1.行政計画の法的位置づけ・特徴~目標プログラム
行政計画=一定の行政上の目標を設定し、その目標を達成するための手段を総合的・体系的に提示するもの。
2.行政計画と裁量
(1)一般廃棄物処理計画と一般廃棄物処理業許可
ア 設問1(1)~新規申請者に対する不許可処分
+判例(H16.1.15)松任市廃棄物処理業不許可事件
理由
上告代理人岡田進,同横山昭,同平賀睦夫の上告受理申立て理由(排除されたものを除く。)について
1 本件は,被上告人が,上告人に対し,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成11年法律第87号による改正前のもの。以下「廃棄物処理法」という。)7条1項に基づき,一般廃棄物の収集及び運搬を業として行うことの許可申請(以下「本件許可申請」という。)をしたところ,不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)を受けたので,その取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 松任市においては,一般家庭から排出される一般廃棄物については,株式会社石川衛生公社(以下「衛生公社」という。)にその収集及び運搬を委託しているが,事業活動に伴って排出される一般廃棄物(以下「事業系廃棄物」という。)の収集及び運搬については,松任市が自ら又は委託の方法により行うのではなく,昭和54年4月1日以降,一般廃棄物収集運搬業の許可を受けた唯一の業者である衛生公社がこれを行っている。
(2) 松任市の一般廃棄物処理計画のうち平成9年度及び平成10年度の各実施計画においては,事業系廃棄物は排出者自らの責任において自己処理し,又は許可業者に委託して処理することが求められる旨が定められていた。
(3) 廃棄物処理業者である被上告人は,平成10年3月17日,上告人に対し,廃棄物処理法7条1項に基づき,松任市内で事業系廃棄物(し尿・浄化槽汚泥を除く。)の収集及び運搬を業として行うことについて本件許可申請をした。
(4) これに対し,上告人は,被上告人に対し,同年4月2日,「当市において,既存の許可業者で一般廃棄物の収集,運搬業務が円滑に遂行されており,新規の許可申請は廃棄物処理法第7条第3項第1号及び第2号に適合しない」との理由で,本件不許可処分をした。
3 原審は,次のとおり判断して,本件不許可処分を取り消した第1審判決を是認し,上告人の控訴を棄却した。
(1) 廃棄物処理法7条3項1号にいう「当該市町村による一般廃棄物の収集又は運搬」とは,市町村が自ら又は委託の方法により行う一般廃棄物の収集又は運搬をいうものであり,許可を受けた業者による一般廃棄物の収集又は運搬がこれに含まれるということはできない。
(2) 松任市においては,事業系廃棄物の収集及び運搬は,事業者が自ら行うほかは,すべて一般廃棄物収集運搬業の許可を受けた衛生公社が行っており,松任市が自ら又は委託の方法により事業系廃棄物の収集又は運搬を行ってはいないのであるから,それでもなお松任市が自ら又は委託の方法によりその収集及び運搬をすることが困難でないというべき特段の事情の認められない本件においては,松任市による事業系廃棄物の収集又は運搬が困難であるものと認められる。したがって,被上告人の本件許可申請は廃棄物処理法7条3項1号に適合している。
(3) 松任市の一般廃棄物処理計画は,衛生公社のみに事業系廃棄物の収集運搬業の許可を与えることを内容とするものではないと解されるが,本件不許可処分は,これとは異なる解釈を前提とし,そのことから直ちに被上告人の許可申請は同計画に適合しないとしたものであるから,廃棄物処理法7条3項2号の適用を誤ったものである。
(4) そうすると,上告人は被上告人の本件許可申請に対して許可をすべきものであり,本件不許可処分は,廃棄物処理法7条3項の適用を誤ったもので,違法である。
4 原審の上記3の判断のうち,(1)及び(2)は是認することができるが,(3)及び(4)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 市町村は,その区域内における一般廃棄物の処理に関する事業の実施をその責務とするものであり,一般廃棄物処理計画を定め,これに従って,自ら又は第三者に委託して,一般廃棄物の収集,運搬等を行うべきものである(廃棄物処理法4条1項,6条,6条の2)。そして,廃棄物処理法7条3項1号は,当該市町村による一般廃棄物の収集又は運搬が困難であることを同条1項の許可の要件として定めている。そうすると,同条3項1号の「当該市町村による一般廃棄物の収集又は運搬」とは,当該市町村が自ら又は委託の方法により行う一般廃棄物の収集又は運搬をいい,一般廃棄物収集運搬業の許可を受けた業者が行う一般廃棄物の収集又は運搬はこれに当たらないものというべきである。したがって,許可を受けた業者が一般廃棄物の収集又は運搬をすることで区域内の一般廃棄物の収集及び運搬が適切に実施されている場合であっても,当該市町村が自ら又は委託の方法により区域内の一般廃棄物の収集又は運搬を行うことが困難であるときは,同号の要件を充足するものというべきである。
(2) ところで,廃棄物処理法は,上記のとおり,一般廃棄物の収集及び運搬は本来市町村が自らの事業として実施すべきものであるとして,市町村は当該市町村の区域内の一般廃棄物処理計画を定めなければならないと定めている。そして,一般廃棄物処理計画には,一般廃棄物の発生量及び処理量の見込み,一般廃棄物の適正な処理及びこれを実施する者に関する基本的事項等を定めるものとされている(廃棄物処理法6条2項1号,4号)。これは,一般廃棄物の発生量及び処理量の見込みに基づいて,これを適正に処理する実施主体を定める趣旨のものと解される。そうすると,既存の許可業者等によって一般廃棄物の適正な収集及び運搬が行われてきており,これを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されているような場合には,市町村長は,これとは別にされた一般廃棄物収集運搬業の許可申請について審査するに当たり,一般廃棄物の適正な収集及び運搬を継続的かつ安定的に実施させるためには,既存の許可業者等のみに引き続きこれを行わせることが相当であるとして,当該申請の内容は一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないという判断をすることもできるものというべきである。
(3) これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,松任市では衛生公社により一般廃棄物の収集及び運搬が円滑に遂行されてきていることを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されていると解されるところ,上告人は「当市において,既存の許可業者で一般廃棄物の収集,運搬業務が円滑に遂行されており,新規の許可申請は廃棄物処理法第7条第3項第1号及び第2号に適合しない」との理由で本件不許可処分をしたというのであるから,その実質は,上記の点を考慮した上,一般廃棄物の適正な収集及び運搬を継続的かつ安定的に実施させるためには,新たに被上告人に対して許可を与えるよりも,引き続き衛生公社のみに一般廃棄物の収集及び運搬を行わせる方が相当であるとして,本件許可申請は一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないと判断したものと解することができ,そのような上告人の判断は許されないものとはいえないから,本件不許可処分は適法であるというべきである。
5 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,この点をいう論旨は理由がある。したがって,原判決は破棄を免れず,以上に述べたところからすれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消して,同請求を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官深澤武久は,退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官島田仁郎)
++解説
《解 説》
1 Xは,Y(松任市長)に対し,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成11年法律第87号による改正前のもの。以下「廃棄物処理法」という。)7条1項に基づき,松任市内で事業活動に伴って生じる一般廃棄物(し尿・浄化槽汚泥を除く。)の収集・運搬を業として行うことの許可申請をした。これに対し,Yは,「松任市において,既存の許可業者で一般廃棄物の収集,運搬業務が円滑に遂行されており,新規の許可申請は廃棄物処理法7条3項1号及び2号に適合しない」との理由で不許可処分をした。本件は,この処分の取消訴訟である。
2 松任市においては,一般家庭から排出される一般廃棄物(家庭系廃棄物)については,A社に収集・運搬を委託しているが,事業活動に伴って排出される一般廃棄物(事業系廃棄物)については,松任市が自ら又は委託の方法により処理することはなく,一般廃棄物処理業の許可を受けた唯一の業者であるA社がこれを処理している。Xは,このようにA社が一般廃棄物処理業の許可を受けて行っている松任市の事業系廃棄物の処理について,Yの許可を受けて参入しようとしたものである。
松任市の一般廃棄物処理計画のうち平成10年度及び平成11年度の各実施計画においては,事業活動に伴って排出されるごみは,排出者自らの責任において適正に処理し,多量に発生したごみは排出者が自己処理し,又は許可業者に委託して適正に処理することが,廃棄物を排出する際の原則として求められていた。
3 第1,2審とも,Xの請求を認容して本件不許可処分を取り消すべきものとした。
原判決の理由の要旨は,次のとおりである。
(1) 松任市が自ら又は委託の方法により事業者の排出する一般廃棄物の収集・運搬を行うことは困難であるものと認められるから,本件許可申請は廃棄物処理法7条3項1号に適合するものである。
(2) 松任市の一般廃棄物処理計画は,A社のみに事業系廃棄物の収集・運搬業の許可を与えることを内容としているものではなく,また,それを前提としているものでもない。それにもかかわらず,かかる一般廃棄物処理計画が円滑に遂行されている以上,新規の許可申請に対して許可することは同計画に適合しないこととなるとしたYの判断は,廃棄物処理法7条3項2号の適用を誤ったものである。
4 上告受理申立ての理由は,廃棄物処理法7条3項1号及び2号の解釈適用の誤りをいうものである(判例違反をいう論旨は排除された。)。
5 本判決は,廃棄物処理法7条3項1号については,原審と同様に解したものの,同項2号については,「既存の許可業者等によって一般廃棄物の適正な収集及び運搬が行われてきており,これを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されているような場合には,市町村長は,これとは別にされた一般廃棄物収集運搬業の許可申請について審査するに当たり,一般廃棄物の適正な収集及び運搬を継続的かつ安定的に実施させるためには,既存の業者等のみに引き続きこれを行わせることが相当であるとして,当該申請の内容は一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないという判断をすることもできる」との判断を示した。その上で,本判決は,松任市ではA社により一般廃棄物の収集及び運搬が円滑に遂行されてきていることを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されていると解されるところ,本件不許可処分は,その点を考慮した上,一般廃棄物の適正な収集及び運搬を継続的かつ安定的に実施させるためには,新たにXに対して許可を与えるよりも,引き続きA社のみに一般廃棄物の収集及び運搬を行わせる方が相当であるとして,本件許可申請は一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないと判断したものと解することができ,そのようなYの判断は許されないものとはいえないから,本件不許可処分は適法であると判断した。
6 廃棄物処理法は,一般廃棄物の処理に関する事務を市町村の固有事務としており,市町村は,当該市町村の区域内の一般廃棄物処理計画を定めなければならないとされている(同法6条1項)。そして,市町村は,一般廃棄物の処理について統括的な責任を有するものとされている(同法6条の2第1項)。そこで,市町村は,自ら又は第三者に委託して一般廃棄物の処理を行うことになるところ,そのようにして処理することが困難な場合に限って,一般廃棄物処理業を行おうとする業者に廃棄物処理法7条1項所定の一般廃棄物処理業の許可がされることになっている。これは,市町村が一般廃棄物処理計画を作成し,これに従って業務を実施するに当たって,当該計画との整合性を欠く業者が存在したのでは,計画どおりに業務を遂行することができなくなるという理由から,計画との整合性が確保される場合に許可をしようという制度である(厚生省水道環境部編・〔新〕廃棄物処理法の解説A96頁)。
7 廃棄物処理法は,昭和45年に清掃法の全面改正として制定されたものであり,一般廃棄物処理業の許可制度について定める廃棄物処理法7条の規定は,清掃法15条の汚物取扱業の許可制度を引き継いだものである。清掃法は,当初は具体的な許可要件を定めてはいなかったが,昭和40年の改正により,その15条の2において若干の許可要件が追加され,これがその後廃棄物処理法に引き継がれ,その後更に要件が整備された。
ところで,この清掃法15条の許可の性質について,最一小判昭47.10.12民集26巻8号1410頁は,市町村長がこの許可を与えるかどうかは,清掃法の目的と当該市町村の清掃計画とに照らし,市町村がその責務である汚物処理の事務を円滑完全に遂行するのに必要適切であるかどうかという観点から,これを決すべきものであり,その意味において,市町村長の自由裁量にゆだねられていると判示している。
廃棄物処理法7条の一般廃棄物処理業の許可についても,最三小判平5.9.21裁判集民169号807頁,本誌829号141頁,判時1473号48頁は,一般廃棄物処理業の不許可処分について行政庁に裁量権の逸脱濫用はないとした原審の判断を是認している。また,一般廃棄物処理業の不許可処分の取消請求を棄却した静岡地判平8.11.22本誌958号118頁について,その控訴審の東京高判平9.12.3(平8(行コ)第164号)及び上告審の最三小判平11.4.13(平10(行ツ)第83号)も,請求棄却の結論を維持している。
8 本判決は,このような判例等を視野に入れ,廃棄物処理事業が本来的には市町村が自己の責任において実施すべき事業と定められていることや,廃棄物処理法7条3項の規定の文言上,市町村長には相当広範な裁量が与えられているものと考えられることから,前記のような判断を示したものである。
結果的には新規業者の参入を認めないことになっているが,本判決の趣旨は,既存業者を保護することにあるのではなく,廃棄物処理事業が本来市町村が自己の責任において遂行すべきものであって,一般廃棄物処理業の許可が通常の営業許可とは異なる性質を持っていること,廃棄物処理法7条3項が市町村長の裁量を認める余地のある規定となっていること等を考慮して,計画適合性に関する市町村長の裁量を認めるべきであるとしたものである。
一般廃棄物処理業の許可については,その効力等が訴訟で争われることが少なくないところ,本判決は廃棄物処理法7条の解釈について最高裁判所が初めて明確に判断を示したものであり,実務に与える影響は小さくないものと考えられる。
イ 設問1(2)既存許可業者の原告適格
+判例(H26.1.28)
理 由
上告代理人湯川二朗の上告受理申立て理由について
1 本件は,小浜市長から廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下,後記の改正の前後を通じて「廃棄物処理法」という。)に基づく一般廃棄物収集運搬業の許可及びその更新を受けている上告人が,同市長により同法に基づいて有限会社B(以下「B」という。)に対する一般廃棄物収集運搬業の許可更新処分並びに被上告補助参加人に対する一般廃棄物収集運搬業及び一般廃棄物処分業の許可更新処分がされたことにつき,被上告人を相手に,上記両名に対する上記各許可更新処分は違法であると主張してそれらの取消しを求めるとともに,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人は,昭和33年1月28日に有限会社として設立され,福井県小浜市に本店を置く一般廃棄物の収集運搬,し尿浄化槽及びその他衛生処理施設の清掃及び保守点検等を業とする会社である。
Bは,平成13年7月11日に有限会社として設立され,小浜市に本店を置く一般廃棄物及び産業廃棄物の収集運搬等を業とする会社である。
被上告補助参加人は,平成8年11月26日に有限会社として設立され,兵庫県西脇市に本店を置く古紙の収集及び販売並びに一般廃棄物のリサイクル及び処理等を業とする会社である。
(2) 上告人は,昭和56年4月,小浜市長から,廃棄物処理法(平成3年法律第95号による改正前のもの)7条1項に基づき,小浜市全域において一般廃棄物のうちごみ,し尿及び浄化槽汚泥の収集運搬を業として行うことの許可を受け,その後,数次にわたり上記許可の更新を受けている。
(3) 被上告人が一般廃棄物の処理に係る事業を計画的に遂行するために作成される平成13年度一般廃棄物処理計画書においては,ごみの処理に関し,類型別排出量の項目に年間2万0740トンと記載され,処理主体の項目に廃棄物処理法7条に基づく許可を受けた上告人ほか2社の業者名が記載されていた。
小浜市長は,Bに対し,平成13年10月1日付けで,廃棄物処理法7条1項に基づき,同日から同15年3月31日まで小浜市全域において一般廃棄物のうちごみ等の収集運搬を業として行うことを許可する処分をし,その後,上記許可を更新する処分を繰り返し行い,平成21年3月31日付けで,同年4月1日から同23年3月31日まで上記許可を更新する処分をした(以下「本件更新処分1」という。)。
(4) 被上告人の平成16年度一般廃棄物処理計画書においては,ごみの処理に関し,類型別排出量の項目に年間2万1030トンと記載され,処理主体の項目に廃棄物処理法7条に基づく許可を受けた上告人,Bほか2社の業者名が記載されていた。
小浜市長は,被上告補助参加人に対し,平成16年4月1日付けで,廃棄物処理法7条1項及び6項に基づき,同日から同18年3月31日まで小浜市全域において一般廃棄物のうちごみの収集運搬を業として行うことを許可する処分及びその処分を業として行うことを許可する処分をし,その後,上記各許可を更新する処分を繰り返し行い,平成22年3月30日付けで,同年4月1日から同24年3月31日まで上記各許可を更新する処分をした(以下「本件更新処分2」といい,本件更新処分1と併せて「本件各更新処分」という。)。
