・憲法第3章の人権規定は、権利の性質上日本国民のみを対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対して適用される!!!
+判例(53.10.4)マクリーン事件
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
第一 上告代理人秋山幹男、同弘中惇一郎の上告理由第一点ないし第四点、第六点ないし第一一点について
一 本件の経過
(一) 本件につき原審が確定した事実関係の要旨は、次のとおりである。
(1) 上告人は、アメリカ合衆国国籍を有する外国人であるが、昭和四四年四月二一日その所持する旅券に在韓国日本大使館発行の査証を受けたうえで本邦に入国し、同年五月一〇日下関入国管理事務所入国審査官から出入国管理令四条一項一六号、特定の在留資格及びその在留期間を定める省令一項三号に該当する者としての在留資格をもつて在留期間を一年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸した。
(2) 上告人は、昭和四五年五月一日一年間の在留期間の更新を申請したところ、被上告人は、同年八月一〇日「出国準備期間として同年五月一〇日から同年九月七日まで一二〇日間の在留期間更新を許可する。」との処分をした。そこで、上告人は、更に、同年八月二七日被上告人に対し、同年九月八日から一年間の在留期間の更新を申請したところ、被上告人は、同年九月五日付で、上告人に対し、右更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとして右更新を許可しないとの処分(以下「本件処分」という。)をした。
(3) 被上告人が在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとしたのは、次のような上告人の在留期間中の無届転職と政治活動のゆえであつた。
(ア)上告人は、ベルリツツ語学学校に英語教師として雇用されるため在留資格を認められたのに、入国後わずか一七日間で同校を退職し、財団法人英語教育協議会に英語教師として就職し、入国を認められた学校における英語教育に従事しなかつた。
(イ)上告人は、外国人べ平連(昭和四四年六月在日外国人数人によつてアメリカのベトナム戦争介入反対、日米安保条約によるアメリカの極東政策への加担反対、在日外国人の政治活動を抑圧する出入国管理法案反対の三つの目的のために結成された団体であるが、いわゆるべ平連からは独立しており、また、会員制度をとつていない。)に所属し、昭和四四年六月から一二月までの間九回にわたりその定例集会に参加し、七月一〇日左派華僑青年等が同月二日より一三日まで国鉄新宿駅西口付近において行つた出入国管理法案粉砕ハンガーストライキを支援するため、その目的等を印刷したビラを通行人に配布し、九月六日と一〇月四日べ平連定例集会に参加し、同月一五、一六日ベトナム反戦モラトリアムデー運動に参加して米国大使館にベトナム戦争に反対する目的で抗議に赴き、一二月七日横浜入国者収容所に対する抗議を目的とする示威行進に参加し、翌四五年二月一五日朝霞市における反戦放送集会に参加し、三月一日同市の米軍基地キヤンプドレイク付近における反戦示威行進に参加し、同月一五日べ平連とともに同市における「大泉市民の集い」という集会に参加して反戦ビラを配布し、五月一五日米軍のカンボジア侵入に反対する目的で米国大使館に抗議のため赴き、同月一六日五・一六ベトナムモラトリアムデー連帯日米人民集会に参加してカンボジア介入反対米国反戦示威行進に参加し、六月一四日代々木公園で行われた安保粉砕労学市民大統一行動集会に参加し、七月四日清水谷公園で行われた東京動員委員会主催の米日人民連帯、米日反戦兵士支援のための集会に参加し、同月七日には羽田空港においてロジヤース国務長官来日反対運動を行うなどの政治的活動を行つた。なお、上告人が参加した集会、集団示威行進等は、いずれも、平和的かつ合法的行動の域を出ていないものであり、上告人の参加の態様は、指導的又は積極的なものではなかつた。
(二) 原審は、自国内に外国人を受け入れるかどうかは基本的にはその国の自由であり、在留期間の更新の申請に対し更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかは、法務大臣の自由な裁量による判断に任されているものであるとし、前記の上告人の一連の政治活動は、在留期間内は外国人にも許される表現の自由の範囲内にあるものとして格別不利益を強制されるものではないが、法務大臣が、在留期間の更新の許否を決するについてこれを日本国及び日本国民にとつて望ましいものではないとし、更新を適当と認めるに足りる相当な理由がないと判断したとしても、それが何ぴとの目からみても妥当でないことが明らかであるとすべき事情のない本件にあつては、法務大臣に任された裁量の範囲内におけるものというべきであり、これをもつて本件処分を違法であるとすることはできない、と判断した。
(三) 論旨は、要するに、(1) 自国内に外国人を受け入れるかどうかはその国の自由であり、在留期間の更新の申請に対し更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるかどうかは法務大臣の自由な裁量による判断に任されているものであるとした原判決は、憲法二二条一項、出入国管理令二一条の解釈適用を誤り、理由不備の違法がある、(2) 本件処分のような裁量処分に対する原審の審査の態度、方法には、判例違反、審理不尽、理由不備の違法があり、行政事件訴訟法三〇条の解釈の誤りがある、(3) 被上告人の本件処分は、裁量権の範囲を逸脱したものであり、憲法の保障を受ける上告人のいわゆる政治活動を理由として外国人に不利益を課するものであつて、本件処分を違法でないとした原判決は、経験則に違背する認定をし、理由不備の違法を犯し、出入国管理令二一条の解釈適用を誤り、憲法一四条、一六条、一九条、二一条に違反するものである、と主張することに帰するものと解される。
二 当裁判所の判断
(一) 憲法二二条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人がわが国に入国することについてはなんら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくするものと解される(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同三二年六月一九日大法廷判決・刑集一一巻六号一六六三頁参照)。したがつて、憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、所論のように在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものでもないと解すべきである。そして、上述の憲法の趣旨を前提として、法律としての効力を有する出入国管理令は、外国人に対し、一定の期間を限り(四条一項一号、二号、一四号の場合を除く。)特定の資格によりわが国への上陸を許すこととしているものであるから、上陸を許された外国人は、その在留期間が経過した場合には当然わが国から退去しなければならない。もつとも、出入国管理令は、当該外国人が在留期間の延長を希望するときには在留期間の更新を申請することができることとしているが(二一条一項、二項)、その申請に対しては法務大臣が「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」これを許可することができるものと定めている(同条三項)のであるから、出入国管理令上も在留外国人の在留期間の更新が権利として保障されているものでないことは、明らかである。
右のように出入国管理令が原則として一定の期間を限つて外国人のわが国への上陸及び在留を許しその期間の更新は法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしているのは、法務大臣に一定の期間ごとに当該外国人の在留中の状況、在留の必要性・相当性等を審査して在留の許否を決定させようとする趣旨に出たものであり、そして、在留期間の更新事由が概括的に規定されその判断基準が特に定められていないのは、更新事由の有無の判断を法務大臣の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広汎なものとする趣旨からであると解される。すなわち、法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたつては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立つて、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情をしんしやくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができないものと考えられる。このような点にかんがみると、出入国管理令二一条三項所定の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断における法務大臣の裁量権の範囲が広汎なものとされているのは当然のことであつて、所論のように上陸拒否事由又は退去強制事由に準ずる事由に該当しない限り更新申請を不許可にすることは許されないと解すべきものではない。
(二) ところで、行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定めることがあつても、このような準則は、本来、行政庁の処分の妥当性を確保するためのものなのであるから、処分が右準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない。処分が違法となるのは、それが法の認める裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限られるのであり、また、その場合に限り裁判所は当該処分を取り消すことができるものであつて、行政事件訴訟法三〇条の規定はこの理を明らかにしたものにほかならない。もつとも、法が処分を行政庁の裁量に任せる趣旨、目的、範囲は各種の処分によつて一様ではなく、これに応じて裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法とされる場合もそれぞれ異なるものであり、各種の処分ごとにこれを検討しなければならないが、これを出入国管理令二一条三項に基づく法務大臣の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断の場合についてみれば、右判断に関する前述の法務大臣の裁量権の性質にかんがみ、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるものというべきである。したがつて、裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するにあたつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である。なお、所論引用の当裁判所昭和三七年(オ)第七五二号同四四年七月一一日第二小法廷判決(民集二三巻八号一四七〇頁)は、事案を異にし本件に適切なものではなく、その余の判例は、右判示するところとその趣旨を異にするものではない。
(三) 以上の見地に立つて被上告人の本件処分の適否について検討する。
前記の事実によれば、上告人の在留期間更新申請に対し被上告人が更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとしてこれを許可しなかつたのは、上告人の在留期間中の無届転職と政治活動のゆえであつたというのであり、原判決の趣旨に徴すると、なかでも政治活動が重視されたものと解される。
思うに、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶものと解するのが、相当である。しかしながら、前述のように、外国人の在留の許否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく、ただ、出入国管理令上法務大臣がその裁量により更新を適当と認めるに足りる相当の理由があると判断する場合に限り在留期間の更新を受けることができる地位を与えられているにすぎないものであり、したがつて、外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当であつて、在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保障、すなわち、在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的な事情としてしんしやくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない。在留中の外国人の行為が合憲合法な場合でも、法務大臣がその行為を当不当の面から日本国にとつて好ましいものとはいえないと評価し、また、右行為から将来当該外国人が日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者であると推認することは、右行為が上記のような意味において憲法の保障を受けるものであるからといつてなんら妨げられるものではない。
前述の上告人の在留期間中のいわゆる政治活動は、その行動の態様などからみて直ちに憲法の保障が及ばない政治活動であるとはいえない。しかしながら、上告人の右活動のなかには、わが国の出入国管理政策に対する非難行動、あるいはアメリカ合衆国の極東政策ひいては日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に対する抗議行動のようにわが国の基本的な外交政策を非難し日米間の友好関係に影響を及ぼすおそれがないとはいえないものも含まれており、被上告人が、当時の内外の情勢にかんがみ、上告人の右活動を日本国にとつて好ましいものではないと評価し、また、上告人の右活動から同人を将来日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者と認めて、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないと判断したとしても、その事実の評価が明白に合理性を欠き、その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえず、他に被上告人の判断につき裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたことをうかがわせるに足りる事情の存在が確定されていない本件においては、被上告人の本件処分を違法であると判断することはできないものといわなければならない。また、被上告人が前述の上告人の政治活動をしんしやくして在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないとし本件処分をしたことによつて、なんら所論の違憲の問題は生じないというべきである。
(四) 以上述べたところと同旨に帰する原審の判断は、正当であつて、所論引用の各判例にもなんら違反するものではなく、原判決に所論の違憲、違法はない。論旨は、上述したところと異なる見解に基づいて原判決を非難するものであつて、採用することができない。
第二 同第五点について
原審が当事者双方の陳述を記載するにつき所論の方法をとつたからといつて、判決の事実摘示として欠けるところはないものというべきであり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
・精神的自由権のひとつである政治活動の事由や経済的自由権の保障の程度については日本国民と同様のものということはできない。←政治活動の自由は、外国人に認められていない参政権的機能を果たし、経済的自由権については、日本国民と異なる特別の制約を加える必要がある。
・外国人の享有する人権の範囲についてその人権の性質に応じて個別的に判断されるとする考えに立つと、国民が自己の属する国の政治に参加する権利である参政権は、その性質上、外国人に及ばない!!!
