刑事訴訟法 捜査法演習 第1講 自動車検問、職務質問・所持品検査その1


第1 自動車検問の適法性
1.自動車検問の意義・種類
自動車検問
=犯罪の予防、検挙のため、警察官が走行中の自動車を停止させて、自動車の見分、運転者又は同乗者に対し必要な質問を行うこと!

2.自動車検問の問題性
(1)自動車検問の法的根拠
・不審検問
警察官職務執行法
+(質問)
第二条  警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。
2  その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。
3  前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。
4  警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

+第百九十七条  捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない
○2  捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。
○3  検察官、検察事務官又は司法警察員は、差押え又は記録命令付差押えをするため必要があるときは、電気通信を行うための設備を他人の通信の用に供する事業を営む者又は自己の業務のために不特定若しくは多数の者の通信を媒介することのできる電気通信を行うための設備を設置している者に対し、その業務上記録している電気通信の送信元、送信先、通信日時その他の通信履歴の電磁的記録のうち必要なものを特定し、三十日を超えない期間を定めて、これを消去しないよう、書面で求めることができる。この場合において、当該電磁的記録について差押え又は記録命令付差押えをする必要がないと認めるに至つたときは、当該求めを取り消さなければならない。
○4  前項の規定により消去しないよう求める期間については、特に必要があるときは、三十日を超えない範囲内で延長することができる。ただし、消去しないよう求める期間は、通じて六十日を超えることができない。
○5  第二項又は第三項の規定による求めを行う場合において、必要があるときは、みだりにこれらに関する事項を漏らさないよう求めることができる。

警戒検問
+判例(東京高判S57.4.21)

