行政法 基本行政法 法の一般原則 宜野座 青色 在ブラジル 余目


1.平等原則
(1)法律による行政の原理と対立しない場合
区別して取り扱うことに合理的な理由があるか

(2)法律による行政の原理と対立する場合
平等原則を根拠に違法な行政行為をするように求めることはできない

2.比例原則
比例原則=行政目的を達成するために必要な範囲でのみ行政権限を用いることが許される

3.信義則・信頼保護原則
(1)法律による行政の原理と対立しない場合

+判例(S56.1.27)
理由
上告代理人中居久雄の上告理由第二点について
一 原審の確定した本件の事実関係は、おおむね次のとおりである。
(一) 上告人は、被上告人宜野座村内に製紙工場(以下「本件工場」という。)の建設を計画し、昭和四五年一一月に当時被上告人の村長であつたAに対し右工場の誘致及び被上告人所有地を工場敷地として上告人に譲渡することを陳情した。これに対し、同村長は、本件工場を誘致し右工場敷地の一部として村有地を上告人に譲渡する旨の被上告人村議会の議決を経由したうえ、昭和四六年三月上告人に対し右工場建設に全面的に協力することを言明した。
(二) そこで、上告人は、A村長及び村議会議員らの協力のもとに被上告人村内に工場敷地を選定したうえ、当時河川を管理していた米国民政府に対し工場操業に必要な水利権設定の申請を行うため、右申請に対する被上告人村長の同意書を得た
(三) 上告人は、昭和四六年八月ごろ本件工場敷地の一部として予定された村有地の耕作者らに土地明渡に対する補償料を支払い、更に昭和四七年三月ごろより本件工場に備え付ける機械設備の発注の準備を進めていたが、A村長は、これを了承していたばかりでなく、引き続き工場建設に協力する意向を示し、その速やかな推進を希望し、同年一〇月には、かねての上告人との約定に基づき、沖縄振興開発金融公庫に対し、上告人が機械設備発注のために必要としている融資を促進されたい旨の依頼文書を送付した。
同じころ、上告人は右機械設備を発注し、更に前記工場敷地の整地工事に着手して同年一二月初めにはこれを完了した。
(四) ところが、同月行われた村長選挙において当選し、昭和四八年一月初めにAに代わつて被上告人村長に就任したBは、本件工場設置に反対する工場予定地周辺の住民の支持を得て当選したものであるところから、本件工場建設に反対する意向を固め、上告人が沖縄県建築基準法施行細則二条一項の規定に基づき同村長のもとに提出した本件工場の建築確認申請書を同条二項の規定に反しその名宛人たる沖縄県の建築主事に送付することなく、上告人に対し、工場予定地周辺の住民が工場建設に反対していること、村議会の本件工場誘致の議決後に社会情勢が急変したこと、本体工場の建設は将来付近地域の開発に支障をもたらすおそれがあること、本件工場予定地の上流に農業用ダムの建設計画があることを理由として、同年三月二九日付で右建築確認申請に不同意である旨の通知をした。
(五) 上告人は、このようにして本件工場建設に対する被上告人の協力が得られなくなつた結果、右工場の建設ないし操業は不可能となつたので、やむなくこれを断念した。
所論の本訴請求は、以上のような事実関係に基づき、被上告人の所為は上告人との間に形成された信頼関係を不当に破るものであるとして、上告人が被上告人に対し、前記機械設備の発注により支払義務を負担することとなつた代金相当額等その被つた積極的損害(元本額五五七四万五六一四円)の賠償を求めるものであるところ原判決は、本件工場建設に対する被上告人の積極的な協力は住民の福祉増進を目的とし、住民意思に副うことを前提とするものであるから、A前村長らによる企業誘致の方針が村民によつて批判され、批判勢力の支持するB村長が選出された以上、上告人は被上告人の協力を期待すべきではなく、被上告人の協力拒否を違法ということはできないとして、右請求を排斥した第一審判決を維持した。

