1.小問1について(基礎編)
(1)Bの代理行為の効果帰属の有無
+(事務管理)
第六百九十七条 義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。
2 管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない。
(2)Cによる、BのAに対する権利の代理行使
+(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
+(管理者による費用の償還請求等)
第七百二条 管理者は、本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対し、その償還を請求することができる。
2 第六百五十条第二項の規定は、管理者が本人のために有益な債務を負担した場合について準用する。
3 管理者が本人の意思に反して事務管理をしたときは、本人が現に利益を受けている限度においてのみ、前二項の規定を適用する。
+(受任者による費用等の償還請求等)
第六百五十条 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる。
2 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすることを請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることができる。
3 受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。
・事務管理に基づく代理権の発生は否定!
(3)CのAに対する不当利得返還請求権
2.小問1について(応用編)
+(動産の先取特権)
第三百十一条 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の動産について先取特権を有する。
一 不動産の賃貸借
二 旅館の宿泊
三 旅客又は荷物の運輸
四 動産の保存
五 動産の売買
六 種苗又は肥料(蚕種又は蚕の飼養に供した桑葉を含む。以下同じ。)の供給
七 農業の労務
八 工業の労務
+(動産保存の先取特権)
第三百二十条 動産の保存の先取特権は、動産の保存のために要した費用又は動産に関する権利の保存、承認若しくは実行のために要した費用に関し、その動産について存在する。
+(即時取得の規定の準用)
第三百十九条 第百九十二条から第百九十五条までの規定は、第三百十二条から前条までの規定による先取特権について準用する。
=動産保存の先取特権では即時取得は認められない。
・第弁済請求権と債権の相殺を否定。
+判例(S47.12.22)
理由
上告代理人伊藤哲郎の上告理由第一点について。
上告人が個人として被上告人に対して本件手形の割引を依頼したとの第一審における裁判上の自白が、真実に反するものとは認められない旨の原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の認定判断は、原審で取り調べた証拠関係およびその説示に徴して首肯することができ、原判決に所論の違法は認められない。諭旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するにすぎず、採用することができない。
同第二点について。
論旨は、要するに、受任者の委任者に対する民法六五〇条二項に基づく代弁済請求権は、受任者が委任者に対し一定金額を第三者に給付すべきことを請求する権利ではあるが、委任者は、当該金額を第三者に対してではなく、直接受任者に委任事務処理に要する費用として給付しても、受任者と委任者との関係はこれによつて全く決済されるのであつて、このことは、この代弁済請求権が、委任者受任者間の関係においては、受任者の自己自身に給付せしめるべき請求権以上の効力を有するものではないことを意味するのであり、したがつて、上告人の被上告人に対する所論の損害賠償請求権をもつて相殺することはなんら妨げられないはずであるなどの理由を挙げて、原判決には、同法五〇五条一項、六五〇 条二項の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
