Ⅰ はじめに
Ⅱ 募集株式の発行の無効と差止め
+第二百十条 次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第百九十九条第一項の募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をやめることを請求することができる。
一 当該株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合
二 当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合
+(不公正な払込金額で株式を引き受けた者等の責任)
第二百十二条 募集株式の引受人は、次の各号に掲げる場合には、株式会社に対し、当該各号に定める額を支払う義務を負う。
一 取締役(指名委員会等設置会社にあっては、取締役又は執行役)と通じて著しく不公正な払込金額で募集株式を引き受けた場合 当該払込金額と当該募集株式の公正な価額との差額に相当する金額
二 第二百九条第一項の規定により募集株式の株主となった時におけるその給付した現物出資財産の価額がこれについて定められた第百九十九条第一項第三号の価額に著しく不足する場合 当該不足額
2 前項第二号に掲げる場合において、現物出資財産を給付した募集株式の引受人が当該現物出資財産の価額がこれについて定められた第百九十九条第一項第三号の価額に著しく不足することにつき善意でかつ重大な過失がないときは、募集株式の引受けの申込み又は第二百五条第一項の契約に係る意思表示を取り消すことができる。
+(会社の組織に関する行為の無効の訴え)
第八百二十八条 次の各号に掲げる行為の無効は、当該各号に定める期間に、訴えをもってのみ主張することができる。
一 会社の設立 会社の成立の日から二年以内
二 株式会社の成立後における株式の発行 株式の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、株式の発行の効力が生じた日から一年以内)
三 自己株式の処分 自己株式の処分の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、自己株式の処分の効力が生じた日から一年以内)
四 新株予約権(当該新株予約権が新株予約権付社債に付されたものである場合にあっては、当該新株予約権付社債についての社債を含む。以下この章において同じ。)の発行 新株予約権の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、新株予約権の発行の効力が生じた日から一年以内)
五 株式会社における資本金の額の減少 資本金の額の減少の効力が生じた日から六箇月以内
六 会社の組織変更 組織変更の効力が生じた日から六箇月以内
七 会社の吸収合併 吸収合併の効力が生じた日から六箇月以内
八 会社の新設合併 新設合併の効力が生じた日から六箇月以内
九 会社の吸収分割 吸収分割の効力が生じた日から六箇月以内
十 会社の新設分割 新設分割の効力が生じた日から六箇月以内
十一 株式会社の株式交換 株式交換の効力が生じた日から六箇月以内
十二 株式会社の株式移転 株式移転の効力が生じた日から六箇月以内
2 次の各号に掲げる行為の無効の訴えは、当該各号に定める者に限り、提起することができる。
一 前項第一号に掲げる行為 設立する株式会社の株主等(株主、取締役又は清算人(監査役設置会社にあっては株主、取締役、監査役又は清算人、指名委員会等設置会社にあっては株主、取締役、執行役又は清算人)をいう。以下この節において同じ。)又は設立する持分会社の社員等(社員又は清算人をいう。以下この項において同じ。)
二 前項第二号に掲げる行為 当該株式会社の株主等
三 前項第三号に掲げる行為 当該株式会社の株主等
四 前項第四号に掲げる行為 当該株式会社の株主等又は新株予約権者
五 前項第五号に掲げる行為 当該株式会社の株主等、破産管財人又は資本金の額の減少について承認をしなかった債権者
六 前項第六号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において組織変更をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は組織変更後の会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは組織変更について承認をしなかった債権者
七 前項第七号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において吸収合併をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は吸収合併後存続する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは吸収合併について承認をしなかった債権者
八 前項第八号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において新設合併をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は新設合併により設立する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは新設合併について承認をしなかった債権者
九 前項第九号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において吸収分割契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は吸収分割契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは吸収分割について承認をしなかった債権者
十 前項第十号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において新設分割をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は新設分割をする会社若しくは新設分割により設立する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは新設分割について承認をしなかった債権者
十一 前項第十一号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式交換契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は株式交換契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは株式交換について承認をしなかった債権者
十二 前項第十二号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式移転をする株式会社の株主等であった者又は株式移転により設立する株式会社の株主等、破産管財人若しくは株式移転について承認をしなかった債権者
・公開会社において無効原因とならない場合
+判例(S36.3.31)
理由
上告代理人大久保兤の上告理由第一、二点について。
原判決が本件に関し、昭和二五年法律第一六七号によつて改正された商法の解釈として、株式会社の新株発行に関し、いやしくも対外的に会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上、たとえ右新株の発行について有効な取締役会の決議がなくとも、右新株の発行は有効なものと解すべきであるとした判示は、すべて正当である。そして原判決が右判断の理由として、改正商法(株式会社法)はいわゆる授権資本制を採用し、会社成立后の株式の発行を定款変更の一場合とせず、その発行権限を取締役会に委ねており、新株発行の効力発生のためには、発行決定株式総数の引受及び払込を必要とせず、払込期日までに引受及び払込のあつた部分だけで有効に新株の発行をなし得るものとしている(第二八〇条の九)等の点から考えると、改正法にあつては、新株の発行は株式会社の組織に関することとはいえ、むしろこれを会社の業務執行に準ずるものとして取扱つているものと解するのが相当であることをあげていることもすべて首肯し得るところである。なお、取締役会の決議は会社内部の意思決定であつて、株式申込人には右決議の存否は容易に知り得べからざるものであることも、又右判断を支持すべき一事由としてあげることができる。論旨は右と反対の見地に立つて原判決を非難するものであるが、論旨の見解は当裁判所の採らないところである。よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条を適用して裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)
+判例(S46.7.16)
理由
上告人の上告理由について。
株式会社の代表取締役が新株を発行した場合には、右新株が、株主総会の特別決議を経ることなく、株主以外の者に対して特に有利な発行価額をもつて発行されたものであつても、その瑕疵は、新株発行無効の原因とはならないものと解すべきである。このことは当裁判所の判例(最高裁判所昭和三九年(オ)第一〇六二号、同四〇年一〇月八日第二小法廷判決、民集一九巻七号一七四五頁参照)の趣旨に徴して明らかである。そうであれば、特別決議のないことをもつて本件新株発行の無効をいう上告人の本訴請求は、失当であつて、棄却を免れず、これを排斥した原審の判断は結論として相当であり、本件上告は、上告理由について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(村上朝一 色川幸太郎 岡原昌男 小川信雄)
+判例(H6.7.14)
理由
上告代理人吉田朝彦の上告理由一について
一 被上告人の本訴請求は、(一) 昭和六一年一一月一四日開催の上告人会社の取締役会は、その招集通知が当時の代表取締役である被上告人に対してされておらず同人も出席していないので不適法であり、右のような瑕疵のある取締役会における新株発行決議に基づく本件新株発行は無効である、(二) 本件新株発行は、藤井捷之助(以下「捷之助」という。)がこれを全部自ら引き受け、自己の株式持分比率を高めて実質上自らが上告人会社を支配できるようにする目的の下にしたものであり、著しく不公正な方法によりされたものであるから無効である旨を主張して、本件新株発行の無効を求めるものである。
二 原審は、右(二)の主張について、1の事実を認定した上、2の判断を示し、被上告人の請求を認容した第一審判決を是認して、上告人の控訴を棄却した。
1 上告人会社の取締役であった捷之助は、創業以来の代表取締役で発行済株式の過半数を有する被上告人と不仲となり、その信頼を失ったことから、被上告人が株主総会を招集して上告人会社を解散する決議をしたり又は捷之助を解任する決議をすることを恐れるに至った。そこで、捷之助は、これを阻止する目的をもって、専ら、被上告人から上告人会社の支配権を奪い取り、自己及び自己の側に立つ者が過半数の株式を有するようにするために、昭和六一年九月一六日に取締役会を開催して自らの代表取締役選任決議を経て代表取締役に就任し、同年一一月一四日に当時入院中であった被上告人に招集通知をしないで取締役会を開催し、本件新株発行の決議を得て、被上告人に秘したまま右新株を発行し、右決議において新株の募集の方法は公募によるものとされていたが、その全部を自らが引き受けて払い込み、現在これを保有している。
2 右の経緯によれば、本件新株発行は著しく不公正な方法によりされたものであるというべきである。そして、著しく不公正な方法による新株発行は特別の事情がある場合に限って無効となると解すべきところ、本件においては、新株はすべてその発行を計画した捷之助によって引き受けられ、保有されているのであるから、取引の安全のために新株発行を無効とすることを特に制限する事情はなく、上告人会社が小規模で閉鎖的な会社で、本件新株発行が前記の目的でされたことを併せ考えると、右の特別事情がある場合に当たるというべきである。したがって、本件新株発行は無効である。
三 しかしながら、原審の右2の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
新株発行は、株式会社の組織に関するものであるとはいえ、会社の業務執行に準じて取り扱われるものであるから、右会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上、たとい、新株発行に関する有効な取締役会の決議がなくても、右新株の発行が有効であることは、当裁判所の判例(最高裁昭和三二年(オ)第七九号同三六年三月三一日第二小法廷判決・民集一五巻三号六四五頁)の示すところである。この理は、新株が著しく不公正な方法により発行された場合であっても、異なるところがないものというべきである。また、発行された新株がその会社の取締役の地位にある者によって引き受けられ、その者が現に保有していること、あるいは新株を発行した会社が小規模で閉鎖的な会社であることなど、原判示の事情は、右の結論に影響を及ぼすものではない。けだし、新株の発行が会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があることにかんがみれば、その効力を画一的に判断する必要があり、右のような事情の有無によってこれを個々の事案ごとに判断することは相当でないからである。そうすると、本件新株発行を無効と判断した原判決には、商法二八〇条ノ一五の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由がある。
四 以上の説示によれば、前記一の(一)及び(二)のいずれもその主張自体理由がなく、本訴請求は失当であるから、原判決を破棄し、第一審判決中主文第一項を取り消した上、被上告人の本訴請求を棄却すべきである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大白勝 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官三好達 裁判官高橋久子)
・公開会社において無効原因となる場合
定款所定の発行可能㈱総数(37条)を超過
定款に定めのない種類株式を発行(108条2項)
募集事項の公示を欠く
+判例(H9.1.28)
理由