3 原審は,要旨,次のとおり判断して,上告人は本件各更新処分の取消しを求める原告適格を有しないとしてこれらの取消請求に係る訴えを却下すべきものとし,国家賠償法に基づく損害賠償請求を棄却すべきものとした。
廃棄物処理法7条は,一般廃棄物収集運搬業又は一般廃棄物処分業(以下,併せて「一般廃棄物処理業」という。)の許可において,その許可の申請をする者が一般廃棄物処理業を的確にかつ継続して行うことができる経済的基盤を有することをその要件としているが(同条5項3号,10項3号),その目的は飽くまでも市町村の固有の事務である一般廃棄物の処理の継続的かつ安定的な実施や当該市町村における生活環境の保全に支障が生ずることを避けることにあり,同条に基づく一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けた者(以下「許可業者」という。)の営業上の利益を個別的利益として保護する趣旨を含むものではないから,上告人は本件各更新処分の取消しを求める原告適格を有するものではなく,また,被上告人は上告人に対してその営業上の利益に配慮しこれを保護すべき義務を負うものではないのであって,上告人の国家賠償法に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
4 しかしながら,原審の上記判断のうち,本件各更新処分の取消しを求める訴えを不適法として却下した部分は結論において是認することができるが,その余の部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項,最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。
(2) 上記の見地に立って,上告人が本件各更新処分の取消しを求める原告適格を有するか否かについて検討する。
ア 廃棄物処理法は,廃棄物の適正な収集運搬,処分等の処理をし,生活環境を清潔にすることにより,生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的として,廃棄物の処理について規制を定めている(同法1条)。
市町村は,一般廃棄物について,その区域内における収集運搬及び処分に関する事業の実施をその責務とし,計画的に事業を遂行するために一般廃棄物処理計画を定め,これに従って一般廃棄物の処理を自ら行い,又は市町村以外の者に委託し若しくは許可を与えて行わせるものとされており(廃棄物処理法4条1項,6条,6条の2,7条1項),市町村以外の者に対する市町村長の一般廃棄物処理業の許可又はその更新については,当該市町村による一般廃棄物の収集運搬又は処分が困難であること(同法7条5項1号,10項1号)が要件とされている。
上記の一般廃棄物処理計画には,一般廃棄物の発生量及び処理量の見込み(同法6条2項1号),一般廃棄物の適正な処理及びこれを実施する者に関する基本的事項(同項4号)等を定めるものとされており,一般廃棄物処理業の許可又はその更新については,その申請の内容が一般廃棄物処理計画に適合するものであること(同法7条5項2号,10項2号)が要件とされているほか,一般廃棄物の収集運搬及び処分に関する政令で定める基準に従って処理が行われるべきこと(同法6条の2第2項,7条13項)や,施設及び申請者の能力がその事業を的確にかつ継続して行うに足りるものとして環境省令で定める経理的基礎その他の基準に適合するものであること(同法7条5項3号,10項3号,同法施行規則2条の2及び2条の4)が要件とされている。
加えて,一般廃棄物処理業の許可又はその更新がされる場合においても,市町村長は,これらの処分の際に生活環境の保全上必要な条件を付すことができ(廃棄物処理法7条11項),許可業者が同法の規定又は上記の条件に違反したとき等には事業停止命令や許可取消処分をする権限を有しており(同法7条の3,7条の4),また,許可業者が廃業するには市町村長に届出をしなければならず(同法7条の2第3項),許可業者が行う事業の料金は,市町村が自ら行う事業と競合する場合には条例で定める上限を超えることはできない(同法7条12項)とされるなど,許可業者は,市町村による所定の規制に服するものとされている。
イ(ア) 一般廃棄物処理業は,市町村の住民の生活に必要不可欠な公共性の高い事業であり,その遂行に支障が生じた場合には,市町村の区域の衛生や環境が悪化する事態を招来し,ひいては一定の範囲で市町村の住民の健康や生活環境に被害や影響が及ぶ危険が生じ得るものであって,その適正な運営が継続的かつ安定的に確保される必要がある上,一般廃棄物は人口等に応じておおむねその発生量が想定され,その業務量には一定の限界がある。廃棄物処理法が,業務量の見込みに応じた計画的な処理による適正な事業の遂行の確保についての統括的な責任を市町村に負わせているのは,このような事業の遂行に支障を生じさせないためである。そして,既存の許可業者によって一般廃棄物の適正な処理が行われており,これを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されている場合には,市町村長は,それ以外の者からの一般廃棄物処理業の許可又はその更新の申請につき,一般廃棄物の適正な処理を継続的かつ安定的に実施させるためには既存の許可業者のみに引き続きこれを行わせるのが相当であり,当該申請の内容が当該一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないとして不許可とすることができるものと解される(最高裁平成14年(行ヒ)第312号同16年1月15日第一小法廷判決・裁判集民事213号241頁参照)。このように,市町村が市町村以外の者に許可を与えて事業を行わせる場合においても,一般廃棄物の発生量及び処理量の見込みに基づいてこれを適正に処理する実施主体等を定める一般廃棄物処理計画に適合すること等の許可要件に関する市町村長の判断を通じて,許可業者の濫立等によって事業の適正な運営が害されることのないよう,一般廃棄物処理業の需給状況の調整が図られる仕組みが設けられているものといえる。そして,許可業者が収集運搬又は処分を行うことができる区域は当該市町村又はその一部の区域内(廃棄物処理法7条11項)に限定されていることは,これらの区域を対象として上記の需給状況の調整が図られることが予定されていることを示すものといえる。
(イ) また,市町村長が一般廃棄物処理業の許可を与え得るのは,当該市町村による一般廃棄物の処理が困難である場合に限られており,これは,一般廃棄物の処理が本来的には市町村がその責任において自ら実施すべき事業であるため,その処理能力の限界等のために市町村以外の者に行わせる必要がある場合に初めてその事業の許可を与え得るとされたものであると解されること,上記のとおり一定の区域内の一般廃棄物の発生量に応じた需給状況の下における適正な処理が求められること等からすれば,廃棄物処理法において,一般廃棄物処理業は,専ら自由競争に委ねられるべき性格の事業とは位置付けられていないものといえる。
(ウ) そして,市町村長から一定の区域につき既に一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けている者がある場合に,当該区域を対象として他の者に対してされた一般廃棄物処理業の許可又はその更新が,当該区域における需給の均衡及びその変動による既存の許可業者の事業への影響についての適切な考慮を欠くものであるならば,許可業者の濫立により需給の均衡が損なわれ,その経営が悪化して事業の適正な運営が害され,これにより当該区域の衛生や環境が悪化する事態を招来し,ひいては一定の範囲で当該区域の住民の健康や生活環境に被害や影響が及ぶ危険が生じ得るものといえる。一般廃棄物処理業の許可又はその更新の許否の判断に当たっては,上記のように,その申請者の能力の適否を含め,一定の区域における一般廃棄物の処理がその発生量に応じた需給状況の下において当該区域の全体にわたって適正に行われることが確保されるか否かを審査することが求められるのであって,このような事柄の性質上,市町村長に一定の裁量が与えられていると解されるところ,廃棄物処理法は,上記のような事態を避けるため,前記のような需給状況の調整に係る規制の仕組みを設けているのであるから,一般廃棄物処理計画との適合性等に係る許可要件に関する市町村長の判断に当たっては,その申請に係る区域における一般廃棄物処理業の適正な運営が継続的かつ安定的に確保されるように,当該区域における需給の均衡及びその変動による既存の許可業者の事業への影響を適切に考慮することが求められるものというべきである。
ウ 以上のような一般廃棄物処理業に関する需給状況の調整に係る規制の仕組み及び内容,その規制に係る廃棄物処理法の趣旨及び目的,一般廃棄物処理の事業の性質,その事業に係る許可の性質及び内容等を総合考慮すると,廃棄物処理法は,市町村長から一定の区域につき一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けて市町村に代わってこれを行う許可業者について,当該区域における需給の均衡が損なわれ,その事業の適正な運営が害されることにより前記のような事態が発生することを防止するため,上記の規制を設けているものというべきであり,同法は,他の者からの一般廃棄物処理業の許可又はその更新の申請に対して市町村長が上記のように既存の許可業者の事業への影響を考慮してその許否を判断することを通じて,当該区域の衛生や環境を保持する上でその基礎となるものとして,その事業に係る営業上の利益を個々の既存の許可業者の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって,市町村長から一定の区域につき既に廃棄物処理法7条に基づく一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けている者は,当該区域を対象として他の者に対してされた一般廃棄物処理業の許可処分又は許可更新処分について,その取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
エ 廃棄物処理法において一般廃棄物収集運搬業と一般廃棄物処分業とは別途の許可の対象とされ,各別に需給状況の調整等が図られる仕組みが設けられているところ,本件において,上告人は,一般廃棄物収集運搬業の許可及びその更新を受けている既存の許可業者であるから,本件更新処分1及び本件更新処分2のうち一般廃棄物収集運搬業の許可更新処分について,その取消しを求める原告適格を有していたものというべきである。他方,上告人は,一般廃棄物処分業の許可又はその更新を受けていないから,本件更新処分2のうち一般廃棄物処分業の許可更新処分については,その取消しを求める原告適格を有しない。
(3) 次に,上告人の国家賠償法に基づく損害賠償請求については,原審は,前記3のとおり,廃棄物処理法は一般廃棄物収集運搬業者及び一般廃棄物処分業者の営業上の利益を個別的利益として保護する趣旨を含むものではないとした上で,被上告人は上告人に対してその営業上の利益に配慮しこれを保護すべき義務を負うものではないとして,その余の点について判断するまでもなく上記請求を棄却しているところ,以上に説示したところに照らせば,被上告人が上告人に対して上記のような義務をおよそ負っていないとはいえないから,原判決には審理不尽の違法があるといわざるを得ない。
5(1) 以上のとおり,原審の判断のうち,本件更新処分1及び本件更新処分2のうち一般廃棄物収集運搬業の許可更新処分の取消請求並びに損害賠償請求に係る部分には,法令の解釈適用を誤った違法がある。
(2) しかしながら,記録によれば,上告人は,平成25年5月8日に小浜市長に対して廃棄物処理法7条の2第3項に基づき一般廃棄物収集運搬業を廃業する旨を届け出た上で同年6月に廃業したことが明らかであるから,上告人が上記各処分の取消しを求める法律上の利益は失われたものといわざるを得ない。そして,前記4(2)エのとおり,本件更新処分2のうち一般廃棄物処分業の許可更新処分の取消請求に係る訴えは当初から原告適格を欠いていたのであるから,本件各更新処分の取消請求に係る訴えをいずれも却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。この点に関する論旨は,結局,採用することができない。したがって,原判決のうち後記(3)の破棄部分以外の部分に係る上告は,これを棄却することとする。
(3) 他方,原審の判断のうち損害賠償請求に係る部分に関する論旨は前記4(3)と同旨をいうものとして理由があり,原判決のうち同請求に係る部分は破棄を免れない。そして,本件各更新処分の違法性の有無等について更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎 裁判官大橋正春 裁判官 木内道祥)
(2)都市計画と都市計画事業認可~小田急高架化訴訟
+判例(H18.11.2)
理由
上告代理人斉藤驍ほかの上告受理申立て理由(原告適格に係る所論に関する部分を除く。)について
第1 事案の概要等
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 建設大臣は、昭和39年12月16日付けで、旧都市計画法(大正8年法律第36号)3条に基づき、世田谷区喜多見町(喜多見駅付近)を起点とし、葛飾区上千葉町(綾瀬駅付近)を終点とする東京都市計画高速鉄道第9号線(昭和45年の都市計画の変更以降の名称は「東京都市計画都市高速鉄道第9号線」である。)に係る都市計画(以下「9号線都市計画」という。)を決定した。
(2) 被上告参加人は、9号線都市計画について、都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの)21条2項において準用する同法18条1項に基づく変更を行い、平成5年2月1日付けで告示した(以下、この都市計画の変更を「平成5年決定」という。)。平成5年決定は、小田急小田原線(以下「小田急線」という。)の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間(以下「本件区間」という。)について、成城学園前駅付近を掘割式とするほかは高架式を採用し、鉄道と交差する道路とを連続的に立体交差化することを内容とするものであり、小田急線の複々線化とあいまって、鉄道の利便性の向上及び混雑の緩和、踏切における渋滞の解消、一体的な街づくりの実現を図ることを目的とするものである。
(3) 平成5年決定がされた経緯等は、次のとおりである。
ア 東京都は、9号線都市計画に係る区間の一部である小田急線の喜多見駅から東北沢駅までの区間において、踏切の遮断による交通渋滞や市街地の分断により日常生活の快適性や安全性が阻害される一方、鉄道の車内混雑が深刻化しており、鉄道の輸送力が限界に達しているとして、上記区間の複々線化及び連続立体交差化に係る事業の必要性及び緊急性について検討するため、昭和62年度及び同63年度にわたり、建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱(以下「本件要綱」という。)に基づく調査(以下「本件調査」という。)を実施した。
本件要綱は、連続立体交差事業調査において、鉄道等の基本設計に当たって数案を作成して比較評価を行うものとし、その評価に当たっては、経済性、施工の難易度、関連事業との整合性、事業効果、環境への影響等について比較するものとしている。
本件調査の結果、成城学園前駅付近については掘割式とする案が適切であるとされるとともに、環状8号線と環状7号線の間については、高架式とする案が、一部を地下式とする案に比べて、工期・工費の点で優れており、環境面では劣るものの、当該高架橋の高さが一般的なものであり、既存の側道の有効活用などでその影響を最小限とすることができるので、適切な案であるとされた。
なお、本件調査の結果、本件区間の東側に当たる環状7号線と東北沢駅の間(以下「下北沢区間」という。)の構造については、地表式、高架式、地下式のいずれの案にも問題があり、その決定に当たっては新たに検討する必要があるとされたが、平成5年決定に係る9号線都市計画においては、従前どおり地表式とされた。もっとも、その後、東京都の都市計画局長は、平成10年12月、都議会において、下北沢区間の線路の増加部分を地下式で整備する案を関係者で構成する検討会に提案して協議を進めている旨答弁し、東京都は、同13年4月、下北沢区間を地下式とする内容の計画素案を発表した。
イ 被上告参加人は、本件調査の結果を踏まえた上で、本件区間の構造について、〈1〉 嵩上式(高架式。ただし、成城学園前駅付近を一部掘割式とするもの。以下「本件高架式」という。)、〈2〉 嵩上式(一部掘割式)と地下式の併用(成城学園前駅付近から環状8号線付近までの間を嵩上式(一部掘割式)とし、環状8号線付近より東側を地下式とするもの)、〈3〉 地下式の三つの方式を想定した上で、計画的条件(踏切の除却の可否、駅の移動の有無等)、地形的条件(自然の地形等と鉄道の線形の関係)及び事業的条件(事業費の額)の三つの条件を設定して比較検討を行った。その結果、上記〈3〉の地下式を採用した場合、当時の都市計画で地表式とされていた下北沢区間に近接した本件区間の一部で踏切を解消することができなくなるほか、河川の下部を通るため深度が大きくなること等の問題があり、上記〈2〉の方式にも同様の問題があること、本件高架式の事業費が約1900億円と算定されたのに対し、上記〈3〉の地下式の事業費は、地下を2層として各層に2線を設置する方式(以下「2線2層方式」という。)の場合に約3000億円、地下を1層として4線を並列させる方式の場合に約3600億円と算定されたこと等から、被上告参加人は、本件高架式が上記の3条件のすべてにおいて他の方式よりも優れていると評価し、環境への影響、鉄道敷地の空間利用等の要素を考慮しても特段問題がないと判断して、これを本件区間の構造の案として採用することとした。
なお、上記の事業費の算定に当たっては、昭和63年以前に取得済みの用地に係る取得費は算入されておらず、高架下の利用等による鉄道事業者の受益分も考慮されていない。また、2線2層方式による地下式の事業費の算定に当たっては、シールド工法(トンネルの断面よりわずかに大きいシールドという強固な鋼製円筒状の外殻を推進させ、そのひ護の下で掘削等の作業を行いトンネルを築造する工法)による施工を本件区間全体にわたって行うことは前提とされていないが、被上告参加人は、途中の経堂駅において準急線と緩行線との乗換えを可能とするために、1層目にホーム2面及び線路数3線を有する駅部を設置することを想定しており、そのために必要なトンネルの幅は約30mであったところ、平成5年当時、このような幅のトンネルをシールド工法により施工することはできなかった。
