行政法 基本行政法 行政裁量 その1


1.行政判断のプロセス
①事実の認定
②要件の認定
③行為の選択
④手続の選択
⑤時の選択

2.裁判所による審査と行政裁量の所在
(1)裁判所による審査と行政裁量の所在
(2)裁量権の逸脱・濫用の審査
・行政処分権限を付与した法律が行政庁に裁量を認めているのか
どの程度の裁量を認めているのかが問題になる。

①事実の認定
原則として行政裁量は認められない!
ただし、将来の予測を含む高度な科学技術の問題については、「要件の認定」と「事実の認定」が分かちがたく結びついており、行政裁量が認められることがある。

+判例(高松高判S59.12.14)伊方原発
長い(笑)
原子炉設置の許可は、政策的のみならず専門技術的な意味においても、行政庁の裁量処分である。

ちなみに最高裁の方はH4.10.29

④手続の選択
+判例(東京地判59.3.29)

⑤時の選択
+判例(S57.4.23)中野区特殊車両通行認定事件
理由
上告代理人篠崎芳明、同大場常夫の上告理由について
道路法四七条四項の規定に基づく車両制限令一二条所定の道路管理者の認定は、同令五条から七条までに規定する車両についての制限に関する基準に適合しないことが、車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ないものであるかどうかの認定にすぎず、車両の通行の禁止又は制限を解除する性格を有する許可(同法四七条一項から三項まで、四七条の二第一項)とは法的性格を異にし、基本的には裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものであることは、右法条の改正の経緯、規定の体裁及び罰則の有無等に照らし明らかであるが、他方右認定については条件を附することができること(同令一二条但し書)、右認定の制度の具体的効用が許可の制度のそれと比較してほとんど変るところがないことなどを勘案すると、右認定に当たつて、具体的事案に応じ道路行政上比較衡量的判断を含む合理的な行政裁量を行使することが全く許容されないものと解するのは相当でない
これを本件についてみるのに、原審の適法に確定したところによれば、被上告人の道路管理者としての権限を行う中野区長が本件認定申請に対して約五か月間認定を留保した理由は、右認定をすることによつて本件建物の建築に反対する附近住民と上告人側との間で実力による衝突が起こる危険を招来するとの判断のもとにこの危険を回避するためということであり、右留保期間は約五か月間に及んではいるが、結局、中野区長は当初予想された実力による衝突の危険は回避されたと判断して本件認定に及んだというのである。右事実関係によれば、中野区長の本件認定留保は、その理由及び留保期間から見て前記行政裁量の行使として許容される範囲内にとどまるものというべく、国家賠償法一条一項の定める違法性はないものといわなければならない。
以上の次第であるから、所論の点に関する原審の判断は、その結論において正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鹽野宜慶 裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 宮崎梧一 裁判官 大橋進)