思うに、委任者は、受任者が同法六五〇条二項前段の規定に基づき委任者をして受任者に代わつて第三者に弁済をなさしめうる権利を受働債権とし、委任者が受任者に対して有する金銭債権を自働債権として相殺することはできないと解するのが相当であり、大審院の判例(大正一四年(オ)第六〇三号同年九月八日判決・民集四巻四五八頁)の結論は、今なお、これを変更する必要はない。なんとなれば、委任契約は、通常、委任者のために締結されるものであるから、委任者は受任者に対しなんらの経済的負担をかけず、また損失を被らせることのないようにはかる義務を負うものであるところ、同条項は、受任者が自己の名で委任事務を処理するため第三者に対して直接金銭債務を負担した場合には、委任者は、受任者の請求があるときは、受任者の負う債務を免れさせるため、受任者に代わつて第三者に対してその債務を弁済する義務を負うことを定めているのであり、受任者の有するこの代弁済請求権は、通常の金銭債権とは異なる目的を有するものであつて、委任者が受任者に対して有する金銭債権と同種の目的を有する権利ということはできない。したがつて、委任者が受任者に対する既存の債権をもつて受任者の代弁済請求権と相殺することは、同法五〇五条一項の相殺の要件を欠くものとして許されないからである。なるほど、委任者が、第三者に弁済すべき一定金額を第三者に対してではなく、受任者に現実に給付することによつても、受任者と委任者との関係は、これによつて決済されることは、所論のとおりであるが、この場合には、受任者は、費用の前払を受けることによつて、第三者に対する債務弁済資金を取得することになるから、自己資金を調達する必要はなく、受任者の第三者に対する債務の免脱の目的にそうものといいうるのであるが、前記相殺が許されるものとすれば、受任者は、第三者に対する債務の弁済のための資金の調達を要することとなり、かかる相殺によつては、受任者の債務免脱の目的はなんら果されないわけである。また、受任者が第三者に対し、自己の資金をもつて債務を支払つたときは、それは委任者との関係では委任者のため費用を立て替えて支払つたことになり、同法六五〇条一項による費用償還請求権を取得するわけであるが、受任者は、特約のないかぎり、委任者との関係では自己資金をもつて委任事務処理に要する費用をみずから立替払をする義務を負うものではない。むしろ、同法六四九条が委任者に対する費用の前払を請求しうることを、また、同法六五〇条二項前段が委任者に対し受任者に代わつて第三者に弁済をなさしめうることを定めているのは、受任者に立替払の義務のないことを前提とするものであり、委任者が受任者の請求に応じないときは、受任者は、委任事務の履行を拒むこともできるものと解すべきである。しかるに、前述のような相殺を許すとすれば、受任者に自己資金をもつてする費用の立替払を強要する結果となり、右各法条を設けた趣旨が完うされないことになる。さらに、同条一項の費用償還請求権と委任者の受任者に対する金銭債権とは互いに相殺することができることは疑いを容れないが、かりに、既存債権と代弁済請求権との相殺を許すとすれば、それは、既存債権を自働債権とし、未だ発生しない将来の費用償還請求権を受働債権とする相殺を許すのと同一の結果を認めることになり、相殺が双方の債務の対立とその弁済期の到来を要件とする趣旨に反するものといわなければならない。これらのことは、要するに、同条二項前段の代弁済請求権は、通常の金銭債権とはその目的を異にしているがためにほかならないからである。なお、委任者が、自己の債務者にある事務を委任するような場合には、受任者がその委任事務に要する費用の立替払の義務を負担し、立替により発生すべき償還請求権と、委任者の受任者に対する債権とを対当額において相殺する旨の特約の存することも考えられるが、この場合は、特約の効果として相殺が許されるのであつて、このことは叙上の判断を左右するものではない。
それゆえ、上告人の相殺の抗弁を排斥した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、上告理由第二点について、裁判官色川幸太郎の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
+反対意見
上告理由第二点についての裁判官色川幸太郎の反対意見は、次のとおりである。
多数意見は、委任者は、受任者が民法六五〇条二項前段の規定に基づき委任者をして受任者に代わつて第三者に弁済をなさしめうる権利を受働債権とし、委任者が受任者に対して有する金銭債権を自働債権として相殺することはできないというのであるが、私は、この考え方には賛成することができない。