ウ 上記のように本件高架式が案として選定された本件区間の複々線化に係る事業及び連続立体交差化に係る事業について、それぞれの事業の事業者であるA株式会社及び東京都は、東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)に基づく環境影響評価に関する調査を行い、平成3年11月5日、環境影響評価書案(以下「本件評価書案」という。)を被上告参加人に提出した。本件評価書案によれば、本件高架式を前提として工事完了後の鉄道騒音について予測を行ったところ、地上1.2mの高さでの予測値は、高架橋端からの距離により現況値を上回る箇所も見られるが、高架橋端から6.25mの地点で現況値が82から93ホンのところ予測値が75から77ホンとされるなど、おおむね現況とほぼ同程度かこれを下回っているとされている。
本件評価書案に対し、被上告参加人は、鉄道騒音の予測位置を騒音に係る問題を最も生じやすい地点及び高さとすること、騒音防止対策の種類とその効果の程度を明らかにすること等の意見を述べ、これを受けて、東京都及びA株式会社は、予測地点の1箇所につき高架橋端から1.5mの地点における高さ別の鉄道騒音の予測に関する記載を付加した環境影響評価書(以下「本件評価書」という。)を同4年12月18日付けで作成し、被上告参加人に提出した。本件評価書によれば、上記地点における鉄道騒音の予測値は、地上10mから30mの高さで88ホン以上、地上15mの高さでは93ホンであるが、事業実施段階での騒音防止対策として、構造物の重量化、バラストマットの敷設、60kg/mレールの使用、吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに、干渉型の防音装置の設置についても検討し、騒音の低減に努めることとされ、これらによる騒音低減効果は、バラストマットの敷設により軌道中心から6.25mの地点で7ホン、60㎏/mレールの使用により現在の50㎏/mレールと比べて軌道中心から23mの地点で5ホン、吸音効果のある防音壁により防音壁だけの場合に比べ1ホン程度、防音壁に干渉型防音装置を設置した場合3ないし4ホンであるとされている。
以上の環境影響評価は、東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし、一般に確立された科学的な評価方法に基づいて行われた。
なお、高架橋より高い地点での現実の騒音値は、線路部分において生じる騒音が走行する列車の車体に遮られることから、上記予測値のような実験値よりも低くなるとされている。また、平成5年決定当時の鉄道騒音に関する唯一の公的基準であった「新幹線鉄道騒音に係る環境基準について」(昭和50年環境庁告示第46号)においては、騒音を測定する高さは地上1.2mとされていた。
一方、小田急線の沿線住民らは、小田急線による鉄道騒音等の被害について、平成4年5月7日、公害等調整委員会に対し、公害紛争処理法42条の12に基づく責任裁定を申請し、同委員会は、同10年7月24日、申請人の一部が受けた平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えることを前提として、A株式会社の損害賠償責任を認める旨の裁定をした。
エ 被上告参加人は、本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ、本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して、本件高架式を内容とする平成5年決定をした。
オ 東京都は、公害対策基本法19条に基づき、東京地域公害防止計画を定めていたところ、平成5年決定は、その目的、内容において同計画の妨げとなるものではなく、同計画に適合している。
(4) 建設大臣は、都市計画法(平成11年法律第160号による改正前のもの)59条2項に基づき、平成6年5月19日付けで、東京都に対し、平成5年決定により変更された9号線都市計画を基礎として、本件区間の連続立体交差化を内容とする別紙事業認可目録1記載の都市計画事業(以下「本件鉄道事業」という。)の認可(以下「本件鉄道事業認可」という。)をし、同6年6月3日付けでこれを告示した。
また、建設大臣は、世田谷区が同5年2月1日付けで告示した東京都市計画道路・区画街路都市高速鉄道第9号線付属街路第9号線及び第10号線に係る各都市計画を基礎として、同項に基づき、同6年5月19日付けで、東京都に対し、上記各付属街路の設置を内容とする別紙事業認可目録2及び3記載の各都市計画事業の認可(以下「本件各付属街路事業認可」という。)をし、同年6月3日付けでこれを告示した。上記各付属街路は、本件区間の連続立体交差化に当たり、環境に配慮して沿線の日照への影響を軽減すること等を目的として設置することとされたものである。
2 本件は、本件鉄道事業認可の前提となる都市計画に係る平成5年決定が、周辺地域の環境に与える影響、事業費の多寡等の面で優れた代替案である地下式を理由もなく不採用とし、いずれの面でも地下式に劣り、周辺住民に騒音等で多大の被害を与える本件高架式を採用した点で違法であるなどとして、建設大臣の事務承継者である被上告人に対し、上告人らが本件鉄道事業認可の、別紙上告人目録2記載の上告人らが別紙事業認可目録2記載の認可の、別紙上告人目録3記載の上告人らが別紙事業認可目録3記載の認可の、各取消しを求めている事案である。
第2 本件鉄道事業認可の取消請求について
1 平成5年決定が本件高架式を採用したことによる本件鉄道事業認可の違法の有無について
(1) 都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの。以下同じ。)は、都市計画事業認可の基準の一つとして、事業の内容が都市計画に適合することを掲げているから(61条)、都市計画事業認可が適法であるためには、その前提となる都市計画が適法であることが必要である。
(2) 都市計画法は、都市計画について、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと等の基本理念の下で(2条)、都市施設の整備に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総合的に定めなければならず、当該都市について公害防止計画が定められているときは当該公害防止計画に適合したものでなければならないとし(13条1項柱書き)、都市施設について、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めることとしているところ(同項5号)、このような基準に従って都市施設の規模、配置等に関する事項を定めるに当たっては、当該都市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で、政策的、技術的な見地から判断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると、このような判断は、これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって、裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては、当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として、その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。
(3) 以上の見地に立って検討するに、前記事実関係の下においては、平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとはいえないと解される。その理由は以下のとおりである。
ア 被上告参加人は、本件調査の結果を踏まえ、計画的条件、地形的条件及び事業的条件を設定し、本件区間の構造について三つの方式を比較検討した結果、本件高架式がいずれの条件においても優れていると評価し、本件条例に基づく環境影響評価の結果等を踏まえ、周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないとして、本件高架式を内容とする平成5年決定をしたものである。
イ そこで、上記の判断における環境への影響に対する考慮について検討する。
(ア) 前記のとおり、都市計画法は、都市施設に関する都市計画について、健康で文化的な都市生活の確保という基本理念の下で、公害防止計画に適合するとともに、適切な規模で必要な位置に配置することにより良好な都市環境を保持するように定めることとしている。公害防止計画は、環境基本法により廃止された公害対策基本法の19条に基づき作成されるものであるが、相当範囲にわたる騒音、振動等により人の健康又は生活環境に係る著しい被害が発生するおそれのある地域について、その発生を防止するために総合的な施策を講ずることを目的とするものであるということができる。また、本件条例は、環境に著しい影響を及ぼすおそれのある一定の事業を実施しようとする事業者が、その実施に際し、公害の防止、自然環境及び歴史的環境の保全、景観の保持等(以下「環境の保全」という。)について適正な配慮をするため、当該事業に係る環境影響評価書を作成し、被上告参加人に提出しなければならないとし(7条、23条)、被上告参加人は、都市計画の決定又は変更の権限を有する者にその写しを送付し(24条2項)、当該事業に係る都市計画の決定又は変更を行うに際してその内容について十分配慮するよう要請しなければならないとしている(25条)。そうすると、本件鉄道事業認可の前提となる都市計画に係る平成5年決定を行うに当たっては、本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音、振動等によって、事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することのないよう、被害の防止を図り、東京都において定められていた公害防止計画である東京地域公害防止計画に適合させるとともに、本件評価書の内容について十分配慮し、環境の保全について適正な配慮をすることが要請されると解される。本件の具体的な事情としても、公害等調整委員会が、裁定自体は平成10年であるものの、同4年にされた裁定の申請に対して、小田急線の沿線住民の一部につき平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えるものと判定しているのであるから、平成5年決定において本件区間の構造を定めるに当たっては、鉄道騒音に対して十分な考慮をすることが要請されていたというべきである。
(イ) この点に関し、前記事実関係によれば、〈1〉 本件区間の複々線化及び連続立体交差化に係る事業について、本件調査において工期・工費の点とともに環境面も考慮に入れた上で環状8号線と環状7号線の間を高架式とする案が適切とされたこと、〈2〉 本件高架式を採用することによる環境への影響について、本件条例に基づく環境影響評価が行われたこと、〈3〉 上記の環境影響評価は、東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし、一般に確立された科学的な評価方法に基づき行われたこと、〈4〉 本件評価書においては、工事完了後における地上1.2mの高さの鉄道騒音の予測値が一部を除いておおむね現況とほぼ同程度かこれを下回り、高架橋端から1.5mの地点における地上10mないし30mの高さの鉄道騒音の予測値が88ホン以上などとされているものの、鉄道に極めて近接した地点での値にすぎず、また、上記の高さにおける現実の騒音は、走行する列車の車体に遮られ、その値は、上記予測値よりも低くなること、〈5〉 本件評価書においても、騒音防止対策として、構造物の重量化、バラストマットの敷設、60kg/mレールの使用、吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに、干渉型防音装置の設置も検討することとされ、現実の鉄道騒音の値は、これらの騒音対策を講じること等により相当程度低減するものと見込まれるとされていること、〈6〉 平成5年決定当時の鉄道騒音に関する公的基準は地上1.2mの高さで騒音を測定するものにとどまっていたこと、〈7〉 被上告参加人は、本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ、本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して、平成5年決定をしたこと、〈8〉 平成5年決定は、東京地域公害防止計画に適合していること等の事実が認められる。
そうすると、平成5年決定は、本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音等によって事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することの防止を図るという観点から、本件評価書の内容にも十分配慮し、環境の保全について適切な配慮をしたものであり、公害防止計画にも適合するものであって、都市計画法等の要請に反するものではなく、鉄道騒音に対して十分な考慮を欠くものであったということもできない。したがって、この点について、平成5年決定が考慮すべき事情を考慮せずにされたものということはできず、また、その判断内容に明らかに合理性を欠く点があるということもできない。
(ウ) なお、被上告参加人は、平成5年決定に至る検討の段階で、本件区間の構造について三つの方式の比較検討をした際、計画的条件、地形的条件及び事業的条件の3条件を考慮要素としており、環境への影響を比較しないまま、本件高架式が優れていると評価している。しかしながら、この検討は、工期・工費、環境面等の総合的考慮の上に立って高架式を適切とした本件調査の結果を踏まえて行われたものである。加えて、その後、本件高架式を採用した場合の環境への影響について、本件条例に基づく環境影響評価が行われ、被上告参加人は、この環境影響評価の結果を踏まえた上で、本件高架式を内容とする平成5年決定を行っているから、平成5年決定が、その判断の過程において考慮すべき事情を考慮しなかったものということはできない。
ウ 次に、計画的条件、地形的条件及び事業的条件に係る考慮について検討する。
被上告参加人は、本件区間の構造について三つの方式の比較検討をした際、既に取得した用地の取得費や鉄道事業者の受益分を考慮せずに事業費を算定しているところ、このような算定方法は、当該都市計画の実現のために今後必要となる支出額を予測するものとして、合理性を有するというべきである。また、平成5年当時、本件区間の一部で想定される工事をシールド工法により施工することができなかったことに照らせば、被上告参加人が本件区間全体をシールド工法により施工した場合における2線2層方式の地下式の事業費について検討しなかったことが不相当であるとはいえない。
さらに、被上告参加人は、下北沢区間が地表式とされることを前提に、本件区間の構造につき本件高架式が優れていると判断したものと認められるところ、下北沢区間の構造については、本件調査の結果、その決定に当たって新たに検討する必要があるとされ、平成10年以降、東京都から地下式とする方針が表明されたが、一方において、平成5年決定に係る9号線都市計画においては地表式とされていたことや、本件区間の構造を地下式とした場合に河川の下部を通るため深度が大きくなるなどの問題があったこと等に照らせば、上記の前提を基に本件区間の構造につき本件高架式が優れていると判断したことのみをもって、合理性を欠くものであるということはできない。
エ 以上のほか、所論にかんがみ検討しても、前記アの判断について、重要な事実の基礎を欠き又はその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことを認めるに足りる事情は見当たらない。
(4) 以上のとおり、平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるということはできないから、これを基礎としてされた本件鉄道事業認可が違法となるということもできない。
2 本件鉄道事業認可に係るその余の違法の有無について
原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件鉄道事業認可について、その余の所論に係る違法は認められない。
3 なお、原判決は、本件鉄道事業認可の取消請求に係る訴えを却下すべきものとしているが、本件各付属街路事業認可の取消請求に関して、前記第1の1の事実関係に基づき、平成5年決定の適否を判断している。原審の判示には、上記説示と異なる点もあるが、原審は、被上告参加人が、本件の環境影響評価の結果を踏まえ、本件高架式の採用が周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断したことに不合理な点は認められず、最終的に本件高架式を内容とする平成5年決定を行ったことに裁量権の範囲の逸脱又は濫用はなく、平成5年決定を前提とする本件鉄道事業認可がその他の上告人ら指摘の点を考慮しても適法であると判断しており、この判断は是認することができるものである。
4 以上によれば、上告人らによる本件鉄道事業認可の取消請求は棄却すべきこととなるが、その結論は原判決よりも上告人らに不利益となり、民訴法313条、304条により、原判決を上告人らに不利益に変更することは許されないので、当裁判所は原判決の結論を維持して上告を棄却するにとどめるほかはない。
第3 本件各付属街路事業認可の取消請求について
原審の適法に確定した事実関係の下において、本件各付属街路事業認可に違法はないとした原審の判断は、是認することができ、原判決に所論の違法はない。
第4 結論
以上によれば、論旨はいずれも採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 泉徳治 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 島田仁郎)
++解説
《解 説》
1 本判決は,小田急小田原線の一部区間を高架化すること等を内容とする各都市計画事業の認可につき沿線住民がその取消しを求めた訴訟について,いわゆる論点回付により原告適格の有無につき判断をした最高裁大法廷判決(最大判平17.12.7民集59巻10号2645頁,判タ1202号110頁。以下「本件大法廷判決」という。)を受けて,最高裁第一小法廷が都市計画事業の認可の適否について実体判断をしたものである。
2 本件の事案は,建設大臣が,小田急小田原線のうち世田谷区内の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間(以下「本件区間」という。)を高架式(嵩上式,一部掘割式。以下「本件高架式」という。)により連続立体交差化することを内容とする都市計画事業の認可(以下「本件鉄道事業認可」という。)及び本件区間に沿って付属街路(側道)を設置することを内容とする各都市計画事業の認可(以下「本件各付属街路事業認可」といい,本件鉄道事業認可と併せて「本件各認可」という。)をしたのに対し,本件区間の沿線に居住するX(上告人)らが,本件鉄道事業認可は環境面,事業面において優れた地下式を採用せず,周辺住民に騒音等で多大の被害を与える本件高架式を採用したこと等により違法であるとして,建設大臣の事務承継者であるY(被上告人)に対して本件各認可の取消しを求めたものである。事案の詳細については,本件大法廷判決の解説(判タ1202号110頁)を参照されたい。
