Ⅳ 新株予約権の無償割り当ての差止め
1.本件無償割当てがXにとって有する意味
+(新株予約権無償割当て)
第二百七十七条 株式会社は、株主(種類株式発行会社にあっては、ある種類の種類株主)に対して新たに払込みをさせないで当該株式会社の新株予約権の割当て(以下この節において「新株予約権無償割当て」という。)をすることができる。
(新株予約権無償割当てに関する事項の決定)
第二百七十八条 株式会社は、新株予約権無償割当てをしようとするときは、その都度、次に掲げる事項を定めなければならない。
一 株主に割り当てる新株予約権の内容及び数又はその算定方法
二 前号の新株予約権が新株予約権付社債に付されたものであるときは、当該新株予約権付社債についての社債の種類及び各社債の金額の合計額又はその算定方法
三 当該新株予約権無償割当てがその効力を生ずる日
四 株式会社が種類株式発行会社である場合には、当該新株予約権無償割当てを受ける株主の有する株式の種類
2 前項第一号及び第二号に掲げる事項についての定めは、当該株式会社以外の株主(種類株式発行会社にあっては、同項第四号の種類の種類株主)の有する株式(種類株式発行会社にあっては、同項第四号の種類の株式)の数に応じて同項第一号の新株予約権及び同項第二号の社債を割り当てることを内容とするものでなければならない。
3 第一項各号に掲げる事項の決定は、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。ただし、定款に別段の定めがある場合は、この限りでない。
2.新株予約権無償割てと会社法247条
+第二百四十七条 次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第二百三十八条第一項の募集に係る新株予約権の発行をやめることを請求することができる。
一 当該新株予約権の発行が法令又は定款に違反する場合
二 当該新株予約権の発行が著しく不公正な方法により行われる場合
・無償割当ての場合は類推適用。
+判例(H19.8.7)ブルドックソース事件
理由
抗告代理人赤上博人ほかの抗告理由について
1 本件は、相手方の株主である抗告人が、相手方に対し、相手方のする株主に対する新株予約権の無償割当ては、株主平等の原則に反し、著しく不公正な方法によるものであるから、会社法(以下「法」という。)247条1号及び2号に該当すると主張して、これを仮に差し止めることを求める事案である。
2 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
(1) 相手方は、ソースその他調味料の製造及び販売等を主たる事業とする株式会社であり、その発行する株式を株式会社東京証券取引所市場第二部に上場している。平成19年6月8日(以下、月日のみ記載するときは、すべて平成19年である。)時点における相手方の発行可能株式総数は7813万1000株、発行済株式総数は1901万8565株である。
(2) 抗告人は、日本企業への投資を目的とする投資ファンドであり、5月18日時点において、関連法人と併せ、相手方の発行済株式総数の約10.25%を保有している。また、A(以下「A」という。)は、アメリカ合衆国デラウェア州法に基づき、抗告人のために株式等の買付けを行うことを目的として設立された有限責任会社であり、抗告人がそのすべての持分を有している。
(3) Aは、5月18日、相手方の発行済株式のすべてを取得することを目的として、相手方の株式の公開買付け(以下「本件公開買付け」という。)を行う旨の公告をし、公開買付開始届出書を関東財務局長に提出した。当初、本件公開買付けの買付期間は同日から6月28日まで、買付価格は1株1584円とされていたが、6月15日、買付期間は8月10日までに変更され、買付価格も1株1700円に引き上げられた。なお、上記の当初の買付価格は、相手方株式の本件公開買付け開始前の複数の期間における各平均市場価格に抗告人において適切と考える約12.82%から約18.56%までのプレミアムを加算したものとなっている。
(4) 相手方は、5月25日、Aに対する質問事項を記載した意見表明報告書を関東財務局長に提出し、これを受けて、Aは、6月1日、対質問回答報告書(以下「本件回答報告書」という。)を同財務局長に提出した。
(5) 本件回答報告書には、〈1〉抗告人は日本において会社を経営したことはなく、現在その予定もないこと、〈2〉抗告人が現在のところ相手方を自ら経営するつもりはないこと、〈3〉相手方の企業価値を向上させることができる提案等を、どのようにして経営陣に提供できるかということについて想定しているものはないこと、〈4〉抗告人は相手方の支配権を取得した場合における事業計画や経営計画を現在のところ有していないこと、〈5〉相手方の日常的な業務を自ら運営する意図を有していないため、相手方の行う製造販売事業に係る質問について回答する必要はないことなどが記載され、投下資本の回収方針については具体的な記載がなかった。
このため、相手方取締役会は、6月7日、本件公開買付けは、相手方の企業価値をき損し、相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害するものと判断し、本件公開買付けに反対することを決議した。また、相手方取締役会は、同日、本件公開買付けに対する対応策として、〈1〉一定の新株予約権無償割当てに関する事項を株主総会の特別決議事項とすること等を内容とする定款変更議案(以下「本件定款変更議案」という。)及び〈2〉これが可決されることを条件として、新株予約権無償割当てを行うことを内容とする議案(以下「本件議案」という。)を、6月24日に開催予定の定時株主総会(以下「本件総会」という。)に付議することを決定した。本件定款変更議案のうち、新株予約権無償割当てに関する部分の概要は、「相手方は、その企業価値及び株主の共同の利益の確保・向上のためにされる、新株予約権者のうち一定の者はその行使又は取得に当たり他の新株予約権者とは異なる取扱いを受ける旨の条件を付した新株予約権無償割当てに関する事項については、取締役会の決議によるほか、株主総会の決議又は株主総会の決議による委任に基づく取締役会の決議により決定する。この株主総会の決議は特別決議をもって行う。」というものである。
(6) 本件総会において、抗告人は、本件公開買付けに対する対応策の内容、その実施に要する費用の総額、当該対応策が実施された場合における課税上の負担の有無、本件公開買付けが撤回された後に新たな株式の公開買付けが行われる場合の相手方の対応等について質問するにとどまった。そして、本件定款変更議案及び本件議案は、いずれも出席した株主の議決権の約88.7%、議決権総数の約83.4%の賛成により可決された。なお、本件総会において可決された新株予約権の無償割当て(以下、当該新株予約権を「本件新株予約権」といい、その無償割当てを「本件新株予約権無償割当て」という。)の概要は、次のとおりである。
ア 新株予約権無償割当ての方法により、基準日である7月10日の最終の株主名簿及び実質株主名簿に記載又は記録された株主に対し、その有する相手方株式1株につき3個の割合で本件新株予約権を割り当てる。
イ 本件新株予約権無償割当てが効力を生ずる日は、7月11日とする。
ウ 本件新株予約権1個の行使により相手方が交付する普通株式の数(割当株式数)は、1株とする。
エ 本件新株予約権の行使により相手方が普通株式を交付する場合における払込金額は、株式1株当たり1円とする。
オ 本件新株予約権の行使可能期間は、9月1日から同月30日までとする。
カ 抗告人及びAを含む抗告人の関係者(以下、併せて「抗告人関係者」という。)は、非適格者として本件新株予約権を行使することができない(以下「本件行使条件」という。)。
キ 相手方は、その取締役会が定める日(行使可能期間の初日より前の日)をもって、抗告人関係者の有するものを除く本件新株予約権を取得し、その対価として、本件新株予約権1個につき当該取得日時点における割当株式数の普通株式を交付することができる。相手方は、その取締役会が定める日(行使可能期間の初日より前の日)をもって、抗告人関係者の有する本件新株予約権を取得し、その対価として、本件新株予約権1個につき396円を交付することができる(以下、これらの条項を「本件取得条項」という。)。なお、上記金額は、本件公開買付けにおける当初の買付価格の4分の1に相当するものである。
ク 譲渡による本件新株予約権の取得については、相手方取締役会の承認を要する。
(7) 相手方取締役会は、6月24日、本件議案の可決を受けて、本件新株予約権無償割当ての要項を決議するとともに、税務当局に対する確認の結果、株主に対する課税上の問題から、非適格者である抗告人関係者から本件取得条項に基づき本件新株予約権の取得を行うことができないと判断される場合であっても、抗告人関係者の有する本件新株予約権の全部を、相手方として抗告人関係者に何らの負担・義務を課すことなく1個につき396円の支払と引換えに譲り受ける旨決議した(以下、この決議を「本件支払決議」という。)。
3(1) 抗告人は、本件総会に先立つ6月13日、本件新株予約権無償割当てには、法247条の規定が適用又は類推適用されるところ、これは株主平等の原則に反して法令及び定款(以下「法令等」という。)に違反し、かつ、著しく不公正な方法によるものであるなどと主張して、原々審に対し、本件新株予約権無償割当ての差止めを求める仮処分命令の申立て(以下「本件仮処分命令の申立て」という。)をした。
(2) 原々審は、6月28日、株主に対して新株予約権の無償割当てをする場合においても、当該無償割当てが株主の地位に実質的変動を及ぼすときには、法247条の規定が類推適用され、株主平等の原則の趣旨が及ぶとした上で、本件新株予約権無償割当ては、株主平等の原則の趣旨に反して法令等に違反するものではなく、著しく不公正な方法によるものともいえないとして、本件仮処分命令の申立てを却下する旨の決定をした。
(3) 抗告人は、原審に抗告したが、原審は、7月9日、本件新株予約権無償割当てが相手方の企業価値のき損を防止するために必要かつ相当で合理的なものであり、また、抗告人関係者がいわゆる濫用的買収者であることを考慮すると、これは株主平等の原則に反して法令等に違反するものではなく、著しく不公正な方法によるものともいえないとして、抗告を棄却した。
4 本件抗告の理由は、原決定が、本件新株予約権無償割当ては株主平等の原則に反して法令等に違反するものではないとし、著しく不公正な方法によるものともいえないとしたことを論難するものである。
(1) 株主平等の原則に反するとの主張について
ア 法109条1項は、株式会社(以下「会社」という。)は株主をその有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱わなければならないとして、株主平等の原則を定めている。
新株予約権無償割当てが新株予約権者の差別的な取扱いを内容とするものであっても、これは株式の内容等に直接関係するものではないから、直ちに株主平等の原則に反するということはできない。しかし、株主は、株主としての資格に基づいて新株予約権の割当てを受けるところ、法278条2項は、株主に割り当てる新株予約権の内容及び数又はその算定方法についての定めは、株主の有する株式の数に応じて新株予約権を割り当てることを内容とするものでなければならないと規定するなど、株主に割り当てる新株予約権の内容が同一であることを前提としているものと解されるのであって、法109条1項に定める株主平等の原則の趣旨は、新株予約権無償割当ての場合についても及ぶというべきである。
そして、本件新株予約権無償割当ては、割り当てられる新株予約権の内容につき、抗告人関係者とそれ以外の株主との間で前記のような差別的な行使条件及び取得条項が定められているため、抗告人関係者以外の株主が新株予約権を全部行使した場合、又は、相手方が本件取得条項に基づき抗告人関係者以外の株主の新株予約権を全部取得し、その対価として株式が交付された場合には、抗告人関係者は、その持株比率が大幅に低下するという不利益を受けることとなる。
イ 株主平等の原則は、個々の株主の利益を保護するため、会社に対し、株主をその有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱うことを義務付けるものであるが、個々の株主の利益は、一般的には、会社の存立、発展なしには考えられないものであるから、特定の株主による経営支配権の取得に伴い、会社の存立、発展が阻害されるおそれが生ずるなど、会社の企業価値がき損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるような場合には、その防止のために当該株主を差別的に取り扱ったとしても、当該取扱いが衡平の理念に反し、相当性を欠くものでない限り、これを直ちに同原則の趣旨に反するものということはできない。そして、特定の株主による経営支配権の取得に伴い、会社の企業価値がき損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるか否かについては、最終的には、会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきものであるところ、株主総会の手続が適正を欠くものであったとか、判断の前提とされた事実が実際には存在しなかったり、虚偽であったなど、判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り、当該判断が尊重されるべきである。
ウ 本件総会において、本件議案は、議決権総数の約83.4%の賛成を得て可決されたのであるから、抗告人関係者以外のほとんどの既存株主が、抗告人による経営支配権の取得が相手方の企業価値をき損し、相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害することになると判断したものということができる。そして、本件総会の手続に適正を欠く点があったとはいえず、また、上記判断は、抗告人関係者において、発行済株式のすべてを取得することを目的としているにもかかわらず、相手方の経営を行う予定はないとして経営支配権取得後の経営方針を明示せず、投下資本の回収方針についても明らかにしなかったことなどによるものであることがうかがわれるのであるから、当該判断に、その正当性を失わせるような重大な瑕疵は認められない。
