1.小問1(1)について
・債務不履行解除の場合
+判例(S36.12.1)
+判例(H9.2.25)
理由
上告代理人須藤英章、同関根稔の上告理由について
一 被上告人の本訴請求は、上告人らに対し、(一) 主位的に本件建物の転貸借契約に基づいて昭和六三年一二月一日から平成三年一〇月一五日までの転借料合計一億三一一〇万円の支払を求め、(二) 予備的に不当利得を原因として同額の支払を求めるものであるところ、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、本件建物を所有者である訴外有限会社田中一商事から賃借し、同会社の承諾を得て、これを上告人キング・スイミング株式会社に転貸していた。上告人株式会社コマスポーツは、上告人キング・スイミング株式会社と共同して本件建物でスイミングスクールを営業していたが、その後、同会社と実質的に一体化して本件建物の転借人となった。
2
被上告人(賃借人)が訴外会社(賃貸人)に対する昭和六一年五月分以降の賃料の支払を怠ったため、訴外会社は、被上告人に対し、昭和六二年一月三一日までに未払賃料を支払うよう催告するとともに、同日までに支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。しかるに、被上告人が同日までに未払賃料を支払わなかったので、賃貸借契約は同日限り解除により終了した。
3 訴外会社は、昭和六二年二月二五日、上告人ら(転借人)及び被上告人(貸借人)に対して本件建物の明渡し等を求める訴訟を提起した。
4 上告人らは、昭和六三年一二月一日以降、被上告人に対して本件建物の転借料の支払をしなかった。
5 平成三年六月一二日、前記訴訟につき訴外会社の上告人ら及び被上告人に対する本件建物の明渡請求を認容する旨の第一審判決が言い渡され、右判決のうち上告人らに関する部分は、控訴がなく確定した。
訴外会社は平成三年一〇月一五日、右確定判決に基づく強制執行により上告人らから本件建物の明渡しを受けた。
二 原審は、右事実関係の下において、訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約が被上告人の債務不履行により解除されても、被上告人と上告人らとの間の転貸借は終了せず、上告人らは現に本件建物の使用収益を継続している限り転借料の支払義務を免れないとして、主位的請求に係る転借料債権の発生を認め、上告人らの相殺の抗弁を一部認めて、被上告人の主位的請求を右相殺後の残額の限度で認容した。
三 しかしながら、主位的請求に係る転借料債権の発生を認めた原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
賃貸人の承諾のある転貸借においては、転借人が目的物の使用収益につき賃貸人に対抗し得る権原(転借権)を有することが重要であり、転貸人が、自らの債務不履行により賃貸借契約を解除され、転借人が転借権を賃貸人に対抗し得ない事態を招くことは、転借人に対して目的物を使用収益させる債務の履行を怠るものにほかならない。そして、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合において、賃貸人が転借人に対して直接目的物の返還を請求したときは、転借人は賃貸人に対し、目的物の返還義務を負うとともに、遅くとも右返還請求を受けた時点から返還義務を履行するまでの間の目的物の使用収益について、不法行為による損害賠償義務又は不当利得返還義務を免れないこととなる。他方、賃貸人が転借人に直接目的物の返還を請求するに至った以上、転貸人が賃貸人との間で再び賃貸借契約を締結するなどして、転借人が賃貸人に転借権を対抗し得る状態を回復することは、もはや期待し得ないものというほかはなく、転貸人の転借人に対する債務は、社会通念及び取引観念に照らして履行不能というべきである。したがって、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に、転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了すると解するのが相当である。
これを本件についてみると、前記事実関係によれば、訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約は昭和六二年一月三一日、被上告人の債務不履行を理由とする解除により終了し、訴外会社は同年二月二五日、訴訟を提起して上告人らに対して本件建物の明渡しを請求したというのであるから、被上告人と上告人らとの間の転貸借は、昭和六三年一二月一日の時点では、既に被上告人の債務の履行不能により終了していたことが明らかであり、同日以降の転借料の支払を求める被上告人の主位的請求は、上告人らの相殺の抗弁につき判断するまでもなく、失当というべきである。右と異なる原審の判断には、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合の転貸借の帰趨につき法律の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中、上告人ら敗訴の部分は破棄を免れず、右部分につき第一審判決を取り消して、被上告人の主位的請求を棄却すべきである。また、前記事実関係の下においては、不当利得を原因とする被上告人の予備的請求も理由のないことが明らかであるから、失当として棄却すべきである。よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)
++解説
《解 説》
一1 Xは、所有者であるAから本件建物を賃借し、Aの承諾を得て、これをプール施設に改造した上でYらに転貸し、Yらがスイミングスクールを営んでいた。
2 XがAに対する賃料の支払を怠ったため、Aは昭和六二年一月に賃貸借契約を解除し、同年二月にX及びYらを共同被告として本件建物の明渡請求訴訟を提起した。
