労働法 労働契約


第1節
労働契約の全体像

1.労働契約の特徴

・+(労働契約の成立)
第六条  労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。

労働契約の特徴
①他人決定性、非対等性
②継続性
③人的性格
④集団性、組織性

2.労働契約上の主たる権利義務
(1)労務提供をめぐる権利義務
a)指揮命令権・業務命令権

指揮命令権=労働契約に基づき、労働契約の範囲内で労働者が提供すべき労務の具体的内容・方法・場所などを決定し支持する権利
使用者は労働契約を締結することにより、当然に指揮命令権を取得すると説明される。

・命令が権利の濫用(民法1条3項、労働契約法3条5項)になることもある。

・業務遂行に必要な事項について使用者の命令に服すべき旨が就業規則に定められている場合、それが合理的なものである限り、当該規定が労働契約の内容になる→業務命令権を有する!
+判例(S61.3.13)
理  由
上告代理人藤井俊彦、同上野至、同長島裕、同田中一泰、同幸良秋夫、同畑瀬信行、同片桐春一、同山崎久照、同渡辺信行、同川越修一、同小出寛治、同鎌田哲博、同山元毅の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1(一) 上告人日本電信電話公社(昭和五九年法律第八五号日本電信電話株式会社法附則一一条による廃止前の日本電信電話公社法に基づき設立されたもの。以下「公社」という。)は、本件当時、疾病の予防、罹患者の早期発見、早期回復、保健指導、衛生環境の整備等職員の健康管理を適正に実施し、もつて業務の円滑な運営に資することを目的として健康管理規程を定めていたが、右規程は、職員の健康管理にあたつて職員の疾病状況に対応した有効な施策を講ずること(二条一項)を規定する一方、職員は常に自己の健康の保持増進に努め(二条二項)、健康管理上必要な事項について、健康管理従事者の指示もしくは指導を受けたときは、これを誠実に守らなければならない(四条)として職員の遵守すべき義務を明らかにしている。そして、職員の疾病の予防、保健指導を行うとともに罹患者の早期発見等を行うため配置された健康管理医が検診の結果等により必要と認めたときは、当該職員に精密検診を受けさせなければならないこととし(二四条)、また、検診の結果等に基づき、健康管理医は、管理が必要であると認められる個々の職員(以下「要管理者」という。)につき、病状に応じて、「療養」、「勤務軽減」、「要注意」、「準健康」の各指導区分を決定し(二六条)、右決定のあつた当該職員を右指導区分に従い個別に管理することとしている。また、右要管理者については、日本電信電話公社就業規則(以下「公社就業規則」という。)一六五条において、「職員は、心身の故障により、療養、勤務軽減等の措置を受けたときは、衛生管理者の指示に従うほか、所属長、医師及び健康管理に従事する者の指示に従い、健康の回復につとめなければならない。」と定めるとともに、健康管理規程三一条において、「要管理者は、健康管理従事者の指示に従い、自己の健康の回復に努めなければならない。」と規定している。更に、公社は、高度な医療技術のもとに、疾病の早期回復を図るとともに、公社職員の健康管理のために疾病の早期発見、早期治療を行う医療機関として、札幌逓信病院を設置している。

(二) 公社は、従前から頸肩腕症候群罹患者の発生に対処するため、専門医を中心にプロジエクトチームを編成し、その原因の究明に努めるとともに、諸施策を実施してその予防及び早期解決に努力してきた結果、罹患者数は年々減少するに至つたものの、発症後三年以上を経過しても治癒しない長期罹患者の割合が大きいことから、この長期罹患者についての対策を全国的規模で検討するに至つた。公社北海道局においても、頸肩腕症候群罹患者数が昭和五〇年の約二二〇名から昭和五三年の約一五〇名に減少したものの、三年以上の長期罹患者の割合が七五パーセントを占めていたため、これについての対策が検討されたが、管内健康管理医の打合せ会では、頸肩腕症候群の疾病要因がまだ医学的に十分解明されていない現状において、その早期回復を図るためには、単に整形外科のみならず、内科、精神神経科等各科の検診を含む総合的な精密検診を実施する必要がある旨の意見が強く出された。そして、全国電気通信労働組合北海道地方本部(以下「全電通道地本」という。)からも右と同趣旨の要望がされたため、昭和五三年七月一四日、公社北海道局と全電通道地本との間において、右長期罹患者を対象として、その疾病要因を追究してその診断により治療及び療養の指導をして早期に健康回復を図ることを目的とする総合精密検診を実施する旨の労働協約が締結されたが、右協約によつて決定された検診方法は、発症後三年以上経過しているのに症状が軽快していない者その他健康管理医が必要と認めた者を被検者として札幌逓信病院に入院させ、整形外科を中心に内科、精神科、精神神経科、皮膚科、眼科及び耳鼻咽喉科のほか、必要に応じて他科の検診を含む総合精密検診を行うものであり、検診のための入院期間は二週間程度、参加人員は一回四名程度とし、被検者の具体的人選は健康管理医が行うというものであつた。

(三) 被上告人は、当時公社帯広電報電話局(以下「帯広局」という。)に勤務し電話交換の作業に従事する公社職員であつたが、昭和四九年七月五日、川上整形外科医院において頸肩腕症候群と診断される一方、健康管理規程に定める指導区分の「療養」にあたることとされ、その後、休養加療を行つた結果、症状が軽快し、同年九月五日から右指導区分の「要注意」にあたるものとして職場に復帰したが、同年九月一六日からは「勤務軽減」(六時間勤務)となり、同年一一月五日からは再び「療養」にあたることとされて休養し、同年一二月五日「勤務軽減」(四時間勤務)の指導区分により職場に復帰し、昭和五〇年二月一六日に「要注意」となるといつた右指導区分の変遷を繰り返し、本件当時の被上告人の担当職務は、電話番号簿の番号訂正等の事務であつて、本来の職務である電話交換の作業には従事していなかつた。
公社は、昭和四九年九月五日、被上告人の健康状態を考慮し、従来の電話交換作業から軽易な机上作業に担務替えを行うとともに、同年九月二八日、被上告人から提出された右疾病の業務災害認定申請に対して、札幌逓信病院において、整形外科の精密検診を行い、その結果等に基づき、昭和五〇年九月三日付で右疾病が「業務上」である旨の認定をし、各種補償を行つている。
被上告人は、川上整形外科医院において月一二、三回ないし二〇回程度通院治療を受けていたほか、昭和五二年四月から帯広市内の吉田治療院において月二、三回ないし九回程度「あんま、マツサージ」を受けていたが、昭和五〇年二月以降症状の改善はみられなかつた。

(四) 公社は、昭和五三年九月一二日、前記労働協約所定の頸肩腕症候群総合精密検診の第四回目を同年一〇月五日から一八日までに行うこととし、釧路健康管理所の健康管理医の意見に基づき、帯広局所属の被上告人外一名を被検者と決定し、同年九月一三日、被上告人に対し、帯広局岩渕運用部長を介して口頭で受診を指示するとともに、実施期間・場所・検診科名及び入院にあたつての注意事項等を記載した書面を手交し、その後も、受診に消極的な態度を示す被上告人に対して受診するよう説得に努め、同年一〇月三日には、被上告人に対し、右運用部長を介して右受診方の業務命令を発したが、被上告人がこれを拒否したため、更に検診日を一か月後に再設定することとし、同月二七日、右運用部長を介し、一一月九日から同月二二日まで検診を受けるよう業務命令を発したが、被上告人は、同年一〇月三〇日、「札幌逓信病院は信頼できない。」として右の業務命令をも拒否した。
(五) これより先、全電通道地本はかねて広報紙等を通じて前記労働協約で決定された総合精密検診実施の必要等を組合員に周知させていたが、同年八月二一日、公社から全電通道地本帯広分会に対して検診の対象者として帯広局の被上告人外一名が選定される予定である旨の通知を受けるや、右分会村上書記長は、即日右両名にその旨を伝達した。また、右分会は、被上告人が同年一〇月三日に発せられた総合精密検診の業務命令を拒否したことを重視し、全電通道地本に対して役員の派遣を要請した。これに応じて、全電通道地本は、一〇月一一日から一三日まで執行委員長ら執行部を帯広局に派遣し、被上告人に対して、総合精密検診の趣旨説明をするとともに、その受診方を説得したが、被上告人は、「札幌逓信病院は信頼できない」「業務災害認定解除のおそれがある」等の理由で受診に反対である旨を表明し、結局、全電通道地本執行部の説得を受け容れなかつた。

2 全電通道地本帯広分会執行部は、本件総合精密検診が労使確認事項であるとしながらも、被上告人が受診拒否の意向を有しており、業務命令発出という形にまで発展したことを重視し、同年一〇月九日午後三時から、帯広局局舎三階の会議室において、公社と団体交渉を行つた。団体交渉は非公開で行われたが、開始後間もなく、被上告人を含む一二名の女子職員が傍聴のため会場の会議室に立ち入り、右分会役員の退去指示にも従わず、一部の者が公開を要求して騒然となり、更に、同室前で分会長らと公開、非公開をめぐり問答し、結局、いつたん中断された団体交渉は再開されなかつた。被上告人は、この間、午後三時一五分ころから約一〇分間にわたり職場を離脱した。
3 公社は、同年一一月一四日、被上告人に対し、1の(四)の受診拒否は、公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由(「上長の命令に服さないとき」)に該当し、2の職場離脱は、同五九条一八号所定の懲戒事由(「第五条の規定に違反したとき」)に該当するとして、日本電信電話公社法(前記日本電信電話株式会社法附則一一条による廃止前のもの。)三三条に基づき、懲戒戒告処分(以下「本件戒告処分」という。)をした

二 原審は、前記の事実関係に基づき、(一) 医療行為については、原則として、これを受ける者に、自己の信任する医師を選択する自由があるとともに、あらかじめその医療行為の内容につき説明を受けたうえで、これを受診するか否かを選択する自由があり、かつ、このことは、その医療行為が診察を目的とするものか、治療を目的とするものかにより、決定的な差異はない、(二) 公社がその健康配慮義務を尽すために行う施策が、職員に対して疾病につき診察、治療の医療行為を受けさせることをその内容とする場合には、その内容が当該職員の前記自由権の尊重につき考慮を払つたものでない限り、あるいは他にその自由権を制約するについて合理的な理由のない限りは、職員に対し、その施策の受容を承諾なくして強制することは許されないものというべきである、(三) 本件総合精密検診の被検者は、検診期間中における私的生活がかなり制限されるほか、必ずしも自己の信任しない医師により検診に必要な限度において、身体的侵襲を受けるとともに個人の秘密が知られることにもなるから、このような前記自由権に対する重大な制約を伴う検診については、他に合理的な理由のない限りは、被検者たる当該職員にその受診義務を課することはできないというべきである、(四) 一般に労働協約がその協約当事者以外の組合員たる個個の職員に対して直接に義務を負わせる効力を有することはあり得るとしても、それは組合が組合員たる職員のため処分権能を有する範囲あるいは組合員たる職員に対しその統制権能を及ぼし得る範囲に限られると解されるところ、医療行為につき組合員たる個個の職員の有する前記自由権は、本来その個人的領域に属し、組合といえどもこれを処分、制限することのできない事項であるというべきであるから、仮に公社と全電通道地本との間に締結された前記労働協約が、組合員たる個個の職員で長期罹患者等に該当する者に対し、直接に本件総合精密検診を受診すべき義務を課する趣旨を含むものとするならば、かかる労働協約はその部分につき無効というほかなく、したがつて、前記労働協約締結の事実をもつて、本件総合精密検診の受診義務を肯定するうえでの前記合理的理由があるとすることはできず、他に被上告人について前記合理的理由に該当する事実を認めるに足る証拠はない、(五) したがつて、本件総合精密検診は、法的義務の履行としてこれを強制することはできないものというべきであるから、被上告人にその受診を命ずる本件業務命令は無効であり、被上告人がこれを拒否したことをもつて公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由に該当するということはできない、(六) 一〇分間の本件職場離脱という事由のみによつて、被上告人に対し、昇給時に昇給額の減額の効果をともなう本件戒告処分をすることは、その原因となつた行為と対比して著しく均衡を失し、社会通念上客観的妥当性を欠いているから、懲戒についての裁量の範囲を逸脱した違法があつて無効である、と判断した。