3.行政裁量の有無の判断基準
(1)法律の文言
+判例(H18.2.7)呉市公立学校施設使用不許可事件
理由 
 上告代理人岡秀明の上告受理申立て理由について 
 1 本件は、広島県の公立小中学校等に勤務する教職員によって組織された職員団体である被上告人が、その主催する第49次広島県教育研究集会(以下「本件集会」という。)の会場として、呉市立二河中学校(以下「本件中学校」という。)の体育館等の学校施設の使用を申し出たところ、いったんは口頭でこれを了承する返事を本件中学校の校長(以下、単に「校長」という。)から得たのに、その後、呉市教育委員会(以下「市教委」という。)から不当にその使用を拒否されたとして、上告人に対し、国家賠償法に基づく損害賠償を求めた事案である。 
 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、以下のとおりである。 
 (1) 呉市立学校施設使用規則(昭和40年呉市教育委員会規則第4号。以下「本件使用規則」という。)2条は、学校施設を使用しようとする者は、使用日の5日前までに学校施設使用許可申請書を当該校長に提出し、市教委の許可を受けなければならないとしている。本件使用規則は、4条で、学校施設は、市教委が必要やむを得ないと認めるときその他所定の場合に限り、その用途又は目的を妨げない限度において使用を許可することができるとしているが、5条において、施設管理上支障があるとき(1号)、営利を目的とするとき(2号)、その他市教委が、学校教育に支障があると認めるとき(3号)のいずれかに該当するときは、施設の使用を許可しない旨定めている。 
 (2) 被上告人は、本件集会を、本件中学校において、平成11年11月13日(土)と翌14日(日)の2日間開催することとし、同年9月10日、校長に学校施設の使用許可を口頭で申し込んだところ、校長は、同月16日、職員会議においても使用について特に異議がなかったので、使用は差し支えないとの回答をした。 
 市教委の教育長は、同月17日、被上告人からの使用申込みの事実を知り、校長を呼び出して、市教委事務局学校教育部長と3人で本件中学校の学校施設の使用の許否について協議をし、従前、同様の教育研究集会の会場として学校施設の使用を認めたところ、右翼団体の街宣車が押し掛けてきて周辺地域が騒然となり、周辺住民から苦情が寄せられたことがあったため、本件集会に本件中学校の学校施設を使用させることは差し控えてもらいたい旨切り出した。しばらくのやりとりの後、校長も使用を認めないとの考えに達し、同日、校長から被上告人に対して使用を認めることができなくなった旨の連絡をした。 
 被上告人側と市教委側とのやりとりを経た後、被上告人から同月10日付けの使用許可申請書が同年10月27日に提出されたのを受けて、同月31日、市教委において、この使用許可申請に対し、本件使用規則5条1号、3号の規定に該当するため不許可にするとの結論に達し、同年11月1日、市教委から被上告人に対し、同年10月31日付けの学校施設使用不許可決定通知書が交付された(以下、この使用不許可処分を「本件不許可処分」という。)。同通知書には、不許可理由として、本件中学校及びその周辺の学校や地域に混乱を招き、児童生徒に教育上悪影響を与え、学校教育に支障を来すことが予想されるとの記載があった。 
 (3) 本件集会は、結局、呉市福祉会館ほかの呉市及び東広島市の七つの公共施設を会場として開催された。
 (4) 被上告人は、昭和26年から毎年継続して教育研究集会を開催してきており、毎回1000人程度の参加者があった。第16次を除いて、第1次から第48次まで、学校施設を会場として使用してきており、広島県においては本件集会を除いて学校施設の使用が許可されなかったことはなかった。呉市内の学校施設が会場となったことも、過去10回前後あった。 
 (5) 被上告人の教育研究集会では、全体での基調提案ないし報告及び記念公演のほか、約30程度の数の分科会に分かれての研究討議が行われる。各分科会では、学校教科その他の項目につき、新たな学習題材の報告、授業展開に当たっての具体的な方法論の紹介、各項目における問題点の指摘がされ、これらの報告発表に基づいて討議がされる。このように、教育研究集会は、教育現場において日々生起する教育実践上の問題点について、各教師ないし学校単位の研究や取組みの成果が発表、討議の上、集約され、その結果が教育現場に還元される場ともなっている一方、広島県教育委員会(以下「県教委」という。)等による研修に反対する立場から、職員団体である被上告人の基本方針に基づいて運営され、分科会のテーマ自体にも、教職員の人事や勤務条件、研修制度を取り上げるものがあり、教科をテーマとするものについても、学習指導要領に反対したり、これを批判する内容のものが含まれるなど、被上告人の労働運動という側面も強く有するものであった。 
 (6) 平成4年に呉市で行われた第42次教育研究集会を始め、過去、被上告人の開催した教育研究集会の会場である学校に、集会当日、右翼団体の街宣車が来て、スピーカーから大音量の音を流すなどの街宣活動を行って集会開催を妨害し、周辺住民から学校関係者等に苦情が寄せられたことがあった。 
 しかし、本件不許可処分の時点で、本件集会について右翼団体等による具体的な妨害の動きがあったという主張立証はない。 
 (7) 被上告人の教育研究集会の要綱などの刊行物には、学習指導要領の問題点を指摘しこれを批判する内容の記載や、文部省から県教委等に対する是正指導にもあった卒業式及び入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導に反対する内容の記載が多数見受けられ、過去の教育研究集会では、そのような内容の討議がされ、本件集会においても、同様の内容の討議がされることが予想された。もっとも、上記記載の文言は、いずれも抽象的な表現にとどまっていた。 
 (8) 県教委と被上告人とは、以前から、国旗掲揚、国歌斉唱問題や研修制度の問題等で緊張関係にあり、平成10年7月に新たな教育長が県教委に着任したころから、対立が激化していた。 
 3 原審は、上記事実関係を前提として、本件不許可処分は裁量権を逸脱した違法な処分であると判断した。所論は、原審の上記判断に、地方自治法244条2項、238条の4第4項、学校教育法85条、教育公務員特例法(平成15年法律第117号による改正前のもの。以下同じ。)19条、20条の解釈の誤り、裁量権濫用の判断の誤り等があると主張するので、以下この点について判断する。 
 (1) 地方公共団体の設置する公立学校は、地方自治法244条にいう「公の施設」として設けられるものであるが、これを構成する物的要素としての学校施設は同法238条4項にいう行政財産である。したがって、公立学校施設をその設置目的である学校教育の目的に使用する場合には、同法244条の規律に服することになるが、これを設置目的外に使用するためには、同法238条の4第4項に基づく許可が必要である。教育財産は教育委員会が管理するとされているため(地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条2号)、上記の許可は本来教育委員会が行うこととなる。 
 学校施設の確保に関する政令(昭和24年政令第34号。以下「学校施設令」という。)3条は、法律又は法律に基づく命令の規定に基づいて使用する場合及び管理者又は学校の長の同意を得て使用する場合を例外として、学校施設は、学校が学校教育の目的に使用する場合を除き、使用してはならないとし(1項)、上記の同意を与えるには、他の法令の規定に従わなければならないとしている(2項)。同意を与えるための「他の法令の規定」として、上記の地方自治法238条の4第4項は、その用途又は目的を妨げない限度においてその使用を許可することができると定めており、その趣旨を学校施設の場合に敷えんした学校教育法85条は、学校教育上支障のない限り、学校の施設を社会教育その他公共のために、利用させることができると規定している。本件使用規則も、これらの法令の規定を受けて、市教委において使用許可の方法、基準等を定めたものである。 
 (2) 地方自治法238条の4第4項、学校教育法85条の上記文言に加えて、学校施設は、一般公衆の共同使用に供することを主たる目的とする道路や公民館等の施設とは異なり、本来学校教育の目的に使用すべきものとして設置され、それ以外の目的に使用することを基本的に制限されている(学校施設令1条、3条)ことからすれば、学校施設の目的外使用を許可するか否かは、原則として、管理者の裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。すなわち、学校教育上支障があれば使用を許可することができないことは明らかであるが、そのような支障がないからといって当然に許可しなくてはならないものではなく、行政財産である学校施設の目的及び用途と目的外使用の目的、態様等との関係に配慮した合理的な裁量判断により使用許可をしないこともできるものである。学校教育上の支障とは、物理的支障に限らず、教育的配慮の観点から、児童、生徒に対し精神的悪影響を与え、学校の教育方針にもとることとなる場合も含まれ、現在の具体的な支障だけでなく、将来における教育上の支障が生ずるおそれが明白に認められる場合も含まれる。また、管理者の裁量判断は、許可申請に係る使用の日時、場所、目的及び態様、使用者の範囲、使用の必要性の程度、許可をするに当たっての支障又は許可をした場合の弊害若しくは影響の内容及び程度、代替施設確保の困難性など許可をしないことによる申請者側の不都合又は影響の内容及び程度等の諸般の事情を総合考慮してされるものであり、その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法審査においては、その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、その判断が、重要な事実の基礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って、裁量権の逸脱又は濫用として違法となるとすべきものと解するのが相当である。 
 (3) 教職員の職員団体は、教職員を構成員とするとはいえ、その勤務条件の維持改善を図ることを目的とするものであって、学校における教育活動を直接目的とするものではないから、職員団体にとって使用の必要性が大きいからといって、管理者において職員団体の活動のためにする学校施設の使用を受忍し、許容しなければならない義務を負うものではないし、使用を許さないことが学校施設につき管理者が有する裁量権の逸脱又は濫用であると認められるような場合を除いては、その使用不許可が違法となるものでもない。また、従前、同一目的での使用許可申請を物理的支障のない限り許可してきたという運用があったとしても、そのことから直ちに、従前と異なる取扱いをすることが裁量権の濫用となるものではないもっとも、従前の許可の運用は、使用目的の相当性やこれと異なる取扱いの動機の不当性を推認させることがあったり、比例原則ないし平等原則の観点から、裁量権濫用に当たるか否かの判断において考慮すべき要素となったりすることは否定できない。 
 (4) 以上の見地に立って本件を検討するに、原審の適法に確定した前記事実関係等の下において、以下の点を指摘することができる。 
 ア 教育研究集会は、被上告人の労働運動としての側面も強く有するものの、その教育研究活動の一環として、教育現場において日々生起する教育実践上の問題点について、各教師ないし学校単位の研究や取組みの成果が発表、討議の上、集約される一方で、その結果が、教育現場に還元される場ともなっているというのであって、教員らによる自主的研修としての側面をも有しているところ、その側面に関する限りは、自主的で自律的な研修を奨励する教育公務員特例法19条、20条の趣旨にかなうものというべきである。被上告人が本件集会前の第48次教育研究集会まで1回を除いてすべて学校施設を会場として使用してきており、広島県においては本件集会を除いて学校施設の使用が許可されなかったことがなかったのも、教育研究集会の上記のような側面に着目した結果とみることができる。このことを理由として、本件集会を使用目的とする申請を拒否するには正当な理由の存在を上告人において立証しなければならないとする原審の説示部分は法令の解釈を誤ったものであり是認することができないものの、使用目的が相当なものであることが認められるなど、被上告人の教育研究集会のための学校施設使用許可に関する上記経緯が前記(3)で述べたような趣旨で大きな考慮要素となることは否定できない。 
 イ 過去、教育研究集会の会場とされた学校に右翼団体の街宣車が来て街宣活動を行ったことがあったというのであるから、抽象的には街宣活動のおそれはあったといわざるを得ず、学校施設の使用を許可した場合、その学校施設周辺で騒じょう状態が生じたり、学校教育施設としてふさわしくない混乱が生じたりする具体的なおそれが認められるときには、それを考慮して不許可とすることも学校施設管理者の裁量判断としてあり得るところである。しかしながら、本件不許可処分の時点で、本件集会について具体的な妨害の動きがあったことは認められず(なお、記録によれば、本件集会については、実際には右翼団体等による妨害行動は行われなかったことがうかがわれる。)、本件集会の予定された日は、休校日である土曜日と日曜日であり、生徒の登校は予定されていなかったことからすると、仮に妨害行動がされても、生徒に対する影響は間接的なものにとどまる可能性が高かったということができる。 
 ウ 被上告人の教育研究集会の要綱などの刊行物に学習指導要領や文部省の是正指導に対して批判的な内容の記載が存在することは認められるが、いずれも抽象的な表現にとどまり、本件集会において具体的にどのような討議がされるかは不明であるし、また、それらが本件集会において自主的研修の側面を排除し、又はこれを大きくしのぐほどに中心的な討議対象となるものとまでは認められないのであって、本件集会をもって人事院規則14-7所定の政治的行為に当たるものということはできず、また、これまでの教育研究集会の経緯からしても、上記の点から、本件集会を学校施設で開催することにより教育上の悪影響が生ずるとする評価を合理的なものということはできない。 
 エ 教育研究集会の中でも学校教科項目の研究討議を行う分科会の場として、実験台、作業台等の教育設備や実験器具、体育用具等、多くの教科に関する教育用具及び備品が備わっている学校施設を利用することの必要性が高いことは明らかであり、学校施設を利用する場合と他の公共施設を利用する場合とで、本件集会の分科会活動にとっての利便性に大きな差違があることは否定できない。 
 オ 本件不許可処分は、校長が、職員会議を開いた上、支障がないとして、いったんは口頭で使用を許可する意思を表示した後に、上記のとおり、右翼団体による妨害行動のおそれが具体的なものではなかったにもかかわらず、市教委が、過去の右翼団体の妨害行動を例に挙げて使用させない方向に指導し、自らも不許可処分をするに至ったというものであり、しかも、その処分は、県教委等の教育委員会と被上告人との緊張関係と対立の激化を背景として行われたものであった。 
 (5) 上記の諸点その他の前記事実関係等を考慮すると、本件中学校及びその周辺の学校や地域に混乱を招き、児童生徒に教育上悪影響を与え、学校教育に支障を来すことが予想されるとの理由で行われた本件不許可処分は、重視すべきでない考慮要素を重視するなど、考慮した事項に対する評価が明らかに合理性を欠いており、他方、当然考慮すべき事項を十分考慮しておらず、その結果、社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたものということができる。そうすると、原審の採る立証責任論等は是認することができないものの、本件不許可処分が裁量権を逸脱したものであるとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。 
 4 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男) 
++解説
《解  説》
 1 本件は,広島県の公立小中学校等に勤務する教職員によって組織された職員団体であるXが,Xが主催し昭和26年から毎年開催してきている広島県教育研究集会の第49次集会の会場として,呉市立中学校の学校施設の使用を申し出たところ,いったんは口頭でこれを了承する返事を校長から得たのに,その後,呉市教育委員会から不当にその使用を拒否されたとして,Y(呉市)に対し,国家賠償法に基づく損害賠償を求めた事案である。呉市教育委員会は,右翼団体による妨害活動のおそれ等を挙げ,当該中学校及びその周辺の学校や地域に混乱を招き,児童生徒に教育上悪影響を与え,学校教育に支障を来すことが予想されるとの理由で不許可処分をしていた。教育研究集会の態様,これまでの学校施設使用の経緯,今回の申請に係る事実経過等の事実関係は,直接判決文を参照されたい。
 1審は,50万円及び遅延損害金の限度でXの請求を一部認容し,原審もこれを維持した。原審は,学校施設の使用の許否の判断は広い裁量にゆだねられているとしつつ,教育委員会としては原告が教育研究集会を行える場を確保できるよう配慮する義務があったとし,本件集会を使用目的とする申請を拒否するには正当な理由の存在を被告において立証しなければならないなどと説示し,本件不許可処分は裁量権を逸脱した違法な処分であると判断した。最高裁第三小法廷は,Yからの上告受理申立てを受理して,本判決によりその判断を示した。
 2 地方公共団体の設置する公立学校は,地方自治法244条にいう「公の施設」として設けられるものであるが,公立学校を構成する物的要素としての学校施設は,同法238条4項にいう行政財産(普通地方公共団体において公用又は公共用に供し,又は供することと決定した財産)である。したがって,公立学校施設をその設置目的である学校教育の目的に使用する場合には同法244条の規律に服することになるが,これを設置目的外に使用するためには,同法238条の4第4項に基づく許可が必要である。教育財産は教育委員会が管理するとされているため(地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条2号),上記の許可は本来教育委員会が行うこととなる。
 学校施設の確保に関する政令(昭和24年政令第34号)3条は,法律又は法律に基づく命令の規定に基づいて使用する場合及び管理者又は学校の長の同意を得て使用する場合を例外として,学校施設は,学校が学校教育の目的に使用する場合を除き,使用してはならないとし(1項),上記の同意を与えるには,他の法令の規定に従わなければならないとしている(2項)。同意を与えるための「他の法令の規定」として,上記の地方自治法238条の4第4項は,その用途又は目的を妨げない限度においてその使用を許可することができると定めており,その趣旨を学校施設の場合に敷えんした学校教育法85条は,学校教育上支障のない限り,学校の施設を社会教育その他公共のために,利用させることができると規定している。これらの定めの解釈上,その許可をするか否かは管理者の裁量処分と解され,不許可処分がされた場合,申請者においてその不許可処分に裁量権の逸脱濫用があることを主張,立証して,初めてその処分は違法と判断されることになる。
 3 地方自治法244条2項は,正当な理由がない限り,住民が公の施設を利用することを拒んではならないと定めているところ,本件原判決は,目的外使用については同項の適用がないことを前提として説示をしているが,前記のような見解を媒介とすることにより,結果的には,本件許可申請について同条2項の適用ないし類推適用があるのと同様の基準で判断している。また,原判決は,右翼団体の街宣活動等の妨害行動のおそれにつき,それに伴って生ずる紛争の責任は専ら当該右翼団体にあるから,これを教育上の支障として学校施設利用を拒否することは許されないと判示していた。
 最三小判平7.3.7民集49巻3号687頁,判タ876号84頁(泉佐野市民会館事件)や最二小判平8.3.15民集50巻3号549頁,判タ906号192頁(上尾市福祉会館事件)は,市民会館における集会開催のための使用許可や市福祉会館における組合幹部の合同葬のための使用という本来の施設設置目的に応じた使用許可に関して,条例上の不許可事由につき地方自治法244条の適用を前提として厳格に解し,主催者が集会を平穏に行おうとしているのに,その集会の目的や主催者の思想,信条に反対する者らが,これを実力で阻止し,妨害しようとして紛争を起こすおそれがあることを理由に公の施設の利用を拒むことができるのは,公の施設の利用関係の性質に照らせば,警察の警備等によってもなお混乱を防止することができないなど特別の事情がある場合に限られるべきであるなどと判示していた。原判決の上記判示は,これに影響されたものとみることができる。
 しかし,前記のとおり,公立学校施設を設置目的外に使用するためには,同条の適用はなく,同法238条の4第4項に基づく許可が必要であり,その許可をするか否かは管理者の裁量にゆだねられていることからすると,原判決の上記判示部分には問題があったように思われる。
 4 本判決は,判決要旨1のとおり,学校施設の目的外使用の許否の判断が管理者の裁量にゆだねられていることを明らかにし,要旨2のとおり,学校教育法85条が使用を許さない場合として掲げている「学校教育上支障」の意義につき,学校教育上の支障がある場合とは,物理的支障がある場合に限られるものではなく,教育的配慮の観点から,児童,生徒に対し精神的悪影響を与え,学校の教育方針にもとることとなる場合も含まれ,現在の具体的な支障がある場合だけでなく,将来における教育上の支障が生ずるおそれが明白に認められる場合も含まれるとした。また,学校施設の使用の許否の判断に関する司法審査の方法については,一般に裁量処分に対する司法審査について判例の採る立場(懲戒処分についての最三小判昭52.12.20民集31巻7号1101頁,判タ357号142頁,在留期間更新不許可処分についての最大判昭53.10.4民集32巻7号1223頁,判タ368号196頁等)と同様に,その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で,その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し,その判断が,重要な事実の基礎を欠くか,又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って,裁量権の逸脱又は濫用として違法となるとすべきものであるとする一般論を示した。
 その上で,要旨4に掲げたような事情を逐一指摘し,これらの事情をすべて考慮すれば,本件不許可処分は,重視すべきでない考慮要素を重視するなど,考慮した事項に対する評価が明らかに合理性を欠いており,他方,当然考慮すべき事項を十分考慮しておらず,その結果,社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたものといえるとして,原審の採る立証責任論等は是認することができないものの,本件不許可処分を裁量権の逸脱であるとした原審の判断も結論において是認することができるとしたものである。
 本判決は,最高裁として初めて,学校施設の目的外使用の許否の判断の性質,司法審査の在り方等を明らかにして,原審の採った一般論を是正したものであり,今後の同種事件の処理に当たり参考となる。また,具体的事案についての判断も,教育研究集会の性格等も含め,あくまでも原審確定事実を前提とした判断ではあるが,実務上参考となるものと考えられる。
 なお,学校施設の使用許可に関する下級審裁判例としては,広島地判昭50.11.25判時817号60頁,鹿児島地判昭58.10.21訟月30巻4号685頁,その控訴審福岡高宮崎支判昭60.3.29判タ574号78頁,福岡高判平16.1.20判タ1159号149頁等があり,参考文献として,今村武俊=別府哲『学校教育法解説(初等中等教育編)』393~406頁,鈴木勲『逐条学校教育法』666~678頁,鈴木勲『新訂・学校経営のための法律常識』279~288頁等がある。
+判例(S56.2.26)ストロングライフ事件
理由 
 上告代理人貞家克己、同高橋正、同玉田勝也、同堀井善吉、同鎌田泰輝、同小沢義彦、同川満敏一、同新谷鐵郎、同代田久米雄、同大西孝夫、同中井一士、同辻宏二、同内山壽紀の上告理由について 
 論旨は、毒物及び劇物取締法四条一項に規定する毒物又は劇物の輸入業の登録の申請があつた場合には、同法五条及び毒物及び劇物取締法施行規則四条の四所定の登録拒否事由がなくても、当該品目の輸入を許すことにより右登録拒否事由が存する場合と同程度あるいはそれ以上に国民の保健衛生上の危害を発生させることが予測されるときには、同法の目的、趣旨に照らし、右の各規定を類推適用して、当該品目につき輸入業の登録を拒否することができると解すべきであるから、本件につき、右の各規定は右拒否事由がある場合のほかは必ず登録を行わなければならないことを定めたものであるとの見解のもとに、本件登録拒否処分は法定の登録拒否事由以外の理由に基づき被上告人の輸入業の登録を許さなかつたものであるから違法であるとした原判決には、右法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。 
 本件拒否処分は、ストロングライフは、専ら、劇物であるブロムアセトンの有する催涙作用が人体に開眼不能等の機能障害を生じさせることをその用途とするものであり、保健衛生上の危険性が顕著であるからという理由により、毒物及び劇物取締法の解釈上設備に関する法定の登録拒否事由がなくてもその輸入業の登録を拒否することができるとの見解の下にされたものである。しかしながら、同法は、毒物及び劇物の製造業、輸入業、販売業の登録については、登録を受けようとする者が前に登録を取り消されたことを一定の要件のもとに欠格事由としているほかは、登録を拒否しうる場合をその者の設備が毒物及び劇物取締法施行規則四条の四で定める基準に適合しないと認めるときだけに限定しており(五条)、毒物及び劇物の具体的な用途については、同法二条三項にいう特定毒物につき、特定毒物研究者は特定毒物を学術研究以外の用途に供してはならない旨(三条の二第四項)、及び、特定毒物使用者は特定毒物を品目ごとに政令で定める用途以外の用途に供してはならない旨(三条の二第五項)を定めるほかには、特段の規制をしていないことが明らかであり、他方、人の身体に有害あるいは危険な作用を及ぼす物質が用いられた製品に対する危害防止の見地からの規制については、他の法律においてこれを定めたいくつかの例が存するのである(例えば、食品衛生法、薬事法、有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律、消費生活用製品安全法、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律等においてその趣旨の規定が見られる。)。これらの点をあわせ考えると、毒物及び劇物取締法それ自体は、毒物及び劇物の輸入業等の営業に対する規制は、専ら設備の面から登録を制限することをもつて足りるものとし、毒物及び劇物がどのような目的でどのような用途の製品に使われるかについては、前記特定毒物の場合のほかは、直接規制の対象とせず、他の個々の法律がそれぞれの目的に応じて個別的に取り上げて規制するのに委ねている趣旨であると解するのが相当である。そうすると、本件ストロングライフがその用途に従つて使用されることにより人体に対する危害が生ずるおそれがあることをもつてその輸入業の登録の拒否事由とすることは、毒物及び劇物の輸入業等の登録の許否を専ら設備に関する基準に適合するか否かにかからしめている同法の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。 
 なお、ストロングライフのブロムアセトンを収納するカートリツジが同法五条にいう設備にあたると解することはできないとした原審の判断は、正当として是認することができる。 
 そうすると、原審の確定した事実関係のもとにおいて、本件拒否処分は違法であるから取り消すべきものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝) 
(2)処分の性質
+判例(S43.12.24)
理由 
 上告代理人池谷四郎の上告理由について。 
 論旨は、要するに、本件通達は従来慣習法上認められていた異宗派を理由とする埋葬拒否権の内容を変更し、新たに上告人に対して一般第三者の埋葬請求を受忍すべき義務を負わせたものであつて、この通達によれば、爾後このような理由による拒否に対しては刑罰を科せられるおそれがあり、また、右通達が発せられてからは現に多くの損害、不利益を被つている、従つて、右通達は上告人ら国民をも拘束し、直接具体的に上告人らに法律上の効果を及ぼしているのであつて、原判決が上告人のこのような主張を排斥して本訴を許すべからざるものとしたのは、本件通達の内容、効果を誤認し、ひいて法律の適用を誤つたものであり、また、審理不尽の違法を犯している、というのである。 
 しかし本件通達は、厚生省公衆衛生局環境衛生部長から都道府県指定都市衛生主管部局長にあてて発せられたもので、その内容は、墓地、埋葬等に関する法律一三条に関し、昭和二四年八月二二日付東京都衛生局長あて回答に示した見解を改め、今後は内閣法制局第一部長の昭和三五年二月一五日付回答の趣旨にそつて解釈、運用することとしたことを明らかにすると同時に、諸機関において、この点に留意して埋葬等に関する事務処理をするよう求めたものであり、行政組織および右法律の施行事務に関する関係法令を参しやくすれば、本件通達は、被上告人がその権限にもとづき所掌事務について、知事をも含めた関係行政機関に対し、法律の解釈、運用の方針を示して、その職務権限の行使を指揮したものと解せられる。 
 元来、通達は、原則として、法規の性質をもつものではなく、上級行政機関が関係下級行政機関および職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するものであり、このような通達は右機関および職員に対する行政組織内部における命令にすぎないから、これらのものがその通達に拘束されることはあつても、一般の国民は直接これに拘束されるものではなく、このことは、通達の内容が、法令の解釈や取扱いに関するもので、国民の権利義務に重大なかかわりをもつようなものである場合においても別段異なるところはない。このように、通達は、元来、法規の性質をもつものではないから、行政機関が通達の趣旨に反する処分をした場合においても、そのことを理由として、その処分の効力が左右されるものではない。また、裁判所がこれらの通達に拘束されることのないことはもちろんで、裁判所は、法令の解釈適用にあたつては、通達に示された法令の解釈とは異なる独自の解釈をすることができ、通達に定める取扱いが法の趣旨に反するときは独自にその違法を判定することもできる筋合である。 
 このような通達一般の性質、前述した本件通達の形式、内容および原判決の引用する一審判決議定の事実(拳示の証拠に照らし肯認することができる。)その他原審の適法に確定した事実ならびに墓地、埋葬等に関する法律の規定を併せ考えれば、本件通達は従来とられていた法律の解釈や取扱いを変更するものではあるが、それはもつぱら知事以下の行政機関を拘束するにとどまるもので、これらの機関は右通達に反する行為をすることはできないにしても、国民は直接これに拘束されることはなく、従つて、右通達が直接に上告人の所論墓地経営権、管理権を侵害したり、新たに埋葬の受忍義務を課したりするものとはいいえない。また、墓地、埋葬等に関する法律二一条違反の有無に関しても、裁判所は本件通達における法律解釈等に拘束されるものではないのみならず、同法一三条にいわゆる正当の理由の判断にあたつては、本件通達に示されている事情以外の事情をも考慮すべきものと解せられるから、本件通達が発せられたからといつて直ちに上告人において刑罰を科せられるおそれがあるともいえず、さらにまた、原審において上告人の主張するような損害、不利益は、原判示のように、直接本件通達によつて被つたものということもできない。 
 そして、現行法上行政訴訟において取消の訴の対象となりうるものは、国民の権利義務、法律上の地位に直接具体的に法律上の影響を及ぼすような行政処分等でなければならないのであるから、本件通達中所論の趣旨部分の取消を求める本件訴は許されないものとして却下すべきものである。 
 以上のとおりであるから、これと同旨の原判決の判断は正当として首肯することができる。所論はるる主張するが、ひつきよう、原判決のした事実の認定を非難するか、原判示を誤解するか、または、原判示にそわない事実もしくは独自の見解を前提として原判決の違法を主張するものであり、原判決には所論の違法は認められない。所論はすべて採用することはできない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美) 
(3)裁量の有無の判断基準
・法律の文言と処分の性質の両面からアプローチすべきである。
政治的、専門技術的判断が要求される場合に、要件裁量を認めたと解される判例
+判例(S53.10.4)マクリーン事件
理由 
 第一 上告代理人秋山幹男、同弘中惇一郎の上告理由第一点ないし第四点、第六点ないし第一一点について 
 一 本件の経過 
 (一) 本件につき原審が確定した事実関係の要旨は、次のとおりである。 
 (1) 上告人は、アメリカ合衆国国籍を有する外国人であるが、昭和四四年四月二一日その所持する旅券に在韓国日本大使館発行の査証を受けたうえで本邦に入国し、同年五月一〇日下関入国管理事務所入国審査官から出入国管理令四条一項一六号、特定の在留資格及びその在留期間を定める省令一項三号に該当する者としての在留資格をもつて在留期間を一年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸した。 
 (2) 上告人は、昭和四五年五月一日一年間の在留期間の更新を申請したところ、被上告人は、同年八月一〇日「出国準備期間として同年五月一〇日から同年九月七日まで一二〇日間の在留期間更新を許可する。」との処分をした。そこで、上告人は、更に、同年八月二七日被上告人に対し、同年九月八日から一年間の在留期間の更新を申請したところ、被上告人は、同年九月五日付で、上告人に対し、右更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとして右更新を許可しないとの処分(以下「本件処分」という。)をした。 
 (3) 被上告人が在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとしたのは、次のような上告人の在留期間中の無届転職と政治活動のゆえであつた。 
 (ア)上告人は、ベルリツツ語学学校に英語教師として雇用されるため在留資格を認められたのに、入国後わずか一七日間で同校を退職し、財団法人英語教育協議会に英語教師として就職し、入国を認められた学校における英語教育に従事しなかつた。 
 (イ)上告人は、外国人べ平連(昭和四四年六月在日外国人数人によつてアメリカのベトナム戦争介入反対、日米安保条約によるアメリカの極東政策への加担反対、在日外国人の政治活動を抑圧する出入国管理法案反対の三つの目的のために結成された団体であるが、いわゆるべ平連からは独立しており、また、会員制度をとつていない。)に所属し、昭和四四年六月から一二月までの間九回にわたりその定例集会に参加し、七月一〇日左派華僑青年等が同月二日より一三日まで国鉄新宿駅西口付近において行つた出入国管理法案粉砕ハンガーストライキを支援するため、その目的等を印刷したビラを通行人に配布し、九月六日と一〇月四日べ平連定例集会に参加し、同月一五、一六日ベトナム反戦モラトリアムデー運動に参加して米国大使館にベトナム戦争に反対する目的で抗議に赴き、一二月七日横浜入国者収容所に対する抗議を目的とする示威行進に参加し、翌四五年二月一五日朝霞市における反戦放送集会に参加し、三月一日同市の米軍基地キヤンプドレイク付近における反戦示威行進に参加し、同月一五日べ平連とともに同市における「大泉市民の集い」という集会に参加して反戦ビラを配布し、五月一五日米軍のカンボジア侵入に反対する目的で米国大使館に抗議のため赴き、同月一六日五・一六ベトナムモラトリアムデー連帯日米人民集会に参加してカンボジア介入反対米国反戦示威行進に参加し、六月一四日代々木公園で行われた安保粉砕労学市民大統一行動集会に参加し、七月四日清水谷公園で行われた東京動員委員会主催の米日人民連帯、米日反戦兵士支援のための集会に参加し、同月七日には羽田空港においてロジヤース国務長官来日反対運動を行うなどの政治的活動を行つた。なお、上告人が参加した集会、集団示威行進等は、いずれも、平和的かつ合法的行動の域を出ていないものであり、上告人の参加の態様は、指導的又は積極的なものではなかつた。 
 (二) 原審は、自国内に外国人を受け入れるかどうかは基本的にはその国の自由であり、在留期間の更新の申請に対し更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかは、法務大臣の自由な裁量による判断に任されているものであるとし、前記の上告人の一連の政治活動は、在留期間内は外国人にも許される表現の自由の範囲内にあるものとして格別不利益を強制されるものではないが、法務大臣が、在留期間の更新の許否を決するについてこれを日本国及び日本国民にとつて望ましいものではないとし、更新を適当と認めるに足りる相当な理由がないと判断したとしても、それが何ぴとの目からみても妥当でないことが明らかであるとすべき事情のない本件にあつては、法務大臣に任された裁量の範囲内におけるものというべきであり、これをもつて本件処分を違法であるとすることはできない、と判断した。 
 (三) 論旨は、要するに、(1) 自国内に外国人を受け入れるかどうかはその国の自由であり、在留期間の更新の申請に対し更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるかどうかは法務大臣の自由な裁量による判断に任されているものであるとした原判決は、憲法二二条一項、出入国管理令二一条の解釈適用を誤り、理由不備の違法がある、(2) 本件処分のような裁量処分に対する原審の審査の態度、方法には、判例違反、審理不尽、理由不備の違法があり、行政事件訴訟法三〇条の解釈の誤りがある、(3) 被上告人の本件処分は、裁量権の範囲を逸脱したものであり、憲法の保障を受ける上告人のいわゆる政治活動を理由として外国人に不利益を課するものであつて、本件処分を違法でないとした原判決は、経験則に違背する認定をし、理由不備の違法を犯し、出入国管理令二一条の解釈適用を誤り、憲法一四条、一六条、一九条、二一条に違反するものである、と主張することに帰するものと解される。 
 二 当裁判所の判断 
 (一) 憲法二二条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人がわが国に入国することについてはなんら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくするものと解される(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同三二年六月一九日大法廷判決・刑集一一巻六号一六六三頁参照)。したがつて、憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、所論のように在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものでもないと解すべきである。そして、上述の憲法の趣旨を前提として、法律としての効力を有する出入国管理令は、外国人に対し、一定の期間を限り(四条一項一号、二号、一四号の場合を除く。)特定の資格によりわが国への上陸を許すこととしているものであるから、上陸を許された外国人は、その在留期間が経過した場合には当然わが国から退去しなければならない。もつとも、出入国管理令は、当該外国人が在留期間の延長を希望するときには在留期間の更新を申請することができることとしているが(二一条一項、二項)、その申請に対しては法務大臣が「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」これを許可することができるものと定めている(同条三項)のであるから、出入国管理令上も在留外国人の在留期間の更新が権利として保障されているものでないことは、明らかである。 
 右のように出入国管理令が原則として一定の期間を限つて外国人のわが国への上陸及び在留を許しその期間の更新は法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしているのは、法務大臣に一定の期間ごとに当該外国人の在留中の状況、在留の必要性・相当性等を審査して在留の許否を決定させようとする趣旨に出たものであり、そして、在留期間の更新事由が概括的に規定されその判断基準が特に定められていないのは、更新事由の有無の判断を法務大臣の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広汎なものとする趣旨からであると解される。すなわち、法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたつては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立つて、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情をしんしやくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができないものと考えられる。このような点にかんがみると、出入国管理令二一条三項所定の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断における法務大臣の裁量権の範囲が広汎なものとされているのは当然のことであつて、所論のように上陸拒否事由又は退去強制事由に準ずる事由に該当しない限り更新申請を不許可にすることは許されないと解すべきものではない。 