交通検問
+判例(東京高判S48.4.23)
理由
本件控訴の趣意は、弁護人奥毅の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点について。
論旨は要するに、原判示第二の公務執行妨害の事実について、同判示の道路において交通事犯(飲酒運転)取締りに従事していたA巡査らがなした被告人運転の普通乗用自動車(以下、被告車という。)に対する自動車検問ないし職務質問は、その前提要件を欠く違法なものであるのにかかわらず、同巡査らは進行中の被告車を強制的に停車させようとし、引続きA巡査は強制的手段によつて職務質問をなし、自動車の停止および自動車からの下車を要求したものであつて、A巡査が被告人に自動車の停止および下車を求める行為も違法たるを免れず、仮りにA巡査らがなした自動車検問が職務質問の前提要件をみたし、正当なものと認められるとしても、その後にとつたA巡査の行為は、明らかに被告人の意思を無視した強制的手段を用いた違法なものであつて、到底適法な職務行為とは認めることができないから、公務執行妨害罪は成立しないものというべく、従つてA巡査の右のような違法な職務行為を適法なものとした原判決は法令の適用を誤つたものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
しかし原判決の挙示した証拠を総合すれば、所論のA巡査らがなした被告車に対する自動車検問などの適法性の点を含め、原判示第二の公務執行妨害の事実を肯認するに十分であり、当審における事実取調の結果を参酌しても、右認定を左右するに足るものはない。すなわち、右各証拠によれば、警視庁小岩警察署勤務のB巡査部長、前記A巡査およびC巡査の三名は本件犯行当日である昭和四七年八月一七日午後一一時二〇分ころから原判示道路付近で、酒酔い運転および無免許運転を主とする交通取締を実施し、右道路付近にある交通整理の行なわれていない交差点を徐行しないで進行する車両とか前照灯をつけていない車両または蛇行運転する車両などのいわゆる不審車両について停止を求めるなどして自動車検問をなし、職務質問をしていたこと、右取締の場所は、D小岩駅前の繁華街に通ずる道路で酒酔い運転の多いところであるため、それまでにも何回となく取締を実施していたこと、被告人は当夜右小岩駅南口のキヤバレーなどでビール大瓶一本、中瓶二本位を飲んで午後一一時四〇分ころ被告車を運転し、原判示道路を小岩駅前方向からE街道方向へ時速約三〇キロメートルないし四〇キロメートルで進行してきて、前記交通整理の行なわれていない交差点を全然徐行することなく通過したので、被告車の右のような走行状況を目撃した右B巡査部長らは、被告人が酒酔い運転をしているのではないかと判断して、被告人に対し赤色の懐中電灯を振り、または警笛を吹いて被告車の停止を求める合図をしたが、被告人は右警察官らの合図を認めるや、酒気帯び運転の発覚を怖れ、逃げようとして加速し、そのまま、検問実施中の右警察官らの前を通過したこと、前記三名の警察官はバイクまたは自転車で被告車を追跡し、被告車が同所からE街道方向へ約二〇〇メートル進行した際、付近にあつた交通整理の行なわれている交差点の手前で赤色の停止信号に従い停車したので、バイクに乗つて被告車を追跡してきて間もなく同車に追い付いたB巡査部長が、先ず被告車の運転席のところへ赴き、被告人の開けた運転席の窓側に寄り、被告人に対し、「何故逃げたのか。」と質問したが、その際被告人には酒の臭いがし、顔面が赤くみえたのだ、更に同巡査部長が「酒を飲んでいるな。」と聞いたところ、被告人は返事をしなかつたこと、そのころ自転車に乗つて被告車を追跡してきて右現場に到着したA巡査が被告車の前面へ自転車を停めようとしたところ、被告人が更に発進しようとしたため、被告車がA巡査の自転車に接触し、同巡査がよろけたので、B巡査部長は被告人に被告車のエンジンを止めて降車するように指示したが、被告人が降車しないため、同巡査部長は危険を感じて被告車のエンジンを停めようとしてそのドアを開けて右手を入れ、キーをひねつたところ、被告人が同巡査部長の右腕の肘を一回殴打したこと、更に被告人の側へ寄つたA巡査も被告人に酒の臭いがしたところから、酒酔い運転の疑いが濃厚であると判断し、同人に対し、「酒を飲んでいるな、何故逃げるんだ。」と質問し、酒気の検知をする必要もあると認めて再三にわたつて降車を求めたが、被告人はこれを聞きいれないのみならず、急に被告車のエンジンを入れギアに手をかけて発進しようとしたので、同巡査はこれを阻止すべく、そのエンジンを切ろうとして、被告車のドアから右手を差し入れたところ、被告人は同巡査の右腕の肘の下辺を約三回殴打し、右襟首をつかんで前後にゆさぶり、更に被告車のハンドルの中に入つた同巡査の右手をハンドルに押さえつけたまま被告車を後退させて約一〇メートル同巡査を引きずるなどの暴行を加えたこと、その際被告人から押さえられていた同巡査の手が離れたので、同巡査が被告人の肩か頸部をつかんで外へ引出し、被告人を降車させたことがいずれも認められる。被告人の原審、当時各公判供述のうち右認定に反する部分はにわかに措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
以上のような事実関係によれば、前記A巡査らの被告人に対する自動車検問ないし職務質問は、道路交通法第六七条第一項ないし警察官職務執行法(以下、警職法と略称する。)第二条第一項に照らし適法な職務行為であることは明らかであり、従つて、右A巡査が、同巡査らの停車の合図に従わずにかえつて加速して検問場所を通過して逃げようとした被告車を追跡してこれに追い付き、被告人の酒酔い運転について取調べる必要を認め、同人に対して降車を求め、更に、発進しようとした被告車のエンジンを切るため手を同自動車内に差し入れたこともまた、前記自動車検問ないし職務質問に関連する適法な職務行為として是認することができる。そしてそうである以上、被告人の同巡査に対する前記のような暴行は公務執行妨害に該当することは明白といわねばならない。