+判例(H7.2.28)定住外国人地方参政権事件
上告代理人相馬達雄、同平木純二郎、同能瀬敏文の上告理由について
憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものである。そこで、憲法一五条一項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。そして、地方自治について定める憲法第八章は、九三条二項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法一五条一項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法九三条二項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。以上のように解すべきことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和三五年(オ)第五七九号同年一二月一四日判決・民集一四巻一四号三〇三七頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかである。
このように、憲法九三条二項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。以上のように解すべきことは、当裁判所大法廷判決(前掲昭和三五年一二月一四日判決、最高裁昭和三七年(あ)第九〇〇号同三八年三月二七日判決・刑集一七巻二号一二一頁、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日判決・民集三〇巻三号二二三頁、最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日判決・民集三七巻三号三四五頁)の趣旨に徴して明らかである。
以上検討したところによれば、地方公共団体の長及びその議会の議員の選挙の権利を日本国民たる住民に限るものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項の各規定が憲法一五条一項、九三条二項に違反するものということはできず、その他本件各決定を維持すべきものとした原審の判断に憲法の右各規定の解釈の誤りがあるということもできない。所論は、地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項の各規定に憲法一四条違反があり、そうでないとしても本件各決定を維持すべきものとした原審の判断に憲法一四条及び右各法令の解釈の誤りがある旨の主張をもしているところ、右主張は、いずれも実質において憲法一五条一項、九三条二項の解釈の誤りをいうに帰するものであって、右主張に理由がないことは既に述べたとおりである。
以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
・社会権について、外国人の享有する人権の範囲について、下記判例は明言していない。しかし、労働基本権は社会権としての性質のみならず、自由権としての性質を有するため、社会権が保障されるかにかかわらず保障される余地がある。
+判例(H元.3.2)塩見訴訟
理 由
上告代理人松本晶行、同阪本政敬、同千本忠一、同川崎裕子、同吉川実、同桂充弘、同竹下義樹の上告理由について
一 原審の適法に確定したところによれば、本件の事実関係は次のとおりである。
上告人は、昭和九年六月二五日大阪市で出生し、幼少のころ罹患したはしかによって失明し、昭和三四年一一月一日において昭和五六年法律第八六号による改正前の国民年金法(以下「法」という。)別表に定める一級に該当する程度の廃疾の状態にあった。上告人は、法八一条一項の障害福祉年金の受給権者であるとして、被上告人に対し右受給権の裁定を請求したところ、被上告人は、昭和四七年八月二一日同請求を棄却する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。本件処分の理由は、上告人は昭和三四年一一月一日において日本国民でなかったから法八一条一項の障害福祉年金の受給権を有しないというものであった。
二 法八一条一項は、昭和一四年一一月一日以前に生まれた者が、昭和三四年一一月一日以前になおった傷病により、昭和三四年一一月一日において法別表に定める一級に該当する程度の廃疾の状態にあるときは、法五六条一項本文の規定にかかわらず、その者に同条の障害福祉年金を支給する旨規定しているが、法五六条一項ただし書は廃疾認定日において日本国民でない者に対しては同条の障害福祉年金を支給しない旨規定しており、法八一条一項の障害福祉年金の支給に関しても当然に法五六条一項ただし書の規定の適用があるから、法八一条一項の障害福祉年金は、廃疾の認定日である昭和三四年一一月一日において日本国民でない者に対しては支給されないものと解すべきである。
三 そこで、まず、法八一条一項が受ける法五六条一項ただし書の規定(以下「国籍条項」という。)及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によって日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金の支給をしないことが、憲法二五条の規定に違反するかどうかについて判断する。
憲法二五条は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきこと(一項)並びに社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきこと(二項)を国の責務として宣言したものであるが、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条二項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきこと、そして、同条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、同条の規定の趣旨を現実の立法として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするから、同条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するに適しない事柄であるというべきことは、当裁判所大法廷判決(昭和二三年(れ)第二〇五号同年九月二九日判決・刑集二巻一〇号一二三五頁、昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日判決・民集三六巻七号一二三五頁)の判示するところである。
そこで、本件で問題とされている国籍条項が憲法二五条の規定に違反するかどうかについて考えるに、国民年金制度は、憲法二五条二項の規定の趣旨を実現するため、老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止することを目的とし、保険方式により被保険者の拠出した保険料を基として年金給付を行うことを基本として創設されたものであるが、制度発足当時において既に老齢又は一定程度の障害の状態にある者、あるいは保険料を必要期間納付することができない見込みの者等、保険原則によるときは給付を受けられない者についても同制度の保障する利益を享受させることとし、経過的又は補完的な制度として、無拠出制の福祉年金を設けている。法八一条一項の障害福祉年金も、制度発足時の経過的な救済措置の一環として設けられた全額国庫負担の無拠出制の年金であって、立法府は、その支給対象者の決定について、もともと広範な裁量権を有しているものというべきである。加うるに、社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、国は、特別の条約の存しない限り、当該外国人の属する国との外交関係、変動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下で福祉的給付を行うに当たり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも、許されるべきことと解される。したがって、法八一条一項の障害福祉年金の支給対象者から在留外国人を除外することは、立法府の裁量の範囲に属する事柄と見るべきである。
また、経過的な性格を有する右障害福祉年金の給付に関し、廃疾の認定日である制度発足時の昭和三四年一一月一日において日本国民であることを要するものと定めることは、合理性を欠くものとはいえない。昭和三四年一一月一日より後に帰化により日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金を支給するための措置として、右の者が昭和三四年一一月一日に遡り日本国民であったものとして扱うとか、あるいは国籍条項を削除した昭和五六年法律第八六号による国民年金法の改正の効果を遡及させるというような特別の救済措置を講ずるかどうかは、もとより立法府の裁量事項に属することである。
そうすると、国籍条項及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によって日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金の支給をしないことは、憲法二五条の規定に違反するものではないというべく、以上は当裁判所大法廷判決(昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日判決・民集三六巻七号一二三五頁、昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。
四 次に、国籍条項及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によって日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金の支給をしないことが、憲法一四条一項の規定に違反するかどうかについて考えるに、憲法一四条一項は法の下の平等の原則を定めているが、右規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではないのである(最高裁昭和三七年(あ)第九二七号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五七九頁、同昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁参照)。ところで、法八一条一項の障害福祉年金の給付に関しては、廃疾の認定日に日本国籍がある者とそうでない者との間に区別が設けられているが、前示のとおり、右障害福祉年金の給付に関し、自国民を在留外国人に優先させることとして在留外国人を支給対象者から除くこと、また廃疾の認定日である制度発足時の昭和三四年一一月一日において日本国民であることを受給資格要件とすることは立法府の裁量の範囲に属する事柄というべきであるから、右取扱いの区別については、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条一項に違反するものということはできない。
五 さらに、国籍条項が憲法九八条二項に違反するかどうかについて判断する。
所論の社会保障の最低基準に関する条約(昭和五一年条約第四号。いわゆるILO第一〇二号条約)六八条1の本文は「外国人居住者は、自国民居住者と同一の権利を有する。」と規定しているが、そのただし書は「専ら又は主として公の資金を財源とする給付又は給付の部分及び過渡的な制度については、外国人及び自国の領域外で生まれた自国民に関する特別な規則を国内の法令で定めることができる。」と規定しており、全額国庫負担の法八一条一項の障害福祉年金に係る国籍条項が同条約に違反しないことは明らかである。また、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第六号)九条は「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」と規定しているが、これは、締約国において、社会保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し、右権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって、個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではない。このことは、同規約二条1が締約国において「立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成する」ことを求めていることからも明らかである。したがって、同規約は国籍条項を直ちに排斥する趣旨のものとはいえない。さらに、社会保障における内国民及び非内国民の均等待遇に関する条約(いわゆるILO第一一八号条約)は、わが国はいまだ批准しておらず、国際連合第三回総会の世界人権宣言、同第二六回総会の精神薄弱者の権利宣言、同第三〇回総会の障害者の権利宣言及び国際連合経済社会理事会の一九七五年五月六日の障害防止及び障害者のリハビリテーションに関する決議は、国際連合ないしその機関の考え方を表明したものであって、加盟国に対して法的拘束力を有するものではない。以上のように、所論の条約、宣言等は、わが国に対して法的拘束力を有しないか、法的拘束力を有していても国籍条項を直ちに排斥する趣旨のものではないから、国籍条項がこれらに抵触することを前提とする憲法九八条二項違反の主張は、その前提を欠くというべきである。
六 以上と同旨の見解に立って本件処分を適法とした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
++解説
《解 説》
Xは、昭和九年六月二五日朝鮮人を父母として大阪市で出生し、大韓民国籍であったが、幼少の時罹患したハシカによって失明し、昭和三四年一一月一日において全盲で法の別表に定める一級に該当する程度の廃疾の状態にあった。Xは、マッサージ師となり、同じく全盲のマッサージ師である日本人の夫と婚姻し、昭和四五年一二月一六日帰化によって日本国籍を取得した。Xは、国民年金法(昭和五六年法律第八六号による改正前のもの。以下「法」という。)八一条一項の障害福祉年金の受給権者であるとして、Yに対し障害福祉年金裁定請求をしたところ、Yは、法八一条一項の障害福祉年金は法五六条一項ただし書により廃疾認定日(本件では昭和三四年一一月一日)において日本国民でない者には支給されないとして、昭和四七年八月二一日付けで右請求を却下する処分をした。Xは、法五六条一項ただし書は違憲無効であるとして、右処分の取消しを求めて本訴を提起したが、一・二審で請求を排斥された。本件判決は、右事件の上告審判決である。
法は八一条一項の障害福祉年金の支給要件に関し、昭和三四年一一月一日において日本国民でない者には同年金を支給しないと規定していた(法八一条一項は法五六条一項を受けるところ、同項ただし書は「ただし、その者が廃疾認定日において日本国民でないときは、この限りでない。」と規定している。以下、この規定を「国籍条項」という。)。本件の争点は、国籍条項は、憲法二五条、一四条一項等に違反するか、また、昭和三四年一一月一日の後に帰化した者に対し法八一条一項の障害福祉年金を支給しないことは、憲法二五条、一四条一項に違反するかということであった。
なお、当時は、法の適用対象は日本国民とされていたが、我が国が「難民の地位に関する条約」及び「難民の地位に関する議定書」へ加入するに際し、同条約二四条に定める社会保障に関する内国民待遇を実現するために、昭和五七年一月一日に難民の地位に関する条約等への加入に伴う出入国管理令その他関係法律の整備に関する法律(昭和五六年法律第八六号)で法の国籍条項を含む国籍要件が撤廃され、昭和五七年一月一日からは適用対象が日本国民に限られないこととなった。しかし、この改正の効果は将来に向かってのみ効力を有し、過去の法律関係を改めるものではない(右法律附則四項及び五項)。
憲法二五条が外国人に及ぶかどうかは若干問題のあるところであり、憲法は、社会権を基本的人権として認めているが、外国人に対してまでこれを保障することを日本国の責任とするものではない、という見解も存する(宮沢俊義・憲法Ⅱ(新版)二四一頁)。しかし、国際的にみれば、国籍による差別は一般的に禁止の方向にあり、我が国の憲法が外国人に対し社会権を保障していないといい切るのは問題であろう。憲法は、外国人に対しても社会権を保障しているものであるが、外国人に対する社会権保障の責任は第一次的には彼の属する国が負うのであり、日本が社会保障の立法において日本国民を優先的に扱うことは憲法の許容するところであると解するのが相当と考えられる(芦部信喜編・憲法Ⅱ一二頁、伊藤正己・憲法(新版)一九七頁。最大判昭53・10・4民集三二巻七号一二二三頁、本誌三六八号一九六頁参照)。
憲法二五条の趣旨及び特定の立法が同条に反するかどうかの判断基準については、最大判昭57・7・7民集三六巻七号一二三五頁、本誌四七七号五四頁の判示するところである。同判決は、右の判断基準について、「憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。」と判示している。
本判決は、以上の見解に立って、国籍条項及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によって日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金を支給しないことは、憲法二五条に違反するものではないと判示したものである。
憲法一四条一項の規定の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推されるべきものと解される。(最大判昭39・11・18刑集一八巻九号五七九頁、本誌一七〇号一八〇頁)。他面、憲法一四条一項は、法の下の平等を認めているが、国民に対し絶対的平等を保障したものではなく、差別すべき合理的理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、法規の制定又はその適用の面において、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異に即して合理的と認められる差別的取扱いをしても、これをもって憲法一四条一項に反するものといえないことは、最高裁大法廷判決の判示するところである(最大判昭39・5・27民集一八巻四号六七八頁、本誌一六四号七五頁、右最大判昭39・11・18)。また、立法府の政策的、技術的裁量に基づく判断にゆだねられている立法分野において、立法府が、法規を制定するに当たり、その政策的、技術的判断に基づき、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異又は事柄の性質の差異を理由としてその取扱いに区別を設けることは、それが立法府の裁量の範囲を逸脱するものでない限り、合理性を欠くものと断ずることができず、これをもって憲法一四条一項に違反するものということはできないものと解される。
本件においては、法八一条一項の障害福祉年金の給付に関し、廃疾の認定日に日本国籍がある者とそうでない者との間に区別を設けることが憲法一四条一項に違反するかどうかが問題となったのであるが、本判決は、右に述べた見解に基づき、右取扱いの区別は、立法の裁量の範囲内の事柄であってその合理性を否定することができず、これを同項に違反するということはできないと判示したものである。
・地方公共団体において、日本国民である職員に限って管理職に昇進することができる措置をとることは、憲法14条1項に違反しないとした判例は、地方公共団体が、在留外国人を職員として採用する場合、裁量権の問題とはしていない!!!