 (二) ところで、行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定めることがあつても、このような準則は、本来、行政庁の処分の妥当性を確保するためのものなのであるから、処分が右準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない処分が違法となるのは、それが法の認める裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限られるのであり、また、その場合に限り裁判所は当該処分を取り消すことができるものであつて、行政事件訴訟法三〇条の規定はこの理を明らかにしたものにほかならない。もつとも、法が処分を行政庁の裁量に任せる趣旨、目的、範囲は各種の処分によつて一様ではなく、これに応じて裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法とされる場合もそれぞれ異なるものであり、各種の処分ごとにこれを検討しなければならないが、これを出入国管理令二一条三項に基づく法務大臣の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断の場合についてみれば、右判断に関する前述の法務大臣の裁量権の性質にかんがみ、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるものというべきである。したがつて、裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するにあたつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である。なお、所論引用の当裁判所昭和三七年(オ)第七五二号同四四年七月一一日第二小法廷判決(民集二三巻八号一四七〇頁)は、事案を異にし本件に適切なものではなく、その余の判例は、右判示するところとその趣旨を異にするものではない。 
 (三) 以上の見地に立つて被上告人の本件処分の適否について検討する。 
 前記の事実によれば、上告人の在留期間更新申請に対し被上告人が更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとしてこれを許可しなかつたのは、上告人の在留期間中の無届転職と政治活動のゆえであつたというのであり、原判決の趣旨に徴すると、なかでも政治活動が重視されたものと解される。 
 思うに、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶものと解するのが、相当である。しかしながら、前述のように、外国人の在留の許否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく、ただ、出入国管理令上法務大臣がその裁量により更新を適当と認めるに足りる相当の理由があると判断する場合に限り在留期間の更新を受けることができる地位を与えられているにすぎないものであり、したがつて、外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当であつて、在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保障、すなわち、在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的な事情としてしんしやくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない在留中の外国人の行為が合憲合法な場合でも、法務大臣がその行為を当不当の面から日本国にとつて好ましいものとはいえないと評価し、また、右行為から将来当該外国人が日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者であると推認することは、右行為が上記のような意味において憲法の保障を受けるものであるからといつてなんら妨げられるものではない。 
 前述の上告人の在留期間中のいわゆる政治活動は、その行動の態様などからみて直ちに憲法の保障が及ばない政治活動であるとはいえない。しかしながら、上告人の右活動のなかには、わが国の出入国管理政策に対する非難行動、あるいはアメリカ合衆国の極東政策ひいては日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に対する抗議行動のようにわが国の基本的な外交政策を非難し日米間の友好関係に影響を及ぼすおそれがないとはいえないものも含まれており、被上告人が、当時の内外の情勢にかんがみ、上告人の右活動を日本国にとつて好ましいものではないと評価し、また、上告人の右活動から同人を将来日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者と認めて、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないと判断したとしても、その事実の評価が明白に合理性を欠き、その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえず、他に被上告人の判断につき裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたことをうかがわせるに足りる事情の存在が確定されていない本件においては、被上告人の本件処分を違法であると判断することはできないものといわなければならない。また、被上告人が前述の上告人の政治活動をしんしやくして在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないとし本件処分をしたことによつて、なんら所論の違憲の問題は生じないというべきである。 
 (四) 以上述べたところと同旨に帰する原審の判断は、正当であつて、所論引用の各判例にもなんら違反するものではなく、原判決に所論の違憲、違法はない。論旨は、上述したところと異なる見解に基づいて原判決を非難するものであつて、採用することができない。 
 第二 同第五点について 
 原審が当事者双方の陳述を記載するにつき所論の方法をとつたからといつて、判決の事実摘示として欠けるところはないものというべきであり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。 
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 江里口清雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 髙辻正己 裁判官 吉田豊 裁判官 団藤重光 裁判官 本林讓 裁判官 服部髙顯 裁判官 環昌一 裁判官 栗本一夫 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官岸盛一、同天野武一、同岸上康夫は、退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岡原昌男) 
+判例(H4.10.29)伊方原発訴訟
理由 
 上告代理人新谷勇人、同井門忠士、同石川寛俊、同井上英昭、同浦功、同岡田義雄、同奥津亘、同菊池逸雄、同熊野勝之、同崎間昌一郎、同佐々木斉、同里見和夫、同柴田信夫、同菅充行、同田原睦夫、同田中泰雄、同仲田隆明、同中元視暉輔、同畑村悦雄、同平松耕吉、同藤原周、同藤原充子、同分銅一臣、同本田陸士、同三野秀富、同水島昇、同藤田一良の上告理由のはじめに、第一章、第二章及び第五章の第一について 
 所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。 
 所論は、憲法三一条は、電力会社等が設置する原子力発電所の設置規制手続を定める法律には、(1) 原子炉設置予定地の周辺住民の設置規制手続への参加、(2) 設置の申請書、付属書類及び審査資料すべての公開、(3) 設置基準(安全基準)の明白かつ定量化の三点を定めることを要求していると解すべきところ、これらの点についての定めを欠く原子力基本法(昭和五三年法律第八六号による改正前のもの。以下「基本法」という。)、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和五二年法律第八〇号による改正前のもの。以下「規制法」という。)の設置規制手続に関する規定は、憲法三一条に違反するものであり、また、上告人らに告知、聴聞の機会を与えずにした本件原子炉設置許可処分は同条に違反する、と主張する。 
 行政手続は、憲法三一条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、常に必ず行政処分の相手方等に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるなどの一定の手続を設けることを必要とするものではないと解するのが相当である。そして、原子炉設置許可の申請が規制法二四条一項各号所定の基準に適合するかどうかの審査は、原子力の開発及び利用の計画との適合性や原子炉施設の安全性に関する極めて高度な専門技術的判断を伴うものであり、同条二項は、右許可をする場合に、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めている。このことにかんがみると、所論のように、基本法及び規制法が、原子炉設置予定地の周辺住民を原子炉設置許可手続に参加させる手続及び設置の申請書等の公開に関する定めを置いていないからといって、その一事をもって、右各法が憲法三一条の法意に反するものとはいえず、周辺住民である上告人らが、本件原子炉設置許可処分に際し、告知、聴聞の機会を与えられなかったことが、同条の法意に反するものともいえない。以上のことは、最高裁昭和六一年(行ツ)第一一号平成四年七月一日大法廷判決(民集四六巻五号四三七頁)の趣旨に徴して明らかである。 
 また、規制法二四条一項四号は、原子炉設置許可の基準として、原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。)、核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を含む。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであることと規定しているが、それは、原子炉施設の安全性に関する審査が、後述のとおり、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づいてされる必要がある上、科学技術は不断に進歩、発展しているのであるから、原子炉施設の安全性に関する基準を具体的かつ詳細に法律で定めることは困難であるのみならず、最新の科学技術水準への即応性の観点からみて適当ではないとの見解に基づくものと考えられ、右見解は十分首肯し得るところである。しかも、設置許可に当たっては、申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性に関する審査の適正を確保するため、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を聴き、これを尊重するという、慎重な手続が定められていることを考慮すると、右規定が不合理、不明確であるとの非難は当たらないというべきである。したがって、右規定が不合理、不明確であることを前提とする所論憲法三一条違反の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。 
 次に、所論は、本件原子炉設置許可処分は、法律又はその委任に基づいて定められたものではない原子炉施設の安全性に関する基準を用いた安全審査に依拠してされたものであるから、憲法四一条、七三条一号、国家行政組織法一二条、一三条に違反するともいうが、本件原子炉施設の安全審査は、その合理性を十分首肯し得る規制法二四条一項四号の規定に基づいてされたものであるから、それが法律の規定に基づかないものであることを前提とする所論は、その前提を欠くものというべきである。論旨は、採用することができない。 
 所論のその余の違憲主張は、原審の認定しない事実を前提とするものにすぎない。また、所論引用の各判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、いずれも採用することができない。 
 同第三章について 
 原子炉を設置しようとする者は、内閣総理大臣の許可を受けなければならないものとされており(規制法二三条一項)、内閣総理大臣は、原子炉設置の許可申請が、同法二四条一項各号に適合していると認めるときでなければ許可してはならず(同条一項)、右許可をする場合においては、右各号に規定する基準の適用については、あらかじめ核燃料物質及び原子炉に関する規制に関すること等を所掌事務とする原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないものとされており(同条二項。なお、昭和五三年法律第八六号による改正により、実用発電用原子炉の設置の許可は被上告人の権限とされ、同法附則三条により、右改正前の規制法の規定に基づき内閣総理大臣がした右原子炉の設置の許可は、被上告人がしたものとみなされることとなった。)、原子力委員会には、学識経験者及び関係行政機関の職員で組織される原子炉安全専門審査会が置かれ、原子炉の安全性に関する事項の調査審議に当たるものとされている(原子力委員会設置法(昭和五三年法律第八六号による改正前のもの)一四条の二、三)。 
 また、規制法二四条一項三号は、原子炉を設置しようとする者が原子炉を設置するために必要な技術的能力及びその運転を適確に遂行するに足りる技術的能力を有するか否かにつき、同項四号は、当該申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。)、核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を含む。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであるか否かにつき、審査を行うべきものと定めている。原子炉設置許可の基準として、右のように定められた趣旨は、原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき、科学的、専門技術的見地から、十分な審査を行わせることにあるものと解される。 
 右の技術的能力を含めた原子炉施設の安全性に関する審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運転時における従業員、周辺住民及び周辺環境への放射線の影響、事故時における周辺地域への影響等を、原子炉設置予定地の地形、地質、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の右技術的能力との関連において、多角的、総合的見地から検討するものであり、しかも、右審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査においては、原子力工学はもとより、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることが明らかである。そして、規制法二四条二項が、内閣総理大臣は、原子炉設置の許可をする場合においては、同条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の基準の適用について、あらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めているのは、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し、右各号所定の基準の適合性については、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当である。 
 以上の点を考慮すると、右の原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。 
 原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、右処分が前記のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。 
 以上と同旨の見地に立って、本件原子炉設置許可処分の適否を判断した原判決は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をもいうが、その実質は、単なる法令違背をいうものにすぎず、原判決に法令違背のないことは右に述べたとおりである。論旨は、いずれも採用することができない。 
 同第四章について 
 規制法は、その規制の対象を、製錬事業(第二章)、加工事業(第三章)、原子炉の設置、運転等(第四章)、再処理事業(第五章)、核燃料物質等の使用等(第六章)、国際規制物資の使用(第六章の二)に分け、それぞれにつき内閣総理大臣の指定、許可、認可等を受けるべきものとしているのであるから、第四章所定の原子炉の設置、運転等に対する規制は、専ら原子炉設置の許可等の同章所定の事項をその対象とするものであって、他の各章において規制することとされている事項までをその対象とするものでないことは明らかである。 
 また、規制法第四章の原子炉の設置、運転等に関する規制の内容をみると、原子炉の設置の許可、変更の許可(二三条ないし二六条の二)のほかに、設計及び工事方法の認可(二七条)、使用前検査(二八条)、保安規定の認可(三七条)、定期検査(二九条)、原子炉の解体の届出(三八条)等の各規制が定められており、これらの規制が段階的に行われることとされている(なお、本件原子炉のような発電用原子炉施設について、規制法七三条は二七条ないし二九条の適用を除外するものとしているが、これは、電気事業法(昭和五八年法律第八三号による改正前のもの)四一条、四三条及び四七条により、その工事計画の認可、使用前検査及び定期検査を受けなければならないこととされているからである。)。したがって、原子炉の設置の許可の段階においては、専ら当該原子炉の基本設計のみが規制の対象となるのであって、後続の設計及び工事方法の認可(二七条)の段階で規制の対象とされる当該原子炉の具体的な詳細設計及び工事の方法は規制の対象とはならないものと解すべきである。 
 右にみた規制法の規制の構造に照らすと、原子炉設置の許可の段階の安全審査においては、当該原子炉施設の安全性にかかわる事項のすべてをその対象とするものではなく、その基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解するのが相当である。もとより、原子炉設置の許可は、原子炉の設置、運転に関する一連の規制の最初に行われる重要な行政処分であり、原子炉設置許可の段階で当該原子炉の基本設計における安全性が確認されることは、後続の各規制の当然の前提となるものであるから、原子炉設置許可の段階における安全審査の対象の範囲を右のように解したからといって、右安全審査の意義、重要性を何ら減ずるものではない。右と同旨の見解に立って、固体廃棄物の最終処分の方法、使用済燃料の再処理及び輸送の方法並びに温排水の熱による影響等にかかわる事項を、原子炉設置許可の段階の安全審査の対象にはならないものとした原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。 
 同第五章の第二について 
 原審の適法に確定した事実関係の下において、原子力委員会に置かれた原子炉安全専門審査会及び専門部会における原子炉施設の安全性に関する調査審議の手続に、内閣総理大臣が原子炉の設置の許可をする場合には、原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないとした規制法二四条二項の規定の趣旨に反すると認められるような瑕疵があるとはいえず、右手続が違法でないとした原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。 
 同第五章の第三について 
 原審の適法に確定した事実関係の下において、所論のスリーマイルアイランド原子力発電所二号炉の事故及びその原因が、本件原子炉施設について行われた安全審査の合理性に影響を及ぼすものではないとした原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。 
 同第五章の第四について 
 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯するに足り、右事実及び原審が適法に確定したその余の事実関係の下において、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会が本件原子炉施設の安全性について行った調査審議及び判断に不合理な点があるとはいえず、これを基にしてされた本件原子炉設置許可処分を適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をもいうが、その実質は、単なる法令違背をいうものにすぎない。論旨は、いずれも採用することができない。 
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治 裁判官 三好達) 
++解説
《解  説》
 一 本件訴訟の経緯
 本件は、愛媛県西宇和郡伊方町に原子力発電所(伊方原子力発電所)の建設を予定していた四国電力株式会社から、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和五二年法律第八〇号による改正前のもの。以下、「規制法」という)二三条一項に基づいてされた原子炉設置許可申請に対し、内閣総理大臣が昭和四七年一一月二八日にした原子炉設置許可処分(本件処分)が違法であるとして、伊方町及び近隣の町に居住する住民ら(Xら)が提起した本件処分の取消しを求める訴訟である。
 第一審松山地判昭53・4・25本誌三六二号一二四頁、判時八九一号三八頁は、Xら(三三名)の請求を棄却したが、うち三二名が控訴した(控訴した者のうち六名は控訴の取下げをした。)。その後、本件許可処分は、原子力基本法等の一部を改正する法律(昭和五三年法律第八六号)附則三条一項の規定により、通産大臣がした処分とみなされ、通産大臣が訴訟承継して被控訴人となった(高松高中間判昭54・5・25行裁集三〇巻五号一〇三五頁、本誌三九五号一一〇頁参照)。
 原審高松高判昭59・12・14本誌五四二号八九頁、判時一一三六号三頁は、Xらの控訴を棄却したので、Xらのうち一六名が上告した。
 二 本件の争点
 本件訴訟の争点は、これを大別すると、次の四点に分類することができよう。
 (1) 原子炉設置場所の周辺住民であるXらに本件処分取消訴訟の原告適格が認められるか。
 (2) 本件処分の手続に瑕疵はないか(手続的適法性)。
 (3) 原子炉設置許可処分取消訴訟における司法審査の在り方(司法審査の範囲、方法、原子炉設置許可処分は裁量処分か否か、本件処分の適法性の主張立証責任)
 (4) 本件原子炉の安全性を肯定した本件処分の実体的適法性
 三 本判決
 1 基本法及び規制法の原子力発電所の設置規制手続に関する規定並びに本件原子炉設置許可処分と憲法三一条について
 本判決は、行政手続は、憲法三一条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、常に必ず行政処分の相手方等に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるなどの一定の手続を設けることを必要とするものではないと解するのが相当であるとした最大判平4・7・1民集四六巻五号四三七頁、本誌七八九号七六頁を引用した上、原子炉設置許可の申請が規制法二四条一項各号所定の基準に適合するかどうかの審査は、原子力の開発及び利用の計画との適合性や原子炉施設の安全性に関する極めて高度な専門技術的判断を伴うものであり、同条二項は、右許可をする場合に、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めていることにかんがみると、基本法及び規制法が、原子炉設置予定地の周辺住民を原子炉設置許可手続に参加させる手続及び設置の申請書等の公開に関する定めを置いていないからといって、その一事をもって、右各法が憲法三一条の法意に反するものとはいえず、周辺住民であるXらが、本件原子炉設置許可処分に際し、告知、聴聞の機会を与えられなかったことが、同条の法意に反するものともいえないと判示した。
 2 原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断の方法及び主張、立証責任について
 (一) 本判決は、まず、原子炉施設の安全性に関する審査の性質につき、右安全審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運転時における従業員、周辺住民及び周辺環境への放射線の影響、事故時における周辺地域への影響等を、原子炉設置予定地の地形、地質、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の技術的能力との関連において、多角的、総合的見地から検討するものであり、しかも、右審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査においては、原子力工学はもとより、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることが明らかであるとし、規制法二四条二項が、内閣総理大臣は、原子炉設置の許可をする場合においては、同条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の原子炉設置許可の基準の適合性について、あらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めているのは、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し、右各号所定の基準の適合性については、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当であると判示した。
 (二) 本判決は、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を踏まえ、① 原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである、また、② 原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである、と判示し、これと同旨の見地に立って、本件原子炉設置許可処分の適否を判断した原判決は正当であると判断した。
 3 原子炉設置許可の段階における安全審査の対象について
 本判決は、規制法の規制の構造に照らすと、原子炉設置の許可の段階の安全審査においては、当該原子炉施設の安全性にかかわる事項のすべてをその対象とするものではなく、その基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解するのが相当であるとし、固体廃棄物の最終処分の方法、使用済燃料の再処理及び輸送の方法並びに温排水の熱による影響等にかかわる事項を、原子炉設置許可の段階の安全審査の対象にはならないものとした原審の判断は正当として是認することができると判示した。
 4 その他の点について
 本判決は、原審の適法に確定した事実関係の下においては、①原子力委員会に置かれた原子炉安全専門審査会及び専門部会における原子炉施設の安全性に関する調査審議の手続に、内閣総理大臣が原子炉の設置の許可をする場合には、原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないとした規制法二四条二項の規定の趣旨に反すると認められるような瑕疵があるとはいえない、②スリーマイルアイランド原子力発電所二号炉の事故及びその原因は、本件原子炉施設について行われた安全審査の合理性に影響を及ぼすものではない、③原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会が本件原子炉施設の安全性について行った調査審議及び判断に不合理な点があるとはいえないとし、結局、本件原子炉設置許可処分を適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができると判示した。
 本判決は、以上のとおり判示して、Xらの上告を棄却した。
 四 コメント
 1 原子炉設置許可処分における被告行政庁の専門技術的裁量と右処分の取消訴訟における司法審査の方法
 (一) 科学裁判における司法審査の在り方
 現代科学の粋を集めた原発の安全性を問う原発訴訟は、いわゆる現代型訴訟の原型である。それは法的紛争の形態をとるものではあるが、その実は、現代科学技術の実用可能性を裁く「科学裁判」であり、同時に、一国の文明の在り方を左右する「文明裁判」の様相をも呈しているといわれている(原田尚彦「東海原発訴訟第一審判決の意味」ジュリ八四三号七二頁)。そして、このような原発訴訟における最大の論点は、かかる科学裁判に対し裁判所がどの程度踏み込んだ実体審理を行い司法判断を提示できるのか、また、提示すべきなのか、という点である(原田・前掲七二頁。なお、この点に関しては、原田教授の示唆に富む一連の論文があり、最近のものとして、「裁判と政策問題・科学問題」講座民事訴訟1一六七頁、「行政訴訟の構造と実体審査」公法の課題三七三頁がある。また、西ドイツにおける科学技術問題と裁量論、原子力発電所の設置、運転許可における安全規制とその裁判的統制等に関する詳細な研究として、高橋滋・現代型訴訟と行政裁量がある。)。この点については、大別して、①裁判所が原発の安全性について徹底的に審理し、現代最新の科学的知見に照らして安全性の確証が得られないときは、原子炉設置許可処分を違法として取り消すべきであるとの見解と、②このような科学問題についての裁判所の判断能力には限界があること、原発の導入の可否といった未来社会の形成にかかわる事項は、政策選択の問題とみるべきことから、原子炉設置許可処分においては、被告行政庁に専門技術的裁量が認められ、裁判所は被告行政庁の判断に不合理な点があるかどうかを限定的に審査するにとどめるべきものであり、裁判所が原発の安全評価につき独自の判断を下し、これをもって行政判断に置き換えるような審理方式(実体判断代置方式)を採るべきではないと主張する見解とに分かれている(原田・前掲ジュリ七二頁。阿部泰隆「原発訴訟をめぐる法律問題」判評三二一号一四頁は、右各見解の論拠、問題点を要領よく整理している。)。この問題は、原発訴訟における、いわば総論的争点であり、この点につきどのような立場に立つか、どのような司法審査の在り方を是とするかは、個々の安全性審査に関する争点についての判断の方法はもとより、その結論にも重大な影響を及ぼすものといえよう。
 (二) 原子炉設置許可処分における行政庁の専門技術的裁量について
 従来から、判例及び有力な学説は、行政庁の専門技術的判断が要求される行政処分について、裁量を肯定すべきものとしている(専門技術的裁量を肯定したものとして、温泉の掘削の許可につき、最三小判昭33・7・1民集一二巻一一号一六一二頁、傍論ではあるが、厚生大臣の保護基準設定行為につき、最大判昭42・5・24民集二一巻五号一〇四三頁、本誌二〇六号二〇四頁。田中・新版行政法(上)(全訂二版)一一九頁等。これに対し、専門技術的裁量論に対し否定的評価をするものとして、宮田三郎「行政裁量」現代行政法大系2五七頁がある。)。そして、これまでに現れた原発訴訟における下級審裁判例(安全性審査の実体的適法性について判断したもの。本件一、二審判決、福島地判昭59・7・23本誌五三九号一五二頁、判時一一二四号三四頁、仙台高判平2・3・20本誌七二六号一〇八頁、判時一三四五号三三頁、水戸地判昭60・6・25本誌五六四号一〇六頁、判時一一六四号三頁)は、いずれも原子炉設置許可処分における被告行政庁の専門技術的裁量を肯定しているところであり、この点に関しては、多くの学説が肯定的な評価をしているところである(原田尚彦「行政訴訟の構造と実体審査」公法の課題四〇二頁、同「東海原発訴訟第一審判決の意味」ジュリ八四三号七六頁、雄川一郎ほか「伊方原発訴訟判決をめぐって」ジュリ六六八号三一頁における雄川発言、綿貫芳源「行政過程における司法審査の方法と範囲(下)」判評三二九号一五八頁等。なお、塩野宏・行政法Ⅰ九八頁は、原子炉設置許可処分の取消訴訟においては、安全性という事実問題それ自体に裁量を認めるのが判例の傾向であるとした上で、現代行政における科学技術的でしかも、エネルギー問題のように政策的な問題が背後にあるような事柄については、かかる機能的アプローチがすぐれていること、要件裁量の容認、それも専門技術的判断については、現代行政の特殊性からしてこれを認めざるを得ず、その方向を裁判所も志向しているが、その法的正当化根拠については、まだ必ずしも説得的な説明はできていないことを指摘している。これに対し、否定的な見解として、下山瑛二「伊方原発訴訟の意義と問題点」判時八九一号四頁、佐藤英善「原子炉設置許可の裁量処分性」判時八九一号一七頁、淡路剛久・環境権の法理と裁判一四三頁、松浦寛「環境行政訴訟における審査方式」阪法一一八=一一九号一八五頁)。
 もっとも、右裁判例、学説にいう「専門技術的裁量」は、処分の発動又は処分の選択に関する広汎な裁量(いわゆる効果裁量)が認められることが多い政治的、政策的な判断を要すべき事項に関する裁量(政策的裁量)とは、その根拠、内容、裁量が認められる範囲を異にするものである。
 原子炉設置許可処分における専門技術的裁量の内容、裁量が認められ事項・範囲についての前記の原発訴訟に関する下級審裁判例の見解は、概ね、次のとおりである。
 ① 規制法二四条一号四号の要件である「災害の防止上支障がないものであること」という表現自体、抽象的・包括的であり、そこに行政庁の専門技術的裁量を予定している立法者の意思が窺える。規制法が予定している行政庁の専門技術的裁量としては、次の二点が考えられる。第一は、具体的な安全審査の基準あるいは判断基準の策定についての専門技術的裁量であり、第二は、右四号要件該当性の認定判断における専門技術的裁量(どのような根拠に基づき、どのような判断を経て、その要件を充足するとの結論に達するかについての裁量)である。
 ② 第一の点についていえば、規制法が右四号要件について抽象的な許可基準を設定するのに止めているのは、原子炉設置許可の際問題とされる事柄が極めて複雑、高度の専門技術的事項に係るものであり、しかもそれについての技術及び知見が不断に進歩、発展、変化しつつあることから、右の許可要件について法律をもってあらかじめ具体的かつ詳細な定めをしておくことは、かえって、判断の硬直化を招き適切でないとする趣旨に出たものと解される。したがって、規制法は、その審査基準あるいは判断基準の具体的内容の確定については、下位の法令及び内規等で定めることを是認するものであって、これを行政庁の専門技術的裁量にゆだねたものと解するのが相当である。
 ③ 第二の点についていえば、原子炉施設は、時代の最先端を行く高度の科学技術及び知見を動員して作られた極めて複雑な技術体系を有するものであり、これに係る安全性の判断は特定の専門分野のみならず関連する多くの専門分野の専門技術的知見、実績、審査委員の学識、経験等を結集した上での総合的判断の上に成り立つものである。しかも、右の安全性の判断には、その時点において確定不可能な将来の予測に係る事項についての対策の相当性に関する判断までが含まれるのであるから、その判断は極めて複雑多岐にわたる事項についての評価・判断の総合の上になされるものである。このような右四号要件に関する判断過程の構造等からして、右四号要件の充足の有無についての判断過程については、行政庁の専門技術的裁量を認めざるを得ない。
 ④ このように、行政庁の専門技術的裁量が認められることから、右四号要件適合性の有無に関する司法審査の在り方は、いわば白紙の状態から当該原子炉が安全か否かを行政庁と同一の立場に立って徹底的に審理し、判断するという、いわゆる実体的判断代置方式によるべきものではなく、行政庁の右専門技術的判断に合理性(若しくは、本質的な不合理)があるか否かという観点、具体的には、本件原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉等による災害の防止上支障がないものであること等を認めた行政庁の判断が、告示や各指針(内部的な審査基準)に適合し、現在の(若しくは、処分当時の)科学技術水準に照らして一定の基準に適合し、合理性を有しているかどうか(若しくは、当該原子炉の安全性に本質的にかかわるような不合理があるか否か)という観点から司法審査を行うべきである。
 以上が、前記の下級審裁判例の採る見解の大要であり、裁判例によって、その表現、内容に幾分の違いはあるが、そのいう専門技術的裁量とは、基本的には、処分要件の認定判断の過程における裁量であって、一般にいわれる「裁量」(政治的、政策的裁量)とは、その内容、裁量が認められる事項・範囲が相当異なるものとみるべきであろう(阿部・前掲判評三二一号一八六頁は、専門技術的な裁量と伝統的な自由裁量とは、別物のように思わせる、と述べている。)。
 (三) 本判決の判断
 本判決は、原子炉施設の安全性に関する審査の性質につき、右安全審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運転時における従業員、周辺住民及び周辺環境への放射線の影響、事故時における周辺地域への影響等を、原子炉設置予定地の地形、地質、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の技術的能力との関連において、多角的、総合的見地から検討するものであり、しかも、右審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査においては、原子力工学はもとより、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることが明らかであるとし、規制法二四条二項が、内閣総理大臣は、原子炉設置の許可をする場合においては、同条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の原子炉設置許可の基準の適合性について、あらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めているのは、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し、右各号所定の基準の適合性については、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当であると判示した。
 本判決が、右のとおり、規制法二四条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の基準の適合性については、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当であると判示しているのは、前記の下級審裁判例の採る専門技術的裁量を肯定する見解と実質的にみて同趣旨のものと理解すべきであろう。本判決が、殊更に「専門技術的裁量」が、基本的には、処分要件の認定判断の過程における裁量であって、一般にいわれる「裁量」(政治的、政策的裁量)とは、その内容、裁量が認められる事項・範囲が相当異なるものであることから、政治的、政策的裁量と同様の広汎な裁量を認めたものと誤解されることを避けるためであろう。
 なお、専門技術的裁量を肯定する根拠としては、つとに、覊束と裁量の区別は裁判所の判断能力に求めるほかないとする見解(小沢文雄「行政庁の裁量処分」公法五号七四頁。もっとも、この見解は、専門技術的裁量と政治的、政策的裁量とを区別していない。)が存したところであり、最近においても、「科学問題は実体法上の価値選択の自由にかかわる問題ではなく、事実認定のむつかしさのゆえに裁判所の判断認識能力の限界が問題とされる事項なのである。」(原田・前掲「行政訴訟の構造と実体審査」三九五頁)との指摘がされている。専門技術的裁量を肯定する実質的な理由は、右各見解が指摘するような点にあるとしても、当該処分につき専門技術的裁量を肯定し得るか否かは、あくまでも、当該処分の根拠となった行政実体法規の解釈問題であるから、この問題は、右行政実体法規が、高度の専門技術的知見に基づく判断を必要とする当該処分の性質にかんがみ、当該処分につき、行政庁の専門技術的裁量を認めていると解し得るかという見地から検討すべきであろう。本判決が、規制法二四条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の原子炉設置許可の基準が設けられた趣旨、同条二項が、右各号所定の許可基準の適合性について、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の意見を聴き、これを尊重しなければならないと規定していることから、右各号所定の基準の適合性については、内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨(換言すれば、専門技術的裁量を肯認し得る趣旨)と解すべきであると判示しているのは、右のような見解によるものであろう。
 本判決は、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質、規制法二四条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の基準の適合性については、内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねられていること(換言すれば、専門技術的裁量が認められること)を踏まえ、原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであると判示した。
 この点に関しては、原子炉設置許可処分において前記の専門技術的裁量が肯認されることから、原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における司法審査の範囲、審査密度がある程度制約されると解することについては、前記の下級審裁判例の見解は一致しているのであるが、その表現の仕方、ニュアンスにおいて、若干の違いが存したところである。本判決は、右のとおり、原子炉施設の安全性に関する審査、判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟においては、裁判所が、安全審査をした被告行政庁と同一の立場に立って原子炉施設の安全性について審理し、その結果と当該処分とを比較して判断するという方法(実体的判断代置方式)によるのではなく、また、広汎な政治的、政策的裁量が認められる場合のように、司法審査の範囲が被告行政庁の判断に著しい不合理があるか否かに限定されるというのでもなく、「被告行政庁の判断に不合理な点があるか否か」という観点から行われるべきであることを明らかにしたものである。
 本判決は、右のとおり、右取消訴訟においては、「被告行政庁の判断に不合理な点があるか否か」という観点から行われるべきであるとし、具体的には、現在の科学技術水準に照らし、①右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があるか否か、②当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるか否かを審理し、右の具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは、当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきであると判示した。
 右①の点は、調査審議において用いられる具体的審査基準の策定については専門技術的裁量が認められるが、右具体的審査基準が、現在の科学技術水準からみて、原子炉事故等による災害の防止を図る上で不合理なものであり、これに拠った安全審査が不合理であると認められる場合には、被告行政庁の判断に不合理な点があることとなり、右判断に基づく原子炉設置処分は、規制法二四条一項所定の安全性に関する許可基準に適合しないものとして、違法と解すべきことを明らかにしたものである。
 右②の点は、当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程には、専門技術的裁量が認められるが、そこに看過し難い過誤、欠落があると認められ、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきであるとしたものである。本判決が、安全審査・判断の過程に「看過し難い過誤、欠落」があると認められる場合に限って、原子炉設置許可処分が違法となると判示しているのは、安全審査・判断の過程に過誤、欠落があったとしても、それが軽微なものであって重大なものでない場合には、これにより直ちに、多角的、総合的な判断である被告行政庁の判断が不合理なものとなるものではないという趣旨であろう。
 2 原子炉設置許可処分の取消訴訟における主張・立証責任
 (一) 本判決は、原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟においては、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきであると判示した。
 (二) 行政処分取消訴訟における主張立証責任については、いまだ定説とまでいえるものは見当たらないようであるが、当該処分が裁量処分である場合には、被告行政庁が裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したことについて、原告が主張立証責任を負うと解する見解が一般的である(学説、裁判例の状況につき、佐藤繁「無効確認訴訟における主張・立証責任」行政判例百選Ⅱ四〇二頁、南博方編・条解行政事件訴訟法二六七頁参照)。右見解の論拠は、裁量処分の行使を誤っても不当となるにとどまるのが原則であり、違法の問題を生ずるのは裁量の範囲の逸脱又は濫用がある例外的な場合に限られるから、右例外的な場合であること(裁量の範囲の逸脱・濫用があること)は、原告が出張立証しなければならない、というものである。そして、最二小判昭42・4・7民集二一巻三号五七二九頁、本誌二〇八号一〇一頁は、裁量処分の無効確認訴訟においては、その無効確認を求める者において、行政庁が右行政処分をするに当たってした裁量権の行使がその範囲を超え又は濫用にわたり、したがって、右行政処分が違法であることを主張、立証することを要すると判示している。右最判は、直接には裁量違法事由を無効原因として主張する場合について判示したものであるが、裁量処分の取消訴訟についても先例となり得ると一般に理解されている(佐藤・前掲四〇三頁)。右見解に従えば、専門技術的裁量も、裁量処分の一つであるとすると、行政庁の専門技術的な判断に裁量の逸脱・濫用があることを原告において主張立証しなければならないことになろう。
 (三) 原発訴訟に関する前記下級審裁判例が、原子炉設置許可処分につき、いずれも専門技術的裁量を肯定していることは、前記のとおりであるが、右処分取消訴訟における主張立証責任については、原審は、「公平の見地から、安全性を争う側において行政庁の判断に不合理があるとする点を指摘し、行政庁においてその指摘をも踏まえ自己の判断が不合理でないことを主張立証すべきものとするのが妥当である」と判示し、また、前掲福島地判は、当該原子炉施設の安全性を肯認した被告行政庁の判断が、告示や各指針に適合し、処分当時の科学技術水準に照らして一定の基準に適合し、合理性を有しているかどうかが司法判断の対象となるが、右合理性の立証は被告行政庁が負担するものと解している。これに対し、前掲水戸地判は、基本的に、前記の裁量処分の主張立証責任についての一般的な見解に従ったものと理解し得る。もっとも、前掲水戸地判も、手放しで、原告に主張立証責任があるといっているわけではなく、被告行政庁の裁量判断に一応の合理性が存することについては、まず、被告行政庁が主張立証すべきであり、そのうえで、右裁量判断に逸脱・濫用があることは、原告が主張立証すべきであるとの見解を示している。