二 そこで、原審の右判断の当否について検討するのに、地方公共団体の施策を住民の意思に基づいて行うべきものとするいわゆる住民自治の原則は地方公共団体の組織及び運営に関する基本原則であり、また、地方公共団体のような行政主体が一定内容の将来にわたつて継続すべき施策を決定した場合でも、右施策が社会情勢の変動等に伴つて変更されることがあることはもとより当然であつて、地方公共団体は原則として右決定に拘束されるものではない。しかし、右決定が、単に一定内容の継続的な施策を定めるにとどまらず、特定の者に対して右施策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的、具体的な勧告ないし勧誘を伴うものであり、かつ、その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものである場合には、右特定の者は、右施策が右活動の基盤として維持されるものと信頼し、これを前提として右の活動ないしその準備活動に入るのが通常である。このような状況のもとでは、たとえ右勧告ないし勧誘に基づいてその者と当該地方公共団体との間に右施策の維持を内容とする契約が締結されたものとは認められない場合であつても、右のように密接な交渉を持つに至つた当事者間の関係を規律すべき信義衡平の原則に照らし、その施策の変更にあたつてはかかる信頼に対して法的保護が与えられなければならないものというべきである。すなわち、右施策が変更されることにより、前記の勧告等に動機づけられて前記のような活動に入つた者がその信頼に反して所期の活動を妨げられ、社会観念上看過することのできない程度の積極的損害を被る場合に、地方公共団体において右損害を補償するなどの代償的措置を講ずることなく施策を変更することは、それがやむをえない客観的事情によるのでない限り、当事者間に形成された信頼関係を不当に破壊するものとして違法性を帯び、地方公共団体の不法行為責任を生ぜしめるものといわなければならない。そして、前記住民自治の原則も、地方公共団体が住民の意思に基づいて行動する場合にはその行動になんらの法的責任も伴わないということを意味するものではないから、地方公共団体の施策決定の基盤をなす政治情勢の変化をもつてただちに前記のやむをえない客観的事情にあたるものとし、前記のような相手方の信頼を保護しないことが許されるものと解すべきではない
これを本件についてみるのに、前記事実関係に照らせば、A前村長は、村議会の賛成のもとに上告人に対し本件工場建設に全面的に協力することを言明したのみならず、その後退任までの二年近くの間終始一貫して本件工場の建設を促し、これに積極的に協力していたものであり、上告人は、これによつて右工場の建設及び操業開始につき被上告人の協力を得られるものと信じ、工場敷地の確保・整備、機械設備の発注等を行つたものであつて、右は被上告人においても予想し、期待するところであつたといわなければならない。また、本件工場の建設が相当長期にわたる操業を予定して行われ、少なからぬ資金の投入を伴うものであることは、その性質上明らかである。このような状況のもとにおいて、被上告人の協力拒否により、本件工場の建設がこれに着手したばかりの段階で不可能となつたのであるから、その結果として上告人に多額の積極的損害が生じたとすれば、右協力拒否がやむをえない客観的事情に基づくものであるか、又は右損害を解消せしめるようななんらかの措置が講じられるのでない限り、右協力拒否は上告人に対する違法な加害行為たることを免れず、被上告人に対しこれと相当因果関係に立つ損害としての積極的損害の賠償を求める上告人の請求は正当として認容すべきものといわなければならない。

三 以上によれば、前記の理由によつて、被上告人が前言をひるがえし本件工場建設に対する協力を拒否したことの違法を原因とする本訴請求を排斥した原判決は法令の解釈適用を誤つたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中右請求に関する部分は破棄を免れない。右請求については、被上告人の本件工場建設に対する協力拒否がやむをえない事情に基づくものであるかどうか、右協力拒否と本件工場の建設ないし操業の不能との因果関係の有無、上告人に生じた損害の程度等の点につき更に審理を尽くす必要があると認められるので、本件のうち右請求に関する部分を原審に差し戻すこととする。
本件上告中、被上告人村長が上告人提出の建築確認申請書の送付を怠つたことを理由とする損害賠償請求につき原判決の破棄を求める部分については、上告人は民訴法三九八条に違背し民訴規則五〇条所定の期間内に上告理由を記載した書面を提出しないので、右上告は却下を免れない。
よつて、民訴法四〇七条一項、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 環昌一 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)

(2)法律による行政の原理と対立する場合
・租税の賦課のように、裁量が認められない処分については、信頼保護と法律による行政の原理とが対立する場合がある

+判例(S62.10.30)青色申告
理  由
上告代理人藤井俊彦、同松村利教、同宮崎直見、同岡光民雄、同田邉安夫、同中本尚、同西修一郎、同大城正春、同岩田登、同戸田信次、同坂田嘉一の上告理由について
一 原審が確定したところによれば、(1) 被上告人の実兄であり、かつ養父であつた式貞道(昭和四七年九月二一日死亡)は、戦前から酒類販売業の免許を受け、式商店の商号で酒類販売業を営んでいた、(2) 被上告人は、昭和二五年四月門司税務署を退職し、式商店の営業に従事するようになり、昭和二九年一一月ころから事実上被上告人が中心となつて同店の業務を運営するようになつた。(3) 貞道は青色申告の承認を受けており、式商店の営業による事業所得については、昭和二九年分から同四五年分まで貞道名義により青色申告がされてきたが、昭和四七年三月、同四六年分につき、被上告人が青色申告の承認を受けることなく自己の名義で青色申告書による確定申告をしたところ、上告人は、被上告人につき青色申告の承認があるかどうかの確認を怠り、右申告書を受理し、さらに昭和四七年分から同五〇年分までの所得税についても、被上告人に青色申告用紙を送付し、被上告人の青色申告書による確定申告を受理するとともにその申告に係る所得税額を収納してきた、(4) 貞道名義で青色申告を継続してきた間、青色申告の承認を取り消されるようなことはなく、昭和四六年以降も式商店の帳簿書類の整備保存態勢に変化はなかつた、(5) 被上告人は、昭和五一年三月、上告人から青色申告の承認申請がなかつたことを指摘されるや直ちにその申請をし、同年分以降についてその承認を受けた、というものである。