+判例(H17.1.26)東京都管理職試験事件
上告代理人金岡昭ほかの上告理由について
1 本件は、上告人に保健婦として採用された被上告人が、平成6年度及び同7年度に東京都人事委員会の実施した管理職選考を受験しようとしたが、日本の国籍を有しないことを理由に受験が認められなかったため、国家賠償法1条1項に基づき、上告人に対し、慰謝料の支払等を請求する事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、昭和25年に岩手県で出生した大韓民国籍の外国人であり、日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に定める特別永住者である。
(2) 上告人は、昭和61年、保健婦の採用につき日本の国籍を有することを要件としないこととした。被上告人は、同63年4月、上告人に保健婦として採用された。
(3) 後記の平成6年度及び同7年度の管理職選考が実施された当時、上告人における管理職としては、東京都知事の権限に属する事務に係る事案の決定権限を有する職員(本庁の局長、部長及び課長並びに本庁以外の機関における上級の一定の職員)のほか、直接には事案の決定権限を有しないが、事案の決定過程に関与する職員(本庁の次長、技監、理事(局長級)、参事(部長級)、副参事(課長級)等及び本庁以外の機関の一定の職員)があり、さらに、企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行い、事案の決定権限を有せず、事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ない管理職も若干存在していた。上告人においては、管理職に昇任した職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理は行われておらず、例えば、医化学の分野で管理職選考に合格した職員であっても、管理職に任用されると、その職員は、その後の昇任に伴い、そのまま従来の医化学の分野にだけ従事するものとは限らず、担当がその他の分野の仕事に及ぶことがあり、いずれの分野においても管理的な職務に就くことがあることとされていた。
(4) 東京都人事委員会が実施する管理職選考は、東京都知事、東京都議会議長、東京都の公営企業管理者、代表監査委員、教育委員会、選挙管理委員会、海区漁業調整委員会及び人事委員会が任命権を有する職員に対する課長級の職への第1次選考としてされるものである。管理職選考には、A、B及びCの選考種別とそれぞれについての事務系及び技術系の選考種別とがあり、被上告人が受験しようとした選考種別Aの技術系は土木、建築、機械、電気、生物及び医化学に区分される。管理職選考に合格した者は、任用候補者名簿に登載され、その数年後、最終的な任用選考を経て管理職に任用される。
(5) 東京都人事委員会の平成6年度管理職選考実施要綱は、上記(4)の職員に対する課長級の職への第1次選考について受験資格を定めており、明文の定めは置いていなかったものの、受験者が日本の国籍を有することを前提としていた。
(6) 被上告人は、上記要綱に基づいて実施される管理職選考の選考種別Aの技術系の選考区分医化学を受験することとし、平成6年3月10日、所属していた東京都八王子保健所の副所長に申込書を提出しようとしたが、同副所長は、被上告人が日本の国籍を有しないことを理由に、申込書の受領を拒絶した。被上告人は、国籍の点以外は上記要綱が定める受験資格を備えていたが、上記のとおり申込書の受領を拒絶されたため、同年5月に実施された筆記考査を受けることができなかった。
(7) 東京都人事委員会の平成7年度管理職選考実施要綱には、日本の国籍を有することが受験資格であることが明記されるに至った。被上告人は、日本の国籍を有しないために同管理職選考を受けることができなかった。
3 原審は、上記事実関係等の下において、上告人の職員が被上告人に平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかったことは、被上告人が日本の国籍を有しないことを理由に被上告人から管理職選考の受験の機会を奪い、課長級の管理職への昇任のみちを閉ざすものであり、違法な措置であるとして、被上告人の慰謝料請求を一部認容した。
原審の上記判断の理由の概要は、次のとおりである。
(1) 日本の国籍を有しない者は、憲法上、国又は地方公共団体の公務員に就任する権利を保障されているということはできない。
(2) 地方公務員の中でも、管理職は、地方公共団体の公権力を行使し、又は公の意思の形成に参画するなど地方公共団体の行う統治作用にかかわる蓋然性の高い職であるから、地方公務員に採用された外国人が、日本の国籍を有する者と同様、当然に管理職に任用される権利を保障されているとすることは、国民主権の原理に照らして問題がある。しかしながら、管理職の職務は広範多岐に及び、地方公共団体の行う統治作用、特に公の意思の形成へのかかわり方、その程度は様々なものがあり得るのであり、公権力を行使することなく、また、公の意思の形成に参画する蓋然性が少なく、地方公共団体の行う統治作用にかかわる程度の弱い管理職も存在する。したがって、職務の内容、権限と統治作用とのかかわり方、その程度によって、外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを分別して考える必要がある。そして、後者の管理職については、我が国に在住する外国人をこれに任用することは、国民主権の原理に反するものではない。
(3) 上告人の管理職には、企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行い、事案の決定権限を有せず、事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ない管理職も若干存在している。このように、管理職に在る者が事案の決定過程に関与するといっても、そのかかわり方、その程度は様々であるから、上告人の管理職について一律に外国人の任用(昇任)を認めないとするのは相当でなく、その職務の内容、権限と事案の決定とのかかわり方、その程度によって、外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを区別して任用管理を行う必要がある。そして、後者の管理職への任用については、我が国に在住する外国人にも憲法22条1項、14条1項の各規定による保障が及ぶものというべきである。
(4) 上告人の職員が課長級の職に昇任するためには、管理職選考を受験する必要があるところ、課長級の管理職の中にも外国籍の職員に昇任を許しても差し支えのないものも存在するというべきであるから、外国籍の職員から管理職選考の受験の機会を奪うことは、外国籍の職員の課長級の管理職への昇任のみちを閉ざすものであり、憲法22条1項、14条1項に違反する違法な措置である。被上告人は、上告人の職員の違法な措置のために平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験することができなかった。被上告人がこれにより被った精神的損害を慰謝するには各20万円が相当である。
4 しかしながら、前記事実関係等の下で被上告人の慰謝料請求を認容すべきものとした原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 地方公務員法は、一般職の地方公務員(以下「職員」という。)に本邦に在留する外国人(以下「在留外国人」という。)を任命することができるかどうかについて明文の規定を置いていないが(同法19条1項参照)、普通地方公共団体が、法による制限の下で、条例、人事委員会規則等の定めるところにより職員に在留外国人を任命することを禁止するものではない。普通地方公共団体は、職員に採用した在留外国人について、国籍を理由として、給与、勤務時間その他の勤務条件につき差別的取扱いをしてはならないものとされており(労働基準法3条、112条、地方公務員法58条3項)、地方公務員法24条6項に基づく給与に関する条例で定められる昇格(給料表の上位の職務の級への変更)等も上記の勤務条件に含まれるものというべきである。しかし、上記の定めは、普通地方公共団体が職員に採用した在留外国人の処遇につき合理的な理由に基づいて日本国民と異なる取扱いをすることまで許されないとするものではない。また、そのような取扱いは、合理的な理由に基づくものである限り、憲法14条1項に違反するものでもない。
管理職への昇任は、昇格等を伴うのが通例であるから、在留外国人を職員に採用するに当たって管理職への昇任を前提としない条件の下でのみ就任を認めることとする場合には、そのように取り扱うことにつき合理的な理由が存在することが必要である。
(2) 地方公務員のうち、住民の権利義務を直接形成し、その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い、若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とするもの(以下「公権力行使等地方公務員」という。)については、次のように解するのが相当である。すなわち、公権力行使等地方公務員の職務の遂行は、住民の権利義務や法的地位の内容を定め、あるいはこれらに事実上大きな影響を及ぼすなど、住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものである。それゆえ、国民主権の原理に基づき、国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条、15条1項参照)に照らし、原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり、我が国以外の国家に帰属し、その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは、本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。
そして、普通地方公共団体が、公務員制度を構築するに当たって、公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築して人事の適正な運用を図ることも、その判断により行うことができるものというべきである。そうすると、普通地方公共団体が上記のような管理職の任用制度を構築した上で、日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは、合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員とを区別するものであり、上記の措置は、労働基準法3条にも、憲法14条1項にも違反するものではないと解するのが相当である。そして、この理は、前記の特別永住者についても異なるものではない。
(3) これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、昭和63年4月に上告人に保健婦として採用された被上告人は、東京都人事委員会の実施する平成6年度及び同7年度の管理職選考(選考種別Aの技術系の選考区分医化学)を受験しようとしたが、東京都人事委員会が上記各年度の管理職選考において日本の国籍を有しない者には受験資格を認めていなかったため、いずれも受験することができなかったというのである。そして、当時、上告人においては、管理職に昇任した職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理を行っておらず、管理職に昇任すれば、いずれは公権力行使等地方公務員に就任することのあることが当然の前提とされていたということができるから、上告人は、公権力行使等地方公務員の職に当たる管理職のほか、これに関連する職を包含する一体的な管理職の任用制度を設けているということができる。
そうすると、上告人において、上記の管理職の任用制度を適正に運営するために必要があると判断して、職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めたとしても、合理的な理由に基づいて日本の国籍を有する職員と在留外国人である職員とを区別するものであり、上記の措置は、労働基準法3条にも、憲法14条1項にも違反するものではない。原審がいうように、上告人の管理職のうちに、企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行うにとどまり、公権力行使等地方公務員には当たらないものも若干存在していたとしても、上記判断を左右するものではない。また、被上告人のその余の違憲の主張はその前提を欠く。以上と異なる原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をいう論旨は理由があり、原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、被上告人の慰謝料請求を棄却すべきものとした第1審判決は正当であるから、上記部分についての被上告人の控訴を棄却すべきである。
5 よって、裁判官滝井繁男、同泉德治の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官藤田宙靖の補足意見、裁判官金谷利廣、同上田豊三の各意見がある。
+補足意見
裁判官藤田宙靖の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛成するものであるが、本件被上告人が、日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(以下「入管特例法」という。)に定める特別永住者であること等にかんがみ、多数意見に若干の補足をしておくこととしたい。
被上告人が、日本国で出生・成育し、日本社会で何の問題も無く生活を営んで来た者であり、また、我が国での永住を法律上認められている者であることを考慮するならば、本人が日本国籍を有しないとの一事をもって、地方公務員の管理職に就任する機会をおよそ与えないという措置が、果たしてそれ自体妥当と言えるかどうかには、確かに、疑問が抱かれないではない。しかし私は、最終的には、それは、各地方公共団体が採る人事政策の当不当の問題であって、本件において上告人が執った措置が、このことを理由として、我が国現行法上当然に違法と判断されるべきものとまでは言えないのではないかと考える。その理由は、以下のとおりである。