 (四) このような下級審の裁判例の採る見解が、従来から唱えられている右見解に反するものであるかが問題である。右下級審の裁判例の趣旨とするところは、次のようなものと理解することができよう。すなわち、客観的主張立証責任の問題としては、被告行政庁の専門技術的な裁量的判断に逸脱・濫用があることにつき、原告が主張立証責任を負担するものというべきであるが、前記のとおり、専門技術的裁量は、政治的、政策的裁量とは、その内容、裁量が認められる事項・範囲が相当異なり、政治的、政策的裁量と比較して、裁量の幅は狭いものであること(前掲水戸地判、福島地判参照)、また、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していること(証拠の偏在。前掲福島地判参照)を考慮し、当事者間の公平の見地から、専門技術的な裁量判断の適否が争われる取消訴訟においては、まず、被告行政庁の側において、その裁量的判断に不合理な点がないこと、すなわち、その依拠した具体的審査基準及び当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした判断に一応の合理性があることを、右判断の根拠となった安全審査において用いた資料等により主張立証する必要があり(主張・立証の必要性)、被告行政庁において、右主張立証を尽くさない場合には、被告行政庁の専門技術的な裁量的判断に逸脱・濫用があることが事実上推認されることになる、というものと理解することができよう(この点に関し、塩野宏ほか「研究会・現代型行政訴訟の検討課題」ジュリ九二五号八五頁の、「裁量処分については、一般には、原告に主張、立証責任があるとされていますが、原発訴訟では、それと少し違うやり方で審理が行われていると思うのです。……専門技術的な裁量については、被告に相当程度立証させて、裁判所として、これに相当性、合理性があるかという判断をするような審理態度で臨んでいるといえると思います。」との鈴木康之判事の発言参照)。
 下級審の裁判例の趣旨とするところが右のようなものであるとすると、裁量処分の客観的主張立証責任の所在に関する従来からの一般的な見解に反するものではないということになろう。そして、本判決は、右のような下級審裁判例の見解と基本的には同様の見地に立って、原子炉設置許可処分の前記のような性質、すなわち、規制法二四条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の基準の適合性については、内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねられている(換言すれば、専門技術的裁量が認められる)との原子炉設置許可処分の性質にかんがみ、客観的主張立証責任の所在としては、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるとした上で、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮して、被告行政庁の側において、まず、その依拠した具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要(主張・立証の必要性)があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されると判示したものであろう。
 3 原子炉設置許可処分の段階における安全審査の対象
 (一) 安全審査の対象
 Xらは、原子力発電の安全性は、核燃料サイクルの全体にわたって実証されなければその確保は十分とはいえず、原子炉の設置許可に際し、原子力発電の全過程の安全性を重複的かつ全体的に審査すべきであると主張した。しかしながら、これまでに現れた原発訴訟についての前記の下級審裁判例は、原子炉設置許可処分における安全性審査は、当該原子炉の安全性、しかもその基本設計において安全性が確保されているかどうかに限定されるものと判断している。その理由は、まず第一に、規制法は、核燃料物質、核原料物質、原子炉の利用のそれぞれについて分野ごとに安全規制を行うという体系を採っているから、原子炉設置許可に際しての安全性の審査は原子炉自体の安全性に関する事項に限定されること、第二に、発電用の原子炉の利用に関する規制法及び電気事業法による安全規制の特色は、原子炉施設の設計から運転に至るまでの過程を段階的に区分し、それぞれの段階に応じて原子炉施設の許可、工事計画の認可、使用前の検査、保安規定の認可、定期検査等の規制手続を介在せしめ、それらを通じて安全確保を図るという、いわゆる段階的安全規制の体系が採られているから、原子炉の設置許可の段階では、その基本設計のみを審査すればよいこと、にあるとされている。このような観点から、固体廃棄物の最終処分、使用済燃料の再処理、温排水の熱による影響及び廃炉の処理等は、原子炉設置許可における安全性審査の対象外の事項であると判断するのが下級審の裁判例の大勢である(これに対し、本件第一審判決は、温排水の熱による影響及び廃炉の処理は安全性審査の対象外の事項であるとしたが、固体廃棄物及び使用済燃料の最終処分については安全審査の対象であると判断した。)。
 この問題は、結局のところ、当該原子炉設置許可処分当時の原子炉規制関連法規の仕組みをどのようなものと理解するかにかかわる問題であり、原子炉設置許可の段階で、原子炉に関する安全性にかかわる問題のすべてをチェックし、これらのすべてを争える仕組みに、処分当時の原子炉規制関連法規がなっていたかどうかという問題である。
 (二) 本判決の判断
 本判決は、本件許可処分当時の原子炉規制関連法規の仕組みを概観した上で、前記の下級審裁判例の見解と、同様の見地に立って、①規制法第四章所定の原子炉の設置、運転等に対する規制は、専ら原子炉設置の許可等の同章所定の事項をその対象とするものであって、他の各章において規制することとされている事項までをその対象とするものでないこと、②原子炉の設置の許可の段階においては、専ら当該原子炉の基本設計のみが規制の対象となるのであって、後続の設計及び工事方法の認可(二七条)の段階で規制の対象とされる当該原子炉の具体的な詳細設計及び工事の方法は規制の対象とはならないこと、を指摘し、規制法の規制の構造に照らすと、原子炉設置の許可の段階の安全審査においては、当該原子炉施設の安全性にかかわる事項のすべてをその対象とするものではなく、その基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解するのが相当であると判示した。そして、本判決は、右のような見地から、固体廃棄物の最終処分の方法、使用済燃料の再処理及び輸送の方法並びに温排水の熱による影響等にかかわる事項を、原子炉設置許可の段階の安全審査の対象にはならないものとした原審の判断は正当として是認することができる旨を判示した。
 この点に関し、原田尚彦「東海原発第一審判決の意味」ジュリ八四三号七五頁は、政策論ないし立法論としてはともあれ、解釈論としての立場に徹した現行法の規定を読むと、やはり判示(前掲水戸地判)のいうように、原子炉設置許可の段階で、規制法が核燃料サイクル全体の安全審査をすることまで予定しているとは解し難い、もし、そこまで審査して主務官庁が温排水とか将来の廃炉の処理に問題があるとして規制法二四条の許可を拒むとすれば、それは法律の与えた権限を越えた違法な監督権の発動となり、法治行政の原理に反することになりかねない、とした上で、「しかし、そのことは、逆に現行の原子力法制の欠陥・不合理を浮き彫りにしたものともいえる。」との見解を示している。
 4 本件処分の実体的適法性に関する主張について
 本判決は、原子炉設置許可処分の取消訴訟における司法審査の在り方、主張立証責任についての前記のような見地に立って、本件の事案を検討し、①スリーマイルアイランド原子力発電所二号炉の事故及びその原因が、本件原子炉施設について行われた安全審査の合理性に影響を及ぼすものではないとした原審の判断、②原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会が本件原子炉施設の安全性について行った調査審議及び判断に不合理な点があるとはいえず、これを基にしてされた本件原子炉設置許可処分を適法であるとした原審の判断は、いずれも正当として是認することができるものと判示した。
 右の点に関する本判決の判文は簡潔なものではあるが、前記の見地に立って、本件処分の実体的適法性を是認した原審の個々の認定判断についての詳細な上告論旨を逐一検討した結果、右のような結論に至ったものと思われる。
 5 本判決の意義
 本件第一審判決言渡し後の昭和五四年にアメリカで起きたスリーマイルアイランド原子力発電所二号炉の事故、原判決言渡し後の昭和六一年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発四号炉の事故以来、原子力発電の安全性に関する社会的関心は、次第に高まってきているようである。このような状況の下で、原子炉の安全性が問われている本件訴訟において、最高裁がどのような判断を示すかは、社会的にも注目されていたところである。本判決は、前記のとおり、①原子炉設置許可処分の取消訴訟における審理、判断の方法、②右取消訴訟における主張立証責任、③原子炉設置許可の段階における安全審査の対象等について、最高裁として、初めて判断を示したものである。右の各点に関する本判決の判断は、これまで下級審裁判例が積み重ねてきた判断と概ね合致するものであり、本判決により、原子炉設置許可処分の取消訴訟における審理判断の基本的枠組みが確立したものと評価することができよう。本判決の判断は、原子炉設置許可処分の適否が争われる同種訴訟はもとより、行政庁がした高度の科学技術的判断等の、専門技術的裁量に基づく行政処分の適否が争われる行政訴訟(科学裁判)における司法審査の在り方等についての理論、実務に対し、大きな影響を与えるものと思われる。
+判例(H11.7.19)三菱タクシーグループ運賃値上げ事件
理由 
 上告代理人増井和男、同川勝隆之、同松谷佳樹、同山中正登、同赤西芳文、同白石研二、同川口泰司、同岸下秀一、同藤井章治、同石崎仁志、同河村俊信、同有馬実義、同桝野龍二、同戎順正、同八木敏和、同鶴田浩久、同篠原実、同真砂順一、同田渕輝幸の上告理由第一点について 
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。 
  1 被上告人らは、大阪市及びその周辺地域において一般乗用旅客自動車運送事業(以下「タクシー事業」という。)を営む者である。 
  2 平成元年四月一日からの消費税法の適用に伴い、同年二月から三月にかけて、披上告人らと同一地域でタクシー事業を経営する事業者ら(以下「同業他社」という。)は、消費税を転嫁するため、道路運送法(以下「法」という。)九条一項に基づき、当時の運賃に1.03を乗じ、一〇円未満を四捨五入した額に運賃を値上げする内容の運賃変更の認可申請をし、近畿運輸局長は、同月一七日までに右申請を認可した。ところが、披上告人らは、あえて消費税の転嫁のための運賃値上げを内容とする運賃変更の認可申請をしなかった。 
  3 その後、同業他社は、運転手の給料の改善及び運転手不足の解消のため、更に運賃値上げを内容とする運賃変更の認可申請をし、近畿運輸局長は、平成三年三月、平均11.1パーセントの値上げを内容とする運賃変更の認可をした。しかし、披上告人らは、同業他社と同様の運賃変更の認可申請をしなかった。 
  4 披上告人らは、既に消費税転嫁のための運賃値上げを実施した同業他社に対して更に運賃変更の認可がされたことにより、タクシー運転手の賃金水準が一般的に上昇し、また、円高差益もかなり落ち込んで、経営努力だけでは限界となる見込みとなったため、消費税転嫁分として三パーセントの運賃値上げをする方針を定めた。そして、平成三年三月二九日、当時認可を受けていた運賃の額に1.03を乗じ、一〇円未満を四捨五入した額の運賃に変更することの認可を求める申請書(以下「本件申請書」という。)を提出した。 
  5 近畿運輸局長は、披上告人らが同業他社の運賃との格差が14.2パーセントもあるのにわずか三パーセントの値上げしか申請せず、その上、披上告人らにおいて一般増車が認められるのであれば他の業者と同一水準までの運賃変更の認可申請を行う用意があることを示唆していたため、今回の運賃変更の認可申請(以下「本件申請」という。)をするに至った披上告人らの真意がどこにあるかを知る必要があるとし、また、同業他社と同じ運賃額に値上げするよう行政指導をしようとして、本件申請書を正式に受理せず、事実上預り置くことにとどめた。ところが、平成三年四月二五日、披上告人らの委任した弁護士から、書面到達後一〇日以内に本件申請書に対して認可をすることを求める旨の内容証明郵便が送られてきたため、同局長は、もはや披上告人らには同局長の行政指導に従う意思のないことが明確になったとして、披上告人らの本件申請を正式に受理することにした。そして、同月三〇日、披上告人らの関係者を呼び出してその旨を告知するとともに、本件申請書の記載の誤りの訂正及び原価計算書等の添付書類の提出を求めた。 
  6 披上告人らは、平成三年五月九日、直近の運賃変更の認可申請の際に提出した昭和五七年度の原価計算書を近畿運輸局長に提出したが、平成三年五月一〇日ころ、右原価計算書は古いので平成元年度のものと差し替えるようにとの指示を受けたため、平成三年五月二七日、これを指示どおりのものと差し替えた。同局長は、同年六月一日、本件申請について事案の公示をし、同月二七日及び同年七月五日に披上告人らの意見を聴取した。その際、同局長は、原価計算書に記載された原価計算の算定根拠等について披上告人らに説明を求めたが、披上告人らは運賃変更の理由は消費税の転嫁である旨の陳述をしたのみであった。 
  7 近畿運輸局長は、本件申請については、法九条二項一号の基準に適合しているか否かを判断するに足りるだけの資料の提出がないとして、平成三年九月一二日、本件申請を却下する旨の決定(以下「本件却下決定」という。)をした。 
 二 披上告人らの上告人に対する本件損害賠償請求は、近畿運輸局長は、本件申請を直ちにを受理した上一箇月以内に認可すべきであったにもかかわらず、受理を引き延ばし、受理後四箇月以上も許否の決定をせず、その上で本件却下決定をしたのであり、披上告人らは、同局長の右違法な職務行為により、同局長が受理後一箇月以内に本件申請を認可したとすれば披上告人らが消費税を転嫁することによって得たであろう運賃収入の増加分相当額の損害を被ったとして、上告人に対し、平成三年六月分ないし八月分の営業収入の三パーセントに相当する額の損害の賠償を求めるものであるところ、原審は、そのうち同年七月分及び八月分についての披上告人らの右損害賠償請求を認容すべきものとした。原審の判断の概要は、次のとおりである。 
  1 法九条二項一号は、運賃変更の認可基準として、「能率的な経営の下における適正な原価を償い、かつ、適正な利潤を含むものであること」と規定しているところ、後記の平均原価方式により設定され多数の事業者が一致して採用している運賃額に達しない額への運賃の値上げを内容とする運賃変更の認可申請がされた場合、法は、地方運輸局長が、変更前の運賃水準では能率的な経営の下における適正な原価を償うことができないか否かを審査し、償うことができないと判断するときは、前記基準を弾力的に解釈し、右値上げによりいくらかでも利潤が得られれば、適正利潤を含むものとして、特段の事情のない限り、当該申請を認可することを予定している。 
  2 披上告人らは、変更前の運賃水準では能率的な経営の下における適正な原価を償うことができない事態に至っていて、改めて消費税の転嫁を図る経営上の必要があり、本件申請に係る三パーセントの値上げにより利潤を得ることができるのであるから、本件申請については、法九条二項一号の基準に適合するというべきであり、同項二号ないし五号の基準にも適合していると認められる。したがって、近畿運輸局長は、本件申請を認可すべきであったのであり、本件却下決定は違法である。 
  3 近畿運輸局長は、本件却下決定より少なくとも二箇月は早く本件申請を認可することができ、かつ、それをすべきであったから、披上告人らは、同局長の違法な職務行為により、右二箇月分の営業収入の三パーセントに相当する得べかりし利益を失ったということができ、上告人は、披上告人らに対し、これを賠償すべきである。 
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。 
  1 法は、タクシー事業を含む一般旅客自動車運送事業につき、四条ないし七条において、その事業の経営についての免許制を規定するとともに、九条一項において、一般旅客自動車運送事業者は、運賃を定め、又はこれを変更しようとするときは、運輸大臣の認可を受けなければならないとし、同条二項において、その認可基準を定めている(なお、一般乗用旅客自動車運送事業に係る運輸大臣の右権限は、法八八条一項一号、道路運送法施行令一条二項により、地方運輸局長に委任されている。)そして、法九条二項一号は、運賃の設定及び変更の認可基準の一として前記基準を定めているが、その趣旨は、一般旅客自動車運送事業の有する公共性ないし公益性にかんがみ、安定した事業経営の確立を図るとともに、利用者に対するサービスの低下を防止することを目的としたものと解するのが相当である。 
 右のような同号の趣旨にかんがみると、運賃の値上げを内容とする運賃変更の認可申請がされた場合において、変更に係る運賃の額が能率的な経営の下における適正な原価を償うことができないときは、たとい右値上げにより一定の利潤を得ることができるとしても、同号の基準に適合しないものと解すべきである。そして、同号の基準は抽象的、概括的なものであり、右基準に適合するか否かは、行政庁の専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とし、ある程度の裁量的要素があることを否定することはできない。 
  2 ところで、本件申請がされた当時、タクシー事業の運賃変更の認可について、「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃改定要否の検討基準及び運賃原価算定基準について」(昭和四八年七月二六日付け自旅第二七三号自動車局長から各陸運局長あて依命通達。(以下「本件通達」という。)が定められており、各地方運輸局においては、本件通達に定められた方式に従った事務処理が行われていた。その概要は、地方運輸局長は、同一運賃を適用する事業区域を定め、当該区域の事業者の中から不適当な者を除外して標準能率事業者を選定し、さらに、標準能率事業者の中からその実績加重平均収支率が標準能率事業者のそれを下回らないように原価計算対象事業者を選定し、右事業者について本件通達別紙(2)の「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃原価算定基準」(以下「運賃原価算定基準」という。)に従って適正利潤を含む運賃原価を人件費等の原価要素の分類に従って算定した上、その平均値を基に運賃の値上げ率を算定する(この算定方式を「平均原価方式」という。)、というものである。 
 本件通達の定める運賃原価算定基準に示された原価計算の方法は、法九条二項一号の基準に適合するか否かの具体的判断基準として合理性を有するといえる。そして、タクシー事業は運賃原価を構成する要素がほぼ共通と考えられる上、その中でも人件費が原価の相当部分を占めるものであり、また、同じ地域では賃金水準や一般物価水準といった経済情勢はほぼ同じであると考えられるから、当該同一地域内では、同号にいう「能率的な経営の下における適正な原価」は各事業者にとってほぼ同じようなものになると考えられる。したがって、平均原価方式に従って算定された額をもって当該同一地域内のタクシー事業者に対する運賃の設定又は変更の認可の基準とし、右の額を変更後の運賃の額とする運賃変更の認可申請については、特段の事情のない限り同号の基準に適合しているものと判断することも、地方運輸局長の前記裁量権の行使として是認し得るところである。もっとも、タクシー事業者が平均原価方式により算定された額と異なる運賃額を内容とする運賃の設定又は変更の認可申請をし、右運賃額が同号の基準に適合することを明らかにするため道路運送法施行規則(平成七年運輸省令第一四号による改正前のもの)一〇条二項所定の原価計算書その他運賃の額の算出の基礎を記載した書類を提出した場合には、地方運輸局長は、当該申請について法九条二項一号の基準に適合しているか否かを右提出書類に基づいて個別に審査判断すべきであることはいうまでもない。 
  3 前記事実関係等によれば、披上告人らの本件申請に係る運賃の額は、本件申請の直前に近畿運輸局長が同業他社に対してした認可に係る運賃の額(右運賃の額は本件通達の定める平均原価方式に従って算定されたものと推認される。)を下回るものであったが、同局長は、本件申請に係る運賃の額が右認可に係る運賃の額に達しないものであることのみを理由として直ちに本件却下決定をしたのではなく、本件申請に対する許否の判断に当たり、披上告人らの提出する原価計算書その他の書類に基づき、本件申請に係る運賃の変更が法九条二項一号の基準に適合するか否かを運賃原価算定基準に準拠して個別に審査しようとしたものと解される。前示のとおり、運賃原価算定基準に示された原価計算の方法は、同号の基準に適合するか否かの具体的判断基準として、合理性を有するものであるから、同局長において本件申請に係る運賃の変更が同号の基準に適合するか否かを運賃原価算定基準に準拠して個別に審査しようとしたことは、相当な措置であったというべきである。しかるに、前記事実関係等によれば、同局長が右審査のために披上告人らに対して右原価計算書に記載された原価計算の算定根拠等について説明を求めたにもかかわらず、披上告人らは、運賃変更の理由は消費税の転嫁である旨の陳述をしたのみで、右原価計算の算定根拠等を明らかにしなかったというのであるから、同局長において披上告人らの提出した書類によっては披上告人らの採用した原価計算の合理性について審査判断することができなかったものということができる。そうであるとすれば、本件申請について、同号の基準に適合するか否かを判断するに足りるだけの資料の提出がないとして、本件却下決定をした同局長の判断に、その裁量権を逸脱し、又はこれを濫用した違法はないというべきである。 
 四 以上によれば、原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は、その余の点について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、前示のとおり、披上告人らの本件損害賠償請求は、本件却下決定が違法であり、近畿運輸局長は本件申請を認可すべきであったことを前提とするものであるから、右請求はいずれも理由がないことに帰する。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎) 
++解説
《解  説》
 一 本件は、大阪市及びその周辺地域において一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)を営んでいたXらが、平成元年四月一日の消費税法の適用の際に消費税を転嫁するための運賃変更の認可申請をせず、その約二年後の平成三年三月に同業他社に対して平均一一・一パーセントの値上げを内容とする運賃変更の認可がされた際にも同様の運賃変更の認可申請をしないで、その直後の同月二九日、消費税の転嫁のためであるとして三パーセントの値上げを内容とする運賃変更の認可申請(本件申請)をしたところ、近畿運輸局長が、同年四月三〇日に右申請を受理した上、同年九月一二日、右申請を却下する旨の決定(本件却下決定)をしたため、Xらが、同局長は、本件申請を直ちに受理した上一か月以内に認可すべきであったにもかかわらず、受理を引き延ばし、受理後四か月以上も許否の決定をせず、その上で本件却下決定をしたのであり、Xらは、同局長の右違法な職務行為により、同局長が受理後一か月以内に本件申請を認可していればXらが消費税を転嫁することによって得たであろう運賃収入の増加分相当額の損害を被ったなどとして、Y(国)に対し、同年六月分ないし八月分の営業収入の三パーセントに相当する額の損害の賠償等を求めた事案である。
 本件においてXらの主張する損害は、本件申請に対する認可が本来されるべき時期にされていたならば、Xらは右認可に係る運賃を収受することができたにもかかわらず、違法な本件却下決定がされたため、右認可に係る運賃を収受することができなかったことによる、得べかりし運賃収入の増加分である。したがって、Xらの主張する損害の賠償請求が肯定されるためには、少なくとも、本件却下決定が違法で取り消されるべきものであることが必要となる。そこで、本件却下決定の適否が本件の最大の論点となった。
 二 本件申請がされた当時、各地方運輸局においては、タクシー事業の運賃変更の認可申請について、「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃改定要否の検討基準及び運賃原価算定基準について」(昭和四八年七月二六日自旅第二七三号自動車局長から各陸運局長あて依命通達。本件通達)に定められた方式に従った事務処理が行われていた。その概要は、地方運輸局長は、同一運賃を適用する事業区域(運賃適用地域)を定め、当該区域の事業者の中から不適当な者を除外して標準能率事業者を選定し、さらに、標準能率事業者の中からその実績加重平均収支率が標準能率事業者のそれを下回らないように原価計算対象事業者を選定し、右事業者について本件通達別紙(2)の「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃原価算定基準」に従って適正利潤を含む運賃原価を原価要素の分類に従って算定した上、その平均値を基に運賃の値上げ率を算定する(この算定方式を「平均原価方式」という。)、というものである。そして、各地方運輸局においては、平均原価方式に従って算定された運賃額で一律に認可してきた。これが「同一地域同一運賃」の原則といわれるものである。もっとも、本件通達は、その後、「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃料金について」(平成五年一〇月六日付け自旅第二一八号各地方運輸局長・沖縄総合事務局長あて自動車交通局長通達)及び「運賃料金の多様化、需給調整の運用の緩和その他タクシー事業についての今後の行政方針について」(平成五年一〇月六日自旅第二一九号各地方運輸局長・沖縄総合事務局長あて自動車交通局長通達)により改められ、右「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃料金について」はさらに平成一〇年三月三一日自旅第二一八号により改正された。新通達の内容は、本件通達の定めていた原価計算の方法を基本的に踏襲した上で、認可の基準となる運賃額に幅を持たせ、さらに、その幅の中に入らない運賃額の申請についても、申請者に道路運送法九条二項一号の規定する適正原価及び適正利潤についての個別立証を許し、その立証方法についても通達の定める原価計算の方法によらない余地を認めるものである。
 本件において近畿運輸局長が本件申請の直前に同業他社に対してした運賃変更の認可に係る運賃の額(平均一一・一パーセントの値上げ)は、本件通達の定める平均原価方式に従って算定されたものと推認される。ところが、Xらは、右運賃変更の認可申請をしなかったため、同業他社の運賃との間に一四・二パーセントもの格差が生じていた。本件申請も、わずか三パーセントの値上げを内容とするものであって、右のとおり平均原価方式に従って算定されたものと推認される運賃額を下回るものであった。
 三 一審(本誌八〇九号二四四頁)及び原審(判時一五三二号六九頁)ともに、本件却下決定は違法であるなどとして、Xらの損害賠償請求を一部認容すべきであるとした。本件却下決定の適否に関する原審の判断の概要は、平均原価方式により設定された運賃額に達しない額への運賃の値上げを内容とする運賃変更の認可申請がされた場合、地方運輸局長は、変更前の運賃水準では能率的な経営の下における適正な原価を償うことができないか否かを審査し、償うことができないと判断するときは、道路運送法九条二項一号の基準を弾力的に解釈し、右値上げによりいくらかでも利潤が得られれば、適正利潤を含むものとして、特段の事情のない限り、当該申請を認可することが、同法の予定するところであるとした上で、Xらは、変更前の運賃水準では能率的な経営の下における適正な原価を償うことができない事態に至っていて、改めて消費税の転嫁を図る経営上の必要があり、本件申請に係る三パーセントの値上げにより利潤を得ることができるのであるから、本件申請については、同法九条二項一号の基準に適合する、というものである。原判決に対してYから上告。
 四 本判決は、まず、道路運送法九条二項一号の趣旨は、一般旅客自動車運送事業の有する公共性ないし公益性にかんがみ、安定した事業経営の確立を図るとともに、利用者に対するサービスの低下を防止することを目的としたものと解され、右のような趣旨にかんがみると、運賃の値上げを内容とする運賃変更の認可申請がされた場合において、変更に係る運賃の額が能率的な運営の下における適正な原価を償うことができないときは、たとい右値上げにより一定の利潤を得ることができるとしても、同号の基準に適合しないものと解すべきであるとした。
 次に、本判決は、本件通達の定める運賃原価算定基準に示された原価計算の方法は、道路運送法九条二項一号の基準に適合するか否かの具体的判断基準として合理性を有するということができ、同一地域内では、同号にいう「能率的な経営の下における適正な原価」は各事業者にとってほぼ同じようなものになると考えられるから、平均原価方式に従って算定された額をもって当該同一地域内のタクシー事業者に対する運賃の設定又は変更の認可の基準とし、右の額を変更後の運賃の額とする運賃変更の認可申請については、特段の事情のない限り同号の基準に適合しているものと判断することも、地方運輸局長の裁量権の行使として是認し得るところであるが、タクシー事業者が平均原価方式により算定された額と異なる運賃額を内容とする運賃の設定又は変更の認可申請をし、右運賃額が同号の基準に適合することを明らかにするため道路運送法施行規則八条二項所定の書類を提出した場合には、地方運輸局長は、当該申請について道路運送法九条二項一号の基準に適合しているか否かを右提出書類に基づいて個別に審査判断すべきであると判示した。
 その上で、本判決は、近畿運輸局長は、本件申請に係る運賃の額が本件申請の直前に同業他社に対してした認可に係る運賃の額に達しないものであることのみを理由として、本件却下決定をしたのではなく、Xらの提出する原価計算書その他の書類に基づき、本件申請に係る運賃の変更が道路運送法九条二項一号の基準に適合するか否かを運賃原価算定基準に準拠して個別に審査しようとしたものと解されるのであり、右は相当な措置であったというべきであるところ、同局長が右審査のためにXらに対して右原価計算書に記載された原価計算の算定根拠等について説明を求めたにもかかわらず、Xらは右原価計算の算定根拠等を明らかにしなかったというのであるから、同局長においてXらの提出した書類によってはXらの採用した原価計算の合理性について審査判断することができなかったものということができ、そうであるとすれば、本件申請について、同号の基準に適合するか否かを判断するに足りるだけの資料の提出がないとして、本件却下決定をした同局長の判断に、その裁量権を逸脱し、又はこれを濫用した違法はないと判示した。
 五 一般旅客自動車運送事業の運賃の定額制及び認可制は、昭和二六年法律第一八三号による道路運送法の制定により導入されたもので、同法九条二項一号から四号までの認可基準は、同法の制定以来、基本的に変更されていない。その立法趣旨については、個々の利用者に対する不当な差別的取扱いと事業者間の不当な競争を防止することにあるとされ、また、立法者は、運輸大臣(陸運局長)は、各事業者ごとの申請について、個別に認可基準に従って審査するものであり、その結果、同一地域内であっても個々の事業者ごとに異なった運賃が認可されることも当然に予想され、ただ、運賃の差があるために事業者間に不当な競争を起こす場合には、四号の認可基準でもって調整することになるが、若干の運賃の差があっても不当な競争を引き起こすものではないと考えていたことが、国会における審議経過から明らかである(第一〇回国会衆議院運輸委員会議録第二四号、同参議院運輸委員会会議録第一九号参照)。ところが、運輸省においては、タクシー運賃の設定、変更について、昭和二七年に東京地区において行われた最初の運賃変更認可以来、いわゆる同一地域同一運賃の原則を方針として採用し、その後、昭和三〇年七月二三日付け運輸省自動車局長通達によりこれを明確化し、さらに、本件通達を定めて、これに従った認可行政を行ってきた。
 本件通達の定める運賃原価算定基準に示された原価計算の方法は、その内容に照らすと、道路運送法九条二項一号の規定する適正原価及び適正利潤の具体的判断基準として、合理性を有するものというべきであろう。新通達においても、右の原価計算の方法が基本的に踏襲されているところでもある。また、タクシー事業は運賃原価を構成する要素がほぼ共通と考えられる上、その中でも人件費が原価の約七割ないし八割を占めるものであり、同じ地域では賃金水準や一般物価水準といった経済情勢はほぼ同じであると考えられるから、当該同一地域内では、同号にいう「能率的な経営の下における適正な原価」は各事業者にとってほぼ同じようなものになると考えられる。そして、同号の基準は極めて抽象的、概括的なものであり、右基準に該当するか否かの判断は、行政庁の専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とし、ある程度の裁量的要素があると解される(最一小判昭50・5・29民集二九巻五号六六二頁、本誌三二四号二〇五頁参照)ことにもかんがみると、平均原価方式に従って算定された額をもって当該同一地域内のタクシー事業者に対する運賃の設定又は変更の認可の基準とし、右の額を変更後の運賃の額とする運賃変更の認可申請については、特段の事情のない限り、改めて個別の審査をすることなく、同号の基準に適合しているものと判断することも、地方運輸局長の裁量権の行使として是認し得るものといえよう。
 しかしながら、平均原価方式により算定された額をもって当該地域における統一運賃とするのが道路運送法九条二項の定めるところであり、右運賃額とわずかでも異なる運賃額を内容とする運賃の設定又は変更の認可申請は同項所定の認可基準に適合しないとする解釈は、問題というべきであろう。なぜならば、同法は、一条において「公正な競争を確保する」ことをその目的の一つとして掲げ、九条二項四号も、他の事業者との間に「不当な競争」を引き起こすこととなるおそれがないものであることを認可基準として規定しているところから明らかなとおり、事業における競争の存在を当然の前提として規定していることにかんがみると、同法九条二項の規定が、事業者間の運賃等による価格競争を一切認めない趣旨であると解するのは、規定の文言上も困難というべきであり、また、前記のとおり立法者意思に明確に反するものである。すなわち、平均原価方式自体は、あくまでも地方運輸局長の合理的な裁量基準であるにすぎず、タクシー事業者が平均原価方式により算定された額と異なる運賃額を内容とする運賃の設定又は変更の認可申請をし、右運賃額が同号の基準に適合することを明らかにするため道路運送法施行規則八条二項所定の書類を提出した場合には、地方運輸局長は、当該申請について道路運送法九条二項一号の基準に適合しているか否かを右提出書類に基づいて個別に審査判断すべきであり、右個別審査をすることなく右申請に係る運賃額が平均原価方式により算定された額と異なる額であることのみを理由に同項各号の基準に適合しないとすることは、その裁量権を濫用又は逸脱したものとして、違法というべきではなかろうかと思われる(同旨の裁判例として大阪地判昭60・1・31本誌五四五号八五頁、判時一一四三号四六頁がある。)。本判決も、右の場合には、地方運輸局長は、当該申請について道路運送法九条二項一号の基準に適合しているか否かを提出書類に基づいて個別に審査判断すべきであることはいうまでもないとして、右の趣旨を明言している。
 ところが、本件においては、近畿運輸局長が、本件申請に係る運賃の変更が道路運送法九条二項一号の基準に適合するか否かをXらの提出する原価計算書その他の書類に基づき運賃原価算定基準に準拠して個別に審査しようとしたにもかかわらず、Xらは自らの原価計算の算定根拠等を明らかにしなかったため、同局長においてXらの提出した書類によってはXらの採用した原価計算の合理性について審査判断することができなかったというのであるから、かかる事実関係の下においては、本件却下決定をした同局長の判断に、その裁量権を逸脱し、又はこれを濫用した違法があるとはいえないであろう。本判決も、以上の見地から、本件却下決定は違法でないとしたものである。
 六 本判決は、一般旅客自動車運送事業の運賃変更認可に関する最高裁としての初めての判断であり、事例判断とはいえ、その重要性は小さくないと思われる。
 なお、Xらは、Yに対し、本件とほぼ同じ請求原因を主張して、平成三年五月分及び同年九月分から平成四年一二月分までの営業収入の三パーセントに相当する額の損害の賠償等を求める別件訴訟を提起しており、一審(本誌八九〇号一〇一頁)は、本件却下決定は違法であるなどとして、Xらの損害賠償請求を一部認容したが、原審(本誌九七三号一五七頁)は、本件却下決定は違法であるとはいい難いとして、Xらの請求をいずれも棄却すべきものとしたため、Xらが上告していたところ、本判決の言渡しと同じ日に、Xらの上告を棄却する旨の判決がされている。
・効果裁量
+判例(S52.12.20)神戸関税事件
理由 
 第一 上告代理人中山晴久、同原田昭、上告指定代理人香川保一、同近藤浩武、同長島俊雄、同鎌田泰輝、同上野至、同東光宏、同藤田鈴夫、同青木元一、同西川義輝の上告理由について 
 一 事実関係 
 原審が確定したところによれば、被上告人らに対する懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)に関する事実関係は、おおむね次のとおりである。 
 (一) 八月一九日の件(Aに対する懲戒処分についての抗議行動) 
 昭和三六年八月一九日、神戸税関長官房主事Bは、同主事室で、税関長に代わつて、Aに対し、懲戒処分書及び処分説明書を交付しようとした。その処分理由の要旨は、Aが、昭和三四年一〇月二七日、外国貿易船天栄丸のCを同船に訪ねて一緒に下船した際、Cが米国製タバコ等の密輸入を企てて携帯しているのを知りうべき立場にありながらこれを確知することなく、税関職員として適切な助言、指導を怠りかつ陸務課の検査に協力しなかつたのは、税関職員たるにふさわしくない行為にあたる、ということであつた。全国税関労働組合神戸支部(以下「組合」という。)の組合員は、Aに対する処分を知るや、正午前から零時三〇分ころにかけ続々主事室につめかけ、一二時三〇分から一時ころにかけて四〇名ないし五〇名になり、官房主事の説明を、理由にならない、不誠実だとして抗議を続け、口々に理由を説明せよ、できないのなら税関長を呼べなどと大声をあげたので、室内は騒然となり、一時三〇分ころまで押し問答が続いた。一時三〇分ころから二時ころにかけて、B官房主事、D人事課長らは組合員に対し「帰ります」「退去して下さい」と要求したが、多数の組合員は進路を開けることなく立ちはだかつて抗議を続け、その間室内や入口ドアには、「不当弾圧撤回!」「首切りを仕事にする奴、B!」「オマエはバカなチンピラだ」、「チンピラ弾圧屋のB税関から出て行け」、「メツセンジヤーボーイもできぬ官房主事はヤメロ」などと書かれたビラが貼られ、同趣旨の発言がされていた。組合執行委員である被上告人Eは、組合員の一員として、官房主事、総務課長らの附近に位置して激しく抗議していたが、同人らの耳もとで、バカヤロー、チンピラなどと怒声、罵声を発し、また、携帯マイクを使用して同様の行為をした。抗議は、途中休憩等をはさみ断続的に続いたが、五時三〇分ころパトカーのサイレンが聞こえたので、組合員は退室し、B主事らは警察官に守られて室外に出た。 
 (二) 一〇月五日、二六日の件(勤務時間内の職場集会等) 
 (1) 昭和三六年一〇月五日、組合は、総評及び公務員共闘会議の統一行動の一環として、全税関労働組合本部からの指令に基づき、本庁舎玄関前において、政暴法反対、公務員給与五〇〇〇円賃上げ、神戸税関における計算センター設置反対、勤務評定反対、人事の民主化などの要求をかかげ、午前八時四〇分ころから九時一〇分ころまで(勤務時間の定めは八時三〇分からであるが、九時五分までを出勤簿整理時間又は出勤猶予時間としてそれまでに出勤すればよいことになつており、九時五分から執務態勢にあつた。)職場集会を開催した。神戸税関長は、集会開催の前日組合支部長である被上告人Fに対し勤務時間にくい込まないようにとの警告を、また、当日九時五分ころ集会中の組合員に対し執務命令を発したが、いずれも無視された。被上告人らは、右集会の準備をし、組合書記長である被上告人Gは開会の挨拶等をし、同Fは組合員の団結をうながす演説をした。 
 集会の終了直前、被上告人Gは、職場に帰るとき税関長室前を通り要求を直接訴えようと提案し、右提案は可決され、組合員約三〇〇人が四列縦隊のような形で労働歌を合唱しながら正面玄関から二階へ上り、被上告人Gの音頭で、「五〇〇〇円賃上げ」、「勤評反対」、「合理化反対」、「H(税関長)やめろ」、「B(官房主事)やめろ」などのシユプレヒコールを繰り返した。被上告人Fは列外に出て同Gに合わせて音頭をとり、同Eは同様列外に出て隊列の後部を指導した。右隊列は、九時一八分ころ二階監視部長室横の階段附近で流れ解散した。 
 (2) 同年同月二六日、組合は、前回同様の統一行動の一環として、全税関労働組合本部からの指令に基づき、同一の要求をかかげ、本庁舎前で、午前八時四〇分ころから九時一五分ころまで職場集会を開催した。上告人神戸税関長は、集会開催の前日被上告人Fに対し前同趣旨の警告書を交付し、また、当日九時五分ころ集会中の組合員に対し執務命令を伝えたか、組合側はこれを無視した。被上告人F、同Gは、集会を準備し、Fは組合代表として演説し、Gは官側への抗議団の派遣を提案した。 
 同日、同税関東部出張所においても、二階ベランダで、午前八時四〇分ころから九時一五分ころまで職場集会が開催され、被上告人Eは、統一行動の意義を話し、政暴法反対の演説を行い、九時五分以降も税関長の執務命令を無視して演説を続けた。 
 (三) 一〇月三一日ないし一一月二日の件(輸出為替職場の人員増加要求活動) 
 神戸税関においては、輸出業務が集中する月末月初の各二、三日のいわゆる繁忙期には、輸出担当職員は二時間くらいの超過勤務や日曜休日の出勤が多く、また、大量の業務を処理するために、各職員がその能力に応じまた各人の責任において審査を簡略化することも行われており、一人が一日に約二〇〇件を処理することもあつた。組合は、輸出の増加により業務は増加しているのに職員はふえないとして、従来から人員増加要求を続けていたが、この要求を貫徹するため、被上告人らは、次のような行為を行つた。 
 (1) 一〇月三一日午後五時過ぎころから、輸出為替の職場で、繁忙期の業務処理、人員問題を検討するため、一五人の職員が参加して職場集会が開かれた。その席に組合の代表者として参加した被上告人Gは、官側は組合が人員要求しても何もしてくれず、労働強化を強いている、職員は無理のない件数をやることにしよう、そうすれば仕事が残るので超過勤務命令を出すだろう、それを拒否すれば困つて人員不足を認識するだろうとの提案をし、これまでのように大量の事務処理をすることをやめ、無理のない件数(大体一〇〇件程度をさす。)をやつて人員不足を認識させようということになつた(輸出申告の書類は、まず為替課輸出係で審査され、輸出課、監査第一部門、そして再び輸出課へと流れているから、為替課での処理が遅れれば全部が遅れることになる。)。 
 (2) 翌一一月一日、輸出為替の職員は、右集会の決定に従つて通常の繁忙期のような迅速な事務処理をしなかつたため処理は遅れ、午後四時ころには、五時以降臨時開庁をして超過勤務をしなければならないことが明らかな状態になつていた。三時四〇分ころ、組合執行部は、輸出第一、第二、為替の各課長に輸出第二課長の席に集まるよう要請し、そこで増員要求に対する協力を求めた。四時四〇分ころI為替課長から一時間の超過勤務命令が出されたが、被上告人Eは、五時ころ仕事を始めようとした職員に対し、人員要求の協力を確約しないと仕事をしないと課長と交渉しているから待てと言い、そのため職員は仕事をしなかつた。結局、六時ころから臨時開庁され、職員は五時半ころから超過勤務についたが、七時になつても残件が多くあつたので、I課長は更に一時間の超過勤務を命じたところ、被上告人らは、輸出為替の職場に来て、課長に対し、職員は疲れているからやめたらどうかと言い、職員に向つては、用のある者疲れている者は帰れと言い、ために職場は混乱し、課長は、これ以上仕事を続けることはできないと判断し、七時過ぎころ一般職員を帰宅させた。このため業者から苦情が出る一幕もあつたが、残つた分は翌日優先的に処理することで業者の納得を得て、その日の業務は打ち切られた。 
 (3) 翌一一月二日午前九時一五分ころ、I課長は、前日の残件を含めて大量の事務を処理するため、通常五〇ほどある審査点を四点に減縮する大巾かつ画一的な審査の簡略化を指示した。しかし、神戸税関ではかつて梅干事件(昭和三六年に梅干に関して農林省の検査合格証がないのに輸出許可をしたことで担当職員及び係長が収賄の嫌疑を受けた事件)があり、それ以来職員の間に審査を省略することを恐れる空気があつて、職員は容易に右指示に従わず、組合執行部に税関長と交渉して重点審査が原因で事故が起つた場合の責任の所在を明らかにするよう要請した。そこで被上告人ら三名を含む執行委員は一〇時ころ税関長と交渉しその見解をただしたが、明確な答弁が得られなかつた。被上告人G及び同Eは、一〇時を少し過ぎたころ、輸出為替課におもむき結果を報告するとともに、職員に向つて、このまましていたら責任問題が起こる、課長に一札入れてもらつてから仕事をしようなどと言つた。I課長は、被上告人Gらの要求に応じて職員に対し、あらためて重点審査を指示するとともに責任は私が持つから心配はいらない旨を説明したが、Gらは執ように文書にすることを要求し、職員に対して、文書にするまで輸出課への書類を回すなと言つたので、結局、I課長は一〇時三〇分ころ文書にすることを約束し、職員に文書にするから仕事をするように言つた。この間書類の流れはとまり、為替課から輸出課へ回つた書類を為替課へ引き上げたりした。二時ころ、被上告人G、同Eらが課長のもとに来て、早く文書を書かないと書類を回さないと言い、課長が文書にして読み上げたとき、被上告人Gは、それは命令かお願いかと尋ね、課長が、命令であるが仕事を早く処理するためやわらげた方がよいとの考えで、お願いであると答えたところ、職員に向つて、お願いなら従う必要はないと言つたため、職員の間にとまどいを生じ、仕事は依然停滞していた。更に、三、四〇分後には被上告人Gが再び輸出為替課に姿をあらわし、重点審査の責任は係員にあると税関長が言明したと言つて仕事を中止させるに至つたが、J課長補佐が総務課で確認したうえ、右G発言を否定し、責任は課長にあると言つたので、以後正常な状態にもどり、仕事が促進した。 
 (4) 同日午後五時ころ、鑑査第一部門においては、輸出為替課の確認事務が上述の経過で促進された影響を受け、同課から大量の書類が一時に回付され、通常の方法では処理し切れない事態となつた。そこで、K鑑査部長は、局面打開の方法として、輸出為替課におけると同様ここでも重点審査をすることを指示するとともに、三〇分休憩して五時半から臨時開庁することとし、職員に対し超過勤務命令を出した。しかし、その指示の趣旨が必ずしも明瞭でなかつたため、職員の間に疑義を生じ、このことは組合執行部に報告された。そこで、被上告人F、同Gを含む組合執行部約一〇人は、鑑査部L審査官に対し指示の内容をただし、来合わせたK部長を取り囲んで、こんなに大量の仕事をやらせてできるものか、お前の指示を受けてやると殺されてしまう、などと大声を出した。そのころ窓口にいた多くの業者から、早くやつてくれ、船の出航に支障をきたすとの申入れがされたので、K部長は、審査を簡略化する新たな指示をしたところ、被上告人Fら組合執行部はそのような命令は文書にせよと大声でせまり、室内は騒然として、右指示が文書とされた七時ころまで職員の仕事はとまつた。 
 (四) 一二月二日の件(超過勤務命令撤回闘争) 
 一一月二日に結成された組合の輸出分会は、組合とともに人員要求をしていたが、人員不足を当局に認識してもらうとの趣旨で、分会役員は超過勤務命令撤回願を全員で出すことを決め、組合執行部も同調した。そこで、一二月二日(土曜日)の午前中、組合執行部及び分会役員が手分けして、各職場で用紙を配付し、超過勤務命令が出た後職員に要請してその撤回願いを書かせ、これを回収した。輸出一課では、被上告人Gがこれらの行為を行い、午前中の勤務時間が終るや、組合執行部や分会役員は、三階講堂に職員を集めるため各職場をまわつた。土曜日の臨時開庁は通常一時から始まるのであつたが、当日は被上告人Gらの申入れにより一時三〇分から臨時開庁されることとなつたところ、一時一五分ころ、同被上告人ら組合役員は、M業務部長らに約四五人の超過勤務命令撤回願を提出し、職員は疲れている、個人個人の健康状態や都合を調べて命令を出して欲しいと命令の撤回を求めた。M部長、K鑑査部長はこれを拒否した。被上告人E、Nら組合執行委員は一時三〇分になつて超過勤務につくべく職場に帰つて来た職員に講堂に行くようすすめ、講堂では、被上告人Fが、撤回願について交渉している、官は一方的に命令を出しているが必ずしも従う必要はないと説明した。一時五〇分ころO総務課長らが講堂に行き、集まつていた職員に対し、超過勤務の執行命令を伝えたところ、被上告人Fは、部長交渉中だから待機しているのだと大声で答え、組合員はほとんど職場にもどらず、一時三〇分を過ぎても輸出の職場では仕事がされなかつたため、業者から抗議が出、苦情が申し立てられていた。二時ころ被上告人Gが講堂に来て交渉は決裂した旨伝え、同Fが職場に帰つて仕事するようにと命じたので、二時五分ころから仕事は順調に進み、遅い職場でも七時ころには終了した。