二 原審は、青色申告制度が課税所得額の基礎資料となる帳簿書類を一定の形式に従つて保存整備させ、その内容に隠蔽、過誤などの不実記載がないことを担保させることによつて、納税者の自主的かつ公正な申告による課税の実現を確保しようとする制度であることから考えると、右のような制度の趣旨を潜脱しない限度においては、青色申告書の提出について税務署長の承認を受けていなくても、青色申告としての効力を認めてもよい例外的な場合があるとしたうえ、右の事実関係のもとにおいては、被上告人が青色申告書を提出することについてその承認申請をしなかつたとしても、必ずしも青色申告制度の趣旨に背馳するとは考えられず、上告人が青色申告書による確定申告を受理し、これにつきその承認があるかどうかの確認を怠り、単に被上告人が承認申請をしていなかつたことだけで青色申告の効力を否認するのは信義則に違反し許されないとし、被上告人の昭和四八年分及び同四九年分の各所得税の確定申告について、これを白色申告とみなして行つた本件各更正処分は違法である、と判断した。
論旨は、要するに、原審の右判断は、法令の解釈適用を誤り、審理不尽、理由不備の違法を犯したものである、というのである。

三 所得税法第二編第五章第三節に規定する青色申告の制度は、納税者が自ら所得金額及び税額を計算し自主的に申告して納税する申告納税制度のもとにおいて、適正課税を実現するために不可欠な帳簿の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであつて、同法一四三条所定の所得を生ずべき業務を行う納税者で、適式に帳簿書類を備え付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する者について、当該納税者の申請に基づき、その者が特別の申告書(青色申告書)により申告することを税務署長が承認するものとし、その承認を受けた年分以後青色申告書を提出した納税者に対しては、推計課税を認めないなどの課税手続上の特典及び事業専従者給与や各種引当金・準備金の必要経費算入、純損失の繰越控除など所得ないし税額計算上の種々の特典を与えるものである。青色申告の承認は、所得税法一四四条の規定に基づき所定の申請書を提出した居住者(同法二条三号)に与えられる(同法一四六条、一四七条)。そして、青色申告の承認の効力は、その承認を受けた居住者が一定の業務を継続する限りにおいて存続する一身専属的なものとされている(同法一五一条二項)。
以上のような青色申告の制度をみれば、青色申告の承認は、課税手続上及び実体上種々の特典(租税優遇措置)を伴う特別の青色申告書により申告することのできる法的地位ないし資格を納税者に付与する設権的処分の性質を有することが明らかである。そのうえ、所得税法は、税務署長が青色申告の承認申請を却下するについては申請者につき一定の事実がある場合に限られるものとし(一四五条)、かつ、みなし承認の規定を設け(一四七条)、同法所定の要件を具備する納税者が青色申告の承認申請書を提出するならば、遅滞なく青色申告の承認を受けられる仕組みを設けている。このような制度のもとにおいては、たとえ納税者が青色申告の承認を受けていた被相続人の営む事業にその生前から従事し、右事業を継承した場合であつても、青色申告の承認申請書を提出せず、税務署長の承認を受けていないときは、納税者が青色申告書を提出したからといつて、その申告に青色申告としての効力を認める余地はないものといわなければならない。これと異なり、青色申告書の提出について税務署長の承認を受けていなくても青色申告としての効力を認めてもよい例外的な場合がある、とした原審の判断は、青色申告の制度に関する法令の解釈適用を誤つたものというほかない。
原審の確定した事実関係によれば、被上告人は、その昭和四八年分及び同四九年分の各所得税について青色申告の承認を受けていないというのであるから、被上告人の右両年分の所得税の確定申告については、青色申告としての効力を認める余地はなく、これを白色申告として取り扱うべきものである。そのうえで、被上告人の確定申告につき、上告人が法令の規定どおりに白色申告として所得金額及び所得税額を計算し、更正処分をすることを違法とする特別の事情があるかどうかを検討すべきものである。

四 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たつては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになつたものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない
これを本件についてみるに、納税申告は、納税者が所轄税務署長に納税申告書を提出することによつて完了する行為であり(国税通則法一七条ないし二二条参照)、税務署長による申告書の受理及び申告税額の収納は、当該申告書の申告内容を是認することを何ら意味するものではない(同法二四条参照)。また、納税者が青色申告書により納税申告したからといつて、これをもつて青色申告の承認申請をしたものと解しうるものでないことはいうまでもなく、税務署長が納税者の青色申告書による確定申告につきその承認があるかどうかの確認を怠り、翌年分以降青色申告の用紙を当該納税者に送付したとしても、それをもつて当該納税者が税務署長により青色申告書の提出を承認されたものと受け取りうべきものでないことも明らかである。そうすると、原審の確定した前記事実関係をもつてしては、本件更正処分が上告人の被上告人に対して与えた公的見解の表示に反する処分であるということはできないものというべく、本件更正処分について信義則の法理の適用を考える余地はないものといわなければならない

五 したがつて、以上とは異なる見解に立ち、本件更正処分を違法なものとした原判決には、法律の解釈適用を誤つた違法があり、ひいては審理不尽の違法があるものといわなければならず、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、本件更正処分の適否について更に審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 坂上壽夫 伊藤正己 安岡滿彦 長島敦)

