬請求権を取得したと主張して、うち一億円の支払を求め(主位的請求)、(2)上告人が本件土地を売却したことにより本件合意の条件の成就を故意に妨害したから、民法一三〇条により、本件合意に基づく一二億円の報酬請求権を取得したと主張して、うち一億円の支払を求めた(予備的請求)が、右各請求を棄却する旨の判決が平成七年一〇月一三日に確定した。
6 被上告人は、前訴の判決確定後である平成八年一月一一日、本訴を提起し、(1)主位的請求として、本件合意に基づく報酬請求権のうち前訴で請求した一億円を除く残額が二億九八三〇万円であると主張してその支払を求め、(2)予備的請求の一として、商法五一二条に基づく報酬請求権のうち前訴で請求した一億円を除く残額が二億九八三〇万円であると主張してその支払を求め、(3)予備的請求の二として、本件業務委託契約の解除により報酬請求権を失うという被上告人の損失において、上告人が本件土地の交換価値の増加という利益を得たと主張し、不当利得返還請求権に基づいて報酬相当額二億六七三〇万円の支払を求めた。

二 原審は、(一)本訴の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴の各請求とは同一の債権の一部請求・残部請求の関係にあるが、本訴が前訴の蒸し返しであり、被上告人による本訴の提起が信義則に反するとの特段の事情を認めるに足りる的確な証拠はない、(二)予備的請求の二は、前訴とは訴訟物を異にするものであり、前訴の蒸し返しとはいえない、と判断して、被上告人の本件各訴えを却下した一審判決を取り消し、一審に差し戻す旨の判決をした。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。すなわち、裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成二年(オ)第一一四六号同六年一一月二二日第三小法廷判決・民集四八巻七号一三五五頁参照)、現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、被上告人の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴で数量的一部を請求して棄却判決を受けた各報酬請求権につき、その残部を請求するものであり、特段の事情の認められない本件においては、右各請求に係る訴えの提起は、訴訟上の信義則に反して許されず、したがって、右各訴えを不適法として却下すべきである。

2 予備的請求の二は、不当利得返還請求であり、前訴の各請求及び本訴の主位的請求・予備的請求の一とは、訴訟物を異にするものの、上告人に対して本件業務委託契約に基づく報酬請求権を有することを前提として報酬相当額の金員の支払を求める点において変わりはなく、報酬請求権の発生原因として主張する事実関係はほぼ同一であって、前訴及び本訴の訴訟経過に照らすと、主位的請求及び予備的請求の一と同様、実質的には敗訴に終わった前訴の請求及び主張の蒸し返しに当たることが明らかである。したがって、予備的請求の二に係る訴えの提起も信義則に反して許されないものというべきであり、右訴えを不適法として却下すべきである。

四 以上によれば、被上告人の本件各訴えはいずれも不適法として却下すべきであり、右と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、右各訴えを却下した一審判決を正当として、被上告人の控訴を棄却すべきである。よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

++解説
《解  説》
一 Yは、大規模な宅地開発を計画し、土地買収等の業務をXに委託した。XとYは、右業務委託の報酬に関し、報酬の一部として、買収した土地をYが宅地造成して販売する際にその一割をXに販売又は斡旋させる旨の合意(本件合意)をした。
しかし、Yは、その後宅地開発を断念したため、Xとの間で業務委託の報酬に関する紛争が生じた
XY間の前訴において、Xは、主位的請求として商法五一二条に基づく報酬請求権を、予備的請求として本件合意に基づく報酬請求権を主張し、それぞれ、一二億円の報酬請求権のうち一億円の支払を求めた。前訴判決は、Xの請求をいずれも棄却し、右判決が確定した。
Xは、前訴判決確定の直後に本件訴訟を提起し、(1) 主位的請求として、本件合意に基づく報酬請求権のうち前訴で請求した一億円を除く残額二億九八三〇万円、(2) 予備的請求の一として、商法五一二条に基づく報酬請求権のうち前訴で請求した一億円を除く残額二億九八三〇万円、(3) 予備的請求の二として、不当利得返還請求権に基づいて二億六七三〇万円の支払をそれぞれ求めた。
第一審判決は、Xの各訴えを却下したが、原判決は、右各訴えが前訴の蒸し返しであるとはいえないとして、第一審判決を取り消し、第一審に差し戻す旨の判決をした。
Yの上告に対し、本判決は、Xの各訴えの提起がいずれも信義則に反するとして、原判決を破棄し、第一審判決に対するXの控訴を棄却した。