上告代理人奥村回の上告理由について
原審の適法に確定したところによれば、上告会社の昭和六三年六月の新株発行については、(一) 新株発行に関する事項について商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知がされておらず、(二) 新株発行を決議した取締役会について、取締役Aに招集の通知(同法二五九条ノ二)がされておらず、(三) 代表取締役Bが来る株主総会における自己の支配権を確立するためにしたものであると認められ、(四) 新株を引き受けた者が真実の出資をしたとはいえず、資本の実質的な充実を欠いているというのである。
原判決は、このうち(三)及び(四)の点を理由として右新株発行を無効としたが、原審のこの判断は是認することができない。けだし、会社を代表する権限のある取締役によって行われた新株発行は、それが著しく不公正な方法によってされたものであっても有効であるから(最高裁平成二年(オ)第三九一号同六年七月一四日第一小法廷判決・裁判集民事一七二号七七一頁参照)、右(三)の点は新株発行の無効原因とならず、また、いわゆる見せ金による払込みがされた場合など新株の引受けがあったとはいえない場合であっても、取締役が共同してこれを引き受けたものとみなされるから(同法二八〇条ノ一三第一項)、新株発行が無効となるものではなく(最高裁昭和二七年(オ)第七九七号同三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五一一頁参照)、右(四)の点も新株発行の無効原因とならないからである。
しかしながら、新株発行に関する事項の公示(同法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知)は、株主が新株発行差止請求権(同法二八〇条ノ一〇)を行使する機会を保障することを目的として会社に義務付けられたものであるから(最高裁平成元年(オ)第六六六号同五年一二月一六日第一小法廷判決・民集四七巻一〇号五四二三頁参照)、新株発行に関する事項の公示を欠くことは、新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効原因となると解するのが相当であり、右(三)及び(四)の点に照らせば、本件において新株発行差止請求の事由がないとはいえないから、結局、本件の新株発行には、右(一)の点で無効原因があるといわなければならない。
したがって、本件の新株発行を無効とすべきものとした原判決は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない事項についての違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)
・非公開会社の場合
+判例(H24.4.24)
理 由
上告補助参加人Aの代理人源光信及び上告補助参加人B,同Cの代理人内田智,同石岡修の各上告受理申立て理由について
1 本件は,上告人の監査役である被上告人が,上告人の取締役であった上告補助参加人(以下,単に「補助参加人」という。)らによる新株予約権の行使は,行使条件を変更する取締役会決議が無効であるにもかかわらずそれに従ってされたものであって,当初定められた行使条件に反するものであるから,上記新株予約権の行使による株式の発行は無効であると主張して,主位的に会社法828条1項2号に基づいて上記株式の発行を無効とすることを求め,予備的に上記株式の発行は当然に無効であるとしてその確認を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人は,信用保証業務等を目的として昭和56年に設立された株式会社であり,発行する株式の全部について,譲渡により取得するためには取締役会の承認を受けなければならない旨の定款の定めを設けている。
(2) 上告人は,経営陣の意欲や士気の高揚を目的として,ストックオプションを付与することとし,平成15年6月24日,その株主総会において,以下のとおり,平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)280条ノ20,280条ノ21及び280条ノ27の規定により,新株予約権(以下「本件新株予約権」という。)を発行する旨の特別決議(以下「本件総会決議」という。)がされた。
ア 新株予約権の目的である株式の種類及び数 普通株式6万株
イ 発行する新株予約権の総数 6万個
ウ 新株予約権の割当てを受ける者
平成15年6月25日及び新株予約権の発行日の各時点において上告人の取締役である者
エ 新株予約権の発行価額 無償
オ 新株予約権の発行日 平成15年8月25日
カ 新株予約権の行使に際して払込みをすべき額
新株予約権1個当たり750円
キ 新株予約権の行使期間
平成16年6月19日から平成25年6月24日まで
ク 新株予約権の行使条件
(ア) 新株予約権の行使時に上告人の取締役であること
(イ) その他の行使条件は,取締役会の決議に基づき,上告人と割当てを受ける取締役との間で締結する新株予約権の割当てに係る契約で定めるところによる(以下,本件総会決議による上記の委任を「本件委任」という。)。
(3) 上告人の取締役会において,平成15年8月11日,補助参加人Aに対し4万個,同Cに対し1万個,同Bに対し1万個の本件新株予約権を割り当てる旨の決議がされた。そして,同月,上告人と補助参加人らは,上記決議に基づき,本件新株予約権の行使条件として,上告人の株式が店頭売買有価証券として日本証券業協会に登録された後又は日本国内の証券取引所に上場された後6箇月が経過するまで本件新株予約権を行使することができないとの条件(以下「上場条件」という。)を定めるなどして,新株予約権の割当てに係る各契約を締結し,上告人は,本件新株予約権を発行した。
(4) 上告人は,平成17年10月頃から補助参加人Aが収受したリベート等をめぐって税務調査を受けるようになり,税務当局から重加算税を賦課する可能性があることを指摘され,株式を公開することが困難な状況となった。
(5) 上告人の取締役会において,平成18年6月19日,本件新株予約権の行使条件としての上場条件を撤廃するなどの決議(以下「本件変更決議」という。)がされ,同日,上告人と補助参加人らは,上記各契約の内容を本件変更決議に沿って変更する旨の各契約を締結した。
(6) 補助参加人らは,平成18年6月から同年8月までの間に,本件新株予約権を行使し,上告人は,これに応じて,補助参加人らに対し,合計2万6000株の普通株式を発行した(以下,この発行を「本件株式発行」という。)。
(7) 上告人の株式は,店頭売買有価証券として日本証券業協会に登録されたことはなく,また,日本国内の証券取引所に上場されたこともない。
3 原審は,上記事実関係の下において,取締役会には,所定の手続を経て新株予約権が発行された後において,行使条件を新たに設定し,又は変更する権限はないから,本件変更決議に上場条件を撤廃するなどの効力はなく,本件変更決議による行使条件の変更を前提とする本件株式発行は無効であるとして,被上告人の主位的請求を認容すべきものと判断した。
4 所論は,本件総会決議による本件委任は,本件新株予約権の発行後に上場条件を取締役会決議によって撤廃することも委任の範囲内のこととして許容するものであるから,本件変更決議は有効であり,本件株式発行に無効原因はないというのである。
5(1) そこでまず,本件変更決議の効力について検討する。
旧商法280条ノ21第1項は,株主以外の者に対し特に有利な条件をもって新株予約権を発行する場合には,同項所定の事項につき株主総会の特別決議を要する旨を定めるが,同項に基づく特別決議によって新株予約権の行使条件の定めを取締役会に委任することは許容されると解されるところ,株主総会は,当該会社の経営状態や社会経済状況等の株主総会当時の諸事情を踏まえて新株予約権の発行を決議するのであるから,行使条件の定めについての委任も,別途明示の委任がない限り,株主総会当時の諸事情の下における適切な行使条件を定めることを委任する趣旨のものであり,一旦定められた行使条件を新株予約権の発行後に適宜実質的に変更することまで委任する趣旨のものであるとは解されない。また,上記委任に基づき定められた行使条件を付して新株予約権が発行された後に,取締役会の決議によって行使条件を変更し,これに沿って新株予約権を割り当てる契約の内容を変更することは,その変更が新株予約権の内容の実質的な変更に至らない行使条件の細目的な変更にとどまるものでない限り,新たに新株予約権を発行したものというに等しく,それは新株予約権を発行するにはその都度株主総会の決議を要するものとした旧商法280条ノ21第1項の趣旨にも反するものというべきである。そうであれば,取締役会が旧商法280条ノ21第1項に基づく株主総会決議による委任を受けて新株予約権の行使条件を定めた場合に,新株予約権の発行後に上記行使条件を変更することができる旨の明示の委任がされているのであれば格別,そのような委任がないときは,当該新株予約権の発行後に上記行使条件を取締役会決議によって変更することは原則として許されず,これを変更する取締役会決議は,上記株主総会決議による委任に基づき定められた新株予約権の行使条件の細目的な変更をするにとどまるものであるときを除き,無効と解するのが相当である。
これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件総会決議による本件委任を受けた取締役会決議に基づき,上場条件をその行使条件と定めて本件新株予約権が発行されたものとみるべきところ,本件総会決議において,取締役会決議により一旦定められた行使条件を変更することができる旨の明示的な委任がされたことはうかがわれない。そして,上場条件の撤廃が行使条件の細目的な変更に当たるとみる余地はないから,本件変更決議のうち上場条件を撤廃する部分は無効というべきである。
(2) 以上のように,本件変更決議のうちの上場条件を撤廃する部分が無効である以上,本件変更決議に従い上場条件が撤廃されたものとしてされた補助参加人らによる本件新株予約権の行使は,当初定められた行使条件に反するものである。そこで,行使条件に反した新株予約権の行使による株式発行の効力について検討する。
会社法上,公開会社(同法2条5号所定の公開会社をいう。以下同じ。)については,募集株式の発行は資金調達の一環として取締役会による業務執行に準ずるものとして位置付けられ,発行可能株式総数の範囲内で,原則として取締役会において募集事項を決定して募集株式が発行される(同法201条1項,199条)のに対し,公開会社でない株式会社(以下「非公開会社」という。)については,募集事項の決定は取締役会の権限とはされず,株主割当て以外の方法により募集株式を発行するためには,取締役(取締役会設置会社にあっては,取締役会)に委任した場合を除き,株主総会の特別決議によって募集事項を決定することを要し(同法199条),また,株式発行無効の訴えの提訴期間も,公開会社の場合は6箇月であるのに対し,非公開会社の場合には1年とされている(同法828条1項2号)。
これらの点に鑑みれば,非公開会社については,その性質上,会社の支配権に関わる持株比率の維持に係る既存株主の利益の保護を重視し,その意思に反する株式の発行は株式発行無効の訴えにより救済するというのが会社法の趣旨と解されるのであり,非公開会社において,株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合,その発行手続には重大な法令違反があり,この瑕疵は上記株式発行の無効原因になると解するのが相当である。所論引用の判例(最高裁昭和32年(オ)第79号同36年3月31日第二小法廷判決・民集15巻3号645頁,最高裁平成2年(オ)第391号同6年7月14日第一小法廷判決・裁判集民事172号771頁)は,事案を異にし,本件に適切でない。
そして,非公開会社が株主割当て以外の方法により発行した新株予約権に株主総会によって行使条件が付された場合に,この行使条件が当該新株予約権を発行した趣旨に照らして当該新株予約権の重要な内容を構成しているときは,上記行使条件に反した新株予約権の行使による株式の発行は,これにより既存株主の持株比率がその意思に反して影響を受けることになる点において,株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合と異なるところはないから,上記の新株予約権の行使による株式の発行には,無効原因があると解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件総会決議の意味するところは,本件総会決議の趣旨に沿うものである限り,取締役会決議に基づき定められる行使条件をもって,本件総会決議に基づくものとして本件新株予約権の内容を具体的に確定させることにあると解されるところ,上場条件は,本件総会決議による委任を受けた取締役会の決議に基づき本件総会決議の趣旨に沿って定められた行使条件であるから,株主総会によって付された行使条件であるとみることができる。また,本件新株予約権が経営陣の意欲や士気の高揚を目的として発行されたことからすると,上場条件はその目的を実現するための動機付けとなるものとして,本件新株予約権の重要な内容を構成していることも明らかである。したがって,上場条件に反する本件新株予約権の行使による本件株式発行には,無効原因がある。
6 以上によれば,会社法828条1項2号に基づき本件株式発行を無効とした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官大谷剛彦,同寺田逸郎の各補足意見がある。
Ⅲ 募集株式発行の差止め
1.本件株式発行が有利発行といえるか
(1)会社法210条の要件
+第二百十条 次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第百九十九条第一項の募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をやめることを請求することができる。
一 当該株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合
二 当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合
・法令定款違反=募集株式の発行に際して遵守すべき具体的な法令又は定款の規定に違反する場合をいい、取締役の善管注意義務に違反する場合を含まない!!!