三 論旨は、要するに、被上告人に対し頸肩腕症候群総合精密検診の受診を命ずる本件業務命令は無効であり、これを拒否した被上告人の行為が公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由にあたらないとした原審の判断には法令違背がある、というものであり、以下この点について検討する。
1(一) 一般に業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令であり、使用者がその雇用する労働者に対して業務命令をもつて指示、命令することができる根拠は、労働者がその労働力の処分を使用者に委ねることを約する労働契約にあると解すべきである。すなわち、労働者は、使用者に対して一定の範囲での労働力の自由な処分を許諾して労働契約を締結するものであるから、その一定の範囲での労働力の処分に関する使用者の指示、命令としての業務命令に従う義務があるというべきであり、したがつて、使用者が業務命令をもつて指示、命令することのできる事項であるかどうかは、労働者が当該労働契約によつてその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによつて定まるものであつて、この点は結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものということができる。
ところで、労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、その定めが合理的なものであるかぎり、個別的労働契約における労働条件の決定は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、法的規範としての性質を認められるに至つており、当該事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知つていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用を受けるというべきであるから(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)、使用者が当該具体的労働契約上いかなる事項について業務命令を発することができるかという点についても、関連する就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいてそれが当該労働契約の内容となつているということを前提として検討すべきこととなる。換言すれば、就業規則が労働者に対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、そのような就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて当該具体的労働契約の内容をなしているものということができる
そして、公社と公社職員との間の労働関係は、その事業のもつ社会性及び公益性から、一般私企業と若干異なる規制を受けることは否定できないが、基本的には一般私企業における使用者と従業員との関係とその本質を異にするものではなく、私法上のものということができ、また、公社就業規則の目的及び性質も私企業におけるそれと異なるところはないというべきであるから(最高裁昭和四七年(オ)第七七七号同五二年一二月一三日第三小法廷判決・民集三一巻七号九七四頁)、前述した業務命令の根拠及びその範囲に関する考え方は、公社と公社職員との関係においてもあてはまると解すべきである。

(二) 本件業務命令は、被上告人の罹患した頸肩腕症候群の早期回復を図ることを目的として総合精密検診の受診を命ずるものであり、安全及び衛生に関する業務命令ということができるが、前記の事実関係によれば、公社においては、職員の安全及び衛生に関する事項については、公社就業規則で定めるほか、健康管理規程を設けている。労働基準法八九条二項によれば、安全及び衛生に関する事項については、特に細かい規定となりやすいため、就業規則とは別個に規則を定めることができるとされているところ、公社における右の健康管理規程は、右八九条二項所定の規則にあたるというべきである。そして、同条項所定の規則といえども、就業規則の一部であることは変わりはないのであるから、右の健康管理規程も就業規則としての性質を有しているものということができる。

2(一) 以上によれば、安全及び衛生に関する事項については、公社就業規則及び健康管理規程の定めている事項がその内容において合理的なものであるかぎりにおいて公社と被上告人との間の具体的労働契約の内容となつているものということができる
以上の見地に立つて本件をみるに、前記のとおり、公社の健康管理規程は、二条二項において、一般的に職員の健康保持義務を定めるとともに、四条において、職員は、健康管理上必要な事項について、健康管理従事者の指示もしくは指導を受けたときは、これを誠実に守らなければならない旨を規定し、更に、二四条において、検診の結果等により健康管理医が必要と認めたときは当該職員に精密検診を受けさせなければならないとするとともに、二六条において、健康管理医は、検診の結果等に基づき、要管理者につき、その病状に応じて、「療養」、「勤務軽減」、「要注意」、「準健康」の各指導区分を決定したうえ、当該職員を右指導区分に従い個別に健康管理指導を行うこととしていること、また、要管理者については、公社就業規則一六五条において、「職員は、心身の故障により、療養、勤務軽減等の措置を受けたときは、衛生管理者の指示に従うほか、所属長、医師及び健康管理に従事する者の指示に従い、健康の回復につとめなければならない。」と定めるとともに、健康管理規程三一条においても、「要管理者は、健康管理従事者の指示に従い、自己の健康の回復に努めなければならない。」と規定している。
以上の公社就業規則及び健康管理規程によれば、公社においては、職員は常に健康の保持増進に努める義務があるとともに、健康管理上必要な事項に関する健康管理従事者の指示を誠実に遵守する義務があるばかりか、要管理者は、健康回復に努める義務があり、その健康回復を目的とする健康管理従事者の指示に従う義務があることとされているのであるが、以上公社就業規則及び健康管理規程の内容は、公社職員が労働契約上その労働力の処分を公社に委ねている趣旨に照らし、いずれも合理的なものというべきであるから、右の職員の健康管理上の義務は、公社と公社職員との間の労働契約の内容となつているものというべきである

(二) もつとも、右の要管理者がその健康回復のために従うべきものとされている健康管理従事者による指示の具体的内容については、特に公社就業規則ないし健康管理規程上の定めは存しないが、要管理者の健康の早期回復という目的に照らし合理性ないし相当性を肯定し得る内容の指示であることを要することはいうまでもない。しかしながら、右の合理性ないし相当性が肯定できる以上、健康管理従事者の指示できる事項を特に限定的に考える必要はなく、例えば、精密検診を行う病院ないし担当医師の指定、その検診実施の時期等についても指示することができるものというべきである。換言すれば、要管理者は、労働契約上、その内容の合理性ないし相当性が肯定できる限度において、健康回復を目的とする精密検診を受診すべき旨の健康管理従事者の指示に従うとともに、病院ないし担当医師の指定及び検診実施の時期に関する指示に従う義務を負担しているものというべきである。もつとも、具体的な労働契約上の義務の存否ということとは別個に考えると、一般的に個人が診療を受けることの自由及び医師選択の自由を有することは当然であるが、公社職員が公社との間の労働契約において、自らの自由意思に基づき、右の自由に対し合理的な制限を加え、公社の指示に従うべき旨を約することが可能であることはいうまでもなく(最高裁昭和二五年(オ)第七号同二七年二月二二日第二小法廷判決・民集六巻二号二五八頁)、また、前記のような内容の公社就業規則及び健康管理規程の規定に照らすと、要管理者が労働契約上負担していると認められる前記精密検診の受診義務は、具体的な治療の方法についてまで健康管理従事者の指示に従うべき義務を課するものでないことは明らかであるのみならず、要管理者が別途自ら選択した医師によつて診療を受けることを制限するものでもないから、健康管理従事者の指示する精密検診の内容・方法に合理性ないし相当性が認められる以上、要管理者に右指示に従う義務があることを肯定したとしても、要管理者が本来個人として有している診療を受けることの自由及び医師選択の自由を侵害することにはならないというべきである。
(三) 前記の事実関係によれば、被上告人は、昭和四九年七月、頸肩腕症候群に罹患している旨の診断がされ、同時に健康管理規程二六条所定の指導区分の「療養」にあたる要管理者として管理指導を受けることとなり、その後も、その症状の推移に従い、「勤務軽減」、「療養」、「要注意」等の指導区分にあたる者として管理指導を受けるとともに、昭和五〇年九月には右疾病につき業務上災害の認定を受けて災害補償を受けていたところ、被上告人の右疾病については、外科医院において月一二、三回ないし二〇回程度通院治療を受けていたほか、月二、三回ないし九回程度「あんま、マツサージ」の治療を受けていたが、昭和五〇年二月以降症状の改善がみられず、本件当時も、担当職務について労務軽減の措置を受けたまま、電話番号簿の番号訂正等の軽易な机上事務に従事するのみで、本来の電話交換作業に従事できないでいた、というのである。
右の事情に照らすと、被上告人は、当時頸肩腕症候群に罹患したことを理由に健康管理規程二六条所定の指導区分の決定がされた要管理者であつたのであるから、前述したところによれば、被上告人には、公社との間の労働契約上、健康回復に努める義務があるのみならず、右健康回復に関する健康管理従事者の指示に従う義務があり、したがつて、公社が被上告人の右疾病の治癒回復のため、頸肩腕症候群に関する総合精密検診を受けるようにとの指示をした場合、被上告人としては、右検診について被上告人の右疾病の治癒回復という目的との関係で合理性ないし相当性が肯定し得るかぎり、労働契約上右の指示に従う義務を負つているものというべきである。
そして、原審の確定した前記事実関係によれば、公社が公社職員を対象として実施することとした頸肩腕症候群総合精密検診は、発症後三年以上を経過しても治癒しない頸肩腕症候群の疾病要因を追究して、その早期回復を図るための具体的方策を見出すことを目的とするものであるところ、右の疾病要因については、まだ医学的に十分な解明がされていないというのであるから、その疾病要因を究明するための右総合精密検診が、整形外科のみならず、内科、精神科、精神神経科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科等の各専門医による検診を実施したうえ、その各所見を総合的に検討することとしていること、及び右検診のために二週間程度の入院を必要としていることの合理性は否定し難いものというべきである。また、右総合精密検診の実施機関とされる札幌逓信病院は、公社が高度な医療技術により疾病の早期回復を図るとともに、公社職員の健康管理に適した疾病の早期発見、早期治療を行う病院として設置した医療機関であつて、多岐にわたる検診科及び検診項目についての各専門科医の所見を総合して行うべき右総合精密検診を実施するために必要な人的及び物的条件を具備しているとみられるばかりか、同病院が公社内部の医療機関であつて、日頃から公社職員の健康管理に関与していることからすると、他の総合病院におけるよりも、検診を担当する各専門科医に公社職員の頸肩腕症候群の実態及び実施すべき総合精密検診の趣旨を伝達してその周知徹底を期することが比較的容易に行われ得るということも否定できないところである。そして、右のような方法による総合精密検診の実施については、公社と全電通道地本との間で協議がされ、全電通道地本においても右検診方法の合理性を承認したうえで前記労働協約を締結していることが窺われること等の事情をも併せ考慮すると、被上告人ら公社職員を対象とする右総合精密検診の内容・方法の合理性ないし相当性は十分これを肯定することができるものというべきである。

(四) なお、前記の事実関係によれば、被上告人は、本件当時、健康管理医等の管理のもとに、要管理者として健康管理規程所定の方法により健康回復のための指導を受ける一方、一か月あたり相当回数に上る継続的通院治療を受けていたというのであるが、このことから直ちに、被上告人が公社就業規則一六五条及び健康管理規程三一条所定の健康回復に関する努力義務を履行していたものと断定することはできず、かえつて、被上告人は、右のような継続的な治療を受けていたにもかかわらず、昭和五〇年二月以降症状の改善がみられなかつたため、本件当時においても、労務軽減の措置を受けたまま、前記の軽易な机上作業に従事するのみで、本来の電話交換作業に復帰できないでいたというのであるから、当時被上告人には、なお、自己の健康回復に努め、本来の自己の職務に復帰できるように努力する義務が存続しており、また、この義務の履行としては、公社がより高度の医学的方策によるべきことを指示する限りは、その指示に従うべきであるというべきである。本件の総合精密検診は、総合病院の各専門科医による検診結果を総合して被上告人の疾病の原因及びその治療方法を究明し、その疾病の早期回復を企図するものであるというのであるから、単に従前の治療行為を繰り返すにとどまる場合と比較して、右総合精密検診の実施が被上告人の健康回復により資するものであるということも否定し難く、以上の事情にかんがみると、被上告人としては、公社就業規則及び健康管理規程上、公社の指示に従い、本件総合精密検診を受診することにより、その健康回復に努める義務が存したものというべきである。
(五) 以上の次第によれば、被上告人に対し頸肩腕症候群総合精密検診の受診方を命ずる本件業務命令については、その効力を肯定することができ、これを拒否した被上告人の行為は公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由にあたるというべきである。
四 そうすると、原判決が本件業務命令の効力を否定したうえ、これを拒否した被上告人の行為が公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由に該当しないとしたのは、法律の解釈適用を誤つたものであるといわざるを得ず、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記の職場離脱が同条一八号の懲戒事由にあたることはいうまでなく、以上の本件における二個の懲戒事由及び前記の事実関係にかんがみると、原審が説示するように公社における戒告処分が翌年の定期昇給における昇給額の四分一減額という効果を伴うものであること(公社就業規則七六条四項三号)を考慮に入れても、公社が被上告人に対してした本件戒告処分が、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超え、これを濫用してされた違法なものであるとすることはできないというべきである。したがつて、本件戒告処分は適法ということができ、その無効確認を求める被上告人の本件請求は理由がないというべきであるから、被上告人の請求を認容した第一審判決はこれを取り消したうえ、その請求を棄却すべきである。
よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口正孝 角田禮次郎 高島益郎 大内恒夫)