 二 原審の判断 
 原審は、右事実に基づき、次のとおり判断した。 
 (一) 被上告人らの各行為は、次のような懲戒事由に該当する。 
 (1) 前記一の(一)の八月一九日の被上告人Eの行為は、国家公務員法(以下「国公法」という。)八二条三号に該当する。 
 (2) 前記一の(二)の(1)、(2)の一〇月五日及び二六日の被上告人らの行為は、国公法九八条五項(昭和四〇年法律第六九号による改正前のものをいう。以下、国公法の規定のうち引用するものについて同じ。)前後段に違反し、同法八二条一号に該当する。しかし、国公法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項(昭和四一年七月九日人事院規則一―四による廃止前のものをいう。以下同じ。)前後段に違反するとして、国公法八二条三号を適用する余地はない。けだし、これらの法条に違反する行為は、もともと争議行為に通常随伴する行為であつて、これに対する規制は、仮にその争議行為が違法な場合でも、専ら国公法九八条五項によつてされるべきものと解すべきであるからである。 
 (3) 前記一の(三)の被上告人G、同Eの一一月一日及び二日の輸出為替課における各行為及び被上告人Fの一一月一日の輸出為替課における行為は、国公法九八条五項後段に、被上告人F、同Gの一一月二日の鑑査第一部門における行為は、同法九八条五項前段に違反し、同法八二条一号に該当する。しかし、被上告人Gの一〇月三一日の行為は、いまだこれをもつて怠業行為を企て又はその遂行を共謀し、そそのかし、あおつたものと認めるには足りず、また、前述の理由により、被上告人G、同Eの一一月一日の行為を人事院規則一四―一第三項後段に、被上告人G、同Eの一一月二日の輸出為替課における行為を国公法一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前段に、被上告人F、同Gの一一月二日の鑑査第一部門における行為を人事院規則一四―一第三項後段に違反するとして、国公法八二条三号を適用する余地はない。 
 (4) 前記一の(四)の被上告人らの行為は、国公法九八条五項後段に違反し、同法八二条一号に該当する。しかし、前述の理由により、国公法一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前後段に違反するとして、国公法八二条三号を適用する余地はない。 
 (二) 国公法九八条五項は、国家公務員の争議行為を一律全面的に禁止したものではないこと、禁止される争議行為と許される争議行為との限界の判断はむずかしいこと、特に時間内にくい込んだ職場集会の許されるかどうかの限界の判断はむずかしいこと、本件行為の態様、被上告人らの組合における地位、本件行為当時の社会情勢等、諸般の事情を考慮すれば、被上告人らの懲戒処分の前歴を考え合わせても、懲戒免職処分をもつて臨むのは、社会観念上著しく妥当を欠くと認められるから、本件処分は裁量の範囲を超えたものとして違法というべきである。よつて、本件懲戒免職処分は取り消されるべきものである。