・地方公共団体による消滅時効の主張と信義則

+判例(H19.2.6)在ブラジル被爆者健康管理手当不支給事件
理由
上告代理人大竹たかしほかの上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人らは、いずれも、広島市に投下された原子爆弾に被爆した者であり、昭和30年ころから同40年にかけてブラジル連邦共和国(以下「ブラジル」という。)に移住した。
(2) 昭和32年に原子爆弾被爆者の医療等に関する法律が、同43年に原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下「原爆特別措置法」という。)がそれぞれ制定され、平成6年にこれらの法律を統合する形で原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」といい、原爆特別措置法と併せて「被爆者援護法等」という。)が制定された。健康管理手当は、原爆特別措置法5条又は被爆者援護法27条に基づき、造血機能障害、肝臓機能障害、循環器機能障害等の疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっている被爆者に支給される手当である。その支給に係る事務は、都道府県知事が国の機関として主務大臣(厚生大臣)の指揮監督の下に処理すべき事務とされていたが(地方自治法(平成11年法律第87号による改正前のもの)148条2項、150条、別表第3第1項(10の2)、地方自治法(平成6年法律第117号による改正前のもの)別表第3第1項(10の3)、国家行政組織法(平成11年法律第87号による改正前のもの)15条2項)、その後、平成11年法律第87号による地方自治法の改正に伴い、第1号法定受託事務に改められた(同法2条9項1号、10項、別表第1)
(3) 厚生省公衆衛生局長は、昭和49年7月22日付けで、各都道府県知事並びに広島市長及び長崎市長あての「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律等の施行について」と題する通達(昭和49年衛発第402号。以下「402号通達」という。)を発出し、原爆特別措置法に基づく健康管理手当の受給権は、当該被爆者が我が国の領域を越えて居住地を移した場合、失権の取扱いとなるものと定めた。被爆者援護法が制定された後も、厚生事務次官が平成7年5月15日付けで各都道府県知事並びに広島市長及び長崎市長あてに発出した「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の施行について」と題する通知(平成7年発健医第158号)に基づき、402号通達による上記の取扱いが継続されてきたしかし、被爆者援護法等には、健康管理手当の受給権を取得した被爆者が国外に居住地を移した場合に同受給権を失う旨の規定は存在せず、402号通達の上記定め及びこれに基づく行政実務は、被爆者援護法等の解釈を誤る違法なものであった
(4) 被上告人らは、いずれも、平成3年から同7年にかけて、ブラジルから一時帰国し、被爆者援護法等に基づき、広島県知事から循環器機能障害等の疾病の認定を受け、被上告人X1及び同X2については平成7年6月から同12年5月までの間、同X3については同6年6月から同11年5月までの間をそれぞれ支給期間とする健康管理手当を支給する旨の健康管理手当証書の交付を受けた(以下、これらの健康管理手当を併せて「本件健康管理手当」という。)。
(5) 広島県知事は、被上告人らがその後間もなくブラジルに出国したことから、402号通達を根拠として、被上告人X1については平成7年7月分以降、同X2については同年8月分以降、同X3については同6年7月分以降の本件健康管理手当の支給をそれぞれ打ち切った。
(6) その後、被上告人らは、平成14年7月から12月にかけて、本件健康管理手当の支払を求めて本件訴えを提起した。同15年3月1日、402号通達は廃止され、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令及び原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則にも、被爆者健康手帳の交付を受けた者であって国内に居住地及び現在地を有しないものも健康管理手当の支給を受けることができることを前提とする規定が設けられるに至った上告人は、これらの改正に伴い、被上告人らに健康管理手当を支給したが、本件健康管理手当のうち、本件各提訴時点で既に各支給月の末日から5年を経過していた分については、地方自治法236条所定の時効により受給権が消滅したとして、その支給をしなかった

