民法 基本事例で考える民法演習 不動産の物権変動と不動産賃借権の効力~二重譲渡と賃貸人の地位の移転


1.小問1について(基礎編)

+(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条  不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

・建物賃借権の対抗要件
借地借家法
+(建物賃貸借の対抗力等)
第三十一条  建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる
2  民法第五百六十六条第一項 及び第三項 の規定は、前項の規定により効力を有する賃貸借の目的である建物が売買の目的物である場合に準用する。
3  民法第五百三十三条 の規定は、前項の場合に準用する。

2.小問1について(応用編)

・二重譲渡の場合の所有権移転の経路
+判例(S46.11.5)
理由
上告代理人峰島徳太郎の上告理由について。
原判決の適法に確定した事実関係によれば、上告人は昭和二七年一月二六日Aの代理人Bから本件各土地を買い受け、同年二月六日その引渡を受け、爾来これを占有してきたが、いまだ登記を経由していなかつたものであるところ、CがAの死亡後である昭和三三年一二月一七日その相続人であるDおよびEから本件各土地を買い受け、同月二七日その旨の所有権移転登記を経由し、その後、昭和三四年六月頃Fに対し買掛代金債務の代物弁済としてその所有権を譲渡し、被上告人は同月九日Fから本件各土地を買い受け、中間省略により同月一〇日Cから直接その所有権移転登記を受けたというのである。
右事実関係のもとにおいて、上告人は本件各土地の所有権を時効取得したと主張し、原審はこれを排斥したが、その理由として判示するところは、「同一不動産についていわゆる二重売買がなされ、右不動産所有権を取得するとともにその引渡しをも受けてこれを永年占有する第一の買主が所有権移転登記を経由しないうちに、第二の買主が所有権移転登記を経由した場合における第一の買主の取得時効の起算点は、自己の占有権取得のときではなく、第二の買主の所有権取得登記のときと解するのが相当である。けだし、右第二の買主は第二の買主が所有権移転登記を経由したときから所有権取得を第一の買主に対抗することができ、第一の買主はそのときから実質的に所有権を喪失するのであるから、第一の買主も第二の買主も、ともに所有権移転登記を経由しない間は、不動産を占有する第一の買主は自己の物を占有するものであつて、取得時効の問題を生ずる余地がなく、したがつて、不動産を占有する第一の買主が時効取得による所有権を主張する場合の時効の起算点は、第二の買主が所有権移転登記をなした時と解すべきであるからである。」との見解のもとに、上告人はCが所有権移転登記をした昭和三三年一二月二七日から民法一六二条一項、二項の定める時効期間を経過したときに本件各土地の所有権を時効取得するものというべきであつて、上告人の本件各土地に対する占有は、被上告人が所有権移転登記をした昭和三四年六月一〇日からはもちろんのこと、Cが所有権移転登記をした昭和三三年一二月二七日からでも民法一六二条一項、二項の定める時効期間を経過していないこと明らかであるから、上告人が本件各土地の所有権を時効取得したとの上告人の主張は理由がない、というのである。
しかし不動産の売買がなされた場合、特段の意思表示がないかぎり、不動産の所有権は当事者間においてはただちに買主に移転するが、その登記がなされない間は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対する関係においては、売主は所有権を失うものではなく、反面、買主も所有権を取得するものではない当該不動産が売主から第二の買主に二重に売却され、第二の買主に対し所有権移転登記がなされたときは、第二の買主は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者であることはいうまでもないことであるから、登記の時に第二の買主において完全に所有権を取得するわけであるが、その所有権は、売主から第二の買主に直接移転するのであり、売主から一旦第一の買主に移転し、第一の買主から第二の買主に移転するものではなく、第一の買主は当初から全く所有権を取得しなかつたことになるのである。したがつて、第一の買主がその買受後不動産の占有を取得し、その時から民法一六二条に定める時効期間を経過したときは、同法条により当該不動産を時効によつて取得しうるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四〇年(オ)第一二六五号、昭和四二年七月二一日第二小法廷判決、民集二一巻六号一六四三頁参照)。
