+(重複する訴えの提起の禁止)
民事訴訟法第142条
裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。
1.二重基礎の禁止の根拠
2.柔軟な対応の意義
・手形債権者の保障されるべき簡易迅速な債務名義の獲得手段。
判例(S49.7.4)地判
判例(S627.16)高判 手形のやつ。しらべておく。
+(証拠調べの制限)
民事訴訟法第352条
1項 手形訴訟においては、証拠調べは、書証に限りすることができる。
2項 文書の提出の命令又は送付の嘱託は、することができない。対照の用に供すべき筆跡又は印影を備える物件の提出の命令又は送付の嘱託についても、同様とする。
3項 文書の成立の真否又は手形の提示に関する事実については、申立てにより、当事者本人を尋問することができる。
4項 証拠調べの嘱託は、することができない。第186条の規定による調査の嘱託についても、同様とする。
+(請求の併合)
民事訴訟法第136条
数個の請求は、同種の訴訟手続による場合に限り、一の訴えですることができる。
3.相殺の抗弁と二重起訴の禁止
抗弁先行型
適法説
判例(S59.11.29)
不適法説
+判例(H8.4.8)
調べておく。
訴え先行型
+判例(H3.12.17)
理 由
上告代理人松本昌道の上告理由について
係属中の別訴において訴訟物となつている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないと解するのが相当である(最高裁昭和五八年(オ)第一四〇六号同六三年三月一五日第三小法廷判決・民集四二巻三号一七〇頁参照)。すなわち、民訴法二三一条が重複起訴を禁止する理由は、審理の重複による無駄を避けるためと複数の判決において互いに矛盾した既判力ある判断がされるのを防止するためであるが、相殺の抗弁が提出された自働債権の存在又は不存在の判断が相殺をもつて対抗した額について既判力を有するとされていること(同法一九九条二項)、相殺の抗弁の場合にも自働債権の存否について矛盾する判決が生じ法的安定性を害しないようにする必要があるけれども理論上も実際上もこれを防止することが困難であること、等の点を考えると、同法二三一条の趣旨は、同一債権について重複して訴えが係属した場合のみならず、既に係属中の別訴において訴訟物となつている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出する場合にも同様に妥当するものであり、このことは右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され、両事件が併合審理された場合についても同様である。 ←批判も多いけどね。後に問題も・・・。
これを本件についてみるのに、原審の確定した事実関係は、次のとおりである。すなわち、(一) 被上告人は、上告人に対し、右両名間の継続的取引契約に基づくバトミントン用品の輸入原材料残代金等合計二〇七万四四七六円及びこれに対する昭和五五年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めて本訴を提起し、(二) これに対し、上告人は、同六〇年三月一一日の原審第一一回口頭弁論期日において、本件原審と同一部である東京高等裁判所第一民事部で併合審理中であつた、上告人を第一審原告、被上告人を第一審被告とする同高裁同五八年(ネ)第一一七五号、第一二一三号売買代金等請求控訴事件において、被上告人に対して請求する売買代金一二八四万八〇六〇円及び内金一二三〇万八〇六〇円に対する同五四年七月一四日から、内金五四万円に対する同年九月二六日から各支払済みまで年六分の割合による遅延損害金請求権をもつて、前記(一)の債権と対当額で相殺する旨の抗弁を提出した。右事実関係の下においては、上告人の右主張は、係属中の別訴において訴訟物となつている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張するものにほかならないから、右主張は許されないと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上寿夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)
4.設問の検討その1
+(訴えの取下げ)
民事訴訟法第261条
1項 訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。
2項 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りでない。
3項 訴えの取下げは、書面でしなければならない。ただし、口頭弁論、弁論準備手続又は和解の期日(以下この章において「口頭弁論等の期日」という。)においては、口頭ですることを妨げない。
4項 第2項本文の場合において、訴えの取下げが書面でされたときはその書面を、訴えの取下げが口頭弁論等の期日において口頭でされたとき(相手方がその期日に出頭したときを除く。)はその期日の調書の謄本を相手方に送達しなければならない。
5項 訴えの取下げの書面の送達を受けた日から二週間以内に相手方が異議を述べないときは、訴えの取下げに同意したものとみなす。訴えの取下げが口頭弁論等の期日において口頭でされた場合において、相手方がその期日に出頭したときは訴えの取下げがあった日から、相手方がその期日に出頭しなかったときは前項の謄本の送達があった日から二週間以内に相手方が異議を述べないときも、同様とする。
+(口頭弁論の併合等)
民事訴訟法第152条
1項 裁判所は、口頭弁論の制限、分離若しくは併合を命じ、又はその命令を取り消すことができる。
2項 裁判所は、当事者を異にする事件について口頭弁論の併合を命じた場合において、その前に尋問をした証人について、尋問の機会がなかった当事者が尋問の申出をしたときは、その尋問をしなければならない。
+(口頭弁論の再開)
民事訴訟法第153条
裁判所は、終結した口頭弁論の再開を命ずることができる。
+判例(S56.9.24)
理由
上告代理人川本赳夫の上告理由について
一 記録によれば、本件訴訟の経緯は、次のとおりである。
1 すなわち、亡A(後記のとおり、原審の口頭弁論終結前の昭和五四年七月一五日に死亡した。)は、本件不動産につき上告人のためにされた本件各登記がいずれも登記原因を欠き、実体上の権利関係に適合しないものと主張し、上告人を相手どつてその抹消登記手続を求める本件訴を弁護士を訴訟代理人として提起した。これに対し、上告人は、(1) A又はAより一切の権限を与えられていた被上告人(Aの養子として当審における訴訟承継人の地位にある。)から代理権を授与されたBが、昭和四九年九月二七日、上告人との間で、本件不動産につき譲渡担保設定契約、抵当権設定契約、代物弁済の予約を締結した、(2) 仮に、Bが右代理権を有しなかつたとしても、A又はAの代理人である被上告人は、BにAの実印及び本件不動産の権利証を交付することにより、Bに右代理権を与えた旨を表示した、(3) 仮に、(1)(2)の事実が認められないとしても、Aの代理人である被上告人は、Bに対し、A所有の土地を東洋埋立資材株式会社に売り渡す契約の締結及びその所有権移転登記手続を委任していたところ、Bがその権限を超えて前記(1)の各契約を締結したものであるが、上告人にはBに権限があると信ずる正当な理由があつた、として本件各登記が実体関係に符合する有効なものである旨主張した。