2 本件は、被上告人らが上告人に対し、原爆特別措置法5条又は被爆者援護法27条に基づき、未支給の本件健康管理手当及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
3(1) 被爆者援護法等に基づく健康管理手当は、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、原子爆弾の放射能の影響による造血機能障害等の障害に苦しみ続け、不安の中で生活している被爆者に対し、毎月定額の手当を支給することにより、その健康及び福祉に寄与することを目的とするものである(原爆特別措置法5条、被爆者援護法前文、27条参照)。前記事実関係等によれば、被上告人らは、その申請により本件健康管理手当の受給権を具体的な権利として取得したところ、上告人は、被上告人らがブラジルに出国したとの一事により、同受給権につき402号通達に基づく失権の取扱いをしたものであり、しかも、このような通達や取扱いには何ら法令上の根拠はなかったというのである。通達は、行政上の取扱いの統一性を確保するために、上級行政機関が下級行政機関に対して発する法解釈の基準であって、国民に対し直接の法的効力を有するものではないとはいえ、通達に定められた事項は法令上相応の根拠を有するものであるとの推測を国民に与えるものであるから、前記のような402号通達の明確な定めに基づき健康管理手当の受給権について失権の取扱いをされた者に、なおその行使を期待することは極めて困難であったといわざるを得ない。他方、国が具体的な権利として発生したこのような重要な権利について失権の取扱いをする通達を発出する以上、相当程度慎重な検討ないし配慮がされてしかるべきものである。しかも、402号通達の上記失権取扱いに関する定めは、我が国を出国した被爆者に対し、その出国時点から適用されるものであり、失権取扱い後の権利行使が通常困難となる者を対象とするものであったということができる。
 以上のような事情の下においては、上告人が消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れようとすることは、違法な通達を定めて受給権者の権利行使を困難にしていた国から事務の委任を受け、又は事務を受託し、自らも上記通達に従い違法な事務処理をしていた普通地方公共団体ないしその機関自身が、受給権者によるその権利の不行使を理由として支払義務を免れようとするに等しいものといわざるを得ない。そうすると、上告人の消滅時効の主張は、402号通達が発出されているにもかかわらず、当該被爆者については同通達に基づく失権の取扱いに対し訴訟を提起するなどして自己の権利を行使することが合理的に期待できる事情があったなどの特段の事情のない限り、信義則に反し許されないものと解するのが相当である。本件において上記特段の事情を認めることはできないから、上告人は、消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れることはできないものと解される。
(2) 論旨は、地方自治法236条2項所定の普通地方公共団体に対する権利で金銭の給付を目的とするものは、同項後段の規定により、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要することなく、時効期間の満了により当然に消滅するから、その消滅時効の主張が信義則に反し許されないと解する余地はないというものである。
ところで、同規定が上記権利の時効消滅につき当該普通地方公共団体による援用を要しないこととしたのは、上記権利については、その性質上、法令に従い適正かつ画一的にこれを処理することが、当該普通地方公共団体の事務処理上の便宜及び住民の平等的取扱いの理念(同法10条2項参照)に資することから、時効援用の制度(民法145条)を適用する必要がないと判断されたことによるものと解される。このような趣旨にかんがみると、普通地方公共団体に対する債権に関する消滅時効の主張が信義則に反し許されないとされる場合は、極めて限定されるものというべきである。
しかしながら地方公共団体は、法令に違反してその事務を処理してはならないものとされている(地方自治法2条16項)。この法令遵守義務は、地方公共団体の事務処理に当たっての最も基本的な原則ないし指針であり、普通地方公共団体の債務についても、その履行は、信義に従い、誠実に行う必要があることはいうまでもない。そうすると、本件のように、普通地方公共団体が、上記のような基本的な義務に反して、既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し、法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし、その行使を著しく困難にさせた結果、これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては、上記のような便宜を与える基礎を欠くといわざるを得ず、また、当該普通地方公共団体による時効の主張を許さないこととしても、国民の平等的取扱いの理念に反するとは解されず、かつ、その事務処理に格別の支障を与えるとも考え難い。したがって、本件において、上告人が上記規定を根拠に消滅時効を主張することは許されないものというべきである。論旨の引用する判例(最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁)は、事案を異にし本件に適切でない。
4 原審の判断は、これと同旨をいうものとして是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官藤田宙靖の補足意見がある。

+補足意見
裁判官藤田宙靖の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に賛成するものであるが、地方自治法236条2項の規定にもかかわらず、本件において消滅時効の成立を認めない理論的根拠について、若干の補足をしておくこととしたい。
信義誠実の原則は、法の一般原理であって、行政法規の解釈に当たってもその適用が必ずしも排除されるものではないことは、今日広く承認されているところである。地方自治法236条2項の解釈・適用に当たってもこのことは変わらないのであって、住民が権利行使を長期間行わなかったことの主たる原因が、行政主体が権利行使を妨げるような違法な行動を積極的に執っていたことに見出される場合にまで、消滅時効を理由に相手方の請求権を争うことを認めるような結果は、そもそも同条の想定しないところと考えるべきである。その意味において、本件のようなケースにおいては、同条2項ただし書にいう「法律に特別の定めがある場合」に準ずる事情があるものとして、なお時効援用の必要及びその信義則違反の有無につき論じる余地が認められるものというべきである。
(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 上田豊三 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平)

++解説
《解  説》
1 事案の概要
広島市及び長崎市に投下された原子爆弾に被爆した被爆者に対して,各種の手当を支給する措置が,「原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律」(以下「旧原爆特別措置法」という。)及び「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」(以下,「被爆者援護法」といい,旧原爆特別措置法と併せて「被爆者援護法等」という。)によって講じられてきた。本件は,被爆者であるXらが,被爆者援護法等に基づき,健康管理手当の受給権を取得したものの,その後,ブラジルに出国したことに伴い同手当の支給を打ち切られたことから,Yに対し,未支給の健康管理手当の支払を求めた事案である。
(1) 本件のXらは,広島市に投下された原子爆弾に被爆した被爆者であるが,いずれも,戦後,ブラジルに移住した。
Xらは,平成3年から7年にかけて,ブラジルから一時帰国し,広島県知事に対し被爆者援護法等に基づく申請をした結果,いずれも5年の期間を指定した健康管理手当(以下「本件健康管理手当」という。)の受給権を取得した。
しかるに,広島県知事は,Xらがその後間もなくブラジルに出国したことを理由に,本件健康管理手当の支給を打ち切った。
(2) 広島県知事がこのように,本件健康管理手当の支給を打ち切ったのは,いわゆる402 号通達の「健康管理手当の受給権は,当該被爆者が我が国の領域を越えて居住地を移した場合,失権の取扱いとなる」との定めを根拠とするものであった。
しかしながら,被爆者援護法等には,健康管理手当の受給権を取得した被爆者が国外に居住地を移した場合にその受給権を失う旨の規定は存在せず,402号通達及びこれに基づく行政実務は,被爆者援護法等の解釈を誤る違法なものであった。
(3) 結局,402号通達は廃止され,Yは,Xらに健康管理手当を支給したが,本件健康管理手当のうち,本件提訴時点で既に各支給月の末日から5年を経過していた分については,地方自治法(以下「法」という。)236条所定の時効により受給権が消滅したとして,その支給をしなかった。そこで,このようなYによる消滅時効の主張が信義則に照らし許されるか否かが争われたのが本件である。