二 金銭債権の数量的な一部請求(以下、単に「一部請求」という。)については、このような請求が許されるか、訴訟物は何か、既判力はどの範囲について生じるか、一部請求についての判決確定後の残部請求が許されるかなどの問題があり、一部請求の「可否」という形で肯定説(斎藤ほか・第二版注解民事訴訟法(5)六八頁(斎藤・渡部・小室)、菊井=村松・全訂民事訴訟法Ⅰ(補訂版)一二七九頁など)と否定説(兼子一「確定判決後の残部請求」民事法研究Ⅰ三九一頁、五十部豊久「一部請求と残額請求」実務民事訴訟講座Ⅰ七五頁、新堂・民事訴訟法二二七頁など)との間で活発な議論が展開されてきたところである。
従来の議論に対しては、肯定、否定の両見解ともそれぞれ問題点のあることが指摘されている(従来の議論を整理し、その問題点を指摘したものとして、井上正三「「一部請求」の許否をめぐる利益考量と理論構成」法学教室第二期八号七九頁)。そして、一部請求の問題は、結局のところ、残部請求の可否であることが指摘され、近年この問題を論じたものは、残部請求、特に棄却判決確定後の残部請求を否定する見解を採っている。(1) 松浦ほか・条解民事訴訟法六一一頁(竹下守夫)は、一部請求の訴訟物、既判力については一部請求肯定説と同様の見解をとりつつ、一部請求を棄却する判決(一部棄却を含む)がされた場合において、当該一部を残部と切り離して審理の対象としえないときは、債権全額が存在しないとの裁判所の判断によって紛争が解決するとの被告の期待的利益を保護する合理的必要があり、他方、原告に対しては債権全体について手続権が保障されたといえるから、右裁判所の判断に拘束力を認め、原告は残額の存在を主張して再訴することができないとする。(2) 中野貞一郎「一部請求論について」民事手続の現在問題八五頁は、やはり一部請求の訴訟物、既判力について一部請求肯定説の見解を前提としつつ、信義則の発現形態としての禁反言の法理の適用により残部請求が制限される場合があるとし、一部請求訴訟において、債権の全体として存否が争われ、原告の訴訟追行に基づき被告が紛争は前訴判決により全面的に決着をみたものと信じ、原告に残部請求を認めて被告に応訴を強いることが不当に原告を利すると認められるときは、残部請求の後訴を却下すべきであるとする。(3) 高橋宏志「一部請求について」法教一八五号九八頁は、一部請求の可否(その実質は、残部請求の可否)に関する見解を①一部請求全面肯定説、②一部請求の明示の有無により区別する説、③一部請求で敗訴した場合に残部請求を否定する説、④一部請求全面否定説に分けて検討し、結論としては、何度も応訴を強いられる被告の煩わしさや重複審理を余儀なくされる裁判所の不経済、非効率に着目して、原告側の利益の保護のためには訴え提起段階での一部請求を許容すれば足り、原告はその後の訴訟の経過に応じて請求の拡張を行うべきであるとして、一部請求全面否定説を採る。