ところで所論は、自動車検問ないし職務質問が是認されるためには警職法第二条第一項の要件がそのままみたされねばならないと解すべきところ、被告車が徐行しなかつたとされる本件交差点の客観的状況、その時刻が深夜であることなどに照らせば、A巡査らにおいて被告人が飲酒運転等道路交通法に違反していると認知するについて合理的根拠となりうる徴表はなんら存しないし、被告人は徐行義務を免除されると考えるのが相当であり、また仮りに被告人が徐行義務を免除されないとしても、右のような客観的諸状況のもとにおいては、いわゆる信頼の原則などから徐行の程度は緩和されるものと考えるのが相当であるから、A巡査らが被告車を停車させようとしたことは、自動車検問ないし職務質問の前提条件を欠く違法な職務行為であり、従つて被告人が右検問を通過してもなんら責めらるべきいわれはないと主張する。
しかし前記道路交通法第六七条第一項によれば、警察官は、自動車運転者が酒気帯び運転をしていると認めるときは、当該自動車を停止させる権限を有することは明らかであり、また前記警職法第二条第一項は警察官に対し、一定の要件のもとに、自動車運転者に対する検問ないし職務質問の権限を与えているものと解すべきであり、警察官が職務質問の要件の存否を確認するため、自動車運転者に停車を求め、場合によつては停車を指示する権限をも合わせて与えたものというべく、もとよりそれは、すべての自動車に対し無制限にその停車を求める権限があるとは考えられないとしても、個々の自動車について検問の合理的必要性があり、かつその方法が適切であつて、自動車運転者に対する自由の制限が最小限度に止められる場合においては、職務質問の前提として自動車の停止を求め、場合によつては停車を指示することも許容されるものということができる。
そこで本件につきこれをみるのに、前認定のように取締の場所は往々飲酒運転の行なわれる道路であるのみならず、被告人は前記交差点を徐行義務を尽さないで通過しており(この点について、被告車が時速約三〇キロメートルないし四〇キロメートルで進行していたことは前認定のとおりであつて、所論のように本件交差点の状況、当時交通量が特に少なかつたことなどの事情をもつて、被告人が徐行義務を免除されるものとはいえないし、また本件においては信頼の原則を適用する余地はないのであるから、所論のように徐行の程度が緩和されるものともいえず、更に右の速度が道路交通法第二条にいう徐行にあたらないことは論をまたないところであつて、時速三〇キロメートル程度の速度をもつて徐行義務に違反したとはいえないとする所論の採ることをえないことは当然である。)、しかも警察官の停車の合図を無視し検問を通過して逃げたものであるから、これらの場所的関係および被告人の運転状況から、A巡査らにおいて被告人が飲酒運転をしているのではないかとの疑念を抱くに至つたことは、合理的に判断してけだし当然というべく、従つて同巡査らが自らの疑念を確かめるため職務質問をすることは許さるべきであり、そのためには前記道路交通法第六七条第一項および警職法第二条第一項の各法意に従い、逃走する被告車を停止させて質問することができるものと解すべきであると同時に、またこれをなすことがその忠実な職務の遂行でもあるといいうるのである。してみれば、本件自動車検問ないし職務質問が前提条件を欠くことを根拠とする所論の失当なることは明らかである。
そして本件の自動車検問ないし職務質問が適法であると認むべきことは前説示のとおりであるから、右検問に引続くA巡査の被告車の停止および下車を求める行為も違法とはいえないし、この場合自動車の停止を求めるためにこれを追跡することは通常の手段方法であつて、これを停止させるために場合によつては多少の実力を加えることもまた正当な職務執行の範囲内の行為であるといいうべく、もとより職務質問にあたつては、任意になされることが要求されており、決して暴行にわたるような態度に出ることは許されないが、前認定のようにA巡査が被告人に酒の臭いがしたのを知覚して降車を求めたのに、被告人は下車しないのみならず、かえつて急に発進しようとしたのであるから、これを阻止しようとした同巡査の行為は、正当な職務行為として是認されるものというべきである。しかるに被告人は同巡査に対し前認定のような暴行を加えているのであるから、同巡査の以上の行為が違法であることを前提とし、公務執行妨害罪の成立を争う所論もまた失当といわねばならない。(なお所論引用の各下級審判決はいずれも本件とは事案を異にしており、本件については適切ではない。)
以上の次第であつて、本件についてA巡査のなした行為は、警察官としての適法な職務行為に該当することが明白であり、原判決が被告人の同巡査に対する原判示第二のような暴行の所為につき、公務執行妨害罪を認定したのは正当として是認すべきであつて、同所為につき、刑法第九五条第一項を適用処断した原判決にはなんら法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二点について。
しかし記録によれば、本件は、被告人が酒気帯び運転をしたという事案と、前記のようにA巡査の職務の執行を妨害したという事案とであつて、右各犯行の罪質、動機、態度などにてらせば、その犯情は決して軽視を許されず、被告人は無免許運転(二回)、酒気帯び運転(一回)、業務上過失傷害等(一回)および傷害(二回)の各罪による罰金刑の前科が六犯あるのにかかわらず、更に本件酒気帯び運転の犯行に及び、加うるに交通取締の警察官に暴行を加え、同警察官の職務の執行を妨害したものであつて、その刑責は重く、当審における事実取調の結果を合わせ、所論指摘の被告人に有利な諸事情を参酌しても、原審の量刑はやむをえないものであると認められる。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
第11刑事部
(裁判長判事 石田一郎 判事 菅間英男 判事 柳原嘉藤)