Yらは、右訴訟係属中の昭和六三年一二月以降、Xに対して転借料を支払わなかった。
3 右訴訟の一審判決は、Aの明渡請求を認容し、Yらは右判決に対して控訴せず、右判決に基づく強制執行により、平成三年一一月にAに対して本件建物を明け渡した。
4 Xは、その後に本件訴訟を提起し、Yらに対し、転貸借契約に基づいて昭和六三年一二月から建物明渡時までの未払転借料の支払を求め、予備的に不当利得を原因として同額の支払を求めた。Yらは、AX間の賃貸借契約がXの債務不履行により解除されたことにより転貸借契約は終了したとして、転借料債務を争った。
第一審及び原審は、Yらが現に本件建物の使用収益を継続している限りは転借料の支払義務を免れないとして、Xの請求を認容(相殺の抗弁を認めて一部棄却)した。Yらの上告に対し、本判決は、前記のとおり判示し、転貸借は既に終了して転借料債務は発生しないとして、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、Xの請求を全部棄却した。
二 甲が乙に物を賃貸し、乙が甲の承諾の下にこれを丙に転貸するという承諾ある転貸借において、甲乙間の賃貸借が乙の債務不履行により解除されて終了した場合、丙は、目的物の使用収益権(転借権)を甲に対抗し得なくなる。この場合の乙丙間の転貸借の帰すうが本件の問題である。
かつては、賃貸借の終了により転貸借も当然に終了するとの説もあったが、現在では、転貸借は賃貸借とは別個の契約であり、賃貸借の終了により当然に終了するものではなく、乙(転貸人)の丙(転借人)に対する債務が履行不能となったときに終了すると解することにほぼ異論はない。しかし、どの時点で乙の丙に対する債務が履行不能となるかについては、見解が分かれている。
1 大判昭10・11・18民集一四巻二〇号一八四五頁は、電話加入権の転貸借の事案について、賃貸借が終了した場合に転貸借は当然に効力を失うものではないが、転借人が賃貸人から目的物の返還請求を受けたときは、これに応じざるを得ず、その結果、転貸人としての義務の履行が不能となり、転貸借は終了する旨判示した。
最判昭36・12・21民集一五巻一二号三二四二頁は、原審が右昭和一〇年大判を引用して「賃借人が債務不履行により賃貸人から賃貸借契約を解除されたときは、賃貸借契約の終了と同時に転貸借契約もその履行不能により当然終了する」と判示し、上告理由がこれを非難したのに答えて、原審の右引用は正当である旨判示した。右最判の事案は、土地の所有者・賃貸人から土地転借人所有の地上建物の賃借人に対する建物退去土地明渡請求事件であるところ、土地の賃貸借契約は賃借人の債務不履行によって解除され、土地賃貸人の転借人に対する建物収去明渡請求を認容する判決が既に確定しているというのであり、右請求の当否を判断する上で転貸借の帰すう判断をする必要はないことから、転貸借の終了時期に関する右判示部分は、傍論との指摘がされている(椿寿夫・不法占拠(綜合判例研究叢書・民法(25))二二頁)。本件の一審、原審とも、右最判は、転貸借の終了時期に関して判断したものではないとしている。
2 学説は、この点について詳しく論じたものは少なく、借地法・借家法の代表的な教科書でもこの点に触れていないものも見られる。昭和三六年最判が賃貸借の終了と同時に転貸借も履行不能により終了する旨判示したものと理解し、これを支持する見解としては、金山正信「賃貸借の終了と転貸借」契約法大系Ⅶ五頁、大石忠生「借地権の消滅」不動産法大系Ⅲ一七三頁などがある。これに対し、米倉明「三六年最判評釈」法協八〇巻六号八九五頁は、賃貸人からする目的物返還請求によって転貸人の転借人に対する義務の不履行を生ずる、とすることも社会通念上肯定されてよいとして、賃貸人から転借人に対して目的物返還請求があったときに履行不能になるとの見解を示している。また、我妻・債権各論中巻一・四六四頁は、乙が事実上も丙をして用益させることができなくなれば、乙の債務は履行不能となるとしており、丙が事実上目的物の使用収益を続けている限りは転貸借は終了しないとの見解と考えられる。
三 転貸借において、転貸人(乙)は転借人(丙)に目的物を使用収益させる義務を負うが、右義務の内容が丙をして事実上収益可能な状態に置くことで足りるとすれば、乙の債務不履行により賃貸借が解除されても、丙が甲に目的物を返還するなどして事実上使用収益ができなくなるまでは、乙の丙に対する債務の不履行はないということになろう。しかし、賃貸人の承諾ある転貸の場合、乙丙間の転貸借契約が甲乙間の有効な賃貸借契約を基礎として成立し、丙が甲に転借権を対抗し得ることが重要であることからすると、乙の丙に対する「使用収益させる義務」は、単に目的物を丙の占有下において事実上使用収益させるにとどまらず、賃貸借契約を有効に存続させて、丙が甲に対する関係で使用収益権を主張できるようにすることも「使用収益させる義務」の内容となるものと考えられる。とすれば、乙が甲に対する債務の履行を怠って賃貸借契約を解除され、丙が甲に転借権を対抗し得ない状態に陥らせることは、丙に対する転貸人としての債務の履行を怠るものというべきであろう。
甲乙間の賃貸借契約が解除されると、丙は転借権を甲に対抗することができなくなり、甲から目的物の返還請求を受ければ、これに応じなければならない。また、丙が賃貸借終了の事実を知らずに乙に転借料を支払って目的物の使用収益を続けている間はともかく、甲から返還請求を受けた時点以降は、甲に対して不法行為による損害賠償債務や不当利得返還債務を免れない。他方、一旦賃貸借契約が有効に解除され、甲が現実の占有者である丙に目的物の返還を請求した以上、乙が甲との間で再び賃貸借契約を締結するなどして、丙が甲に転借権を対抗し得る状態を回復することは著しく困難と考えられる。右のような状態は、およそ乙が丙に対して目的物を使用収益させる義務を履行しているとはいえず、社会通念ないし取引観念に照らし、右義務の履行を期待しがたいものといわざるを得ないと考えられる。
本判決は、以上のような点を考慮して、原則として、甲が丙に目的物の返還を請求した時に乙の丙に対する債務の履行不能により転貸借が終了すると判断したものと思われる。