2 Aは、本件訴訟が原審に係属中の昭和五四年七月一五日に死亡したが、訴訟代理人がいたため訴訟手続は中断せず、かつ、訴訟承継の手続もとられないまま、訴訟はAを当事者として進められ、原審は、同年一〇月三〇日の口頭弁論期日において弁論を終結し、判決言渡期日を同年一二月二五日と指定した。ところが、上告人は、原審に対し、同年一一月七日、Aが同年七月一五日に死亡したことを知つたから後日口頭弁論再開申立理由書を持参する旨を記載した口頭弁論再開申請書と題する書面を提出し、同月一四日、Aが死亡したことを証する戸籍謄本を添付した口頭弁論再開申立書及び被上告人はAの死亡により同人の権利義務一切を承継したから自己ないしBの行為につき責任を負うべきである旨を記載した準備書面を提出した。
3 しかるに、原審は、口頭弁論を再開せず、証拠に基づいて、(1) 被上告人は、Aとの養子縁組前に、Aに無断で、本件不動産のうち本件、(一二)、(一四)、(一六)の各土地を擅にAの名でBを代理人として東洋埋立資材株式会社に売り渡し、かつ、その登記手続履行のため、Bに対し、Aの実印、印鑑登録証明書、本件(一二)ないし(一七)の各土地の権利証を交付した、(2) ところが、Bは、A及び被上告人に無断で、Aの代理人と称してCから五〇〇万円を借り受け、当時Aの先代Dの所有名義となつていた本件(一)ないし(二)の各土地につきA名義の相続登記手続を経由してその権利証を入手するとともに、本件(一)ないし(四)及び(一二)の各土地につきCのために抵当権設定登記手続を了した、(3) そして、右借入れの事実をAに知られることをおそれたBは、Aの代理人と称して上告人から一〇〇〇万円を借り受け、そのうち五〇〇万円をCに支払つて前記抵当権設定登記の抹消登記手続を経たうえ、Aの実印及び本件不動産の権利証を冒用して上告人のために本件各登記を経由した、との事実を確定し、右事実関係のもとにおいては、Aは被上告人に対し本件不動産に担保権を設定することを含む一切の権限を委任したことはなく、また、Bに対しても直接代理権を付与したこともなかつたものであり、BがAの実印及び本件不動産の権利証を所持していた事実をもつて授権の表示とみることはできない旨判示し、上告人の前記抗弁をすべて排斥して、本訴請求を認容した。
二 ところで、いつたん終結した弁論を再開すると否とは当該裁判所の専権事項に属し、当事者は権利として裁判所に対して弁論の再開を請求することができないことは当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和二三年(オ)第七号同年四月一七日第二小法廷判決・民集二巻四号一〇四頁、同昭和二三年(オ)第五八号同年一一月二五日第一小法廷判決・民集二巻一二号四二二頁、同昭和三七年(オ)第三二八号同三八年八月三〇日第二小法廷判決・裁判集民事六七号三六一頁、同昭和四五年(オ)第六六号同年五月二一日第一小法廷判決・裁判集民事九九号一八七頁)。しかしながら、裁判所の右裁量権も絶対無制限のものではなく、弁論を再開して当事者に更に攻撃防禦の方法を提出する機会を与えることが明らかに民事訴訟における手続的正義の要求するところであると認められるような特段の事由がある場合には、裁判所は弁論を再開すべきものであり、これをしないでそのまま判決をするのは違法であることを免れないというべきである。
これを本件についてみるのに、前記事実関係によれば、上告人はAが原審の口頭弁論終結前に死亡したことを知らず、かつ、知らなかつたことにつき責に帰すべき事由がないことが窺われるところ、本件弁論再開申請の理由は、帰するところ、被上告人がAを相続したことにより、被上告人がAの授権に基づかないでBをAの代理人として本件不動産のうちの一部を東洋埋立資材株式会社に売却する契約を締結せしめ、その履行のために同人の実印をBに交付した行為については、Aがみずからした場合と同様の法律関係を生じ、ひいてBは右の範囲内においてAを代理する権限を付与されていたのと等しい地位に立つことになるので、上告人が原審において主張した前記一(2)の表見代理における少なくとも一部についての授権の表示及び前記一(3)の表見代理における基本代理権が存在することになるというべきであるから、上告人は、原審に対し、右事実に基づいてBの前記無権代理行為に関する民法一〇九条ないし一一〇条の表見代理の成否について更に審理判断を求める必要がある、というにあるものと解されるのである。右の主張は、本件において判決の結果に影響を及ぼす可能性のある重要な攻撃防禦方法ということができ、上告人においてこれを提出する機会を与えられないまま上告人敗訴の判決がされ、それが確定して本件各登記が抹消された場合には、たとえ右主張どおりの事実が存したとしても、上告人は、該判決の既判力により、後訴において右事実を主張してその判断を争い、本件各登記の回復をはかることができないことにもなる関係にあるのであるから、このような事実関係のもとにおいては、自己の責に帰することのできない事由により右主張をすることができなかつた上告人に対して右主張提出の機会を与えないまま上告人敗訴の判決をすることは、明らかに民事訴訟における手続的正義の要求に反するものというべきであり、したがつて、原審としては、いつたん弁論を終結した場合であつても、弁論を再開して上告人に対し右事実を主張する機会を与え、これについて審理を遂げる義務があるものと解するのが相当である。しかるに、原審が右の措置をとらず、上告人の前記一(2)の抗弁は授権の表示を欠くとし、また、同一(3)の抗弁はその前提となる基本代理権を欠くとしていずれもこれを排斥し、上告人敗訴の判決を言い渡した点には、弁論再開についての訴訟手続に違反した違法があるものというべく、右違法は前記のように判決の結果に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、右の点につき更に審理を尽くさせるのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 団藤重光 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 本山亨 裁判官 谷口正孝)
+判例(H18.4.14)
理由