・労働者に本来の職業と異なる作業を命じることも、業務上の必要性や相当性が認められるならば、適法な業務命令権の行使とされる。
+判例(H5.6.11)国鉄鹿児島自動車営業所事件
理由
上告代理人村田利雄、同有岡利夫の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人ら及び被上告人は、昭和六〇年当時、いずれも日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の職員であり、被上告人は国鉄九州総局鹿児島自動車営業所(以下「鹿児島営業所」という。)の運輸管理係、上告人竪山明(以下「上告人竪山」という。)は、同営業所長、上告人新野尾文雄(以下「上告人新野尾」という。)は同営業所首席助役であった。なお、被上告人は、国鉄労働組合(以下「国労」という。)の組合員であった。

2 当時国鉄は、長年にわたる赤字額の累積により経営上の危機にひんして再建を迫られる一方、職場規律の乱れが内外から指摘されてその是正が求められたため、これにこたえるべく、経営能率の向上、職場規律の健全化などを果たすことが、企業としての将来を決する重要な課題となっていた。
右のような状況を受けて、鹿児島営業所の上級機関である九州地方自動車部(以下「自動車部」という。)は、傘下の各営業所に対して、職場規律の確立に力を入れるよう指示し、その一つとして、職員の服装の乱れを是正すること、勤務時間中のワッペン、赤腕章等の着用を禁止すること及び職員に氏名札の着用を行わせることを指示した。中でも職場規律の乱れが全国でも最悪と指摘された鹿児島営業所の所長であった上告人竪山は、自動車部と打ち合わせて職場規律の確立に取り組むように特に指示されたため、職員に対し、勤務時間中のワッペン、赤腕章の着用を禁止するとともに、前記氏名札と着用場所が競合する国労の組合員バッジ(以下「本件バッジ」という。)の着用を禁止し、着用者に対して取外し命令を発していた。また、上告人竪山は、本件バッジの取外し命令に従わない職員に対しては当該職員の担当する本来の業務から外すよう、自動車部から指示を受けていた
なお、当時、国鉄が経営の合理化のために打ち出す種々の施策に対して、国労は反対の方針を採り、そのため国鉄の労使は恒常的に対立した状況にあった。鹿児島営業所においても、国労の組合員によるワッペン、赤腕章の着用等の行為が行われ、被上告人ら組合員は、上告人らを始めとする管理職と対立していた。このような状況の下で、本件バッジの着用は、国労の組合員であることを勤務時間中に積極的に誇示する意味と作用を有し、勤務時間中にも職場内において労使間の対立を意識させ、職場規律を乱すおそれを生じさせるものであった

3 被上告人は、前記のとおり運輸管理係の地位にあったが、管理者に準ずる地位である補助運行管理者にも指定され、昭和六〇年七月二三日、二四日、八月五日、六日、一六日、一七日、二二日、二三日、二九日及び三〇日の各日は、補助運行管理者として点呼執行業務に従事すべき日とされていた。
昭和六〇年七月二三日、被上告人が、本件バッジを着用したまま点呼執行業務を行おうとしたため、上告人竪山は、被上告人に対して本件バッジの取外し命令を発したが、被上告人は右命令に従わなかった。そこで、同上告人は、被上告人を点呼執行業務から外し、鹿児島営業所構内に降り積もった火山灰を除去する作業(以下「降灰除去作業」という。)に従事すべき旨の業務命令を発した。その後の同月二四日、八月五日、六日、一六日、一七日、二二日、二三日、二九日及び三〇日についても、上告人竪山は、前同様の経緯により、本件バッジの取外し命令に従おうとしない被上告人を点呼執行業務から外し、前記作業に従事すべき旨の業務命令を発した(右の各業務命令を、以下「本件各業務命令」という。)。

4 降灰除去作業は、桜島の噴火活動によって上空に吹き上げられ鹿児島市内に飛来して降り積もった火山灰を除去するものであり、かなりの不快感と肉体的苦痛を伴う作業であるが、鹿児島営業所の職場環境を整備して、労務の円滑化、効率化を図るために必要なものであり、従来も、職員がその必要に応じてこれを行うことがあった。
本件各業務命令は、勤務時間中に同営業所構内(広さ約一二〇〇平方メートル)の降灰除去作業に従事すべき旨を命じたものであるが、作業方法及び服装等についての特段の指示はなく、また、所定の休憩時間(正午から午後一時まで)以外の休憩の取り方についても特段の指示はなかった。被上告人は、本件各業務命令に基づき、前記の各日、それぞれ午前八時三五分ころから午後五時ころまで、同営業所構内の降灰除去作業に従事した。
5 上告人ら管理職は、被上告人が降灰除去作業に従事中、右作業状況を監視し、また、勤務中の他の職員が被上告人に清涼飲料水を渡そうとしたところ、上告人竪山がこれを制止する等のことがあった。

二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断した。
1 降灰除去作業は、被上告人の労働契約上の義務の範囲内に含まれるから、本件各業務命令を労働契約に根拠のない作業を命じたものとはいえない
2 また、本件バッジの着用は、職場規律を乱し、職務専念義務に違反するものであるから、上告人竪山がした前記取外し命令及びこれに従わなかった被上告人を点呼執行業務から外した措置には、いずれも合理的な理由があり、これが違法なものとはいえない。
3 しかし、本件各業務命令は、被上告人には運輸管理係としての日常の業務があり、殊更降灰除去作業を命ずべき必然性はなかったのに、本件バッジの取外し命令に従わなかったことに対し、懲罰的に発せられたものである。このように、かなりの肉体的、精神的苦痛を伴う作業を懲罰的に行わせることは、業務命令権の濫用であって違法である。したがって、本件各業務命令は、被上告人に対する不法行為に当たり、上告人らは、これにより被上告人の被った精神的損害を賠償すべき義務がある。

三 しかしながら、原審の前項3の、本件各業務命令が違法であって被上告人に対する不法行為に当たるとする判断は、是認することができない。
前記の事実関係からすると、降灰除去作業は、鹿児島営業所の職場環境を整備して、労務の円滑化、効率化を図るために必要な作業であり、また、その作業内容、作業方法等からしても、社会通念上相当な程度を超える過酷な業務に当たるものともいえず、これが被上告人の労働契約上の義務の範囲内に含まれるものであることは、原判決も判示するとおりである。しかも、本件各業務命令は、被上告人が、上告人竪山の取外し命令を無視して、本件バッジを着用したまま点呼執行業務に就くという違反行為を行おうとしたことから、自動車部からの指示に従って被上告人をその本来の業務から外すこととし、職場規律維持の上で支障が少ないものと考えられる屋外作業である降灰除去作業に従事させることとしたものであり、職場管理上やむを得ない措置ということができ、これが殊更に被上告人に対して不利益を課するという違法、不当な目的でされたものであるとは認められない。なお、上告人ら管理職が被上告人による作業の状況を監視し、勤務中の他の職員が被上告人に清涼飲料水を渡そうとするのを制止した等の行為も、その管理職としての職責等からして、特に違法あるいは不当視すべきものとも考えられない。そうすると、本件各業務命令を違法なものとすることは、到底困難なものといわなければならない。
四 したがって、本件各業務命令が被上告人に対する不法行為に当たるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、結局同旨をいう論旨は理由があり、原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記のとおり、本件各業務命令は、不法行為を構成するものではないから、これが不法行為を構成することを前提とした被上告人の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく理由がないというべきであって、第一審判決中上告人ら敗訴部分を取り消した上、その請求を棄却すべきである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官木崎良平 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也)

++解説
《解  説》
一 本件は、旧国鉄(昭62・4・1の国鉄法の廃止とともに国鉄清算事業団に移行した。国鉄清算事業団法附則二条参照。)の職員が業務命令を違法であるとして上司個人を相手に提起した損害賠償請求訴訟についての最高裁判決である。
Xは国鉄九州総局鹿児島自動車営業所(以下「鹿児島営業所」という。)の運輸管理係の地位にあったが、営業所の管理者に準ずる地位である補助運行管理者に指定され、昭和六〇年七月及び八月のうち、連続して二日間ずつの合計一〇日間が、補助運行管理者として点呼執行業務に従事すべき日に定められていた。道路運送法(平成元年法律第八三号による改正前のもの)二三条一項は、一般旅客自動車運送事業者は事業用自動車の運行の安全の確保に関する事項を処理させるため所定の営業所ごとに運行管理者を選任すべき旨規定し、これを受けて制定された自動車運送事業等運輸規則(平成二年運輸省令第二三号による改正前のもの)三二条の二によれば、運行管理者の業務内容は、① 輸送の安全確保に支障が生ずるおそれがあるときに、乗務員に対する必要な指示その他輸送の安全のための措置をとること、② 乗務員にに対して点呼を行い、所定の事項につき報告を求め、事業用自動車の運行の安全を確保するために必要な指示等を行うこと、③ 乗務員に対し所定の指導監督を行うこと、等とされている。そして、同規則二五条の五に基づき制定された国鉄の運行管理規定によれば、補助運行管理者は、前記②の業務(点呼執行業務)を行い、点呼を行うとともに、乗務員の服装、態度等を確認し必要な指示等を行うものとされている。
本判決によれば、本件のおおよその経緯等は、次のようなものであった。Xは、補助運行管理者として右の点呼執行業務に従事すべき日とされていた前記一〇日間のいずれの日においても、国鉄労働組合(以下「国労」という。)の組合員バッジ(以下「本件バッジ」という。)を着用したまま点呼執行業務を行おうとしたため、鹿児島営業所の所長Y1がその取外し命令を発したが、Xは右命令に従わず、これに対してY1は、右各日、Xを点呼執行業務から外して鹿児島営業所構内の火山灰の除去作業(以下「降灰除去作業」という。)に従事すべき旨の業務命令(以下「本件各業務命令」という。右の火山灰というのは、桜島の噴火活動によって上空に吹き上げられ鹿児島市内に飛来して降り積もったものである。)を発し、そこで、Xは、本件各業務命令に基づき、前記の各日の勤務時間中、右の降灰除去作業に従事した。本件バッジの着用は、国労の組合員であることを勤務時間中に積極的に誇示する意味と作用を有し、勤務時間中にも職場内において労使間の対立を意識させ、職場規律を乱すおそれを生じさせるものであり、一方、降灰除去作業は同営業所内の職場環境整備等のため必要な作業であって、従来も職員がその必要に応じてこれを行うことがあった。
本件損害賠償請求訴訟は、Xが、本件各業務命令はXが本件バッジの取外し命令に従わなかったことから、労働契約に根拠がなくまたその必要もないのに懲罰的に発せられた違法なものである等と主張し、不法行為に基づき、Y1及びこれに協力した首席助役Y2各個人を相手として各自五〇万円の慰藉料の支払をすることを求めたものである。
二 Xの右損害賠償請求について、一審(本誌六九六号一三八頁)は、① 降灰除去作業は、Xの労働契約上の義務の範囲内に含まれるから、本件各業務命令を労働契約に根拠のない作業を命じたものとはいえない、② 本件バッジの着用は、職場規律を乱し職務専念義務に違反するものであるから、Y1のした前記取外し命令及びこれに従わなかったXを点呼執行業務から外した措置にはいずれも合理的な理由があり、違法なものとはいえない、③ しかし、本件各業務命令は、殊更降灰除去作業を命ずべき必然性がなかったのに、本件バッジの取外し命令に従わなかったために、懲罰的に発せられたものであって、このようにかなりの肉体的、精神的苦痛を伴う作業を懲罰的に行わせるのは、業務命令権の濫用であって違法である等として、Y1、Y2について各自一〇万円の慰藉料の支払義務を認め、Xの請求を一部認容し、二審(本誌七二五号一一五頁)もこれを維持した。これに対して、Y1、Y2が上告した。
本判決は、上告を容れ、原判決中Y1、Y2の敗訴部分を破棄し、一審判決中右部分を取り消してXの請求を棄却すべきものとしたものである。
三 最一小判昭61・3・13、労判四七〇号六頁(電電公社帯広局事件)によれば、一般に業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令であり、使用者がその雇用する労働者に対して業務命令をもって指示、命令することのできる根拠は、労働者がその労働力の処分を使用者にゆだねることを約する労働契約にあり、したがって、使用者が業務命令をもって指示、命令することのできる事項であるかどうかは労働者が当該労働契約によってその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによって定まるものであって、この点は結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものとされている。
本件についてみてみると、一、二審は、前記のとおり、降灰除去作業がXの労働契約上の義務の範囲内に含まれる等としながら、本件各業務命令は、本件バッジの取外し命令に従わなかったことに対して懲罰的に発せられたものであり、業務命令権の濫用であって違法であるとしたのに対し、本判決は、原審の確定した事実関係の下で、① 降灰除去作業は、鹿児島営業所の職場環境整備等のために必要なものであり、その作業内容、作業方法等からしても社会通念上相当な程度を超える過酷な業務に当たるものともいえず、Xの労働契約上の義務の範囲内に含まれるものである、② 本件各業務命令は、Xが、Y1の取外し命令を無視して、本件バッジを着用したまま点呼執行業務に就くという違反行為を行おうとしたことから、Y1が上部からの指示に従ってXをその本来の業務から外し、職場規律維持の上で支障が少ないものと考えられる屋外作業である降灰除去作業に従事させることとしたものであり、職場管理上やむを得ない措置であって、これが殊更にXに対して不利益を課するという違法、不当な目的でされたものであるとは認められない、として、本件各業務命令を違法なものとすることはできず、本件各業務命令は不法行為を構成するものではないと判断した。なお、本件バッジの着用行為について、本判決は、上告論旨の争点となっていないためか、「本件バッジを着用したまま点呼執行業務に就くという違反行為」という説示をするにとどめているところ、本判決の右説示は、国鉄職員の服務の基準を定める国鉄法三二条(特に二項の職務専念義務)や国鉄の服装に関する定め等の存在を踏まえたものと思われる。
四 本判決は、管理者に準ずる地位にある職員が組合員バッジの取外し命令に従わないため、点呼執行業務から外して労働契約上の義務の範囲内には含まれるが職員の通常業務ではない職場環境整備等のため必要な作業(降灰除去作業)を命じた業務命令が職場管理上やむを得ないもので違法とはいえない、としたものであって、業務命令に関する同種事案の先例として参考になろう。