エ そこで、抗告人による経営支配権の取得が相手方の企業価値をき損し、相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害することになるという本件総会における株主の判断を前提にして、本件新株予約権無償割当てが衡平の理念に反し、相当性を欠くものであるか否かを検討する。
抗告人関係者は、本件新株予約権に本件行使条件及び本件取得条項が付されていることにより、当該予約権を行使することも、取得の対価として株式の交付を受けることもできず、その持株比率が大幅に低下することにはなる。しかし、本件新株予約権無償割当ては、抗告人関係者も意見を述べる機会のあった本件総会における議論を経て、抗告人関係者以外のほとんどの既存株主が、抗告人による経営支配権の取得に伴う相手方の企業価値のき損を防ぐために必要な措置として是認したものである。さらに、抗告人関係者は、本件取得条項に基づき抗告人関係者の有する本件新株予約権の取得が実行されることにより、その対価として金員の交付を受けることができ、また、これが実行されない場合においても、相手方取締役会の本件支払決議によれば、抗告人関係者は、その有する本件新株予約権の譲渡を相手方に申し入れることにより、対価として金員の支払を受けられることになるところ、上記対価は、抗告人関係者が自ら決定した本件公開買付けの買付価格に基づき算定されたもので、本件新株予約権の価値に見合うものということができる。これらの事実にかんがみると、抗告人関係者が受ける上記の影響を考慮しても、本件新株予約権無償割当てが、衡平の理念に反し、相当性を欠くものとは認められない。なお、相手方が本件取得条項に基づき抗告人関係者の有する本件新株予約権を取得する場合に、相手方は抗告人関係者に対して多額の金員を交付することになり、それ自体、相手方の企業価値をき損し、株主の共同の利益を害するおそれのあるものということもできないわけではないが、上記のとおり、抗告人関係者以外のほとんどの既存株主は、抗告人による経営支配権の取得に伴う相手方の企業価値のき損を防ぐためには、上記金員の交付もやむを得ないと判断したものといえ、この判断も尊重されるべきである。
オ したがって、抗告人関係者が原審のいう濫用的買収者に当たるといえるか否かにかかわらず、これまで説示した理由により、本件新株予約権無償割当ては、株主平等の原則の趣旨に反するものではなく、法令等に違反しないというべきである。
(2) 著しく不公正な方法によるものとの主張について
本件新株予約権無償割当てが、株主平等の原則から見て著しく不公正な方法によるものといえないことは、これまで説示したことから明らかである。また、相手方が、経営支配権を取得しようとする行為に対し、本件のような対応策を採用することをあらかじめ定めていなかった点や当該対応策を採用した目的の点から見ても、これを著しく不公正な方法によるものということはできない。その理由は、次のとおりである。
すなわち、本件新株予約権無償割当ては、本件公開買付けに対応するために、相手方の定款を変更して急きょ行われたもので、経営支配権を取得しようとする行為に対する対応策の内容等が事前に定められ、それが示されていたわけではない。確かに、会社の経営支配権の取得を目的とする買収が行われる場合に備えて、対応策を講ずるか否か、講ずるとしてどのような対応策を採用するかについては、そのような事態が生ずるより前の段階で、あらかじめ定めておくことが、株主、投資家、買収をしようとする者等の関係者の予見可能性を高めることになり、現にそのような定めをする事例が増加していることがうかがわれる。しかし、事前の定めがされていないからといって、そのことだけで、経営支配権の取得を目的とする買収が開始された時点において対応策を講ずることが許容されないものではない。本件新株予約権無償割当ては、突然本件公開買付けが実行され、抗告人による相手方の経営支配権の取得の可能性が現に生じたため、株主総会において相手方の企業価値のき損を防ぎ、相手方の利益ひいては株主の共同の利益の侵害を防ぐためには多額の支出をしてもこれを採用する必要があると判断されて行われたものであり、緊急の事態に対処するための措置であること、前記のとおり、抗告人関係者に割り当てられた本件新株予約権に対してはその価値に見合う対価が支払われることも考慮すれば、対応策が事前に定められ、それが示されていなかったからといって、本件新株予約権無償割当てを著しく不公正な方法によるものということはできない。また、株主に割り当てられる新株予約権の内容に差別のある新株予約権無償割当てが、会社の企業価値ひいては株主の共同の利益を維持するためではなく、専ら経営を担当している取締役等又はこれを支持する特定の株主の経営支配権を維持するためのものである場合には、その新株予約権無償割当ては原則として著しく不公正な方法によるものと解すべきであるが、本件新株予約権無償割当てが、そのような場合に該当しないことも、これまで説示したところにより明らかである。
(3) したがって、本件新株予約権無償割当てを、株主平等の原則の趣旨に反して法令等に違反するものということはできず、また、著しく不公正な方法によるものということもできない。
5 以上のとおりであるから、論旨は理由がなく、本件仮処分命令の申立てを却下すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)
++解説
《解 説》
1 本件は,Y(東証二部上場)の株主であるXが,Yに対し,Yによる新株予約権の無償割当て(会社法277条)を仮に差し止めることを求める仮処分事件であり,問題となるのは,YがXによる株式公開買付けに対応するために新株予約権の無償割当てをすることが,株主平等の原則等に反し法令等に違反するか否か,著しく不公正な方法により行われる場合に該当するか否かである。
2 事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) Xは,関連法人と併せて発行済株式総数の約10.25%を保有するYの筆頭株主である。Xがそのすべての持分を有する有限責任会社Aは,平成19年5月18日(以下,すべて平成19年である。),Yの発行済株式のすべてを取得することを目的として,証券取引法所定の株式公開買付け(以下「本件公開買付け」という。)を開始した(当初の買付価格は,Yの株式の平均市場価格に約12.82~18.56%程度のプレミアムを加算した1株1584円であったが,Yが買収防衛策の導入を株主総会に付議したことに伴い,同買付価格は1株1700円に引き上げられた。)。
(2) Yは,5月25日,Aに対する質問事項を記載した意見表明報告書を関東財務局長に提出し,これを受けて,Aは,6月1日,対質問回答報告書を同財務局長に提出した。
(3) Y取締役会は,Aの対質問回答報告書に,経営支配権取得後の経営計画や投下資本の回収方針に係る具体的な記載がなかったことから,6月7日,本件公開買付けに反対する旨決議するとともに,本件公開買付けに対する対応策として,①新株予約権の無償割当てに関する事項を株主総会の特別決議事項とする旨の定款変更議案,②この議案の可決を条件として,新株予約権の無償割当て(以下,これを「本件新株予約権無償割当て」という。)を行う旨の議案を,6月24日開催の定時株主総会(以下「本件総会」という。)に付議することを決定し,これらの議案は,本件総会において,出席株主の議決権の約88.7%,議決権総数の約83.4%の賛成を得て可決された。
(4) ちなみに,本件新株予約権無償割当ては,株主に対し,その有する株式1株につき3個の割合で新株予約権を割り当てるというものであるが,これにはX及びその関係者(以下,併せて「Xら」という。)以外の株主は割り当てられた新株予約権を行使するなどして株式の交付を受けることができるが,Xらは,割り当てられた新株予約権を行使することができない旨の差別的行使条件や,Yは金員を交付することによってXらの新株予約権を取得することができる旨の差別的取得条項が付されている。
3 Xは,本件総会に先立つ6月13日,会社法247条に基づき本件新株予約権無償割当ての差止めを求めて本件仮処分命令の申立てをした。原々審(東京地決平19.6.28金判1270号12頁)は,株主に対する新株予約権の無償割当てをする場合においても,当該無償割当てが株主の地位に実質的変動を及ぼすときには,会社法247条の規定が類推適用され,株主平等の原則の趣旨が及ぶとした上,本件新株予約権無償割当ては,株主平等の原則の趣旨に反するものではなく,著しく不公正な方法によるものともいえないとして,Xの申立てを却下した。また,原審(東京高決平19.7.9金判1271号17頁)も,本件新株予約権無償割当ては企業価値の毀損防止のために必要かつ合理的なものである,Xらはいわゆる濫用的買収者であり,Yのする本件新株予約権無償割当てを株主平等の原則に反するとも,著しく不公正な方法によるものともいえないとして,Xの抗告を棄却した。
4 本決定は,①法109条1項に定める株主平等の原則の趣旨は,新株予約権の無償割当ての場合についても及ぶ,②株主の共同の利益等が害されることになるような場合に,これを防止するために特定の株主を差別的に取り扱うことは,衡平の理念に反し,相当性を欠くものでない限り,株主平等の原則の趣旨に反しない,③株主の共同の利益等が害されることになるか否かの判断は最終的には株主自身により判断されるべきもので,判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り,当該判断が尊重されるべきであるとした上で,Xら以外のほとんどの株主がXによる経営支配権の取得が株主の共同の利益を害することになると判断したこと,当該判断にその正当性を失わせるような重大な瑕疵はないこと,本件新株予約権無償割当てが衡平の理念に反し,相当性を欠くものではないことなどから,Xらの濫用的買収者該当性について判断することなく,本件新株予約権無償割当ては株主平等の原則の趣旨に反せず,法令等に違反しないとし,また,本件新株予約権無償割当てが株主平等の原則の趣旨に反するものではないこと,本件新株予約権無償割当てが本件総会における判断により行われた緊急の事態に対処するための措置で,Xらには割り当てられた新株予約権の価値に見合う対価が支払われること,本件新株予約権無償割当てが取締役等の経営支配権の維持を目的とするものではないことから,これは著しく不公正な方法により行われる場合に該当しないと判示して,Xの抗告を棄却した。
5 会社法109条1項は,株式会社は,株主を,その有する株式の内容及び数に応じて,平等に取り扱わなければならないとして,いわゆる株主平等の原則を定めている。この原則は,株主は株主たる資格において会社から平等の待遇を与えられなければならない(機会の均等,比例的平等)というものであるから,新株予約権者間で差別的な取扱いをすることを内容とする新株予約権が発行されたからといって,直ちに株主平等の原則との抵触が問題となるわけではない。しかし,新株予約権の無償割当ての場合,株主は株主としての資格に基づきその割当てを受けるのであるし,会社法も株主に割り当てる新株予約権の内容が同一であることを当然の前提としているものと考えられるのであって(例えば会社法278条2項。なお,新株予約権の無償割当てについては,同法247条に相当する規定が設けられていないが,これは,新株予約権の無償割当ての場合,原則として株主の有する株式数に応じて割当てが行われるため,株主において不利益を受けることはないと考えられたことによるようである。),株主平等の原則の趣旨は,新株予約権の無償割当ての場合にも及ぶというべきであろう。【決定要旨1】は,この点に係るものである。
6 ところで,株主平等の原則の適用範囲については,①当事者が任意に株主平等の原則の例外を定め得るのは法が特に規定する場合に限られる(鈴木竹雄「株主平等の原則」法協48巻3号15頁等),②株主平等の原則を貫くことが会社自体の利益を害するような場合には,これに反することができ,同原則は会社の合理的必要性や利益の前には譲歩する(大隅健一郎=今井宏『会社法論(上)〔第3版〕』337頁等),③株主平等の原則の適用は明文の規定がある場合に限られ,それ以外は法の一般原則の適用を受ける(松本烝治『商法解釈の諸問題』217頁等)などと議論の存するところである。しかし,株主平等の原則が保護の対象とする個々の株主の利益は,一般的には会社の存立,発展なしには考えられないことからすると,会社の企業価値がき損され,株主の共同の利益が害されるような場合にまで,厳格に株主平等の原則を貫くことは適当ではないと思われる。一般原則である衡平の理念(株主平等の原則自体,この衡平の理念に基づくものである。)に反したり,相当性を欠くような差別的取扱いが許されないことは当然としても,そうでない限り,株主の共同の利益が害されるような場合にこれを防止するためにする差別的取扱いは,株主平等の原則(の趣旨)に反しないというべきであろう。【決定要旨2】は,この点に係るものである。
もっとも,中長期的視点において,経営支配権の取得が当該会社の企業価値をき損し,株主の共同の利益を害することになるか否かを誰がどのように判断すべきかは,それ自体困難な問題である。この点につき,本決定は,特定の株主による経営支配権の取得に伴い,会社の企業価値がき損され,株主の共同の利益が害されることになるか否かについては,最終的には,会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきものと判示するが,同時に,それは判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない場合に限られるとして,一定の留保を付している。これは,株主の判断を尊重する場合においても,少なくとも当該判断の形成過程の適否については司法審査が及ぶことを明らかにしたものといえよう。