上告代理人中北龍太郎、同村本純子の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係及び本件訴訟の経過の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、平成2年2月28日、建築業を営むA(以下「A」という。)との間で、請負代金額を3億0900万円として賃貸用マンション新築工事請負契約を締結した。その後、被上告人は、設計変更による追加工事をAに発注した(以下、追加工事を含めた契約を「本件請負契約」といい、追加工事を含めた工事を「本件工事」という。)。
(2) Aは、平成3年3月31日までに本件工事を完成させ、完成した建物(以下「本件建物」という。)を被上告人に引き渡した。
(3) 被上告人は、平成5年12月3日、Aに対し、本件建物に瑕疵があり、瑕疵修補に代わる損害賠償又は不当利得の額は5304万0440円であると主張して、同額の金員及びこれに対する完成引渡日の翌日である平成3年4月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴を提起した。
(4)Aは、第1審係属中の平成6年1月21日、被上告人に対し、本件請負契約に基づく請負残代金の額は2418万円であると主張して、同額の金員及びこれに対する平成3年4月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める反訴を提起し、反訴状は、平成6年1月25日、被上告人に送達された。
(5) 本件請負契約に基づく請負残代金の額は、1820万5645円である。
(6) 他方、本件建物には瑕疵が存在し、それにより被上告人が被った損害の額は、2474万9798円である。
(7) Aは、平成13年4月13日に死亡し、その相続人である上告人らがAの訴訟上の地位を承継した。上告人らの法定相続分は、それぞれ2分の1である。
(8) 上告人らは、平成14年3月8日の第1審口頭弁論期日において、被上告人に対し、上告人らがそれぞれ相続によって取得した反訴請求に係る請負残代金債権を自働債権とし、被上告人の上告人らそれぞれに対する本訴請求に係る瑕疵修補に代わる損害賠償債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をし(以下「本件相殺」という。)、これを本訴請求についての抗弁として主張した。
2 原審は、次のとおり判示して、被上告人の本訴請求につき、上告人らそれぞれに対して327万2076円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成6年1月26日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却し、上告人らの反訴請求をいずれも棄却した。
(1) 本件相殺により、被上告人の瑕疵修補に代わる損害賠償債権と上告人らの請負残代金債権とが対当額で消滅した結果、被上告人の上告人らに対する損害賠償債権の額は654万4153円となり、上告人らは、被上告人に対して、それぞれ法定相続分割合に応じて327万2076円(円未満切捨て)の損害賠償債務を負う一方、上告人らの被上告人に対する請負残代金債権は消滅した。
(2) 注文者の請負人に対する瑕疵修補に代わる損害賠償請求訴訟に対し、請負人が反訴を提起して請負代金を請求し、後に請負代金債権をもって相殺の意思表示をした場合には、反訴の提起をもって相殺の意思表示と同視すべきである。したがって、上告人らの瑕疵修補に代わる損害賠償債務(相殺後の残債務)は、本件反訴状送達の日の翌日である平成6年1月26日から遅滞に陥る。
3 しかしながら、原審の上記(2)の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 本件相殺は、反訴提起後に、反訴請求債権を自働債権とし、本訴請求債権を受働債権として対当額で相殺するというものであるから、まず、本件相殺と本件反訴との関係について判断する。
係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは、重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反し、許されない(最高裁昭和62年(オ)第1385号平成3年12月17日第三小法廷判決・民集45巻9号1435頁)。
しかし、本訴及び反訴が係属中に、反訴請求債権を自働債権とし、本訴請求債権を受働債権として相殺の抗弁を主張することは禁じられないと解するのが相当である。この場合においては、反訴原告において異なる意思表示をしない限り、反訴は、反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分については反訴請求としない趣旨の予備的反訴に変更されることになるものと解するのが相当であって、このように解すれば、重複起訴の問題は生じないことになるからである。そして、上記の訴えの変更は、本訴、反訴を通じた審判の対象に変更を生ずるものではなく、反訴被告の利益を損なうものでもないから、書面によることを要せず、反訴被告の同意も要しないというべきである。本件については、前記事実関係及び訴訟の経過に照らしても、上告人らが本件相殺を抗弁として主張したことについて、上記と異なる意思表示をしたことはうかがわれないので、本件反訴は、上記のような内容の予備的反訴に変更されたものと解するのが相当である。
(2) 注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償債権と請負人の請負代金債権とは民法634条2項により同時履行の関係に立つから、契約当事者の一方は、相手方から債務の履行又はその提供を受けるまで自己の債務の全額について履行遅滞による責任を負うものではなく、請負人が請負代金債権を自働債権として瑕疵修補に代わる損害賠償債権と相殺する旨の意思表示をした場合、請負人は、注文者に対する相殺後の損害賠償残債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負うと解される(最高裁平成5年(オ)第1924号同9年2月14日第三小法廷判決・民集51巻2号337頁、最高裁平成5年(オ)第2187号、同9年(オ)第749号同年7月15日第三小法廷判決・民集51巻6号2581頁参照)。
本件においては、被上告人の瑕疵修補に代わる損害賠償の支払を求める本訴に対し、Aが請負残代金の支払を求める反訴を提起したのであるが、Aの本件反訴は、請負残代金全額の支払を求めるものであって、本件反訴の提起が相殺の意思表示を含むと解することはできない。したがって、本件反訴の提起後にされた本件相殺の効果が生ずるのは相殺の意思表示がされた時というべきであるから、本件反訴状送達の日の翌日から上告人らの瑕疵修補に代わる損害賠償債務が遅滞に陥ると解すべき理由はない。