・命令が業務上の必要性に基づかない場合、嫌がらせなど不当な目的で発せられた場合、過酷な内容で労働者に肉体的・精神的な苦痛を与える場合などには、当該命令は権利の濫用に当たり無効。
+判例(H8.2.23)JR東日本本荘保線区事件
要旨
国労マーク入りのベルトを着用して就労した組合員に対し、会社が就業規則の書き写し等を命じたことが、労働者の人格権を侵害し、教育訓練に関する業務命令権の裁量の範囲を逸脱する違法なものとして、会社に損害賠償義務が認められた事例。

b)労務提供義務・職務専念義務・誠実労働義務

・職務専念義務や誠実労働義務とは、当該労働契約の趣旨に合致した態様・方法で支障なく労務提供を行う義務である。
+判例(S57.4.13)大成観光ホテルオークラ事件
理由
上告代理人馬場正夫、同田中庸夫、同西道隆の上告理由について
本件リボン闘争について原審の認定した事実の要旨は、参加人組合は、昭和四五年一〇月六日午前九時から同月八日午前七時までの間及び同月二八日午前七時から同月三〇日午後一二時までの間の二回にわたり、被上告会社の経営するホテルオークラ内において、就業時間中に組合員たる従業員が各自「要求貫徹」又はこれに添えて「ホテル労連」と記入した本件リボンを着用するというリボン闘争を実施し、各回とも当日就業した従業員の一部の者(九五〇ないし九八九名中二二八ないし二七六名)がこれに参加して本件リボンを着用したが、右の本件リボン闘争は、主として、結成後三か月の参加人組合の内部における組合員間の連帯感ないし仲間意識の昂揚、団結強化への士気の鼓舞という効果を重視し、同組合自身の体造りをすることを目的として実施されたものであるというのである。
そうすると、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件リボン闘争は就業時間中に行われた組合活動であつて参加人組合の正当な行為にあたらないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
上告理由第一点の所論は、要するに、本件リボン闘争は参加人組合の正当な争議行為にあたるものであるし、更に、それが争議行為にあたらないとしても、労働組合の正当な組合活動の範囲内に属するものであつて、いずれにしても、被上告人がそれを理由に就業規則に基づいて本件各懲戒処分をしたことは不当労働行為にあたる、と主張するものである。これに対して、法廷意見は、本件リボン闘争は就業時間中の組合活動であつて、参加人組合の正当な行為にあたらないと判示している。私もまたそれに同調するが、この判断は、労働組合の団体行動の正当性について重要な論点を提起するものであるから、いささか私見を補足しておきたい。
一 労働組合の争議行為とは何かを明確に定義づけることは困難であり、恐らくは、労働組合の団体行動が争議行為にあたるとすることによつてどのような法的効果を生ずるかに応じて多少とも異なる意味をもつものとして理解されるべきものと思われるが、一般的にいえば、労働組合が、その主張の示威又は貫徹のためにその団体の意思によつて労務を停止すること(怠業や残業拒否のように不完全な停止を含む)が争議行為に該当すると解される。この立場にたつても、たとえば労働組合法による民事免責等に関して、このような争議行為に随伴してされる行為(ピケ行為等)も争議行為のうちに含ましめることはありうるが、このような随伴的行為はそれ自体として争議行為とはならない。そう考えると、業務の性質によつては、リボン闘争自体が労務の停止に等しいと考えられる場合がありえないものではないから、一切のリボン闘争が争議行為にあたらないとすることはできないとしても、一般的には、リボン闘争は、類型として争議行為にあたらないというべきである。原審の適法に確定した事実によれば、本件リボン闘争は、法廷意見の示すような態様で行われたのであるから、これを争議行為としてとらえることは相当ではない。したがつて、争議行為に就業規則が適用されるかどうか、また具体的な本件リボン闘争が争議行為として正当性をもつかどうかを判断する必要はないと考えられる。

二 それでは、本件リボン闘争を労働組合の組合活動としてとらえるときに、その正当性を認めることができるか。いわゆるリボン闘争は、労務を停止することなく、就業時間中に労働組合員である労働者が組合の決定に基づき一定のリボンを着用する形態をとるものであるから、ここでは、就業時間中にこのような組合活動が許されるかどうかが問題となる。
一般に、就業時間中の組合活動は、使用者の明示又は黙示の承諾があるか又は労使の慣行上許されている場合のほかは認められないとされているが、これは、労働者の負う職務専念義務、すなわち労働契約により労働者は就業時間中その活動力をもつぱら職務の遂行に集中すべき義務を負うことに基づくものとされている。もしこの義務を厳格に解し、およそ就業時間内においては、職務の遂行に直接関連のない活動が許されないとすれば、当然に、組合活動をすることは認められず、リボン闘争は違法と判断されることとなる当裁判所は、政治的内容をもつ文言を記載したプレートの着用行為につき、すべての注意力を職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務に違反し、職務に専念すべき職場の規律秩序を乱すものであると判断している(昭和四七年(オ)第七七七号同五二年一二月一三日第三小法廷判決・民集三一巻七号九七四頁)。この判旨は、職務専念義務について、就業時間中には一切の肉体的精神的な活動力を職務にのみ用いるべきであるという厳格な立場をとつたものとみられるが、このプレート着用が組合の活動でなかつたこと、プレートに記載された文言が政治的な内容のものであつて、その着用が政治活動にあたること、それが法律によつて職務専念義務の規定されている公共部門の職場における活動であつたことにおいて、本件とは事案を異にするといつてよい。
労働者の職務専念義務を厳しく考えて、労働者は、肉体的であると精神的であるとを問わず、すべての活動力を職務に集中し、就業時間中職務以外のことに一切注意力を向けてはならないとすれば、労働者は、少なくとも就業時間中は使用者にいわば全人格的に従属することとなる。私は、職務専念義務といわれるものも、労働者が労働契約に基づきその職務を誠実に履行しなければならないという義務であつて、この義務と何ら支障なく両立し、使用者の業務を具体的に阻害することのない行動は、必ずしも職務専念義務に違背するものではないと解する。そして、職務専念義務に違背する行動にあたるかどうかは、使用者の業務や労働者の職務の性質・内容、当該行動の態様など諸般の事情を勘案して判断されることになる。このように解するとしても、就業時間中において組合活動の許される場合はきわめて制限されるけれども、およそ組合活動であるならば、すべて違法の行動であるとまではいえないであろう。
そこで、所論のように本件懲戒処分が不当労働行為となるためには、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、右のような見解に照らして本件リボン闘争が正当として許されるものでなければならない。この点に関しては、原審が本件リボン闘争の特別違法性として説示するところは是認することができ、したがつて、本件リボン闘争は、参加人組合の組合員たる労働者の職務を誠実に履行する義務と両立しないものであり、被上告人の経営するホテルの業務に具体的に支障を来たすものと認められるから、それは就業時間中の組合活動としてみて正当性を有するものとはいえない。 
三 なお、服装規定の違反に関する所論についても、一般にリボン闘争が使用者の定める服装規定に違反して正当性を欠くものであるかどうかはともかく、原審の適法に確定した事実関係のもとでは、本件リボン闘争が被上告人経営のホテルにおいて服装規定に違反するものであるから正当な行為たりえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。
以上の理由により、私は、原審の判断は結論において正当と認めるのであり、論旨は採用することができないと考える。
(裁判長裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)

+判例(S52.12.13)目黒電報電話局事件
理由
上告指定代理人香川保一、同近藤浩武、同矢崎秀一、同長島俊雄、同玉野義雄、同外松源司、同宮坂弘、同森田義之の上告理由について
第一 本件の経過
一 原審が確定したところによれば、本件の事実関係は、おおむね次のとおりである。
(一) 被上告人は、日本電信電話公社(以下「公社」という。)目黒電報電話局(以下「目黒局」という。)施設部試験課に勤務する公社職員であるが、昭和四二年六月一六日から同月二二日まで継続して、目黒局において、作業衣左胸に、青地に白字で「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプラスチツク製のプレート(以下「本件プレート」という。)を着用して勤務した。被上告人が本件プレートを着用した動機は、ベトナム戦争に反対することが日本の平和につながるという気持をもち、立川基地がベトナム戦争の遂行に利用されていると考え、本件プレートに記載されたスローガンに共鳴同調し、その気持を職場の同僚に理解してもらいたいということにあつた。
(二) その間、目黒局の局長及び次長は、同年六月一六日午前九時ころ、被上告人に対し、「局所内でそのようなものをつけては困る。局所内で右のような主義、主張をもつた札、ビラその他を胸につけることは許可しない方針なので直ちに取りはずしてもらいたい。」旨注意を与えたが、被上告人はこれに従わず、更に、同日正午前ころ試験課長が、翌一七日午後二時前ころ試験課長、施設部長が、同月二二日正午ころ試験課長が、同日午後三時過ぎころ次長、施設部長が、それぞれプレートを取りはずすように注意を与えたが、被上告人はこれに従わなかつた。
(三) 被上告人は、本件プレートの取りはずし命令は不当であると考え、これに抗議する目的で、同月二三日休憩時間中である正午から零時一〇分ころまでの間に、局所管理責任者である庶務課長の許可を受けることなく、「職場のみなさんへの訴え」と題し、六月一六日局長室でプレート着用について注意を受けた状況及び管理者側の態度が職場の組合活動や労働者の政治的自覚を高める活動を抑えて公社の合理化計画をよりスムーズに進行させるための地ならしであるとの抗議の意見を記載し、職場の要求をワツペン、プレートにして皆の胸につけることを呼びかけた内容のビラ数十枚を、試験課、線路課など各課の休憩室及び食堂で職員に手渡し、休憩室のない一部の職場では職員の机上に置くという方法で、配布した。
(四) 公社は、同月二四日、被上告人に対し、被上告人の前記(一)のプレート着用行為は、日本電信電話公社就業規則(以下「公社就業規則」という。)五条七項(「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない。」)に違反し、同五九条一八号所定の懲戒事由(「第五条の規定に違反したとき」)に該当する、(二)の行為は、同条三号所定の懲戒事由(「上長の命令に服さないとき」)に該当する、(三)のビラ配布行為は、同五条六項(「職員は、局所内において、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為をしようとするときは、事前に別に定めるその局所の管理責任者の許可を受けなければならない。」)に違反し、同五九条一八号所定の懲戒事由に該当するとして、日本電信電話公社法(以下「公社法」という。)三三条一項により懲戒戒告処分に付する旨の意思表示(以下「本件処分」という。)をした。