四 賃貸借が賃借人の債務不履行により解除された場合の転貸借の帰すうは、承諾ある転貸借の法律関係に関する基本的問題であるが、従来、必ずしも十分な議論がされておらず、判例の態度も明確とは言い難い状況にあったところであり、本判決は、この問題につき明確な判断を示したものとして、注目される。
+判例(S37.3.29)
理由
上告代理人盛川康の上告理由第一、二、三点及び上告代理人中原盛次の上告理由について。
しかし、原判決は、所論転貸借の基本である訴外Aと亡Bとの間の賃貸借契約は、同人の賃料延滞を理由として、催告の手続を経て、昭和三〇年七月四日解除された事実を確定し、かかる場合には、賃貸人は賃借人に対して催告するをもつて足り、さらに転借人に対してその支払いの機会を与えなければならないというものではなく、また賃借人に対する催告期間がたとえ三日間であつたとしても、これをもつて直ちに不当とすべきではないとして、上告人の権利濫用、信義則違反等の抗弁を排斥した原判決は、その確定した事実関係及び事情の下において正当といわざるを得ない。引用の各判例は、本件と事案を異にし、本件に適切でない。
所論はひつきよう独自の見解に立つものであるから採るを得ない。
上告代理人盛川康の上告理由第四点について。
しかし、原判決引用の一審判決理由をみれば、所論主張について判断されていることが窺われるから論旨は理由がない。
同第五点について。
しかし、終結した弁論の再開を命ずるか否かは、裁判所の裁量に属するところであり、本件訴訟の経過に鑑みれば、原審が所論弁論の再開を命じなかつたからといつて所論の違法があるとはいえない。
同第六点について。
しかし、記録によれば、吉岡代理人は本件一審において被上告人の訴訟代理人として適法に訴訟行為をなし、その代理委任状によれば、右代理人は二審における上告人提起の控訴に対しても訴訟行為をする権限を有したものと認められるから、所論委任状の如何に拘らず、同代理人の原審における訴訟行為は適法になされたものといわざるを得ない。それゆえ論旨は理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)
・合意解除の場合
+判例(S38.4.12)
理由
上告代理人本山亨、同水口敞、同桜川玄陽の上告理由第一、二点について。
原判決の確定した事実によれば、本件賃借人と転借人とは判示のような密接な関係をもち、転借人は、賃貸人と賃借人との間の明渡に関する調停および明渡猶予の調停に立会い、賃貸借が終了している事実関係を了承していたというのであるから、原判決が、本件転貸借は賃貸借の終了と同時に終了すると判断したのは正当であつて、所論の違法は認められない。論旨は独自の見解であつて採用しえない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介)
←転貸人と転借人が事実上同一だった場合。
+判例(H38.2.21)
理由
上告代理人松井久市の上告理由第一点について。
しかし、原判決の確定した事実によれば、本件建物は、杉皮葺板壁平屋建一棟建坪四三坪八合のものであつて、訴外Aの建築したものを、昭和三〇年三月被上告人において賃借し、爾来被上告人がこれに居住し、家具製造業を営んで現在に至つているというのであるから、原判決がこれを借地、借家法にいう建物に当ると判示したのは正当である。
所論は、原審の適法にした事実認定を非難し、判示に反する事実を前提として原判決に所論違法ある如く主張するに帰するから、採るを得ない。
同第二点について。
しかし、原判決が、本件借地契約は、借地法九条にいう一時使用のためのものではなく、借地法の適用を受ける建物所有のために設定されたものであること、所論調停条項は、所論の如き趣旨のものではなくて、上告人と訴外Aとが、右の本件借地契約を合意解除してこれを消滅せしめるとの趣旨であるとした判断は、挙示の証拠関係及び事実関係に徴し、首肯できなくはない。
ところで、本件借地契約は、右の如く、調停により地主たる上告人と借地人たる訴外Aとの合意によつて解除され、消滅に至つたものではあるが、原判決によれば、前叙の如く、右Aは、右借地の上に建物を所有しており、昭和三〇年三月からは、被上告人がこれを賃借して同建物に居住し、家具製造業を営んで今日に至つているというのであるから、かかる場合においては、たとえ上告人と訴外Aとの間で、右借地契約を合意解除し、これを消滅せしめても、特段の事情がない限りは、上告人は、右合意解除の効果を、被上告人に対抗し得ないものと解するのが相当である。
なぜなら、上告人と被上告人との間には直接に契約上の法律関係がないにもせよ、建物所有を目的とする土地の賃貸借においては、土地賃貸人は、土地賃借人が、その借地上に建物を建築所有して自らこれに居住することばかりでなく、反対の特約がないかぎりは、他にこれを賃貸し、建物賃借人をしてその敷地を占有使用せしめることをも当然に予想し、かつ認容しているものとみるべきであるから、建物賃借人は、当該建物の使用に必要な範囲において、その敷地の使用收益をなす権利を有するとともに、この権利を土地賃貸人に対し主張し得るものというべく、右権利は土地賃借人がその有する借地権を抛棄することによつて勝手に消滅せしめ得ないものと解するのを相当とするところ、土地賃貸人とその賃借人との合意をもつて賃貸借契約を解除した本件のような場合には賃借人において自らその借地権を抛棄したことになるのであるから、これをもつて第三者たる被上告人に対抗し得ないものと解すべきであり、このことは民法三九八条、五三八条の法理からも推論することができるし、信義誠実の原則に照しても当然のことだからである。(昭和九年三月七日大審院判決、民集一三巻二七八頁、昭和三七年二月一日当裁判所第一小法廷判決、最高裁判所民事裁判集五八巻四四一頁各参照)。
されば、原審判断は、結局において正当であり、論旨は、ひつきょう原審が適法にした事実認定を非難するか、独自の見解をもつて原判決に所論違法ある如く主張するに帰するから、採るを得ない。