4 以上によれば、上告人らは、本件相殺の意思表示をした日の翌日である平成14年3月9日から瑕疵修補に代わる損害賠償残債務について履行遅滞による責任を負うものというべきであって、これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。
そして、前記事実関係及び訴訟の経過によれば、本訴請求は、上告人らそれぞれに対し、本件相殺後の損害賠償債権残額654万4153円の2分の1に当たる327万2076円及びこれに対する平成14年3月9日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。よって、原判決を主文第1項のとおり変更することとする。なお、反訴請求については、本訴請求において、反訴請求債権の全額について相殺の自働債権として既判力のある判断が示されているので、判断を示す必要がない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 津野修 裁判官 滝井繁男 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)
++解説
《解 説》
1 本訴請求は,建物建築工事の注文者であるXが,請負人Aの相続人であるYらに対し,完成した建物に瑕疵があるなどと主張して瑕疵修補に代わる損害賠償請求をした事案であり,反訴請求は,Yらが,Xに対し,相続により請負契約に基づく報酬残債権(各2分の1)を取得したと主張してその支払を求めた事案である。Yらは,第1審の口頭弁論期日において,YらのXに対する報酬残債権(反訴請求債権)を自働債権とし,XのYらに対する損害賠償債権(本訴請求債権)を受働債権として対当額で相殺する旨の抗弁(以下「本件相殺」という。)を提出した。
2 1,2審とも,本件相殺が適法であることを前提に,①瑕疵修補に代わる損害賠償請求権(本訴請求債権)の額は合計2474万円余であり,②請負残報酬債権(反訴請求債権)の額は合計1820万円余であると認め,本件相殺の結果,本訴請求債権額は654万円余(各被告に対して327万円余)となり,反訴請求債権は全額消滅したと判断した。その上で,原審は,相殺後の本訴請求債権につき,Yらは,反訴状送達の日の翌日(平成6年1月26日)から遅滞の責めを負うとした。これに対し,Yらが上告し,相殺後の本訴請求債権につきYらが履行遅滞に陥るのは本件相殺の意思表示をした日の翌日(平成14年3月9日)であると主張して争った。
3 本件では相殺の適法性が直接争点とされたわけではないが,Yらの上告受理申立て理由について判断する前提として,係属中の反訴請求債権を自働債権とし,本訴請求債権を受働債権とする本件相殺が許されるか否かを判断する必要がある。本判決は,本件相殺は適法であるとした上,Yらの上告を容れて破棄自判とした。
4(1) 相殺の抗弁については,判決理由中で判断が示されたときは自働債権の存否について既判力が生じる(民訴法114条2項)。そのため,相殺の抗弁とその自働債権についての別訴が並行する場合,同一の債権が,相殺の自働債権として,かつ,別訴の訴訟物として,二重に審理判断される危険があり,重複起訴を禁止した民訴法142条に反するのではないかという問題がある。
この問題は,①別訴先行型(現に係属している甲訴訟の請求債権を自働債権として乙訴訟で相殺の抗弁を主張する場合)と,②抗弁先行型(既に相殺の抗弁に供した自働債権を訴訟物として別訴又は反訴を提起する場合)とに大別されるが,本件は別訴先行型の事案である。
(2) 別訴先行型の相殺について,学説は,不許説(不適法説),許容説(適法説),折衷説など見解が対立している。不許説は,同一債権の存否につき既判力が矛盾抵触する可能性があること,別個の裁判所で審理が重複し,訴訟経済に反すること,相殺の抗弁は機能的にみて訴訟係属と同様の実質を有するから二重起訴に当たることなどを理由にこれを許さないとする。これに対し,許容説は,相殺の抗弁は攻撃防御方法にすぎず二重起訴に当たらないこと,相殺の抗弁が取り上げられるかどうかは不確実であること,別訴の取下げに相手方の同意が得られなければ相殺による防御の途が封じられてしまうこと,裁判所の適切な訴訟指揮により実際には既判力の抵触を避け得ることなどを理由にこれを認めるべきであるとする。また,折衷説は,同一手続型(両事件が併合審理されている場合や本訴・反訴の関係にある場合)においては判断の矛盾・抵触ということはあり得ないから,この場合は相殺の抗弁提出を認めるべきであるとする。
判例は,別訴先行型の相殺につき,係属中の別訴請求債権を自働債権として他の訴訟で相殺の抗弁を主張することは許されないとしており,このことは,相殺の抗弁が主張された当時,本訴と別訴が併合審理されていたとしても同様であるとする(最三小判平3.12.17民集45巻9号1435頁)。平成3年判決は,相殺の自働債権の存否の判断が既判力を有することから,自働債権の存否につき矛盾・抵触する判決が生ずることを防止する必要性があることを重視して,このような相殺は許されないと判示したものと解される(河野信夫・平3最判解説(民)516頁)。
(3) 本件は,平成3年判決と同じく別訴先行型に属するが,反訴請求債権を自働債権とし本訴請求債権を受働債権とする相殺の場合には,一般に予備的反訴が許容されていることから,以下に述べるとおり,平成3年判決が指摘するような既判力の矛盾抵触の問題は生じないと考えることができる。
訴えに条件を付することは原則として許されないが,例えば,本訴請求に理由がある場合には反訴請求について審判を求めるという予備的反訴は,審理の過程でその条件成就が明確になり,手続の安定を害するおそれがないという理由で許容されている(兼子一ほか・条解民事訴訟法890頁,菊井維大=村松俊夫・民事訴訟法II247頁)。このことからすれば,無条件の反訴を,反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分を反訴請求としないという内容の予備的反訴に変更することも,同様に許容されてよい。
本訴被告(反訴原告)としては,本訴で反訴請求債権を自働債権とする相殺の抗弁について既判力ある判断が示されれば,それと重複する部分につき反訴で審判を求めることは無益であるし,また,無条件の反訴を維持したままでその請求債権の一部を同時に相殺に供することは当該債権につき審判対象の重複(二重起訴)を生じさせることになり,そのような相殺は不適法といわざるを得ないから,反訴請求債権を自働債権とする相殺の抗弁を提出する以上,特に異なる意思表示をしない限りは,反訴請求債権につき相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはそれに相当する部分の訴えは反訴における審判の対象としないことを当然の前提としていると考えられる。