2 問題の所在
(1) 上記事実関係によれば,402号通達が廃止されるまでの間は,Xらが支給を打ち切られた健康管理手当の受給権を行使しようとしても,Yが同通達を根拠にこれを拒絶することが明らかであり,Xらはこのような権利行使をすることが困難であったと認められるばかりか,その支給義務者においてXらの権利行使を妨げていたと評価すべき事情があった。そうすると,これが民法上の消滅時効であれば,このようなYが,その権利の不行使を理由に消滅時効を援用することは,信義則(禁反言の法理)に反し許されないと解する余地が十分にある。ところが,本件健康管理手当の受給権のような公法上の債権については,法236条2項後段により,消滅時効の援用が不要とされており,そもそも信義則違反とすべき対象である「援用」がないのであるから,信義則違反の主張は主張自体失当なのではないかが問題となる(以下「問題点(1)」という。)。
(2) また,最一小判平1. 12. 21民集43巻12号2209頁,判タ753号84頁(以下「最高裁平成元年判決」という。)は,民法724条後段所定の除斥期間につき,一定の時の経過によって法律関係を確定させるための請求権の存続期間を画一的に定めたものであり,同条所定の期間の経過とともに権利が法律上当然に消滅するものであるから,除斥期間の主張が信義則に違反するとの債権者の主張は主張自体失当である旨判示している。そうすると,法236条2項所定の消滅時効も,義務者による援用を要することなく権利が消滅する点においては除斥期間と同一であるから,同判決と同様,XらがYによる消滅時効の主張を信義則違反であると主張することは,そもそも主張自体失当ではないかが問題となる(以下「問題点(2)」という。)。

3 本判決の判断
1審判決は,Yの消滅時効の主張を認め,Xらの請求を棄却すべきものとしたが,原審は,Yの主張を排斥し,Xらの請求を認容すべきものとした。本判決は,次のとおり判示して,原審の判断を正当として是認し,Yの上告を棄却したものである。
(1) 本件の事実関係の下においては,Yが消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れようとすることは,違法な通達を定めて受給権者の権利行使を困難にしていた国から事務の委任を受け,又は事務を受託し,自らも上記通達に従い違法な事務処理をしていた普通地方公共団体ないしその機関自身が,受給権者によるその権利の不行使を理由として支払義務を免れようとするに等しく,特段の事情のない限り,信義則に反し許されない。
(2) 普通地方公共団体が,最も基本的な注意義務である法令遵守義務に反して,既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し,法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし,その行使を著しく困難にさせた結果,これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては,当該普通地方公共団体に対し,法236条2項が趣旨とする事務処理上の便宜という利益を与える基礎を欠き,また,当該普通地方公共団体による時効の主張を許さないこととしても,国民の平等的取扱いの理念に反するとは解されず,かつ,その事務処理に格別の支障を与えるとも考え難いから,上記規定を根拠に消滅時効を主張することは許されない。
(3) 最高裁平成元年判決は,事案を異にし本件に適切でない。