三 最二小判昭37・8・10民集一六巻八号一七二〇頁は、前訴で三〇万円の損害賠償請求権のうち一〇万円を請求し、八万円の限度で認容判決を受けた原告が、残額二〇万円の請求をした事案につき、一部請求である旨を明示した場合には、訴訟物は当該一部であり、判決の既判力は残部の請求に及ばないとして、残部請求を適法とした原審の判断を是認した。他方、最二小判昭32・6・7民集一一巻六号九四八頁は、Xが前訴でY1、Y2の両名に対して四五万円の契約上の債務の履行を求め、分割債務として二二万五〇〇〇円ずつの全部勝訴判決を得た後、被告らの債務は連帯債務であったとして、Y1に対して残額二二万五〇〇〇円を請求した事案につき、訴訟物の全部としてある金額を請求して勝訴の確定判決を得た後に、右請求を一部であると主張して残部を請求することは許されないと判示した。このように、原告が一部請求である旨を明示したか否かによって区別し、明示した場合には、既判力は訴訟物とされた当該一部のみについて生じ、原告は残部請求をすることができるが、明示のない場合には、既判力は債権全体について生じ、原告が後に前訴が一部請求であった旨を主張して残部請求することは許されないとする判例の立場に対しては、一部である旨の明示の有無が訴訟物になるわけではないのに、それによって既判力の範囲を異別に解釈する点において理論的に難点があるが、おおむね妥当な適用結果を導くとして評価され(中野・前掲九六頁)、学説においても判例の立場を支持する見解も多い。
他方、一部請求訴訟の審理、判決の方法につき、最一小判昭48・4・5民集二七巻三号四一九頁は、不法行為による損害賠償請求権の一部請求訴訟において、過失相殺をするに当たっては、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し、残額が請求額をこえるときは請求全額を認容することができる旨判示した。一部請求訴訟における過失相殺の適用については、外側説、内側説、按分説の対立があったところ、右判決は、一部請求をする原告の通常の意思にもそうことを理由に挙げて、実務で採用されていた外側説の見解を採ることを明らかにしたものであり、最三小判平6・11・22民集四八巻七号一三五五頁は、金銭債権の一部請求について相殺の抗弁が主張された場合の審理判決の方法につき、過失相殺の場合と同様の処理をすべき旨判示した。過失相殺や相殺の処理に関する右判例の立場は、理論的には一部請求否定説の立場に近いとされ、過失相殺に関する前掲昭和四八年判決は、昭和三七年判決と実質的な抵触がある(住吉博・昭和四八年判決評釈・民商六九巻六号一一〇頁)、外側説の採用により一部請求肯定説は苦しい立場に立たされた(前田達明・同・判評一八四号二八頁)との指摘もある。

四 本判決は、数量的一部請求訴訟で敗訴した原告による残部請求が原則として許されないとの判断を示した。本判決がその理由として挙げるところは、(1) 一部請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断する必要があり、当事者の主張立証の範囲、程度も通常は全部請求の場合と変わらないこと、(2) 一部請求を全部又は一部棄却する判決は、後に請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものであること、(3) 棄却判決確定後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張の蒸し返しであり、前訴によって紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担をし得るものであること、以上の各点であり、信義則を根拠として残部請求を制限する近時の有力説の見解と共通する点が多い。
なお、本判決は、一部請求訴訟の訴訟物や既判力については言及しておらず、これらの点について昭和三七年判決との抵触が直ちに問題となることはないが、同判決が一部請求訴訟で一部敗訴した原告の残部請求を許容している点では、本判決との関係が問題となる。しかし、昭和三七年判決の前訴の確定判決は、三〇万円のうち一〇万円の支払を求めたXの請求を、過失相殺を理由として八万円の限度で認容したものであるところ、その事案及び請求額、認容額からみると、請求額を基準として過失相殺(二割)を適用した可能性が高いと考えられる。そうであるとすると、前訴判決は、一部請求訴訟における過失相殺の適用につき前掲昭和四八年判決と異なった処理をしたものであり、また、前訴判決の内容自体が残部請求の余地を認めているのであって、本判決が前提とする一部請求訴訟の審理、判決の内容や本判決の事案とは、その内容を異にするということができよう。フムフム
五 本判決は、一部請求論の中心的論点である敗訴原告による残部請求の許否について最高裁が明確な判断を示した点において意義があり、一部請求をめぐるその他の議論にも影響を与えるものと思われる。

+(条件の成就の妨害)
民法第130条
条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができる。

ウ 明示的一部請求を認容する判決確定後の処理
+判例(S37.8.10)

・消滅時効について
+判例(S45.7.24)
理由
上告代理人佐野正秋、同香川文雄の上告理由一、二について。
上告人Aによる加害自動車の運転状況と被害者たる被上告人の行動および現場の交通事情等、本件事故発生当時における事実関係について原審(第一審判決引用部分を含む。以下同じ。)の認定するところは、挙示の証拠関係に照らし、首肯することができ、右事実関係によるときは、本件事故は同上告人が自動車運転者としての注意義務を守らなかつた過失に基因するものというべく、被上告人にも歩行者としての注意義務違反があるにせよ、いわゆる信頼の原則を適用して同上告人に過失の責がないということはできないとした原審の判断は、正当であつて、右認定判断に関し、原判決に、所論のような理由不備、審理不尽等の違法は認められない。論旨は、その実質において、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものか、その認定にそわない事実を前提として原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