相殺の抗弁の提出により反訴が上記のような内容の予備的反訴に変更されたとすれば,反訴請求のうち相殺の自働債権として判断が示された部分については,解除条件の成就により審理の対象とならないから,審判対象の重複(二重起訴)は生じないし,実務上も,予備的反訴の場合は弁論を分離することはできないので,審理の重複や判断の抵触が生じるおそれはないといってよい。
本判決は,このような考慮の下で,別訴先行型であっても,反訴請求債権を自働債権とし本訴請求債権を受働債権とする相殺については平成3年判決の射程は及ばず,このような相殺の抗弁の提出は原則として許されると判示したものである。
5 本判決は,別訴先行型のうち反訴請求債権を自働債権とし本訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁の許否について最高裁として初めての判断を示したものであり,実務上重要な意義を有する。
5.設問の検討その2
+判例(H10.6.30)
理由
上告代理人柏崎正一の上告理由第一点について
原審の確定した事実関係の下においては、上告人が、自ら申告、納付すべき相続税額につき、被上告人の出捐により法律上の原因なく利得をしたとの原審の判断は、結論において是認するに足りる。論旨は採用することができない。
同第二点の一について
預金債権その他の金銭債権は、相続開始とともに法律上当然に分割され、各相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解される(最高裁昭和二七年(オ)第一一九号同二九年四月八日第一小法廷判決・民集八巻四号八一九頁参照)。これに対し、金銭は、相続開始と同時に当然に分割されるものではなく、相続人は、遺産分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないものと解される(最高裁平成元年(オ)第四三三号、第六〇二号同四年四月一〇日第二小法廷判決・裁判集民事一六四号二八五頁参照)。
上告人は、被上告人が亡父Aの遺産である預金及び現金を保管しているとして、その法定相続分相当額の支払請求権を自働債権とする相殺を主張するものであるが、右のとおり、預金については、銀行に対し、自己の相続分に相当する金額の払戻しを請求すれば足り、また、現金については、いまだ相続人間で遺産分割が成立していないというのであるから、被上告人に対してその支払を求めることはできず、右相殺の主張はいずれも失当である。したがって、これと結論を同じくする原審の判断は、是認するに足り、審理不尽をいう論旨はその前提を欠く。
同第二点の二について
一 記録によれば、本件訴訟の経過は次のとおりであると認められる。
1 上告人は、平成二年六月五日、被上告人の申請した違法な仮処分により本件土地及び建物の持分各二分の一を通常の取引価格より低い価格で売却することを余儀なくされ、その差額二億五二六〇万円相当の損害を被ったと主張して、被上告人に対し、不法行為を理由として、内金四〇〇〇万円の支払を求める別件訴訟(最高裁平成六年(オ)第六九七号損害賠償請求事件)を提起した。
2 一方、被上告人は、同年八月二七日、上告人が支払うべき相続税、固定資産税、水道料金等を立て替えて支払ったとして、上告人に対し、一二九六万円余の不当利得返還を求める本件訴訟を提起した。
3 本件訴訟の第一審において、上告人は、相続税立替分についての不当利得返還義務の存在を争うとともに(上告理由第一点参照)、予備的に、前記違法仮処分による損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺を主張した。
4 また、上告人は、本件訴訟の第二審において、右3の相殺の主張に加えて、預金及び現金の支払請求権を自働債権とする相殺を主張し(上告理由第二点の一参照)、また、前記違法仮処分に対する異議申立手続の弁護士報酬として支払った二〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の合計二四七八万円余の損害賠償請求権を自働債権とする相殺を主張した。
二 原審は、右事実経過の下において、係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないとした最高裁昭和六二年(オ)第一三八五号平成三年一二月一七日第三小法廷判決・民集四五巻九号一四三五頁の趣旨に照らし、(1)前記違法仮処分により売買代金が低落したことによる損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺の主張、及び、(2)弁護士報酬相当額の損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張は、いずれも許されないものと判断した。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 民訴法一四二条(旧民訴法二三一条)が係属中の事件について重複して訴えを提起することを禁じているのは、審理の重複による無駄を避けるとともに、同一の請求について異なる判決がされ、既判力の矛盾抵触が生ずることを防止する点にある。そうすると、自働債権の成立又は不成立の判断が相殺をもって対抗した額について既判力を有する相殺の抗弁についても、その趣旨を及ぼすべきことは当然であって、既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することが許されないことは、原審の判示するとおりである(前記平成三年一二月一七日第三小法廷判決参照)。
2 しかしながら、他面、一個の債権の一部であっても、そのことを明示して訴えが提起された場合には、訴訟物となるのは右債権のうち当該一部のみに限られ、その確定判決の既判力も右一部のみについて生じ、残部の債権に及ばないことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和三五年(オ)第三五九号同三七年八月一〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一七二〇頁参照)。この理は相殺の抗弁についても同様に当てはまるところであって、一個の債権の一部をもってする相殺の主張も、それ自体は当然に許容されるところである。
3 もっとも、一個の債権が訴訟上分割して行使された場合には、実質的な争点が共通であるため、ある程度審理の重複が生ずることは避け難く、応訴を強いられる被告や裁判所に少なからぬ負担をかける上、債権の一部と残部とで異なる判決がされ、事実上の判断の抵触が生ずる可能性もないではない。そうすると、右2のように一個の債権の一部について訴えの提起ないし相殺の主張を許容した場合に、その残部について、訴えを提起し、あるいは、これをもって他の債権との相殺を主張することができるかについては、別途に検討を要するところであり、残部請求等が当然に許容されることになるものとはいえない。