もともと、相殺制度の存在理由は、当事者双方が、相対立する同種の内容の債権を有する場合に、債権債務の簡易にして便宜な決済の途を与え、かつ、当事者の資力、信用に厚薄を生じたときにおいてもその間の公平を保持せんとするにあるから、相対立する同種の内容の債権を有する当事者間においては、法規または合意により相殺が禁止されているかあるいは債権の性質がこれを許さない場合を除き、第三者に不測の損害を与えることのないかぎり、相殺は当然認められるものと解さなければならない。代弁済請求権は、受任者が委任者に対し受任者に代わつて第三者に弁済をなさしめる権利ではあるが、内容的には金銭債権であり、単に給付すべき相手方が第三者であるというにすぎず、相殺を禁止すべき事由にはあたらないと信ずる。その理由の詳細は以下述べるとおりである。
まず、代弁済請求権は、民法六五〇条二項の規定するところであるが、同項は、同条一項との関連において考察する要があると考える。けだし、同条一項は、受任者が委任事務を処理するに必要と認むべき費用を支出したときの費用償還請求権について定めたものであるのに対し、同条二項は、それを補完するものなのである。すなわち、受任者が第三者に対し、委任事務を処理するに必要と認むべき債務を負担したが、未だその支払をしていない時期においては、受任者が、委任者からその費用の前払を受けて第三者に支払うことはもとより可能であるが(六四九条)、六五〇条二項は、その煩労をはぶき、受任者が、委任者に対して、直接第三者に債務の弁済をするよう請求できるという便宜な方法を設けたものであり、要するに六四九条及び六五〇条一項のいわばバイパスたるに止まるのである。代弁済請求権は、形式こそ特殊であるが、費用償還請求権や費用前払請求権と別異の目的・機能を有するものではない。委任者が受任者に対して有する金銭債権を自働債権として費用償還請求権と相殺しうるのはいうまでもないし、さらにまた、費用前払請求権とも相殺できると解せられているのであるから、これらの権利と実質的に異なるところのない代弁済請求権と前示自働債権との間の相殺を許さないとする合理的埋由はとうていこれを見出し難いのである。
右の二つの債権がそれぞれ同額だと仮定して考えてみたい。その場合、もし相殺が許されないとするならば、受任者に対する既存の債権を取立てて、それを第三者に代弁済するか、あるいはまた、さきに第三者に対する代弁済を了して、しかるのちに受任者から債権の回収を図ることになるであろうが、かかる迂遠な路を辿ることは、委任者にとつて何の益もないことはもちろん、受任者にも煩わしさを強いるだけで、格別の利益を与えるものでないことは、多言を要しないであろう。さらにまた、委任者が受任者の求めに応じて第三者に代弁済をした後にいたり、受任者が支払不能の状態に陥つたときはどうであろうか。相殺制度は、正に以上のような事態に処して、便宜、簡易な決済をなさしめ、かつまた当事者間に公平妥当な解決をもたらさんとするものなのである。
つぎに、多数意見は、委任者は受任者に対しなんらの経済的負担をかけず、また損失を被らせることのないようにはかる義務を負うことを根拠として、受任者に対して自己資金による立替払を強要するような相殺は許されないという。なるほど、民法は、前示の法条をもつて、受任者に費用等の経済的負担をかけないよう配慮をしていることは事実であるが、そのことからただちに、相殺までも許されないとするのは、論理の飛躍であろう。委任の法律関係における受任者の保護が、多数意見の主張するが如き程度のものでなければならないとする理由を、多数意見は一体どこに求めようとするのであろうか。賃金債権や不法行為債権における相殺禁止には十分な合理的理由があるのであるが、それらに比較したとき、委任者と受任者は全く対等の契約関係にあり、その間には労使関係に見られるような力の強弱の格差があるわけのものではないし、また受任者が不法行為の被害者のごとく特に保護されなければならぬ筋合は見出し得ないのである。受任者に自己資金を調達せしめた場合、もしそれによつて委任事務が円滑を欠くことありとするならば、その不利益は相殺の挙に出た委任者の正に甘受すべきところであつて、法が敢てこれに介入するには及ばないのではあるまいか。なお、相殺を認めるとなると、第三者が不測の損害を受けるという反論があるかも知れない。しかし、第三者は本来受任者を相手方として取引をしたのであるから、受任者が無資力となつたために債権の回収ができなくなつたとしても、けだしやむを得ないものがあるというべきであろう。
さらに、多数意見は、既存債権と代弁済請求権との相殺を許すとすれば、それは、既存債権を自働債権とし、未だ発生しない将来の費用償還請求権を受動債権とする相殺を許すのと同一の結果を認めることになるという。しかし、金額が未定ならば格別、そうではないのであるから、委任者がみずから自己の利益を放棄して相殺することはもとより可能ではないか。しかもこれは実質上、費用前払請求権との相殺とも見ることができるのである。いずれにもせよ、右の理由づけをもつて相殺を許さずとなす根拠たらしめんとするのは、失当であるといわなければなるまい。