本件の争点は,Xら沿線住民の本件各認可の取消しを求める原告適格の有無と,本件各認可の適否とに大別される。後者の争点については,Xらから多岐にわたる違法事由が主張されたが,特に争われたのは,Z(被上告参加人東京都知事)が平成5年に本件鉄道事業認可の前提となる都市計画(東京都市計画都市高速鉄道第9号線)について行った変更(以下「平成5年決定」という。)が,鉄道の構造として地下式でなく本件高架式を採用した点で違法となるかという点であり,本判決の判示事項もこの点に関するものである。
3(1)第1審判決(東京地判平13.10.3判タ1074号91頁)は,Xらには本件各付属街路事業認可に係る事業地内の不動産につき権利を有する者がいるところ,これらの者に本件各認可全部の取消しを求める原告適格を認めた上で,本件各認可は違法であるとしてこれらの者の請求を認容した。
第1審判決は,平成5年決定について,当時の小田急小田原線の騒音に違法状態が生じているとの疑念への考慮を欠いた点においてその考慮要素に著しい欠落があるとし,その判断内容にも,高架式を採用すれば相当広範囲にわたって違法な騒音被害の発生するおそれがあったのにこれを看過するなど東京都環境影響評価条例(以下「本件条例」という。)に基づく環境影響評価を参酌するに当たって著しい過誤があり,事業費についてより慎重な検討をすれば高架式と地下式の優劣が逆転し又はその差がかなり小さいものとなる可能性が十分あったにもかかわらず十分な検討を経なかった点にも著しい誤りがあるなどとした。そして,騒音につき違法状態が生じているとの疑念への配慮を欠いたまま都市計画を定めることは,単なる利便性の向上という観点を違法状態の解消という観点よりも上位に置くという結果を招きかねない点で法的に到底看過し得ないものであり,事業費について慎重な検討を欠いたことは,確たる根拠に基づかないで優れた方式を採用しなかった点においてかなり重大な瑕疵といわざるを得ず,これらの一方のみでも優に本件各認可を違法とするに足りるとした。また,第1審判決は,本件鉄道事業認可自体も,事業地の範囲について実際に事業の一部である工事を行う地域を事業地としていないこと等の過誤があること,事業施行期間の相当性の判断が不合理であることから違法であるとした。
(2) これに対して,原判決(東京高判平15.12.18訟月50巻8号2332頁,判自249号46頁)は,本件各付属街路事業認可に係る事業地内の不動産につき権利を有する者に当該付属街路事業の認可のみの取消しを求める原告適格を肯定した上で,当該付属街路事業の認可は適法であるとしてその請求を棄却した。
原判決は,当該付属街路事業の認可の適否を判断する前提として,平成5年決定の適否について検討し,本件高架式と地下式との事業費の比較に係る考慮要素,判断内容に過誤,欠落はなく,騒音問題の解決を構造形式の決定において重視しなかったことが考慮すべき事項の欠落であるとまではいい難いなどとして,平成5年決定に裁量権の逸脱又は濫用による違法はないとした。また,原判決は,第1審判決が本件鉄道事業認可自体を違法として指摘した点についても違法はないとした。
4 本判決は,本件大法廷判決が原告適格を肯定したXらの本件鉄道事業認可の取消しの訴えに係る請求と,原判決が原告適格を肯定した本件各付属街路事業の事業地内の不動産につき権利を有するXらの当該付属街路事業の認可の取消しの訴えに係る請求について,上記の各認可に所論の違法はないとして,これらを棄却すべきものとした。平成5年決定が本件高架式を採用したことの適否に関する判断の要旨は,次のとおりである。
(1) 裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては,当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として,その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合,又は,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。
(2) Zは,建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱に基づく調査の結果を踏まえ,計画的条件,地形的条件及び事業的条件を設定した上で,本件区間の鉄道の構造について,本件高架式,高架式と地下式の併用,地下式の3つの方式を比較検討をした結果,本件高架式がいずれの条件においても優れていると評価し,本件条例に基づく環境影響評価の結果等を踏まえ,周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断したものである。上記判断における環境への影響に対する考慮について検討すると,平成5年決定は,本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音等によって事業地の周辺住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することの防止を図るという観点から,本件条例に基づく環境影響評価書の内容に十分配慮し,環境の保全について適切な配慮をしたものであり,公害対策基本法に基づく公害防止計画にも適合するものであって,鉄道騒音に対して十分な考慮を欠くものであったとはいえないから,考慮すべき事情の考慮を欠いたり,判断内容に明らかに合理性を欠く点があるとはいえない。前記の3条件に係る考慮についても,取得済みの用地の取得費等を考慮せずに事業費を算定したことには今後必要となる支出額を予測するものとして合理性が認められること等から,合理性を欠くとはいえない。平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるとはいえないから,本件鉄道事業認可が違法となるともいえない。
5 本判決は,都市施設の規模,配置等に関する事項を定めるに当たっての行政庁の判断に広範な裁量を認めた上で,都市施設に関する都市計画の決定又は変更に関する司法審査の方法について,前記4(1)のとおり一般論を示している。
都市計画は,いわゆる行政計画の1つであるところ,その策定は,法の執行というよりも,政策的決断に基づく創造的な行為としての色彩が強いものであることから,行政計画の策定には政策的な裁量が認められ(計画裁量と呼ばれる。),その範囲は広範であるとされる(塩野宏『行政法(1)(第4版)』198頁,原田尚彦『行政法要論(全訂第6版)』122頁,芝池義一『行政法総論講義(第4版)』71頁等)。都市施設に関する都市計画決定については,下級審裁判例も,決定権者に広範な裁量が認められるとして,裁量権の逸脱又は濫用がある場合に限り違法となるとしてきたところ(東京高判平7.9.28行集46巻8=9号790頁,名古屋高判平9.4.30判時1631号14頁,東京高判平15.9.11判時1845号54頁等多数),本判決は,最高裁が同様の見解に立つことを示して,裁量権の逸脱又は濫用の具体的な審査基準を明らかにしたものである。
本判決による裁量権の逸脱又は濫用の具体的な審査基準は,一般的な裁量処分に対する司法審査に関する判例の見解(最三小判昭52.12.20民集31巻7号1101頁,判タ357号142頁,最大判昭53.10.4民集32巻7号1223頁,判タ368号196頁等)とほぼ同様であるが,行政計画の策定に関する裁量については,判断の形成過程の適否の審査に重点を置くべきであるとする見解もあるところ(原田・前掲129頁等),判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないことを審査に当たっての考慮要素とする本判決は,このような審査の在り方の方向性を示唆しているとも考えられる。
6 次に,本判決は,上記の審査基準の下で,平成5年決定が本件高架式を採用した点における裁量権の逸脱又は濫用の有無を検討している。
第1審判決及び原判決も,一般論としては,本判決と同様に,都市計画の変更に広範な裁量が認められるとした上で,裁量権の逸脱又は濫用の有無を検討すべきであるとしたが,その具体的な検討内容は大きく異なっている。第1審判決は,平成5年決定について,密度の高い踏み込んだ審査を行い,単なる利便性の向上という観点を鉄道騒音に係る違法状態の解消という観点よりも上位に置く結果を招きかねないことは法的には到底看過し得ないといった評価を行った上で,本件高架式を採用したことに裁量権の逸脱があるとした。これに対して,原判決は,行政庁の第一次的な裁量判断が既に存在することを前提として裁量権の逸脱又は濫用の有無を検討し,都市施設の構造につき複数の代替案がある場合に各考慮要素を総合考量して1つを選択する上での条件設定の仕方や判断順序について,各考慮要素のうちどの要素に重きを置き,価値序列をどのように設けるかは必ずしも一義的に決することはできないなどとして,平成5年決定に裁量権の逸脱又は濫用はないとした。
本判決は,平成5年決定が裁量権の行使としてされたことを前提として,前記4(1)の審査基準により検討した結果,原判決と同様に,裁量権の逸脱又は濫用はないとしたものである。もっとも,本判決は,本件大法廷判決が周辺住民の健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがある者に原告適格を肯定したことを受けて,本件区間の構造を定めるに当たっても,本件の鉄道事業に伴う騒音,振動等によって,事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することのないよう被害の防止を図ること等が要請されていたとした上で,本件高架式を採用したことがこのような要請に反しないかについて具体的な検討を行っており,平成5年決定以前の小田急小田原線の騒音被害の実情等を踏まえて,環境への影響に対する考慮について比較的密度の高い司法審査をしたものということができよう。
なお,最高裁が都市施設に係る都市計画の決定につき裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものとはいえないとした原審の判断に違法があるとして事件を原審に差し戻した最近の判決として,最二小判平18.9.4裁判集民登載予定,判タ1223号127頁がある。
7 Xらの本件鉄道事業認可の取消しを求める訴えについては,原判決が原告適格を否定して訴えを却下したのに対し,本件大法廷判決が原告適格を肯定したが,本判決は,この訴えにつき差戻しとすることなく,実体面を検討した結果請求を棄却すべきであるとした上で,不利益変更禁止の原則(民訴法313条,304条)により上告を棄却することとしている。これは,本件鉄道事業認可における違法事由の有無について,既に第1審,原審での審理,判断を経ていることから,審級の利益を保障するために差し戻す必要がないとしたものと思われる。上告審において下級審の訴え却下の判断を違法としたにもかかわらずこれを差し戻すことなく上告を棄却した例としては,最一小判昭49.9.2裁判集民112号517頁,判時753号5頁,最三小判昭60.12.17民集39巻8号1821頁,判タ589号87頁,最二小判平1.2.17民集43巻2号56頁,判タ694号73頁等がある。
8 本判決は,最高裁が,都市計画事業の認可の適否を判断するに当たり,その基礎とされた都市施設に係る都市計画の変更について,裁量権の逸脱又は濫用の有無に関する審査基準を示した上で,これに基づく具体的な検討を行ってその有無を判断したものであり,行政庁の裁量行為に対する司法審査の在り方を具体的に示した例として,実務上重要な意義を有するものと思われる。
3.行政計画と救済方法
(1)完結型(土地利用規制型)計画の処分性
ア 用途地域制度とは
イ 用途地域指定および指定替えによる法的効果
ウ 用途地域指定(指定替え)に対する争い方
+判例(S57.4.22)
理由
上告代理人岡宏の上告理由について
都市計画区域内において工業地域を指定する決定は、都市計画法八条一項一号に基づき都市計画決定の一つとしてされるものであり、右決定が告示されて効力を生ずると、当該地域内においては、建築物の用途、容積率、建ぺい率等につき従前と異なる基準が適用され(建築基準法四八条七項、五二条一項三号、五三条一項二号等)、これらの基準に適合しない建築物については、建築確認を受けることができず、ひいてその建築等をすることができないこととなるから(同法六条四項、五項)、右決定が、当該地域内の土地所有者等に建築基準法上新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できないが、かかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地域内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎず、このような効果を生ずるということだけから直ちに右地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があつたものとして、これに対する抗告訴訟を肯定することはできない。もつとも、右のような法状態の変動に伴い将来における土地の利用計画が事実上制約されたり、地価や土地環境に影響が生ずる等の事態の発生も予想されるが、これらの事由は未だ右の結論を左右するに足りるものではない。なお、右地域内の土地上に現実に前記のような建築の制限を超える建物の建築をしようとしてそれが妨げられている者が存する場合には、その者は現実に自己の土地利用上の権利を侵害されているということができるが、この場合右の者は右建築の実現を阻止する行政庁の具体的処分をとらえ、前記の地域指定が違法であることを主張して右処分の取消を求めることにより権利救済の目的を達する途が残されていると解されるから、前記のような解釈をとつても格別の不都合は生じないというべきである。
右の次第で、本件工業地域指定の決定は、抗告訴訟の対象となる処分にはあたらないと解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立つて右判断の不当をいうもので、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 団藤重光 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 本山亨 裁判官 谷口正孝)
(2)非完結型(事業型)計画の処分性
ア 土地区画整理事業とは
イ 土地区画整理事業と訴訟
ウ 青写真判決
+判例(S41.2.23)
理由
上告代理人徳田敬二郎、同中野富次男の上告理由(第一ないし第三)および同補充上告理由について。
論旨は、要するに、土地区画整理事業計画の公告がなされた段階においては、上告人らは未だ直接具体的な権利変動を受けていないから本件事業計画の無効確認を求めることは許されないとした原審の判断は、法令違背、理由齟齬の違法をおかしたものであるというにある。
しかしながら、この点に関する原審の判断は、当審においても、これを正当として是認べきものとみとめる。(なお、上告人Aおよび同Bの両名は、すでに仮換地の指定を受けており、従つて、これに対し、所定の手続を経て不服の訴えを提起することはできるが、事業計画そのものを対象として無効確認を求める法律上の利益は有しないとした原審の判断は正当であつて、所論理由齟齬の違法はない。)その理由は、次のとおりである。
一、土地区画整理事業計画(その変更計画をも含む。以下同じ。)は、もともと、土地区画整理事業に関する一連の手続の一環をなすものであつて、事業計画そのものとしては、単に、その施行地区(又は施行工区)を特定し、それに含まれる宅地の地積、保留地の予定地積、公共施設等の設置場所、事業施行前後における宅地合計面積の比率等、当該土地区画整理事業の基礎的事項(土地区画整理法六条、六八条、同法施行規則五条、六条参照)について、土地区画整理法および同法施行規則の定めるところに基づき、長期的見通しのもとに、健全な市街地の造成を目的とする高度の行政的・技術的裁量によつて、一般的・抽象的に決定するものである。従つて、事業計画は、その計画書に添付される設計図面に各宅地の地番、形状等が表示されることになつているとはいえ、特定個人に向けられた具体的な処分とは著しく趣きを異にし、事業計画自体ではその遂行によつて利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが、必ずしも具体的に確定されているわけではなく、いわば当該土地区画整理事業の青写真たる性質を有するにすぎないと解すべきである。土地区画整理法が、本件のような都道府県知事によつて行なわれる土地区画整理事業について、事業計画を定めるには、事業計画を二週間公衆の縦覧に供することを要するものとし、利害関係者から意見書の提出があつた場合には、都道府県知事は、都市計画審議会に付議したうえで、事業計画に必要な修正を加えるべきものとしている(法六九条参照)のも、利害関係者の意見を反映させて事業計画そのものをより適切妥当なものとしようとする配慮に出たものにほかならない。
事業計画が右に説示したような性質のものであることは、それが公告された後においても、何ら変るところはない。もつとも、当該事業計画が法律の定めるところにより公告されると、爾後、施行地区内において宅地、建物等を所有する者は、土地の形質の変更、建物等の新築、改築、増築等につき一定の制限を受け(法七六条一項参照)、また、施行地区内の宅地の所有権以外の権利で登記のないものを有し、又は有することになつた者も、所定の権利申告をしなければ不利益な取扱いを受ける(法八五条参照)ことになつている。しかし、これは、当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき、法律が特に付与した公告に伴う附随的な効果にとどまるものであつて、事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。それ故、事業計画は、それが公告された段階においても、直接、特定個人に向けられた具体的な処分ではなく、また、宅地・建物の所有者又は賃借人等の有する権利に対し、具体的な変動を与える行政処分ではない、といわなければならない。
二、もつとも、事業計画は、一連の土地区画整理事業手続の根幹をなすものであり、その後の手続の進展に伴つて、仮換地の指定処分、建物の移転・除却命令等の具体的処分が行なわれ、これらの処分によつて具体的な権利侵害を生ずることはありうる。しかし、事業計画そのものとしては、さきに説示したように、特定個人に向けられた具体的な処分ではなく、いわば当該土地区画整理事業の青写真たるにすぎない一般的・抽象的な単なる計画にとどまるものであつて、土地区画整理事業の進展に伴い、やがては利害関係者の権利に直接変動を与える具体的な処分が行なわれることがあるとか、また、計画の決定ないし公告がなされたままで、相当の期間放置されることがあるとしても、右事業計画の決定ないし公告の段階で、その取消又は無効確認を求める訴えの提起を許さなければ、利害関係者の権利保護に欠けるところがあるとはいい難く、そのような訴えは、抗告訴訟を中心とするわが国の行政訴訟制度のもとにおいては、争訟の成熟性ないし具体的事件性を欠くものといわなければならない。