しかし、こと相殺の抗弁に関しては、訴えの提起と異なり、相手方の提訴を契機として防御の手段として提出されるものであり、相手方の訴求する債権と簡易迅速かつ確実な決済を図るという機能を有するものであるから、一個の債権の残部をもって他の債権との相殺を主張することは、債権の発生事由、一部請求がされるに至った経緯、その後の審理経過等にかんがみ、債権の分割行使による相殺の主張が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存する場合を除いて、正当な防御権の行使として許容されるものと解すべきである。
したがって、一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合において、当該債権の残部を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは、債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り、許されるものと解するのが相当である。
4 そこで、本件について右特段の事情が存するか否かを見ると、前記のとおり、上告人は、係属中の別件訴訟において一部請求をしている債権の残部を自働債権として、本件訴訟において相殺の抗弁を主張するものである。しかるところ、論旨の指摘する前記二(2)の相殺の主張の自働債権である弁護士報酬相当額の損害賠償請求権は、別件訴訟において訴求している債権とはいずれも違法仮処分に基づく損害賠償請求権という一個の債権の一部を構成するものではあるが、単に数量的な一部ではなく、実質的な発生事由を異にする別種の損害というべきものである。そして、他に、本件において、右弁護士報酬相当額の損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情も存しないから、右相殺の抗弁を主張することは許されるものと解するのが相当である。
そうすると、重複起訴の禁止の趣旨に反するものとして上告人の右相殺の抗弁を排斥した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。右相殺の抗弁について審理不尽の違法があるとする論旨は、前提として右の趣旨をいうものと解されるから理由があり、原判決中、上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、本件については、右相殺の抗弁の成否について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
+補足意見
裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に同調するものであるが、論旨で取り上げられていない前記二(1)の売買代金低落分に関する相殺の主張の許否の問題と、この種事案の実務上の取扱いについて、若干意見を述べておくこととしたい。
一 第一は、前記違法仮処分により売買代金が低落したことによる損害賠償請求権のうち、四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺の主張の許否に関する問題である。前記のとおり、上告人は、被上告人の違法仮処分により本件土地及び建物の持分各二分の一を通常の取引価格より低い価格で売却することを余儀なくされ、その差額二億五二六〇万円相当の損害を被ったと主張して、被上告人に対し、不法行為を理由として、内金四〇〇〇万円の支払を求める別件訴訟を提起するとともに、本件訴訟において、右損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺を主張している。法廷意見の述べる一般論からすれば、右相殺の主張も訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り許容されることになるが、本件においては、別の手続上の理由から、もはや差戻審において右相殺の抗弁の成否について審理判断をする余地はない。
すなわち、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である(最高裁平成九年(オ)第八四九号同一〇年六月一二日第二小法廷判決参照)。
これを本件について見ると、別件訴訟については、本判決の言渡しの日と同日、当裁判所において上告棄却の判決が言い渡され、右損害賠償請求権の数量的一部請求(四〇〇〇万円)を棄却した判決が確定した。その結果、特段の事情の存しない本件において、上告人としては、もはや残債権について訴えを提起することができないこととなり、したがって、これを自働債権とする相殺の主張も当然に不適法となったものというべきである。
二 第二は、この種事案の実務上の取扱いである。前記のとおり、本件においては、上告人が平成二年六月五日に別件訴訟を提起した後、被上告人が同年八月二七日に本件訴訟を提起したところ、上告人が右相殺の主張をするに至ったものである。そして、別件訴訟と本件訴訟とは、その後も別々の裁判体で審理され、売買代金低落を理由とする損害賠償請求権については、別件訴訟の第一審判決がこれを認めなかったのに対し、本件訴訟の第一審判決はその一部を認めて被上告人の請求を棄却しており、裁判所の判断が異なる事態が生じている。
法廷意見も述べるように、一個の債権の一部について訴えが提起され、その残部をもって相殺の主張がされた場合には、原則としてこれらは重複起訴の関係に立たないが、民事訴訟の理想からすれば、裁判所としては、可及的に両事件を併合審理するか、少なくとも同一の裁判体で並行審理することが強く望まれる。このことによって、審理の重複と事実上の判断の抵触を避けることができるとともに、当事者、裁判所の負担の軽減にもつながることになるからである。もっとも、実務においては、様々な理由から裁判体相互間における関連事件の割替えが行われず、本件のように、これが別々の裁判体において審理裁判されることが少なくない。そのために、しばしば、審理の重複と事実上の判断の抵触が生じたり、訴訟経済に反する事態が生じている。しかし、必要とあれば適切な司法行政上の措置を講じて関連事件の円滑な割替えがされるよう配慮すべきであり、本件のような問題に対しては、そのことによって根本的な解決を図る必要があることを強調しておきたい。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)
++解説
《解 説》
一 本件は、XがYに対し、立替払した相続税等の不当利得返還請求をしたところ、Yが、不当利得返還義務の存在を争うとともに、別件訴訟において一部請求をしている違法仮処分を理由とする損害賠償債権の残部をもって相殺の抗弁を主張した事案である。争点はこれに限られないが、事項・要旨として取り上げられた「一部請求の残債権をもってする相殺の許否」という点に絞って解説をしたい。