1 入管特例法の定める特別永住者の制度は、それ自体としてはあくまでも、現行出入国管理制度の例外を設け、一定範囲の外国籍の者に、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)2条の2に定める在留資格を持たずして本邦に在留(永住)することのできる地位を付与する制度であるにとどまり、これらの者の本邦内における就労の可能性についても、上記の結果、法定の各在留資格に伴う制限(入管法19条及び同法別表第1参照)が及ばないこととなるものであるにすぎない。したがって例えば、特別永住者が、法務大臣の就労許可無くして一般に「収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動」(同法19条)を行うことができるのも、上記の結果生じる法的効果であるにすぎず、法律上、特別永住者に、他の外国籍の者と異なる、日本人に準じた何らかの特別な法的資格が与えられるからではない。また、現行法上の諸規定を見ると、許可制等の採られている事業ないし職業に関しては、各個の業法において、日本国籍を有することが許可等を受けるための資格要件とされることがあるが(公証人法12条1項1号、水先法5条1号、鉱業法17条本文、電波法5条1項1号、放送法52条の13第1項5号イ、等々)、これらの規定で、特別永住者を他の外国人と区別し、日本国民と同様に扱うこととしたものは無い。他方、日本の国籍を有しない者の国家公務員試験受験資格を否定する人事院規則(人事院規則8-18)において、日本郵政公社職員への採用に関しては、特別永住者もまた郵政一般職採用試験を受験することができることとされるが、このことについては、特に明文の規定が置かれている(同規則8条1項3号括弧書)。以上に照らして見るならば、我が国現行法上、地方公務員への就任につき、特別永住者がそれ以外の外国籍の者から区別され、特に優遇さるべきものとされていると考えるべき根拠は無く、そのような明文の規定が無い限り、事は、外国籍の者一般の就任可能性の問題として考察されるべきものと考える。
2 ところで、外国籍の者の公務員就任可能性について、原審は、日本国憲法上、外国人には、公務員に就任する権利は保障されていない、との出発点に立ちながらも、憲法上の国民主権の原理に抵触しない範囲の職については、憲法22条、14条等により、外国籍の者もまた、日本国民と同様、当然にこれに就任する権利を、憲法上保障される、との考え方を採るものであるように見受けられる。しかし、例えば、〈1〉外国人に公務員への就任資格(以下「公務就任権」という。)が憲法上保障されていることを否定する理由として理論的に考え得るのは、必ずしも、原審のいう国民主権の原理のみに限られるわけではない(例えば、一定の職域について外国人の就労を禁じるのは、それ自体一国の主権に属する権能であろう。)こと、また、〈2〉「憲法上、外国人には、公務員の一定の職に就任することが禁じられている」ということは、必ずしも、理論的に当然に「こうした禁止の対象外の職については、外国人もまた、就任する権利を憲法上当然に有する」ということと同義ではないこと、更に、〈3〉職業選択の自由、平等原則等は、いずれも自由権としての性格を有するものであって、本来、もともと有している権利や自由をそれに対する制限から守るという機能を果たすにとどまり、もともと有していない権利を積極的に生み出すようなものではないこと、等にかんがみると、原審の上記の考え方には、幾つかの論理的飛躍があるように思われ、我が国憲法上、そもそも外国人に(一定範囲での)公務就任権が保障されているか否か、という問題は、それ自体としては、なお重大な問題として残されていると言わなければならない。しかしいずれにせよ、本件は、外国籍の者が新規に地方公務員として就任しようとするケースではなく、既に正規の職員として採用され勤務してきた外国人が管理職への昇任の機会を求めるケースであって、このような場合に、労働基準法3条の規定の適用が排除されると考える合理的な理由の無いことは、多数意見の言うとおりであるから、上記の問題の帰すうは、必ずしも、本件の解決に直接の影響を及ぼすものではない。
3 そこで、進んで、本件の場合に、労働基準法の同条の規定の存在にもかかわらず、外国籍の者を管理職に昇任させないとすることにつき、合理的な理由が認められるかどうかについて考える。記録を参照すると、上告人がこのような措置を執ったのは、「地方公務員の職のうち公権力の行使又は地方公共団体の意思の形成に携わるものについては、日本の国籍を有しない者を任用することができない」といういわゆる「公務員に関する当然の法理」に沿った判断をしたためであることがうかがわれる(参照、昭和48年5月28日自治公一第28号大阪府総務部長宛公務員第一課長回答)。しかし、一般に、「公権力の行使」あるいは「地方公共団体の意思の形成」という概念は、その外延のあまりにも広い概念であって、文字どおりにこの要件を満たす職のすべてに就任することが許されないというのでは、外国籍の者が地方公務員となる可能性は、皆無と言わないまでも少なくとも極めて少ないこととなり、また、そのことに合理的な理由があるとも考えられない。その意味においては、職務の内容、権限と統治作用とのかかわり方、その程度によって、外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを分別して考える必要がある、とする原審の説示にも、その限りにおいて傾聴に値するものがあることを否定できないし、また、多数意見の用いる「公権力行使等地方公務員」の概念も、この点についての周到な注意を払った上で定義されたものであることが、改めて確認されるべきである。
ただ、その具体的な範囲をどう取るかは別として、いずれにせよ、少なくとも地方公共団体の枢要な意思決定にかかわる一定の職について、外国籍の者を就任させないこととしても、必ずしも違憲又は違法とはならないことについては、我が国において広く了解が存在するところであり、私もまた、そのこと自体に対し異を唱えるものではない。そして、本件の場合、上告人東京都は、一たび管理職に昇任させると、その職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理をするのではなく、したがってまた、外国人の任用が許されないとされる職務を担当させることになる可能性もあった、というのである。この点につき、原審は、管理職に在る者が事案の決定過程に関与すると言っても、そのかかわり方及びかかわりの程度は様々であるから、上告人東京都の管理職について一律に在留外国人の任用を認めないとするのは相当ではなく、上記の基準により、在留外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを区別して任用管理を行う必要がある、という。もとより、そのような任用管理を行うことは、人事政策として考え得る選択肢の一つではあろうが、他方でしかし、外国籍の者についてのみ常にそのような特別の人事的配慮をしなければならないとすれば、全体としての人事の流動性を著しく損なう結果となる可能性があるということもまた、否定することができない。こういったことを考慮して、上告人東京都が、一般的に管理職への就任資格として日本国籍を要求したことは、それが人事政策として最適のものであったか否かはさておくとして、なお、その行政組織権及び人事管理権の行使として許される範囲内にとどまるものであった、ということができよう。
もっともこの点、専ら、本件における被上告人の立場についてのみ考えるならば、本件において、被上告人を管理職に昇任させることが、現実に全体としての人事の流動性を著しく損なう結果となるおそれが大きかったか否かについては、原審において必ずしも十分な認定がなされているとは言い難く、したがって、この点について審理を尽くさせるために、原判決を破棄して本件を差し戻す、という選択をすることも、考えられないではない。しかし、いうまでも無く、在留外国人に管理職就任の道を制度として開くかどうかは、独り被上告人との関係のみでなく、在留外国人一般の問題として考えなければならないことであって(例えば、将来において被上告人と同様の希望を持つ在留外国人が多数出て来た場合には、そのすべてについて同様の扱いをしなければならないことになる)、こういったことをも考慮するならば、上告人東京都が、本件当時において外国籍の者一般につき管理職選考の受験を拒否したことが、直ちに、法的に許された人事政策の範囲を超えることになるとは、必ずしも言えず、また、少なくともそこに過失を認めることはできないのではないか、と考える。
+意見
裁判官金谷利廣の意見は、次のとおりである。
私は、原判決が上告人において被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置は憲法に違反する違法な措置であると判断したことについて、これを是認できないとする多数意見の結論には賛成するが、その理由付けの一部には同調できない。
1 憲法は、我が国の公務員に就任できる地位(以下「公務員就任権」という。)について、これを一般的に保障する規定を置いてはいないが、日本国民の公務員就任権については、憲法が当然の前提とするものとして、あるいは、国民主権の原理、14条等を根拠として、解釈上これを認めることができると考える。
しかし、公務員(地方公務員を含む。)制度をどのように構築するかは国の統治作用に重大な関係を有すること、公務員の種類は多種多様で、その中には、外国人が就任することが国民主権の原理からして憲法上許容されないと解されるもの(ただし、その範囲をどう考えるかは議論が分かれる難しい問題である。)や外国人の就任が不相当なものが少なくないこと、また、外国人にも就任を認めるのが妥当であるか否かは当該具体的職種の職務内容、人事運用の実態等により左右されること、さらには、これまでの内外の法制の歴史等にかんがみると、日本国民に対し解釈上認められる憲法上の公務員就任権の保障は、その権利の性質上、外国人に対しては及ばないものと解するのが相当である(国の基本法である憲法において公務員の職種を区別してその一部については外国人の公務員就任権を保障していると解することは、明文の規定がない以上、妥当であるとは思われない。)。憲法は、外国人に対しては、公務員就任権を保障するものではなく、憲法上の制限の範囲内において、外国人が公務員に就任することができることとするかどうかの決定を立法府の裁量にゆだねているものというべきである。
2 そこで、地方公務員に関する法制をみると、地方公務員法は、外国人を一般の地方公務員に就任させることができるかどうかについて規定を置いていないし、その就任を禁止する規定も置いていないから、地方公共団体は、外国人を当該地方公共団体の職員に採用できることとするか否かについて、裁量により決めることができるものといわなければならない。すなわち、我が国の現行法制上、外国人に地方公務員となり得るみちを開くか否かは、当該地方公共団体の条例、人事委員会規則等の定めるところにゆだねられているのである。
そして、地方公共団体のこの裁量権は、オール・オア・ナッシングの裁量のみが認められるものではなく、一定の職種のみに限って外国人に公務員となる機会を与えることはもちろん、職務の内容と責任を考慮し昇任の上限を定めてその限度内で採用の機会を与えること、さらには、一定の職種のみに限り、かつ、一定の昇任の上限を定めてその限度内で採用の機会を与えることも許されると解されるのであって、その判断については、裁量権を逸脱し、あるいは濫用したと評価される場合を除き、違法の問題を生じることはないと解される(この点に関する詳細については、上田裁判官の意見を援用する。)。
労働基準法112条により地方公務員にも適用があるものとされる同法3条との関係についていうと、外国人に地方公務員に就任する門戸を開くか否かについては地方公共団体の判断にゆだねられていると考える私のような見解によると、外国人に対し一定の職種の地方公務員に就任するみちを全く開放しないこととしても、原則として違法の問題が生じないのに、その一部開放である昇任限度を定めた開放措置については裁量に関し制約が伴うこととなるのは、甚だ不合理なことであり、また、それでは外国人に対する公務員となるみちの門戸開放を不必要に慎重にさせるおそれもあると思われる。したがって、労働基準法3条は、門戸を開く裁量については適用がなく、開かれた門戸に係るその枠の中での運用において適用されるにとどまるものと解することになる。
3 本件においては、多数意見の4(3)の第1段に記述されているのと同様の理由により、上告人(東京都)において職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めていたことが、裁量権の逸脱・濫用として違法性を帯びることはなく、したがって、上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はないと考える次第である。
4 なお、付言すると、公務員の職種の中には外国人が就任しても支障がないと認められるものがあり、国際化が進展する現代において、定住外国人に対しそれらの公務員となるみちの門戸を相当な範囲で開放してゆくことは、時代の流れに沿うものということができるし、また、被上告人のような特別永住者がその一層の門戸開放を強く主張すること自体については、よく理解できる。しかし、この問題は、私の見解からすると、基本的には、政治的ないしは政策的な選択の当否のレベルで議論されるべきことであって、違憲、違法の問題が生ずる事柄ではないということである。
+意見
裁判官上田豊三の意見は、次のとおりである。
私は、上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はなく、これが違法であるとして被上告人の慰謝料請求を認容すべきものとした原審の判断は是認することができないとする多数意見に賛成するものであるが、その理由を異にする。
1 憲法は、在留外国人につき我が国の公務員に就任することができる地位を保障するものではなく、在留外国人が公務員に就任することができることとするかどうかの決定を立法府の裁量にゆだねているものと解するのが相当である。
ところで、地方公務員法は、在留外国人の地方公務員への就任につき、これを就任させなければならないとする規定も、逆にこれを就任させてはならないとする規定も置いていない。したがって、同法は、この問題につき、それぞれの地方公共団体が条例ないし人事委員会規則等において定め得るという立場(すなわち、当該地方公共団体の裁量にゆだねるという立場)に立っているものと解されるのである。
2 それぞれの地方公共団体は、在留外国人の地方公務員への就任の問題を定めるに当たり、ある職種について在留外国人の就任を認めるかどうかという裁量(便宜「横軸の裁量」という。)を有するのみならず、職務の内容と責任に応じた級についてどの程度・レベルのものにまでの就任(昇任)を認めるかどうかについての裁量(便宜「縦軸の裁量」という。)をも有するものと解すべきである。換言すれば、在留外国人の地方公務員への就任の問題をどのような制度として(横軸・縦軸の両面において)構築するかは、それぞれの地方公共団体の裁量にゆだねられていると解されるのである(民間事業の経営者がどのような種類の、またどのような規模の事業を経営するかは、その経営者の自由な選択にゆだねられており、たとえ在留外国人を雇用する予定であったとしても、その選択は労働基準法3条により制約されるものではなく、その事業に雇用された在留外国人は、その経営者の選択した事業の種類・規模の範囲において同条による保護を主張することができるにすぎない。すなわち、同条は、経営者による事業の種類・規模の選択に当たっては制約原理としては働かないのであり、同様に、地方公共団体が在留外国人の地方公務員制度を構築するに当たっても、同条は制約原理として働かないものと解すべきである。)。