同三について。
被上告人が本件事故による負傷のためたばこ小売業を廃業するのやむなきに至り、右営業上得べかりし利益を喪失したことによつて被つた損害額を算定するにあたつて、営業収益に対して課せられるべき所得税その他の租税額を控除すべきではないとした原審の判断は正当であり、税法上損害賠償金が非課税所得とされているからといつて、損害額の算定にあたり租税額を控除すべきものと解するのは相当でない。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同四について。
一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨を明らかにして訴を提起した場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部についてのみ生じ、残部には及ばないが、右趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、この場合には、訴の提起により、右債権の同一性の範囲内において、その全部につき時効中断の効力を生ずるものと解するのが相当である。これを本件訴状の記載について見るに、被上告人の本訴損害賠償請求をもつて、本件事故によつて被つた損害のうちの一部についてのみ判決を求める趣旨であることを明示したものとはなしがたいから、所論の治療費金五万〇一九八円の支出額相当分は、当初の請求にかかる損害額算定根拠とされた治療費中には包含されておらず、昭和四一年一〇月五日の第一審口頭弁論期日においてされた請求の拡張によつてはじめて具体的に損害額算定の根拠とされたものであるとはいえ、本訴提起による時効中断の効力は、右損害部分をも含めて生じているものというべきである。
したがつて、これと同旨の見解に立つて、上告人らの時効の抗弁を排斥すべきものとした原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

4.一部請求と相殺・既判力
(1)相殺の抗弁の審理方法

+判例(H6.11.22)
理由
上告代理人田中利美の上告理由一、三について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

同二について
特定の金銭債権のうちの一部が訴訟上請求されているいわゆる一部請求の事件において、被告から相殺の抗弁が提出されてそれが理由がある場合には、まず、当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額を算定した上、原告の請求に係る一部請求の額が残存額の範囲内であるときはそのまま認容し、残存額を超えるときはその残存額の限度でこれを認容すべきである
けだし、一部請求は、特定の金銭債権について、その数量的な一部を少なくともその範囲においては請求権が現存するとして請求するものであるので、右債権の総額が何らかの理由で減少している場合に、債権の総額からではなく、一部請求の額から減少額の全額又は債権総額に対する一部請求の額の割合で案分した額を控除して認容額を決することは、一部請求を認める趣旨に反するからである。
そして、一部請求において、確定判決の既判力は、当該債権の訴訟上請求されなかった残部の存否には及ばないとすること判例であり(最高裁昭和三五年(オ)第三五九号同三七年八月一〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一七二〇頁)、相殺の抗弁により自働債権の存否について既判力が生ずるのは、請求の範囲に対して「相殺ヲ以テ対抗シタル額」に限られるから、当該債権の総額から自働債権の額を控除した結果残存額が一部請求の額を超えるときは、一部請求の額を超える範囲の自働債権の存否については既判力を生じない。したがって、一部請求を認容した第一審判決に対し、被告のみが控訴し、控訴審において新たに主張された相殺の抗弁が理由がある場合に、控訴審において、まず当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額が第一審で認容された一部請求の額を超えるとして控訴を棄却しても、不利益変更禁止の原則に反するものではない
そうすると、原審の適法に確定した事実関係の下において、被上告人の請求債権の総額を第一審の認定額を超えて確定し、その上で上告人が原審において新たに主張した相殺の自働債権の額を請求債権の総額から控除し、その残存額が第一審判決の認容額を超えるとして上告人の控訴を棄却した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
調べておく!

・過失相殺の場合
+判例(S48.4.5)
理由
上告代理人中村健太郎、同中村健の上告理由第一点について。
訴外Aは、被上告人Bの運転する自動車が道路の中央線をこえて進行してくるのを約八五メートル前方に発見しながら、その動向を注視せず、漫然中央線寄りをそのまま進行したものである旨の事実を認めて、Aに本件事故発生についての過失があるものとし、他方、被上告人Bにも過失があると認めて、原判示の割合による過失相殺をした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして正当として肯認することができないものではなく、右認定判断の過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断および事実の認定を非難し、さらに、原審の認定にそわない事実関係を前提にして右過失に関する原審の判断の違法をいうものであつて、採用することができない。