7 本決定は,以上を前提に本件新株予約権無償割当てについて検討し,これは株主平等の原則の趣旨に反せず法令等に違反しないとし,また,株主平等の原則の趣旨に反しないこと,緊急の事態に対処するために行われた措置で,Xらに新株予約権に見合う対価が支払われることなどから,著しく不公正な方法による場合に該当しないと判示した(従前,下級審裁判例〔東京高決平17.3.23判タ1173号125頁,東京高決平17.6.15判タ1186号254頁等多数〕は,「著しく不公正な方法により行われる場合」に該当するか否かを,「会社の経営支配権をめぐる争いがあるときに,取締役が議決権の過半数を維持,獲得することを主要な目的として新株を発行することは著しく不公正な方法により行われる場合に該当する」といういわゆる主要目的ルールに基づき判断してきたものということができる。しかし,本件は,防衛策の導入,発動の是非を株主総会の決議にゆだねるものであり,主要目的ルールによって当然に結論が導き出すことはできない。)。
8 近時,多数の上場企業において,敵対的買収に対する防衛策が現に導入され,あるいはその導入が検討されているようである。ただし,その防衛策の導入手続,内容,発動要件は種々であり,中には裁判手続による差止めのリスクを抱えるものも少なからずあるようである。このような状況にかんがみ,法務省,経済産業省は,平成17年5月27日,企業価値研究会の「企業価値報告書~公正な企業社会のルール形成に向けた提案~」に基づき「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」を公表するなど,適正な防衛策の基準の明確化に努めている。
本決定は,Xらの本件公開買付に対応するため急きょ防衛策を講ずることになり,しかも,この防衛策につき定時株主総会において株主の圧倒的な多数の賛成が得られ,更にはXらに多額の対価が支払われるというやや特殊な事例について,当該防衛策の是非を判示するものである。本決定は,防衛策の導入,発動に係る株主総会決議(普通決議,特別決議)の要否,防衛策により不利益を被る買収者に対する経済的補償の要否,程度等について具体的,一般的な基準を示すものではなく,これらの問題点については事例の集積を待つほかないが,株主平等の原則の適用範囲,その審理判断方法のみならず,いわゆる買収防衛策の是非について,初めて最高裁の判断を示したものであり,実務に与える影響は大きいものと思われる。
3.本件無償割当てが株主平等原則の趣旨に反するか
(1)会社法247条の要件
(2)本件無償割当ての法令違反
+(株主の平等)
第百九条 株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、公開会社でない株式会社は、第百五条第一項各号に掲げる権利に関する事項について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができる。
3 前項の規定による定款の定めがある場合には、同項の株主が有する株式を同項の権利に関する事項について内容の異なる種類の株式とみなして、この編及び第五編の規定を適用する。
(3)新株予約権無償割当てと株主平等原則の趣旨
(4)本件無償割当てが株主平等原則の趣旨に反するか
(5)Xの不利益
4.本件無償割当てが著しく不公正な方法によるものといえるか
(1)著しく不公正な方法による新株予約権無償割当て
(2)本件無償割当てが著しく不公正な方法によるものか
(3)Xの不利益
Ⅴ 新株予約権を用いた買収防衛策と株主総会決議
1.ニッポン放送事件
+判例(H17.3.23)
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、本件における新株予約権が商法280条ノ39第4項、280条ノ10に規定する「著シク不公正ナル方法」によるものであり、これを事前に差し止める必要があると認めるべきであるから、本件仮処分命令申立てには被保全権利及び保全の必要性が存するとして、これを認容した原審仮処分決定は正当であり、したがってこれに対する異議申立事件において原審仮処分決定を認可した原審異議決定も正当であると判断する。その理由は、以下のとおりである。
2 本件新株予約権の発行の適否について
(1) 商法は授権資本制度を採用し(166条1項3号)、授権資本枠内の新株等の発行を、原則として取締役会の決議事項としている(280条ノ2第1項、280条ノ20第2項)。そして、公開会社においては、株主に新株等の引受権は保障されていないから(280条ノ5ノ2、280条ノ27参照)、取締役会決議により第三者に対する新株等の発行が行われ、既存株主の持株比率が低下する場合があること自体は、商法も許容しているということができる。
しかしながら、一方で、商法280条ノ39第4項、280条ノ10が株主に新株等の発行を差し止める権能を付与しているのは、取締役会が上記権限を濫用するおそれがあることを認め、新株等の発行を株主総会の決議事項としない代わりに、会社の取締役会が株主の利益を毀損しないよう牽制する権能を株主に直接的に与えたものである。
取締役会の上記権限は、具体化している事業計画の実施のための資金調達、他企業との業務提携に伴う対価の提供あるいは業務上の信頼関係を維持するための株式の持ち合い、従業員等に対する勤務貢献等に対する報賞の付与(いわゆる職務貢献のインセンティブとしてのストック・オプションの付与)や従業員の職務発明に係る特許権の譲受けの対価を支払う方法としての付与などというような事柄は、本来取締役会の一般的な経営権限にゆだねている。これらの事項について、実際にこれらの事業経営上の必要性と合理性があると判断され、そのような経営判断に基づいて第三者に対する新株等の発行が行われた場合には、結果として既存株主の持株比率が低下することがあっても許容されるが、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、取締役会が、支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、現経営者又はこれを支持して事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株等を発行することまで、これを取締役会の一般的権限である経営判断事項として無制限に認めているものではないと解すべきである。
商法上、取締役の選任・解任は株主総会の専決事項であり(254条1項、257条1項)、取締役は株主の資本多数決によって選任される執行機関といわざるを得ないから、被選任者たる取締役に、選任者たる株主構成の変更を主要な目的とする新株等の発行をすることを一般的に許容することは、商法が機関権限の分配を定めた法意に明らかに反するものである。この理は、現経営者が、自己あるいはこれを支持して事実上の影響力を及ぼしている特定の第三者の経営方針が敵対的買収者の経営方針より合理的であると信じた場合であっても同様に妥当するものであり、誰を経営者としてどのような事業構成の方針で会社を経営させるかは、株主総会における取締役選任を通じて株主が資本多数決によって決すべき問題というべきである。したがって、現経営者が自己の信じる事業構成の方針を維持するために、株主構成を変更すること自体を主要な目的として新株等を発行することは原則として許されないというべきである。
一般論としても、取締役自身の地位の変動がかかわる支配権争奪の局面において、果たして取締役がどこまで公平な判断をすることができるのか疑問であるし、会社の利益に沿うか否かの判断自体は、短期的判断のみならず、経済、社会、文化、技術の変化や発展を踏まえた中長期的展望の下に判断しなければならない場合も多く、結局、株主や株式市場の事業経営上の判断や評価にゆだねるべき筋合いのものである。
そして、仮に好ましくない者が株主となることを阻止する必要があるというのであれば、定款に株式譲渡制限を設けることによってこれを達成することができるのであり、このような制限を設けずに公開会社として株式市場から資本を調達しておきながら、多額の資本を投下して大量の株式を取得した株主が現れるやいなや、取締役会が事後的に、支配権の維持・確保は会社の利益のためであって正当な目的があるなどとして新株予約権を発行し、当該買収者の持株比率を一方的に低下させることは、投資家の予測可能性といった観点からも許されないというべきである。
これに対して、債務者は、会社の機関等の権限分配を根拠とするのであれば事前の対抗策も全部否定されることになって明らかに不当であるし、原審異議決定が機関の権限分配を根拠としながら事前の対抗策の余地を残したのは矛盾していると主張する。しかし、上記の機関権限の分配を前提としても、今後の立法によって、事前の対抗策を可能とする規定を設けることまで否定されるわけではない。また、後記のとおり、機関権限の分配も、株主全体の利益保護の観点からの対抗策をすべて否定するものではないから、新たな立法がない場合であっても、事前の対抗策としての新株予約権発行が決定されたときの具体的状況・新株予約権の内容(株主割当か否か、消却条項が付いているか否か)・発行手続(株主総会による承認決議があるか否か)等といった個別事情によって、適法性が肯定される余地もある。このように、機関権限の分配を根拠としたからといって、事前の対抗策が論理必然的に否定されることになるわけではないから、債務者の上記主張は失当である。
(2) 以上のとおり、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、現経営者又はこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には、原則として、商法280条ノ39第4項が準用する280条ノ10にいう「著シク不公正ナル方法」による新株予約権の発行に該当するものと解するのが相当である。
もっとも、経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権発行が許されないのは、取締役は会社の所有者たる株主の信認に基礎を置くものであるから、株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情がある場合には、例外的に、経営支配権の維持・確保を主要な目的とする発行も不公正発行に該当しないと解すべきである。
例えば、株式の敵対的買収者が、〈1〉真に会社経営に参加する意思がないにもかかわらず、ただ株価をつり上げて高値で株式を会社関係者に引き取らせる目的で株式の買収を行っている場合(いわゆるグリーンメイラーである場合)、〈2〉会社経営を一時的に支配して当該会社の事業経営上必要な知的財産権、ノウハウ、企業秘密情報、主要取引先や顧客等を当該買収者やそのグループ会社等に移譲させるなど、いわゆる焦土化経営を行う目的で株式の買収を行っている場合、〈3〉会社経営を支配した後に、当該会社の資産を当該買収者やそのグループ会社等の債務の担保や弁済原資として流用する予定で株式の買収を行っている場合、〈4〉会社経営を一時的に支配して当該会社の事業に当面関係していない不動産、有価証券など高額資産等を売却等処分させ、その処分利益をもって一時的な高配当をさせるかあるいは一時的高配当による株価の急上昇の機会を狙って株式の高価売り抜けをする目的で株式買収を行っている場合など、当該会社を食い物にしようとしている場合には、濫用目的をもって株式を取得した当該敵対的買収者は株主として保護するに値しないし、当該敵対的買収者を放置すれば他の株主の利益が損なわれることが明らかであるから、取締役会は、対抗手段として必要性や相当性が認められる限り、経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権の発行を行うことが正当なものとして許されると解すべきである。そして、株式の買収者が敵対的存在であるという一事のみをもって、これに対抗する手段として新株予約権を発行することは、上記の必要性や相当性を充足するものと認められない。
したがって、現に経営支配権争いが生じている場面において、経営支配権の維持・確保を目的とした新株予約権の発行がされた場合には、原則として、不公正な発行として差止請求が認められるべきであるが、株主全体の利益保護の観点から当該新株予約権発行を正当化する特段の事情があること、具体的には、敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではなく、敵対的買収者による支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情があることを会社が疎明、立証した場合には、会社の経営支配権の帰属に影響を及ぼすような新株予約権の発行を差し止めることはできない。
3 本件新株発行予約権の発行の目的について
(1) 債務者は、本件新株予約権の発行の目的は、Aの子会社となり債務者の企業価値を維持・向上させる点にあり、現経営陣の経営支配権の維持が主な目的であるとはいえないと主張する。
そこで検討すると、甲14、15、37の1及び2、乙62、93、121、122によれば、債務者取締役会は、債権者等が債務者の株式を大量に取得する以前から、債務者をAの完全子会社化して株式の上場廃止も意図し、Aによる公開買付けに賛同することを決議していたものであり、社外取締役4名が本件新株予約権の発行に賛成していることが認められ、これらの事実からみて、本件新株予約権の発行が債務者の現取締役個人の保身を目的として決定されたとは認められない。また、Bに属する経営陣の個人的利益を図る目的で本件新株予約権の発行が決定されたことをうかがわせる資料もない。
しかしながら、甲4、23及び審尋の全趣旨によれば、本件新株予約権の発行は、債権者等が債務者の発行済株式総数の約29.6%に相当する株式を買い付けた後にこれに対する対抗措置として決定されたものであり、かつ、その予約権すべてが行使された場合には、現在の発行済株式総数の約1.44倍にも当たる膨大な株式が発行され、債権者等による持株比率は約42%から約17%となり、Aの持株比率は新株予約権を行使した場合に取得する株式数だけで約59%になることが認められる。