更に、この点を詳説すれば、そもそも、土地区画整理事業のように、一連の手続を経て行なわれる行政作用について、どの段階で、これに対する訴えの提起を認めるべきかは、立法政策の問題ともいいうるのであつて、一連の手続のあらゆる段階で訴えの提起を認めなければ、裁判を受ける権利を奪うことになるものとはいえない。右に説示したように、事業計画の決定ないし公告の段階で訴えの提起が許されないからといつて、土地区画整理事業によつて生じた権利侵害に対する救済手段が一切閉ざされてしまうわけではない。すなわち、土地区画整理事業の施行に対する障害を排除するため、当該行政庁が、当該土地の所有者等に対し、原状回復を命じ、又は当該建築物等の移転若しくは除く却を命じた場合において、それらの違法を主張する者は、その取消(又は無効確認)を訴求することができ、また、当該行政庁が換地計画の実施の一環として、仮換地の指定又は換地処分を行なつた場合において、その違法を主張する者は、これらの具体的処分の取消(又は無効確認)を訴求することができる。これらの救済手段によつて、具体的な権利侵害に対する救済の目的は、十分に達成することができるのである。土地区面整理法の趣旨とするところも、このような具体的な処分の行なわれた段階で、前叙のような救済手段を認めるだけで足り、直接それに基づく具体的な権利変動の生じない事業計画の決定ないし公告の段階では、理論上からいつても、訴訟事件としてとりあげるに足るだけの事件の成熟性を欠くのみならず、実際上からいつても、その段階で、訴かの提起を認めることは妥当でなく、また、その必要もないとしたものと解するのが相当である。
されば、土地区画整理事業計画の決定は、それが公告された後においても、無効確認訴訟の対象とはなし得ないものであつて、これと同趣旨に出た原審の所論判断は、相当であり、論旨は、排斥を免れない。よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官入江俊郎、同奥野健一、同草鹿浅之介、同石田和外、同柏原語六の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。
+反対意見
裁判官奥野健一の反対意見は次のとおりである。
土地区画整理法(昭和三七年法律第一六一号による改正前のもの。以下同じ。)の規定によれば、事業計画(または変更計画)が確定して公告されると、施行地区において宅地建物を所有する者が、土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行ないまたは政令に定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行うには、都道府県知事の許可を受けることを必要とし(七六条一項参照)、これに違反すれば刑罰の裏付けをもつて、土地の原状回復または建物その他工作物若しくは物件の移転若しくは除却を命ずることとし(同条四項、一四〇条参照)、また所有権以外の権利で登記のないものを有しまたは有するにいたつた者は、書面をもつてその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければ、無権利者または権利変動がなかつたものとして、不利益な取扱いを受けることになつている(八五条一項、五項参照)。
かくの如く土地区画整理事業計画によつて、施行地区内の土地所有者、賃借権者等が、その権利の行使を制限されることは明らかであるから、事業計画の決定は、少なくともそれが公告された段階においては、既に一の行政処分であつて、若し、その処分が違法であり、これにより権利の侵害を受けた者があるときは、その者は事業計画に対して行政訴訟を提起する法律上の利益を有するものと解すべきである。なお、このことは、土地区画整理法一二七条が同法に基づく処分に対し訴願の途を開いていることからみても、相当であるといえるであろう(昭和二四年一〇月一八日、当裁判所第三小法廷判決参照)。(尤も、右一二七条は其の後改正され、行政上の不服を許さないことになつたけれども、だからといつて、行政訴訟が禁止されるものでないことは、行政事件訴訟法が訴願前置主義を徹廃していることに鑑みても、明らかである。)もつとも、前記形質変更等の制限は、地区内の関係者全員に対して一律に課せられる義務であつて、特定の個人に対するものではないが、いわゆる一般的処分であつても、それが個人の権利、利益を違法に侵害するものであれけば、行政訴訟の対象となり得ることは、既に承認されているところである。また、右形質変更等の制限は、事業計画そのものによつて生ずるものではなく、法律により、特に与えられた事業計画に伴う附随的な効果であるとしても、苟もそれによつて違法に個人の権利が侵害される限り、事業計画そのものに対して、違法処分による権利の救済を目的とする行政訴訟が許されないとする理由はない。
さらにまた、事業計画は、土地区画整理手続の一環をなすに過ぎないものではあるが、土地区画整理手続の根幹をなすものであつて、それが決定それると、法定の除外事由のない限り、そのまま実施され、爾後の手続は機械的に進められる公算が極めて大であるのであるから、かかる場合において、若し最初の段階における事業計画が、違法であるにもかかわらず、被害者をしてその後の仮換地の指定または換地処分のあるまで、拱手黙視せしめることは、不当に出訴権を制限するものであるばかりではなく、爾後の行為は無駄な手続を積み重ねる結果となり、手続の完成の段階における仮換地指定、換地処分に対する訴訟において、始めて事業計画が違法として、無効とされ、または取消されるとすれば、却つて混乱を増大する結果となる。これ恰も農地買収または土地収用の手続において、農地買収処分、収用委員会の裁決に対する出訴が許される外に、農地買収計画、土地収用の事業認定に対しても出訴が許されるものと解されるのと同様、土地区画整理事業において、仮換地の指定、換地処分に対して出訴が許される外に、事業計画自体について、その違法を理由とする出訴が許されて然るべきである。
具体的権利の変動を及ぼす仮換地指定または換地処分等が行われた場合に、その違法を主張する者は、これらの具体的処分の取消(または無効確認)を訴求することができるから、これらの救済手段によつて、具体的な権利侵害に対する救済の目的は十分に達成することができる旨の多数意見の趣旨が、これらの最終の段階の処分に対する訴訟において、事業計画の無効を先決問題として主張し得るという趣旨であるとするならば、当然既に権利を違法に侵害された者に対し、それ以前においても事業計画の無効を主張せしめて然るべきであり、また、右多数意見の趣旨が当該具体的処分自体の違法を主張し得るに止まり、その基礎となつている事業計画の無効を先決問題として主張できないとする趣旨であるとすれば、違法な事業計画により権利を侵害された者の救済は遂に与えられないことになり、憲法三二条、裁判所法三条に違反することになる。
しかして、原判決の確定した事実によれば、本件土地区画整理事業計画は、東京都戦災復興計画の一環として、被上告人知事が特別都市計画法に基づいて昭和二三年三月二〇日決定し、これを設計図等とともに公告縦覧に供し、昭和二五年六月二六日建設大臣より設計の認可を受け、その後昭和二九年五月と昭和三四年九月の二回にわたつて一部変更が加えられ、該第二次変更については、新らたに制定された土地区画整理法に基づき、建設大臣に対して設計変更の認可を申請し、昭和三五年三月三一日その認可を受け、同年四月九日付で変更決定の公告がなされた、また、上告人らは、右第二次変更計画においても残置された施行地区内において宅地、建物等を所有または賃借しているものであり、なかんずく、上告人Aは昭和三四年三月二六日、同Bは同年八月二四日それぞれ仮換地の指定およびこれに伴う建築物等の移転通知を受けたものである、というのである。従つて、上告人らの本件事業計画(第二次変更計画)の無効確認を求める本訴は適法であつて、論旨は理由があり、本訴を不適法とした原判決および第一審判決は、破棄または取消を免かれず、本件を第一審裁判所に差し戻すべきである。
裁判官草鹿浅之介、同石田和外は、裁判官奥野健一の右反対意見に同調する。
+反対意見
裁判官入江俊郎は、奥野健一裁判官の反対意見と趣旨において同意見であり、これに同調するけれども、なお補足したいところもあるので、若干重複する点もあるが、私の反対意見を次のとおり表示する。
原判決は、土地区画整理法(昭和三七年法律第一六一号による改正前の、本件に適用された同法をいう。以下同じ。)事業計画は、それが公告されると、同法七六条一項、八五条等により地区内の関係者にある種の規制が加えられることとなるけれども、それは一般的、抽象的のものであり、これらの規定に違反した者に対して、同法七六条四項、五項の原状回復、移転、除却を命ずる処分がなされて始めて直接具体的な権利変動を来たすものであることを理由とし、上告人A、同B以外の上告人らは、その権利につき未だ直接具体的な変動を受けていないから、本訴により事業計画の無効確認を求める法律上の利益を有せず、右上告人A、同Bは同法七七条二項の仮換地指定に伴う移転通知はなされたが、右両名は仮換地指定等の処分に対し不服申立をなし得るに止まり、本件事業計画に対してはその無効確認を求める法律上の利益を有せず、その請求はいずれも不適法であり、これを却下すべきものとし、本件控訴を棄却した。しかし、私は、次の理由により、右原判決を是認することを得ず、従つて、原判決を是認して上告を棄却することとした多数意見には賛成することができない。
一、なるほど、土地区画整理事業計画(その変更計画を含む。以下同じ。)自体は、一般的、抽象的のものであつて、個人を直接の相手方とし、その権利、利益の規制を定めたものではない。また、その公告も右事業計画を一般に公示するものであつて、形式的に見れば特定個人を相手方としてなされるものではなく、一般的、抽象的の行政庁の行為のごとくである。しかし、都道府県知事が土地区画整理事業を施行するに当つては、先ずその計画を定め、その事業内容を個別的、具体的に表示するのであるが、これが土地区画整理法所定の手続を経て公告された場合には、同法七六条一項により、同事業計画の具体的な内容に応じて、その地区内においては建築物の新築等が制限され、この制限は同条四項を通じて結局同法一四〇条により刑罰をもつてその履行が強制されることとなつており、また同法八五条により権利の申告をしなければならないなど、地区内の関係者の権利、利益に対し規制が加えられることとなるのである。そして、土地区画整理は、土地区画整理法の規定によりその計画の樹立、公告およびその実施等が、段階を追うて行なわれる行政庁の一連の行為であるが、右事業計画の公告は、前記法条の規定のあることを前提として行政庁によりなされるものであるから、公告自体の形式のみに着眼すれば一般的、抽象的な行政庁の行為のごとく見えても、それは同時に、当然にその地区内における土地、家屋の所有者その他の個々の権利者は、同法七六条、八五条による規制を蒙むることとなり、これを放置することにより、後続または最終の処分によつて、その制約が具体的に確定してしまう危険が現実に存在することを否定し得ず、行政庁は、事業計画の内容にかかる法律効果の伴うことを意図し、これを前提として事業計画の公告をするのである。いいかえれば、本件公告は、形式的には一般的、抽象的処分のごとくであるが、それによつて、同時に、当該個人の権利、利益を規制する効果を生ずることとなり、結局、公告された事業計画は、個人に対する個別的な処分たる性質をも併せ有するに至るものであつて、その面に着眼すれば、行政事件訴訟特例法の適用については、公告を経た事業計画はこれを行政処分と見て、これに対して抗告訴訟を提起し得るものと解するのを相当とし(もちろん、この場合において不服の対象は、事業計画の内容およびその決定手続、公告手続等の違法問題に限らるべく、事業計画の具体的内容で行政庁の裁量に属するものに及び得ないことは当然である。)、多数意見のように、この段階では未だいわゆる訴訟の成熟性ないし具体的事件性を欠くものとは考えられず、従つて、本件事業計画の無効確認を求める訴の利益を否定すべきいわれはない。
二、もちろん、一連の手続を経て完成される行政作用については、中間段階の行政庁の行為につき、これに対する独立の出訴を認めず、単に異議、不服の申立等の行政上の手続をもつて争わせることとし、その後の段階においてはじめて訴訟をもつて争い得ることとしても、それによつてその個人の蒙むる権利、利益の侵害が、結局、後の段階における訴訟によつて完全に救済し得るならば、それは立法政策上許されないことではない(例えば、地方議会解散請求の受理や、立候補届出の受理のごときは、法律はそれ自体を直ちに独立の訴訟の客体とすることを認めず、一連の行為の最終段階の行為の取消または無効確認を求める訴訟で、右のような中間行為の違法を争わせることにしている。)。しかし、訴の利益を欠くか否かの問題は、人権保障の上からも、憲法三二条の精神からも極めて重大な事柄で、その判断は慎重を要すべきであり、訴の利益を欠くといい得るためには、当該法律にその旨の明文の規定があるか、または、立法の趣旨に照らし、そのように解し得るものであると同時に、それが憲法三二条の裁判請求権を不当に制約するものでない合理的根拠のある場合でなければならない。これを土地区画整理法についてみると、本件当時の同法一二七条は、この法律に基づいてなした処分に対し不服のある者は、建設大臣に訴願することができると規定しているだけであつて、救済方法をそれのみに限定したものとは認められず、中間段階の訴訟を認めない旨の規定はないばかりでなく、本件事業計画は、前記のとおり公告によつて、個人の権利、利益に対し個別的、具体的制約を及ぼすに至るものである点を考えれば、かかる制約をもつて、単に法律が特に付与した公告に伴う附随的効果に止まるものであるとして、これに対する権利、利益の救済を目的とする訴訟を否定する多数意見は、土地区画整理法の合理的な解釈と認めがたく、また憲法三二条の法意にも副わないものである。
原判決は、「……これらの規定に違反した者に対し同法第七十六条第四項第五項の原状回復、移転、除却を命ずる処分がなされて始めて直接具体的な権利変動を来たすものというべきである。」として、その段階に至つてはじめて出訴を認得旨を判示しているが、そのような個々の処分がなされるまでは、権利制限を受けたと主張する者を、訴えるに由なき状態のまま放置することは、徒らに形式にとらわれた考え方であつて、人権保障の見地からみても賛同し得ないばかりでなく原判決のいう段階において出訴を認めるというのであれば、公告のなされた段階において出訴を認めて、速やかに人権保障の途を開き、またそれだけ早く違法な行政上の処分を是正し、その後に生ずることあるべき行政秩序の無用な混乱を未然に防止すべきであると考える。事業計画が健全な市街地造成のための長期的見通しの下になされる計画であるとか、当該土地区画整理事業の青写真であるとか、事業計画を定めるにつき土地区画整理法六九条の規定があるとかいうことは、本件公告がなされた段階において事業計画につき行政訴訟を認めることの何らの支障となるものではない。また、個人は、必ずしも本件のような訴訟によらず、所有権に基づく妨害の排除または予防の請求訴訟を提起し得る途がないわけではないとしても、法律により規制を受ける個人の権利、利益には所有権以外のものも存在するし、またたとえそのような方法が別途認められているからといつて、本件につき行政訴訟を否定する理由にならない。
本件類似の訴訟につき訴の利益を認めるか否かは、下級審において、積極、消極の裁判例の存するところではあるが、結局それは人権保障をその責務とする裁判所が、具体的各個の事案ごとに、その根拠法令の規定および憲法三二条の法意を、実体に即して勘案した上、ケース・バイ・ケースで判断すべきものである。そしてそのように考えると、この種の行政訴訟を認容する場合が将来次第に増加することになるかもしれないが、それが人権保障の上で必要なものであれば、裁判所としては徒らに消極的になる必要はない。
なお、上述したところは、上告人A、同Bについても同様である。なるほどこの両名は仮換地の指定等の処分を受けており、これに対し所定の手続により不服の訴ができるけれども、それだからといつて、右両名が公告のなされた本件事業計画により、その権利、利益を具体的に規制されるに至つたことは他の上告人らと同様であり、本件事業計画に対し、その無効確認を訴求し得ないとする理由はない。
三、附言すれば、このような行政訴訟は民衆訴訟として認められているわけではないから、権利、利益を侵害されたと主張する者が、侵害されたとする自己の権利、利益に関する限度において訴訟関係が成立するものであることは、憲法および裁判所法の下において、司法権の性質からみて当然のことである。それ故、本件においては、無効確認といつても、それは上告人らの当該権利、利益に関する限度において無効が確認されることとなるものであり、また、もしそれが取消訴訟として提起された場合には、その取消は、同様に上告人らの当該権利、利益に関する限度において取り消されるものであり、本件公告は、形式的には一般的な行為ではあつても、それはこれらの訴訟によつて、事業計画が全面的に無効とされまたは取り消されるものでない。事実審においては、必要によりこの点を釈明し、また判決主文において、すくなくとも判決理由の記載において、その趣旨を明示することが望ましい。よつて、上告理由は結局理由あるに帰し、原判決を破棄し第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻すべきものと考える。裁判官柏原語六は、裁判官入江俊郎の右反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 五鬼上竪磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎)
エ 判例変更
+判例(H20.9.10)
理由
上告代理人渡辺昭、同松浦基之の上告受理申立て理由第1、第3、第4について
1 本件は、被上告人の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定について、施行地区内に土地を所有している上告人らが、同決定の違法を主張して、その取消しを求めている事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、新浜松駅から西鹿島駅までを結ぶ遠州鉄道鉄道線(西鹿島線)の連続立体交差事業の一環として、上島駅の高架化と併せて同駅周辺の公共施設の整備改善等を図るため、西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業(以下「本件土地区画整理事業」という。)を計画し、平成15年11月7日、土地区画整理法(平成17年法律第34号による改正前のもの。以下「法」という。)52条1項の規定に基づき、静岡県知事に対し、本件土地区画整理事業の事業計画において定める設計の概要について認可を申請し、同月17日、同知事からその認可を受けた。被上告人は、同月25日、同項の規定により、本件土地区画整理事業の事業計画の決定(以下「本件事業計画の決定」という。)をし、同日、その公告がされた。