なお、論旨後段の、上告人が前記和解において、本件建物をA所有の他の建物とともに四二万円で買い受けることにしたのは、便宜上移転料に代え、取毀し材料として買受けたものである云々の主張は、原審で主張判断を経ていない事実であるから、これをもつてする論旨は、採るを得ない。
同第三点について。
所論事実は、原審で主張されていないから、原審がそれにつき判断しなかつたのは当然のことであり、論旨は採るを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤朔郎)
+判例(H14.3.28)
理由
上告代理人桑島英美、同川瀬庸爾の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、昭和50年初めころ、ビルの賃貸、管理を業とする日本ビルプロヂェクト株式会社(以下「訴外会社」という。)の勧めにより、当時の被上告人代表者が所有していた土地の上にビルを建築して訴外会社に一括して賃貸し、訴外会社から第三者に対し店舗又は事務所として転貸させ、これにより安定的に収入を得ることを計画し、昭和51年11月30日までに原判決別紙物件目録記載の1棟のビル(以下「本件ビル」という。)を建築した。本件ビルの建築に当たっては、訴外会社が被上告人に預託した建設協力金を建築資金等に充当し、その設計には訴外会社の要望を最大限に採り入れ、訴外会社又はその指定した者が設計、監理、施工を行うこととされた。
(2) 本件ビルの敷地のうち、小田急線下北沢駅に面する角地に相当する部分51.20㎡は、もとAの所有地であったが、被上告人代表者は、これを本件ビル敷地に取り込むため、訴外会社を通じて買収交渉を行い、訴外会社がAに対し、ビル建築後1階のA所有地にほぼ該当する部分を転貸することを約束したので、Aは、その旨の念書を取得して、上記土地を被上告人に売却した。
(3) 被上告人は、昭和51年11月30日、訴外会社との間で、本件ビルにつき、期間を同年12月1日から平成8年11月30日まで(ただし、被上告人又は訴外会社が期間満了の6箇月前までに更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、更新される。)とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借」という。)を締結した。被上告人は、本件賃貸借において、訴外会社が本件ビルを一括又は分割して店舗又は事務所として第三者に転貸することをあらかじめ承諾した。
(4) 訴外会社は、昭和51年11月30日、Aとの間で、本件ビルのうちAの従前の所有地にほぼ照合する原判決別紙物件目録記載一及び二の部分(以下「本件転貸部分」という。)につき、期間を同日から平成8年11月30日まで、使用目的を店舗とする転貸借契約(以下「本件転貸借」という。)を締結した。
(5) Aは、昭和51年11月30日に被上告人及び訴外会社の承諾を得て、株式会社京樽(以下「京樽」という。)との間で、本件転貸部分のうち原判決別紙物件目録記載二の部分(以下「本件転貸部分二」という。)につき、期間を同年12月1日から5年間とする再転貸借契約(以下「本件再転貸借」という。)を締結し、京樽はこれに基づき本件転貸部分二を占有している。京樽については平成9年3月31日に会社更生手続開始の決定がされ、上告人らが管財人に選任された。
(6) 訴外会社は、転貸方式による本件ビルの経営が採算に合わないとして経営から撤退することとし、平成6年2月21日、被上告人に対して、本件賃貸借を更新しない旨の通知をした。
(7) 被上告人は、平成7年12月ころ、A及び京樽に対し、本件賃貸借が平成8年11月30日に期間の満了によって終了する旨の通知をした。
(8) 被上告人は、本件賃貸借終了後も、自ら本件ビルを使用する予定はなく、A以外の相当数の転借人との間では直接賃貸借契約を締結したが、Aとの間では、被上告人がAに対し京樽との間の再転貸借を解消することを求めたため、協議が調わず賃貸借契約の締結に至らなかった。
(9) 京樽は昭和51年12月から本件転貸部分二において寿司の販売店を経営しており、本件ビルが小田急線下北沢駅前という立地条件の良い場所にあるため、同店はその経営上重要な位置を占めている。
2 被上告人の本件請求は、上告人らに対し所有権に基づいて本件転貸部分二の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めるものであるところ、上告人らは、信義則上、本件賃貸借の終了をもって承諾を得た再転借人である京樽に対抗することができないと主張している。
原審は、上記事実関係の下で、被上告人のした転貸及び再転貸の承諾は、A及び京樽に対して訴外会社の有する賃借権の範囲内で本件転貸部分二を使用収益する権限を付与したものにすぎないから、転貸及び再転貸がされた故をもって本件賃貸借を解除することができないという意義を有するにとどまり、それを超えて本件賃貸借が終了した後も本件転貸借及び本件再転貸借を存続させるという意義を有しないこと、本件賃貸借の存続期間は、民法の認める最長の20年とされ、かつ、本件転貸借の期間は、その範囲内でこれと同一の期間と定められているから、A及び京樽は使用収益をするに足りる十分な期間を有していたこと、訴外会社は、その採算が悪化したために、上記期間が満了する際に、本件賃貸借の更新をしない旨の通知をしたものであって、そこに被上告人の意思が介入する余地はないことなどを理由として、被上告人が信義則上本件賃貸借の終了をA及び京樽に対抗し得ないということはできないと判断した。