3 この地方公共団体の裁量にも限界があり、裁量権を逸脱したり、濫用したと評価される場合には、違法性を帯びることになる。縦軸の裁量における限界については、私は、現在、次のように理解すべきものと考えている。すなわち、当該地方公共団体が縦軸の裁量として行使したところが、地方公務員法を中心とする地方公務員制度全体から見ておよそ許容することができないと思われる場合には、裁量の限界を超えていると解することになる。例えば、地方公務員のうち、地方公共団体の公権力の行使に当たる行為若しくは地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い、又はこれに関与する者について、解釈上、その就任に日本国籍を有することを必要とするものがあるとされる場合に、地方公共団体がそのような地方公務員にも在留外国人の就任を認めることとしたとき(すなわち、在留外国人への門戸を開放しすぎた場合、換言すれば縦軸の裁量の行使が広すぎた場合)には、裁量の限界を超えていると解することになる。また、逆に、例えば、在留外国人については、その給与を特段の事情もないのに初任給程度に限定することとし、そのような級に相当する職務を専ら行うものと位置付けて地方公務員への就任を認めることとしたような場合(すなわち、門戸の開放が極端に狭い場合、換言すれば縦軸の裁量の行使があまりにも狭すぎる場合)には、在留外国人を蔑視し、在留外国人に苦痛のみを与える制度として、あるいは在留外国人の労働力を搾取する制度として構築したものとして地方公務員制度上のいわば公序良俗に反し、裁量の限界を超えていると解することになろう。
そして、在留外国人の地方公務員への採用につき当該地方公共団体の構築した制度が裁量の限界を超えていないと判断される場合には、在留外国人に対しその制度上許容される範囲を超えた取扱いをしなくても、違法の問題は起きないことになる。なお、その構築した制度の範囲内においては、労働基準法3条や地方公務員法13条の平等取扱いの原則の精神に基づき、在留外国人同士あるいは在留外国人と日本人との間において平等取扱い等の要請が働くことになる。
4 本件においては、上告人は保健婦(当時)について在留外国人の就任を認めることとしたが、課長級以上の管理職についてはこれを認めないこととしたというものであるところ、その制度は、上記に述べたような縦軸の裁量の限界を超えているものではなく、その裁量の範囲内にあるものとして、違法性を帯びることはないというべきである。
したがって、上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はないと解すべきである。
+反対意見
裁判官滝井繁男の反対意見は、次のとおりである。
1 私も、外国籍を有する者が我が国の公務員に就任するについては、国民主権の原理から一定の制約があるほか、一定の職に就任するにつき日本国籍を有することを要件と定めることも、法律においてこれを許容し、かつ、合理的な理由がある限り、認めるものである。しかしながら、上告人のように、多数の者が多様な仕事をしている地方公共団体において、その管理職に就く者が、その職務の性質にかかわらず、すべて日本国籍を有しなければならないものとすることには、その合理的根拠を見いだすことはできない。したがって、上告人が管理職選考において日本国籍を有することを受験資格とした措置は、在留外国人である職員に対し国籍のみによって昇任のみちを閉ざしたものであり、憲法14条に由来し、国籍を理由として差別することを禁じた労働基準法3条の規定に反する違法なものであると考える。以下、その理由を述べる。
2(1) 国民主権の原理の下では、統治に参加することができるのはその国に帰属する者だけであって、参政権を保障されているのはその国民だけである。そして、国民は統治の担い手となる者を自由に選び得るのであるが、国の主体性の維持及び独立の見地から、統治権の重要な担い手になる者については外国人を排除すべきものとされているのである。
(2) 憲法15条1項は、公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であると定めているが、これは、国民主権の原理に基づいたものであって、権利の性質上この規定による保障は我が国に在留する外国人には及ばないものと解されているのである。
(3) 憲法93条2項は、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定める公務員についてもその地方公共団体の住民が直接選挙すると規定しているが、ここで権利を保障されているのも日本国民に限られている。
我が国実定法も、これに基づいて公務員の選定に関する規定を置いており、地方公共団体についていえば、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権、被選挙権を国民に限定する(地方自治法11条、18条、19条)ほか、国民にのみ、議会解散請求権、議会の議員、長、副知事若しくは助役、出納長若しくは収入役、選挙管理委員若しくは監査委員又は公安委員会委員並びに教育委員会委員の解職請求権などを認めているのである(同法13条)。
しかしながら、我が国憲法は、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務についてはその地方の住民の意思に基づいて、地方公共団体で処理することを保障していることから、我が国に在留する外国人のうち、その居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つ者については、その意思をその地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるため、法律によって、地方公共団体の長、その議員等に対する選挙権を付与することを禁止しているものではないのである(最高裁平成5年(行ツ)第163号同7年2月28日第三小法廷判決・民集49巻2号639頁参照)。
すなわち、我が国実定法は、一定の公務員に関する選挙権及び被選挙権については日本国民に限定してこれを付与しているが、そうであるからといって、参政権の側面を持つ権利のすべてについて、国民主権の原理からの帰結として当然に、その保障が日本国民に限られることになるというものではないのである。
(4) 本件で問題になっているのは、選挙権、被選挙権のように、その憲法上の保障が日本国民に限られることが国民主権の原理から帰結される権利ではなく、ある公務に就くことができるかどうかの資格である。すべての公務員の選任は、終局的には国民の意思に懸かるべきものであって、その意味でその選任に参政権的な側面があるとしても、すべての公務員に就任するについてその職務の性質を問うことなく、国民主権の原理の当然の帰結として日本国籍が求められているというものではないのである。
私は、地方行政においては、国民による統治の根本へのかかわり方が国政とは異なることを考えれば、国民主権の見地からの当然の帰結として日本国籍を有する者でなければならないものとされるのは、地方行政機関については、その首長など地方公共団体における機関責任者に限られるのであって、その余の公務員への就任については、憲法上の制約はなく、立法によって制限し得るにしろ、立法を待つことなく性質上当然のこととして日本国籍を有する者に制限されると解すべき根拠はないものと考える。
(5) 多数意見は、そのいうところの公権力行使等地方公務員は、その職務の遂行が住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものであるから、国民主権の原理に基づき、その統治の在り方について日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであることに照らし、原則として日本国籍を有しない者がこれに就任することは本来我が国の法体系の想定するところではないというのである。
しかしながら、我が国の地方公共団体にはその意思決定機関として議会が置かれている一方で、執行機関は、地方公共団体の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し、執行する義務を負うとされているところ(地方自治法138条の2)、法規定上、その名において執行する権限を有するのは、知事、市町村長等の長又は行政委員会だけであって、副知事、助役、その他の補助職員は長を補助するにとどまるものである(同法161条以下)。
もっとも、長は、実際の事務をしばしば補助機関に委任したり、代理させたりしており(地方自治法152条、153条)、また、一つの行政決定は、補助機関の検討を経て最終的に行政庁の名で表示されるというのが通例であるから、地方公共団体の行政運営、組織運営にかかわる重要な事項が実務的には補助機関において行われているとみるべきことは事実である。しかしながら、これらの者は長の指揮監督の下でその職務を行うものであって(同法154条)、その職務を遂行するに当たって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、かつ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないものである(地方公務員法32条)。すなわち、これらの者は、法規定上、地方公共団体の長がその判断と責任において行う事務の執行を補助するものとしてその任に当たっているのである。したがって、その関与する仕事が重要なものであっても、主権の行使との関係でみる限りは、補助機関の地位は、長のそれとは質的に異なるものである。憲法93条2項が、地方公共団体の長に限り、住民の公選によることを保障し、その余の公務員については公選によることにするかどうかを立法政策にゆだねているのも、その性質の相違によるものである。その職務の住民生活へのかかわり方に重要性があるからといって、補助機関への就任について、長への就任と同じく日本国籍を要求することを国民主権の原理から当然に法体系が想定しているとまでいうことはできないと考える。
3 このように、外国人が地方公共団体の長の補助機関に就任するについては、国民主権の原理に基づく制約はない。昇格等を伴う補助機関に昇任することができる資格は労働基準法3条にいう労働条件に当たるから、既に職員に採用された者は、同条の適用により上記の資格を有する。職員に採用された外国人についても、これと別異に解する理由はない。
しかしながら、国民主権の原理に基づく制約がない職であっても、そのすべてについて外国人が当然にその職に就任することができる資格を認めなければならないというわけではない。一定の職について日本の国籍を有する者だけが就任することができるとすることも、法律においてこれを許容し、かつ、合理的な理由がある限り、許される。すなわち、執行機関は地方公共団体の事務を誠実に管理し、執行すべきところ、それが適切に行われることについては、住民の理解と支持を得ることが必要であって、公務における外国人の影響の排除を求める住民の一般的規範意識や公務員観からみて、法律によって、ある種の職に就任するについては日本国籍を有することを要件と定めることはできると解される。
のみならず、ある職にどのような人材を配するかは、その仕事の内容と職員の資質を勘案し、個別具体的に検討し決定されるべきものであって、その判断は法律に反しない限り、使用者の広い裁量にゆだねられているところである。したがって、地方公共団体がある種の公務、例えば、高度な判断や広範な裁量を伴うもの、あるいは直接住民に対して命令し強制するものについて、住民の理解と信頼という観点から日本国籍を有する者のみを充てることとすることには合理性を認め得るのであって、そのような措置を執ることは地方公務員法が許容していると解されるから、そのような措置を執ったことをもって合理的理由に基づかない差別ということはできない。
4(1) しかしながら、上告人は、管理職の職務の内容等を考慮して一定の職への就任につき資格を制限したというのではなく、すべての管理職から一律に外国人を排除することとしていたのである。本件で問題となるのは、そのような上告人の措置に合理性があるかどうかである。
職員の昇任における不平等な取扱いもそのことに合理的な理由があれば差別となるものではないが、その合理性は使用者において明らかにすべきところ、本件において上告人はそれを明らかにしているとはいえない。なぜならば、仮に地方公共団体の長の補助職員の中に法体系上日本国籍を有することを要件とすることが想定される職のあることを是認し得るとしても、そのことからすべての管理職を日本国籍を有する者でなければならないとすることにまで合理性があるとし、管理職選考において一律に外国人である職員を排除することもできると解するのは相当でなく、ほかに、上記の措置を執らなければ任用制度の適正な運用ができないことなどは明らかにされていないからである。
(2) 一般に管理職というとき、それは、部下を掌握し管理する地位にある者をいい、部長、課長などの組織上の名称を付されていることが多いが、部下の管理監督を行わない者も、処遇の均衡上管理職と同じ扱いを受けていることがある(そのほかに、重要な行政上の決定を行い又はそれに参画する地位にある職員及び他の職員に対し監督的地位に立つ職員を、職員団体の組織等に制約を受ける管理職員とするという制度も採られている。)。このような管理職は、各地方公共団体が具体的な任用制度を構築するに当たり、民主的効率的な公務員制度や人事行政を実現することなどの見地から設けたものであって、ある職の就任から外国籍の者を排除する必要があるかどうかについて基準となるべき主権の行使への関与の度合いの高いものを選び出して定めたというようなものではない。
(3) 多数意見は、公権力行使等地方公務員の職を公務員の中での上級公務員として位置付けた上で、これに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべきものとして下位の管理職を設けるなどして、その一体的な管理職任用制度を構築し、人事の適正な運用を図ることも地方公共団体はその判断ですることができ、そのためにすべての管理職に昇任することのできる者を日本国籍を有する職員に限定しても、そのことによって国籍を理由とする不当な差別をしたことにはならず、労働基準法3条に違反したことにはならないというのである。
確かに管理職に就いた者に特定の職種の職務だけを担当させるという任用管理をしないことは、それなりの合理性を持つものと考えられる。しかしながら、ここで問題とされるべきことは、管理職に昇任すれば、公権力行使等地方公務員に就くことがあり得ることを理由に、すべての管理職の資格として日本国籍を要件とすることの当否である。
住民の権利義務を形成するなどの公権力の行使に当たる行為を行い、若しくは地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画する地方公務員という限定は、それだけでは必ずしもその範囲を明確にし得るものではなく、際限なく広がる可能性を持つものであるが、私は、その中で国民主権の原理に基づいて日本国籍を有する者のみが就任することが想定されているものとして説明し得る職は、仮にそれを肯定するとしても、高度な判断や広範な裁量を伴うもの、あるいは直接住民に対して命令し強制するものなどに限られるのであり(3の末尾を参照)、その数がそれほど多数になることはないと考える。
今日、地方公共団体の扱う職務は私企業のそれと差異のみられない給付行政的なものに拡大し、本来的には非権力的行政といわれるものが多くみられるようになってきており、職務全般における権力性は減少しているため、公務員職の概念にも変容がみられるのであって、今日の国民の規範意識に照らせば、国民主権の見地から、その能力を度外視して外国人であるというだけの理由で排除しなければならないと考えられる職は限られたものであると考える。したがって、相当数ある管理職の中には日本国籍を有する者に限って就任を認め得るものがあるとしても、そのために管理職の選考に当たって、すべて日本国籍を有する者に限定しなければその一体的な任用管理ができないとは到底考えられないのである。