二 原審は、(1) 公社就業規則五条七項の「政治活動」の意義は人事院規則一四―七に規定する政治的目的をもつ政治的行為と同趣旨であると解するのが相当であるところ、本件プレートが政治上の主張の表示に用いられる記章に該当するとしても、被上告人が人事院規則一四―七にいう政治的目的をもつて本件プレートを着用したものとはとうてい認め難いところであるから、被上告人の本件プレート着用行為は公社就業規則五条七項の規定に違反せず、五九条一八号所定の懲戒事由に該当しない、(2) 本件プレート着用行為が公社就業規則の禁止規定に違反することを前提とする局長らの本件プレート取りはずし命令は、正当な根拠を欠き、被上告人に義務なきことを強制するものにほかならないから、被上告人がこれに従うことを拒否したとしても、命令不服従の責めを問うことはできず、前記一の(二)の被上告人の行為は公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由に該当しない、(3) 公社就業規則五九条一八号、五条六項は、およそ文書の無許可配布一般を懲戒処分の対象に包摂するものではなく、許可制を採用することによつて担保ないし維持しようとした職場秩序の実質的侵害を伴うような無許可のビラ配布のみを懲戒処分の対象とする趣旨であると解すべきところ、被上告人の本件ビラ配布は、なんら職場秩序の実質的侵害を伴わないものであるから、公社就業規則五九条一八号所定の懲戒事由に該当しない、(4) したがつて、本件処分は、公社就業規則所定の懲戒事由が存在しないのにもかかわらずされたものであつて無効であり、また仮に、被上告人の本件ビラ配布行為が形式的に公社就業規則五条六項に違反し、五九条一八号の懲戒事由に該当するとしても、違反の情状は極めて軽微であるから本件処分は懲戒権の濫用というべきであつて無効である、と判断した。

三 論旨は、原審の判断は、公社就業規則五条六項及び七項並びに五九条三号及び一八号、ひいては公社法三三条の規定の解釈、適用を誤つたものであり、右の違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

第二 当裁判所の判断
一 まず、公社就業規則における政治活動禁止の意義について検討する。
上告人公社は、公衆電気通信事業の合理的かつ能率的な経営体制を確立し、公衆電気通信設備の整備及び拡充を促進し、並びに電気通信による国民の利便を確保することにより公共の福祉を増進することを目的として設立された法人であつて、その設立に伴い、従来電気通信省の職員であつた者は、電気通信大臣が指名する者を除き、公社の職員となり、国家公務員法(以下「国公法」という。)及び人事院規則によつて規律されていたその服務関係は、公社法、公共企業体等労働関係法及び公社の制定する就業規則等により規律されることとなつた。ところで、一般職国家公務員については、その政治的中立性を維持し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保する目的から、国公法一〇二条、人事院規則一四―七により政治的行為の制限が定められ、その違反に対しては同法一一〇条一九号により刑罰が科せられることとされている。しかしながら、公社職員については、法律自体に職員の政治的行為を禁止する規定は設けられず、専ら公社就業規則において、「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない。」(制定当初は五条八項に定められていたが、数次の改正により本件当時は五条七項に規定されていた。)と定められているにとどまり、国公法と異なつて、局所内における政治活動だけが禁止され、しかも刑罰の裏づけを伴つていない。そうして、公社は、公衆電気通信事業という、一般公衆が直接利用関係に立ち国民生活に直接重大な影響をもつ社会性及び公益性の極めて強い事業を経営する企業体であるから、公社とその職員との労働関係が一般私企業と若干異なる規制を受けることは否定することができないが、公社はその設立目的に照らしても企業性を強く要請されており、公社と職員との関係は、基本的には一般私企業における使用者と従業員との関係とその本質を異にするものではなく、私法上のものであると解される。更に、一般に就業規則は使用者が企業経営の必要上従業員の労働条件を明らかにし職場の規律を確立することを目的として制定するものであつて、公社就業規則も同様の目的で公社が制定したものであるが、特に公社就業規則五条はその体裁、文言から局所内の秩序風紀の維持を目的とした規定であると解しうるところからみると、公社就業規則五条七項が局所内における政治活動を禁止した趣旨は、一般職国家公務員に関する国公法一〇二条、人事院規則一四―七における政治的行為の制限の趣旨と異なり、一般私企業において就業規則により事業所(職場)内における政治活動を禁止しているのと同様、企業秩序の維持を主眼としたものであると解するのが、相当である。すなわち、一般私企業においては、元来、職場は業務遂行のための場であつて政治活動その他従業員の私的活動のための場所ではないから、従業員は職場内において当然には政治活動をする権利を有するというわけのものでないばかりでなく、職場内における従業員の政治活動は、従業員相互間の政治的対立ないし抗争を生じさせるおそれがあり、また、それが使用者の管理する企業施設を利用して行われるものである以上その管理を妨げるおそれがあり、しかも、それを就業時間中に行う従業員がある場合にはその労務提供業務に違反するにとどまらず他の従業員の業務遂行をも妨げるおそれがあり、また、就業時間外であつても休憩時間中に行われる場合には他の従業員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後における作業能率を低下させるおそれのあることがあるなど、企業秩序の維持に支障をきたすおそれが強いものといわなければならない。したがつて、一般私企業の使用者が、企業秩序維持の見地から、就業規則により職場内における政治活動を禁止することは、合理的な定めとして許されるべきであり、特に、合理的かつ能率的な経営を要請される公社においては、同様の見地から、就業規則において右のような規定を設けることは当然許されることであつて、公社就業規則五条七項の規定も、本質的には、右のような趣旨のもとに定められていると解され、右規定にいう「政治活動」の意義も、一般私企業における就業規則が禁止の対象としている政治活動、すなわち、社会通念上政治的と認められる活動をいうものと解するのが、相当である。
もつとも、公社就業規則の立案関係者の見解によれば政治活動の意義は人事院規則一四―七に規定する政治的目的をもつ政治的行為と解されていたこと及び本件第一審において上告人は右立案者の見解と同様の主張をしていたことは、原審の確定した事実及び本訴の経過に徴して明らかなところである。しかしながら、就業規則の解釈にあたり、制定当時の立案関係者の見解が重要な資料となることは否定することができないとしても、これを絶対視すべきものではなく、また、右のような就業規則の解釈に関する訴訟上の主張を改めることは何ら差し支えのないところであるから(上告人がすでに原審において主張を改めていることは、記録上明らかである。)、右のような事情の存在は、公社就業規則五条七項にいう「政治活動」の意義について前記解釈をとることについて何ら妨げとなるものではない。

二 そこで、右の見地に立つて、被上告人の前記第一の一の(一)のプレート着用行為について検討する。
被上告人が着用した本件プレートに記載された文言は、それ自体、アメリカ合衆国が行つているベトナム戦争に反対し、右戦争の遂行の拠点としての役割を果たす米軍立川基地の拡張の阻止を訴えようとしたものであるが、ベトナム戦争がアメリカ合衆国の政策として行われ、わが国が、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」に基づき、合衆国軍隊に立川基地を提供してその使用にゆだね、これを通じてアメリカ合衆国の前記政策に協力する政治的な立場をとつていた事実に照らせば、本件プレートの文言は、右のようなわが国の政治的な立場に反対するものとして社会通念上政治的な意味をもつものであつたことを否定することができない。前記第一の一の(一)の事実によれば、被上告人は右文言を記載したプレートを着用してこれを職場の同僚に訴えかけたものというべきであるから、それは社会通念上政治的な活動にあたり、しかもそれが目黒局の局所内で行われたものである以上、公社就業規則五条七項に違反することは、明らかである。もつとも、公社就業規則五条七項の規定は、前記のように局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであることにかんがみ、形式的に右規定に違反するようにみえる場合であつても、実質的に局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときには、右規定の違反になるとはいえないと解するのが、相当である。ところで、公社法三四条二項は「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない」旨を規定しているのであるが、これは職員がその勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。本件についてこれをみれば、被上告人の勤務時間中における本件プレート着用行為は、前記のように職場の同僚に対する訴えかけという性質をもち、それ自体、公社職員としての職務の遂行に直接関係のない行動を勤務時間中に行つたものであつて、身体活動の面だけからみれば作業の遂行に特段の支障が生じなかつたとしても、精神的活動の面からみれば注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかつたものと解されるから、職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務に違反し、職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱すものであつたといわなければならない。同時にまた、勤務時間中に本件プレートを着用し同僚に訴えかけるという被上告人の行動は、他の職員の注意力を散漫にし、あるいは職場内に特殊な雰囲気をかもし出し、よつて他の職員がその注意力を職務に集中することを妨げるおそれのあるものであるから、この面からも局所内の秩序維持に反するものであつたというべきである。
すなわち、被上告人の本件プレート着用行為は、実質的にみても、局所内の秩序を乱すものであり、公社就業規則五条七項に違反し五九条一八号所定の懲戒事由に該当する。