 三 上告理由 
 論旨は、要するに、原判決には次の違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。 
 (一) 前記一の(三)の(1)の一〇月三一日の為替課における被上告人Gの行為は、これをもつていまだ国公法九八条五項後段の怠業行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、あおつたものと認めるに足りないとした点において、国公法九八条五項の解釈適用を誤つたものである。 
 (二) 前記一の(二)ないし(四)の被上告人らの行為(ただし、一〇月三一日の為替課における被上告人Gの行為を除く。)について、これらの行為が国公法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項に違反せず、したがつて、右法令に違反するものとして国公法八二条一号に該当するものではなく、また、国公法八二条三号に該当しないとしたのは、これらの法令の解釈適用を誤つたものである。 
 (三) 前記一の(一)ないし(四)の被上告人らの行為(ただし、被上告人Gの一〇月三一日の為替課での行為を除く。)は、国公法八二条一号又は三号に該当するとしながら、免職処分を選んだのは裁量権の範囲を逸脱するものとした点において、国公法八二条の解釈適用を誤り、ひいては行政事件訴訟法三〇条にも違反するものである。

 四 当裁判所の判断 
 (一) 一〇月三一日の輸出為替の職場における被上告人Gの行為について 
 税関の輸出業務担当の部課の組合員である職員が、組合の人員増加要求を貫徹するために、処理件数を低下させ業務の正常な運営を阻害することは、争議行為(怠業)にあたるというべきであるところ、前記一の(三)の(1)の事実によれば、一〇月三一日の輸出為替の職場における被上告人Gの行為は、少なくとも、争議行為の遂行をそそのかし、あおつたものというべきであり、国公法九八条五項後段に違反し(なお、同項が憲法二八条に違反しないことは、後述のとおりである。)、同法八二条一号に該当するといわなければならない。これと異なる原審の判断は、ひつきよう、右規定の解釈適用を誤つたものというべきである。