そうすると、債務者は企業価値の維持・向上が目的であると主張しているものの、その実体をみる限り、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、株式の敵対的買収を行って経営支配権を争う債権者等の持株比率を低下させ、現経営者を支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主であるAによる債務者の経営支配権確保を主要な目的とするものであることは明白である。
(2) また、債務者は、本件新株予約権の発行の目的は、Aと共同で計画しているOプロジェクトへの整備資金を調達することにあるとも主張する。
甲18、25、26の1及び2、乙42、43、61によれば、上記プロジェクトの整備資金のうち債務者が負担する分は、当初債務者の保有しているA株をAに売却することで調達されることが予定されていたのであり、その後それでは資金不足のおそれがあることが判明したとの理由で本件新株予約権の発行による手取金約158億円でもって調達することに計画を一部変更したことが認められる。しかしながら、本件新株予約権の発行及びその行使に基づく新株発行によって債務者が調達する資金は上記金額をはるかに上回るものであり、その後にもAは本件新株予約権の全部を取得しても債務者の株式の過半数を取得する限りでしか権利行使しないことを表明しているから(乙168)、本件新株予約権の発行の主要な目的が上記プロジェクトへの整備資金にあるというのは、本件紛争になって言い出した口実である疑いが強く、にわかに信用し難い。かえって、債権者等による株式の敵対的買収対抗策としてAによる債務者の経営支配権の確保を主要な目的としていることが認められる。
(3) 以上によれば、本件新株予約権の発行は、債務者の取締役が自己又は第三者の個人的利益を図るために行ったものでないとはいえるものの、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、株式の敵対的買収を行って経営支配権を争う債権者等の持株比率を低下させ、現経営者を支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主であるAによる債務者の経営支配権を確保することを主要な目的として行われたものであるから、上記2のとおりのこれを正当化する特段の事情がない限り、原則として著しく不公正な方法によるもので、株主一般の利益を害するものというべきである。
4 本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情について
債務者は、債権者がマネーゲーム本位で債務者のラジオ放送事業を解体し、資産を切り売りしようとしていると主張する。
しかしながら、債権者が上記のような債務者の事業や資産を食い物にするような目的で株式の敵対的買収を行っていることを認めるに足りる確たる資料はない。
5 債権者による債務者の経営支配による企業価値の毀損のおそれとBに属して債務者を経営支配することの企業価値との対比について
(1) 債務者は、債権者が債務者の親会社となり経営支配権を取得した場合、債務者及びその子会社に回復し難い損害が生ずるのは極めて明らかであり、債務者がBにとどまり、Aの子会社となって経営されることがより企業価値を高めることから、そのための企業防衛目的の新株予約権の発行であると主張する。
しかしながら、債務者が債権者の経営支配下あるいはその企業グループとして経営された場合の企業価値とAの子会社としてBの企業として経営された場合の企業価値との比較検討は、事業経営の当否の問題であり、経営支配の変化した直後の短期的事情による判断評価のみでこと足りず、経済事情、社会的・文化的な国民意識の変化、事業内容にかかわる技術革新の状況の発展などを見据えた中長期的展望の下に判断しなければならない場合が多く、結局、株主や株式取引市場の事業経営上の判断や評価にゆだねざるを得ない事柄である。そうすると、それらの判断要素は、事業経営の判断に関するものであるから、経営判断の法理にかんがみ司法手続の中で裁判所が判断するのに適しないものであり、上記のような事業経営判断にかかわる要素を、本件新株予約権の発行の適否の判断において取り込むことは相当でない。
したがって、債務者の上記主張は主張自体失当といわざるを得ない。
(2) なお、上記(1)の点は原審以来事実上争点とされ、原審仮処分決定も原審異議決定もこれに言及しているので、当裁判所も念のため、以下のとおり判断を付加しておく。
ア 債務者の企業価値毀損の防止策について
(ア) 債務者は、本件新株予約権の発行は、債務者の当初からの事業戦略(Bとの連携強化)を妨害している債権者を排除することにより、債務者の企業価値の毀損を防ぎ、企業価値を維持・向上させるために行ったものであり、本件新株予約権の発行は正当なものであると主張する。
そして、債務者は、債権者の子会社になりBから離脱すると企業価値が毀損するおそれがあることの根拠として、〈1〉放送事業のうち看板放送である野球放送について契約を打ち切られ、番組作成についてグループからの協力が得られず聴取率が低下してスポンサーを失い、グループ各社との共催によって実施していたイベントができなくなって収入が激減する、〈2〉債務者の子会社らもB各社との取引を中止されることにより収入が激減する、〈3〉債務者の従業員は債権者の経営参画に反対する旨の声明を出しており、債務者が債権者の子会社となると、債務者の人的資産が流出する、〈4〉Bとしての債務者のブランド価値も失われる、〈5〉既に債権者が債務者の経営支配をするなら債務者との出演契約を見合わせることなども表明する芸能人、タレント、パーソナリティなどがいることなどを挙げる。
(イ) しかしながら、新株予約権の発行差止めは、新株予約権の違法又は不公正な発行によって株主が不利益を被ることを防ぐために株主に認められた権利であり、その抗弁事由として位置づけられる特段の事情が株主全体の利益保護の観点から認められるものであることに照らすと、特段の事情の有無は、基本的には買収者による支配権の獲得が株主全体の利益を回復し難いほどに害するものであるか否かによって判断すべきである。
そうすると、債務者の主張する企業価値毀損の防止策のうち、債務者が債権者の子会社となった場合に、債務者がBから離脱することにより債務者やその子会社の売上げ及び粗利益が債務者が主張するとおり減少し、債権者による支配権取得が債務者に回復し難い損害をもたらすかどうかは、一応特段の事情として引き直す余地もある。これに対し、買収者による支配権の獲得についての従業員の意向等の事情は、経営者が代わった段階での労使間の処理問題であり、株式の取引等の次元で制約要因として法的に論ずるのが相当な事柄にならないというべきである。
以下、個別の論点ごとに順に検討する。
(ウ) 債務者は、債権者がインターネットにおいてアダルトサイトを運営したり、Sの粉飾決算にかかわったり、架空取引を行うなど問題のある会社であることや、債権者代表者の言動等からすると、債務者が債権者の子会社となり、Bから離脱した場合に、債務者の取引先やB各社から取引を打ち切られるのは当然であり、そのような取引の打切りは独占禁止法違反に当たらないと主張する。
しかしながら、債務者は、債権者が債務者の経営支配権を手中にした場合には、A等から債務者やその子会社が取引を打ち切られ多大な損失を被ることを主張しており、このことは有力な取引先であるA等は取引の相手方である債務者及びその子会社が自己以外に容易に新たな取引先を見い出せないような事情にあることを認識しつつ、取引の相手方の事業活動を困難に陥らせること以外の格別の理由もないのに、あえて取引を拒絶するような場合に該当することを自認していると同じようなものである。そうであれば、これらの行為は、独占禁止法及び不公正な取引方法の一般指定第2項に違反する不公正な取引行為に該当するおそれもある。
そして、債務者が債権者の子会社となった場合に、AやB各社が取引停止を示唆したことが独占禁止法違反に該当するか否かについては、個々の取引関係を詳細に検討して判断すべきであり、B各社の取引打切りの当否について、現段階で断定的に論ずることはできず、独占禁止法違反に当たらず当然に適法に行うことができるものともいい難い。
そもそも、Aが株式の公開買付けの期間中に、公開買付けがその所期の目的を達することができず、敵対的買収者に株式買収競争において敗れそうな状況にあるとき、公開買付価格を上回っている株式時価を引き下げるような債務者の企業価値についてのマイナス情報を流して、公開買付けに有利な株式市場の価格状況を作り出すことは、証券取引法159条に違反するとまでいわないとしても、公開買付けを実行する者として公正を疑われるような行動といわなければならない。
また、B各社以外の取引先との取引についても、それらの取引先の取引打切りが許されるかどうかは、個々の取引関係を詳細に検討して判断すべきものである。
そうすると、債務者の上記主張は、その前提とする事実がいまだ不確実であるから、このような不確実な前提事実を基に算出した企業価値毀損の数値の信用性も疑義があるといわざるを得ない。
この点をおき、債務者の主張する企業価値毀損に関する資料についても念のため検討しておく。
株式会社Hなどの債務者の子会社には、その事業につきBとの取引に大きく依存しているものが少なくなく、債務者が債権者の子会社になったことにより同グループから取引を打ち切られた場合には、少なからぬ影響を受けることは否定できない(乙15の1から4まで、乙48、68)。また、B各社以外の取引先も、債務者がBの一員であるために取引を継続しており、債務者が同グループを離脱した場合には取引継続を再考する場合もあることも否定できない(乙67、124から130まで、184、185)。
しかし、債務者の放送事業のうち野球放送の契約が打ち切られる点については、球団との契約の中に債務者の主張する解除条項が従前の契約にはなかった平成17年2月22日になって加えられていることは認められるが(乙12の1及び2、乙13)、本件係争を債務者が有利に展開することを狙って意図的に合意した疑いが強く、債務者が債権者の子会社になった場合に球団側が放送権料の収入を放棄してまで解除権を行使するのか否かは、現段階では明確ではないといわざるを得ない。
さらに、番組に出演する芸能人、タレント、パーソナリティの人材の確保ができなくなるとの点についても、それらの人材には代替性がないわけでもないことなどをも考慮すると、将来継続するか、代替の人員で行うのか、多様な展開が予想されるのであって、現段階でそれらの人材の確保ができなくなることまでを認めるに足りる的確な資料があるとはいえない。また、番組コンテンツの提供を受けることができなくなるとの点についても、上記人材の確保の点と同様である。
これに加え、債務者とB各社との取引は、平成16年3月期の売上高の実績で13億4000万円、同期の債務者の単体の売上高が308億円以上であることを考慮すると、B各社との取引中止が債務者の単体の業績に及ぼす影響は必ずしも甚大ということはできない。
以上によると、債務者の単体に対する売上等の低下が債務者の試算するほどの金額に上ることの確たる資料はない。
(エ) 債務者は、Bの一員として大きなブランド力を有しており、それによって強い営業力を維持しているとし、債権者の子会社となってBを離れれば、ブランド力は大きく毀損されると主張する。
しかしながら、債務者はもともとAMラジオ業界における売上高1位のラジオ局であり、高い知名度を有すること等からみて、債務者の事業がBのブランド力にどれほど依存しているかは必ずしも明らかとはいえず、債務者がBから離脱することによってブランドイメージが毀損され、中長期的にも回復し難いほどに著しく営業力が損なわれるとまで認めるに足りる確たる資料はない。
逆に、債務者がBのグループ内取引に拘束されないという営業上の利点が生ずる可能性もある。
(オ) 放送事業者において、人的ネットワークや各種特殊技能を用いて番組の企画制作や営業に当たる従業員は、極めて重要な役割を担う利害関係者であるところ、債務者の従業員らは、債権者が支配株主となることに反対を表明している(乙56から58まで)。
しかし、債権者が債務者の従業員らに対し、これまで自らの事業計画を説明したことはなく、債務者の従業員らが反対しているのは債権者代表者の発言をとらえてのことであることなどを考慮すると、債務者が債権者の子会社になった場合に、債権者が信認した新しい経営者が従業員らと十分な協議を行うとともに、真摯な経営努力を続ける可能性がないわけでなく、債務者の従業員らの大量流出が生ずるとまでは認めるに足りない。
イ 債権者の真摯な合理的経営意思の有無について
(ア) 債務者は、債権者は真摯に債務者との事業提携、債務者の合理的経営を目指すものでないと主張し、その根拠として、〈1〉債権者は、債務者の株式の大量取得に先立ち、債務者と業務提携を行うことを前提とした詳細な事業計画を一切検討していない、〈2〉債権者作成の事業計画書の試算は極めていいかげんであり、提案内容は実現困難なものである、〈3〉債権者の事業は主に金融子会社の収益によって成り立っており、ポータルサイト運営事業の基盤は極めて脆弱である、〈4〉債権者の真の意図は、債務者との事業提携でなく、Aを支配することであることを挙げる。
(イ) しかしながら、債権者が債務者の経営支配権を確立していない段階で債務者の上記主張のような事柄を明らかにすることは無理であり、企業秘密上得策でないこともあるから、その一事をもって債権者に債務者を合理的に経営する意思も能力もないと断定するわけにはいかない。
ウ まとめ
以上のとおりであるから、債権者が債務者の支配株主となった場合に、債務者に回復し難い損害が生ずることを認めるに足りる資料はなく、また、債権者が真摯に合理的経営を目指すものでないとまでいうことはできない。
6 株式買収者の株式買収手段の証券取引法上の適否と現経営者による対抗手段としての新株予約権発行との関係について