(2)本件株式発行の法令違反
+(公開会社における募集事項の決定の特則)
第二百一条 第百九十九条第三項に規定する場合を除き、公開会社における同条第二項の規定の適用については、同項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。この場合においては、前条の規定は、適用しない。
2 前項の規定により読み替えて適用する第百九十九条第二項の取締役会の決議によって募集事項を定める場合において、市場価格のある株式を引き受ける者の募集をするときは、同条第一項第二号に掲げる事項に代えて、公正な価額による払込みを実現するために適当な払込金額の決定の方法を定めることができる。
3 公開会社は、第一項の規定により読み替えて適用する第百九十九条第二項の取締役会の決議によって募集事項を定めたときは、同条第一項第四号の期日(同号の期間を定めた場合にあっては、その期間の初日)の二週間前までに、株主に対し、当該募集事項(前項の規定により払込金額の決定の方法を定めた場合にあっては、その方法を含む。以下この節において同じ。)を通知しなければならない。
4 前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
5 第三項の規定は、株式会社が募集事項について同項に規定する期日の二週間前までに金融商品取引法第四条第一項 から第三項 までの届出をしている場合その他の株主の保護に欠けるおそれがないものとして法務省令で定める場合には、適用しない。
・改正による追加
+(公開会社における募集株式の割当て等の特則)
第二百六条の二 公開会社は、募集株式の引受人について、第一号に掲げる数の第二号に掲げる数に対する割合が二分の一を超える場合には、第百九十九条第一項第四号の期日(同号の期間を定めた場合にあっては、その期間の初日)の二週間前までに、株主に対し、当該引受人(以下この項及び第四項において「特定引受人」という。)の氏名又は名称及び住所、当該特定引受人についての第一号に掲げる数その他の法務省令で定める事項を通知しなければならない。ただし、当該特定引受人が当該公開会社の親会社等である場合又は第二百二条の規定により株主に株式の割当てを受ける権利を与えた場合は、この限りでない。
一 当該引受人(その子会社等を含む。)がその引き受けた募集株式の株主となった場合に有することとなる議決権の数
二 当該募集株式の引受人の全員がその引き受けた募集株式の株主となった場合における総株主の議決権の数
2 前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
3 第一項の規定にかかわらず、株式会社が同項の事項について同項に規定する期日の二週間前までに金融商品取引法第四条第一項 から第三項 までの届出をしている場合その他の株主の保護に欠けるおそれがないものとして法務省令で定める場合には、第一項の規定による通知は、することを要しない。
4 総株主(この項の株主総会において議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の十分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権を有する株主が第一項の規定による通知又は第二項の公告の日(前項の場合にあっては、法務省令で定める日)から二週間以内に特定引受人(その子会社等を含む。以下この項において同じ。)による募集株式の引受けに反対する旨を公開会社に対し通知したときは、当該公開会社は、第一項に規定する期日の前日までに、株主総会の決議によって、当該特定引受人に対する募集株式の割当て又は当該特定引受人との間の第二百五条第一項の契約の承認を受けなければならない。ただし、当該公開会社の財産の状況が著しく悪化している場合において、当該公開会社の事業の継続のため緊急の必要があるときは、この限りでない。
5 第三百九条第一項の規定にかかわらず、前項の株主総会の決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(三分の一以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)をもって行わなければならない。
(3)本件株式発行が有利発行といえるか
・時価を出発点としてよいのか。
+判例(東京高判S48.7.27)
〔抄 録〕
新株の発行価額は、その決定時(すなわち、特段の定めのない限り、取締役会において新株の発行事項を決定する決議のなされた日)における、発行会社の株式の市場価格、企業の資産状態及び収益力(なお、これらは、通例、配当の状況によって端的に示される。)、株式市況の見透し等を総合したうえ、更に株式申込時までの株価変動の危険及び新株式発行により生ずる株式の需給関係の状況等をも考慮して決定さるべきものであって、発行価額がこのようにして決定された時、その価額は発行会社の有する企業の客観的価値を反映した公正かつ適正なものということができる。
そうして、発行会社の株式が上場されている場合には、株式市場で形成される価格、すなわち株価は、通常は、前記公正な発行価額を決定する諸要素のうちの中心をなす、企業の資産状況及び収益力等を反映しその客観的価値を示すものであるから、右資産状況及び収益力等のほか前記のような諸要素をも考慮に加えて決定される新株式の発行価額は、多くの場合価額決定当時の株価の一五パーセント減以内の価額となるべきものとし、この見地から、このような価額を以て公正ないし適正な発行価額と観念することは、理由のないことではない。しかし、株式市場も一の競争市場である以上、ここで形成される株価が常に企業の客観的価値のみに基づくとは限らず、時としては、企業の客観的価値以外の投機的思惑その他の人為的な要素によって、株価が企業の客観的価値を反映することなく異常に騰落することもあるのであるから、上場会社の新株の発行価額の決定に当たって、常に市場における株価だけを絶対視することは、ことの本質を見誤るものといわなければならない。控訴人は、本件において新株の価額決定の日の前日における株価をいわば絶対視し、その五ないし一五パーセント減の範囲内において定められた価額だけが公正、適正な価額であり、それ以外のものはすべて商法第二八〇条ノ一一にいう「著しく不公正な発行価額」である旨を強調し、この主張にそう資料として、当審において、さらに≪証拠≫を提出しているけれども、既に述べたとおり、新株の公正、適正な発行価額は、冒頭に挙げた諸要素を総合的に勘案のうえ決定されるべきものであることからすると、公正な発行価額を控訴人のように固定的に考えるべき理由はないものというべきであって、前掲甲号各証も控訴人の主張を肯認するに足るものではない。
(白石 川上 間中)
+判例(東京地決H1.7.25)
第二、当裁判所の判断
一、当事者間に争いのない事実並びに一件記録及び当事者各審尋の結果によって認められる事実は次のとおりである。
1. 被申請人は、資本の額が一二五億五九八二万四六九四円、発行済株式総数が九〇二九万二四七六株(額面金五〇円)で、東京証券取引所一部上場の株式会社であり、申請人は、被申請人の株式三〇一一万一〇〇〇株を有する株主である。
2. 被申請人の東京証券取引所における株価は、昭和六二年一二月ころまでは九〇〇円ないし一二〇〇円前後で推移していたが、昭和六三年一月以降急騰し、同年二月から同年五月ころまでには四〇〇〇円前後となり、その後さらに上昇して、同年八月にはいったん八〇〇〇円をつけたものの、その後は概ね四八〇〇円ないし六〇〇〇円程度の価格で推移し、本件仮処分申請時まで、被申請人の株価が、昭和六三年二月以降は三〇〇〇円を、同年七月以降は四〇〇〇円を、同年一〇月以降は四六〇〇円をそれぞれ下まわったことはない。
3. 申請人は、昭和六二年一〇月ころから、被申請人の株式を大量に取得し始めたが、その後現在までの東京証券取引所における被申請人の株式の取引高総数に占める申請人の取得株式数の割合は約四分の一に過ぎない。
4. 申請人は、昭和六三年六月から一〇月にかけて、被申請人と会談し、被申請人の株式を二七〇〇万株ないし二八〇〇万株取得したことを明らかにしたうえで、被申請人、いなげやと株式会社ライフストア(以下「ライフストア」という。)の三社合併を提案し、それにともなう人事についても申請人の構想を述べたが、被申請人及びいなげやは右の提案を拒否した。
5. 被申請人といなげやは、昭和六三年一二月に本件業務提携の交渉を開始し、業務提携をすることについては直ちに合意した後、その具体的方法について交渉を継続し、平成元年二月以降、野村企業情報株式会社にその方法についての情報の提供を依頼した。両社間の業務提携の機運は従来からあったが、右両社間でそれを真剣に話し合ったことは昭和六三年一二月まではなく、本件業務提携は、被申請人、いなげやとライフストアの合併を申請人から提案されたことに誘発され、申請人の要求に対抗し、これを拒否するため、一気に具体化したものである。
6. 申請人は、平成元年七月七日に三〇〇九万株の、同月一〇日に二万一〇〇〇株の、被申請人株式の各名義書換手続をし、その名義人となった。
7. 被申請人は、平成元年七月八日、いなげやとの間で、各会社の取締役会の承認決議を停止条件として、本件業務提携及び資本提携をすることを合意し、同月一〇日両社の取締役会において、それぞれの承認決議をするとともに、次のとおり本件新株発行をすることを決議し、その発行価額の決定にあたっては、市場価格が極めて高騰していたことを理由に、これを基礎とすることなく、他の株式価格算定方式を用いて被申請人としてあるべき株式価格を算定し、これを基準にした価格を発行価額とした。
(一) 発行新株数 記名式額面普通株式
二二〇〇万株
(二) 割当方法 発行する株式全部をいなげやに割り当てる。
(三) 発行価額 一株につき
金一一二〇円
(四) 払込期日 平成元年七月二六日
また、申請人といなげやは、同日、業務提携のためのプロジェクト・チームを発足させ、その後、業務提携のための具体的作業を進行中である。
8. 本件新株発行は、被申請人といなげやとの本件業務提携にともない、同時期に相互に新株を発行して資本提携をする目的でされるものであり、相互に相手方会社の発行済株式総数の一九・五パーセントの株式を保有することとしている。そして、被申請人のいなげやに対して発行する新株二二〇〇万株の発行価額総額は二四六億四〇〇〇万円、いなげやの被申請人に対して発行する新株一二四〇万株の発行価額総額は一九五億九二〇〇万円である。両社は、いずれもインパクト・ローンによって右資金を調達し、払込期日の直後に相手会社からの新株払込金をもってその返済にあてるが、右発行価額総額の差額である約五〇億円についても、被申請人においてこれを特定の業務上の資金として使用する具体的な目的のもとに本件新株発行がされたわけではなく、いなげやにおいては金融機関からの長期借入金としてこれを処理することとしている。
9. 本件新株発行にあたっては、商法二八〇条の二第二項所定の被申請人の株主総会決議はされていない。
10. 本件新株発行が実行されると、被申請人の発行済株式総数に対する申請人の持株比率は、三三・三四パーセントから二六・八一パーセントに低下するうえ、東京証券取引所における被申請人の株価が一挙に低下する蓋燃性が極めて高い。