以上の次第で、私は、多数意見に賛成することができないのである。したがつて、上告人の相殺の抗弁を排斥した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるから、原判決は破棄を免れず、上告人の主張する金銭債権の有無についてさらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すべきものと考える。
(裁判長裁判官 村上朝一 裁判官 色川幸太郎 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄)
・+判例(S45.7.16)
理由
上告代理人竹中一太郎の上告理由について。
記録によれば、上告人が本訴において請求原因として主張したところは、次のような事実関係であると認められる。上告人は、昭和三八年一二月三日、訴外有限会社立花重機よりブルドーザーの修理の依頼を受け、その主クラツチ、オーバーホールほか合計五一万四〇〇〇円相当の修理をして、同月一〇日これを訴外会社に引き渡したが、右ブルドーザーは被上告人の所有であり、上告人の修理により右代金相当の価値の増大をきたしたものであるから、被上告人は上告人の財産および労務により右相当の利得を受け、上告人は右相当の損失を受けたものである。もつとも、上告人は訴外会社に対し修理代金債権を有したが、同会社は修理後二カ月余にして倒産し、現在無資産であるから、回収の見込みは皆無である。右ブルドーザーは、同年一一月二〇日頃訴外会社において被上告人より賃借したものであるが、昭和三九年二月中旬より下旬にかけて被上告人がこれを訴外会社より引き揚げたうえ、同年五月、代金一七〇万円(金利を含み一九〇万円余)で他に売却したもので、上告人の修理により被上告人の受けた利得は、売却代金の一部としてなお現存している。よつて、上告人は被上告人に対し、五一万四〇〇〇円およびこれに対する遅延損害金の支払を求める、というのである。
右請求原因の大要は、一審における訴状陳述以来、上告人の主張するところであつて、前記修理代金債権の回収不能により上告人に損失を生じたとする主張は、本件記録中に発見しえないところである。
しかるに、原判決の引用する一審判決事実摘示が、あたかも右回収不能により上告人に損失を生じたとするごとくいうのは、上告人の訴旨の誤解に出たものというべきである(もつとも、その記載は必ずしも明確でなく、原審口頭弁論における上告人の陳述が一審判決事実摘示のとおりなされたとしても、これにより上告人の従前の主張が改められたものとするのは相当でない)。
そこで、右のごとき上告人の本訴請求の当否につき按ずるに、原判決引用の一審判決の認定するところによれば、上告人のした修理は本件ブルドーザーの自然損耗に対するもので、被上告人はその所有者として右修理により利得を受けており、また、右修理は訴外会社の依頼によるもので、上告人は同会社に対し五一万四〇〇〇円の修理代金債権を取得したが、同会社は修理後間もなく倒産して、右債権の回収はきわめて困難な状態となつたというのである。
これによると、本件ブルドーザーの修理は、一面において、上告人にこれに要した財産および労務の提供に相当する損失を生ぜしめ、他面において、被上告人に右に相当する利得を生ぜしめたもので、上告人の損失と被上告人の利得との間に直接の因果関係ありとすることができるのであつて、本件において、上告人のした給付(修理)を受領した者が被上告人でなく訴外会社であることは、右の損失および利得の間に直接の因果関係を認めることの妨げとなるものではない。ただ、右の修理は訴外会社の依頼によるものであり、したがつて、上告人は訴外会社に対して修理代金債権を取得するから、右修理により被上告人の受ける利得はいちおう訴外会社の財産に由来することとなり、上告人は被上告人に対し右利得の返還請求権を有しないのを原則とする(自然損耗に対する修理の場合を含めて、その代金を訴外会社において負担する旨の特約があるときは、同会社も被上告人に対して不当利得返還請求権を有しない)が、訴外会社の無資力のため、右修理代金債権の全部または一部が無価値であるときは、その限度において、被上告人の受けた利得は上告人の財産および労務に由来したものということができ、上告人は、右修理(損失)により被上告人の受けた利得を、訴外会社に対する代金債権が無価値である限度において、不当利得として、被上告人に返還を請求することができるものと解するのが相当である(修理費用を訴外会社において負担する旨の特約が同会社と被上告人との間に存したとしても、上告人から被上告人に対する不当利得返還請求の妨げとなるものではない)。