してみれば、上告人の本件各土地に対する取得時効については、上告人がこれを買い受けその占有を取得した時から起算すべきものというべきであり、二重売買の問題のまだ起きていなかつた当時に取得した上告人の本件各土地に対する占有は、特段の事情の認められない以上、所有の意思をもつて、善意で始められたものと推定すべく、無過失であるかぎり、時効中断の事由がなければ、前記説示に照らし、上告人は、その占有を始めた昭和二七年二月六日から一〇年の経過をもつて本件各土地の所有権を時効によつて取得したものといわなければならない(なお、時効完成当時の本件不動産の所有者である被上告人は物権変動の当事者であるから、上告人は被上告人に対しその登記なくして本件不動産の時効取得を対抗することができるこというまでもない。)。これと異なる見解のもとに、本件取得時効の起算日はCが所有権移転登記をした昭和三三年一二月二七日とすべきであるとして、上告人の時効取得の主張を排斥した原審の判断は、民法一六二条の解釈適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。原判決は破棄を免れない。
よつて、本件について更に右過失の有無、時効中断事由の存否等について審理させるため、民訴法四〇七条一項により、原判決中上告人の敗訴部分を破棄し、右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄)

+判例(S42.7.21)
理由
上告代理人和田珍頼の上告理由一について。原判決は、上告人Aが昭和二七年一一月訴外Bから本件家屋の贈与を受けた事実を確定したうえ、所有権について取得時効が成立するためには、占有の目的物が他人の物であることを要するという見解のもとに、上告人Aが時効によつて本件家屋の所有権を取得した旨の上告人らの抗弁に対し、上告人Aは自己の物の占有者であり、取得時効の成立する余地はない旨説示して、右抗弁を排斥している。
しかし、民法一六二条所定の占有者には、権利なくして占有をした者のほか、所有権に基づいて占有をした者をも包含するものと解するのを相当とする(大審院昭和八年(オ)第二三〇一号同九年五月二八日判決、民集一三巻八五七頁参照)。すなわち、所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法一六二条の適用があるものと解すべきである。けだし、取得時効は、当該物件を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度であるから、所有権に基づいて不動産を永く占有する者であつても、その登記を経由していない等のために所有権取得の立証が困難であつたり、または所有権の取得を第三者に対抗することができない等の場合において、取得時効による権利取得を主張できると解することが制度本来の趣旨に合致するものというべきであり、民法一六二条が時効取得の対象物を他人の物としたのは、通常の場合において、自己の物について取得時効を援用することは無意味であるからにほかならないのであつて、同条は、自己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではないからである。しかるに、原判決は、右と異なる見解のもとに上告人ら主張の取得時効の抗弁を排斥したものであつて、右民法一六二条の解釈を誤つた違法があるから、その余の論旨について判断を加えるまでもなく、破棄を免れない。そして、上告人ら主張の右取得時効の抗弁の成否についてさらに審理を尽す必要がある。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

+判例(S4.3.1)
+判例(S5.5.28)
3.小問2(1)について
4.小問2(2)について
+判例(S41.9.8)
理由 
 上告代理人白上孝千代の上告理由について。 
 原判決の確定したところによると、上告人と被上告人との本件売買契約は、第三者たる訴外山邑酒造株式会社の所有に属する本件土地を目的とするものであつたところ、原審認定の事情によつて売主たる被上告人が右所有権を取得してこれを買主たる上告人に移転することができなくなつたため履行不能に終つたというのである。 
 そして、本件売買契約の当時すでに買主たる上告人が右所有権の売主に属しないことを知つていたから、上告人が民法五六一条に基づいて本件売買契約を解除しても、同条但書の適用上、売主の担保責任としての損害賠償請求を被上告人にすることはできないとした原審の判断は正当である。 
 しかし、他人の権利を売買の目的とした場合において、売主がその権利を取得してこれを買主に移転する義務の履行不能を生じたときにあつて、その履行不能が売主の責に帰すべき自由によるものであれば、買主は、売主の担保責任に関する民法五六一条の規定にかかわらず、なお債務不履行一般の規定(民法五四三条、四一五条)に従つて、契約を解除し損害賠償の請求をすることができるものと解するのを相当とするところ、上告人の本訴請求は、前示履行不能が売主たる被上告人の責に帰すべき自由によるものであるとして、同人に対し債務不履行による損害賠償の請求をもしていることがその主張上明らかである。しかして、原審認定判示の事実関係によれば、前示履行不能は被上告人の故意または過失によつて生じたものと認める余地が十分にあつても、未だもつて取引の通念上不可抗力によるものとは解し難いから、右履行不能が被上告人の責に帰すべき自由によるものとはみられないとした原判決には、審理不尽、理由不備の違法があるといわねばならない。 
 従つて、この点を指摘する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく原判決は破棄を免れず、本件を原審に差し戻すのを相当とする。 