二、そこで、まず、本件新株発行の発行価額が商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するか否かについて判断する。
ところで、新株の公正な発行価額とは、取締役会が新株発行を決議した当時において、発行会社の株式を取得させるにはどれだけの金額を払い込ませることが新旧株主の間において公平であるかという観点から算定されるべきものである。本件のように、発行会社が上場会社の場合には、会社資産の内容、収益力および将来の事業の見通し等を考慮した企業の客観的価値が市場価格に反映されてこれが形成されるものであるから、一般投資家が売買をできる株式市場において形成された株価が新株の公正な発行価額を算定するにあたっての基準になるというべきである。そして、株式が株式市場で投機の対象となり、株価が著しく高騰した場合にも、市場価格を基礎とし、それを修正して公正な発行価額を算定しなければならない。なぜなら、株式市場での株価の形成には、株式を公開市場における取引の対象としている制度からみて、投機的要素を無視することはできないため、株式が投機の対象とされ、それによって株価が形成され高騰したからといって、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することはできないからである。もっとも、株式が市場においてきわめて異常な程度にまで投機の対象とされ、その市場価格が企業の客観的価値よりはるかに高騰し、しかも、それが株式市場における一時的現象に止まるような場合に限っては、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することができるというべきである。
これを本件についてみるに、被申請人の東京証券取引市場における株価の推移は前記一2に認定のとおりであって、三〇〇〇円以上の状態が一年五か月間、四〇〇〇円以上の状態が一年間と相当長期間にわたって続いており、しかもこのような株価の高騰は、申請人が被申請人の株式を大量に取得したことにその原因の一があるとともに、被申請人の株式が投機の対象となっていることは否定できないところであると考えられる。しかし、本件においては、被申請人の株価の推移、特に一定額以上の株価が相当長期間にわたって維持されていることに照らすと、その価格を新株発行にあたっての公正な発行価額の算定基礎から排除することは相当ではない。したがって、本件新株発行において市場価格を無視してこれを基準とすることなく算定され決定された一一二〇円という発行価額は、当時の市場価格からはるかに乖離したものであることからみて、商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するというべきである。よって、それにもかかわらず同条項所定の株主総会決議を経ていない本件新株発行は、その手続に法令違反があるといわなければならない。
三、次に、本件新株発行が不公正発行に該当するか否かについて判断する。
商法は、株主の新株引受権を排除し、割当自由の原則を認めているから、新株発行の目的に照らし第三者割当を必要とする場合には、授権資本制度のもとで取締役に認められた経営権限の行使として、取締役の判断のもとに第三者割当をすることが許され、その結果、従来の株主の持株比率が低下しても、それをもってただちに不公正発行ということはできない。しかし、株式会社においてその支配権につき争いがある場合に、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され、それが第三者に割り当てられる場合、その新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、その新株発行は不公正発行にあたるというべきであり、また、新株発行の主要な目的が右のところにあるとはいえない場合であっても、その新株発行により特定の株主の持株比率が著しく低下されることを認識しつつ新株発行がされた場合は、その新株発行を正当化させるだけの合理的な理由がない限り、その新株発行もまた不公正発行にあたるというべきである。
これを本件新株発行についてみるに、前記認定事実によると、被申請人といなげやとの業務提携の機運は従来からまったくなかったわけではないものの、右両者間でそれが真剣に話し合われたことはなく、本件業務提携は、被申請人、いなげや、ライフストアの三社合併を申請人から提案されたことにより、被申請人といなげやが、申請人の要求を拒否し、対抗するため具体化したものであるところ、本件業務提携にあたり被申請人がいなげやに対し従来の発行済株式総数の一九・五パーセントもの多量の株式を割り当てることが業務提携上必要不可欠であると認めることのできる十分な疎明はなく、しかも、本件新株発行によって調達された資金の大半は、実質的には、いなげやが発行する新株の払込金にあてられるものであって、差額として被申請人のもとに留保される約五〇億円についても、特定の業務上の資金としてこれを使用するために本件新株発行がされたわけではないこと、また、申請人が被申請人の経営に参加することが被申請人の業務にただちに重大な不利益をもたらすことの疎明もないことからみると、被申請人がした本件新株発行は、申請人の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的とするものであり、又は少なくともこれにより申請人の持株比率が著しく低下されることを認識しつつされたものであるのに、本件のような多量の新株発行を正当化させるだけの合理的な理由があったとは認められないから、本件新株発行は著しく不公正な方法による新株発行にあたるというべきである。
四、本件新株発行により申請人が損害を被ることは前記認定のとおりであって、それは容易に回復することのできない損害というべきであり、他方、本件新株発行を差し止めることによって被申請人が重大な不利益を被ることの疎明はない。そして、本件新株発行の払込期日が間近に迫っており、その期日が到来して引受人が払込みを済ませ本件新株発行の効力が生じた後は差止請求自体が無意味となることも明らかであるから、本件仮処分申請については保全の必要性もあるというべきである。
五、よって、本件仮処分申請は理由があるから、申請人に担保を立てさせることなくこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
民事第8部
(裁判長裁判官 山口和男 裁判官 佐賀義史 垣内正)
・会社が有利な資金調達を実現するという利益と、既存株主の利益
+判例(S50.4.8)
理由
上告代理人渡辺忠雄の上告理由一、二について。
控訴審がその判決の理由を記載するにあたつては一審判決の理由を引用することができる(民訴法三九一条)のであるから、原審のした一審判決の引用に違法はなく、また、所論指摘の主張は、ひつきよう、事実認定又は法律解釈についての主張であつて、原審がこれにつき逐一判断を示さなければならないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同一、三ないし六について。
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。
ところで、
普通株式を発行し、その株式が証券取引所に上場されている株式会社が、額面普通株式を株主以外の第三者に対していわゆる時価発行をして有利な資本調達を企図する場合に、その発行価額をいかに定めるべきかは、本来は、新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めるべきものであり、この見地からする発行価額は旧株の時価と等しくなければならないのであつて、このようにすれば旧株主の利益を害することはないが、新株を消化し資本調達の目的を達成することの見地からは、原則として発行価額を右より多少引き下げる必要があり、この要請を全く無視することもできない。
そこで、この場合における公正発行価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格、右株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行ずみ株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものである。
本件についてみるに、原審認定の前記事実によれば、株式会社横河電機製作所(以下「横河電機」という。)発行にかかる本件新株(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)の発行価額は、本件新株を買取引受の方式によつて引受けた証券業者である被上告人らが昭和三六年一月七日に横河電機に対して具申した意見に基づき、同月九日の取締役会において右意見どおり決定されたものであるところ、右意見は、具申の前日である同月六日の終値三六五円、前一週間(昭和三五年一二月二六日から昭和三六年一月六日まで)の終値平均三五九円一七銭、前一か月(昭和三五年一二月七日から昭和三六年一月六日まで)の終値平均三五〇円二七銭の三者の単純平均三五八円一五銭から、新株の払込期日が期中であつたので、配当差二円四一銭を差引いた三五五円七四銭を基準とし、横河電機の株式の価格動向としては人気化していたため急落する可能性が強く、過去六年間における一か月以内の下落率の大勢は一〇ないし一四パーセントに集中していたこと、その売買出来高が昭和三五年九月から同年一二月まで一日平均一九万三〇〇〇株であるのに比べると本件公募株数は一五〇万株の大量であること、その他、当時における株式市況の見通し等を勘案すれば、
本件新株を売出期間中に消化するためには前記基準額を最低一〇パーセント値引する必要がある等の事由による減額修正をして、発行価額としては一株あたり三二〇円をもつて相当とするというのである。このように、右の意見が出されるにあたつては、客観的な資料に基づいて前記考慮要因が斟酌されているとみることができ、そこにおいてとられている算定方法は前記公正発行価額の趣旨に照らし一応合理的であるというを妨げず、かつ、その意見に従い取締役会において決定された右価額は、決定直前の株価に近接しているということができる。このような場合、右の価額は、特別の事情がないかぎり、商法二八〇条ノ一一に定める「著シク不公正ナル発行価額」にあたるものではないと解するのを相当とすべく、右価額が当該新株をいわゆる買取引受方式によつて引受ける証券業者が具申した意見に基づきその意見どおり決定されたとの前記事実も、右の意見の合理性が肯定できる以上、それだけで右の判断を異にすべき理由にはならない。そして、本件新株の発行後横河電機の株価が値上りしたことは原審の確定するところであるが、本件発行価額決定時点においてそのことが確実であることを保証する事実が顕著であつたとはいえないとする原審確定の事実関係のもとにおいては、右値上りの事実をもつて特別の事情と認めるには足りず、他に特別の事情を認めるに足る事実関係のない本件においては、本件発行価額が「著シク不公正ナル発行価額」であるということはできないのである。これと同旨の原審判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江里口清雄 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 髙辻正己)