二 Yの主張する債権は、Xの違法仮処分を理由とする不法行為上の損害賠償債権であり、その内訳は、(1) 本件土地建物の持分二分の一を通常の取引価格より低い価格で売却することを余儀なくされたことによる損害(=売買代金低落分)二億五六〇〇万円、(2) 違法仮処分の取消手続のために支払った弁護士報酬及びこれに対する遅延損害金(=弁護士報酬分)二四七八万円余である。
Yは、まず、(1)の売買代金低落分のうち四〇〇〇万円の支払を求める別件訴訟を提起し、その後、Xの提起した本件不当利得請求訴訟において、(1)の売買代金低落分の残債権と(2)の弁護士報酬分の債権を自働債権とする相殺を主張した。一審は、相殺を適法としたが(ただし、一審では、(2)を自働債権とする相殺は主張されていなかった。)、原審は、別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として相殺の抗弁を主張することは許されないとした最三小判平3・12・17民集四五巻九号一四三五頁の趣旨に照らして、Yの相殺の抗弁はいずれも不適法であるとした。
三 相殺の抗弁と二重起訴の成否について
一部請求の問題をひとまず措くと、本件においては、別件訴訟で訴訟物となっている損害賠償債権と同一の債権を本件訴訟において相殺の自働債権として主張している。このように、「一方の訴訟で訴訟物となっている債権を他方の訴訟で相殺の自働債権として主張することができるか」は、言わば民事訴訟法学における古典的問題であり、許容説(適法説)、不許説(不適法説)、折衷説などに分かれ、見解が対立している。
判例は、いわゆる別訴先行型(抗弁後行型)の事案について、相殺の抗弁は不適法であり許されないとの立場を採っている。当初、最三小判昭63・3・15民集四二巻三号一七〇頁、本誌六八四号一七六頁は、この法理を事例判例の中で述べたが、前記平成三年最高裁判決は、「係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されない」旨の一般法理を示し、この立場を採ることを明確にした。平成三年最高裁判決は、原審で本訴と別訴が併合審理されている事案であったが、二重起訴禁止の趣旨は審理重複による無駄の回避と既判力の矛盾・抵触の防止にあるとした上、既判力の矛盾・抵触の防止の方に重点を置いて、相殺の抗弁を不適法としたものであると解されている(河野信夫・平成三年度民事判例解説〔27〕五一六頁参照)。
これに対し、いわゆる抗弁先行型については、平成三年判決の触れるところではなく、現在でも学説が分かれているが、下級審判例は、別訴の提起を許容する傾向にある(もっとも、最近、抗弁先行型の事案における別訴の提起を両事件の弁論が併合されている場合においても不適法とした高裁判例として、東京高判平8・4・8本誌九三七号二六二頁が現れた。)。
四 一部請求について
1 Yが別件訴訟で訴求しているのは売買代金低落分の債権((1))の内金四〇〇〇万円であり、本件訴訟で相殺の抗弁に供しているのはその残額である。したがって、本件については、「相殺の抗弁と二重起訴の成否」からだけでなく、「一部請求」の側面から事案を検討する必要がある。金銭その他数量的に可分な給付を目的とする債権につき、その一部のみの給付を求めるいわゆる一部請求の許否については、かねてより学説が対立している。一部請求の名の下に訴訟を蒸し返すような訴えが訴権の濫用として却下されるのは当然であるが、一部請求それ自体が適法であることには異論がなく、従来、この問題は、専ら、一部請求に対する判決の確定後、残部について再度訴求し得るかという観点から議論されてきた。
判例は、いわゆる明示的一部請求を認める立場である。すなわち、一〇〇〇万円のうちの二〇〇万円というように、原告が一部請求であることを明示して訴えを提起したときは、訴訟物となるのは右債権の一部二〇〇万円だけであって、右一部請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばない(最二小判昭37・8・10民集一六巻八号一七二〇頁)。ただし、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないことに注意する必要がある(最二小判平10・6・12参照)。一部請求であることを明示しない場合には、もはや残部請求をすることは許されない(最二小判昭32・6・7民集一一巻六号九四八頁)。訴え提起による時効中断の効力も、一部請求と明示された範囲でのみ生ずる(最二小判昭34・2・20民集一三巻二号二〇九頁)。一部請求理論に関する学説は混迷の度合いを深めているが、その中にあって、右最高裁判例の立場は、「概ね妥当な適用結果を導くところから多くの賛成を得ている」といわれている(中野貞一郎「一部請求論について」民事手続の現在問題九六頁)。
2 ところで、本件において検討を要する問題は、従来議論されていた「一部請求確定後の残部請求の許否」ではなく、「一部請求の訴えの係属中に、残部請求の訴えが係属し、あるいは、残部債権による相殺の抗弁が主張された場合、二重起訴の法理等により後者が制限されるか」である。相殺の抗弁に関する問題は五項で検討することとして、まず、一部請求の訴えと残部請求の訴えとが同時並行的に係属している場合について見ると、裁判例はほとんどなく、学説の議論も煮詰まっていない。下級審の判例としては、二重起訴に当たるとしたもの(東京地判昭37・2・27判時二九〇号二五頁)と、二重起訴に当たらないことを前提とするもの(東京高判昭29・7・5下民五巻七号一〇四一頁)とが公刊されている。なお、一部請求の名の下にいたずらに同一の訴訟を蒸し返すような場合について、訴権の濫用に当たるとして訴えが却下された事例があるが(東京地判平7・7・14本誌八九一号二六〇頁)、これは別論である。
学説については、そもそも一部請求を認めない立場によれば、両訴の訴訟物は同一となるから、後訴は二重起訴の禁止に触れることになる。これに対し、一部請求を認める立場によれば、両訴は訴訟物を異にするから、二重起訴には当たらないが、請求の拡張の方法で残部の請求について判決を求めるのが望ましいと説明されている(注解民事訴訟法第二版(6)二七九頁など)。
このように、同一の債権を複数に分割し並行して訴訟を提起するような事例は、好訴者などによる濫用事例を除いては、実務的には希有と思われるが、一部請求に関する判例理論によれば、先に明示的一部請求の訴えを提起した原告が、後に残部の支払を求めて再度裁判所に訴えを提起した場合には、前訴と後訴とは訴訟物を異にすることになる。そうすると、従来の一部請求に関する判例理論の枠組みの中で後訴を制限するとしたら、本来、二重起訴の法理ではなく、権利濫用ないし信義則違反の法理によるべきではないかと思われる。
五 一部請求の残債権をもってする相殺の許否について