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠) 
・DがCに対して「本件建物はD所有である」と名乗り出た場合、CはBへの賃料支払を拒むことができる。
+(権利を失うおそれがある場合の買主による代金の支払の拒絶)
第五百七十六条  売買の目的について権利を主張する者があるために買主がその買い受けた権利の全部又は一部を失うおそれがあるときは、買主は、その危険の限度に応じて、代金の全部又は一部の支払を拒むことができる。ただし、売主が相当の担保を供したときは、この限りでない。
(有償契約への準用)
第五百五十九条  この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
・賃貸借関係の移転
+判例(H11.3.25)
理由 
 上告代理人工藤舜達、同林太郎の上告理由第二点、同坂井芳雄の上告理由第一点、及び同原秋彦、同洞〓敏夫、同牧山嘉道、同若林昌博の上告理由第二点について 
 一 本件は、建物所有者から建物を賃借していた被上告人が、賃貸借契約を解除し右建物から退去したとして、右建物の信託による譲渡を受けた上告人に対し、保証金の名称で右建物所有者に交付していた敷金の返還を求めるものである。 
 二 自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり(最高裁昭和三五年(オ)第五九六号同三九年八月二八日第二小法廷判決・民集一八巻七号一三五四頁、最高裁昭和四三年(オ)第四八三号同四四年七月一七日第一小法廷判決・民集二三巻八号一六一〇頁参照)、右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。けだし、右の新旧所有者間の合意に従った法律関係が生ずることを認めると、賃借人は、建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず、新旧所有者の合意のみによって、建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり、旧所有者がその責めに帰すべき事由によって右建物を使用管理する等の権原を失い、右建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には、その地位を失うに至ることもあり得るなど、不測の損害を被るおそれがあるからである。もっとも、新所有者のみが敷金返還債務を履行すべきものとすると、新所有者が、無資力となった場合などには、賃借人が不利益を被ることになりかねないが、右のような場合に旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは、右の賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべき問題である。 
 三 これを本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば(一)被上告人は本件ビル(鉄骨・鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下二階付一〇階建事務所店舗)を所有していたアーバネット株式会社(以下「アーバネット」という。)から、本件ビルのうちの六階から八階部分(以下「本件建物部分」という。)を賃借し(以下、本件建物部分の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)、アーバネットに対して敷金の性質を有する本件保証金を交付した、(二) 本件ビルにつき、平成二年三月二七日、(1) 売主をアーバネット、買主を中里三男外三八名(以下「持分権者ら」という。)とする売買契約、(2) 譲渡人を持分権者ら、譲受人を上告人とする信託譲渡契約、(3) 賃貸人を上告人、賃借人を芙蓉総合リース株式会社(以下「芙蓉総合」という。)とする賃貸借契約、(4) 賃貸人を芙蓉総合、賃借人をアーバネットとする賃貸借契約、がそれぞれ締結されたが、右の売買契約及び信託譲渡契約の締結に際し、本件賃貸借契約における賃貸人の地位をアーバネットに留保する旨合意された、(三) 被上告人は、平成三年九月一二日にアーバネットが破産宣告を受けるまで、右(二)の売買契約等が締結されたことを知らず、アーバネットに対して賃料を支払い、この間、アーバネット以外の者が被上告人に対して本件賃貸借契約における賃貸人としての権利を主張したことはなかった、(四) 被上告人は、右(二)の売買契約等が締結されたことを知った後、本件賃貸借契約における賃貸人の地位が上告人に移転したと主張したが、上告人がこれを認めなかったことから、平成四年九月一六日、上告人に対し、上告人が本件賃貸借契約における賃貸人の地位を否定するので信頼関係が破壊されたとして、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、その後、本件建物部分から退去した、というのであるが、前記説示のとおり、右(二)の合意をもって直ちに前記特段の事情があるものと解することはできない。そして、他に前記特段の事情のあることがうかがわれない本件においては、本件賃貸借契約における賃貸人の地位は、本件ビルの所有権の移転に伴ってアーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したものと解すべきである。以上によれば、被上告人の上告人に対する本件保証金返還請求を認容すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 その余の上告理由について 