(1) 債務者は、債権者等が本件ToSTNeT取引により平成17年2月8日に発行済株式総数の約30%に当たる債務者株式を買い付け、その結果、発行済株式総数の約35%の債務者株式を保有することとなったのは、証券取引法27条の2に違反するものであり、仮にこれが証券取引法違反ではないとしても、公開買付規制の趣旨に反した不当な株式買占行為であるとし、このような買収者の違法性は「著シク不公正ナル方法」に該当するかどうかの判断において当然に勘案すべきであり、これに対する対抗措置として本件新株予約権の発行を行うことは不公正発行に該当しないと主張する。
(2) 債務者の上記主張は、まず、本件ToSTNeT取引につき、〈1〉ToSTNeT取引によって抗告人の発行済株式総数の3分の1超を取得した点、〈2〉売主との事前合意に基づくものである点において、証券取引法27条の2に違反するというものである。
しかしながら、上記〈1〉の点につき、証券取引法は、その規制対象の明確化を図るため、その2条において定義規定を置き、「取引所有価証券市場」は「証券取引所の開設する有価証券市場」と定義しているところ(2条17項)、ToSTNeT-1は、東京証券取引所が立会外取引を執行するためのシステムとして多数の投資家に対し有価証券の売買等をするための場として設けているものであるから、取引所有価証券市場に当たる。そうすると、本件ToSTNeT取引は、東京証券取引所が開設する、証券取引法上の取引所有価証券市場における取引であるから、取引所有価証券市場外における買付け等には該当せず、取引所有価証券市場外における買付け等の規制である証券取引法27条の2に違反するとはいえない。
また、上記〈2〉の点につき、乙101、103、193によれば、売主に対する事前の勧誘や事前の交渉があったことが推認されるものの、それ自体は証券取引法上違法視できるものでなく、売主との事前売買合意に基づくものであることを認めるに足りる資料はないから、この点の証券取引法違反をいう主張は、その前提において失当である。
(3) ところで、ToSTNeT-1は競争売買の市場ではないから、そこにおいて投資者に対して十分な情報開示がされないまま、会社の経営支配権の変動を伴うような大量の株式取得がされるおそれがあることは否定できない。これに対し、公開買付制度は、支配権の変動を伴うような株式の大量取得について、株主が十分に投資判断をなし得る情報開示を担保し、会社の支配価値の平等分配に与る機会を与えることを制度的に保障するものである。公開買付制度の上記趣旨に照らすと、債権者等が、Aによる債務者の株式の公開買付期間中に、本件ToSTNeT取引によって発行済株式総数の約30%にも上る債務者の株式の買付けを行ったことは、それによって市場の一般投資家が会社の支配価値の平等分配に与る機会を失う結果となって相当でなく、その程度の大規模の株式を買い付けるのであれば、公開買付制度を利用すべきであったとの批判もあり得るところである。
しかしながら、本件ToSTNeT取引が取引所有価証券市場外における買付け等の規制である証券取引法27条の2に違反するものでないことは前示のとおりであるから、上記問題があるとしても、それは証券取引運営上の当不当の問題にとどまり、証券取引法上の処分や措置をもって対処すべき事柄であって、それ故に債権者の本件株式の取得を無効視したり、債務者に対抗的な新株予約権の発行を許容して証券取引法の不当を是正すべく制裁的処置をさせる権能を付与する根拠にはならない。
そうすると、債権者等が本件ToSTNeT取引によって債務者の株式を大量に買い付けたことが、証券取引法27条の2以下の公開買付制度の趣旨・目的に照らし相当性を欠くとみる余地があるとの一事をもって、主要な目的が経営支配権確保にある本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情があるということはできない。
(4) したがって、債務者の上記主張は採用することができない。
7 株主としての不利益が存在しないとの主張について
(1) 債務者は、商法280条ノ39第4項、280条ノ10にいう不利益を受けるおそれがある株主とは、当然株主であることを会社に対抗できる株主のことをいうから、名義書換を完了していない分も含めて債権者の不利益性を判断するのは同法206条に違反すると主張する。
(2) 債権者等への実質株主名簿の書換えがされていない現時点では、債権者は3万1420株を超える株主であることを、株式会社Kは1062万7410株(平成17年3月7日現在)の株主であることを、債務者に対抗することができない。
しかしながら、本件のように、債務者も債権者等が大量の株式を有することを自認しており(甲11、16)、名義書換請求を拒絶し得る正当な理由も特になく、間もなく実質株主名簿が書き換えられることが確実であるにもかかわらず、保管振替機関からの実質株主名簿書換えのための通知が9月末日と3月末日に限られている制度上の制約ゆえに、名義書換未了の株式数を不利益性判断の基礎から除外するのは明らかに不合理というべきである。上記のような事実関係の下においては、平成17年3月31日以降に債務者に対抗できることになる株式数も含めて不利益性を判断すべきである。
したがって、債務者の上記主張は採用することができない。
(3) 平成17年3月24日に発行され、翌25日から行使請求期間となる本件新株予約権がすべて行使された場合、債権者等による債権者株式の保有割合は約42%から約17%に減少することからすると、債権者が本件新株予約権の発行によって著しい不利益ないし損害を被るおそれがあることが明らかである。
8 保全の必要性について
債務者の本件新株予約権の発行によって債権者が著しい損害を被るおそれがあることは、前記7に判示したとおりであるから、保全の必要性も認めることができる。
9 結論
以上述べたとおりであって、債務者による本件新株予約権の発行は、その内容及び発行の経緯に照らしても、債権者等による債務者の経営支配を排除し、現在債務者の経営に事実上の影響力を及ぼす関係にある特定の株主であるAによる債務者に対する経営支配権を確保するために行われたことが明らかである。そして、本件に現れた事実関係の下では、債権者による株式の敵対的買収に対抗する手段として採用した本件新株予約権の大量発行の措置は、既に論じたとおり、債務者の取締役会に与えられている権限を濫用したもので、著しく不公正な新株予約権の発行と認めざるを得ない。
したがって、債権者の本件仮処分命令申立ては理由があるから、これを認容した原審仮処分決定及びこれを認可した原審異議決定は正当である。
よって、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
第16民事部
(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 福岡右武 裁判官 畠山稔)
+(公開会社における募集株式の割当て等の特則)
第二百六条の二 公開会社は、募集株式の引受人について、第一号に掲げる数の第二号に掲げる数に対する割合が二分の一を超える場合には、第百九十九条第一項第四号の期日(同号の期間を定めた場合にあっては、その期間の初日)の二週間前までに、株主に対し、当該引受人(以下この項及び第四項において「特定引受人」という。)の氏名又は名称及び住所、当該特定引受人についての第一号に掲げる数その他の法務省令で定める事項を通知しなければならない。ただし、当該特定引受人が当該公開会社の親会社等である場合又は第二百二条の規定により株主に株式の割当てを受ける権利を与えた場合は、この限りでない。
一 当該引受人(その子会社等を含む。)がその引き受けた募集株式の株主となった場合に有することとなる議決権の数
二 当該募集株式の引受人の全員がその引き受けた募集株式の株主となった場合における総株主の議決権の数
2 前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
3 第一項の規定にかかわらず、株式会社が同項の事項について同項に規定する期日の二週間前までに金融商品取引法第四条第一項 から第三項 までの届出をしている場合その他の株主の保護に欠けるおそれがないものとして法務省令で定める場合には、第一項の規定による通知は、することを要しない。
4 総株主(この項の株主総会において議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の十分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権を有する株主が第一項の規定による通知又は第二項の公告の日(前項の場合にあっては、法務省令で定める日)から二週間以内に特定引受人(その子会社等を含む。以下この項において同じ。)による募集株式の引受けに反対する旨を公開会社に対し通知したときは、当該公開会社は、第一項に規定する期日の前日までに、株主総会の決議によって、当該特定引受人に対する募集株式の割当て又は当該特定引受人との間の第二百五条第一項の契約の承認を受けなければならない。ただし、当該公開会社の財産の状況が著しく悪化している場合において、当該公開会社の事業の継続のため緊急の必要があるときは、この限りでない。
5 第三百九条第一項の規定にかかわらず、前項の株主総会の決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(三分の一以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)をもって行わなければならない。
++解説
《解 説》
1 事案の概要
本件は,仮処分申立て当時すでに債務者の発行済株式総数の約35パーセントの割合を保有する株主であった債権者が,ラジオ放送事業を行う株式会社であり,その発行する普通株式を東京証券取引所第2部に上場している債務者に対して,そのすべてが行使されると従来の発行済株式総数の1.44倍にあたる数量の普通株式が発行されることとなる数量の新株予約権を発行して,これをテレビ放送事業を行う株式会社である第三者に割り当てるとする内容の債務者の新株予約権発行が,商法280条ノ39第4項,280条ノ10の「著シク不公正ナル方法」による新株予約権の発行に当たるとして,その発行差止めを求めた仮処分申立ての事案である。
抗告審の決定に至るまでの債務者株式の保有状況等に関する簡単な事実経過は以下のとおりである。
第三者であるテレビ局は,以前より債務者の発行済株式総数の約12パーセントの割合を保有していたが,平成17年1月17日(以下の日付の記載は全て平成17年の日付である),債務者の全ての発行済株式の取得を目指して,証券取引法に定める公開買付けを開始することを決定し(買付価格1株5950円,当初の買付株式数の下限は発行済株式総数の50パーセントと設定),これを公表した。債務者は,同日,この公開買付けに賛同する旨を公表した。
債権者は,以前より債務者の発行済株式総数の約5パーセントの株主であったが,2月8日,東京証券取引所のToSTNeT-1を利用した取引により,子会社を通じて債務者の発行済株式総数の約30パーセントを買い付けて,約35パーセントの株主となった。
債務者の取締役会は,2月23日,割当先を当該テレビ局として,発行価額を1株当たり336円,払込期日を3月24日,当初行使価格を5950円,行使請求期間を3月25日以降とする内容の新株予約権を発行する旨の決議をした。なお,同決議の前日における債務者株式の東京証券取引所での終値は6750円であった。
この新株予約権発行の発表を受けて,債権者は,東京地方裁判所に,①「特ニ有利ナル条件」による発行であるのに株主総会の特別決議を経ていないという法令違反があること,②「著シク不公正ナル方法」による発行であることを理由として,新株予約権発行差止め仮処分の本件申立てを行った。
当該テレビ局の公開買付けは3月7日に終了し,当該テレビ局は,これにより新たに債務者株式を取得して,債務者の発行済株式総数の約37パーセントを保有する株主になった。他方,債権者は,さらに市場で債務者株式を買い進め,3月7日時点で,発行済株式総数の約42パーセントを有する株主となった。
本件申立ての原審である東京地方裁判所は,3月11日,本件新株予約権の発行は「特ニ有利ナル条件」による発行とは認められないが,「著シク不公正ナル方法」による発行にあたるとして,5億円の担保を立てることを条件に本件新株予約権の発行差止めを認める旨の仮処分決定をした。
債務者はこの仮処分決定に対して直ちに異議を申し立てた。これに対して,東京地方裁判所は,3月16日,やはり本件新株予約権発行を「著シク不公正ナル方法」であると認めて,上記仮処分決定を認可する旨の決定をした。
債務者はこの異議決定を不服として直ちに抗告した。これに対して,抗告審である東京高等裁判所は,3月23日,原審仮処分決定及び原審異議決定と同じく本件新株予約権発行を「著シク不公正ナル方法」であると認め,抗告を棄却した(なお,抗告審において,債権者は本件新株予約権発行が「特ニ有利ナル条件」による新株予約権の発行である旨の主張を撤回した。)。
2 抗告審決定の内容
抗告審の決定(本決定)は,本件新株予約権の発行は「著シク不公正ナル方法」にあたるとする原審仮処分決定及び原審異議決定をいずれも正当と判断し,その理由について概要以下のとおり述べた。