(4)日本証券業協会の自主ルールの位置づけ
+判例(東京地決H16.6.1)
第三 当裁判所の判断
一 被保全権利について
(1) 商法二八〇条ノ二第二項にいう「特ニ有利ナル発行価額」とは、公正な発行価額よりも特に低い価額をいうところ、株式会社が普通株式を発行し、当該株式が証券取引所に上場され証券市場において流通している場合において、新株の公正な発行価額は、旧株主の利益を保護する観点から本来は旧株の時価と等しくなければならないが、新株を消化し資本調達の目的を達成する見地からは、原則として発行価額を時価より多少引き下げる必要もある。そこで、この場合における公正な発行価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格、上記株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行済株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものである。もっとも、上記の公正な発行価額の趣旨に照らすと、公正な発行価額というには、その価額が、原則として、発行価額決定直前の株価に近接していることが必要であると解すべきである(最高裁判所昭和五〇年四月八日第三小法廷判決・民集二九巻四号三五〇頁参照)。
(2) これを本件についてみると、本件発行価額三九三円は、平成一六年五月一七日時点の証券市場における一株あたりの株価一〇一〇円と比較して約三九パーセントにすぎない。また、前記自主ルールは、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の観点から日本証券業協会における取扱いを定めたものとして一応の合理性を認めることができるところ、本件発行価額は、本件新株発行決議の直前日の価額に〇・九を乗じた九〇九円と比較して約四三パーセント、本件新株発行決議の日の前日から六か月前までの平均の価額に〇・九を乗じた六五〇円と比較しても約六〇パーセントにすぎない。
本件発行価額は、本件鑑定に基づいて決定されたものであるが、上記のとおり、本件新株発行決議の直前日の株価と著しく乖離しており、本件鑑定を精査しても、こうした乖離が生じた理由が客観的な資料に基づいて前記考慮要因を斟酌した結果であると認めることはできず、その算定方法が前記公正発行価額の趣旨に照らし合理的であるということはできない。
(3) これに対し、債務者は、債務者の株価は本年一月以降に急激に上昇しており、平成一六年五月一七日時点における債務者株式の市場価格一株当たり一〇一〇円の数値は、株価の操縦、投機を目的とした債権者らによる違法な買占めを原因とするものであり、債務者の企業価値を正確に反映したものではないので、本年一月以降の市場価格は公正な発行価額算定基礎から排除すべきであると主張する。
なるほど、前記第二の三のとおり、債務者の一株当たりの株価は、平成一五年八月ころは概ね二〇〇円台で推移していたところ、同年九月ころから上昇し、平成一六年一月に入り概ね五〇〇円台に上昇し、同年二月には概ね六〇〇円台から七〇〇円台で推移し、同年三月には八〇〇円台を超えて九〇〇円台ないし一〇〇〇円台に上昇し、同年四月には九〇〇円台から一〇〇〇円台で推移し、同年五月には概ね一〇〇〇円台で推移していることが認められ、本件各《証拠省略》によれば、債権者らによる大量の株式取得が、債務者株式の証券市場における株価に影響を与えていることは否定できない。しかし、本件各《証拠省略》によれば、債権者らは債務者への経営参加や技術提携の要望を有しており、債務者に対する企業買収を目的として長期的に保有するために株式を取得したものであることが窺われ、本件全証拠を精査しても、債権者らが不当な肩代わりや投機的な取引を目的として株式を取得したものと認めるに足りる資料はない。また、本件各《証拠省略》によれば、債務者の業績も改善していること、証券業界(会社四季報)における債務者の業績の評価も向上していること、債務者と同様にバルブ事業を営む企業においても、昨年後半から今年にかけて株価が二倍ないし四倍に高騰している事例があることの各事実が認められ、これらの事実に加え、前記のとおり債務者の一株当たりの株価が今年に入って五〇〇円以上で推移している事実に照らせば、債務者株式の株価の上昇が一時的な現象に止まると認めることはできない。
そうすると、本件において、公正な発行価額を決定するに当たって、本件新株発行決議の直前日である平成一六年五月一七日の株価、又は本件新株発行決議以前の相当期間内における株価を排除すべき理由は見出しがたい。
(4) 以上によれば、本件発行価額三九三円は、公正な発行価額より特に低い価額すなわち「特ニ有利ナル発行価額」といわざるを得ず、商法三四三条の特別決議を経ないで行われた本件新株発行は、商法二八〇条ノ二第二項に違反するというべきである。
そして、本件新株発行が行われた場合、既存株主が株価下落による不利益を被ることは明らかであり、債権者らは、債務者に対して商法二八〇条ノ一〇に基づく本件新株発行の差止請求権を有する。
二 保全の必要性
本件新株発行決定時の株価と本件発行価額との差額の程度及び従前の発行済株式総数一六三〇万株に対し本件新株発行に係る発行予定総数が七七〇万株であるというその数量にかんがみると、既存株主の被る不利益は極めて重大なものであるから、著しい損害を被るおそれを認めることができる。
そして、本件新株発行の払込期日は、平成一六年六月三日と定められていて間近に迫っているところ、その期日が到来し、引受人が払込みをして本件新株発行の効力が生じた場合、その後は商法二八〇条ノ一〇に基づく差止請求権それ自体が無意味なものとなるだけでなく、商法三四三条所定の特別決議を経ないで株主以外の者に特に有利なる発行価額をもって新株を発行したことは、新株発行無効の訴え(商法二八〇条ノ一五)における無効原因とならないと解されるから、本件新株発行の手続を差し止めるについての保全の必要性も認めることができる。
三 結論
以上によれば、債権者の申立ては、その余の点を判断するまでもなく理由があると認められるから、債権者らに代わり債権者代理人弁護士新保克芳に、債権者らの共同の担保として金一〇〇〇万円の担保を立てさせたうえでこれを認容することとし、申立費用につき民事保全法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 佐々木宗啓 名島亨卓)
+判例(横浜地決H19.6.4)
・非公開会社の場合
+判例(H27.2.19)
理 由
上告代理人加々美博久ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,上告補助参加人(以下「参加人」という。)の株主である被上告人が,参加人の取締役であった上告人らに対し,平成16年3月の新株発行(以下「本件新株発行」という。)における発行価額は商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)280条ノ2第2項の「特ニ有利ナル発行価額」に当たるのに,上告人らは同項後段の理由の開示を怠ったから,同法266条1項5号の責任を負うなどと主張して,同法267条に基づき,連帯して22億5171万5618円及びこれに対する遅延損害金を参加人に支払うことを求める株主代表訴訟である。
上告人らは,本件新株発行における発行価額は「特ニ有利ナル発行価額」に当たらないなどと主張して,これを争っている。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 参加人は,平成16年3月当時,非上場会社であり,株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定款の定めがあった。本件新株発行前における参加人の発行済株式の総数は40万株であり,これらは役員,幹部従業員等によって保有されていた。
(2) 参加人は,株式の上場を計画し,平成12年5月,新株引受権の権利行使価額を1株1万円とする新株引受権付社債を発行した。
しかしながら,その後,参加人では,主力商品の展開に失敗して売上げの減少が続いた上,不動産について巨額の含み損を抱えるに至り,有利子負債の額も増大した。参加人は,取引銀行に対して返済停止や追加融資を要請したが,いずれも断られたり,難色を示されたりした。そこで,参加人は,役員報酬及び従業員給与の削減,定期昇給の凍結,広告費の削減等を断行したほか,不動産を順次売却した。
参加人では,平成10年度から平成12年度までの3事業年度(4月1日から翌年の3月31日までをいう。以下同じ。)には1株当たり150円の配当がされていたが,平成13年度及び平成14年度には配当がされなかった。
(3) 参加人では,平成13年頃から,参加人の株式を保有する役員,幹部従業員等の退職が相次いだ。代表取締役の上告人Y1その他の役員等は,退職者からその保有する株式の買取りを求められ,その都度,1株1500円でこれらを買い取った。
参加人は,平成14年7月から同年10月までの間,上告人Y1から上記株式の一部を1株1500円で購入し,自己株式とした。もっとも,参加人は,取引銀行からの要請等を踏まえ,平成15年11月,上告人Y1に対してこれらの自己株式を1株1500円で売却した。
なお,上告人Y1は,平成14年12月,幹部従業員約40名に対し,上告人Y1の引き続き保有する株式を1株1500円で購入するよう希望者を募ったが,希望者はほとんど現れなかった。また,上記(2)の新株引受権付社債については,平成15年6月,参加人の株主総会において,新株引受権の権利行使価額を1株1500円に変更する旨の特別決議がされた。
(4) 参加人は,平成15年11月に行われた自己株式の処分に先立ち,B公認会計士(以下「B会計士」という。)に参加人の株価の算定を依頼した。
B会計士は,平成15年10月頃,参加人から,①平成12年度から平成14年度までの決算書(貸借対照表,損益計算書及び利益処分計算書),営業報告書及び附属明細書,②平成14年度の法人税確定申告書及び勘定科目内訳書,③参加人の過去の株式売買実績例及び株式移動表並びに株主名簿,④相続税路線価による参加人保有土地の評価資料,ゴルフ場等の含み損益に関する資料及び債権の貸倒引当金の明細等の提出を受けた。また,B会計士は,参加人の担当部長と面談し,建物及び子会社株式にも含み損があることや,株価算定の基礎資料となる事業計画は存在しないことなどを確認した。その上で,B会計士は,平成15年10月31日,次のアからウまでの理由により,参加人の同年6月26日以降の株価を1株1500円と算定し,その旨参加人に報告した。
ア 参加人の株式は,一時的に無配であるものの,それ以前は継続して配当が行われてきたことや,一定期間,利益配当に係る期待値によって評価された価格により株式売買が行われてきたことを考慮すると,配当還元法により算定するのが適切と考えられる。