 所論の点に間する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の各判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。 
 よって、裁判官藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
+反対意見
 裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。 
 私は、上告人が被上告人に対し本件保証金の返還債務を負担するに至ったとする法廷意見には賛成することができない。 
 一 甲が、その所有の建物を乙に賃貸して引き渡し、賃貸借継続中に、右建物を丙に譲渡してその所有権を移転したときは、特段の事情のない限り、賃貸人の地位も丙に移転し、丙が乙に対する賃貸人としての権利義務を承継するものと解されていることは、法廷意見の説くとおりである。甲は、建物の所有権を丙に譲渡したことにより、乙に建物を使用収益させることのできる権能を失い、賃貸借契約上の義務を履行することができなくなる反面、乙は、借地借家法三一条により、丙に対して賃貸借を対抗することができ、丙は、賃貸借の存続を承認しなければならないのであり、そうだとすると、旧所有者甲は賃貸借関係から離脱し、丙が賃貸人としての権利義務を承継するとするのが、簡単で合理的だからである。 
 二 しかし、甲が、丙に建物を譲渡すると同時に、丙からこれを賃借し、引き続き乙に使用させることの承諾を得て、賃貸(転貸)権能を保持しているという場合には、甲は、乙に対する賃貸借契約上の義務を履行するにつき何の支障もなく、乙は、建物賃貸借の対抗力を主張する必要がないのであり、甲乙間の賃貸借は、建物の新所有者となった丙との関係では適法な転貸借となるだけで、もとのまま存続するものと解すべきである。賃貸人の地位の丙への移転を観念することは無用である。賃貸人の地位が移転するか否かが乙の選択によって決まるというものでもない。もしそうではなくて、この場合にも新旧所有者間に賃貸借関係の承継が起こるとすると、甲の意思にも丙の意思にも反するばかりでなく、丙は甲と乙に対して二重の賃貸借関係に立つという不自然なことになる(もっとも、乙の立場から見ると、当初は所有者との間の直接の賃貸借であったものが、自己の関与しない甲丙間の取引行為により転貸借に転化する結果となり、乙は民法六一三条の適用を受け、丙に対して直接に義務を負うなど、その法律上の地位に影響を受けることは避けられない。特に問題となるのは、丙甲間の賃貸借が甲の債務不履行により契約解除されたときの乙の地位であり、乙は丙に対して原則として占有権限を失うと解されているが、乙の賃貸借が本来対抗力を備えていたような場合にはそれが顕在化し、丙は少なくとも乙に対しても履行の催告をした上でなければ、甲との契約を解除することができないと解さなければならないであろう。)。 
 三 本件は「不動産小口化商品」として開発された契約形態の一つであって、本件ビルの全体について、所有者アーバネットから三九名の持分権者らへの売買、持分権者らから上告人への信託、上告人と芙蓉総合との間の転貸を目的とする一括賃貸借、芙蓉総合とアーバネットとの間の同様の一括転貸借(かかる一括賃貸借を原審はサブリース契約と呼んでいる。)が連結して同時に締結されたものであることは、原審の確定するところである。これによれば、本件ビルの所有権はアーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したが、上告人、芙蓉総合、アーバネットの間の順次の合意により、アーバネットは本件ビルの賃貸(右事実関係の下では転々貸)権能を引き続き保有し、被上告人との間の本件賃貸借契約に基づく賃貸人(転々貸人)としての義務を履行するのに何の妨げもなく、現に被上告人はアーバネットを賃貸人として遇し、アーバネットは被上告人に対する賃貸人として行動してきたのであり、賃貸借関係を旧所有者から新所有者に移転させる必要は全くない。すなわち、本件の場合には、上告人が賃貸人の地位を承継しない特段の事情があるというべきである。そして、この法律関係は、アーバネットが破産宣告を受けたからといって、直ちに変動を来すものではない。 