(2) 上告人らは、本件土地区画整理事業の施行地区内に土地を所有している者であり、本件土地区画整理事業は公共施設の整備改善及び宅地の利用増進という法所定の事業目的を欠くものであるなどと主張して、本件事業計画の決定の取消しを求めている。
3 原審は、要旨次のとおり判断し、本件訴えを却下すべきものとした。
土地区画整理事業の事業計画は、当該土地区画整理事業の基礎的事項を一般的、抽象的に決定するものであって、いわば当該土地区画整理事業の青写真としての性質を有するにすぎず、これによって利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが必ずしも具体的に確定されているわけではない。事業計画が公告されることによって生ずる建築制限等は、法が特に付与した公告に伴う付随的効果にとどまるものであって、事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。事業計画の決定は、それが公告された段階においても抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないから、本件事業計画の決定の取消しを求める本件訴えは、不適法な訴えである。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)ア 市町村は、土地区画整理事業を施行しようとする場合においては、施行規程及び事業計画を定めなければならず(法52条1項)、事業計画が定められた場合においては、市町村長は、遅滞なく、施行者の名称、事業施行期間、施行地区その他国土交通省令で定める事項を公告しなければならない(法55条9項)。そして、この公告がされると、換地処分の公告がある日まで、施行地区内において、土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行い、又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行おうとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならず(法76条1項)、これに違反した者がある場合には、都道府県知事は、当該違反者又はその承継者に対し、当該土地の原状回復等を命ずることができ(同条4項)、この命令に違反した者に対しては刑罰が科される(法140条)。このほか、施行地区内の宅地についての所有権以外の権利で登記のないものを有し又は有することとなった者は、書面をもってその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならず(法85条1項)、施行者は、その申告がない限り、これを存しないものとみなして、仮換地の指定や換地処分等をすることができることとされている(同条5項)。
また、土地区画整理事業の事業計画は、施行地区(施行地区を工区に分ける場合には施行地区及び工区)、設計の概要、事業施行期間及び資金計画という当該土地区画整理事業の基礎的事項を一般的に定めるものであるが(法54条、6条1項)、事業計画において定める設計の概要については、設計説明書及び設計図を作成して定めなければならず、このうち、設計説明書には、事業施行後における施行地区内の宅地の地積(保留地の予定地積を除く。)の合計の事業施行前における施行地区内の宅地の地積の合計に対する割合が記載され(これにより、施行地区全体でどの程度の減歩がされるのかが分かる。)、設計図(縮尺1200分の1以上のもの)には、事業施行後における施行地区内の公共施設等の位置及び形状が、事業施行により新設され又は変更される部分と既設のもので変更されない部分とに区別して表示されることから(平成17年国土交通省令第102号による改正前の土地区画整理法施行規則6条)、事業計画が決定されると、当該土地区画整理事業の施行によって施行地区内の宅地所有者等の権利にいかなる影響が及ぶかについて、一定の限度で具体的に予測することが可能になるのである。そして、土地区画整理事業の事業計画については、いったんその決定がされると、特段の事情のない限り、その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ、その後の手続として、施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになる。前記の建築行為等の制限は、このような事業計画の決定に基づく具体的な事業の施行の障害となるおそれのある事態が生ずることを防ぐために法的強制力を伴って設けられているのであり、しかも、施行地区内の宅地所有者等は、換地処分の公告がある日まで、その制限を継続的に課され続けるのである。
そうすると、施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであり、事業計画の決定に伴う法的効果が一般的、抽象的なものにすぎないということはできない。
イ もとより、換地処分を受けた宅地所有者等やその前に仮換地の指定を受けた宅地所有者等は、当該換地処分等を対象として取消訴訟を提起することができるが、換地処分等がされた段階では、実際上、既に工事等も進ちょくし、換地計画も具体的に定められるなどしており、その時点で事業計画の違法を理由として当該換地処分等を取り消した場合には、事業全体に著しい混乱をもたらすことになりかねない。それゆえ、換地処分等の取消訴訟において、宅地所有者等が事業計画の違法を主張し、その主張が認められたとしても、当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あるのであり、換地処分等がされた段階でこれを対象として取消訴訟を提起することができるとしても、宅地所有者等の被る権利侵害に対する救済が十分に果たされるとはいい難い。そうすると、事業計画の適否が争われる場合、実効的な権利救済を図るためには、事業計画の決定がされた段階で、これを対象とした取消訴訟の提起を認めることに合理性があるというべきである。
(2) 以上によれば、市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は、施行地区内の宅地所有者等の法的地位に変動をもたらすものであって、抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということができ、実効的な権利救済を図るという観点から見ても、これを対象とした抗告訴訟の提起を認めるのが合理的である。したがって、上記事業計画の決定は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。
これと異なる趣旨をいう最高裁昭和37年(オ)第122号同41年2月23日大法廷判決・民集20巻2号271頁及び最高裁平成3年(行ツ)第208号同4年10月6日第三小法廷判決・裁判集民事166号41頁は、いずれも変更すべきである。
5 以上のとおりであるから、本件訴えを不適法な訴えとして却下すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決のうち被上告人に関する部分は破棄を免れない。そして、同部分につき、第1審判決を取り消し、本件を第1審に差し戻すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官藤田宙靖、同泉徳治、同今井功、同近藤崇晴の各補足意見、裁判官涌井紀夫の意見がある。
+補足意見
裁判官藤田宙靖の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛成するものであるが、土地区画整理事業計画決定に処分性を認める理論的根拠につき、涌井裁判官からの意見があることに鑑み、私の考えるところを補足しておくこととしたい。
1 当裁判所判例が従来採用してきた「処分」概念の定義に忠実に従う限り、土地区画整理事業計画決定に処分性を認める根拠は、まずもって、事業計画決定が公告されることによって生ずる建築行為等の制限等の法律上の効果(昭和41年大法廷判決では「付随的効果」に過ぎないとされた効果)に求められることにならざるを得ないのは、涌井裁判官の指摘されるとおりである。しかし、涌井裁判官の意見のように、この論拠のみで必要かつ十分であるとする場合には、当然のことながら、同じく私人の権利を直接に制限する法的効果を伴う他の計画決定行為(例えば都市計画法上の地域・地区の指定等、いわゆる「完結型」の土地利用計画)についてどう考えるのかが、直ちに問題とならざるを得ない。この点に関してはおそらく、まずは従来の当裁判所判例に従い、これらの土地利用計画は一種の立法類似の行為としての性格を持つものとして、土地区画整理事業計画決定とは区別され、行政処分とは認められない、とすることが考えられよう。そして、それはそれなりに、一つの可能な考え方であるとは思われるが、ただ、従来の判例が前提としてきた、完結型の土地利用計画は「不特定多数の者を対象とした一般的、抽象的規制である」という性格付け自体が、果たして(少なくとも)すべての場合に納得し得るようなものであるか否かについては、なお問題が残らないではない。例えばまず、規制の内容自体から言えば、完結型土地利用計画は、まさに「完結型」なのであって、私人の権利への侵害は、(土地区画整理事業計画決定に伴う建築行為等の制限の場合と同様、あるいは見方によってはより一層)直接的かつ究極的な(暫定的規制に止まらない)ものである。また、対象となる地域についても、規制区域の範囲はかなり限定的なものとなるケースも無いではない。こうしてみると、今回、昭和41年大法廷判決を変更するとして、そこから直ちにこれらの土地利用計画決定についての従来の判例を云々する必要までは無いものとしても、将来においてはこういった問題も新たに登場して来る余地があることを想定しておいた方が、賢明であるように思われるのである。このように考える場合には、同様に私人の権利義務に対し直接の法的効果をもたらす各種の計画行為の中で、他を差し置いても土地区画整理事業計画決定については処分性を認めなければならない固有の理由は何かを問うことには、十分な意味があるものといわなければならない。
2 私自身は、土地利用計画と異なる土地区画整理事業計画決定の固有の問題は、本来、換地制度をその中核的骨格とするこの制度の特有性からして、私人の救済の実効性を保障するためには事業計画決定の段階で出訴することを認めざるを得ないというところにあるものと考える。すなわち、土地区画整理事業計画の場合には、純粋に理論的には、計画の適法性を、後続の換地処分等個別的処分の取消訴訟においてその前提問題として争うことも可能であるとは言い得るものの、多数意見も指摘するとおり、換地制度という権利交換システムをその骨格とする制度の性質上、実際問題としては、この段階で計画の違法性を理由に個別的処分の取消しないし無効確認を認めることになれば、事業全体に著しい混乱をもたらすこととなりかねない。それ故、換地処分の取消訴訟においては、仮に処分ないしその前提としての計画の違法性が認められても、結果としては事情判決をせざるを得ないという状況が、容易に生じ得る。このような事態を避け実効的な権利救済を図るためには、事業プロセスのより早い段階で出訴を認めることが合理的であり、かつ不可欠である、ということができる(同様のことは、同じく権利交換システムないし権利変換システムを骨格とする土地改良事業、第一種市街地再開発事業等についても言える。)。これに対して、完結型土地利用計画の場合には、例えば各種用途地域において例外許可が認められることもあるように、仮に個別的開発行為や建築確認等の段階でその許可等の拒否処分が争われ、その前提問題として計画自体の違法性が認定され取消判決がなされたとしても、そのことが直ちに、システムの全体に著しい混乱をもたらすということにはならない(少なくとも、裁判所が事情判決をせざるを得ないといった状況が広く生じるものとは考えられない。)。
3 一般的に言って、行政計画については、一度それが策定された後に個々の利害関係者が個別的な訴訟によってその取消しを求めるというような権利救済システムには、そもそも制度の性質上多少とも無理が伴うものと言わざるを得ないのであって、立法政策的見地からは、決定前の事前手続における関係者の参加システムを充全なものとし、その上で、一度決まったことについては、原則として一切の訴訟を認めないという制度を構築することが必要というべきである。問題はしかし、現行法上、このような構想を前提とした上での計画の事前手続の整備がなされてはいないというところにあり、こういった事態を前提として、司法が、その本来の責務に照らしてどのような法解釈を行うのが最も合理的であるかが問われることになる。そしてその場合、問題のパーフェクトな解決は、立法技術の上でも必ずしも容易な問題であるとは言えないのであるから(このことは、問題提起は早くからなされているにも拘らず、今日に至るまで、この種の立法が実現していないという事実に、既に表われている。)、現段階において、司法がこの問題についての幅広い解決方法を示すことは、必ずしも適当であるとは言えまい。このような前提の下で、行政訴訟における国民の権利救済の実効性を図るという課題に鑑みるとき、当裁判所として今行うべきことは、事案の実態に即し、行政計画についても、少なくとも必要最小限度の実効的な司法的救済の道を、(立法を待たずとも)判例上開くということであろう。そして、上記に見たような意味において、土地区画整理事業計画決定に対する抗告訴訟の道を開くことは、まさにその典型例であると思われるのである。
4 もとより、涌井裁判官も指摘されるように、換地の法的効果自体は、土地区画整理事業計画決定から直接に生じるものではないが、一度計画が決定されれば、制度の構造上、極めて高い蓋然性をもって換地処分にまで到ることは否定し得ないのみならず、まさに、その段階に到るまでの現実の障害の発生を防止することを目的とする(いわば計画実施保障制限とも称すべき)建築行為等の制限効果が直接に生じることとなっている。そして、この制限は換地処分の公告がなされるまで継続的に課されるのであって、この意味において、事業計画決定は、土地区画整理事業の全プロセスの中において、いわば、換地にまで到る権利制限の連鎖の発端を成す行為であるということができる。多数意見が「施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべき」であるというのは、まさにこの意味であって、冒頭に見た従来の判例における「処分」概念との整合性についても、このように理解されるべきである。
+補足意見
裁判官泉徳治の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に同調するものであるが、土地区画整理事業の事業計画の決定が処分性を有する理由について、私の考えるところを補足しておくこととする。
1 本件土地区画整理事業は、都市計画法12条2項の規定により土地区画整理事業について都市計画に定められた施行区域の土地についての土地区画整理事業であるから、都市計画事業である(法3条の4第1項(平成15年法律第100号による改正前の土地区画整理法3条の5第1項)、法2条8項)。
都市計画法4条15項は、「この法律において『都市計画事業』とは、この法律で定めるところにより第五十九条の規定による認可又は承認を受けて行なわれる都市計画施設の整備に関する事業及び市街地開発事業をいう。」と規定し、同法4条7項は、「この法律において『市街地開発事業』とは、第十二条第一項各号に掲げる事業をいう。」と規定し、同法12条1項は、市街地開発事業として、「土地区画整理法による土地区画整理事業」、「都市再開発法による市街地再開発事業」などを掲げている。
都市計画事業は、公権力の行使である公用収用又は公用換地の手法によって、その法的実現が担保されている。
すなわち、法律に特別な規定があるものを除き、都市計画事業は、土地収用法3条各号の一に規定する事業に該当するものとみなされ、同法の規定が適用されるものとし(都市計画法69条)、法的実現の担保として土地収用法による公用収用の手法が採用されている。
土地収用法においては、同法20条の規定による事業の認定があり、同法26条1項の規定による事業の認定の告示があると、起業者に対して、同法の定める手続を履践することによって最終的には認定に係る起業地内の土地を収用し、又は使用し得る地位が付与される(同法39条1項)。起業地内の土地は、事業の認定の告示により、特段の事情のない限り、収用又は使用されることになる。なお、告示された事業の認定は、行政不服審査法による不服申立ての対象とされている(土地収用法130条1項)。
そして、都市計画事業については、土地収用法20条の規定による事業の認定は行わず、都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可をもってこれに代えるものとされている(同法70条1項)(ここでは、同法59条3項の規定による承認については触れないこととする。)。上記の認可を申請するには事業計画を記載した書面を提出しなければならず、事業計画には収用又は使用の別を明らかにした事業地を定めなければならない(同法60条1項、2項)。また、同法62条1項の規定による都市計画事業の認可の告示をもって、土地収用法26条1項の規定による事業の認定の告示とみなすこととされている(都市計画法70条1項)。その結果、都市計画事業の認可の告示があると、施行者に対して、事業地内の土地を収用し、又は使用し得る地位が付与され、事業地内の土地は、都市計画事業の認可の告示により、特段の事情のない限り、収用又は使用されることになる。
他方、都市計画事業として施行する土地区画整理事業については、法3条の4第2項が、都市計画法60条から74条までの規定を適用しないと規定し、公用収用の手法を採用しないことを明らかにしている。そして、法は、公用収用に代わる法的実現の担保として、最終的には換地処分に至る公用換地の手法を規定しているのである。
2 ところで、最高裁昭和63年(行ツ)第170号平成4年11月26日第一小法廷判決・民集46巻8号2658頁(以下「平成4年判決」という。)は、都市再開発法51条1項、54条1項の規定に基づき市町村により定められ公告された第二種市街地再開発事業の事業計画の決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分であると判示している。
市街地再開発事業の施行区域内において施行される第二種市街地再開発事業は、都市計画事業であり、土地収用法3条各号の一に規定する事業に該当するものとみなされ、同法の規定が適用される(都市再開発法6条1項、都市計画法69条)。