イ 参加人では,従前は1株当たり150円の配当がされており,直近の過去2事業年度は経営体質の強化を目的として一時的に無配としたものにすぎず,今後,利益配当を復活させることを予定しているのであって,直近の取引事例にも照らすと,株価の算定に当たっては,1株当たりの配当金額を150円とするのが相当である。そして,これを財産評価基本通達の配当還元法の算式で用いられている資本還元率で還元すると,1株当たりの評価額は1500円と算定される。
ウ 参加人の時価純資産に巨額のマイナスが生じていることや,株価算定の基礎資料となる事業計画はないこと,売上げも減少傾向にあることなどからすれば,簿価純資産法,時価純資産法,収益還元法,DCF法及び類似会社比準法は採用しない。
(5)ア 参加人は,店舗改修等の設備投資資金及び運転資金を調達するとともに,役員や幹部従業員に株式を保有させて経営への参画意識を高めることを目的として,本件新株発行を行うことにした。もっとも,これは上記(3)の自己株式の処分と同一事業年度内での新株発行であり,B会計士の算定結果の報告から4箇月程度しか経過していなかったため,改めて専門家の意見を聴取することはなかった。
イ まず,平成16年2月19日,参加人の取締役会において,次のとおり本件新株発行を行う旨の決議がされた。
新株の種類及び数 普通株式4万株
発行価額 1株1500円
払込期日 同年3月24日
割当先 上告人Y12万3000株,上告人Y25000株,上告人Y31000株,C6000株,D2000株,E2000株,F1000株
ウ これを踏まえ,上告人Y1は,株主らに対し,本件新株発行における新株の種類及び数,発行価額,払込期日,割当先等を記載した株主総会招集通知を送付した。そして,平成16年3月8日,参加人の株主総会において,本件新株発行を行う旨の特別決議がされた。その際,上告人らは,「特ニ有利ナル発行価額」をもって株主以外の者に対し新株を発行することを必要とする理由の説明はしなかった。
(6) 参加人の平成15年度の決算は増収増益となり,有利子負債の額も減少に転じ,1株100円の配当が行われた。また,平成16年度には広告宣伝の効果もあって新商品の売上げが伸び,増収増益となり,有利子負債の額も大きく減少し,1株150円の配当がされた。平成17年度には,新商品の相次ぐ投入や,店舗の刷新等の設備投資の結果,商品の売行きは好調となった。
参加人は,株式の上場を再び視野に入れるようになり,平成18年2月には1株を10株にする株式分割を行い,同年3月には新株22万株を1株900円で発行した。
3 原審は,次のとおり判断して,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。
参加人の株式は,平成12年5月時点で1株1万円程度,平成18年3月時点で1株(株式分割前)9000円程度の価値を有していたというべきところ,DCF法によれば平成16年3月時点の価値は1株7897円と算定されるのであって,これに諸般の事情も併せ考慮すると,本件新株発行における公正な価額は少なくとも1株7000円を下らないというべきであるから,本件新株発行の発行価額(1株1500円)は「特ニ有利ナル発行価額」に当たる。なお,B会計士の採用した配当還元法は,主として少数株主の株式評価において,安定した配当が継続的に行われている場合に用いられる評価手法であって,本件においては相当性を欠く。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 非上場会社の株価の算定については,簿価純資産法,時価純資産法,配当還元法,収益還元法,DCF法,類似会社比準法など様々な評価手法が存在しているのであって,どのような場合にどの評価手法を用いるべきかについて明確な判断基準が確立されているというわけではない。また,個々の評価手法においても,将来の収益,フリーキャッシュフロー等の予測値や,還元率,割引率等の数値,類似会社の範囲など,ある程度の幅のある判断要素が含まれていることが少なくない。
株価の算定に関する上記のような状況に鑑みると,取締役会が,新株発行当時,客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額を決定していたにもかかわらず,裁判所が,事後的に,他の評価手法を用いたり,異なる予測値等を採用したりするなどして,改めて株価の算定を行った上,その算定結果と現実の発行価額とを比較して「特ニ有利ナル発行価額」に当たるか否かを判断するのは,取締役らの予測可能性を害することともなり,相当ではないというべきである。
したがって,非上場会社が株主以外の者に新株を発行するに際し,客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていたといえる場合には,その発行価額は,特別の事情のない限り,「特ニ有利ナル発行価額」には当たらないと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると,B会計士は決算書を初めとする各種の資料等を踏まえて株価を算定したものであって,B会計士の算定は客観的資料に基づいていたということができる。
B会計士は,参加人の財務状況等から配当還元法を採用し,従前の配当例や直近の取引事例などから1株当たりの配当金額を150円とするなどして株価を算定したものであって,本件のような場合に配当還元法が適さないとは一概にはいい難く,また,B会計士の算定結果の報告から本件新株発行に係る取締役会決議までに4箇月程度が経過しているが,その間,参加人の株価を著しく変動させるような事情が生じていたことはうかがわれないから,同算定結果を用いたことが不合理であるとはいえない。これに加え,本件新株発行の当時,上告人Y1その他の役員等による買取価格,参加人による買取価格,上告人Y1が提案した購入価格,株主総会決議で変更された新株引受権の権利行使価額及び自己株式の処分価格がいずれも1株1500円であったことを併せ考慮すると,本件においては一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていたということができる。
そして,参加人の業績は,平成12年5月以降は下向きとなり,しばらく低迷した後に上向きに転じ,平成18年3月には再度良好となっていたものであって,平成16年3月の本件新株発行における発行価額と,平成12年5月及び平成18年3月当時の株式の価値とを単純に比較することは相当でなく,他に上記特別の事情に当たるような事実もうかがわれない。
したがって,本件新株発行における発行価額は「特ニ有利ナル発行価額」には当たらないというべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求はいずれも理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求をいずれも棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山浦善樹 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官白木 勇)
(5)Xの不利益
2.本件株式発行が不公正発行といえるか
(1)支配権維持を目的とする募集株式の発行
機関権限の分配秩序に反する・・・。
(2)主要目的ルール
+判例(東京高決H24.7.12)
要旨
会社の支配権について争いが存在
争いに影響、当該発行が現経営陣の支配維持を主要な目的としてされたものである
会社側からの事業計画等としてなされたという反論
(3)会社支配権についての争い・本件株式発行の影響
+判例(東京高決H16.8.4)
第2 当裁判所の判断
1 前提事実
原決定の「理由」中の第3、1記載のとおりであるから、これを引用する。
2 被保全権利の有無
(1)ア まず、抗告人は、抗告の趣旨に係る株式発行(以下「本件新株発行」という。)が、相手方には1030億円もの資金需要は存在しないにもかかわらず、相手方の現経営陣の一部がその支配権を維持し、抗告人の支配権を侵奪することを唯一の目的として行われているものであり、商法280条ノ10所定の「著シク不公正ナル方法」による株式発行に当たる旨主張する。
イ 確かに、前記前提事実のとおり、平成16年の初めころから、抗告人代表者は相手方代表者に対して相手方の経営戦略の見直しをするよう再三にわたって迫り、同年6月に入ると相手方の経営に直接抗告人が関与するべく、相手方の取締役の過半数を抗告人側の関係者とするように提案を行ったが、相手方代表者はこれらの提案に直ちに応じず、相手方の経営方針や役員構成を巡って両者の間で対立が生じていた。
また、新株発行の検討開始から取締役会決議に至る経緯をみても、相手方代表者は、抗告人から次期定時株主総会において相手方の取締役の変更を求める議案提案を受けた後になってはじめて、相手方取締役のCらに対して新株発行の検討を指示したものであり、その指示に当たっても、事業の内容の検討に先立ち、あらかじめ増資の規模が示されており、相手方が本件新株発行に係る増資の資金使途としている本件業務提携に係る事業計画(以下「本件事業計画」という。)の検討が開始されたのはその後であった。しかも、本件事業計画が相手方の将来の方向性を左右するような大きな案件であり、本件新株発行に係る増資は相手方のそれまでの総資産の約2倍に当たる1000億円を超す巨額なものであるにもかかわらず、その検討期間は1か月にも満たないものであって、発行を決議した本件取締役会より前に取締役会で審議が行われたことは一度もなく、また、相手方側から相手方の社外取締役でもある抗告人代表者に対して本件新株発行について事前の説明は全くなく、むしろ社外取締役である抗告人代表者から取締役会の議題である「重要事業計画」について事前説明を求められたにもかかわらず、相手方は何らの回答も行わなかった。
さらに、相手方は、本件新株発行の払込期日の翌日に基準日を設定し、同年8月末に予定している第23回定時株主総会において、本件新株発行により新たに株主になったNPIに議決権の行使を認める旨の公告をしている。
そして、本件新株発行は、相手方のそれまでの発行済株式総数以上の数の新株を発行するものであり、本件新株発行により抗告人の相手方株式の保有割合が約39.2パーセントから約19.0パーセントへと著しく低下し、他方で、新株を引き受けたNPIの保有割合が約51.5パーセントと過半数に達することとなって、抗告人は相手方の筆頭株主の地位を失うことになる。
以上の各事実を総合すれば、本件新株発行において、相手方代表者をはじめとする相手方の現経営陣の一部が、抗告人の持株比率を低下させて、自らの支配権を維持する意図を有していたとの疑いは容易に否定することができない。
ウ しかしながら、本件事業計画に関する前記認定事実及び本件記録によれば、以下の事実が認められる。
まず、本件事業計画はSBBから提案されたものであり、平成16年7月1日にSBBから書面(乙10)による具体的な計画が提案されて以降、相手方とSBBとの間で本格的な交渉が開始され、交渉は、双方の会社関係者、双方の代理人である弁護士、SBBのアドバイザーであるゴールドマン・サックス証券、新株を引き受ける日興プリンシパルインベストメンツ等多数の関係者を交えて行われ、この交渉の結果、例えば当初のSBBの提案では投資規模が約2000億円であったものが自己資金分も含めて1280億円まで圧縮され、インバウンド業務の独占的業務委託に関して最低保障ブース数が設定されるなど、相手方の利益の確保につながる修正も行われた上、基本合意書(乙6)の調印に至っている。