4 説明
本件と同様の問題は,下級審においても結論が分かれ,消滅時効の成立を認めた裁判例として,①福岡高判平16. 2. 27最高裁HP,②福岡高判平19. 1. 22判例集未登載,③広島地判平16. 10. 14判自267号89頁〔本件1審判決〕が,これを否定した裁判例として,④長崎地判平15. 3. 19判例集未登載,⑤長崎地判平17. 12. 20判例集未登載,⑥広島高判平18. 2. 8判例集未登載〔本件原判決〕があった。
(1) 問題点(1)について
まず,問題点(1)について検討する。
ア 法236条2項は,昭和38年法律第99号により新設された規定であるが,この規定は,国税徴収法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律(昭和34年法律第148号)により新設された会計法31条の規定とほぼ同じ構造を採っており,国に係る公法上の債権と同様の規定を普通地方公共団体にも導入したものということができる。そして,同規定は,大正10年法律第42号による会計法における時効制度,更には明治22年法律第4号による会計法における期満免除の制度にまで沿源をたどることができる。そして,これらの制度の下において,時効の援用を要することなく国の債権債務が時効消滅する最大の理由として,会計の整理上の不便を防止し,速やかに会計を結了させることが挙げられていた。これに対し,戦後は,同様の理由に加え,行政の画一的・平等処理の要請や国民にとっての便宜といった視点が重要な理由として付加されるに至ったということができる(例えば,松田晴夫「国の債権債務に関する時効について(5)」会計と監査37巻12号28頁,高柳信一「国の普通財産売払代金債権と会計法30条」法協84巻10号1395頁参照)。
そうすると,法236条2項は,これらの趣旨,目的にかなう債権に適用されるべきであって,これを適用した結果,著しく衡平,正義の理念に反するような債権についてまで適用されることは予定していないと解すべきであろう。
本判決が上記3(2)のとおり判示しているのも,同様の理解に立つものと考えられる。
イ ちなみに,最三小判昭50. 2. 25民集29巻2号143頁は,国家公務員の国に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効に会計法30条の適用があるか否かが争われた事案において,「会計法30条が金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利につき5年の消滅時効期間を定めたのは,国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるから,同条の5年の消滅時効期間の定めは,右のような行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権であつて他に時効期間につき特別の規定のないものについて適用されるものと解すべきである。そして,国が,公務員に対する安全配慮義務を解怠し違法に公務員の生命,健康等を侵害して損害を受けた公務員に対し損害賠償の義務を負う事態は,その発生が偶発的であつて多発するものとはいえないから,右義務につき前記のような行政上の便宜を考慮する必要はなく,また,国が義務者であつても,被害者に損害を賠償すべき関係は,公平の理念に基づき被害者に生じた損害の公正な填補を目的とする点において,私人相互間における損害賠償の関係とその目的性質を異にするものではないから,国に対する右損害賠償請求権の消滅時効期間は,会計法30条所定の5年と解すべきではなく,民法167条1項により10年と解すべきである。」と判示している。
本判決に関する上記アの理解は,最高裁昭和50年判決の説示にもよく整合するものといえよう。
ウ もっとも,本判決の理解については,①上記ア,イのように,本判決の判示するような極めて例外的な事情が認められる場合には,法236条2項の適用が制限されるとの法律構成のほかに,②このような場合は,法律が個別に消滅時効の援用を定める場合に準ずる事情のある場合であり,法236条2項所定の「法律に特別の定めがある場合」に準じて,時効消滅には義務者の援用が必要であると解する法律構成,③公法上の債権の消滅時効に関しては,法236条2項により援用が不要とされているものの,それが時効である以上,少なくとも,弁論主義の適用上,当該債権の行使可能時からの一定期間の経過の主張は不可欠であり,この訴訟上の主張が信義則の適用によって制限されるとの法律構成も考えられよう。
本判決を検討する限り,本判決はこれらのいずれの考え方によっても説明することが可能であり,また,どの法律構成に立つかによって大きな相違は生じないものと思われる(藤田裁判官の補足意見は,②の法律構成を表明するものである。)。
エ したがって,問題点(1)の点は,必ずしも,Xらの信義則違反の主張を排斥する理由とはならないと考えられる。
(2) 問題点(2)について
次に,問題点(2)について検討する。
一般に,除斥期間と消滅時効との主な相違点として,①除斥期間においては中断(民法147条参照)が認められないこと,②除斥期間の経過による権利消滅の効果は当然かつ絶対的に生じ,当事者の援用がなくとも,裁判所はこれに基づいて裁判をしなければならないことの2 点が挙げられる(例えば,我妻栄『新訂民法講義(1)民法総則』437頁以下)。
このような性質の相違にかんがみると,除斥期間について当事者の主張がないまま裁判所がこれを認定して当該債権の消滅を判断しても,もとより当該債権は除斥期間の経過により当然かつ絶対的に消滅しているのであるから,不都合は生じないと考えられるが,公法上の債権については,時効の中断があり得るのであるから,裁判所において,当該債権の行使可能時から5年を経過したとして,時効消滅を当然の前提として判断することは問題があろう。このことは,普通地方公共団体が有する金銭債権については,むしろ時効中断の措置が講じられていることが通常であると考えられることに照らしても明らかであろう。
除斥期間と公法上の債権の消滅時効とでは,このような相違があるのであるから,公法上の債権の消滅時効について,極めて例外的な事情が認められる場合においては当該普通地方公共団体による援用を要すると解しても,最高裁平成元年判決に矛盾抵触するものではないと解される。
(3) 本判決の射程等
ア 以上のとおり,問題点(1)及び(2)は,いずれも,Xらの消滅時効の主張がいかなる場合にも主張自体失当として排斥されるとの考え方を理由付けるものではないと解される。
本判決は,上記のような理解を踏まえた上で,「本件のように,普通地方公共団体が,上記のような基本的な義務に反して,既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し,法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし,その行使を著しく困難にさせた結果,これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては,……上告人が上記規定を根拠に消滅時効を主張することは許されないものというべきである。」と判示したものと考えられる。
イ 本判決が,普通地方公共団体による消滅時効の主張が制限される場合を一般の信義則の適用場面と比して極めて厳格に解していることは,上記判示からも明らかである。
これは,上記(1)ウ①又は②の考え方によれば,法236条2項の規定にかかわらず消滅時効の援用を要すると解する場合が極めて限定されるのは当然であると理解することができよう。また,③の考え方によっても,上記アのような場面(訴訟外又は訴訟前における義務者の行為を問題として訴訟上の主張を信義則により制限する場面)における信義則の適用は,本来的な訴訟行為に対する信義則の適用の場面とは異なるのであるから,信義則違反が認められる場合を厳格に解する考え方が採られたものと理解することができよう。
ウ したがって,上記アの判示は,普通地方公共団体による公法上の債権に係る消滅時効の主張が制限される場合を一般的に相当程度厳格に解したものと理解することができ,例えば,単なる窓口指導において誤った教示がされた場合や,いまだ申請すらされておらず,具体的権利が発生しているとはいえないような場合は,本判決の射程外にあるといえるであろう。
(4) まとめ
本判決は,最高裁が,①公法上の債権につき,極めて限定された要件の下においては,普通地方公共団体による消滅時効の主張が許されない場合があり得ることを明示した点,②高裁も含め下級審の判断が分かれていた事項について,その解釈を統一する判断を示した点で,実務上重要な意義を有するものと考えられる。