(4) 上告人の職員の中で、多数意見のいう公権力行使等地方公務員の数がどれだけのものになるのか必ずしも明らかではない。しかしながら、原判決の認定するところによれば、上告人の平成9年4月1日現在の一般管理職(警視庁及び消防庁を除く。)の総数は2500に及ぶというのであって、その中には、相当数の公権力行使等地方公務員以外のものが含まれていると思われるのである。しかるに、上告人は、課長級の職は、事案の決定権限を有するか、その決定過程に関与するものであり、公の意思形成に参画するものであるとし、そのことを理由に管理職選考において日本国籍を要求することは合理性があると主張するのみで、管理職全体の中で上級の管理職と位置付けられ、日本国籍を要件とすることが法体系上想定されていると考え得る管理職がどの程度いるのかについて明らかにしていないのである。
しかしながら、そのような管理職の数が相当数に及ぶこと、そして、終始特定の職務だけを担当させるという任用管理をしていないため、下位の管理職にも日本国籍を有することを要件としなければ一体的な任用制度の運用ができないことを明らかにすればともかく、そうでなければ、あらゆる管理職について日本国籍を有することを選考の受験資格とすることの合理性を明らかにしたものということはできない。
結局、上告人は、管理職選考に当たって一律に日本国籍を要件とすることが不合理な差別ではなく、違法でないといえるだけの合理性を明らかにしておらず、上告人の執った措置は外国人である職員に対し違法な差別をするものといわざるを得ないのである。
(5) また、管理職に就くことの適否は、職員本人の資質、能力等によって決せられるべきところ、上告人においては、管理職選考に合格し、任用候補者名簿に登録された後、最終的な選考を経て管理職に任用されるのは数年後のことであるというのであって、その間に合格した職員が管理職としての資質等を備えているかどうかについては十分観察し、吟味する機会があるのである。
したがって、本件で問題となった管理職選考は、管理職に昇任する候補者の選考の段階ともいうべきものであって、管理職としての適性の有無を判定するという見地からみても、日本国籍を有しないことを理由に一律に排除するまでの必要性は認められないのである。
(6) 今日、人間の経済文化活動はその活動領域を国境を越えて広げてきており、一般的にいって、国民と外国人との観念的な差異を意識することは減少しつつあるといってよい。特に地方公共団体では、外国籍を有する者もその社会の一員として責務を果たしている以上、国民と同等の扱いを求め得るということ(地方自治法10条参照)に対する理解は広がりつつあって、公務員としての適性は、国籍のいかんではなく、住民全体の奉仕者として公共の利益のために職務を遂行しているかどうかなどのことこそが重要性を持つということが、改めて認識されるようになってきているのである。そして、管理職選考に合格した職員がそのような観点からみて管理職としての適性を備えているかどうかの判定は、管理職選考に合格された後の勤務の実績等をみた上ですることもできることであって、国籍もその一つの判断の材料になることがあり得るにしろ、外国籍であることをこのような管理職選考の段階で絶対的障害としなければならない理由はないのである。
付言するに、記録によれば、被上告人は日本人を母とし、日本で生まれ、我が国の教育を受けて育ってきた者であるが、父が朝鮮籍であったことから、日本国との平和条約の発効に伴い、本人の意思とは関係なく日本国籍を失ったものである。我が国の場合、被上告人のように、この平和条約によって日本国籍を失うことになったものの、永らく我が国社会の構成員であり、これからもそのような生活を続けようとしている特別永住者たる外国人の数が在留外国人の多数を占めているところ、本件のような国籍条項は、そのような立場にある特別永住者に対し、その資質等によってではなく、国籍のみによって昇任のみちを閉ざすこととなって、格別に過酷な意味をもたらしていることにも留意しなければならない。このような見地からも、我が国においては、多様な外国人を一律にその国籍のみを理由として管理職から排除することの合理性が問われなければならないものと考えるのである。
(7) 以上のとおりであるから、日本国籍を有しないというだけで管理職選考の受験の機会を与えず、一切の管理職への昇任のみちを閉ざすというのは、人事の適正な運用を図るというその目的の正当性は是認し得るにしろ、それを達成する手段としては実質的関連性を欠き、合理的な理由に基づくものとはいえないと考えるのである。
5 したがって、上告人が、日本国籍を有しないことのみを理由として被上告人に管理職選考の受験の機会を与えなかったのは、国籍による労働者の違法な差別といわざるを得ない。また、このような差別が憲法14条に由来する労働基準法3条に違反するものであることからすれば、国家賠償法1条1項の過失の存在も肯定することができるので、被上告人の請求を認容した原判決は結論において正当であり、本件上告は棄却すべきものと考える。
+反対意見
裁判官泉德治の反対意見は、次のとおりである。
1 被上告人は、昭和25年に岩手県で出生した特別永住者であり、日本の法律に従い昭和61年に看護婦免許、昭和63年に保健婦免許をそれぞれ受け、同年4月に東京都日野保健所の保健婦として採用され、平成5年4月から東京都八王子保健所西保健相談所に4級職主任の保健婦として勤務していた(なお、記録によると、被上告人の母は、日本人であったが、昭和10年に日本において朝鮮人と婚姻し、内地戸籍から除籍されて朝鮮戸籍に入籍し、日本国との平和条約の発効に伴い日本国籍を喪失した。また、被上告人は、日本において、義務教育を受け、高等学校、専門学校を卒業している。)。
2 被上告人は、東京都人事委員会により、日本国籍を有しないことを理由として、平成6年度及び平成7年度の管理職選考(以下「本件管理職選考」という。)の受験を拒否された。管理職選考の受験資格として日本国籍を有することが必要であることを定めた東京都条例や東京都人事委員会規則はない。東京都人事委員会は、平成6年度管理職選考実施要綱では、日本国籍の要否について触れていなかったが、平成7年度管理職選考実施要綱で、初めて、受験資格として日本国籍を有することが必要であることを定めた。
3 国家は、国際慣習法上、外国人を自国内に受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、自由に決定することができるものとされている(最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁、最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。国は、国家主権の一部として上記のような自由裁量権を有するのであり、地方公共団体にはかかる裁量権がないから、地方公共団体は、国が日本における在留を認めた外国人について、当該地方公共団体内における活動を自由に制限できるものではない。
4 そこで、まず、特別永住者が地方公務員(選挙で選ばれる職を除く。以下同じ。)となり得るか否かに関連して、国が法令においてどのような定めをしているかを見ることとする。
(1) 国は、日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法3条において、特別永住者に対し日本で永住することができる地位を与えている。特別永住者は、出入国管理及び難民認定法2条の2第1項の「他の法律に特別の規定がある場合」に該当する者として、同法の在留資格を有することなく日本で永住することができ、日本における就労活動その他の活動について同法による制限を受けない。そして、地方公務員法等の他の法律も、特別永住者が地方公務員となることを制限してはいない。(2) 憲法3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶと解すべきである(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。そして、憲法14条1項が保障する法の下の平等原則は、外国人にも及ぶ(最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁参照)。また、憲法22条1項が保障する職業選択の自由も、特別永住者に及ぶと解すべきである。
5 上記のように、国家主権を有する国が、法律で、特別永住者に対し永住権を与えつつ、特別永住者が地方公務員になることを制限しておらず、一方、憲法に規定する平等原則及び職業選択の自由が特別永住者にも及ぶことを考えれば、特別永住者は、地方公務員となることにつき、日本国民と平等に扱われるべきであるということが、一応肯定されるのである。
6 そこで、次に、地方公共団体において、特別永住者が地方公務員となることを、一定の範囲で制限することが許されるかどうかを検討する。
(1) 憲法14条1項は、絶対的な平等を保障したものではなく、合理的な理由なくして差別することを禁止する趣旨であって、各人の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら上記規定に違反するものではない(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)。また、憲法22条1項は、「公共の福祉に反しない限り」という留保の下に職業選択の自由を認めたものであって、合理的理由が存すれば、特定の職業に就くことについて、一定の条件を満たした者に対してのみこれを認めるということも許される(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。
(2) 憲法前文及び1条は、主権が国民に存することを宣言し、国政は国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使することを明らかにしている。国民は、この国民主権の下で、憲法15条1項により、公務員を選定し、及びこれを罷免することを、国民固有の権利として保障されているのである。そして、国民主権は、国家権力である立法権・行政権・司法権を包含する統治権の行使の主体が国民であること、すなわち、統治権を行使する主体が、統治権の行使の客体である国民と同じ自国民であること(これを便宜上「自己統治の原理」と呼ぶこととする。)を、その内容として含んでいる。
地方公共団体における自治事務の処理・執行は、法律の定める範囲内で行われるものであるが、その範囲内において、上記の自己統治の原理が、自治事務の処理・執行についても及ぶ。そして、自己統治の原理は、憲法の定める国民主権から導かれるものであるから、地方公共団体が、自己統治の原理に従い自治事務を処理・執行するという目的のため、特別永住者が一定範囲の地方公務員となることを制限する場合には、正当な目的によるものということができ、その制限が目的達成のため必要かつ合理的な範囲にとどまる限り、上記制限の合憲性を肯定することができると解される。
ただし、国が法律により特別永住者に対し永住権を認めるとともに、その活動を特に制限してはいないこと、地方公共団体は特別永住者の活動を自由に制限する権限を有しないこと、地方公共団体は法律の範囲内で自治事務を処理・執行する立場にあることを考慮すれば、地方公共団体が、自己統治の原理から特別永住者の就任を制限できるのは、自己統治の過程に密接に関係する職員、換言すれば、広範な公共政策の形成・執行・審査に直接関与し自己統治の核心に触れる機能を遂行する職員、及び警察官や消防職員のように住民に対し直接公権力を行使する職員への就任の制限に限られるというべきである。自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員への就任の制限を、自己統治の原理でもって合理化することはできない。
(3) また、地方公共団体は、自治事務を適正に処理・執行するという目的のために、特別永住者が一定範囲の地方公務員となることを制限する必要があるというのであれば、当該地方公務員が自己統治の過程に密接に関係する職員でなくても、合理的な制限として許される場合もあり得ると考えられる。
ただし、特別永住者は、本来、憲法が保障する法の下の平等原則及び職業選択の自由を享受するものであり、かつ、地方公務員となることを法律で特に制限されてはいないのである。そして、職業選択の自由は、単に経済活動の自由を意味するにとどまらず、職業を通じて自己の能力を発揮し、自己実現を図るという人格権的側面を有しているのである。
その上、特別永住者は、その住所を有する地方公共団体の自治の担い手の一人である。すなわち、憲法8章の地方自治に関する規定は、法律の定めるところによりという限定は付しているものの、住民の日常生活に密接に関連する地方公共団体の事務は、国が関与することなく、当該地方公共団体において、その地方の住民の意思に基づいて処理するという地方自治の制度を定め、「住民」を地方自治の担い手として位置付けている。これを受けて、地方自治法10条は、「市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う。」と規定し、「住民」が地方自治の運営の主体であることを定めている。そして、この住民には、日本国民だけでなく、日本国民でない者も含まれる。もっとも、同法は、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権・被選挙権(11条、18条、19条)、条例制定改廃請求権(12条)、事務監査請求権(12条)、議会解散請求権(13条)、議会の議員、長、副知事若しくは助役、出納長若しくは収入役、選挙管理委員若しくは監査委員又は公安委員会若しくは教育委員会の委員の解職請求権(13条)など、地方参政権の中核となる権利については、日本国民たる住民に限定しているが、原則的には、日本国民でない者をも含めた住民一般を地方自治運営の主体として位置付け、これに住民監査請求権(242条)、住民訴訟提起権(242条の2)なども付与している。特別永住者は、上記のような制限はあるものの、当該地方公共団体の住民の一人として、その自治事務に参加する権利を有しているものということができる。当該地方公共団体の住民ということでは、特別永住者も、他の在留資格を持って在留する外国人住民も、変わるところがないといえるかも知れないが、当該地方公共団体との結び付きという点では、特別永住者の方がはるかに強いものを持っており、特別永住者が通常は生涯にわたり所属することとなる共同社会の中で自己実現の機会を求めたいとする意思は十分に尊重されるべく、特別永住者の権利を制限するについては、より厳格な合理性が要求される。
以上のような、特別永住者の法的地位、職業選択の自由の人格権的側面、特別永住者の住民としての権利等を考慮すれば、自治事務を適正に処理・執行するという目的のために、特別永住者が自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員となることを制限する場合には、その制限に厳格な合理性が要求されるというべきである。換言すると、具体的に採用される制限の目的が自治事務の処理・執行の上で重要なものであり、かつ、この目的と手段たる当該制限との間に実質的な関連性が存することが要求され、その存在を地方公共団体の方で論証したときに限り、当該制限の合理性を肯定すべきである。
7 以上の観点から、東京都人事委員会が特別永住者である被上告人に対し本件管理職選考の受験を拒否した行為が許容されるものかどうかを検討する。
(1) 本件管理職選考は、「課長級の職」への第一次選考である。課長級の職には、自己統治の過程に密接に関係する職員が含まれていることは明らかで、自己統治の原理に従い自治事務を処理・執行するという目的の下に、特別永住者が上記職員となることを制限しても、それは合理的制限として許容される。