3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記事実関係によれば、被上告人は、建物の建築、賃貸、管理に必要な知識、経験、資力を有する訴外会社と共同して事業用ビルの賃貸による収益を得る目的の下に、訴外会社から建設協力金の拠出を得て本件ビルを建築し、その全体を一括して訴外会社に貸し渡したものであって、本件賃貸借は、訴外会社が被上告人の承諾を得て本件ビルの各室を第三者に店舗又は事務所として転貸することを当初から予定して締結されたものであり、被上告人による転貸の承諾は、賃借人においてすることを予定された賃貸物件の使用を転借人が賃借人に代わってすることを容認するというものではなく、自らは使用することを予定していない訴外会社にその知識、経験等を活用して本件ビルを第三者に転貸し収益を上げさせるとともに、被上告人も、各室を個別に賃貸することに伴う煩わしさを免れ、かつ、訴外会社から安定的に賃料収入を得るためにされたものというべきである。他方、京樽も、訴外会社の業種、本件ビルの種類や構造などから、上記のような趣旨、目的の下に本件賃貸借が締結され、被上告人による転貸の承諾並びに被上告人及び訴外会社による再転貸の承諾がされることを前提として本件再転貸借を締結したものと解される。そして、京樽は現に本件転貸部分二を占有している。
【要旨】このような事実関係の下においては、本件再転貸借は、本件賃貸借の存在を前提とするものであるが、本件賃貸借に際し予定され、前記のような趣旨、目的を達成するために行われたものであって、被上告人は、本件再転貸借を承諾したにとどまらず、本件再転貸借の締結に加功し、京樽による本件転貸部分二の占有の原因を作出したものというべきであるから、訴外会社が更新拒絶の通知をして本件賃貸借が期間満了により終了しても、被上告人は、信義則上、本件賃貸借の終了をもって京樽に対抗することはできず、京樽は、本件再転貸借に基づく本件転貸部分二の使用収益を継続することができると解すべきである。このことは、本件賃貸借及び本件転貸借の期間が前記のとおりであることや訴外会社の更新拒絶の通知に被上告人の意思が介入する余地がないことによって直ちに左右されるものではない。
これと異なり、被上告人が本件賃貸借の終了をもって京樽に対抗し得るとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、原判決中、上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、被上告人の請求を棄却した第1審判決の結論は正当であるから、上記部分についての被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 町田顯 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子)
++解説
《解 説》
本件は、一棟のビルを所有し賃貸していた会社が、賃借人からの更新拒絶によって賃貸借が終了したとして、ビルの一室の再転借人に対し、貸室の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めた事案である。
原告は、昭和五〇年初めころ、ビルの賃貸、管理を業とする訴外甲株式会社の勧めにより、原告代表者所有の土地上にビルを建築して甲に一括して賃貸し、甲から第三者に店舗又は事務所として転貸させ、賃料の支払を受けるということを計画し、本件ビルを建築した。このような経緯から、本件ビルの建築に当たっては、甲の拠出した建設協力金が建築資金に充てられ、設計、施工は甲の要望を採り入れて行われた。原告は、昭和五一年に期間二〇年の約定で本件ビル全体を甲に賃貸し、それと同時に、甲は、原告承諾の下に、その一室である本件店舗部分を期間二〇年間の約定で訴外乙に転貸し、さらに乙は、原告と甲の承諾の下に、同部分を期間五年の約定で丙に再転貸した。その後、この再転貸借は更新され、現在も丙が同部分を店舗として使用している。
甲は、平成八年に原告との賃貸借の期間が満了するに際し、転貸方式による本件ビルの経営が採算に合わないとして、更新拒絶をした。原告は、賃貸借が終了した以上、再転借人である丙は本件店舗部分の占有権原を原告に対抗できないと主張して、丙の更生管財人である被告らに対して同部分の明渡しを求めた。これに対し、被告らは、原告は信義則上賃貸借の終了を丙に対抗できないと反論した。
第一審は、賃貸借の期間満了による終了により、特段の事情がない限り、転貸借は終了するが、賃借人が賃貸借を当然更新できるのにあえて更新を拒絶することは、賃借権の放棄と解する余地もあり、抵当権の目的である地上権の放棄をもって当該抵当権者に対抗することができない旨を定めた民法三九八条の趣旨や、原告が本件店舗部分の明渡しを求める必要に比べて丙の営業継続の必要が大であることを考慮すると、上記特段の事情があるというべきであるから、原告は本件賃貸借の終了をもって丙に対抗できないとして、請求を棄却した。
これに対して、原審は、旧借家法四条の文理からは、期間の満了による賃貸借の終了は、それが賃借人からの更新拒絶によるものであるとしても、特段の事情がない限り、転借人に対抗することができるものというべきであり、このことは、本件がいわゆるサブリースの事案であることによっても異なるものではなく、原告による転貸及び再転貸の承諾は、丙に対して甲の有する賃借権の範囲内で貸室を使用収益する権限を付与したものにすぎず、賃貸借の終了後も転貸借や再転貸借を存続させるという意義を有するものではないから、特段の事情があるとはいえないなどとして、原告は、賃貸借の終了を丙に対抗し得ると判断し、請求を認容した。
これに対して、被告らが上告受理申立てをしたのが本件であり、本判決は、本件事実関係の下においては、原告は、賃貸借の終了を信義則上丙に対抗することができないとして、原判決を破棄し、請求を棄却した第一審判決に対する原告の控訴を棄却する旨の自判をした。
一般に、転借権は、賃借権の上に成立しているものであり、賃借権が消滅すれば、転借権はその存在の基礎を失うとされている(我妻榮・債権各論(中)Ⅰ四六三頁、金山正信・契約法大系(7)一頁等)。