三 したがつて、前記のように公社就業規則に違反する被上告人の本件プレート着用に対しその取りはずしを命じた上司の命令は、適法というべきであり、これに従わなかつた被上告人の前記第一の一の(二)の行為は、公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由である「上長の命令に服さないとき」に該当する。
四 次に、被上告人の前記第一の一の(三)のピラ配布行為は、許可を得ないで局所内で行われたものである以上、形式的にいえば、公社就業規則五条六項に違反するものであることが明らかである。もつとも、右規定は、局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであるから、形式的にこれに違反するようにみえる場合でも、ビラの配布が局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右規定の違反になるとはいえないと解するのを相当とする。ところで、本件ビラの配布は、休憩時間を利用し、大部分は休憩室、食堂で平穏裡に行われたもので、その配布の態様についてはとりたてて問題にする点はなかつたとしても、上司の適法な命令に抗議する目的でされた行動であり、その内容においても、上司の適法な命令に抗議し、また、局所内の政治活動、プレートの着用等違法な行為をあおり、そそのかすことを含むものであつて、職場の規律に反し局所内の秩序を乱すおそれのあつたものであることは明らかであるから、実質的にみても、公社就業規則五条六項に違反し、同五九条一八号所定の懲戒事由に該当するものといわなければならない。
五 してみると、被上告人の前記第一の一の(一)ないし(三)の各行為をもつて公社就業規則所定の懲戒事由に該当しないとした原審の判断は、公社就業規則五条六項及び七項並びに五九条三号及び一八号、ひいては公社法三三条の解釈、適用を誤つた違法があるというべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
六 そこで更に、原審の確定した事実に基づき、被上告人の請求の当否について判断することとする。すなわち、被上告人の前記第一の一の(一)の行為は公社就業規則五条七項に違反して同五九条一八号に、第一の一の(二)の行為は同五九条三号に、また、第一の一の(三)の行為は同五条六項に違反して同五九条一八号に、該当することは、上述のとおりであるところ、
(1) まず、被上告人は、公社就業規則五条六項、七項は憲法一五条一項、一九条、二一条一項に違反して無効である、と主張する。しかしながら、公社とその職員との間の法律関係は原則として一般私企業における使用者と従業員との関係と同様私法上の関係であり、公社就業規則は公社が私企業の使用者と同一の立場に立つて、職員との関係を規律するために定めたものと解すべきであつて、右のような私法上の関係について憲法一五条一項、一九条、二一条一項の適用又は類推適用がないことは、当裁判所昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決(民集二七巻一一号一五三六頁)及びその趣旨に徴し明らかであるから、被上告人の右主張は理由がない。
(2) 次に、被上告人は、本件処分は憲法一九条、二一条一項、一四条に違反し無効である、と主張する。しかし、本件処分は、公権力の行使ではなく、公社が私企業の使用者と同一の立場に立つてした私法行為であると解すべきものであるから、右行為については、憲法一九条、二一条一項、一四条の規定は適用又は類推適用されるものではなく(前掲大法廷判決参照)、したがつて、被上告人の右主張は理由がない。
(3) 更に、被上告人は、本件処分は、上告人が被上告人を共産党員であると認識し、その思想信条を嫌い、そのため行つた差別待遇にほかならないとして、労働基準法(以下「労基法」という。)三条違反を主張する。しかしながら、原審の確定した事実によれば、本件処分は被上告人の前記違法な行為を理由として行われたものであることが明らかであるから、被上告人の右主張は理由がない。
(4) また、被上告人は、本件ビラ配布は正午の休憩時間を利用して行つたものであるのにこれを懲戒処分の対象とすることは、労基法三四条三項に違反する、と主張する。一般に、雇用契約に基づき使用者の指揮命令、監督のもとに労務を提供する従業員は、休憩時間中は、労基法三四条三項により、使用者の指揮命令権の拘束を離れ、この時間を自由に利用することができ、もとよりこの時間をビラ配り等のために利用することも自由であつて、使用者が従業員の休憩時間の自由利用を妨げれば労基法三四条三項違反の問題を生じ、休憩時間の自由利用として許される行為をとらえて懲戒処分をすることも許されないことは、当然である。しかしながら、休憩時間の自由利用といつてもそれは時間を自由に利用することが認められたものにすぎず、その時間の自由な利用が企業施設内において行われる場合には、使用者の企業施設に対する管理権の合理的な行使として是認される範囲内の適法な規制による制約を免れることはできない。また、従業員は労働契約上企業秩序を維持するための規律に従うべき義務があり、休憩中は労務提供とそれに直接附随する職場規律に基づく制約は受けないが、右以外の企業秩序維持の要請に基づく規律による制約は免れない。しかも、公社就業規則五条六項の規定は休憩時間中における行為についても適用されるものと解されるが、局所内において演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布等を行うことは、休憩時間中であつても、局所内の施設の管理を妨げるおそれがあり、更に、他の職員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後の作業能率を低下させるおそれがあつて、その内容いかんによつては企業の運営に支障をきたし企業秩序を乱すおそれがあるのであるから、これを局所管理者の許可にかからせることは、前記のような観点に照らし、合理的な制約ということができる。本件ビラの配布は、その態様において直接施設の管理に支障を及ぼすものでなかつたとしても、前記のように、その目的及びビラの内容において上司の適法な命令に対し抗議をするものであり、また、違法な行為をあおり、そそのかすようなものであつた以上、休憩時間中であつても、企業の運営に支障を及ぼし企業秩序を乱すおそれがあり、許可を得ないでその配布をすることは公社就業規則五条六項に反し許されるべきものではないから、これをとらえて懲戒処分の対象としても、労基法三四条三項に違反するものではない。それ故、被上告人の右主張も理由がない。
(5) なお、被上告人は、本件処分は懲戒権の濫用であつて無効であると主張するが、公共企業体においても、懲戒事由に該当する事実があると認められる場合に懲戒権者がいかなる処分を選択すべきかについては裁量が認められ、当該行為との対比において甚しく均衡を失する等社会通念に照らし合理性を欠くものでないかぎり、懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を否定することはできないのである(最高裁昭和四五年(オ)第一一九六号同四九年二月二八日第一小法廷判決・民集二八巻一号六六頁参照)。本件についてこれをみると、懲戒事由にあたる被上告人の前記第一の一の(一)ないし(三)の行為は、プレートの着用あるいはビラ配りだけの単独の行為ではなく、違法なプレート着用行為を行い、その取りはずしを命じた上司の命令に従わず、更に、右取りはずし命令に抗議し違法なプレート着用、政治活動等をあおり、そそのかすようなビラ配りをしたという一連の行動であるところ、これらの行為に対して選択された懲戒処分は最も軽い戒告であつて、これを甚しく均衡を失するものということはできず、また、他に社会通念に照らし合理性を欠く事情も認められないのであるから、本件処分をもつて裁量権の濫用と断ずることはできないものといわなければならない。
結局、本件処分は適法であり、その無効確認を求める被上告人の本訴請求は理由がない。これと異なる第一審判決は取消しを免れず、被上告人の請求は棄却されるべきである。
よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条を適用し、裁判官環昌一の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+意見
裁判官環昌一の意見は、次のとおりである。
一 公社就業規則(本件当時のもの)は、職員に対する懲戒処分事由についてその五九条各号(一八号により五条各項に定める局所内における秩序風紀の維持に関する八項目が含まれ引用されている。)の規定をおき、合計二七項目にわたり詳細かつ具体的にこれを定めている。そこで、本件懲戒処分に適用された五条七項にいう「選挙運動その他の政治活動」の意義を解明するための一つの方法として、局所内におけるいわゆる「政治活動」が、右五条七項以外の五九条各号の定めを適切に運用することによつては規制することが困難であるか、あるいはそれが可能であつても特に五条七項を設けることが適当とされる、理由ないし根拠を探つてみることが、有意義であると思うので、この見地から右の理由ないし根拠として主張されるところに即して考えてみる。
(1) いわゆる政治活動が、勤務時間中に行われると、その職員については公社法三四条二項に定めるいわゆる職務専念義務に違反し、あるいは違反するおそれがあり、同時に他の職員についてはその職務遂行が妨げられ、あるいは妨げられるおそれがあるから、規制が必要であるとする主張があるが、その点は公社法違反の行為に関する公社就業規則五九条一号の規定や、他の従業員を誘つたりしてその就業を妨げる行為、ないし、これに準ずる局所内における風紀秩序を乱すような行為に関する五条二項、八項による規制で足りるものと思われる。
(2) 顧客等第三者に接する職場における政治活動の場合を特に考慮すべきであるとしてこれを規制の根拠とする主張については、そのような場合は政治活動に限るものではないのみならず、政治活動が常に第三者に接する場所で行われるものとは限らないから、前記五九条七号の「職員としての品位を傷つけ、または信用を失うような非行」、ないし、これに準ずる同条二〇号の「その他著しく不都合な行為」についての規制の範囲内にあるといえよう。
(3) 政治活動が休憩時間内に行われると、他の職員の休憩時間の自由利用を妨げひいては作業能率を低下させるおそれがあるから規制の必要があるとする主張があるが、これまた前記五条二項所定の行為、ないし、同条八項に定めるこれに準ずる行為として処理しうるものであろう。
(4) 局所内における政治活動は職員間に不必要な対立、抗争を生むおそれがあることを規制の根拠とする主張は、確かに的を射たものといえると思うが、公社職員は一歩局所外にでさえすれば政治活動は自由とされていることにかんがみると、後にのべるように、なお検討の必要があると考える。
(5) 公社職員の政治的中立性保持を規制の根拠と説くものがあるが、昭和二七年公社が設立され、職員には公社法、公労法等が適用されることとなり、それらの関係法令中に当時の国公法一〇二条、人事院規則一四―七のような政治的中立性の保持に関する規定を設けるところがなかつたことで、既に決着がついているのであつて、局所内の活動に限つてみても今特にこの点を考慮すべきものとは思われない。
(6) 局所内は仕事の場であつて政治活動の場ではないことや企業施設を利用する点で使用者の管理権を妨げることを規制の根拠とする見解があるが、そのようなことは政治活動に特有なものとはいえないから、特に規制の必要性を説明する根拠になるものとも考えられない。
(7) なお、いわゆる選挙運動その他の政治活動として通常行われる行為は、公社就業規則五条六項に定める演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為にほぼ尽くされていると考えられるのに、特に政治活動について独立の項を設けた理由が尋ねられなければならないと思う。
二 このようにみてくると、上告人自身、当初第一審判決が認めるように、公社就業規則五条七項にいう「政治活動」の意義は人事院規則一四―七に定める政治的目的をもつ政治的行為と同趣旨である旨主張しながら、後にこの主張を変更して、ここにいう「政治活動」と右人事院規則にいう「政治的行為」とは同義ではなく、それよりも広い、企業の秩序を乱すおそれのある社会通念上政治的色彩を帯びているとみられる行為を指称する、と主張するにいたつた本件訴訟の経過に徴しても、公社就業規則が他の処分該当事由をほとんどもうら的といえるほど詳細に掲げながら、なお政治活動について特別の一項を設けたことの合理的理由、ひいてはそこにいう「政治的活動」の意義如何は、解釈上必ずしも明確であるとはいえないのである。私は、強いていえばこれを次のように考えるほかはないと思う。すなわち、政治に関連してされる人の言動は、党派的ないし集団(同じ政治的見解や利害をもつ者の)的なものになり易いのであり、しかも、他の、例えば信仰、趣味、スポーツ等のグループ的活動とは異つて、人の利害(その中には低俗なものもある。)あるいは生活そのものに関連した形でされる傾向が強く、ついには人間関係における好悪の感情の対立をひき起こすことにさえなりかねず、その結果として局所内における職員の協調を妨げるおそれがあり、特に局所内で行われるとその影響は直接的であると考えられることから、公社の設立によつて、その職員に政治上の行動の自由が認められるにいたつた後も、少なくとも局所内においては、その秩序保持の上でこれを自由に放任することは相当でないとの考慮に基づいて、右五条七項を特に設けたものというべきである。
三 右の見地から被上告人の本件プレート着用行為をみると、それは被上告人単独の行動であり、プレートの文言からは、それが特定の党派や集団を背景としての行動であることや、他の者に特定の集団への加入はもとより同じプレートを着用することさえも呼びかけているものでないことが認められ、文言の内容もこれを見る者の身近な政治的利害に関するものではないことが明らかである。従つて本件プレートの着用行為は、それに広い意味で政治的色彩が全くなかつたものとまではいえないにしても、被上告人が一般の国民の一人としての立場からした信条や主張の表現にとどまるものであつて、選挙運動を例示として掲げる公社就業規則五条七項にいう政治活動に該当するものとは解されない(一般国民の立場に立つと認められる限り新聞の政治批判の論説やいわゆる政治評論家による評論などを通常「政治活動」とはいわないであろう。)。そうすると、残された問題は、被上告人のプレート着用行為が前述したような公社就業規則の他の関連諸条項に定める処分事由に該当するかどうかであるが、プレートに記載された文言の内容が、それ自体少なくとも公序に反するものでなかつたことは明らかである上、本件当時の社会情勢の下では特に人の目を驚かせるような珍奇なあるいは衝撃的なものであつたとはいえず、また、プレートの大きさ、色彩等からそれが特に他人の注意をひき強い印象を与えるようなものであつたとも認められないから、被上告人によつて着用された本件プレートが、職場内で被上告人の周辺にある他の職員の目に触れ一時的に注目されることがあつたとしても、その訴えかけが長くそれら職員の脳裡にとどまつて仕事に対する注意力を散漫にさせるものとは思われないし、同様にそれが被上告人自身の注意力の集中を妨げるものとも考えられない。およそ就業規則は、当該職場における具体的な秩序維持をねらいとするものであり、右のような一時的な注意力の欠如も具体的な仕事の内容によつてはその障害となるような場合(例えば手術とか、精密な計算や工作にかかわる職場などで行われた場合)もあることが想定されるが、本件において被上告人の属する電報電話局の試験課における作業がそのような特別の事情のもとにあるものであつたことをうかがうことはできないから、観念的にのみみて注意力の集中を妨げ、被上告人の職場における作業ひいては職場秩序の保持の妨害となるおそれがあると認めるのは相当でなく、従つて本人の職務専念義務違反ないし他の職員の業務の妨害にあたるということはできない。また、利用者である一般公衆に対する関係については、被上告人の職場が一般公衆との接触のあるところであるとの事実は認定されていないので問題になる余地はないし、更に同規則五条六項の無許可の行為との関連では、本件プレートの着用行為が演説、貼紙、掲示、ビラの配布のように他の職員に積極的に訴えるものではないこと前述のところからも明らかであるから、必ずしもこれらの行為に準ずるものとは断じ難く、他に該当すべき条項も見当らない。そうすると、上告人の職場管理者が、被上告人に対して本件プレートの着用をやめるように言つたことは、単なる作業上の注意としてみれば必ずしも違法なものとまではいえないであろうが、被上告人のこれに従わなかつた事実を目して懲戒処分事由にあたるとまで解することは妥当とは思われない。私は、以上のように考えるから、本件プレート着用行為は原判決認定の事情の下では、公社就業規則の懲戒処分事由のいずれにも該当しないものと思う。
四 次に被上告人の休憩時間内におけるビラの配布について考える。私は、前述した公社就業規則五条六項のいわゆる無許可のビラの配布等に関する定めについては次のようにみるのが相当であると思う。すなわち同項に掲げられている、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為は、その性質上広く職場の管理その秩序保持と無関係なものとは考えられないから、職場の管理ないし職場秩序保持に責任と権限をもつ使用者が、事前にその内容を知る方途として許可制を定めることは一概に不合理なものということはできず、それが局所内で行われるものである限り、休憩時間中にされるものについても同様であると解せられる。そして、右の演説、ビラの配布等の行為が、許可を受ける際申し立てられた趣旨に相異したり、あるいは無許可でなされた場合には、その事実に即して更に他の条項に定める処分事由にも問擬されることになることは当然である。原判決の趣旨によると、本件ビラの配布を事由とする関係では、本件懲戒処分は、結局において被上告人が休憩時間中に局所内において本件ビラ(甲第三号証)を無許可で配布した行為に対し公社就業規則五九条、六〇条を適用してなされたものであることが明らかであるが、右ビラの内容は、前記プレートに記載されたのと同一の事項のほかに、「組合員のみなさん」に訴える趣旨として、『「仕事に見合つた人をふやせ」「いつまでも廊下で着替をさせず営業課の休憩室をつくれ」「住宅手当、家族手当を出せ」「運転手当をよこせ」「独身者は誰でも寮に入れるようにしろ」「既得労働条件を守れ」「試験宿直者を二名にしろ」「夏期手当に差別をつけるな」「任用、配転は民主的にやれ」などの職場の要求をワツペン、ネームプレートにしてみんなの胸につけ公社側のしめつけを粉砕して共に斗いましよう』との文言を含んでいる。これらの文言のある本件ビラの配布行為が、勤務時間内における組合活動をあおる行為にあたるものであることは否定しえないところであり、このような行為が違法なものであることは明らかであるから、無許可でビラの配布を行つたとの点のほか、右のあおり行為が公社就業規則五九条一九号の「故意に業務の正常な運営を妨げ、もしくは妨げることをそそのかし、またはあおつたとき」若しくはこれに準ずる同条二〇号の「その他著しく不都合な行為があつたとき」の定めにあたりその点でも懲戒処分事由を構成するものであることを否定することはできない(そしてこのように判断しても前述のところから弁論主義に反したり、原判決の認定に即しないものとはいえないと考える。)。そして、本件処分が懲戒処分としては最も軽い戒告処分であることを考慮すると、それが社会観念上著しく妥当を欠くものとするに足る特段の事情も認められないから、結局本件処分は適法というほかはなく、本件上告は理由があり原判決は破棄を免れず、被上告人の請求が棄却されるのはまことにやむをえないところであると考える。
(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 髙辻正己 裁判官 服部髙顯 裁判官 環昌一)