しかし、本件管理職選考は、知事、公営企業管理者、議会議長、代表監査委員、教育委員会、選挙管理委員会、海区漁業調整委員会又は人事委員会に任命権がある職員の課長級の職への第一次選考であって、選考対象の範囲が極めて広く、「課長級の職」がすべて自己統治の過程に密接に関係する職員であると当然にいうことはできない。
上告人は、課長級の職は、事案の決定権限を有するか、事案の決定権限は有しないが事案の決定に参画することにより、すべて事案の決定過程に関与しているものであり、公の意思の形成に参画しているものである、と主張する。しかし、事案の決定あるいは公の意思の形成といっても、その内容・性質は各種・各様であって、地方公共団体の課長級の職員が行うこれらの行為のすべてが、広範な公共政策の形成・執行・審査に直接関与し自己統治の核心に触れる機能を遂行するものと評価することは困難である。
もともと、課長級の職員も、地方公務員の一員として、政治的行為をすることを禁じられているとともに、その職務を遂行するに当たって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、かつ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない義務を負っていることに留意すべきである(地方公務員法32条及び36条参照)。
また、原審は、上告人の管理職の中には、計画の企画や専門分野の研究を行うなどのスタッフとしての職務を行い、事案の決定権限を有せず、事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ない管理職も若干存在していることを指摘している。
そして、上告人の東京都組織規程(昭和27年東京都規則第164号)によると、知事及び出納長の権限に属する事務を処理するための機関だけでも、8条で掲げる「本庁」の局・室・課のほか、31条及び別表3で掲げる「本庁行政機関」、34条及び別表4で掲げる「地方行政機関」(その一つである保健所だけでも8箇所存在する。)及び37条で掲げる「附属機関」があり、上告人は、多数の機関で広範な事務を処理している。
さらに、上告人は、職員の給与に関する条例(昭和26年東京都条例第75号)5条所定の医療職給料表(三)が適用される保健師、助産師、看護師、准看護師の採用については、国籍要件を付していないが、初任給、昇格及び昇給等に関する規則(昭和48年東京都人事委員会規則第3号)3条及び別表第1チ「医療職給料表(三)級別標準職務表」は、7級の標準的な職務として本庁の課長の職務等、8級の標準的な職務として本庁の統括課長の職務等を掲げており、医療職給料表(三)の適用職員が課長級の職員となることを予定している。
以上のような状況からすれば、課長級の職には、自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員が相当数含まれていることがうかがわれるのである。
そうすると、自己統治の原理に従い自治事務を処理・執行するという目的を達成する手段として、特別永住者に対し「課長級の職」への第一次選考である本件管理職選考の受験を拒否するということは、上記目的達成のための必要かつ合理的範囲を超えるもので、過度に広範な制限といわざるを得ず、その合理性を否定せざるを得ない。
(2) 次に、上告人は、本件管理職選考に合格した者は候補者名簿に登載し、数年後に最終的な選考を経て管理職に任用するところ、最終的な選考に合格した者については、職種ごとの任用管理は行っておらず、他の職種の管理職に就かせることもあるとともに、まず出先課長に任用し、次に本庁副参事へ、更に本庁課長へと昇任させる等の任用を行っており、また、同一人を特定の職に退職まで在籍させるということは行っていないから、退職までの昇任過程において必然的に事案決定権限を有する職に就かせることになるので、特別永住者に対し本件管理職選考の受験そのものを拒否することが許される旨主張する。
事案決定権限を行使することがそのまま自己統治の過程に密接に関係することにならないことは、前述のとおりである。上告人の上記主張は、上告人の昇任管理ないし人事管理の下では、本件管理職選考に合格した者はいずれ自己統治の過程に密接に関係する職に就かせることになるから、この昇任管理ないし人事管理政策の遂行のため、特別永住者に対して本件管理職選考の受験そのものを拒否し、「課長級の職」の中で自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員となることも制限することが許されるべきであるとの主張を含むものと解して、その是非を検討することにする。かかる場合の制限が正当化されるためには、前述のとおり、具体的に採用される制限の目的(すなわち、上告人の昇任管理ないし人事管理政策を実施すること。)が自治事務を処理・執行する上において重要なものであり、かつ、この目的と手段たる当該制限(すなわち、特別永住者に対し本件管理職選考の受験を拒否し、「課長級の職」の中の自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員となることを制限すること。)との間に実質的な関連性が存することが必要である。
上告人の上記昇任管理ないし人事管理政策を実施するためという目的は、自治事務を適正に処理・執行する上において合理性を有するものであって、一応の正当性を肯定することができるが、特別永住者に対し法の下の平等取扱い及び職業選択の自由の面で不利益を与えることを正当化するほど、自治事務を処理・執行する上で重要性を有する目的とはいい難い。
また、4級の職員が第一次選考である本件管理職選考に合格しても、直ちに課長級の職に就くわけではなく、更に選考を経て5級及び6級の職をそれぞれ数年間は経験しなければならないのであり、上告人が多数の機関を擁し、多数の課長級の職を設けていることを考えれば、特別永住者に本件管理職選考の受験を認め、将来において課長級の職に昇任させた上、自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員に任用しても、上告人の昇任管理ないし人事管理政策の実施にさほど支障が生ずるものとは考えられず、特別永住者に対し本件管理職選考の受験自体を拒否し、自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員になることを制限するという手段が、上告人の昇任管理ないし人事管理政策の実施という目的と実質的な関連性を有するとはいい難い。
したがって、上記の制限をもって合理的なものということはできない。
8 以上のとおり、特別永住者である被上告人に対する本件管理職選考の受験拒否は、憲法が規定する法の下の平等及び職業選択の自由の原則に違反するものであることを考えると、国家賠償法1条1項の過失の存在も、これを肯定することができるものというべきである。
9 したがって、以上と同旨の原審の判断は正当であり、本件上告は棄却すべきものと考える。
++解説
《解 説》
1 事案の概要
本件は,大韓民国籍の外国人であり,日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に定める特別永住者として我が国に在住するX(控訴人,被上告人)が,昭和63年4月,Y(被控訴人,上告人)に保健婦(その後,保健婦助産婦看護婦法の一部を改正する法律(平成13年法律第153号)により,「保健婦」は「保健師」に改められている。)として採用され,平成6年度及び同7年度に東京都人事委員会の実施した管理職選考を受験しようとしたが,日本の国籍を有しないことを理由に受験が認められなかったため,Yに対し,①管理職選考受験資格の確認を求めると共に,②国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料の支払を請求する事案である。
2 原審等の判断
1審判決は,①に係る訴えを却下し,②の請求を棄却した。これに対し,原判決は,①に関するXの控訴を棄却したが,②については,Yの職員が原告に平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかったことは,Xが日本の国籍を有しないことを理由にXから管理職選考の受験の機会を奪い,課長級の管理職への昇任のみちを閉ざすものであり,憲法22条1項,14条1項に違反する違法な措置であるとして,一審判決のうち②の部分を変更してXの慰謝料請求を一部認容した([原判決の判批]橋本勇・判自177号96頁)。原判決に対しYだけがY敗訴部分につき上告した。
3 上告理由
上告理由は,①憲法上外国人は公務に就任する権利を保障されていないのに,原判決が,その一部の職種への就任について憲法22条1項,14条1項の各規定による保障が及ぶと解したことは,上記各規定の解釈適用を誤った違法がある,②原判決は,Yの管理職の中に,事案の決定権限を有せず,事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ないものも若干存在するとしているが,Yの管理職として任用された者は,事案決定権限を有するか,事案決定過程に関与する地位に置かれることになるのであり,原判決は事実を誤認している,③原判決には,国家賠償法1条1項の解釈適用を誤った違法があるというものである。
4 本判決
本判決は,概要次のとおり判示し,原判決のうちY敗訴部分を破棄し,Xの慰謝料請求を棄却すべきものとした1審判決は正当であるとして,上記部分についてのXの控訴を棄却した。
(1) 地方公務員法は,一般職の地方公務員(職員)に本邦に在留する外国人を任命することができるかどうかについて明文の規定を置いていないが(同法19条1項参照),地方公共団体が,法による制限の下で,条例,人事委員会規則等の定めるところにより職員に在留外国人を任命することを禁止するものではない。
(2) 地方公共団体は,職員に採用した在留外国人について,国籍を理由として,給与,勤務時間その他の勤務条件につき差別的取扱いをしてはならないものとされており(労働基準法3条,112条,地方公務員法58条3項),地方公務員法24条6項に基づく給与に関する条例で定められる昇格(給料表の上位の職務の級への変更)等も上記の勤務条件に含まれるものというべきである。
(3) しかし,上記の定めは,普通地方公共団体が職員に採用した在留外国人の処遇につき合理的な理由に基づいて日本国民と異なる取扱いをすることまで許されないとするものではない。また,そのような取扱いは,合理的な理由に基づくものである限り,憲法14条1項に違反するものでもない。
(4) 管理職への昇任は,昇格等を伴うのが通例であるから,在留外国人を職員に採用するに当たって管理職への昇任を前提としない条件の下でのみ就任を認めることとする場合には,そのように取り扱うことにつき合理的な理由が存在することが必要である。
(5) 地方公務員のうち,住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い,若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とするもの(以下「公権力行使等地方公務員」という。)については,次のように解するのが相当である。すなわち,公権力行使等地方公務員の職務の遂行は,住民の権利義務や法的地位の内容を定め,あるいはこれらに事実上大きな影響を及ぼすなど,住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものである。それゆえ,国民主権の原理に基づき,国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条,15条1項参照)に照らし,原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり,我が国以外の国家に帰属し,その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは,本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。
(6) 普通地方公共団体が,公務員制度を構築するに当たって,公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築して人事の適正な運用を図ることも,その判断により行うことができるものというべきである。そうすると,普通地方公共団体が上記のような管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員とを区別するものであり,上記の措置は,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反するものではないと解するのが相当である。そして,この理は,前記の特別永住者についても異なるものではない。
(7) これを本件についてみると,Xが東京都人事委員会の実施する平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験しようとした当時,Yにおいては,管理職に昇任した職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理を行っておらず,管理職に昇任すれば,いずれは公権力行使等地方公務員に就任することのあることが当然の前提とされていたということができるから,Yは,公権力行使等地方公務員の職に当たる管理職のほか,これに関連する職を包含する一体的な管理職の任用制度を設けているということができる。
そうすると,Yにおいて,上記の管理職の任用制度を適正に運営するために必要があると判断して,職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めたとしても,合理的な理由に基づいて日本の国籍を有する職員と在留外国人である職員とを区別するものであり,上記の措置は,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反するものではない。
5 日本の国籍を有しない者の地方公務員への任用
(1) 本判決は,4の(1)のとおり,地方公務員法は,一般職の地方公務員(職員)に本邦に在留する外国人を任命することができるかどうかについて明文の規定を置いていないが,地方公共団体が,法による制限の下で,条例,人事委員会規則等の定めるところにより職員に在留外国人を任命することを禁止するものではないと判示している。本判決がいう「法による制限」が何を意味するのか,必ずしも明らかではない。