もっとも、賃貸借と転貸借は別個の契約であり、賃貸借が消滅すれば転貸借も当然に消滅するというわけではなく、賃貸人の承諾を得て適法な転貸借が成立した以上は、転借人の利益も一定の保護に値する。そこで、判例は、賃貸借の合意解除の場合は信義則上原則として転借人に対抗できないとしている(最一小判昭37・2・1裁判集民五八号四四一頁、最三小判昭62・3・24裁判集民一五〇号五〇九頁、本誌六五三号八五頁)。また、抵当権の目的である地上権を放棄しても抵当権者に対抗することができないところ(民法三九八条)、判例は、同条の趣旨の類推や信義則を根拠として、地上権の放棄や借地契約の合意解除をもって地上建物の抵当権者や賃借人に対抗することができないとしている(大判大11・11・24民集一巻七三八号、大判大14・7・18新聞二四六三号一四頁、最一小判昭38・2・21民集一七巻一号二一九頁、本誌一四四号四二頁)。
しかし、まず、賃貸人は賃借人との人的信頼関係を基礎とする賃貸借が存続する範囲で転貸を承諾するというのがその通常の意思であり、転借人は転貸であることを承知の上で借り受けたのであるから、転貸の承諾があったことから一般的に、賃貸人は信義則上賃貸借の終了後も転借人による使用収益を甘受すべきであるということにはならないであろう。また、賃借人からの更新拒絶は、賃貸人にとって防ぎようのない事態であることからすると、それによる賃貸借の終了を賃貸人が転借人に対して主張することが転貸の承諾と矛盾した態度であるとはいい難く、これを合意解除と同視することもできないと思われる。さらに、民法三九八条は、自己の権利(地上権)を他人の権利(抵当権)の目的に供した者は、自己の権利の放棄をもって当該他人に対抗できないというにとどまり、放棄がなかった場合以上に当該権利の相手方(所有者)の権利を制限するものではないから、例えば、当該地上権が地代の支払を伴う場合に、放棄後の地代の不払いを理由とする所有者からの消滅請求が妨げられるものではないと解されるところ、賃借人による賃貸借契約の更新拒絶は、賃借人の権利だけでなく賃料支払等の義務も消滅させるものである点において、単なる賃借人による権利(=使用収益権)の放棄と同視することはできず、これについて直ちに民法三九八条の趣旨を類推し転借人を保護すべきであるということはできないであろう。しかも、旧借家法四条が賃貸人と賃借人のいずれが更新拒絶をしたかを区別せずに、賃貸借が期間満了により終了したときは、その旨を賃貸人が転借人に通知してから六箇月が経過することによって転貸借が終了するとしていることからすると、同条は、期間満了によって賃貸借が終了したときは、それが賃貸人、賃借人いずれの側からの更新拒絶によるかを問わず、転借人にこれを主張できることを前提にした上で、転借権は上記の限度でしか保護されないことを明らかにしたものと解釈するのが素直であると思われる。原判決は、本件の賃貸借を通常の賃貸借と同視した上、以上のような点から、原告は本件賃貸借の終了を丙に対抗し得ると判断したものと解される。
しかし、本件賃貸借は、いわゆるサブリースと呼ばれるものの一つである。サブリースについては、学説・裁判例の上で一義的な定義があるわけではないが、賃借人自身による使用収益を目的とする通常の賃貸借とは異なり、いわゆるデベロッパーなどの事業者が、第三者に転貸して収益を上げる目的の下に、不動産の所有者からその全部又は一部を一括して借り上げ、所有者に対して収益の中から一定の賃料を支払うことを保証することをおおむね共通の内容としていると考えられる。学説においては、サブリースの場合に借地借家法による保護の要請が働くのは、賃借人ではなく、むしろ転借人についてであるとして、例えば、この場合における転貸借を賃貸人と賃借人から成る共同事業体との間の賃貸借と見たり、あるいは賃貸人から賃貸権限を委譲された賃借人との間の賃貸借と見るなどの法律構成によって、基礎となる賃貸借が期間満了や債務不履行解除によって終了しても、転借人の使用収益権を保護すべきであるとする見解(下森定・金法一五六四号四九頁、亀井洋一・銀法五七九号八二頁)が唱えられている。
本判決は、このような学説の法律構成を採ったものではないが、本件のような賃貸借では、転借人による使用収益が本来的に予定されていること、賃貸人も転貸によって不動産の有効活用を図り、賃料収入を得る目的で賃貸借を締結し、転貸を承諾していること、他方、転借人及び再転借人はそのような目的で賃貸借が締結され、転貸及び再転貸の承諾がされることを前提に転貸借ないし再転貸借を締結し、再転借人がこれを占有していることなどの事実関係があり、このような事実関係の下では、賃借人の更新拒絶による賃貸借の終了を理由に再転借人の使用収益権を奪うことは信義則に反し、賃貸借の終了を再転借人に対抗できないとして、再転借人を保護すべきものとしたものである。
賃貸借の合意解除をもって転借人に対抗できない場合の法律関係については、学説は分かれており、①賃貸借の合意解除が効力を生じないとする見解(金山正信・契約法大系(7)一一頁)、②転借人との関係では転借権を存立せしめるのに必要な範囲で賃貸借も存続するとする見解(我妻榮・債権各論(中)Ⅰ四六四頁)、③賃貸人が賃借人の地位を引き継ぐとする見解(星野英一・借地借家法三七七頁、鈴木禄彌・借地法(上)〔改訂版〕一一九九頁、原田純孝・新版注釈民法(15)別冊注釈借地借家法九五九頁)、④転借人が賃借人の地位を引き継ぐとする見解(石田喜久夫・判評二九五号一六四頁)などがあり、下級審の裁判例には、③の見解を採るものが多い(東京高判昭38・4・19下民集一四巻四号七五五頁、東京高判昭58・1・31判時一〇七一号六五頁等)。本件において、信義則適用の根拠をサブリースが賃貸人と賃借人との間の共同事業契約ないし賃貸権限の委譲という実質を有する点に求めるとすれば、より一層③の見解が妥当するということができよう。
本件は、いわゆるサブリースの事案について、賃貸人が賃貸借の終了をもって信義則上転借人に対抗できない場合のあることを判示した初めての最高裁判例であり、その基本的な考え方は、他の同種事案にも当てはまると考えられ、実務上重要な意義を有すると思われる。
・債務不履行解除できる場合における合意解除!