 賃貸借関係の移転がない以上、被上告人の預託した本件保証金(敷金の性質を有する。)の返還の関係についても何の変更もないのであり、賃貸借の終了に当たり、被上告人に対し本件保証金の返還義務を負うのはアーバネットであって、上告人ではないということになる。被上告人としては、アーバネットが破産しているため、実際上保証金返還請求権の満足を得ることが困難になるが、それはやむをえない。もし法廷意見のように解すると、小口化された不動産共有持分を取得した持分権者らが信託会社を経由しないで直接にサブリース契約を締結するいわゆる非信託型(原判決一一頁参照)の契約形態をとった場合には、持分権者らが末端の賃借人に対する賃貸人の地位に立たなければならないことになるが、これは、不動産小口化商品に投資した持分権者らの思惑に反するばかりでなく、多数当事者間の複雑な権利関係を招来することにもなりかねない。また、本件のような信託型にあっても、仮に本件とは逆に新所有者が破産したという場合を想定したとき、関係者はすべて旧所有者を賃貸人と認識し行動してきたにもかかわらず、旧所有者に対して法律上保証金返還請求権はなく、新所有者からは事実上保証金の返還を受けられないことになるが、この結論が不合理であることは明白であろう。 
 四 以上の理由により、私は、被上告人の上告人に対する保証金返還請求を認めることはできず、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、被上告人の請求を棄却すべきものと考える。 
 (裁判長裁判官大出峻郎 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄) 
+解説
《解  説》
 一 本件は、いわゆる「不動産小口化商品」の信託業務から派生した事件であり、ビルの所有者からその一部を賃借していたXが、賃貸借契約を解除し、退去したとして、右ビルにつき信託による譲渡を受けていたYに対し、ビル所有者に交付していた保証金は敷金であると主張して、その返還を求めたものである。
  1 事実関係は、次のとおりである。(1) 平成元年三月一七日、Aは、本件ビル(地下二階付一〇階建事務所店舗)を建築し、その所有権を取得、(2) 同月三一日、Aは、本件ビルをBに売却し、本件ビルを賃借、(3) 同年六月一六日、Xは、Aから、本件ビルのうちの六階から八階部分(本件建物部分)を賃借し(本件建物部分の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)、Aに対して保証金の名目で三三八三万一〇〇〇円を交付、(4) 平成二年二月一五日、Aは、本件ビルをBから買戻し、(5) 同年三月二七日、本件ビルにつき、① 売主をA、買主をC外三八名(Cら)とする売買契約、② 譲渡人をCら、譲受人をYとする信託譲渡契約、③ 賃貸人をY、賃借人をDとする賃貸借契約、④ 賃貸人をD、賃借人をAとする賃貸借契約、がそれぞれ締結され、右の売買契約及び信託譲渡契約の締結に際し、本件賃貸借契約における賃貸人の地位をAに留保する旨が合意された、(6) 平成三年九月一二日、Aに対する破産宣告がされたが、Xは、それまで、(5)の売買契約等が締結されたことを知らず、Aに対して賃料を支払い、この間、A以外の者がXに対して本件賃貸借契約における賃貸人としての権利を主張したことはなかった、(7) Xは、本件賃貸借契約における賃貸人の地位がYに移転したと主張したが、Yがこれを認めなかったことから、平成四年九月一六日、Yに対し、Yが本件賃貸借契約における賃貸人の地位を否定するので信頼関係が破壊されたとして、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、その後、本件建物部分から退去した。
  2 Xは、「A、B間の本件ビルの賃貸借契約は、Aの買戻しにより混同によって消滅した。本件賃貸借契約の賃貸人たる地位は、AからCらを経てYに承継されたところ、Xは、本件賃貸借契約を解除し、本件賃貸部分から退去したので、Yは、本件保証金から約定の二〇パーセントの償却費を控除した残額(二七〇六万四八〇〇円)及び遅延損害金を支払う義務を負う。」と主張した。これに対し、Yは、Xの主張を争う外、「(1) Cら及びYは、Aから本件保証金の交付を受けていない、(2) 債務は信託の対象とならないから、Yは本件保証金返還債務を承継しない、(3) 本件保証金は敷金の性質を有するものではないから、賃貸人の地位の移転があっても返還債務は承継されない。」などと主張した。
  3 第一審(東京地判平5・5・13判時一四七五号九五頁)及び原審(東京高判平7・4・27金法一四三四号四三頁)は、いずれもXの請求を認容すべきものとした。原審の判断の要旨は、次のとおりである。(1)(混同)AがBから本件ビルを買い戻したことによって、Aの有した賃借権は混同によって消滅し、本件賃貸借契約は、転貸借ではなく、賃貸借となったものと解すべきである。(2)(賃貸人の地位の移転)本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位は、本件ビルの所有権の移転に伴い、A→Cら→Yと移転したものというべきである。(3)(解除の効力)賃貸人が賃貸借契約の承継を否定することは信頼関係を破壊する行為であり、本件解除は理由がある。(4)(本件保証金)敷金の性質を有するものというべきであり、Yはその返還債務を承継した。(5)(信託の対象)債務そのものは信託の対象とならないが、敷金に関する法律関係は賃貸借関係に随伴するものであり、本件ビルの信託譲渡を受けたYは賃貸人たる地位を承継するとともに本件保証金返還債務を負担するに至ったというべきである。Yから上告。