(2) この点に関し,行政解釈により,地方公務員の職のうち公権力の行使又は地方公共団体の意思の形成への参画に携わるものについては,日本の国籍を有しない者を任用することができないとされている(昭和48年5月28日自治公1第28号大阪府総務部長あて公務員第一課長回答)。その反面,公権力の行使又は地方公共団体の意思の形成への参画に携わらない地方公務員となるためには必ずしも日本の国籍を必要としないが,この場合において,日本の国籍を有しない者を任用するかどうかは,当該地方公共団体において判断されるべきものとされている(大平内閣による昭和54年4月13日質問主意書に対する答弁書)。こうした解釈に基づき,自治省公務員第二課長通知(昭和61年6月24日自治公二第33号)は,「保健婦,助産婦,看護婦を採用する場合には,国籍要件を付する必要はない」としている。これがいわゆる公務員に関する当然の法理である。国家公務員法についても同様の行政解釈がされている(鹿兒島重治・森園幸男・北村勇・逐条国家公務員法69ないし70頁,橋本勇・判自177号96頁)。この法理によれば,「公権力の行使又は国家意思の形成に参画する官職」への就任については日本の国籍を要する(昭和23年8月17日法務庁調査一発第155号連絡調整中央事務局第二部長あて法務調査意見長官兼子一回答,昭和28年3月25日法制局一発第29号内閣総理大臣官房総務課長あて法制局第一部長高辻正巳回答)。その理由は,それらの者は,国家に対し単に経済的労務を給付するものではなく,国家からその公権力の行使をゆだねられるものであるから,国家が十分にこれを信頼し得るものであり,また,国家に対し忠誠を誓い,一身を捧げて無定量の義務に服し得るものであることを要すること,一国が他国人を単にその者との間の行為によって自国の官吏に任命することは,上記の忠誠義務とその堅実なる遂行に関しその者の属する国家の対人主権を侵すおそれがあること等にあるとされている。「公権力の行使に携わる公務員」とは,必ずしも直接公権力を行使する者だけに限られるものではなく,公権力の行使に関与する者をも含む趣旨であるとされ,また,「国家意思の形成への参画」とは,国家の活動について,企画,立案,決定等に関与することをいうものであり,この場合の国家の活動は必ずしも権力作用に限られず,非権力作用,さらには私経済作用に属するものも含まれるとされる(前田正道編・法制意見百選370頁)。これに対し,公権力の行使又は国家意思の形成への参画に携わらない公務員となるためには,必ずしも日本の国籍を必要としないものと解されている(昭和30年3月18日12―226人事院事務総長回答,鹿兒島重治・森園幸男・北村勇編・逐条国家公務員法70頁)。職務の内容が,単に学術的若しくは技術的な事務を処理し,又は機械的労務を提供するにすぎないようなものは,ここにいう「公権力の行使」又は「国家意思の形成への参画」には含まれないとされる(前田正道編・法制意見百選370頁)。
(3) 本判決は,4の(5)のとおり,公権力行使等地方公務員については,原則として日本の国籍を有する者がこれに就任することが想定されているとみるべきであるなどと判示している。①この判示と本判決がいう「法による制限」との関係,さらには②本判決がいう「法による制限」と公務員に関する当然の法理との関係については,今後十分な検討を要しよう(藤田裁判官の補足意見を参照)。
6 本件の問題点
憲法が在留外国人に対して公務員に就任し得る資格を平等に認めるという意味で公務就任権を保障しているかどうかは検討を要する問題であるが,本件では,既に地方公共団体の職員(一般職に属するすべての地方公務員。地方公務員法4条1項参照)として採用されたものが管理職に昇任するについて日本の国籍を有することを要することとした地方公共団体の措置が違法かどうかの点が直接問題となる。本件では,在留外国人が我が国の公務員に就任するについて憲法上その地位を保障されているかどうかを判断する必要はない。本判決は,本件の直接の問題点に即して判断しているものと考えられる。
7 地方公共団体の行政組織権と労働基準法3条による制限
(1) 地方公共団体の行政組織権
憲法は,国及び地方公共団体の統治構造の根本を定めるにとどまり,行政組織,これらを担う公務員制度の詳細については,統治権を直接行使する公務員について規定している以外格別規定を置いていない。憲法は,行政組織,公務員制度の詳細についての決定を立法府の判断にゆだねているものと考えられる(憲法73条4号,93条2項参照)。地方自治法は,様々の制約(補助機関その他一定の行政機関については,地方自治法により直接設置され,あるいはその設置が義務付けられている。)を課してはいるが,地方公共団体の長に内部の行政組織の在り方をどのようにするかについての決定権(行政組織権)を与えていると解される(藤田宙靖・行政組織法(新版)269頁)。上記の行政組織権は,法による制限の下で,どのような人事制度を構築するか,そして,地方公務員に誰(どのような人材)を任命するかについての決定権も含むものといえよう。
(2) 地方公共団体の人事に関する決定権と労働基準法3条による制限
上記の行政組織権の一環としての人事に関する決定権は,在留外国人を職員に任命する場合,裁量権を逸脱し,あるいは濫用したと評価される場合を除き,地方公共団体の自由な判断で在留外国人の職員の処遇を日本の国籍を有する職員と異なるものとする制度を設けることを含むであろうか。仮にこれを肯定するならば,職員が管理職に昇任するについて日本の国籍を有することを要することとすることも,当然適法であることになろう。この点に関して問題となるのは労働基準法3条である。
地方公共団体の職員は,国籍,信条又は社会的身分を理由として,給与,勤務時間その他の勤務条件について差別的取扱いを受けないという均等待遇(平等取扱いの原則)の保障を受ける(労働基準法3条,112条,地方公務員法(平成10年法律第112号による改正前のもの)58条3項)。職員の昇格も上記の勤務条件に含まれ,平等取扱いの原則の保障が及ぶ。この保障は,構築された制度の下で特定の職員を個別具体的に差別することを禁止するだけではなく,職員制度として,一般的に在留外国人の昇格を日本人よりも劣位に置く制度を設けて運用することも禁止するものであると考えられる。
本判決(多数意見)の意義は,まず,この点を確認したことにある。さらに,本判決は,上記の平等取扱いの原則が憲法14条1項に基づくものであり,それと同じ内容を労働基準法3条が保障しているという考え方を採っているものと考えられる。金谷裁判官及び上田裁判官の各意見は,上記の各点において多数意見と異なる考え方を採るものである。
(3) 均等待遇(平等取扱いの原則)の保障と合理的な理由に基づく区別
しかしながら,上記の平等取扱いの原則は,絶対的なものではなく,合理的な理由に基づくのであれば,在留外国人の職員について日本人の職員と異なる取扱いをすることも許される。本判決はこのことも明らかにしている。合理的な理由に基づく区別が憲法14条1項に違反するものでないことは,最高裁判所の判例(最大判昭39.5.27〔昭37(オ)第1472号〕民集18巻4号676頁,判タ164号75頁,最大判昭39.11.18〔昭37(あ)第927号〕刑集18巻9号579頁,判タ170号180頁)で確立しているが,本判決は,労働基準法3条についても同様の例外があることを明らかにしたものである。本判決は,労働基準法3条が憲法14条1項の平等原則と同じ内容を保障しているという考え方を採っているので,上記の点は当然の帰結であるといえよう。
(4) 管理職昇任について職員が日本の国籍を有することを要することとする措置とその合理的な理由
① 管理職への昇任は,昇格等を伴うのが通例であるから,在留外国人を職員に採用するに当たって管理職への昇任を前提としない条件の下でのみ就任を認めることとする場合には,そのように取り扱うことにつき合理的な理由が存在することが必要であり,合理的な理由がないにもかかわらず在留外国人に管理職への昇任の機会を与えない制度を設けたとすれば,違法といわざるを得ないことになる。
② 本判決は,地方公務員のうち,住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い,若しくは地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とするものを「公権力行使等地方公務員」と呼び,原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり,我が国以外の国家に帰属し,その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは,本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきであると判示している。
本判決がいう公権力の行使に当たる行為とは,法律上は都道府県知事等が有する許可等の行為を指すものと考えられる。例えば,都市計画区域内等における開発行為の許可(都市計画法29条),同法等に違反した者に対する監督処分(同法81条)等の都市計画法に基づく行為,建築基準法令の規定等に違反した建築物に対する措置等(建築基準法9条ないし11条)の建築基準法に基づく行為,生活保護法による保護の決定(同法19条),病院等の開設の許可(医療法7条),病院等の施設の使用制限禁止命令等(同法24条),病院等の管理者の変更命令(同法28条),病院等の開設許可の取消し等(同法29条),薬局の開設の許可(薬事法5条),医薬品の一般販売業の許可(同法26条),薬種販売業の許可(同法28条),配置販売業の許可(同法30条),医薬品の廃棄等の命令(同法70条),検査命令(同法71条),改善命令等(同法72条),薬局又は医薬品の一般販売業の管理者の変更命令(同法73条),薬局の開設の許可の取消し等(同法75条),精神障害者が,入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めた場合における入院措置等(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律29条,29条の2,29条の2の2,29条の4),一定の感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者に対する健康診断の実施,入院措置等(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律17条,19条,22条,45条ないし48条),結核を伝染させるおそれが著しいと認められる患者に対する従業禁止措置,入所命令(結核予防法28条,29条),地方税の納税の告知(地方税法1条1項7号,同項14号,13条1項)等が挙げられる。また,地方公共団体の重要な施策に関する決定にかかわるものとしては,都市計画(都市計画法15条1項)の原案を作成する行為等がこれに当たるものと思われる。
上記の各行為に関する都道府県知事等の権限のほか,地方公共団体の長が地方公共団体の主要な執行機関として有する広範な権限(法147条ないし149条参照)は,法律の規定(例えば,地方税法3条の2,地域保健法9条)に基づいて権限の委任が行われて行使されるほか,事務決裁規程等の規程により内部的に権限の分配が行われて補助機関により行使される。前記の各行為等に関する地方公共団体の長の権限を権限の委任,専決,代決により行使する補助機関は,本判決にいう公権力行使等地方公務員に当たるものということができよう。そして,公権力行使等地方公務員の権限に係る事務は,その命を受けて事務をつかさどる職員により補助執行される。このような補助執行は,地方公共団体の長及び各部署の長による指揮監督の下に行使されるのであり,これを人事制度の観点からみると,指揮監督権を有する管理職の下に補助執行が行われるということになる。管理職制度がどのようなものであるかは,地方公共団体の長の権限の分配に基づく補助執行の在り方を左右するといえよう。さらに,公権力行使等地方公務員をはじめとする要職に就くに先立って必要な職務経験を積むために上記の補助執行を行う職を務めさせるなど,人事の観点からの考慮も考えられるところである。そうであるとすれば,どのような管理職制度を構築してこれを運営するかは,前述した地方公共団体の行政組織権に基づく判断にゆだねられているものと解するのが相当である。
③ 本判決は,地方公共団体が,公務員制度を構築するに当たって,公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築して人事の適正な運用を図ることも,その判断により行うことができるものというべきであるとし,地方公共団体が上記のような管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員とを区別するものであり,上記の措置は,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反するものではないものと判示している。この判示は,恐らく上に述べたような考え方に基づくものであろう。
④ 本判決は,上の理は,前記の特別永住者についても異なるものではないと判示している。この点については,藤田裁判官の補足意見と泉裁判官の反対意見とを参照されたい。
8 本件についての判断
本判決は,以上のとおり判示した上で,東京都が管理職に昇任すれば公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員に就任することがあることを当然の前提として任用管理を行う管理職の任用制度を設けていたなど判示の事情の下では,職員が管理職に昇任するための資格要件として日本の国籍を有することを定めた東京都の措置は,労働基準法3条,憲法14条1項に違反しないと判示している。
9 個別意見
判示事項1,2につき①藤田裁判官の補足意見,②金谷裁判官,上田裁判官の各意見及び③滝井裁判官,泉裁判官の各反対意見がある。
(1) 藤田裁判官の補足意見は,日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に定める特別永住者の法的地位について考察した上で,特別永住者がそれ以外の外国籍の者から区別され,特に優遇さるべきものとされていると考えるべき根拠はなく,事は,外国籍の者一般の就任可能性の問題として考察されるべきものであるとし,上告人が執った措置が当然に違法と判断されるべきものとまではいえないとするものである。
(2) 金谷裁判官及び上田裁判官の各意見は,地方公共団体は,外国人を当該地方公共団体の職員に採用できることとするか否かについて裁量によりこれを決めることができるのであり,在留外国人の地方公務員への就任の問題を定めるに当たり,ある職種について在留外国人の就任を認めるかどうかという裁量を有するのみならず,職務の内容と責任に応じた級についてどの程度・レベルのものにまでの就任(昇任)を認めるかどうかについての裁量をも有するのであって,その判断については,裁量権を逸脱し,あるいは濫用したと評価される場合を除き,違法の問題を生じることはないとするものである。
(3) 滝井裁判官の反対意見は,管理職の職務の内容等を考慮して一定の職への就任につき資格を制限するというのであればともかく,すべての管理職から一律に外国人を排除することとしていた上告人の措置に合理性があるとはいえないとするものである。
(4) 泉裁判官の反対意見は,特別永住者は,地方公務員となることにつき,法の下の平等原則及び職業選択の自由を享受するものであり,その住所を有する地方公共団体の自治の担い手の一人であることなどからすると,自治事務を適正に処理・執行するという目的のために,特別永住者が自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員となることを制限する場合には,その制限に厳格な合理性が要求されるとするものである。
10 本判決の意義
職員の管理職制度は地方公共団体によって様々であるが,管理職に昇任すれば公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員に就任することがあることを当然の前提として任用管理を行う管理職の任用制度を設けているといえる限りは,本件と同様の判断が当てはまるものと思われ,本判決が以上のとおり判示したことには重要な意義があると考えられる。