市町村は、第二種市街地再開発事業を施行しようとするときは、事業計画において定める設計の概要について都道府県知事の認可を受けて事業計画を決定し、これを公告しなければならないが、この認可が都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可とみなされ、この認可及び公告により、市町村は、都市計画事業としての第二種市街地再開発事業の施行権を取得する(都市再開発法51条、54条)。また、上記の認可及び公告は、土地収用法20条の規定による事業の認定及び同法26条1項の規定による事業の認定の告示とみなされ、市町村は、これにより施行地区の土地に対し土地収用法による収用権限を取得する(都市再開発法6条4項、都市再開発法施行令1条の5、都市計画法70条1項)。
したがって、第二種市街地再開発事業の事業計画の決定及び公告により、施行地区内の土地の所有者等は、特段の事情のない限り、自己の所有地等が収用されるべき地位に立たされることになる。平成4年判決は、このことを理由として、「公告された再開発事業計画の決定は、施行地区内の土地の所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすものであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」と判示したのである。
3 また、最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁(以下「平成17年判決」という。)は、都市計画施設の整備に関する事業に係る都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可について、それが抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることを当然の前提として、その取消訴訟に係る周辺住民の原告適格について判示している。
都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可及び同法62条1項の規定による都市計画事業の認可の告示により、事業地内の土地に権利を有する者は、土地収用法により当該土地が収用又は使用されるべき地位に立たされることになるから、告示された都市計画事業の認可が抗告訴訟の対象となることは明らかである。
4 そこで、土地区画整理事業における事業計画の決定の法的性質について考えるに、法52条1項は、市町村が都市計画事業として土地区画整理事業を施行しようとする場合においては、事業計画において定める設計の概要について都道府県知事の認可を受けて、事業計画を定めなければならないと規定し、同条2項は、この認可をもって都市計画法59条に規定する都市計画事業の認可とみなすとしている。また、法55条9項は、市町村が上記事業計画を定めた場合においては、市町村長はこれを公告しなければならないと規定し、同条11項は、この公告があるまでは、市町村は事業計画をもって第三者に対抗することができないと規定している。すなわち、市町村は、事業計画の決定の公告により、都市計画事業として、事業計画に定める内容の土地区画整理事業を施行する権限を取得して、これを第三者に対抗することができ、以後、建築行為等の制限、仮換地の指定、建築物等の移転・除却及び工事等を経て、最終的に換地処分に至る強制処分により、土地区画整理事業を実施することになる。他方、施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定の公告により、特段の事情のない限り、自己の所有地等につき換地処分を受けるべき地位に立たされることになるのである。
このように、土地区画整理事業の事業計画の決定は、そこにおいて定められる設計の概要についての認可が都市計画法59条に規定する都市計画事業の認可とみなされるのであり、その公告により施行者に法的強制力をもった事業の施行権が付与されるという点において、平成4年判決の第二種市街地再開発事業の事業計画の決定や、平成17年判決の都市計画施設の整備に関する事業に係る都市計画事業の認可、ひいては土地収用法20条の規定による事業の認定と同じ性質を有するものである。法的実現を担保する手法が、土地区画整理事業にあっては公用換地であるのに対し、第二種市街地再開発事業等にあっては公用収用であるという違いがあるにすぎないのである。
5 以上のように、土地区画整理事業の事業計画の決定及び公告の本質的効果は、都市計画事業としての土地区画整理事業の施行権の付与にある。法76条1項の規定による建築行為等の制限は、事業計画の決定及び公告そのものの効果として発生する権利制限ではなく、事業の円滑な施行を図るため法律が特に付与した公告に伴う付随的な効果にとどまるというべきである。土地区画整理事業の施行権の付与の効果及び建築行為等の制限の効果は、いずれも公告された事業計画の決定が抗告訴訟の対象となることを理由付けるものと考えるが、公告された事業計画の決定が抗告訴訟の対象となることの本来的な理由は、それが土地区画整理事業の施行権の付与という効果を有し、それにより施行地区内の宅地所有者等が特段の事情のない限り自己の所有地等につき換地処分を受けるべき地位に立たされるということにあるのである。
+補足意見
裁判官近藤崇晴の補足意見は、次のとおりである。
本判決は、当裁判所のこれまでの判例を変更して、土地区画整理事業の事業計画の決定にいわゆる処分性を認めるものであり、これに関連して検討すべき理論上及び実務上の問題が幾つかある。私は、多数意見に同調するものであるが、その立場から問題の所在を指摘し、一応の私見を述べておくこととしたい。
1 公定力と違法性の承継
(1) ある行政行為について処分性を肯定するということは、その行政行為がいわゆる公定力を有するものであるとすることをも意味する。すなわち、正当な権限を有する機関によって取り消されるまでは、その行政処分は、適法であるとの推定を受け、処分の相手方はもちろん、第三者も他の国家機関もその効力を否定することができないのである。
そして、このことがいわゆる違法性の承継の有無を左右することになる。すなわち、先行する行政行為があり、これを前提として後行の行政処分がされた場合には、後行行為の取消訴訟において先行行為の違法を理由とすることができるかどうかが問題となるが、一般に、先行行為が公定力を有するものでないときはこれが許されるのに対し、先行行為が公定力を有する行政処分であるときは、その公定力が排除されない限り、原則として、先行行為の違法性は後行行為に承継されず、これが許されないと解されている(例外的に違法性の承継が認められるのは、先行の行政処分と後行の行政処分が連続した一連の手続を構成し一定の法律効果の発生を目指しているような場合である。)。
(2) したがって、土地区画整理事業の事業計画の決定についてその処分性を否定していた本判決前の判例の下にあっては、仮換地の指定や換地処分の取消訴訟において、これらの処分の違法事由として事業計画の決定の違法を主張することが許されると解されていた。これに対し、本判決のようにその処分性を肯定する場合には、先行行為たる事業計画の決定には公定力があるから、たとえこれに違法性があったとしても、それ自体の取消訴訟などによって公定力が排除されない限り、その違法性は後行行為たる仮換地の指定や換地処分に承継されず(例外的に違法性の承継を認めるべき場合には当たらない。)、もはや後行処分の取消事由として先行処分たる事業計画の決定の違法を主張することは許されないと解すべきことになろう。
そうすると、事業計画の決定の処分性を肯定する結果、その違法を主張する者は、その段階でその取消訴訟を提起しておかなければ、後の仮換地や換地の段階ではもはや事業計画自体の適否は争えないことになる。しかし、土地区画整理事業のように、その事業計画に定められたところに従って、具体的な事業が段階を踏んでそのまま進められる手続については、むしろ、事業計画の適否に関する争いは早期の段階で決着させ、後の段階になってからさかのぼってこれを争うことは許さないとすることの方に合理性があると考えられるのである。
2 出訴期間と経過措置的解釈
(1) 土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性を認めるならば、抗告訴訟としてその取消しを求める訴訟を提起することが許されるが(行政事件訴訟法3条2項)、この取消訴訟には出訴期間の定めがあり、処分があったことを知った日(公告があった日に事業計画の決定を知ったことになる。)から6か月を経過したときは提起することができず、ただし、正当な理由があるときはこの限りでないこととされている(同法14条1項)。出訴期間が経過した場合には、事業計画の決定は形式的に確定し、いわゆる不可争力を生ずることになる。
(2) 本判決の後にされる事業計画の決定については、出訴期間について特段の問題を生じないのであるが、本判決より前にされた事業計画の決定で、既に6か月の出訴期間を経過し、あるいはこれが切迫しているものについては、別途の配慮を要するであろう。本判決によって変更された従前の判例の下においては、国民は、土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性は認められないと判断して、通常はその段階では取消訴訟を提起しなかったであろうと考えられるからである。
この点に配慮するならば、本判決より前にされた事業計画の決定については、6か月の経過について上記の「正当な理由」があるものとして救済を図るといういわば経過措置的な解釈をすることが相当であろう。ただし、換地処分がされてその取消訴訟の出訴期間も経過しているような場合には、「正当な理由」があるとはいえないであろう。
3 取消判決の第三者効(対世効)と第三者の手続保障
(1) 土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性を認める場合に、事業計画の決定を取り消す判決が確定すると、取消判決の形成力によって、当該事業計画決定はさかのぼって効力を失う。そして、この判決は第三者に対しても効力を有する(行政事件訴訟法32条1項)。いわゆる取消判決の第三者効(対世効)である。
土地区画整理事業の事業計画の決定は、特定の個人に向けられたものではなく、不特定多数の者を対象とするいわゆる一般処分であるが、このような一般処分を取り消す判決の第三者効については、相対的効力説(原告との関係における当該処分の相対的効力のみを第三者との関係でも失わせるものであるとする見解)と絶対的効力説(第三者との関係をも含む当該処分の絶対的効力を失わせるものであるとする見解)の対立がある。詳論は避けることとするが、私は、行政上の法律関係については、一般に画一的規律が要請され、原告とそれ以外の者との間で異なった取扱いをすると行政上不要な混乱を招くことなどから、絶対的効力説が至当であると考えている。
(2) 事業計画の決定を取り消す判決の第三者効によって、訴訟の当事者ではない関係者で、当該事業計画決定の適法・有効を主張する者は、不利益を被ることになるから、このような利害関係人が自己のために主張・立証をする機会を保障する必要がある。上記の絶対的効力説を採ったときは、特にその必要性が高い。
このような第三者の手続保障としては、まず、「訴訟の結果により権利を害される第三者」の訴訟参加がある(行政事件訴訟法22条)。例えば、土地区画整理事業の施行地区内の宅地所有者等で、当該事業計画決定は適法・有効であるとして事業の進行を望む者は、裁判所の決定をもって訴訟参加をし、被告の共同訴訟的補助参加人として訴訟行為を行うことができるものと考えたい。さらに、そうだとすれば、自己の責めに帰することができない理由により訴訟に参加することができなかった第三者は、第三者の再審の訴えを提起することができることになろう(同法34条)。したがって、第三者の手続保障に欠けるところはないというべきである。
裁判官今井功は、裁判官近藤崇晴の補足意見のうち1(公定力と違法性の承継)及び2(出訴期間と経過措置的解釈)に同調する。
+意見
裁判官涌井紀夫の意見は、次のとおりである。
私は、本件事業計画の決定が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとする多数意見の結論には賛成するが、その理由付けの仕方について多数意見とは考え方を異にする点があるので、その点について意見を述べておくこととしたい。
1 公権力の行使として行われる行為について抗告訴訟の対象となる行政処分性が肯定されるための最も基本的な要件が、その行為が個人の権利・利益を直接に侵害・制約するような法的効果を持つものといえるか否かの点にあることはいうまでもない。すなわち、問題となる行為が、個人の権利・利益を直接に侵害・制約するような法的効果を持つものである場合には、そのことだけで処分性が肯定されるのが原則とされるものというべきである。
本件で問題とされている土地区画整理事業の事業計画の決定について見ると、多数意見も指摘するとおり、この事業計画が定められ所定の公告がされると、施行地区内の土地については、許可なしには建築物の建築等を行うことができない等の制約が課せられることになっているのであるから、この事業計画決定が個人の権利・利益を直接に侵害・制約するような法的効果を持つものであることは明らかである。確かに、この建築制限等の効果は、土地区画整理事業の円滑な施行を実現するために法が事業計画に特に付与することとした付随的な効果ともいうべき性質を持つものではある。しかし、この建築制限等の効果が発生すると、施行地区内の土地は自由に建築物の建築を行うことができない土地になってしまい、その所有者には、これを他に売却しようとしても通常の取引の場合のような買い手を見つけることが困難になるという、極めて現実的で深刻な影響が生じることになるのである。このような効果は、抗告訴訟の方法による救済を認めるに足りるだけの実質を十分に備えたものということができよう。
2もっとも、それ自体で個人の権利・利益を制約するような効果を持つ行為についても、その行為の段階でその適否を争わせるのでなしに、これに引き続いて行われることが予定されている後続の行為を待ってその適否を争わせることとすることの方が合目的的であり、個人の利益の救済にとってもそれで支障がないと考えられる場合があり得るところであり、そのような場合には、先行行為についてはその処分性を否定することも許されるものと考えられる。
これを本件の事業計画決定について見ると、例えば施行地区内の土地上に建築物を建築したいと考えている土地所有者の場合には、その建築に対する不許可処分が行われるのを待ってその不許可処分の適否を争わせることで、その建築制限等に伴う不利益に対する救済としては足りるものと考えることも可能であろう。しかし、このように所有地に自己の建築物を建築したいというのではなく、所有地を他に譲渡・売却する際の不利益を排除するためにこの建築制限等の制約の解除を求めている者の場合には、後にその適否を争うことでその目的を達することのできるような後続の行為なるものは考えられない(例えば、土地区画整理事業の進行に伴って後に行われる換地計画等の行為の取消請求が認容されたとしても、それによって当然にこの建築制限等の効果が解消されることとなるものではないし、仮にこの段階で当初の事業計画決定自体が取り消されることとなったとしても、それまでの間継続して被ってきた不利益がさかのぼって解消されることとなるものでもない。)のであり、抗告訴訟の方法でその権利・利益を救済する機会を保障するには、事業計画決定の段階での訴訟を認める以外に方法がないのである。
そうすると、本件で問題とされている土地区画整理事業の事業計画の決定については、それが上記のような建築制限等の法的効果を持つことのみで、その処分性を肯定することが十分に可能であり、また、そのように解することが相当なものと考えられるのである。
3 多数意見の考え方は、上記のような建築制限等の法的効果についても言及はしているものの、結局は、事業計画の決定がされることによって、施行地区内の宅地所有者等が換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その法的地位に直接的な影響が生ずることになるという点に、本件事業計画決定の処分性を肯定する根拠を求めるものとなっていると解される(このように専ら換地処分による影響を根拠に処分性を肯定しようとする多数意見の考え方からすると、この建築制限等の法的効果への言及が理論的にどのような意味を持つことになるのかは、多数意見の判示からしても必ずしも明らかでないところがある。)。すなわち、そこでは、抗告訴訟の方法による救済を図るべき不利益等の内容としては、専ら土地区画整理事業の本来の目的である換地処分による権利交換という措置によってもたらされる不利益等が考えられているのであって、上記の建築制限等の効果が発生することによって個人の被る不利益は、それ自体を独立して取り上げると抗告訴訟による救済の対象とするには足りないものと考えていることになるのである。しかし、前記のとおりこの建築制限等によって土地所有者の被る現実の不利益が具体的で深刻な実質を持つものであることからすると、このような考え方には問題があるものというべきであろう。
また、多数意見は、このように専ら換地処分の効果に着目して処分性の有無を考えるに際して、この換地処分の法的効果が現実に発生する前の段階においても、将来発生する法的効果の影響や実効的な権利救済を図る必要性の程度等を考慮して、抗告訴訟の対象となる行政処分性を肯定しようとするものである。しかし、このような考え方に立つと、そこでいわれる法的効果の影響や権利救済の必要性の度合いがどの程度であれば処分性が肯定されることとなるのか、その判断の基準が一義的な明確性を欠くものとなり、視点のいかんによってその判断が区々に分かれるという事態が避けられないこととなろう。現に、本件で問題とされている土地区画整理事業の事業計画決定そのものについて、見方によってはこの多数意見がいうのと同様の判断基準に立ったものとも解される昭和41年2月23日の当審大法廷判決の多数意見では、この段階で抗告訴訟の提起を認めることは妥当でなく、また、その必要もないと判断されていたのに対して、本件の多数意見は、これとは正反対の判断を行うに至っているのである。国民にとっても明確で分かりやすい形で訴訟の門戸を開いていくことによって、行政訴訟による権利救済の実効性を確保するという見地からするなら、処分性の有無の判断基準としても、できるだけ明確で分かりやすいものが望ましいものといえよう。その意味でも、本件事業計画の決定の処分性を肯定する法的根拠としては、多数意見のように不安定な解釈の余地を残すような考え方ではなく、端的に上記の建築制限等という法的効果の発生という一事で足りるものとする考え方の方が簡明であり、相当なものというべきであろう。
(裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 横尾和子 裁判官 藤田宙靖 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉徳治 裁判官 才口千晴 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 堀籠幸男 裁判官 古田佑紀 裁判官 那須弘平 裁判官 涌井紀夫 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)