+判例(S41.5.19)
理由
上告代理人小野塚久太郎の上告理由第一点について。
土地賃貸人と賃借人との間において土地賃貸借契約を合意解除しても、土地賃貸人は、特別の事情のないかぎり、その効果を地上建物の賃借人に対抗できないものであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和三八年二月二一日第一小法廷判決民集一七巻一号二一九頁参照)。
被上告人らは、本件土地を訴外Aの先代Bに地代年額二、〇〇〇円の定めで賃貸していたところ、Bは昭和二六年度分から、昭和三〇年度分までの地代のうち合計九、〇〇七円五〇銭を滞納したので、被上告人らは昭和三一年五月一六日付、同月一七日到達の書面を以て同人に対し書面到達後三日以内に右滞納地代を支払方催告したが、右期間内に支払がなかつたので、被上告人らは、昭和三一年五月二〇日付、同月二二日到達の書面で同人に対し、右地代不払などを理由として本件土地賃貸借契約解除の意思表示をしたこと、被上告人らは、昭和三一年八月Bを被告として、前記の本件土地賃貸借契約解除を原因として本件建物収去、土地明渡の訴を宇都宮地方裁判所栃木支部に提起し(同支部昭和三一年(ワ)第四八号事件)、昭和三三年一二月一七日第九回口頭弁論期日において、A(Bは昭和三二年三月二四日死亡し、Aが相続した。)C、Dと被上告人らとの間に、(1)被上告人らはAに対し本件土地のうち北側一一五坪を賃貸すること、(2)Aは上告人らに対し昭和三八年一二月一六日までに本件建物を本件土地の北側の八五坪の部分へ移築し、南側の一二〇坪五合九勺の土地を明け渡すこと、(3)被上告人らはAに対し、右一二〇坪五合九勺の土地を右明渡を完了するまで賃貸すること、(4)Aは被上告人らに対し地代として毎月一、〇〇〇円を被上告人ら方に持参支払うこと、(5)A、C、Dは連帯して被上告人らに対し一〇九、〇〇〇円の債務を認め、昭和三四年六月末日限り金九、〇〇〇円、同年一二月末日限り金三〇、〇〇〇円、昭和三五年一二月末日限り金三〇、〇〇〇円、昭和三七年一二月末日限り金四〇、〇〇〇門を支払うこと、(6)地代の支払を三月分以上怠つたとき、右に述べた分割金の支払を一回でも怠つたときは、右の賃貸借契約は当然解除となり、被上告人らに対し本件土地を地上にある建物を収去して明け渡すこと、等を内容とする裁判上の和解が成立したこと、の以上の事実は、原審の適法に確定するところである。
右の事実によれば、右裁判上の和解は、被上告人らとAとの間においては、本件土地のうち原対決添付図面表示の八五坪と三〇坪の部分合計一一五坪については引き続き賃貸借契約を継続する、本件土地のうち同図面表示の一二〇坪五合九勺の部分については合意解約し、同部分の土地を期限昭和三八年一二月一六日として一時使用の賃貸借契約としたものと解すべきものとする原判決の認定は、これを肯認できるし、右事実関係は上告人の知不知をとわず、右合意解約を以て、地上建物の賃借人たる上告人に対抗できる特別事情にあたると解することができるから、これと同旨の原判決の判断は、正当として肯認することができる。なお、前記裁判上の和解の成立によつて、被上告人らと訴外B、A間の従前の前記関係事実が、右合意解約の対抗力を判断する特別事情として考慮できなくなるものではなく、その他本件記録に徴し、この点に関する原判決の判断は正当として肯認できる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難するに帰し、採るを得ない。
同第二点について。
乙第一号証は、上告人主張の契約更新を認める資料とすることができないとする原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認するに足り、原判決には所論違法はない。論旨は、ひつきよう、原審に委せられた証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、採用できない。
同第三点について。
原判決によれば、原審は、所論土地賃貸借契約更新の主張につき、和解による該土地賃貸借契約は一時使用の賃貸借契約をしたものと解すべきものとし、かつその他その更新の主張事実を認めるに足る証拠がないものとしてこれを排斥している趣旨と解せられる。従つて、原判決には所論違法はなく、論旨は右に反する見解に立つて原判決を非難するに帰し、採るをえない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)
・そもそもAと転借人Cは対抗関係に立たない!
←対抗要件制度は公示を目的としているため。Aは転貸を承諾しているのだから不利益を受ける関係にない!
・転貸人は「第三者」(545条)には当たらない!
←賃貸借における解除には遡及効がない(620条)!
=賃貸人は解除に遡及効があることを主張しているのではなく、解除後は転借人に占有権限がなくなったといっているに過ぎない!!
+(賃貸借の解除の効力)
第六百二十条 賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる。この場合において、当事者の一方に過失があったときは、その者に対する損害賠償の請求を妨げない。
2.小問1(2)について(基礎編)
合意解除を対抗できなかった場合、Cに対する賃貸人は誰になるのか?
考え方①
AB間の賃貸借も存続
613条を使う!
+(転貸の効果)
第六百十三条 賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人に対して直接に義務を負う。この場合においては、賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない。
2 前項の規定は、賃貸人が賃借人に対してその権利を行使することを妨げない。
考え方②
AC間に移転する。
賃料を請求するには対抗要件の具備!
でも、本件建物の所有権は解除前も解除後もAに帰属してるから識別機能を登記に求めることはできないのでは・・・
債権譲渡の通知という手も!