 (二) 国公法九八条五項と同法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項、国公法八二条一、三号との関係について 
 国公法九八条五項と同法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項とは、その構成要件において完全に互いに他を包摂し又は他に包摂される関係に立つものではなく、また、国公法九八条五項の保護法益は、主として国民全体の共同利益であり、その他の規定のそれは、公務運営の適正と能率の確保を目的とする国の公務運営上の諸利益であつて、両者の規定の趣旨、目的は必ずしも同一でないばかりでなく、国家公務員は、私企業における労働者と異なつて争議行為を禁止され、争議行為中であることを理由として、当然に、上司の命令に従う義務(国公法九八条一項)、職務に専念すべき義務(同法一〇一条一項)、勤務時間中に組合活動を行つてはならない義務(人事院規則一四―一第三項)等を免れない。したがつて、職員の行為が争議行為禁止規定(国公法九八条五項)に違反する場合であるからといつて、右行為は、国公法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項の違反となることを妨げられるものではなく、右規定違反として国公法八二条一号に該当し、また、行為の態様により同条三号に該当することもありうるものと解すべきである。これを本件についてみると、次のとおりである。 
 (1) 前記一の(二)の(1)、(2)の被上告人らの行為のうち、被上告人らが、上告人の警告及び執務命令を無視して職場集会を行い、集会を積極的に指導したことは、国公法九八条一項、同条五項前後段、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前後段に、一〇月五日の庁内デモ行進に参加しシユプレヒコールを指導し、あるいは隊列を指導したことは、国公法九八条五項前後段(被上告人Gがデモ行進を提案したことは同項後段)、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前段に違反し、いずれも国公法八二条一、三号に該当する。 
 (2) 前記一の(三)の被上告人らの一一月一日の輸出為替課における行為は、国公法九八条五項後段、人事院規則一四―一第三項後段に、被上告人G、同Eの一一月二日の輸出為替課における行為は、国公法九八条五項後段、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前段に、被上告人F、同Gの一一月二日の鑑査第一部門における行為は、国公法九八条五項前段、人事院規則一四―一第三項後段に違反し、いずれも国公法八二条一、三号に該当する。 
 (3) 前記一の(四)の被上告人らが超過勤務撤回願を一せいに提出するように勧しようした行為は、国公法九八条五項後段、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前段に、超過勤務につくべき職員を三階講堂に集結させ午後一時三〇分から二時五分ころまで同人らによる通関業務を妨げた行為は、国公法九八条五項後段、人事院規則一四―一第三項後段に違反し、いずれも国公法八二条一、三号に該当する。 
 しかるに、右と異なり、国公法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項に違反するとされる行為が争議行為である場合には、その規制は専ら国公法九八条五項によつてされるべきであり、右規定違反として国公法八二条三号を適用する余地はないとした原審の判断は、ひつきよう、これらの法条の解釈、適用を誤つたものといわなければならない。