4.権利濫用の禁止原則

+判例(S53.6.16)余目町個室付浴場事件
理由
一 弁護人安達十郎の上告趣意は、憲法二二条、二九条、三一条違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
二 しかしながら、所論にかんがみ職権により調査すると、原判決及び第一審判決は、次の理由により破棄を免れない。
(一) 原判決の是認する第一審判決の認定事実の要旨は、「個室付公衆浴場の営業を営む被告会社は、浴場施設から一三四・五メートル離れた地域に余目町立A児童遊園(児童福祉法七条に規定する児童福祉施設で、被告会社に対する山形県知事の公衆浴場経営許可の日よりも五一日前に同知事の認可を受けていた。)があるため、浴場個室において異性の客に接触する役務を提供する営業(いわゆるトルコぶろ営業)ができないのに、昭和四三年八月一六日ころから同四四年二月七日ころまでの間に女性従業員五名(いわゆるトルコ嬢)による男性客相手(延七〇名)のトルコぶろ営業を営んだ」というものである。
(二) 本件の争点は、山形県知事のA児童遊園設置認可処分(以下「本件認可処分」という。)の適法性、有効性にある。すなわち、風俗営業等取締法は、学校、児童福祉施設などの特定施設と個室付浴場業(いわゆるトルコぶろ営業)の一定区域内における併存を例外なく全面的に禁止しているわけではない(同法四条の四第三項参照)ので、被告会社のトルコぶろ営業に先立つ本件認可処分が行政権の濫用に相当する違法性を帯びているときには、A児童遊園の存在を被告会社のトルコぶろ営業を規制する根拠にすることは許されないことになるからである
(三) ところで、原判決は、余目町が山形県の関係部局、同県警察本部と協議し、その示唆を受けて被告会社のトルコぶろ営業の規制をさしあたつての主たる動機、目的として本件認可の申請をしたこと及び山形県知事もその経緯を知りつつ本件認可処分をしたことを認定しながら、A児童遊園を認可施設にする必要性、緊急性の有無については具体的な判断を示すことなく、公共の福祉による営業の自由の制限に依拠して本件認可処分の適法性、有効性を肯定している。また、記録を精査しても、本件当時余目町において、被告会社のトルコぶろ営業の規制以外に、A児童遊園を無認可施設から認可施設に整備する必要性、緊急性があつたことをうかがわせる事情は認められない。
本来、児童遊園は、児童に健全な遊びを与えてその健康を増進し、情操をゆたかにすることを目的とする施設(児童福祉法四〇条参照)なのであるから、児童遊園設置の認可申請、同認可処分もその趣旨に沿つてなされるべきものであつて、前記のような、被告会社のトルコぶろ営業の規制を主たる動機、目的とする余目町のA児童遊園設置の認可申請を容れた本件認可処分は、行政権の濫用に相当する違法性があり、被告会社のトルコぶろ営業に対しこれを規制しうる効力を有しないといわざるをえない(なお、本件認可処分の適法性、有効性が争点となつていた被告会社対山形県間の仙台高等裁判所昭和四七年(行コ)第三号損害賠償請求控訴事件において被告会社のトルコぶろ営業に対する関係においての本件認可処分の違法・無効を認めた控訴審判決が、最高裁判所昭和四九年(行ツ)第九二号の上告棄却判決(本件認可処分は行政権の著しい濫用によるものとして違法であるとした。)により確定していることは、当裁判所に顕著である。)。
三 そうだとすれば、被告会社の本件トルコぶろ営業については、これを規制しうる児童福祉法七条に規定する児童福祉施設の存在についての証明を欠くことになり、被告会社に無罪の言渡をすべきものである。したがつて、原判決及び第一審判決は、犯罪構成要件に関連する行政処分の法的評価を誤つて被告会社を有罪としたものにほかならず、右の違法は判決に影響を及ぼすもので、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
よつて、刑訴法四一一条一号により原判決及び第一審判決を破棄し、同法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 本林譲)