この過程で、日興プリンシパルインベストメンツは新株引受の最終決定を行うに際して本件事業計画の詳細な分析を行っているところ(乙15、16の1)、それによると、本件事業計画の実施により相手方はソフトバンクグループのクレジットリスクに曝されることになるが、総合的にみれば許容すべきリスクであり、その他既存顧客との取引が喪失するリスク等諸リスクを考慮しても、連結ベースでの一株当たり利益は向上し、投資収益が確保されることから、全体として経済合理性に適う計画であると判断されている。さらに、相手方から依頼を受けた公認会計士は、詳細な分析に基づき、SBBから相手方が譲り受けるBCCの株式の譲受価格が、相手方の株主にとって財務的な観点から妥当である旨判断している(乙21の1・2)。そして、相手方の本件事業計画における収益予測では、5年間の営業利益として984億円を見込み、既存の通信情報サービス事業者との業務環境の変化による逸失営業利益を想定した場合でも5年間で880億円(連結ベース)の営業利益増を見込んでおり、その結果、相手方の一株当たりの純利益(EPS)は5年間に2倍近く向上し、株主資本利益率(ROE)も概ね維持されると見込んでいる(乙3、22)。
その他、証券アナリストの評価においても本件業務提携を積極的に評価する見方も少なからずある。
以上の各事実に加え、本件事業計画の内容に関して相手方が提出した各資料(乙3、4、14、23の1・2、24の1から4まで、25、26、34、39、40、41、42の1から21まで)を総合すれば、相手方には本件事業計画のために本件新株発行による資金調達を実行する必要があり、かつ、競業他社その他当該業界の事情等にかんがみれば、本件業務提携を必要とする経営判断として許されないものではなく、本件事業計画自体にも合理性があると判断することができ、抗告人の指摘する各点及び抗告人の提出に係る全資料を考慮してもこの判断を覆すには足りない。
エ このように、本件事業計画のために本件新株発行による資金調達の必要性があり、本件事業計画にも合理性が認められる本件においては、仮に、本件新株発行に際し相手方代表者をはじめとする相手方の現経営陣の一部において、抗告人の持株比率を低下させて、もって自らの支配権を維持する意図を有していたとしても、また、前記イ記載の各事実を考慮しても、支配権の維持が本件新株発行の唯一の動機であったとは認め難い上、その意図するところが会社の発展や業績の向上という正当な意図に優越するものであったとまでも認めることは難しく、結局、本件新株発行が商法280条ノ10所定の「著シク不公正ナル方法」による株式発行に当たるものということはできない。
オ(ア) これに対し、抗告人は、<1>本件新株発行に係る発行価額が約1030億円と甚だしく高額であるなど本件新株発行の内容自体が異常であること、<2>本件新株発行が抗告人から平成16年8月末の定時株主総会への株主提案が出された後に急遽検討を開始され、十分な審議や手続をとらないまま取締役会において決議されたこと、<3>違法な基準日の公告を行ってまで、本件新株発行により株主となる者に定時株主総会での議決権を付与しようとしていること、<4>本件新株発行による約1030億円の調達資金の大部分は相手方の定款で定めた事業目的の範囲外の行為であるリース事業のために使う予定とされていること、<5>調達資金の使途とされる本件業務提携自体、ソフトバンク・グループに巨額の資金を融資するためのスキームであり、相手方にとっては極めて不合理な内容であることからしても、本件新株発行は、相手方の現経営陣の一部の支配権維持及び抗告人の支配権侵奪を唯一の目的とすることが明らかである旨主張する。
しかし、発行価額が約1030億円と高額であることは抗告人指摘のとおりであるが、相手方は、かつて買収資金が800億円にも上る企業買収を計画したこともあったのであり(乙32)、そのような先例に比較しても、本件新株発行に係る発行価額が異常なほどに高額であるとまではいえず、その発行規模も本件新株発行が現経営陣の一部の支配権維持等を唯一の目的として行われたものであることを基礎付けるものではなく、他に本件新株発行の内容において、控訴人主張を基礎付けるような異常性は認められない。
また、本件新株発行に係る取締役会決議までの検討期間がその事業規模に比較して短期間であることは否定できないが、その事柄の性質上、その検討が隠密裡に遂行される必要があるものと考えられる上、前示のとおり、平成16年7月1日にSBBから具体的な計画が提案されて以降連日深夜に及ぶ交渉が続けられる中で本件業務提携の内容が討議、決定されていったものであり、検討期間が短期間であること自体が直ちにその検討の不十分さを裏付けるものではなく、ましてや本件新株発行の目的の不当性を推認させるものでもない。また、本件新株発行の決議に際しては、取締役会は1度開催されただけで、そこでの審議が短時間であったとしても、そのことが上記主張を基礎付けるものでもない。
さらに、本件新株発行の払込期日の翌日に基準日を設定することについて、それを違法とする事情もうかがえず、さらにこの事実をもって直ちに本件新株発行の目的を不当であるとの主張が基礎付けられるものではなく、前記エの判断を左右するものでもない。
なるほど、本件事業計画の中には、相手方の100パーセント子会社となることが予定されているBBCが日本テレコムに対しブースシステムや通信機器をリースするリース契約の締結が含まれている。しかし、リース事業は本件業務提携の中で他の業務に関連するものとしてその一部を構成するものであって、しかも、控訴人の定款の目的(2条)中には、「情報機器、システムを媒介とする業務代行サービス」、「情報管理処理サービス」、「通信機器のシステム設計および販売」、「工業所有権、著作権などの知的所有権の取得、譲渡、貸与および管理」のほか、「前各号に付帯する一切の業務」が掲げられているところ(甲3の3)、上記リース業も少なくともいずれかの目的を遂行する上で直接又は間接に必要なものということができ、直ちに目的の範囲内の行為に当たらないとはいえない(最高裁昭和45年6月24日判決・民集24巻6号625頁)。したがって、上記リース業が定款の目的の範囲外の行為であることを前提とする控訴人の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
その他、本件業務提携や本件事業計画の内容が、抗告人主張のように、相手方にとって極めて不合理な内容のものであるとは認められないことは、前示のとおりである。
以上のとおり、抗告人の頭書の主張は直ちに採用することができない。
(イ) また、抗告人は、本件事業計画に係る事業の大半を占めるリース業は相手方の定款に定められた事業目的の範囲外の行為であるにもかかわらず、定款変更手続はとられておらず、同手続もとらないまま、当該リース事業を開始するために約984億円という相手方の総資産の2倍にも上る巨額の投資を実行しようとする本件事業計画には合理性がない旨主張する。
しかし、上記リース業が定款の目的の範囲内の行為に当たらないとはいえないことは前示のとおりであり、抗告人の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
(ウ) そして、抗告人は、NPIの報告書(乙15)は、本件事業計画の合理性ではなく、相手方に投資することについての合理性を検証したものであって、相手方にとっての本件事業計画の合理性を裏付ける資料とはならないほか、公認会計士の意見書(乙21の1・2)も、その作成者はKPMGグループの監査法人ではなく、ファイナンシャルアドバイザーにすぎず、しかも、同意見書が前提とした情報は基本合意書だけであり、そもそも、基本合意書どおりにSBBが履行するかどうかが問題となる本件においては、その履行可能性を吟味することにこそ意味があるにもかかわらず、その吟味は一切行われていないから、本件事業計画の合理性を判断するための資料としては実質的に無意味なものである旨主張する。
しかし、投資会社が、投資先企業への投資の合理性を検証する上では、当該投資先企業の事業の内容を検証することは当然であり、本件事業計画に係る事業が相手方の将来の事業において極めて重要な部分を占める本件においては、投資会社であるNPIが相手方の事業、特に本件事業計画の合理性を検証しないものとは考え難く、現に上記報告書中でも、本件事業計画に係る事業による売上高や営業利益の予測を含め、多方面から相手方の将来の新規事業の合理性が検証されているのであって、同報告書が、本件事業計画の合理性を裏付ける証拠とならないとの抗告人の主張は到底採用することができない。また、上記意見書も、その作成者が監査法人ではなく、ファイナンシャルアドバイザーであることが直ちにその内容の信用性を否定することにつながるものではない上、仮に、同意見書において、SBBによる履行可能性が吟味されていなかったとしても、そのことが直ちに本件事業計画の合理性を判断する上での資料としての価値を否定することにつながるものではなく、抗告人の上記主張は採用することができない。
(エ) さらに、抗告人は、Cの手帳(甲35)中の「D教授」や「8/20までにTOB」といった記載から、相手方の役員が平成16年7月1日以前から基準日変更を意図して同年8月末に予定された定時株主総会の議決権操作を考えていたことが裏付けられる旨主張するが、その指摘の事実をもってしても未だ抗告人の主張する事実を裏付けるものということはできず、仮に、その主張どおりの事実が認められるとしても、前記エの判断を左右するものとはいえない。
(オ) その他、抗告人は、抗告理由において、種々主張するが、いずれも独自の見解に基づくものか、証拠の裏付けのない事実を基礎にするものであって、直ちに採用することができない。
(2) また、抗告人は、相手方代表者や取締役のEが、本件新株発行の決議において、定款違反の事業を始めようとする意思決定を行ったものであり、しかも、その判断の前提事実に関する情報収集作業を一切行わず、判断する上で必要となる情報を一切開示せずに取締役会を開催し、その取締役会では非常勤取締役のAの質問にほとんど答えないまま、賛成3名、反対2名の僅差で本件新株発行につき決議しているのであり、本件新株発行の手続には代表取締役や取締役の善管注意義務違反があるから、本件新株発行は、商法280条の10所定の「法令ニ違反シ」て新株を発行する場合に当たる旨主張する。
しかし、定款違反を前提とする主張は、前示のとおり失当であり、その余の点も賛成3名、反対2名の僅差で本件新株発行につき決議された点を除き、これを認めるに足りる疎明はなく、むしろ、取締役会においては、本件業務提携の内容等について一定の情報が開示され、Aの質問にも一応の回答がされているのであり(甲22、30)、そもそも、同条の法令違反には、善管注意義務違反(商法254条3項、民法644条)や忠実義務違反(同法254条の3)は含まれるとするには疑義がないではない。したがって、抗告人の上記主張は、採用することができない。