(2)賃金支払いをめぐる権利義務

・債務の本旨に従ったものでないときは、使用者はその受領を拒否して賃金の支払いを免れることができる!
+判例(S60.3.7)水道機工事件
理  由
上告代理人儀同保の上告理由について
原審の適法に確定したところによると、(1)被上告人は、昭和四八年二月五日から一四日までの間に、上告人らに対し、文書により個別に、就業すべき日、時間、場所及び業務内容を指定して出張・外勤を命ずる業務命令(以下「本件業務命令」という。)を発したが、上告人らは、いずれも、右指定された時間、被上告人会社に出勤し、その分担に応じ、書類、設計図等の作成、出張・外勤業務に付随する事務、器具の研究、工具等の保守点検等の内勤業務に従事し、本件業務命令に対応する労務を提供しなかった、(2)上告人らの所属する労働組合は、これに先立ち、同年一月三〇日、被上告人に対し、同年二月一日以降外勤・出張拒否闘争及び電話応待拒否闘争に入る旨を通告していたものであり、右闘争は、一定期間労務の提供を全面的に拒否するのではなく、組合員が通常行う業務のうち右の種類の業務についてのみ労務の提供を拒否するというものであって、上告人らが本件業務命令による出張・外勤を拒否して内勤業務に従事したのは、右通告に基づき争議行為としてしたものである、(3)被上告人会社においては、出張・外勤の必要が生じた場合、従業員が自己の担当業務の状況等を考慮し、注文主と打合せの上、あらかじめ日時を内定し、上司の許可ないし命令を得るとか、上司から出張・外勤を命ぜられた場合にも、出張日程等については上司と協議の上これを決定するなど、従業員の意思が相当に尊重されていたが、このような取扱いは、被上告人が業務命令を発する手続を円滑にするため事実上許容されていたにすぎない、というのである。
原審は、右事実関係に基づき、本件業務命令は、組合の争議行為を否定するような性質のものではないし、従来の慣行を無視したものとして信義則に反するというものでもなく、上告人らが、本件業務命令によって指定された時間、その指定された出張・外勤業務に従事せず内勤業務に従事したことは、債務の本旨に従った労務の提供をしたものとはいえず、また、被上告人は、本件業務命令を事前に発したことにより、その指定した時間については出張・外勤以外の労務の受領をあらかじめ拒絶したものと解すべきであるから、上告人らが提供した内勤業務についての労務を受領したものとはいえず、したがって、被上告人は、上告人らに対し右の時間に対応する賃金の支払義務を負うものではないと判断している。原審の右判断は、前記事実関係に照らし正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高島益郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一)

+判例(H10.4.9)片山組事件
理由
上告代理人志村新、同上条貞夫、同小部正治、同滝沢香、同坂本修、同井上幸夫の上告理由第一について
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人は、土木建築の設計、施工、請負等を目的とする株式会社で、肩書地に本社を、大阪市、福岡市及び札幌市にそれぞれ支店を置き、その従業員数は約一三〇名である。
2 上告人は、昭和四五年三月、被上告人に雇用され、以来、本社の工事部に配属されて、建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものである。
3 上告人は、平成二年夏、ビル建築工事現場において現場監督業務に従事していた際、体調に異変を感じ、病院で受診したところ、バセドウ病(以下「本件疾病」という。)にり患している旨の診断を受け、以後通院して治療を受けたが、被上告人に対して本件疾病ににり患している旨の申出をすることなく、平成三年二月まで右現場監督業務を続けた。
4 上告人は、平成三年二月以降は、次の現場監督業務が生ずるまでの間の臨時的、一時的業務として、被上告人の本社内の工務監理部において図面の作成などの事務作業に従事していたが、同年八月一九日、翌二〇日から東京都府中市南町の都営住宅の工事現場(以下「本件工事現場」という。)において現場監督業務に従事すべき旨の業務命令を受けた。その際、上告人は、被上告人に対して、本件疾病にり患しているため右業務のうち現場作業に従事することはできない旨の申出をし、二〇日、本件工事現場に赴任した際にも、現場責任者である工事課長に対し、本件疾病のため現場作業に従事することができず、残業は午後五時から六時までの一時間に限り可能であり、日曜及び休日の勤務は不可能である旨の申出をした。その後、上告人を執行委員長とする建築一般全日自労片山組分会(以下「組合」という。)も、被上告人に対する質問状において、上告人の労務につき、<1> 現場作業には従事することができない、<2> 就業時間は午前八時から午後五時まで、残業は午後六時までとする、<3> 日曜、祭日、隔週土曜を休日とする、との三条件を被上告人が認めるか否かの回答を求めた。

5 被上告人は、上告人に診断書の提出を求め、平成三年九月九日、上告人の主治医の作成した診断書が提出されたところ、それには「現在、内服薬にて治療中であり、今後厳重な経過観察を要する。」との記載があった。被上告人は、右の記載では病状が必ずしも判然としないため、上告人に対し、病状を補足して説明する書面の提出を求めたところ、同月二〇日、上告人自ら病状を記載した書面が提出された。これには、「疲労が激しく、心臓動悸、発汗、不眠、下痢等を伴い、抑制剤の副作用による貧血等も症状として発生しています。未だ暫く治療を要すると思われます。」とした上、組合が回答を求めた前記三条件を認めることが不可欠である旨が記載されていた。

6 そこで、被上告人は、上告人が本件工事現場の現場監督業務に従事することは不可能であり、上告人の健康面・安全面でも問題を生ずると判断して、平成三年九月三〇日付の指示書をもって、上告人に対し、翌一〇月一日から当分の間自宅で本件疾病を治療すべき旨の命令(以下「本件自宅治療命令」という。)を発した。
7 上告人は、本件自宅治療命令が発せられた後に、事務作業を行うことはできるとして、平成三年一〇月一二日付の上告人の主治医作成の診断書を提出したが、これには「現在経口剤にて治療中であり、甲状腺機能はほぼ正常に保たれている。中から重労働は控え、デスクワーク程度の労働が適切と考えられる。」と記載されていた。被上告人は、右診断書にも上告人が現場監督業務に従事し得る旨の記載がないことから、本件自宅治療命令を持続した。
8 その後、上告人から被上告人に対して賃金仮払を求める仮処分が申し立てられ、その審尋において、上告人の主治医の意見聴取が行われ、平成四年一月時点では、上告人の症状は仕事に支障がなく、スポーツも正常人と同様に行い得る状態であることなどが明らかになった。そこで、被上告人は、同年二月五日、上告人に対し、本件工事現場で現場監督業務に従事すべき旨の業務命令を発し、上告人は、同日以降、右命令に従い、本件工事現場における現場監督業務に従事した。 
9 以上のとおり、上告人は、平成三年一〇月一日から平成四年二月五日までの期間(以下「本件不就労期間」という。)中、本件工事現場における現場監督業務のうち現場作業に係る労務の提供は不可能で、事務作業に係る労務の提供のみが可能であったものであり、現実に労務に服することはなかった。そのため、被上告人は、右期間中上告人を欠勤扱いとし、その間の賃金を支給せず、平成三年一二月の冬期一時金を減額支給した。

二 原審は、右事実関係に基づき、次のとおり判断した。
1 労働者が故意又は過失に基づくことなく、また、業務に起因することなくり患した病気(以下「私病」という。)のため労務の全部又は一部の履行が不能となった場合には、雇用契約、労働協約等に特段の定めがない限り、全部が不能のときは、労働者は賃金請求権を取得せず(民法五三六条一項)、一部が不能のときは、一部のみの提供は債務の本旨に従った履行の提供とはいえないから、原則として使用者は労務の受領を拒否し賃金支払義務を免れ得るが、提供不能な労務の部分が提供すべき労務の全部と対比してわずかなものであるか、又は使用者が当該労働者の配置されている部署における他の労働者の担当労務と調整するなどして、当該労働者において提供可能な労務のみに従事させることが容易にできる事情があるなど、信義則に照らし、使用者が当該労務の提供を受領するのが相当であるといえるときには、使用者はその受領をすべきであり、これを拒否したときは、労働者は賃金請求権を喪失しない(民法五三六条二項)。
2 本件疾病は私病であり、私病のため労務の提供ができない場合でも賃金を支払う旨の規定があるとの主張立証はない。そして、上告人は、本件不就労期間中、事務作業に係る労務の提供のみが可能であったところ、本件工事現場においては、現場作業がほとんどであり、事務作業は補足的でわずかなものにすぎず、信義則上事務作業を上告人に集中して担当させる措置を採ることが相当であったとはいえないし、現場勤務を命じられる前の工務監理部での事務作業は、恒常的に存在するものではなく、本件不就労期間中にこれが存在したとは認められないから、これを斟酌することはできない。また、上告人提出の病状説明書や診断書の内容につき疑念を持つべき事情があったとはいえないから、被上告人が改めて医学調査をすべきであったとはいえないし、復職命令までの間に、上告人が債務の本旨に従った労務の提供ができるようになったことを明らかにし、その受領を催告したとの主張立証はない。
3 したがって、信義則上上告人の労務の一部のみの提供を受領するのが相当というべき事情がなく、上告人の債務の履行が不能となったのであるから、上告人は、本件不就労期間中の賃金及び一時金請求権を取得しない。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。そのように解さないと、同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲に同様の身体的原因による制約が生じた場合に、その能力、経験、地位等にかかわりなく、現に就業を命じられている業務によって、労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か、また、その結果、賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり、不合理である。
2 前記事実関係によれば、上告人は、被上告人に雇用されて以来二一年以上にわたり建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものであるが、労働契約上その職種や業務内容が現場監督業務に限定されていたとは認定されておらず、また、上告人提出の病状説明書の記載に誇張がみられるとしても、本件自宅治療命令を受けた当時、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、その提供を申し出ていたというべきである。そうすると、右事実から直ちに上告人が債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできず、上告人の能力、経験、地位、被上告人の規模、業種、被上告人における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして上告人が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきである。そして、上告人は被上告人において現場監督業務に従事していた労働者が病気、けがなどにより当該業務に従事することができなくなったときに他の部署に配置転換された例があると主張しているが、その点についての認定判断はされていない。そうすると、これらの点について審理判断をしないまま、上告人の労務の提供が債務の本旨に従ったものではないとした原審の前記判断は、上告人と被上告人の労働契約の解釈を誤った違法があるものといわなければならない。
3 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、右の点については、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官藤井正雄 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官大出峻郎)