しかるに原判決は、上告人の右の訴旨を誤解し、また右の法理の適用を誤つたもので、審理不尽、理由不備の違法を免れず、論旨は理由あるに帰し、原判決を破棄すべきであるが、本件において上告人の訴外会社に対する債権が実質的にいかなる限度で価値を有するか、原審の確定しないところであるので、この点につきさらに審理させるため、本件を原審に差し戻すべきものとする。
よつて、民訴法四〇七条一項により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)
+判例(H7.9.19)
理由
上告代理人桑嶋一、同前田進の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係及び記録によって明らかな本件訴訟の経緯等は、次のとおりである。
1 上告人は、本件建物の賃借人であったAとの間で、昭和五七年一一月四日、本件建物の改修、改装工事を代金合計五一八〇万円で施工する旨の請負契約を締結し、大部分の工事を下請業者を使用して施工し、同年一二月初旬、右工事を完成してAに引き渡した。
2 被上告人は、本件建物の所有者であるが、Aに対し、昭和五七年二月一日、賃料月額五〇万円、期間三年の約で本件建物を賃貸した。Aは、改修、改装工事を施して本件建物をレストラン、ブティック等の営業施設を有するビルにすることを計画しており、被上告人とAは、本件賃貸借契約において、Aが権利金を支払わないことの代償として、本件建物に対してする修繕、造作の新設・変更等の工事はすべてAの負担とし、Aは本件建物返還時に金銭的請求を一切しないとの特約を結んだ。
3 Aが被上告人の承諾を受けずに本件建物中の店舗を転貸したため、被上告人は、Aに対し、昭和五七年一二月二四日、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした上、本件建物の明渡し及び同月二五日から本件建物の明渡し済みまで月額五〇万円の賃料相当損害金の支払を求める訴訟を提起し、昭和五九年五月二八日、勝訴判決を得、右判決はそのころ確定した。
4 Aは、上告人に対し、本件工事代金中二四三〇万円を支払ったが、残代金二七五〇万円を支払っていないところ、昭和五八年三月ころ以来所在不明であり、同人の財産も判明せず、右残代金は回収不能の状態にある。また、上告人は、昭和五七年一二月末ころ、事実上倒産した。
5 そこで、本件工事は上告人にこれに要した財産及び労務の提供に相当する損失を生ぜしめ、他方、被上告人に右に相当する利益を生ぜしめたとして、上告人は、被上告人に対し、昭和五九年三月、不当利得返還請求権に基づき、右残代金相当額と遅延損害金の支払を求めて本件訴訟を提起した。
二 甲が建物賃借人乙との間の請負契約に基づき右建物の修繕工事をしたところ、その後乙が無資力になったため、甲の乙に対する請負代金債権の全部又は一部が無価値である場合において、右建物の所有者丙が法律上の原因なくして右修繕工事に要した財産及び労務の提供に相当する利益を受けたということができるのは、丙と乙との間の賃貸借契約を全体としてみて、丙が対価関係なしに右利益を受けたときに限られるものと解するのが相当である。けだし、丙が乙との間の賃貸借契約において何らかの形で右利益に相応する出捐ないし負担をしたときは、丙の受けた右利益は法律上の原因に基づくものというべきであり、甲が丙に対して右利益につき不当利得としてその返還を請求することができるとするのは、丙に二重の負担を強いる結果となるからである。
前記一の2によれば、本件建物の所有者である被上告人が上告人のした本件工事により受けた利益は、本件建物を営業用建物として賃貸するに際し通常であれば賃借人であるAから得ることができた権利金の支払を免除したという負担に相応するものというべきであって、法律上の原因なくして受けたものということはできず、これは、前記一の3のように本件賃貸借契約がAの債務不履行を理由に解除されたことによっても異なるものではない。
そうすると、上告人に損失が発生したことを認めるに足りないとした原審の判断は相当ではないが、上告人の不当利得返還請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)