1 形式論理的に考える限り、一〇〇〇万円の債権を二〇〇万円と八〇〇万円に分けて同時並行的に訴訟を提起しても二重起訴の禁止に直接触れないのであれば、八〇〇万円を別訴でなく相殺の抗弁として主張した場合には、なおさら、二重起訴を理由としてこれを制限することはできない筋合いであろう。しかし、この問題については、次に述べるように相殺の抗弁が二重起訴の禁止に触れるとした判決もあり、より実質的な観点からの吟味を必要とする。
2 本件で問題となっている「一部請求の残債権をもってする相殺の許否」という問題を直接扱った最高裁判決はなく、下級審判決としては、本件の原判決のほかは、これに先立って言い渡された東京高判平4・5・27判時一四二四号五六頁(確定)があり、いずれも相殺の抗弁が二重起訴の禁止に触れるとしている。平成四年東京高裁判決の事案は、別訴において訴訟物となっている債権を自働債権とする相殺の抗弁が提出され、その後、別訴で自働債権相当分につき請求が減縮されたという事案につき、形式的には別個の訴訟物について審理判断をすることになるから理論上は既判力の抵触は生じないとしながら、本件の原判決と同様、旧民訴法二三一条の趣旨に照らして相殺の抗弁は不適法であるとした。
これらの判例が強調する点の一つは、一部請求と残部についての相殺の抗弁が実質的な判断対象ないし争点を共通にするために、審理の重複による無駄が生ずるという点である。この問題は、一部請求を許容することにより不可避的に生ずる問題であって、一部請求の許否を検討する際にある程度織り込み済みの論点といえる。ただし、一部請求確定後の残部請求の場合には、実際には、前訴の訴訟資料を利用することにより審理の重複による無駄を相当程度避けることができるが、本訴と別訴(相殺の抗弁)とが同時並行的に係属している場合には、訴訟資料を利用し合うことは必ずしも容易ではなく、審理の重複が生ずることは避けられない。
また、訴訟物が別であることから、矛盾する判断によって形式的な既判力の抵触問題は生じないとしても、請求の基礎となる社会的事実関係が全く同じであるにもかかわらず、裁判所によって判断が異なるという、一般社会の感覚に合わない事態が生じ得る。これも一部請求を認めることにより容認済みの結果とはいえるが、事実上同一の判断がされることの多い一部請求確定後の残部請求の場合に比べ、本訴と別訴(相殺の抗弁)とが同時並行的に係属している場合には、問題状況はより深刻である。現に、本件訴訟の第一審と別件訴訟の第一審とでは、Yの損害賠償債権の存否について全く異なった結果が示されている。
3 他方、前記の「相殺の抗弁と二重起訴の成否」の問題については、学説上は依然として相殺許容説も有力であるところ、この立場が強調する論拠の一つに、相殺の簡易決済機能・担保的機能がある。すなわち、本判決も述べるように、相殺は、相手方の訴求する債権との間で簡易迅速かつ確実に決済を図るという機能を有するものであるから、安易にその主張の機会が奪われてはならず、その機会が奪われると、特に原告が無資力の場合に被告に著しい不利益が生ずるとされている。
前記平成三年最高裁判決は、右のような相殺の機能も考慮に入れた上で、これを犠牲にしてでも守るべきより重大な利益(既判力の矛盾・抵触の防止)があるとして、相殺の抗弁を不適法としたものであると考えられる。しかし、直接にこのような既判力の抵触問題の生じない一部請求の残債権による相殺の場面については、原判決及び平成四年東京高裁判決の挙げるような論拠に基づき、民訴法一四二条(旧民訴法二三一条)の趣旨を及ぼして相殺の抗弁の主張を許さないことが妥当かどうかは、疑問である。
4 本判決は、右のような相殺の抗弁の持つ訴訟上の機能にかんがみ、一部請求の残債権を自働債権とする相殺の主張は、二重起訴の禁止に触れるものではなく、原則として、正当な防御権の行使として許容されると判断している。そして、論旨が問題とする弁護士報酬分の債権二四七八万円余((2))を自働債権とする相殺の抗弁は適法であり、その成否について更に審理を尽くさせる必要があるとして、原判決中、Y敗訴部分を破棄し、これを原審に差し戻したものである。
5 ただし、本判決は、例外として、「債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情が存する場合」には、相殺の抗弁は不適法であるとしている。すなわち、一つの紛争については可能な限り一回的な解決が図られるべきであり、一つの紛争について分断した訴訟を無闇に許すとなると、訴訟経済に反する上、相手方も応訴の煩に耐えない。債権の分割行使は、その態様によっては、権利の濫用として許容されない場合が生ずる(一つの債権を同時並行的に分割して訴求する場合が、その典型例である。)。相手方の主張を契機として受動的に主張される相殺の抗弁については、このような事態は一般的には想定しにくいが、債権の発生事由、審理の経過等に照らして相殺の主張が権利の濫用に当たると評価される場合もあり得るであろう。実務上見られる相殺の抗弁には、その訴訟で取り上げて審理・裁判するのが適当でないものが多いことが指摘されているところである(中野貞一郎=酒井一「別訴において訴訟物となっている債権を自働債権とする相殺の抗弁の許否」民商一〇七巻二号二五四頁参照)。
しかし、本件の相殺の主張については、弁護士報酬相当分の債権((2))を自働債権とするものはもとより、売買代金低落分の債権((1))を自働債権とするものについても、これが権利の濫用に当たると認めるべき特段の事情は存しないといえる(後者については、論旨が取り上げておらず、かつ、差戻審においてその成否を判断する余地もないことから、法廷意見ではなく園部裁判官の補足意見で触れられている。)。殊に、弁護士報酬相当分の自働債権((2))は、違法仮処分を原因とする一個の不法行為債権の一部であるとはいえ、別件訴訟で訴求されている売買代金低落分の債権((1))とは実質的な発生原因を異にするものである。このように、一部請求に係る債権とは特定識別された残部債権を自働債権とする相殺が許容されるべきものであることは、当然であるといえよう。
六 本判決は、いまだ学説でも十分に検討されていない「一部請求の残債権をもってする相殺の許否」という問題について、最高裁として初めての判断を示したものであり、ほぼ同時期に一部請求に関して新判断を示した最二小判平10・6・12と共に、注目に値する。なお、園部裁判官の補足意見は、この種事案の実務上の取扱いを考える上で参考になるものと思われる。
++判例(S37.8.10)
理由
上告代理人信正義雄の上告理由について。
一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合は、訴訟物となるのは右債権の一部の存否のみであつて、全部の存否ではなく、従つて右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である。
右と同趣旨の原判決の判断は正当であつて、所論は採用するをえない。よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)