3.小問1(2)について(応用編)
4.小問2について(基礎編)
・Cに対する賃貸人が、ABの合意解除により、BからAに入れ替わると考えた場合、必要費と有益費では取り扱いが異なることになる。
+(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
+判例(S46.2.19)
理由
上告代理人吉岡秀四郎、同緒方勝蔵の上告理由第一点および第二点について。
建物の賃借人または占有者が、原則として、賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に、賃貸人または占有回復者に対し自己の支出した有益費につき償還を請求しうることは、民法六〇八条二項、一九六条二項の定めるところであるが、有益費支出後、賃貸人が交替したときは、特段の事情のないかぎり、新賃貸人において旧賃貸人の権利義務一切を承継し、新賃貸人は右償還義務者たる地位をも承継するのであつて、そこにいう賃貸人とは賃貸借終了当時の賃貸人を指し、民法一九六条二項にいう回復者とは占有の回復当時の回復者を指すものと解する。そうであるから、上告人が本件建物につき有益費を支出したとしても、賃貸人の地位を訴外Aに譲渡して賃貸借契約関係から離脱し、かつ、占有回復者にあたらない被上告人に対し、上告人が右有益費の償還を請求することはできないというべきである。これと同趣旨にでた原判決の判断は相当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
同第三点について。
建物の賃借人または占有者は、原則として、賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に賃貸人または占有回復者に対し、自己の支出した有益費の償還を請求することができるが、上告人は被上告人に対しその主張する有益費の償還を請求することのできないことは、前記のとおりである。また、原判決は、上告人は被上告人に対しては有益費の償還請求権を有せず、その消滅時効の点について考えるまでもなく上告人の請求は理由がないと判断したものであるから、有益費償還請求権の消滅時効に関する論旨は、原判決の判断しないことに対する非難である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男)
+判例(S44.7.17)
理由
上告代理人鈴木権太郎の上告理由について。
原判決が昭和三六年三月一日以降同三九年三月一五日までの未払賃料額の合計が五四万三七五〇円である旨判示しているのは、昭和三三年三月一日以降の誤記であることがその判文上明らかであり、原判決には所論のごとき計算違いのあやまりはない。また、所論賃料免除の特約が認められない旨の原判決の認定は、挙示の証拠に照らし是認できる。
しかして、上告人が本件賃料の支払をとどこおつているのは昭和三三年三月分以降の分についてであることは、上告人も原審においてこれを認めるところであり、また、原審の確定したところによれば、上告人は、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに敷金を差し入れているというのである。思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。したがつて、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに差し入れられた敷金につき、その権利義務関係は、同人よりその相続人訴外Bらに承継されたのち、右Bらより本件建物を買い受けてその賃貸人の地位を承継した新賃貸人である被上告人に、右説示の限度において承継されたものと解すべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は理由がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)
+判例(S49.9.2)
理由
上告代理人今泉三郎の上告理由第一点について。
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ(最高裁昭和二八年(オ)第七五五号同二九年一月一四日第一小法廷判決・民集八巻一号一六頁、最高裁昭和二七年(オ)第一〇六九号同二九年七月二二日第一小法廷判決・民集八巻七号一四二五頁参照)、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二点について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第三点について。
原審は、被上告人が任意競売手続において昭和四五年一〇月一六日本件家屋を競落し同年一一月二一日競落代金の支払を完了してその所有権を取得し同月二六日その所有権移転登記を経由したこと、および、上告人が本件家屋の一部を占有していることを認定したうえ、上告人が昭和四四年九月一日本件家屋の前所有者から右占有部分を、期限を昭和四六年八月三一日までとして、賃借しその引渡を受けた旨の上告人の主張につき、右賃貸借は同日限り終了しているものと判断し、かつ、右の賃貸借に際し上告人が前所有者に差し入れたという敷金の返還請求権をもつてする同時履行および留置権の主張を排斥して、被上告人の所有権にもとづく本件家屋部分の明渡請求を認容したものである。
そこで、期間満了による家屋の賃貸借終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務が同時履行の関係にあるか否かについてみるに、賃貸借における敷金は、賃貸借の終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保するものであり、賃貸人は、賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還義務を負担するものと解すべきものである(最高裁昭和四六年(オ)第三五七号同四八年二月二日第二小法廷判決・民集二七巻一号八〇頁参照)。そして、敷金契約は、このようにして賃貸人が賃借人に対して取得することのある債権を担保するために締結されるものであつて、賃貸借契約に附随するものではあるが、賃貸借契約そのものではないから、賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、一個の双務契約によつて生じた対価的債務の関係にあるものとすることはできず、また、両債務の間には著しい価値の差が存しうることからしても、両債務を相対立させてその間に同時履行の関係を認めることは、必ずしも公平の原則に合致するものとはいいがたいのである。一般に家屋の賃貸借関係において、賃借人の保護が要請されるのは本来その利用関係についてであるが、当面の問題は賃貸借終了後の敷金関係に関することであるから、賃借人保護の要請を強調することは相当でなく、また、両債務間に同時履行の関係を肯定することは、右のように家屋の明渡までに賃貸人が取得することのある一切の債権を担保することを目的とする敷金の性質にも適合するとはいえないのである。このような観点からすると、賃貸人は、特別の約定のないかぎり、賃借人から家屋明渡を受けた後に前記の敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく、したがつて、家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではないと解するのが相当であり、このことは、賃貸借の終了原因が解除(解約)による場合であつても異なるところはないと解すべきである。そして、このように賃借人の家屋明渡債務が賃貸人の敷金返還債務に対し先履行の関係に立つと解すべき場合にあつては、賃借人は賃貸人に対し敷金返還請求権をもつて家屋につき留置権を取得する余地はないというべきである。
これを本件についてみるに、上告人は右の特約の存在につきなんら主張するところがないから、同時履行および留置権の主張を排斥した原審判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)
5.小問2について(応用編)
必要費を請求する相手方について
必要費か有益費かの基準はあいまい。
「直ちに」請求できるとしているが、請求しなければならないというわけではない
+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第六百二十一条 第六百条の規定は、賃貸借について準用する。
+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第六百条 契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。
+判例(S14.4.28)
要旨
有益費償還請求の相手方が必要費償還についても相手方となりうる・・・。