まず,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者またはこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には,原則として,商法280条ノ39第4項,280条ノ10の「著シク不公正ナル方法」による新株予約権の発行に該当するとする法解釈論を述べ,そのような解釈をすべき理由について,商法が機関権限の分配を定めた法意,支配権争奪の局面では取締役による公平な判断が難しいこと,投資家の予測可能性などの点を指摘した。その上で,株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情がある場合には,例外的に経営支配権の維持・確保を主要な目的とする発行であっても不公正発行に該当しないと述べた。そして,敵対的買収者が会社を食い物にしようとしている場合には,濫用目的をもって株式を取得した当該敵対的買収者は株主として保護するに値しないし,当該敵対的買収者を放置すれば他の株主の利益が損なわれることが明らかであるから,取締役会は,対抗手段として必要性や相当性が認められる限り,経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権の発行を行うことが正当なものとして許されるとして,上記特段の事情を認めることができる敵対的買収者が会社を食い物にしている場合として,敵対的買収者がグリーンメイラー(会社関係者に株式を高値で引き取らせることを目的とする者)である場合などの4つの類型を指摘した。そして,これらの特段の事情があることについては会社側に立証責任があるとした。
次に,以上の規範を前提とし,本件新株予約権発行の概要及び本件新株予約権発行前後における債務者株式の保有や売買を巡る状況等についての一連の事実経過を前提として,本件新株予約権の発行の目的が当該テレビ局の子会社となり債務者の企業価値を維持・向上させる点にあり,現経営陣の経営支配権の維持が主な目的ではないなどとする債務者の主張に対して,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収を行って経営支配を争う債権者等の持株比率を低下させ,現経営者を支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主である当該テレビ局による債務者の経営支配権確保を主要な目的とするものであることは明白であるとし,他方で,そのような本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情を認める確たる資料はない旨判示した。
さらに,債権者が債務者の親会社となる場合には債務者に回復し難い損害が生じるのは明らかであり,債務者が当該テレビ局の親会社となる場合には企業価値が高まるとする債務者の主張について,そのような企業価値の比較検討は事業経営の当否の問題であり,そうした問題は経営判断の法理にかんがみ司法手続の中で裁判所が判断するのに適しないものであるから,債務者の主張は主張自体失当であるとして,これを退け(もっとも,この点については念のために判断するものであるとして,債務者の主張するような企業価値に関する事実について検討を加えた上で,そのような事実を認めるに足りない旨を指摘している。),また,債権者が行った証券取引法違反となるToSTNeT取引の対抗措置として債務者が本件新株予約権の発行を行うことは不公正発行に該当しないとの債務者の主張については,債権者のToSTNeT取引は証券取引法違反にあたらないとし,仮に問題があるとしても証券取引法上の運営の当不当の問題に止まり,債務者に対抗的な新株予約権の発行を許容する根拠にはならず,これにより本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情があるとはいえないとした。
3 説明
新株の発行差止めの要件である「著シク不公正ナル方法」とは,不当な目的を達成する手段として新株発行が利用される場合であり,会社支配の帰属をめぐる争いがあるときに,取締役会が自派で議決権の過半数を維持・争奪する目的のため新株発行を行う場合などはこれにあたると解されている。これまでの下級裁判例も新株発行差止めの仮処分事件において基本的にそのような考え方に沿った判断をしている(東京地決平1.7.25判タ704号84頁等)。会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者またはこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には,原則として,「著シク不公正ナル方法」にあたると述べる本決定の判示部分は,そのような従来からの新株発行をめぐる不公正発行の考え方と基本的にはほぼ同じものであると考えてよいと思われる。
次に,本決定は,特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合であっても,「株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情」がある場合には不公正発行にあたらないと述べている。すなわち,これまでそのような特段の事情について言及した裁判例はなく,支配権維持目的であっても正当化される場合があることを明らかにした点に意義があるといえよう。一口に敵対的買収者といってもそれは支配的株主になることを現経営陣に拒絶されているものというだけであって,それ自体では何ら会社から排除されるべき理由はないのであるが,本決定は,どのような敵対的買収者であれば取締役会の判断により新株予約権発行等の相当な手段でこれを排除することが許されるのかについて,敵対的買収者が会社を食い物にしようとしている場合であるとして,4つの具体例を上げてその内容を明らかにしている。これらの具体例は,現行法においても敵対的買収者への対抗措置として新株予約権を発行することが許容されると本決定が考えているものであり,現行法上における一応の規範として参考になろう。
これまで不公正な新株発行について判断した多くの下級裁判例では,新株発行が複数の目的をもって行われる場合にはそのうち主要な目的が何かにより新株発行の公正性を判断することとし,すなわち,種々の目的ないし動機のうち,会社の支配関係上の争いに介入するという不当な目的が資金調達目的等の他の正当な目的よりも優越し,それが新株発行の主要な目的と認められる場合に,不公正発行であるとする考え方(いわゆる主要目的ルール)が採用されてきた(東京地決平1.9.5判タ711号256頁,大阪地決平2.7.12判時1364号100頁,東京地決平16.7.30,東京高決平16.8.4)。ところが,本件において債務者は本件新株予約権の発行には企業価値毀損防止という正当な目的がある旨主張したものの,本決定においては,新株予約権発行の目的が並列的に存在することを前提として,それらのうち不当な目的が優越するものかどうかという判断の過程を経てはいない。これは,例えば新株発行差止め事件の場合における資金調達目的を問題とするのであれば,そうした目的はその性質上,常に特定の株主の支配権の確保・維持を通じて達成されることを必然とするものではないことから,そこでは目的の並存というものが観念できるのに対して(新株とは異なり,新株予約権が資金調達目的で発行されること自体あまり考えられないが,当然ながら新株予約権の発行においても,ストックオプションを付与する目的など,支配権維持目的と性質の異なる発行目的は存在する。),債務者がいうところの目的は,結局のところ債権者を排除して特定の株主の支配権の確保・維持をする方法によらなけば達成されることのないものであることから,そこではもはや目的が並存している状況がない(いわば,実質的に同じ目的について,別の言い方をするものに過ぎない。)と本決定が考えたことによるものと思われる。そうした考え方によれば,本件については目的の並存を前提としてその優越を比較する主要目的ルールの枠組みは問題にならないことになる。
ところで,本決定に関する一連の事実の報道を契機として,巷ではいわゆるポイズンピル導入の議論が立法レベルないし現行法を前提とした運用レベルでなされているようである。本決定は,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面における取締役会による株主構成変更目的の新株等の発行を原則として不公正発行としたものであるが,敵対的買収者に対する事前の対抗策に関しては,株主全体の利益保護の観点から個別事情に応じてその適法性が肯定される余地があると述べている。もっとも,会社の機関権限の分配秩序を重視する本決定の考え方からすれば,基本的には現行法のままでは事前の対抗策としてであっても取締役会が意図的に会社の株主構成を決定することについては一定の限界があるものと解すべきであろう。そして,今後,取締役会に会社の株主構成の決定権を付与する方向での立法を行うのであれば,公開会社の場合には会社が何らかの事前の対抗策を導入しているか否かは株式の市場価格に明らかに影響を与えるものであろうから,本決定も指摘しているように投資家の予測可能性の観点からの手当てをも配慮する必要があると思われる。
なお,原審異議決定及び原審仮処分決定とも,「著シク不公正ナル方法」にあたるかの判断については,その判断基準と判断枠組み,そして,本件におけるあてはめとその結論は,いずれも抗告審決定のそれとほぼ同じ内容のものとなっている。その詳細については各決定文を参照されたい。また,原審仮処分決定では,本件新株予約権発行が「特ニ有利ナル条件」による発行であるかについての判断もなされているところ,本件の新株予約権の発行数量が巨大であることなどもあり特殊な事例であると思われるが,新株予約権の発行に関してこの論点が争われた裁判例が公刊物に見当たらないこともあり,実務上の参考になると思われる。
2.株主総会決議の有する意味
Ⅵ 募集株式・募集新株予約権の発行の差止めの仮処分
1.募集株式の発行の差止めの仮処分
+民事保全法
(仮処分命令の必要性等)
第二十三条 係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
3 第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。
4 第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。
+(申立て及び疎明)
第十三条 保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして、これをしなければならない。
2 保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。
・仮処分命令を無視した場合
+判例(H5.12.16)
理由
一 上告代理人小林昭、同大戸英樹、同南出喜久治の上告理由二、三について
1 本件記録及び原審の適法に確定したところによると、訴えの変更に関する事実関係の概要は次のとおりである。
(一) 上告人は、昭和三三年に設立されたタクシー事業及び貸切バス事業等を営む株式会社であり、昭和五九年八月当時の資本の額は三五〇〇万円、会社が発行する株式の総数は一〇万株、発行済株式の総数は七万株(一株の額面金額は五〇〇円)であったところ、同年八月二三日開催の取締役会において、発行株式の種類及び数を記名式普通額面株式一万株、発行価額を一株につき三九〇七円、申込期日を同年九月一三日、払込期日を同月一四日、募集の方法を第三者割当、割当てを受ける者を株式会社明星観光サービスとする新株発行を決議した。
(二) 上告人の株主である被上告人Aは、本件新株発行に対して、京都地方裁判所に商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分の申立てをし、昭和五九年九月一二日、仮処分命令(以下「本件仮処分命令」という。)を得た。その上で、上告人の株主である被上告人ら(被上告人B、同Cを除く。)及びD(以下「被上告人ら」という。)は、同月二〇日、新株発行差止請求の訴えを提起した。右訴えの理由とするところは、本件新株発行は、現在の取締役会の方針に反対する株主の持株比率を減少させ、上告人会社の支配確立を目的としたもので、商法二八〇条ノ二第二項に違反し、かつ、著しく不公正な方法によるものであって、株主である被上告人らが不利益を受けるおそれがあるというものであった。
(三) 上告人は、昭和五九年九月一三日、本件仮処分命令に対して異議を申し立てたが、本件新株発行はそのまま実施することにし、前記明星観光サービスから払込期日に新株払込金の支払を受けた。
(四) 本件新株発行に対する差止請求訴訟は、昭和五九年一〇月二三日に第一審の第一回口頭弁論期日が開かれて以来審理が続けられたが、昭和六〇年一〇月三一日の第一審第八回口頭弁論期日において、上告人から本件新株発行は既に実施されているから新株発行差止請求は訴えの利益がなくなったとの主張がされた。
(五) そのため、被上告人らは、昭和六〇年一二月二日に第一審に提出した同日付け準備書面で、本件仮処分命令に違反する新株発行は効力を生じないが、仮に効力を有するとすれば、予備的に、右新株発行差止請求の訴えを商法二八〇条ノ一五に基づく新株発行無効の訴えに変更する旨の申立てをした。右新株発行無効の訴えで主張する無効事由は、仮処分命令違反が付加された以外は、それまで差止事由として主張してきたものと同一であった。
2 右事実関係に照らすと、本件新株発行に対する差止請求の訴えと右訴えを本案とする本件仮処分命令に違反してされた新株発行に対する無効の訴えとは、事前と事後の違いはあるが、ともに本件新株発行により不利益を受けるとする被上告人ら株主がその新株発行を阻止し、若しくはその効力を否定しようとするものであって、同一の経済的利益を追求するものということができる上、新株発行差止請求の訴えの訴訟資料、証拠資料を新株発行無効の訴えの審理に利用することが期待できる関係にあるということができるから、旧訴である新株発行差止請求の訴えと新訴である新株発行無効の訴えとの間には請求の基礎に同一性があるものというべきである。
3 ところで、訴えの変更は、変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかならないから、変更後の訴えにつき出訴期間の制限がある場合には、出訴期間の遵守の有無は、原則として、訴えの変更の時を基準としてこれを決すべきであるが、変更前後の請求の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起時に提起されたものと同視することができる特段の事情があるときは、出訴期間が遵守されたものとして取り扱うのが相当である(最高裁昭和五九年(行ツ)第七〇号同六一年二月二四日第二小法廷判決・民集四〇巻一号六九頁参照)。