 (三) 裁量権の範囲の逸脱について 
 公務員に対する懲戒処分は、当該公務員に職務上の義務違反、その他、単なる労使関係の見地においてではなく、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため、科される制裁である。ところで、国公法は、同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正であるべきこと(七四条一項)を定め、平等取扱いの原則(二七条)及び不利益取扱いの禁止(九八条三項)に違反してはならないことを定めている以外に、具体的な基準を設けていない。したがつて、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、都下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、懇意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。 
 右の見地に立つて、原審が確定した事実に基づき、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くものと認められるかどうかについて検討する。 
 まず、八月一九日の抗議行動については、Aの処分につき税関当局側の態度が組合員を納得させるものでなかつたことが執ようかつ激しい抗議活動を誘発した原因の一つとなつていたとしても、原判決もいうように、当局は根拠なくAの行動に疑いを抱いたわけではないことがうかがわれ、その根拠の公表を強く迫つた本件抗議活動の態様は明らかに行き過ぎであり、殊にその際における被上告人Eの言動は甚だしく乱暴であつて、その情状は決して軽いものではない。次に、一〇月五日、二六日の職場集会等は、職場離脱の時間がそれほど長時間にわたるものではなく、また、そのため業務処理が遅れ具体的に問題が生じたことがなかつたとしても、公共性の極めて強い税関におけるものであり、職場離脱が一部の職場だけではなく全体で行われたこと、しかも、それが当局の再三の警告、執務命令を無視して強行されたことも、軽視することができないところである。更に、一〇月三一日から一一月二日までの人員増加要求活動は、繁忙期における執務状態に基因し、職場からの強い要求があり、人員増加要求の目的自体は正当であつたとしても、繁忙期以外は休暇をとれないというほどではなく、一か月を平均すれば神戸税関だけが特に繁忙といえない状態であり、大蔵省関税当局も当時人員増加の要求に力を入れ、他省庁に比較してかなりの増員を獲得し、神戸税関にも多数の配分があつたというのであつて、本件の行為は、繁忙期において輸出関係書類の処理件数を低下させ、残件が増加したところで超過勤務を妨害し、重点審査が指示されるやそれをも妨害するという悪質な一連の業務処理の妨害であり、人員不足を認識させる方法として正当とはいいがたいものである。また、従前いわゆる梅干事件があり重点審査につき職員に不安があつて文書にすることを要求したものであつたとしても、梅干事件は収賄の疑いから取調べがされたものであつたのに対し、本件は上司の指示によるものであつて、両者は同一には論じられないものというべきであり、従来も職員各人の責任で重点審査が行われていたというのであるから、本件の場合に限り文書にしなければ不安であつたとは認められないし、また、本件行為により船積みができないという最悪の事態は避けられたとしても、職場を混乱させ、一一月一日に処理すべき分を二日に持ち越すという結果を発生させ、その遅延により業者に迷惑を及ぼし業者の苦情が出るという影響は軽視することができないところであり、これらの活動における被上告人らの行為の責任は重大であるといわなければならない。また、一二月二日の超過勤務命令撤回闘争は、繁忙期の勤務状態に遠因があり、船積みすることができないという最悪の事態の発生はなかつたとしても、繁忙期における職場離脱による超過勤務の拒否であつて、輸出関係全体に及び、ために業者からも抗議が出ていたこと等を考慮すれば、その情状は軽いものということはできない。なお、国家公務員の争議行為及びそのあおり行為等を禁止する国公法九八条五項の規定が憲法二八条に違反するものではなく、また、公務員の行う争議行為に同法によつて違法とされるものとそうでないものとの区別を認めるべきでないことは、当裁判所の判例(昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁)とするところであるから、国公法八二条の適用にあたつても、同法九八条五項により禁止される争議行為とそうでないものとの区別を設け、更に、右規定に違反し違法とされる争議行為に違法性の強いものと弱いものとの区別を立てて、右規定違反として同法八二条により懲戒処分をすることができるのはそのうち違法性の強い争議行為に限るものと解すべきでないことは、当然である。したがつて、被上告人らに対する本件懲戒処分が裁量権の範囲を超えるかどうかの判断に際して、原判決のように、禁止される争議行為と許される争議行為との限界の判断がむずかしいこと、特に時間内にくい込んだ職場集会の許されるか杏かの判断がむずかしいことを考慮に入れるべきでないことは、いうまでもないところである。 
 前記の被上告人らの本件行為の性質、態様、情状及び被上告人らが日米安保条約反対闘争で昭和三五年六月三度にわたり午前九時三〇分ころまでの勤務時間内職場集会をしたことにより、同年七月被上告人Fが減給一〇分の一を二か月、同Gが減給一〇分の一を三か月、同Eが戒告の各懲戒処分を受けていること等に照らせば、原審が挙げる諸事情を考慮したとしても、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいえず、他にこれを認めるに足る事情も見当たらない以上、本件処分が懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えこれを濫用したものと判断することはできないものといわなければならない。これと異なる原審の判断は、ひつきよう、国公法八二条の解釈適用を誤つたものというべきである。 
 (四) むすび 
 原審の判断には右に述べた違法があり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。 
 第二 結論 
 以上の次第で、原判決中上告人敗訴部分は、破棄を免れない。そこで、更に、右部分について判断するに、原審が確定した本件処分説明書の処分理由の記載に照らせば、本件処分説明書には本件処分を違法とする手続的瑕疵はなく、また、前述したところによれば、被上告人らは国公法八二条一、三号の懲戒事由に該当する(なお、当裁判所も八月一九日の被上告人Eの行為は国公法八二条三号に該当すると認める。)ところ、本件処分は右懲戒事由にあたることを理由として行われたものと解されるから、なんら不利益取扱いの禁止に違反するものではなく、また、前述のように本件処分は懲戒権の範囲を超えこれを濫用したものということはできないのであるから、本件処分に被上告人ら主張の違法はなく、その取消を求める被上告人らの本訴請求は、理由がない。したがつて、これと判断を異にする第一審判決を取り消し、被上告人らの請求をいずれも棄却すべきである。 
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官環昌一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見

 裁判官環昌一の反対意見は、次のとおりである。 
 私は、被上告人らのように国公法の適用のもとにあつて行政事務に従事する公務員(以下単に「公務員」という。)に対して懲戒処分をしようとする場合に、その処分事由とされる当該公務員の行為が、職員の団体(以下便宜「組合」という。)の団体行動その他の行動に関連してなされたものであるとき、そして特に懲戒処分のうち免職処分を選択しようとするときには、以下にのべるような特別の考慮が要請されるのであり、本件においてこのような考慮をすると、多数意見とは反対の結論にいたらざるをえないと思う。 
 一 公務員は、国民全体の生存の確保のため片時も停廃することの許されない、いわば国民全体の共同の事務である行政事務を処理することによつて国民全体に奉仕するものとして、国民によつて選定されるものである。公務員も、憲法二八条にいう勤労者にあたるものであるが、右のようなその職務の極めて高い公共性に由来する特殊な性格をもつているため、そのいわゆる労働基本権については、これに内在するものとしての制約が存するのであり、国公法等の公務員関係法令中に定められている、いわゆる正当な労働基本権の行使を制約する規定であつても前述の趣旨に照らして合理的なものは適憲であると考えられる。そして、国公法九八条一項、二項(本件当時は旧九八条一項、五項)は、公務員が法令に従い上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないこと、同盟罷業等の争議行為や怠業的行為をしたり、これをあおつたりしてはならないことを定めており、これに違背した公務員は労働基本権の保障を理由とする民事上の免責を主張することができず、政府はこれに対して同法八二条の定めるところにより懲戒処分をすることができ、かつ、その処分の種類、程度は原則として処分権者と定められている者の合理的な裁量にゆだねられているものと解せられるが、このような労働基本権の制約は合理性を欠くものとは考えられない。各個の公務員たる職員は、前記のようなその職務の高い公共性とその遂行の重い責務を認識した上、その基本権には右のような制約があることを前提として、自らの意思によつて公務員となり政府と労使関係に立つにいたつたものであるから、このような制約に服すべきであることは当然である。しかし、そうだからといつて、公務員についてその憲法上の勤労者としての生存権を確保すべき要請の存することもまた否定することはできないから、組合やその役員が使用者たる政府の当局者に対して労働条件や当局の労働関係上の処置などについて、抗議したり、不満の意思を表明したり、是正や改善と考えられるところを申入れて認識や理解を求めたりするなどの行動をすることは、前記の制約に反せず、かつ節度をこえるものでない限り禁止されるものではなく、当局としてはこれに誠実に対応することが要請されているというべきである。その意味では、公務員の労使関係は、高度の相互信頼の上に成り立つているものと解せられる。 
 二 このように公務員と政府との関係には、公務員の地位の特殊性に基づく特別の関係としての面と実質上雇傭契約に類する合意の存在に基づく労使関係としての面とがあり、公務員の地位と職務内容に応じて、特殊性の面が特に強いとみられるものから、一般私企業の従業員と変らない労使関係にあるとみられるものまでが存在するから、前述の信頼関係にもまたこれに応じてその性質、程度に差異があると考えられるが、懲戒処分に関する規定は主として右にのべた労使関係の側面において働くものであると思う。そして、前記のように組合の行動に関連する職員の行為についてされる懲戒処分は、その行為を職務の不履行や右の信頼関係をそこなう非行などにあたるものとしてされる不利益処分(制裁)であつて、その本来のねらいは、その不利益のもつ抑止力によつて当該職員に対し将来を戒め再び右のような行為をすることによる公務の停廃を防止しようとするところにあると考えられる。従つて、国公法八二条に定める懲戒処分のうち、停職、減給又は戒告の処分(以下「停職等の処分」という。)のように、彼処分者に公務員たる地位を保有せしめたままなされる制裁が右のねらいに沿うものであることはいうまでもないが、これに反して免職処分は、その性質上その抑止力によつて、当該職員に将来の職務の完遂を期待するものでないことは明らかであり(副次的には他の職員に対する警告という他戒的なねらいのあることは否定しえないところであるが)、その実質は、国公法上身分を保障されている職員に対して、その義務の不履行や非行を原因とする労使関係消滅の効果を伴ういわば使用者による一方的な解約権の行使であつて、次にのべるような特別の不利益を伴うものであると解せられる。すなわち、今なおいわゆる生涯雇傭を通例とする我が国の労働事情のもとでは、通常の転職、勤務先の変更等でさえ、勤労者にとつて収入や生活の安定その他の面でなみなみならぬ障害となるものであることは明らかであるが、ましてや懲戒処分を理由とする離職の場合には、その社会的信用の格別の失墜と相まつて再就職が著しく困難となることは見やすいところである。のみならず、免職処分は、被処分者に対し退職手当金や恩給の受給権について著しい不利益を伴うものであり(国家公務員退職手当法八条一項一号、恩給法五一条一項一号、なお、国家公務員共済組合法九七条一項参照)、停職等の処分のうち最も重い一年の停職処分に比べてその実質上の厳しさは同日の比ではない。このようにみてくるといわゆる全農林事件判決(最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁)が、「労働基本権につき(中略)当然の制約を受ける公務員に対しても、法は、国民全体の共同利益を維持増進することとの均衡を考慮しつつ、その労働基本権を尊重し、これに対する制約、とくに罰則を設けることを、最少限度にとどめようとしている態度をとつているものと解することができる」と判示するところにうかがわれる法の精神は、懲戒処分に際し、右のようにその厳しさにおいて格別である免職処分を選択する裁量においても生かされるべきであつて、これを選択することには特別に慎重でなければならないというべきである。 
 以上のべたところから、私は、このような事案における懲戒処分が裁量権の範囲をこえず適法であるとされるためには、当該職員の職務上の義務の違背や非行の程度が重いというだけではなく、一般の事案における場合よりも特に慎重な配慮のもとで、なおかつ、その行為を徴憑として当該職員が全体の奉仕者である公務員としての自覚と責任感を著しく欠如することが明らかに認められるなど、労使間の前述の信頼関係が失われその回復が至難であることが、客観的に十分な合理性をもつて肯認できる場合でなければならないと考える。 
 三 以上の見地から、原審の確定したところに基づいて、本件処分事由とされる事実を、本件懲戒免職処分との関連でどのように評価すべきであるかを検討する。 
 (一) 八月一九日の件について 
 右の事案における被上告人Eの行為は、同機上告人ら組合員が、同じく組合員である訴外Aに対する処分事由や処分にいたる経過について当局側に説明を求め、かつ、抗議をした際行われたものであるが、同被上告人らの業務放棄の結果を伴つたものとはされていない。そして右Aに対する処分にいたるまでの経緯に照らしてみると、少なくとも同被上告人ら組合員が当局に説明を求めたり抗議すること自体理由のない不当な行為であつたとまではいえないし、他方これに対する当局側の対応が誠実なものであつたとはいい難い。もとより、原審認定のような当局側にもその生起に責なしとしないと考えられる緊迫した事態のもとであつても、同被上告人が原審認定のような暴言を吐いたり当局側の者の耳もとでマイクを使つたりしたことは、特に組合の役員の地位にある者の行為として確かに節度をこえて違法かつ無益無用のものであつたというべきではあるが、それは右のような事態のもとでの集団心理によるところが少なくなかつたと考えられ、また、同被上告人が暴力その他の物理力を直接あるいは組合員を指揮して行使させ当局側の者の退出を阻止したような事実までは認め難いところである。 
 (二) (イ)一〇月五日、二六日の件、(ロ)同月三一日ないし一一月二日の件、(ハ)一二月二日の件について 
 右(イ)(ロ)(ハ)の各日に行われた原審認定の被上告人らの各行動が、いずれも業務の放棄を含み職場秩序を乱す違法なものであり、従つて、これに対して出された当局側の職務上の命令は正当というほかはないから、被上告人らがこれに従わなかつたことも違法であることを免れない。また、その間に行われた被上告人ら組合員の具体的言動にも節度をこえ違法にわたるところが少なからずあつたことを否定することはできない。 
 しかしながら、その行動の内容、実質についてみると、右三件ともそれは窮極的には使用者たる政府の労働政策ないし労働条件に関する組合としての抗議ないし不満の意思の表明であり、神戸税関当局との関係では組合の要員不足の主張に基づいた、抗議等の意思の表明を中心とするものであつたとみるべきものである。そして、原審認定の次のような事情、すなわち昭和三六・三七年度において相当数の増員が行われ神戸税関にもかなり多数の配分があつたことから同税関当局も人員増加の必要性を認め、これを要求していたものと推測されること、横浜税関に比べても神戸税関の処理事務が特に繁忙であつたとはいえない状態であつたことなどを考慮してみても、組合がそれでもなお要員不足が解消されないとして、当局に不満の意思を表明し、その認識を求める必要があると考えたことが必ずしも不当であるとはいえないし、他に従来の当局のこれに対する対応等の関連から、このような意思の表明をすること自体が不当ないし不必要なものであつたとするに足る特別の事情の存在も認め難い。また、前記(イ)の事案はもともと組合が全税関労組本部の指令に従つてしたものであつて、始業時を選び、実質的に比較的短時間の業務放棄に制限して行動していること、(ロ)の事案において当局のいわゆる重点審査の指示に対し、被上告人らがその文書化を要求したのも、もともと組合員たる職員の被上告人ら役員に対する要請に端を発したものであり、その経緯からみて怠業行為の引延ばしや当局に対するいわゆるいやがらせのねらいをもつてされたものとまで認めることは相当でなく、また、右の事案では一部分を除いて結局仕事はその日のうちにほぼ処理されていること、(ハ)の事案においても、被上告人らは結局組合員をして超過勤務命令に服させたため、その日の仕事の処理は終つていることなどの諸事情にかんがみると、被上告人らが組合の役員としてその職務の高い公共性を認識して国民に対する影響を大きくしないようそれなりに配慮し自制したことをうかがうことができる。なお、被上告人らその他の組合員の当局との折衝、デモ行進、いわゆるシユプレヒコールなどにおける節度をこえ粗暴にわたる発言、振舞などは、すべて集団行動時における附随的なものと考えられ、さきに(一)の事案における暴言についてのべたところと同様本件の本質的な考慮においてはこれをしかく重視すべきものとも思われない。 
 四 以上検討したところを総合して考えると、右の各事案における被上告人らのそれぞれの行為の情状、その国民に対する影響ひいては被上告人らの責任が、軽視することを許されない重大なものであるとすることも理解できないではないが、被上告人らが自らの職務の公共性に対する認識とその遂行に対する責任感とを著しく欠くものであり、被上告人らの地位と職務内容に相応する労使間の相互の信頼関係がもはや回復し難いと認められる程度にまで失われたとみることは、前記のような慎重な考慮のもとでは、納得しがたいところである。のみならず、被上告人らの本件処分の前の処分歴は、多数意見が拳示するとおり被上告人Fは減給一〇分の一を二か月、同Gは減給一〇分の一を三か月、同Eについては戒告の処分をいずれも一回受けたというにとどまるのであるから、停職等の処分による抑止力に期待することが不可能であり、今直ちに前述したような特別に厳しい免職処分によりこれを職場外に放逐するほかないとした上告人の裁量はあまりにも性急にすぎるものであつて妥当なものとは考えられない。従つて、被上告人らの本件処分事由とされる行為は、何らかの懲戒処分を受けるに値する違法なものであるとはいえ、これに対してなされた本件懲戒免職処分を適法とする多数意見の結論には賛同し難く、原判決はその結論において正当としてこれを是認することができるので、本件上告は排斥を免れないものと考える。 
 (裁判長裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 髙辻正己 裁判官 服部髙顯 裁判官 環昌一)