 二 本判決は、判示事項以外の上告理由については、原審の認定を非難するか、又は採用することのできない法令違背の主張であるとして、排斥した(そこで、本判決は、「Xは本件ビルを所有していたAから本件建物部分を賃借し、Aに対して敷金の性質を有する本件保証金を交付した」としたものと解される。)。そして、判示事項に関し「自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり、右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。」と判示した。
 三 借家法一条(借地借家法三一条)等の規定によって賃借人が対抗力を有する不動産賃貸借の目的物の所有権が移転した場合、賃貸借関係は、新所有者に当然承継されるということは、判例(大判大10・5・30民録二七輯一〇一三頁等)、通説(新版注釈民法(15)債権(6)〔幾代通〕一八八~一八九頁等)が認めるところであり、学説上は、これについて状態債務説(賃貸借関係は賃貸目的物の所有権と結合した一種の状態債務関係にあるという説)によって説明する見解が有力である。ところで、最二小判昭39・8・28民集一八巻七号一三五四頁、本誌一六六号一一七頁は、「自己の所有家屋を他に賃貸している者が賃貸借継続中に右家屋を第三者に譲渡してその所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するものと解すべきである。」としたが、本件においては、「新旧所有者間における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨の合意」が右判例にいう「特段の事情」に該当するかどうかが争われた。本判決は、右合意をもって直ちに右の特段の事情があるものということはできないとしたが、藤井裁判官の反対意見は、右の合意をもって特段の事情にあたり、この場合、当初の賃貸借はもとのまま存続するものと解すべきであるとするものである(右判例の判例解説においては、右反対意見と同旨の結論が述べられていたところであった。昭39最判解説(民)三一〇頁)。使用収益の面に着目すると、従来の賃貸人が新所有者との間でその権限を留保する以上、賃借人に特段不利益はないと考えられないでもない。しかし、法廷意見は、右合意をもって特段の事情に該当することを認めると、賃借人が転借人と同様の地位に立たされることとなり、新所有者(Y)と賃借人(X)との間に介在する者(D、A)に賃料不払い等の債務不履行があったとき、賃借人がその地位を失うに至ることがあり得るなど賃借人が不測の損害を被るおそれがあることを挙げて、これを消極に解すべきものとした。右の中間に介在する者の使用収益権能の設定は、必ずしも賃貸借に限られるものではないが、賃借人の債務不履行によって賃貸借が解除されたときは、転貸借は賃貸借の終了と同時に終了すると解されていることが考慮されたものであろう(最一小判昭36・12・21民集一五巻一二号三二四三頁、最二小判平6・7・18本誌八八八号一一八頁等参照)。右の外、所有者から建物を賃借した者にとって、敷金返還請求権等の賃貸人に対する債権について、建物がその引き当てとしての意義を有している面も否定し難いということもできよう。なお、原判決は、新旧所有者間に右の合意がある外、「賃借人においても賃貸人の地位が移転しないことを承認又は容認しているのでなければ、右特段の事情が存する場合に当たるとはいえないというべきである。」としたのに対し、本判決は、「新旧所有者間の右合意をもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。」と判示するにとまっている。これは、賃借人の承認又は容認がある場合に限ることが相当であるかどうか、検討の余地があり得るとしたものと解される。また、本判決が、「新所有者が無資力となった場合において、旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは、賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべきである。」と判示しているところは、旧所有者に賃貸人の債務を負わせるべき場合があり得るかどうか、今後検討すべき問題であることを示したものといえよう。この点に関しては、学説上、旧所有者に併存的債務を残しておいたらどうかと思われる問題もあるとの指摘(星野英一・民法概論Ⅳ二一六頁)や信義則上、旧所有者が補充的に義務を負うことがあり得ると解すべきであるとの説(鈴木禄彌・債権法講義三訂版五六七頁)がある。
 四 本判決は、新旧所有者間における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨の合意をもって直ちに最二小判昭39・8・28にいう特段の事情があるものということはできないことを明らかにしたものであって、その意義は小さくないものと考えられる。


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