これを本件についてみるに、前示事実関係によれば、本件新株発行に対する差止請求の訴えは、被上告人Aが本件仮処分命令を得た後、新株発行がされることにより持株比率の減少等の不利益を受けるとする被上告人らによって、本件新株発行を阻止する目的の下に提起されたものであって、被上告人らは、右訴えの提起により、万一右仮処分命令に違反して新株が発行された場合には右新株発行の効力を争い、仮処分命令違反をその理由とする意思をも表明していると認められるから、本件で変更された新株発行無効の訴えについては、新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視することができる特段の事情が存するものというべきである。
4 以上の次第であるから、新株発行無効の訴えへの変更を認め、無効原因として本件仮処分命令違反の主張をすることは許されるとした原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。
二 同四について
商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分命令があるにもかかわらず、あえて右仮処分命令に違反して新株発行がされた場合には、右仮処分命令違反は、同法二八〇条ノ一五に規定する新株発行無効の訴えの無効原因となるものと解するのが相当である。けだし、同法二八〇条ノ一〇に規定する新株発行差止請求の制度は、会社が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正な方法によって新株を発行することにより従来の株主が不利益を受けるおそれがある場合に、右新株の発行を差し止めることによって、株主の利益の保護を図る趣旨で設けられたものであり、同法二八〇条ノ三ノ二は、新株発行差止請求の制度の実効性を担保するため、払込期日の二週間前に新株の発行に関する事項を公告し、又は株主に通知することを会社に義務付け、もって株主に新株発行差止めの仮処分命令を得る機会を与えていると解されるのであるから、この仮処分命令に違反したことが新株発行の効力に影響がないとすれば、差止請求権を株主の権利として特に認め、しかも仮処分命令を得る機会を株主に与えることによって差止請求権の実効性を担保しようとした法の趣旨が没却されてしまうことになるからである。
右と同旨の見解に立ち、本件仮処分命令に違反して行われた本件新株発行を無効とした原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
三 その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
四 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官味村治、同大白勝の補足意見、裁判官大堀誠一、同三好達の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
+補足意見
裁判官味村治の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に同調するものであるが、三好裁判官らの反対意見にかんがみ、そこで指摘されているいくつかの問題点について、私の考えを補足しておきたい。
一1 反対意見は、多数意見のように、本件新株発行無効の訴えは本件新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視できるとするには、新株発行差止請求の訴えは新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟で、両者は制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえ得ることが一つの前提となるとし、新株発行差止請求権及び新株発行無効の訴えは相関連する制度として創設されたものではなく、新株発行差止請求の訴えと新株発行無効の訴えは、訴えの性質、原告適格、請求原因、判決の効力等を異にするから、右の前提を肯定することはできないという。
2 しかし、新株発行差止請求権は、会社が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正な方法によって株式を発行し、株主がこれにより不利益を受けるおそれのある場合に事前に発行を阻止することにより会社に対する監督是正を行う株主の共益権であり、株主の新株発行無効の訴え提起権は、会社が法令定款等に違反して新株を発行した場合に事後に新株発行を無効とすることにより、会社に対する監督是正を行う株主の共益権である。新株発行差止請求の事由となる法令定款違反等の中には、新株発行の無効原因とならないものがあるが、これは、新株発行を事後に無効とするについては取引の安全を考慮する必要があるが、新株発行を事前に差し止めるについてはそのような必要がないことによるもので、株主の新株発行差止請求権と株主の新株発行無効の訴え提起権は、いずれも新株発行について会社に対する監督是正を行うという目的のため株主に認められた共益権である。本件新株発行無効の訴えは本件新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視できるとするための制度的前提としては、以上述べたところで十分であると考える。
二1 反対意見は、新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする差止めの仮処分命令は、会社に当該株主に対する不作為義務を課するにとどまり、会社の新株発行権限に影響を与えないから、新株発行無効の訴えにおける無効原因となり得ないという。
2 しかし、商法は、新株発行無効の訴えにおける無効原因を法定していないから、新株発行に法令定款違反等の瑕疵がある場合にその瑕疵を無効原因と解するか否かは、当該法令定款の趣旨等によって判断することとなる。そして、多数意見は、商法二八○条ノ一〇及び二八〇条ノ三ノ二の趣旨により、右の仮処分命令に違反した新株発行に無効原因があると解するものである。
なお、反対意見は、多数意見によると、仮処分債権者以外の株主で新株発行により不利益を受けるおそれのない者、取締役又は監査役が新株発行無効の訴えを提起した場合にも、右仮処分命令違反が無効原因となるものと解せざるを得ないことになるとして、多数意見を論難する。しかし、右の株主が右仮処分命令違反を理由として新株発行無効の訴えを提起することは、株主は他の株主に対する招集通知の瑕疵を理由として株主総会決議取り消しの訴えを提起することができると解されている(最高裁昭和四一年(オ)第六六四号同四二年九月二八日第一小法廷判決・民集二一巻七号一九七〇頁参照)ことに徴しても、不当ということはできない。また、取締役又は監査役が右仮処分命令違反を理由として新株発行無効の訴えを提起することは、その職務上当然のことというべきである。
裁判官大白勝は、裁判官味村治の補足意見に同調する。
+反対意見
裁判官三好達の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見と異なり、原判決中本件新株発行無効の訴えに係る部分を破棄し、右訴えを却下すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。
一 多数意見は、本件新株発行無効の訴えは、出訴期間の遵守に欠けるところはないとするが、その理由とするところは、本件新株発行差止請求の訴えは、被上告人Aが本件仮処分命令を得た上で提起したものであり・被上告人らは、右訴えの提起により、万一右仮処分命令に違反して新株が発行された場合には右新株発行の効力を争い、仮処分命令違反をその理由とする意思をも表明していると認められるから、その後予備的に提起した本件新株発行無効の訴えは、本件新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視できる、というのである。また、多数意見中には、本件新株発行差止請求の訴えと本件仮処分命令に違反してされた新株発行に対する無効の訴えとは、事前と事後の違いはあるが、ともに本件新株発行により不利益を受けるとする被上告人らがその新株発行を阻止し、若しくはその効力を否定しようとするものであって、同一の経済的利益を追求するものということができる、との説示も見られる。これらによれば、出訴期間の遵守に欠けるところがないとする多数意見は、本件新株発行差止請求の訴えは本件新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟であって、両者は制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえ得ること、及び、新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする仮処分命令違反が新株発行無効の訴えにおける無効原因となるべきことを前提としているものと解せるれる。けだし、そうでなければ、被上告人らの主観的意図はともかく、法的には、前記のような意思の表明を認める余地はなく、原審の適法に確定した本件事実関係の下においても、本件新株発行差止請求の訴えを提起した時点で、本件新株発行無効の訴えが提起されたと同視することは到底できないからである。多数意見の引用する最高裁昭和五九年(行ツ)第七〇号同六一年二月二四日第二小法廷判決・民集四〇巻一号六九頁の判示は、土地改良事業において一時利用地が従前地に照応していないことを理由とする一時利用地指定処分の取消しの訴えをその一時利用地をそのまま換地として指定した換地処分の取消しの訴えに変更した場合に係るものであって、変更前の訴えも変更後の訴えも、いずれも同一の土地改良事業の手続において関連してされた行政処分の取消しの訴えであり、いずれの訴えにおいても取消事由となり得る共通した瑕疵が取消事由として主張されている場合に係るものなのである。そこでまず、出訴期間遵守の有無の検討に先立ち、これらの点を検討することとする。
二 新株発行差止請求権に係る訴えと新株発行無効の訴えの制度的関連の有無
商法二八〇条ノ一〇は、「会社ガ法令若ハ定款ニ違反シ又ハ著シク不公正ナル方法ニ依リテ株式ヲ発行シ之ニ因リ株主ガ不利益ヲ受クル虞アル場合ニ於テハ其ノ株主ハ会社ニ対シ其ノ発行ヲ止ムベキコトヲ請求スルコトヲ得」と規定しているが、この差止請求権は、「株主ガ不利益ヲ受クル虞アル場合ニ於テハ其ノ株主ハ」との規定からして、その発行により不利益を受けるおそれのある個々の株主の個人的権利としての会社に対する請求権であることが明らかであり、右請求権は、それだけでは新株発行の無効原因とはなり得ない程度の瑕疵があるのにすぎない場合にも、その発行により不利益を受けるおそれのある個々の株主がその差止めを求めることができる権利として創設されたものである。そして、右請求権は訴えによってのみ行使すべきことを定めた規定や訴訟上行使して得た勝訴判決が第三者に対しても効力を有することをうかがわせる規定は見当たらないから、株主は訴訟外でもこれを行使することができるものというべきであるし、株主がこの請求権を訴訟によって行使し、勝訴判決を得たとしても、その判決は、会社の当該新株発行の権限を対世的に制約する法律状態を形成するものではないというべきである。それゆえ、会社が当該新株を発行しても、右請求権を行使した株主に対し損害賠償の義務を負うは格別、発行自体が無効とされることはないといわなければならない。
これに対し、同法二八〇条ノ一五所定の新株発行無効の訴えは、新株発行の全体を通じてその効力に影響を及ぼすような法令又は定款の違反がある場合に、その無効を一体として画一的に確定するための会社組織法上の訴えとして創設されたものであって、新株発行の無効はこの訴えによってのみ主張することができ(同条一項)、これを無効とする判決は第三者に対しても効力を有する(同法二八〇条ノ一六、一〇九条)。原告適格についても、株主、取締役又は監査役がその資格においてその者自身が不利益を受けるおそれの有無にかかわらず提起することができ、株主が提起する場合は、共益権の一つとしての監督是正権の行使に当たるとされている。
してみれば、新株発行差止請求権と新株発行無効の訴えとは、相関連する制度として創設されたものではなく、右請求権の行使として提起される差止請求の訴えと新株発行無効の訴えは、訴えの性質、原告適格、請求原因、判決の効力等を異にすることが明らかであるから、新株発行差止請求の訴えを新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟であるとしたり、両者を制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえたりすることはできないのといわなければならない。
三 新株発行差止仮処分命令違反と新株発行無効の訴えの無効原因
1 新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする差止仮処分に関しては、商法その他の法令に特段の規定は存在しないから、その仮処分命令の効力は、もっぱら仮処分の一般原則によるほかはない。そして、二に述べたように、株主がこの差止請求権を行使しても、その効力は個々の株主と会社との間の債権債務を形成するにとどまり、仮に株主が勝訴判決を得たとしても、同様であることからすれば、右請求権に係る訴えを本案とする仮処分命令の効力もまた、会社に当該株王に対する不作為義務を課するにとどまるものといわなければならず、それ以上の効力を有するとすることは、理にもとることが明らかである。してみれば、右仮処分命令は、会社の新株発行権限にいかなる影響をも与え得るものではない。このことは、新株発行差止仮処分命令については、登記等の公示方法によってこれを公示する規定がないことによっても裏付けられるというべきで、このような公示を欠きながら、仮処分命令がその手続の当事者以外にまで効力を持つとするならば、第三者の権利保護について配慮を欠くとのそしりを免れない。