++解説
《解 説》
1 事件の概略
本件は,浜松市(被告,被控訴人,被上告人)の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定について,施行地区内に土地を所有しているXら(原告,控訴人,上告人)が,同決定の違法を主張して,その取消しを求めた事案である。
すなわち,浜松市は,遠州鉄道鉄道線の連続立体交差事業の一環として,上島駅の高架化と併せて同駅周辺の公共施設の整備改善等を図るため,西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業を計画し,土地区画整理法(平成17年法律第34号による改正前のもの。以下「法」という。)52条1項の規定に基づき,静岡県知事から,同事業の事業計画において定める設計の概要について認可を受けた上,平成15年11月25日,同事業の事業計画の決定(以下「本件事業計画の決定」という。)をし,同日,その公告がされた。Xらは,同事業の施行地区内に土地を所有している者であるが,同事業は公共施設の整備改善及び宅地の利用増進という法所定の事業目的を欠くものであるなどと主張して,本件事業計画の決定を対象とする取消訴訟を提起した。
本件の本案前の争点は,本件事業計画の決定が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるかどうか(いわゆる処分性の有無)である。
2 関係法令の定め
土地区画整理事業は,都市計画区域内の土地について,公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図るため,法の定めるところに従って行われる土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業であり(法2条1項),換地による権利交換を制度の骨格とするものである。市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定に関する法令の定めを摘記すると,次のとおりである。
(1) 市町村は,土地区画整理事業を施行しようとする場合においては,施行規程及び事業計画を定めなければならない(法52条1項前段)。事業計画においては,施行地区(施行地区を工区に分ける場合には施行地区及び工区),設計の概要,事業施行期間及び資金計画を定めなければならず(法54条,6条1項),設計の概要については,都道府県知事の認可を受けなければならない(法52条1項後段)。設計の概要は,設計説明書及び設計図を作成して定めなければならず(平成17年国土交通省令第102号による改正前の土地区画整理法施行規則6条1項),このうち,設計説明書には,事業施行後における施行地区内の宅地の地積(保留地の予定地積を除く。)の合計の事業施行前における施行地区内の宅地の地積の合計に対する割合等を記載しなければならず(同条2項),また,設計図は,縮尺1200分の1以上とし,事業施行後における施行地区内の公共施設等の位置及び形状を,事業施行により新設され又は変更される部分と既設のもので変更されない部分とに区別して表示したものでなければならない(同条3項)。
(2) 事業計画が定められた場合においては,市町村長は,遅滞なく,施行者の名称,事業施行期間,施行地区その他国土交通省令で定める事項を公告しなければならない(法55条9項)。そして,この公告がされると,換地処分の公告がある日まで,施行地区内において,土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築,改築若しくは増築を行い,又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行おうとする者は,都道府県知事の許可を受けなければならず(法76条1項),これに違反した者がある場合には,都道府県知事は,当該違反者又はその承継者に対し,当該土地の原状回復等を命ずることができ(同条4項),この命令に違反した者に対しては刑罰が科される(法140条)。このほか,施行地区内の宅地についての所有権以外の権利で登記のないものを有し又は有することとなった者は,書面をもってその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならず(法85条1項),施行者は,その申告がない限り,これを存しないものとみなして,仮換地の指定や換地処分等をすることができるものとされている(同条5項)。
3 従来の判例
土地区画整理事業の事業計画の決定の処分性について,最大判昭41.2.23民集20巻2号271頁(以下「41年大法廷判決」という。)は,土地区画整理事業の事業計画の決定はその公告がされた段階においても抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとして,その処分性を否定した。この判断は,関与した13名の裁判官中8名の裁判官の多数意見によるものであり,その処分性を肯定すべきであるとした5名の裁判官の反対意見が付された。
41年大法廷判決の多数意見が土地区画整理事業の事業計画の決定の処分性を否定した論拠は,要約すると,①〔事業計画の一般的,抽象的青写真性〕事業計画の決定は,当該土地区画整理事業の基礎的事項を一般的,抽象的に決定するものであって,いわば当該土地区画整理事業の青写真たる性質を有するにすぎず,これによって利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが必ずしも具体的に確定されているわけではないこと,②〔付随的効果論〕事業計画が公告されることによって生ずる建築制限等は,法律が特に付与した公告に伴う付随的な効果にとどまるものであって,事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえないこと,③〔成熟性,具体的事件性の欠如〕事業計画の決定ないし公告の段階でその取消し又は無効確認を求める訴えの提起を許さなければ,利害関係者の権利保護に欠けるところがあるとはいい難く,そのような訴えは,争訟の成熟性ないし具体的事件性を欠くこと,以上の3点である。
41年大法廷判決は,その説示内容から「青写真判決」と称されており,判決当初から批判的な論調が強かったものの,裁判実務においては,計画行政における計画決定行為,特に一連の手続の中間段階でされる計画決定行為の処分性を考えるに当たってのリーディングケースとなっていたものである。その後,最三小判平4.10.6裁判集民166号41頁,判タ802号100頁(以下「4年三小判決」という。)は,同一の論点につき,41年大法廷判決を踏襲する判断をした。
4 原判決等
本件の第1審判決及び原判決は,これらの判例に従って,本件事業計画の決定の処分性を否定し,本件訴えを却下すべきものとした。
原判決に対し,Xらから上告受理の申立てがあり,本件は最高裁第三小法廷に係属したが,同小法廷は,本件を上告審として受理した上,これを大法廷に回付した。なお,Xらは,本件訴訟において,本件事業計画の決定のほか,これに先立って静岡県知事がした設計の概要の認可についても取消しを求めていたが,この取消請求については,同認可の処分性を否定して訴えを却下すべきものとした原判決に対するXらの上告受理申立てが同小法廷において不受理とされ,訴え却下の判決が確定した。
5 本判決
本判決は,市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると判断し,原判決のうち浜松市に関する部分を破棄し,同部分につき,第1審判決を取り消し,本件を第1審に差し戻した。以上は,15名の裁判官全員一致の意見である。本判決においては,藤田裁判官,泉裁判官,今井裁判官及び近藤裁判官がそれぞれ補足意見を述べ,涌井裁判官が,本件事業計画の決定の処分性を認める理由付けが多数意見と異なるとして意見を述べている。本判決の多数意見及び個別意見の概要は,次のとおりである。
(1) 多数意見の概要
本判決の多数意見は,土地区画整理事業の事業計画の決定については,その公告がされると施行地区内において建築制限等が生じ,また,いったん事業計画の決定がされると,特段の事情のない限り,その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ,施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになることなどから,施行地区内の宅地所有者等は,事業計画の決定がされることによって,建築制限等の規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができるとし,他方,換地処分等の取消訴訟において,宅地所有者等が事業計画の違法を主張してその主張が認められたとしても,当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あることを指摘し,これらのことから,「市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は,施行地区内の宅地所有者等の法的地位に変動をもたらすものであって,抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということができ,実効的な権利救済を図るという観点から見ても,これを対象とした抗告訴訟の提起を認めるのが合理的である。」と判示して,市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると判断し,これと異なる趣旨をいう41年大法廷判決及び4年三小判決は,いずれも変更すべきであるとした。
(2) 個別意見の概要
ア 藤田裁判官の補足意見は,土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性を認める理論的根拠について,事業計画が一度決定されれば,制度の構造上極めて高い蓋然性をもって換地処分に至ることは否定し得ないのみならず,その段階に至るまでの現実の障害の発生を防止することを目的とする建築行為等の制限効果が直接に生じることになっており,この意味で,事業計画の決定は,土地区画整理事業の全プロセスの中で,換地にまで至る権利制限の連鎖の発端を成す行為であるということができることなどを述べるものである。
イ 泉裁判官の補足意見は,土地区画整理事業の事業計画の決定及び公告の本質的効果は,都市計画事業としての土地区画整理事業の施行権の付与にあるとし,事業計画の決定が抗告訴訟の対象となることの本来的な理由は,それがこのような土地区画整理事業の施行権の付与という効果を有し,それにより施行地区内の宅地所有者等が特段の事情のない限り自己の所有地等につき換地処分を受けるべき地位に立たされるということにあることなどを述べるものである。
ウ 近藤裁判官の補足意見は,従来の判例を変更して土地区画整理事業の事業計画の決定の処分性を肯定することに関連して検討すべき理論上及び実務上の問題として,①「公定力と違法性の承継」,②「出訴期間と経過措置的解釈」,③「取消判決の第三者効(対世効)と第三者の手続保障」について意見を述べるものであり(意見の要点については後述する。),今井裁判官の補足意見は,近藤裁判官の補足意見のうち①及び②に同調するというものである。
エ 涌井裁判官の意見は,土地区画整理事業の事業計画が定められ所定の公告がされると,施行地区内の土地は自由に建築物の建築を行うことができない土地になってしまい,その所有者には,これを他に売却しようとしても通常の取引の場合のような買い手を見つけることが困難になるという極めて現実的で深刻な影響が生じることになるのであって,事業計画の決定については,このような建築制限等の法的効果を持つことのみで,その処分性を肯定することが十分に可能であり,また,そのように解することが相当であるとするものである。
6 処分性一般に関する判例法理との関係
抗告訴訟は,行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟であり,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為を対象として,その効力等を争う訴訟である(行政事件訴訟法3条)。そして,ここでいう行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(行政処分)とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうとするのが,最高裁の確立した判例である(最一小判昭30.2.24民集9巻2号217頁,判タ47号46頁,最一小判昭39.10.29民集18巻8号1809頁等)。
近時,上記の処分性の有無に関する一般的な判断基準からすると処分性が認められるかどうか微妙な行政上の行為について,その処分性を肯定する最高裁の判決(医療法に基づき都道府県知事が病院を開設しようとする者に対して行う病院開設中止の勧告につき処分性を肯定した最二小判平17.7.15民集59巻6号1661頁,判タ1188号132頁,同じく病床数削減の勧告につき処分性を肯定した最三小判平17.10.25裁判集民218号91頁,判タ1200号136頁)が現れているが,これらの判決は,実効的な権利救済を図るという観点から,上記の処分性の有無に関する一般的な判断基準を柔軟に解したものと理解することができ,その基準自体を変更するものではないと解される。
本判決は,市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定について,実効的な権利救済を図るという観点を踏まえた上で,上記事業計画の決定が有する法的効果,すなわち,その決定がされることによって,施行地区内の宅地所有者等が建築制限等の規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるという法的効果を根拠として,その処分性を肯定したものである。こうした本判決の判断構造から見れば,本判決は,上記の処分性の有無に関する一般的な判断基準を変更するものではなく,むしろ,これを当然の前提としているものということができよう。
7 本判決の射程
本判決は,計画行政における計画決定行為の処分性を考えるに当たってのリーディングケースとなっていた41年大法廷判決を変更したものであり,その射程がどこまで及ぶかが問題となる。
現行の法律で,私人の権利義務ないし法的地位に変動を生じさせる法的効果を有する行政計画について定めたものは多数存在するが,これらにおける計画決定行為は,大きく分けて,① 定められた計画に基づき将来具体的な事業が施行されることが予定されており,計画決定行為が一連の手続の中間段階でされるもの(以下「事業型・非完結型の計画決定行為」という。)と,② 定められた計画に基づき将来具体的な事業が施行されることが予定されておらず,計画行政としては計画決定行為をもって完結するもの(以下「非事業型・完結型の計画決定行為」という。)の二つの類型に分類することができる。土地区画整理事業の事業計画の決定は,事業型・非完結型の計画決定行為であり,本判決の判決理由にかんがみれば,本判決の射程は,非事業型・完結型の計画決定行為(その例としては,都市計画法上の用途地域の指定を挙げることができる。)には及ばないものと解される。
また,本判決は,土地区画整理事業の事業計画については,いったんその決定がされると,特段の事情のない限り,その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ,施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになり,他方で,換地処分等がされた段階でこれを対象として取消訴訟を提起することができるとしても,宅地所有者等の被る権利侵害に対する救済が十分に果たされるとはいい難いという点に着目して,土地区画整理事業の事業計画の決定の処分性を肯定したものであるから,事業型・非完結型の計画決定行為であっても,当該計画決定行為から土地収用や換地処分等が行われるまでの中間段階で別途行政処分と目すべき行政上の行為が行われ,実効的な権利救済のためには,その行政上の行為を対象とした抗告訴訟の提起を認めれば足りるものについては,本判決の射程は及ばないものと解される(例えば,道路等の都市施設を都市計画事業として整備しようとする場合には,まず,都市計画において当該都市施設を定めた上で,具体的に事業を施行しようとする段階で,都市計画事業の認可という手続を踏んで事業が施行されることになるが,これによって収用を受けるべき地位に立たされる事業地内の土地所有者等の救済は,都市計画事業の認可に対する抗告訴訟の提起を認めれば足りると考えられるから,上記の都市計画決定には,本判決の射程は及ばないものと解される。)。
8 関連する理論上及び実務上の問題
本判決は,従来の判例を変更して土地区画整理事業の事業計画の決定の処分性を肯定したものであるから,これに関連して検討すべき理論上及び実務上の問題が存在する。具体的には,事業計画の決定の公定力,違法性の承継,出訴期間,取消判決の第三者効,第三者の手続保障等であるが,これらの点については,近藤裁判官の補足意見において問題点の指摘と同裁判官の意見が述べられているので,ここでは,同補足意見の要点を次の(1)~(3)のとおり摘記するにとどめる。
(1) 事業計画の決定の処分性を肯定すると,その決定には公定力があることになるから,たとえこれに違法性があったとしても,それ自体の取消訴訟などによって公定力が排除されない限り,その違法性は後行行為たる仮換地の指定や換地処分に承継されず,それらの取消事由として事業計画の決定の違法を主張することは許されない。事業計画の決定の違法を主張する者は,その段階で取消訴訟を提起しておかなければならない。
(2) 事業計画の決定に対する取消訴訟は行政事件訴訟法14条1項所定の出訴期間の制限に服することになるが,本判決より前にされた事業計画の決定については,出訴期間の経過について同項ただし書にいう「正当な理由」があるものとして救済を図るといういわば経過措置的な解釈をすることが相当である。ただし,換地処分がされてその取消訴訟の出訴期間も経過している場合には,「正当な理由」があるとはいえない。
(3) 事業計画の決定を取り消す判決が確定した場合には,第三者との関係をも含めて当該決定の絶対的効力が失われると考えられるが,第三者の訴訟参加(行政事件訴訟法22条)や第三者の再審の訴え(同法34条)の制度があるので,第三者の手続保障に欠けるところはない。
9 本判決の意義
本判決は,計画行政に係る争訟について実効的な権利救済を図るという観点から,計画決定行為の処分性に関する重要判例を司法的救済の門戸を開く方向で42年ぶりに変更した大法廷判決であり,この分野における新たなリーディングケースとなるものである。
オ 判例変更の射程~非完結型(事業型)計画と完結型(土地利用規制型)計画
完結型の方には射程は及ばない。
カ 処分性を認めることに伴う問題
・出訴期間とかある。
・違法性の承継の問題も出てくる。