同第二点について。
記録によれば、本件の経過は、次のとおりである。すなわち、
被上告人Bは、第一審において、療養費二九万六二六六円も逸失利益一一二八万三六五一円、慰藉料二〇〇万円の各損害の発生を主張し、療養費、慰藉料の各全額と逸失利益の内金一五〇万円との支払を求めるものであるとして、合計三七九万六二六六円の支払を請求したところ、第一審判決は療養費、慰藉料については右主張の全額、逸失利益については九一六万〇六一四円の各損害の発生を認定し、合計一一四五万六八八〇円につき過失相殺により三割を減じ、さらに支払済の保険金一〇万円を差し引いて、上告人の支払うべき債務総額を七九一万九八一六円と認め、その金額の範囲内である同被上告人の請求の全額を認定した。上告人の控訴に対し、原審において、被上告人Bは、第一審判決の右認定のとおり、逸失利益の額を九一六万〇六一四円、損害額の総計を一一四五万六八八〇円と主張をあらためたうえ、みずから過失相殺として三割を減じて、上告人の賠償すべき額を八〇一万九八一六円と主張し、附帯控訴により請求を拡張して、第一審の認容額との差額四二二万三五五〇円の支払を新たに請求した(弁護士費用の賠償請求を除く。以下同じ。)ところ、これに対し、上告人は右請求拡張部分につき消滅時効の抗弁を提出した。原判決は療養費および逸失利益の損害額を右主張のとおり認定したうえ、その合計九四五万六八八〇円から過失相殺により七割を減じた二八三万七〇六四円について上告人が支払の責を負うべきものであるとし、また、慰藉料の額は被上告人Bの過失をも斟酌したうえ七〇万円を相当とするとし、支払済の保険金一〇万円を控除して、結局上告人の支払うべき債務総額を三四三万七〇六四円と認め、第一審判決を変更して、右金額の支払を命じ、その余の請求を棄却し、さらに、附帯控訴にかかる請求拡張部分は、右損害額をこえるものであるから、右消滅時効の抗弁について判断するまでもなく失当であるとして、その部分の請求を全部棄却したものである。
右の経過において、第一審判決がその認定した損害の各項目につき同一の割合で過失相殺をしたものだとすると、その認定額のうち慰藉料を除き財産上の損害(療養費および逸失利益。以下同じ。)の部分は、(保険金をいずれから差し引いたかはしばらく措くとして。)少なくとも二三九万六二六六円であつて、被上告人Bの当初の請求中財産上の損害として示された金額をこえるものであり、また、原判決が認容した金額のうち財産上の損害に関する部分は、少なくとも(保険金について右と同じ。)二七三万七〇六四円であつて、右のいずれの額をもこえていることが明らかである。しかし、本件のような同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである。したがつて、第一審判決は、被上告人Bの一個の請求のうちでその求める全額を認容したものであつて、同被上告人の申し立てない事項について判決をしたものではなく、また、原判決も、右請求のうち、第一審判決の審判および上告人の控訴の対象となつた範囲内において、その一部を認容したものというべきである。そして、原審における請求拡張部分に対して主張された消滅時効の抗弁については、判断を要しなかつたことも、明らかである。
次に、一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に、過失相殺をするにあたつては、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し、残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができるものと解すべきである。このように解することが一部請求をする当事者の通常の意思にもそうものというべきであつて、所論のように、請求額を基礎とし、これから過失割合による減額をした残額のみを認容すべきものと解するのは、相当でない。したがつて、右と同趣旨において前示のような過失相殺をし、被上告人Bの第一審における請求の範囲内において前示金額の請求を認容した原審の判断は、正当として是認することができる。
以上の点に関する原審の判断の過程に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

+++外側説の解説
問題集における見解は、200万円のうちの100万円の一部請求に対して、150万円の反対債権で相殺の抗弁を提出した場合、外側説により一部請求の範囲と対抗するのは、100万円を越えた部分、50万円であることから、その部分の不存在に既判力が生じるという見解と思われます。
すなわち、仮に150万円全額の反対債権の存在が裁判所により認められた場合、50万円の一部認容判決が出され、反対債権については、内側で対抗した50万円の反対債権の不存在に既判力が生じます。それと同様に、反対債権が50万円と認定された場合も、内側で対抗しようとしたけれども、存在が認められなかった、内側で対抗しようとした50万円の部分についての不存在に既判力が生じるという見解ですね。
つまり、仮にこの事案で、裁判所が反対債権の存在は0円であると認定した場合においても、既判力は反対債権50万円の不存在に生じることになります。
いずれの説をとるかは、質問者さんの好みになりますね。

+++外側説の解説