このように、会社の有する新株発行権限は、新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする差止仮処分命令によっていかなる制約をも受けることはないから、会社が右命令に違反しても、それが新株発行無効の訴えにおける無効原因となり得ないことは明らかである。
2 多数意見は、新株発行差止仮処分命令違反がその発行の効力に影響がないとすれば、差止請求権を株主の権利として特に認め、しかも仮処分命令を得る機会を株主に与えることによって差止請求権の実効性を担保しようとした法の趣旨が没却されてしまうこととなるという。
しかしながら、本来仮処分命令は、疎明によって発せられる暫定的裁判であり、そのような裁判につき多数意見の説示するような強力な効力を認めることは、そのように解するに足る明確な法令の定めをまって、はじめてなし得るところ、多数意見の拳示する商法二八○条ノ一○及び二八〇条ノ三ノ二を新株発行差止仮処分命令の効力にまで言及した規定ということができないことは、その文言から明らかである。
そればかりではない。二に述べたように、もともと新株発行差止請求権は、それだけでは新株発行の無効原因とはなり得ない程度の瑕疵があるのにすぎない場合にも、その発行により不利益を受けるおそれのある個々の株主がその差止めを求めることができる権利として創設されたものであって、当該株主が自己の権利保全のために仮処分命令を得ているからといって、それに違反してされた新株発行を全体として無効としてしまうことは、一般に新株発行無効の訴えにおける無効原因が取引の安全保護の見地から制限的に解されてきている傾向に背馳し、本来無効原因とはならない瑕疵をも無効原因としてしまうのと同様の結果となり、かえって、不当な結果をもたらすというべきであろう。更にいえば、仮に新株発行差止仮処分命令違反が新株発行無効の訴えにおける無効原因となるとするならば、その仮処分債権者以外の株主であって新株発行により不利益を受けるおそれのない者、取締役又は監査役が新株発行無効の訴えを提起した場合においても、右仮処分命令違反が無効原因となるものと解さざるを得ないであろう。現に本件でも、仮処分債権者は被上告人Aのみであるのにかかわらず、多数意見は、その余の被上告人らも右仮処分命令違反を無効原因として主張できるとの前提にたって、その余の被上告人らの請求を認容すべきものとしており、かくては、本来は新株発行無効の訴えにおける無効原因とはなり得ず、個々の株主の利益を擁護すべき差止原因にとどまるべき事実が、株主の一人が自己の個別的権利保全のための暫定的裁判である差止仮処分命令を得ているとの一事によって、他の株主、取締役又は監査役の提起する新株発行無効の訴えにおいて第三者に対する関係においても新株発行を無効とする原因となってしまうのである。ちなみに、本件は、被上告人らにおいて、新株引受権を株主以外の者に付与することについて株主総会の特別決議を経ないで新株発行がされ、かつ、著しく不公正な方法により新株発行がされたことを差止請求の事由として主張し、変更後の無効の訴えにおいて、これらに付加して差止仮処分命令違反をも無効原因として主張した事案であるが、右特別決議の欠缺は新株発行無効の訴えにおける無効原因とはなり得ないとされており(最高裁昭和三九年(オ)第一〇六二号同四〇年一〇月八日第二小法廷判決・民集一九巻七号一七四五頁参照)、原審も、被上告人ら主張の無効原因のうち差止仮処分命令違反以外は、無効原因とはならないとして、これを排斥しているのである。
付言するに、一般的にいって、単純な不作為のみを命ずる仮処分命令は、その実質において、当該当事者間における債務者の不作為義務を確認する意味を有するにとどまり、それを無視する債務者に対してはその実効性を確保することは困難なのである。それは仮処分命令によって形成された不作為義務の強制的実現のための方策が現行法上不十分であることによる共通の結果であって、新株発行差止仮処分命令についてのみ、その実効性が確保されていないわけではない。そのような方策に係る立法がない以上、会社が右仮処分命令を無視したとしても、債権者である株主の救済は、会社に対する損害賠償の請求その他当該株主と会社ないし取締役との間の個別的関係において図られるほかはないというべきである。
四 出訴期間の遵守の有無
二に述べたように、新株発行差止請求権と新株発行無効の訴えとは、相関連する制度として創設されたものではなく、右請求権の行使として提起される差止請求の訴えと新株発行無効の訴えは、訴えの性質、原告適格、請求原因、判決の効力等を異にすることが明らかであるから、新株発行差止請求の訴えを新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟であるとしたり、両者を制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえたりすることはできないこと、三に述べたように、新株発行差止仮処分命令違反は、新株発行無効の訴えにおける無効原因とはなり得ないものであることからすれば、原審の適法に確定した本件事実関係の下においても、本件新株発行差止請求の訴えを提起した時に本件新株発行無効の訴えが提起されたと同視することができる特段の事情があるとする余地はなく、本件新株発行無効の訴えは、出訴期間を徒過して提起された不適法な訴えといわざるを得ない。
裁判官大堀誠一は、裁判官三好達の反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 三好達 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 大白勝)
++解説
《解 説》
一 本件事案の概要
タクシー事業及び貸切バス事業等を営むY会社は、現在の取締役会を支持する株主とこれに反対する株主の対立が続いていたところ、Y会社の取締役会は、昭和五九年八月二三日、割当てを受ける者をA(Yの関連会社)とする新株三万株の発行を決議した。当時のY会社の発行する株式の総数は一〇万株で、発行済株式の総数は七万株であった。これに対してY会社の株主Xは、裁判所に対して、商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分の申立てをし、同月一二日、仮処分命令を得た。その上で、Xは、他の株主らとともに同月二〇日、新株発行差止請求訴訟を提起した。Xらの主張は、本件の新株発行は、現在の取締役会の方針に反対する株主の持株比率を減少させ、Y会社の支配確立を目的としたものであり、商法二八〇条ノ二第二項に違反し、かつ、著しく不公正な方法によるもので、Xら株主が不利益を受けるおそれがあるというものであった。Y会社は、同月一三日、仮処分命令に対して異議の申立てをしたが、新株発行はそのまま実施することにし、Aから払込期日である九月一四日に新株払込金の支払を受けた。本件の新株発行差止請求訴訟は、その後審理が続けられたが、昭和六〇年一〇月三一日になって、Yは、既に新株発行は実施されているから、差止請求は訴えの利益がなくなったと主張したため、右主張により初めて新株発行の事実を知ったXらは、予備的追加的に差止請求を新株発行無効の訴えに変更する旨の申立てを行った。その無効原因として主張するものは、仮処分命令違反を追加したほかは従前の差止請求で主張していたものと同一であった。
新株発行無効の訴えは、新株発行の日から六か月以内に提起しなければならないところ(商二八〇条ノ一五第一項)、本件では訴えの変更がされた時点では発行の日より一年余り経過していたため、変更後の新株発行無効の訴えは適法か否か、適法とした場合には差止仮処分の違反は無効の訴えの無効原因となるかが争われた。一、二審とも変更後の新株発行無効の訴えについて出訴期間の遵守に欠けるところはないとしたが、一審は、仮処分の命令違反は新株発行の無効原因とならないとしたのに対して、二審(本誌六九一号二二〇頁)は、仮処分命令違反は無効原因となるとして、Xらの請求を認容したため、Yが上告した。本判決は、判文のとおりの理由により二審の結論を維持したものであるが、裁判官二名の反対意見が付されている。
二 新株発行無効の訴えの出訴期間
本件においては新株発行無効の訴えに変更された時点では、新株の発行がされた日(払込期日の翌日)から既に六か月以上経過していた。したがって、形式的にいえば、出訴期間経過後の変更申立てであるから、変更後の新株発行無効の訴えは却下を免れない(民訴二三五条)。しかし、変更前後の請求の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときは、出訴期間の関係では適法なものとして取り扱うことができると解される(最二小判昭61・2・24民集四〇巻一号六九頁、本誌五九一号四七頁)。
本件判決の多数意見は、当該新株発行により持株比率の減少等の不利益を受けるとする株主によって、新株発行差止めの仮処分を得た上でされた新株発行差止請求訴訟の提起には、万一右仮処分命令に違反して新株が発行された場合には右仮処分命令違反をも理由にして新株発行の効力を争う意思も表明されていると認められるとして、変更後の新株発行無効の訴えについても当初の発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視し得る特段の事情があるとした。あくまで事例的な判断ではあるが、補足意見や反対意見にも指摘されているように、新株発行差止請求の訴えと新株発行無効の訴えとの関係をどのように考えるか、仮処分命令違反を無効の訴えの無効原因と考えるか否かによって、結論を異にする面が多分にあるものと思われる。
三 新株発行無効の訴えの無効原因
商法二八〇条ノ一五の新株発行無効の訴えについては、法はその無効原因を何ら規定していない。したがって、何が無効原因となるかは解釈によって決するしかないが、発行された株式が不特定多数人の間を流通するという性格を有することから、発行された以上はできるだけ無効にしないように解するのが相当とされる。実務上問題とされているのは、(一) 発行手続に必要な株主総会や取締役会の決議を欠く発行、(二) 発行事項の公告、通知(商二八〇条ノ三ノ二)を欠く発行、(三) 著しく不公正な方法による発行、(四) 差止仮処分に違反した発行などであるが、本件で問題とされたのは右(四)の差止仮処分に違反してされた新株発行の効力である。
差止仮処分に違反した新株発行については、学説は大きく有効説(石井照久・商法I(二)五五四頁、河本一郎・現代会社法新訂五版二五一頁など)、無効説(鈴木竹雄=竹内昭夫・会社法三二七頁、松田二郎・会社法概論二八六頁、田中誠二・再全訂会社法詳論下九六四頁など)とに分かれるほか、原則無効だが会社が差止原因がないことを立証したときには無効とならないとする見解(大隅健一郎=今井宏・会社法論中(三版)六五七頁注(9))、取引の安全との兼ね合いから善意の第三者に譲渡されるまでは無効とする見解(山口和男・実務法律体系8仮差押仮処分五三三頁、飯塚重男・注解民事執行法(7)三二頁)などがある。しかし、実際に仮処分命令に違反して新株発行が強行されることは少ないようで、裁判例としては無効説に立つ横浜地判昭50・3・25判時七九〇号一〇六頁がある程度である。
新株発行差止請求の制度は、昭和二五年の商法改正により創設されたものである。右改正前の商法は、会社の資本の総額を定款に掲げ、これを均等の額面株式に分割し、資本の総額に当たる株式の引受があることを要求していた。そのため、会社が新株を発行するには、必ず株主総会の特別決議によって定款を変更し、資本の総額を増加する必要があったが、昭和二五年の改正商法は、いわゆる授権資本制度を採用し、定款には、資本の総額の代わりに会社が発行する株式の総数を掲げるものとし、その四分の一の発行があれば足り、会社が発行する株式の総数から発行済株式総数を控除した残部については、取締役会の決議によって発行できるようにした。そのため、原則として、株主は新株発行に関与できなくなったが、株主にとって不利益、不公正な新株発行がされるのを事前に防止するために新設されたのが新株発行差止請求の制度である。そしてこの差止請求は、裁判外でもなしうるが、これに会社が応じるとは考えられないから、通常は、差止請求訴訟の提起あるいは差止仮処分の申請という形でされる。しかし、差止請求は、あくまで発行前にされることが必要であり、差止請求訴訟を提起しても、新株発行が行われてしまえば、差止請求は目的を失い、訴えの利益はなくなると解され(通説)、通常の訴訟で新株発行手続が終了する前に判決が確定することはほとんど不可能であるから、差止請求を実効あらしめようとすれば仮処分手続によるほかはないことになる。昭和四一年の商法改正により、会社は、払込期日の二週間前までに発行事項を公告、通知することが義務付けられたが(商二八〇条ノ三ノ二)、この規定は、従前株主が不知の間に違法な又は不公正な新株発行を行うことが可能であった点を改め、事前に新株発行の内容を知らしめ、新株発行の差止請求をする機会を株主に与えることにより、新株発行が公正に行われることを担保しようとする趣旨の下に新設されたものであり、二週間という期間は、仮処分の申請のための準備に要する期間と申請後仮処分がされるまでの期間を考慮したものとされている(味村治・改正株式会社法一八〇頁)。
不作為を命じた仮処分命令に違反する法律行為の効力という点から直ちに無効という結論を導き出すのは難しいであろうが、本判決(多数意見)は、差止仮処分命令を無視してされた新株発行を有効とするときは、右のような差止請求を特に権利として認めた立法の趣旨に沿わない結果となるとしており、商法二八〇条ノ一五などの実体法の規定の解釈として、無効説を採ったものと思われる。
四 まとめ
本判決には、二名の裁判官の反対意見が付されたが、今まで学説が対立していた差止仮処分と新株発行無効の訴えとの関係につき最高裁が初めて判断を示したものであり、また、新株発行をめぐっては近時仮処分で争われる事例が増えていることから、実務に与える影響には大きいものがあると思われる。
2.差止めの仮処分が認められるための要件
3.募集新株予約権の発行・新株予約権無償割当ての差止めの仮処分
Ⅶ おわりに