3 以上のとおり、本件では被保全権利の存在についての疎明があったということはできず、抗告人の申立てを棄却した原決定は相当であるので、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 門口正人 裁判官 髙橋勝男 西田隆裕)
(4)Y会社の主張の説得性
+判例(東京地決H1.7.25)
第二、当裁判所の判断
一、当事者間に争いのない事実並びに一件記録及び当事者各審尋の結果によって認められる事実は次のとおりである。
1. 被申請人は、資本の額が一二五億五九八二万四六九四円、発行済株式総数が九〇二九万二四七六株(額面金五〇円)で、東京証券取引所一部上場の株式会社であり、申請人は、被申請人の株式三〇一一万一〇〇〇株を有する株主である。
2. 被申請人の東京証券取引所における株価は、昭和六二年一二月ころまでは九〇〇円ないし一二〇〇円前後で推移していたが、昭和六三年一月以降急騰し、同年二月から同年五月ころまでには四〇〇〇円前後となり、その後さらに上昇して、同年八月にはいったん八〇〇〇円をつけたものの、その後は概ね四八〇〇円ないし六〇〇〇円程度の価格で推移し、本件仮処分申請時まで、被申請人の株価が、昭和六三年二月以降は三〇〇〇円を、同年七月以降は四〇〇〇円を、同年一〇月以降は四六〇〇円をそれぞれ下まわったことはない。
3. 申請人は、昭和六二年一〇月ころから、被申請人の株式を大量に取得し始めたが、その後現在までの東京証券取引所における被申請人の株式の取引高総数に占める申請人の取得株式数の割合は約四分の一に過ぎない。
4. 申請人は、昭和六三年六月から一〇月にかけて、被申請人と会談し、被申請人の株式を二七〇〇万株ないし二八〇〇万株取得したことを明らかにしたうえで、被申請人、いなげやと株式会社ライフストア(以下「ライフストア」という。)の三社合併を提案し、それにともなう人事についても申請人の構想を述べたが、被申請人及びいなげやは右の提案を拒否した。
5. 被申請人といなげやは、昭和六三年一二月に本件業務提携の交渉を開始し、業務提携をすることについては直ちに合意した後、その具体的方法について交渉を継続し、平成元年二月以降、野村企業情報株式会社にその方法についての情報の提供を依頼した。両社間の業務提携の機運は従来からあったが、右両社間でそれを真剣に話し合ったことは昭和六三年一二月まではなく、本件業務提携は、被申請人、いなげやとライフストアの合併を申請人から提案されたことに誘発され、申請人の要求に対抗し、これを拒否するため、一気に具体化したものである。
6. 申請人は、平成元年七月七日に三〇〇九万株の、同月一〇日に二万一〇〇〇株の、被申請人株式の各名義書換手続をし、その名義人となった。
7. 被申請人は、平成元年七月八日、いなげやとの間で、各会社の取締役会の承認決議を停止条件として、本件業務提携及び資本提携をすることを合意し、同月一〇日両社の取締役会において、それぞれの承認決議をするとともに、次のとおり本件新株発行をすることを決議し、その発行価額の決定にあたっては、市場価格が極めて高騰していたことを理由に、これを基礎とすることなく、他の株式価格算定方式を用いて被申請人としてあるべき株式価格を算定し、これを基準にした価格を発行価額とした。
(一) 発行新株数 記名式額面普通株式
二二〇〇万株
(二) 割当方法 発行する株式全部をいなげやに割り当てる。
(三) 発行価額 一株につき
金一一二〇円
(四) 払込期日 平成元年七月二六日
また、申請人といなげやは、同日、業務提携のためのプロジェクト・チームを発足させ、その後、業務提携のための具体的作業を進行中である。
8. 本件新株発行は、被申請人といなげやとの本件業務提携にともない、同時期に相互に新株を発行して資本提携をする目的でされるものであり、相互に相手方会社の発行済株式総数の一九・五パーセントの株式を保有することとしている。そして、被申請人のいなげやに対して発行する新株二二〇〇万株の発行価額総額は二四六億四〇〇〇万円、いなげやの被申請人に対して発行する新株一二四〇万株の発行価額総額は一九五億九二〇〇万円である。両社は、いずれもインパクト・ローンによって右資金を調達し、払込期日の直後に相手会社からの新株払込金をもってその返済にあてるが、右発行価額総額の差額である約五〇億円についても、被申請人においてこれを特定の業務上の資金として使用する具体的な目的のもとに本件新株発行がされたわけではなく、いなげやにおいては金融機関からの長期借入金としてこれを処理することとしている。
9. 本件新株発行にあたっては、商法二八〇条の二第二項所定の被申請人の株主総会決議はされていない。
10. 本件新株発行が実行されると、被申請人の発行済株式総数に対する申請人の持株比率は、三三・三四パーセントから二六・八一パーセントに低下するうえ、東京証券取引所における被申請人の株価が一挙に低下する蓋燃性が極めて高い。
二、そこで、まず、本件新株発行の発行価額が商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するか否かについて判断する。
ところで、新株の公正な発行価額とは、取締役会が新株発行を決議した当時において、発行会社の株式を取得させるにはどれだけの金額を払い込ませることが新旧株主の間において公平であるかという観点から算定されるべきものである。本件のように、発行会社が上場会社の場合には、会社資産の内容、収益力および将来の事業の見通し等を考慮した企業の客観的価値が市場価格に反映されてこれが形成されるものであるから、一般投資家が売買をできる株式市場において形成された株価が新株の公正な発行価額を算定するにあたっての基準になるというべきである。そして、株式が株式市場で投機の対象となり、株価が著しく高騰した場合にも、市場価格を基礎とし、それを修正して公正な発行価額を算定しなければならない。なぜなら、株式市場での株価の形成には、株式を公開市場における取引の対象としている制度からみて、投機的要素を無視することはできないため、株式が投機の対象とされ、それによって株価が形成され高騰したからといって、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することはできないからである。もっとも、株式が市場においてきわめて異常な程度にまで投機の対象とされ、その市場価格が企業の客観的価値よりはるかに高騰し、しかも、それが株式市場における一時的現象に止まるような場合に限っては、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することができるというべきである。
これを本件についてみるに、被申請人の東京証券取引市場における株価の推移は前記一2に認定のとおりであって、三〇〇〇円以上の状態が一年五か月間、四〇〇〇円以上の状態が一年間と相当長期間にわたって続いており、しかもこのような株価の高騰は、申請人が被申請人の株式を大量に取得したことにその原因の一があるとともに、被申請人の株式が投機の対象となっていることは否定できないところであると考えられる。しかし、本件においては、被申請人の株価の推移、特に一定額以上の株価が相当長期間にわたって維持されていることに照らすと、その価格を新株発行にあたっての公正な発行価額の算定基礎から排除することは相当ではない。したがって、本件新株発行において市場価格を無視してこれを基準とすることなく算定され決定された一一二〇円という発行価額は、当時の市場価格からはるかに乖離したものであることからみて、商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するというべきである。よって、それにもかかわらず同条項所定の株主総会決議を経ていない本件新株発行は、その手続に法令違反があるといわなければならない。
三、次に、本件新株発行が不公正発行に該当するか否かについて判断する。
商法は、株主の新株引受権を排除し、割当自由の原則を認めているから、新株発行の目的に照らし第三者割当を必要とする場合には、授権資本制度のもとで取締役に認められた経営権限の行使として、取締役の判断のもとに第三者割当をすることが許され、その結果、従来の株主の持株比率が低下しても、それをもってただちに不公正発行ということはできない。しかし、株式会社においてその支配権につき争いがある場合に、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され、それが第三者に割り当てられる場合、その新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、その新株発行は不公正発行にあたるというべきであり、また、新株発行の主要な目的が右のところにあるとはいえない場合であっても、その新株発行により特定の株主の持株比率が著しく低下されることを認識しつつ新株発行がされた場合は、その新株発行を正当化させるだけの合理的な理由がない限り、その新株発行もまた不公正発行にあたるというべきである。
これを本件新株発行についてみるに、前記認定事実によると、被申請人といなげやとの業務提携の機運は従来からまったくなかったわけではないものの、右両者間でそれが真剣に話し合われたことはなく、本件業務提携は、被申請人、いなげや、ライフストアの三社合併を申請人から提案されたことにより、被申請人といなげやが、申請人の要求を拒否し、対抗するため具体化したものであるところ、本件業務提携にあたり被申請人がいなげやに対し従来の発行済株式総数の一九・五パーセントもの多量の株式を割り当てることが業務提携上必要不可欠であると認めることのできる十分な疎明はなく、しかも、本件新株発行によって調達された資金の大半は、実質的には、いなげやが発行する新株の払込金にあてられるものであって、差額として被申請人のもとに留保される約五〇億円についても、特定の業務上の資金としてこれを使用するために本件新株発行がされたわけではないこと、また、申請人が被申請人の経営に参加することが被申請人の業務にただちに重大な不利益をもたらすことの疎明もないことからみると、被申請人がした本件新株発行は、申請人の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的とするものであり、又は少なくともこれにより申請人の持株比率が著しく低下されることを認識しつつされたものであるのに、本件のような多量の新株発行を正当化させるだけの合理的な理由があったとは認められないから、本件新株発行は著しく不公正な方法による新株発行にあたるというべきである。
四、本件新株発行により申請人が損害を被ることは前記認定のとおりであって、それは容易に回復することのできない損害というべきであり、他方、本件新株発行を差し止めることによって被申請人が重大な不利益を被ることの疎明はない。そして、本件新株発行の払込期日が間近に迫っており、その期日が到来して引受人が払込みを済ませ本件新株発行の効力が生じた後は差止請求自体が無意味となることも明らかであるから、本件仮処分申請については保全の必要性もあるというべきである。
五、よって、本件仮処分申請は理由があるから、申請人に担保を立てさせることなくこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
民事第8部
(裁判長裁判官 山口和男 裁判官 佐賀義史 垣内正)
(5)Xの不利益