(3)就労請求権

+判例(S33.8.2)読売新聞社事件
理  由
抗告代理人は、「原決定中主文第三項(申請人その余の申請を却下するとある部分)を取り消す。相手方は抗告人が就労することを妨げてはならない。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。
よつて判断するに、本件記録によると、抗告人は相手方が抗告人に対し昭和三十年九月三十日なした解雇が不当解雇であることを主張して、原裁判所に、右解雇の意思表示の効力を停止し、右解雇の意思表示の翌日以降本案判決確定に至るまで解雇当時の賃金に相当する一ケ月金一万三千三十六円の割合による金員の支払を求めるとともに、相手方は抗告人が就労することを妨げてはならないとの趣旨の仮処分の申請をなし、原裁判所は審理の結果、抗告人の右仮処分申請中、解雇の意思表示の効力の停止と賃金の支払を求める部分については抗告人の主張を理由ありと認めてその旨の仮処分決定をなすとともに、就労の妨害排除を求める部分については、本案請求権の疎明がないことに帰するとして、抗告人の右仮処分申請を却下する旨の決定をしたものであることが明らかである。ところで抗告人の本件抗告理由の要旨は、労働者は使用者に対して就労請求権を有するものであるから、不当解雇であることを認めながら本案請求権の疎明がないとして抗告人の本件就労の妨害排除の仮処分申請部分を却下した原決定は違法であるというに帰する。しかし労働契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従つて一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのが、その最も基本的な法律関係であるから、労働者の就労請求権について労働契約等に特別の定めがある場合又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除いて、一般的には労働者は就労請求権を有するものでないと解するのを相当とする。本件においては、抗告人に就労請求権があるものと認めなければならないような特段の事情はこれを肯認するに足るなんの主張も疎明もない。のみならず、裁判所が労働者の就労に対する使用者側の妨害を禁止する仮処分命令を発しうるためには、その被保全権利の存在のほかに、かかる仮処分の必要性が肯定されなければならないわけであるが、本件仮処分においては、冒頭認定のとおり、相手方のなした抗告人に対する解雇の意思表示の効力の停止と賃金の支払を求める限度において抗告人の申請は認容されたものであるから、抗告人は特段の事情のない限り、それ以上進んで就労の妨害禁止まで求め労働者としての全面的な仮の地位までも保全する必要はないものといわなければならない。そして右説示のような特段の事情を認むべき何等の疎明の存しない本件においては、結局仮処分の必要性の点においても、その疎明のないことに帰するのであつて、いずれの点からしても本件仮処分申請中就労の妨害禁止を求める部分は理由なしとして排斥を免れない。従つて、右申請部分を排斥した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させ主文のとおり決定する。
(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 小河八十次)

+判例(名古屋地判45.9.7)レストラン・スイス事件

3.労働契約に付随する権利義務

・安全配慮義務
+(労働者の安全への配慮)
労働契約法第五条  使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

・職場環境配慮義務
+判例(京都地判H9.4.17)京都セクシャルハラスメント{呉服販売会社}事件

・男女を能力に応じて平等に処遇する義務
+判例(東京地判H12.12.22)芝信用金庫事件
要旨
1.信用金庫の女子職員が昇格について差別的取扱いをされた事案につき、上司らの故意又は過失に基づく年功加味的運用についての差別行為は、女子職員に対する不法行為に当たるから、信用金庫は民法715条に基づき損害賠償責任を負うとされた事例。
2.信用金庫の女子職員が昇格について差別的取扱いをされた事案につき、慰謝料については昇格すべき時期として認定された日の後である損害金起算日から、弁護士費用については口頭弁論終結時から、いずれも支払済みまで民法所定の年5分の遅延損害金の支払が命じられた事例。
3.信用金庫の女子職員が昇格について差別的取扱いをされた事案につき、女子職員らが信用金庫の年功加味的人事運用の差別により、主事の資格に長期間据え置かれ、経済的・身分的に不利益を甘受しなければならなかった精神的苦痛に対する慰謝料として、本来昇格すべき時期、その他諸般の事情を考慮して、それぞれ200万円、150万円、100万円、70万円が認められた事例。
4.女性職員に対し男性職員との間で昇格についての差別的取扱いがあり、これが不法行為に当たるとして、慰謝料等とともに、訴訟の提起及び維持のために要した弁護士費用相当額の損害賠償請求を認容した事例。
5.女性であることを理由に昇格について差別的取扱いを受けた従業員は、使用者に対し、昇格したのと同一の法的効果を求める権利を有するものであり、将来における差額賃金や退職金額に関する紛争等について抜本的な解決を図るため、昇格後の資格を有することの確認を求める訴えの利益を有する。
6.雇用差別訴訟につき金銭の支払を命じる仮執行宣言付判決に基づいてされた強制執行により得られた利益に対し、控訴審において請求の一部を排斥し、原状回復請求を一部認容した事例。
7.一 信用金庫の女性職員が昇格及び昇進について女性であることを理由に同期同給与年齢の男性と比較して差別を受けたとの主張に対し、昇格試験の制度自体には不公正とすべき事由は見出せないものの、評定者が男性職員に対してのみ人事考課において優遇していたものと推認せざるをえないとして、昇格に関する差別の存在を認めた事例
二 女性職員に対しても男性と同様な優遇措置が講じられれば昇格試験に合格していたと認められる事情があるときには、試験不合格により従前の資格に据え置かれるというその後の行為は労働基準法13条の規定に反して無効になり、労働契約の本質及び労働基準法13条の規定の類推適用によって、当該女性は昇格したのと同一の法的効果を求める権利を有する
三 1名を除く原告女性職員について二掲記の事情があるので、旧人事制度における副参事、新人事制度における課長職に昇格しているというべきであるとして、同人らが課長職の資格にあることの確認及び賃金・退職金の差額請求を肯定し、更に不法行為による慰謝料等の支払を認めた事例。

・遠隔地配転に際して労働者が被る不利益を軽減するよう配慮する義務
+判例(東京高判H8.5.29)帝国臓器、単身赴任事件

・労働者側の付随義務
誠実義務、秘密保持義務、競業避止義務・・・。

4.労働者の損害賠償責任

危険責任・報償責任の法理

+判例(S51.7.8)茨城石炭商事事件
理由
上告代理人中井川曻一の上告理由について
使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。
原審の適法に確定したところによると、(一)上告人は、石炭、石油、プロパンガス等の輸送及び販売を業とする資本金八〇〇万円の株式会社であつて、従業員約五〇名を擁し、タンクローリー、小型貨物自動車等の業務用車両を二〇台近く保有していたが、経費節減のため、右車両につき対人賠償責任保険にのみ加人し、対物賠償責任保険及び車両保険には加入していなかつた、(二)被上告人美留町Aは、主として小型貨物自動車の運転業務に従事し、タンクローリーには特命により臨時的に乗務するにすぎず、本件事故当時、同被上告人は、重油をほぼ満載したタンクローリーを運転して交通の渋滞しはじめた国道上を進行中、車間距離不保持及び前方注視不十分等の過失により、急停車した先行車に追突したものである、(三)本件事故当時、被上告人Aは月額約四万五〇〇〇円の給与を支給され、その勤務成績は普通以上であつた、というのであり、右事実関係のもとにおいては、上告人がその直接被つた損害及び被害者に対する損害賠償義務の履行により被つた損害のうち被上告人Aに対して賠償及び求償を請求しうる範囲は、信義則上右損害額の四分の一を限度とすべきであり、したがつてその他の被上告人らについてもこれと同額である旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見解を主張して原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 下田武三 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)

+判例(名古屋地判S62.7.27)
要旨
1.プレナー等の作業に従事する従業員が深夜作業中に居眠りをして工作機械を損壊した場合につき、右事故における従業員の過失は重大であり、右従業員は債務不履行の責任を免れないが、損害賠償額を定めるに当つては雇用関係における信義則および公平の見地から事件に現れた一切の事情を斟酌して具体的にこれをなすべきところ、使用者と右従業員との経済力、賠償の負担能力の格差が大きいこと、使用者が機械保険に加入するなどの損害軽減措置を構じていないことなどに鑑み、損害額の4分の1の賠償をすべきである。

2.一 労働過程上の軽微な過失に基づく事故については、労働関係における公平の原則に照して、使用者は、労働者に対し、損害賠償請求権を行使できないと解するのが相当である。
二 プレナー等の作業に従事する従業員が深夜作業中に居眠りをして工作機械を損壊した場合につき、右事故における従業員の過失は重大であり、右従業員は、債務不履行による責任を免れないとした上、使用者も機械保険に加入する等の損害軽減措置を講じていないことなどを考慮して、右機械損壊による損害額の4分の1の限度で使用者からの右従業員に対する損害賠償請求が認められた事例

3.一 普通解雇の意思表示は就業規則、労働基準法所定の手続に従ってなされるものである限り、使用者において自由になし得るのが原則であるから、これが違法とされるのは、使用者が当該意思表示が無効であることを知りもしくは知りうべきであるのに、害意をもってあえてこれをなしたといった場合に限るのが相当である。
二 本件一次解雇の行われたのは、被用者と使用者の信頼関係が消滅したこと、職場秩序の維持、安全管理体制の保持の見地から解雇することもやむをえないことによるわけであるから、使用者に過失があったとみることは困難である。

4.被用者により解雇が不法行為になるとしてなされた損害賠償請求は肯認されなかつたが、かかる請求は不当な抗争ではないとされた事例(大隈鉄工所高価機械損傷損害賠償請求等訴訟第一審判決)。
5.一 反訴請求が本訴請求と牽連するとは、訴訟物である権利の内容又はその発生原因事実に共通するところがあることをいい反訴請求が本訴の防御方法と牽連するとは、本訴を理由なからしめる事実が、反訴を理由づける事実の全部または一部を構成する関係にあることをいう。
二 被告が作業中に居眠りをしたため、原告所有の工作機械に損傷を与えたことを理由とする損害賠償請求に対し、原告が正当な理由なく裁判所の命令に反して違法に被告を解雇したことを理由として反訴を提起することが、攻撃・防御の方法において強い関連性を有し、反訴の要件に欠けるところがないとした事例。
三 前項記載の損害賠償請求に対し、解雇を無効とした仮処分判決に対する控訴の提起が不当抗争であるとして損害賠償請求の反訴を提起することは、両請求の訴訟物、攻撃防御方法の間に法律上の関連性が認められず、許されないとした事例。
6.深夜作業中の居眠りが原因で工作機械を損壊した労働者に対する使用者の損害賠償請求が、機械保険に加入するなどの損害軽減措置を講じていなかつたことなどが考慮され、損害額の四分の一の限度で認められた事例。
7.工作機械損壊を理由に出勤停止処分を受けた労働者の右処分の取消要求に対し、解雇をもつて応じた使用者に対する損害賠償請求が、右解雇自体は無効であるが、使用者に害意は認められないとして棄却された事例。

+判例(東京地判6.9.7)丸山宝飾事件

+判例(大阪高判H13.4.11)K興業事件

第2節 労働契約内容の決定・変更システム

1.労働契約内容の決定
(1)労働法規と判例法理

(2)労働協約

+(労働協約の効力の発生)
労働組合法第十四条  労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによつてその効力を生ずる。

(基準の効力)
第十六条  労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。

←規範的効力

(一般的拘束力)
第十七条  一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする。

(地域的の一般的拘束力)
第十八条  一の地域において従業する同種の労働者の大部分が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該労働協約の当事者の双方又は一方の申立てに基づき、労働委員会の決議により、厚生労働大臣又は都道府県知事は、当該地域において従業する他の同種の労働者及びその使用者も当該労働協約(第二項の規定により修正があつたものを含む。)の適用を受けるべきことの決定をすることができる。
2  労働委員会は、前項の決議をする場合において、当該労働協約に不適当な部分があると認めたときは、これを修正することができる。
3  第一項の決定は、公告によつてする。

(3)就業規則

+(作成及び届出の義務)
労働基準法第八十九条  常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
一  始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
二  賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
三  退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
三の二  退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
四  臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
五  労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
六  安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
七  職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
八  災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
九  表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
十  前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

+(法令及び労働協約との関係)
第九十二条  就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
2  行政官庁は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。

+(法令及び労働協約と就業規則との関係)
労働契約法第十三条  就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、第七条、第十条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用しない

(就業規則違反の労働契約)
第十二条  就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

第七条  労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

(4)当事者間の合意、労使慣行

+判例(H7.3.9)商大八戸ノ里ドライビングスクール事件
要旨
1.自動車教習指導員の空き時間等について能率給を支払う取扱い、及び出向者に関して親の法要のための休暇を有給の特別休暇とする取扱い等につき、法的効力を有する労使慣行の成立を否定した原判決が維持された事例。

同判例追加で。
①同種の行為が長期間反復継続され
②労使双方が明示にこれを排除せず
かつ③労使双方の規範意識に支えられている場合には、
当該慣行には事実たる慣行(92条)としての法的拘束力が認められる!

2.労働契約内容の変更

・合意の原則

・不利益な場合は慎重に。

+判例(東京高判H20.3.25)東部スポーツ宮の森カントリークラブ事件
使用者が十分な説明をせず、労働者が変更内容を把握することが困難であったとして、合意の成立を否定した。

・合意原則の例外
労働契約法第十条  使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

・労働協約による方法

・変更解約告知による方法


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