(2)考え方

(3)判例の立場

警察法
+(警察の責務)
第二条  警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
2  警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法 の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。

+判例(S55.9.22)
理由
被告人本人の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は、原審において主張、判断を経ていないものであり、また、判例違反をいう点は、引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、所論にかんがみ職権によつて本件自動車検問の適否について判断する。警察法二条一項が「交通の取締」を警察の責務として定めていることに照らすと、交通の安全及び交通秩序の維持などに必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべきものであるが、それが国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段によるからといつて無制限に許されるべきものでないことも同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ明らかである。しかしながら、自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。原判決の是認する第一審判決の認定事実によると、本件自動車検問は、右に述べた範囲を越えない方法と態様によつて実施されており、これを適法であるとした原判断は正当である。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己)

(4)上記最高裁判例の射程
一斉警戒検問にも及ぶ。

3.判例の考え方の本事案へのあてはめ
必要性
相当性

第2 エンジンキーの抜き取り行為の適法性
1.問題の所在
2.職務質問のための停止行為の限界についての判例の基本的考え方
(1)任意処分と強制処分の区別等に関する51年判例の理論
+判例(S51.3.16)岐阜呼気検査事件
理由
弁護人大野悦男の上告趣意のうち、憲法三三条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張に過ぎず、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、所論にかんがみ職権により判断すると、原判決が公務執行妨害罪の成立を認めたのは、次の理由により、これを正当として支持することができる。
一 原判決が認定した公務執行妨害の事実は、公訴事実と同一であつて、「被告人は、昭和四八年八月三一日午前六時ころ、岐阜市美江寺町二丁目一五番地岐阜中警察署通信指令室において、岐阜県警察本部広域機動警察隊中濃方面隊勤務巡査A(当時三一年)、同B(当時三一年)の両名から、道路交通法違反の被疑者として取調べを受けていたところ、酒酔い運転についての呼気検査を求められた際、職務遂行中の右A巡査の左肩や制服の襟首を右手で掴んで引つ張り、左肩章を引きちぎつたうえ、右手拳で同巡査の顔面を一回殴打するなどの暴行を加え、もつて同巡査の職務の執行を妨害したものである。」というにある。

二 原判決が認定した事件の経過は、(一)被告人は、昭和四八年八月三一日午前四時一〇分ころ、岐阜市a町b丁目c番地先路上で、酒酔い運転のうえ、道路端に置かれたコンクリート製のごみ箱などに自車を衝突させる物損事故を起し、間もなくパトロールカーで事故現場に到着したA、Bの両巡査から、運転免許証の提示とアルコール保有量検査のための風船への呼気の吹き込みを求められたが、いずれも拒否したので、両巡査は、道路交通法違反の被疑者として取調べるために被告人をパトロールカーで岐阜中警察署へ任意同行し、午前四時三〇分ころ同署に到着した、(二)被告人は、当日午前一時ころから午前四時ころまでの間にビール大びん一本、日本酒五合ないし六合位を飲酒した後、軽四輪自動車を運転して帰宅の途中に事故を起したもので、その際顔は赤くて酒のにおいが強く、身体がふらつき、言葉も乱暴で、外見上酒に酔つていることがうかがわれた、(三)被告人は、両巡査から警察署内の通信指令室で取調べを受け、運転免許証の提示要求にはすぐに応じたが、呼気検査については、道路交通法の規定に基づくものであることを告げられたうえ再三説得されてもこれに応じず、午前五時三〇分ころ被告人の父が両巡査の要請で来署して説得したものの聞き入れず、かえつて反抗的態度に出たため、父は、説得をあきらめ、母が来れば警察の要求に従う旨の被告人の返答を得て、自宅に呼びにもどつた、(四)両巡査は、なおも説得をしながら、被告人の母の到着を待つていたが、午前六時ころになり、被告人からマツチを貸してほしいといわれて断わつたとき、被告人が「マツチを取つてくる。」といいながら急に椅子から立ち上がつて出入口の方へ小走りに行きがけたので、A巡査は、被告人が逃げ去るのではないかと思い、被告人の左斜め前に近寄り、「風船をやつてからでいいではないか。」といつて両手で被告人の左手首を掴んだところ、被告人は、すぐさま同巡査の両手を振り払い、その左肩や制服の襟首を右手で掴んで引つ張り、左肩章を引きちぎつたうえ、右手拳で顔面を一回殴打し、同巡査は、その間、両手を前に出して止めようとしていたが、被告人がなおも暴れるので、これを制止しながら、B巡査と二人でこれを元の椅子に腰かけさせ、その直後公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕した、(五)被告人がA巡査の両手を振り払つた後に加えた一連の暴行は、同巡査から手首を掴まれたことに対する反撃というよりは、新たな攻撃というべきものであつた、(六)被告人が頑強に呼気検査を拒否したのは、過去二回にわたり同種事犯で取調べを受けた際の経験などから、時間を引き延して体内に残留するアルコール量の減少を図るためであつた、というのである。

三 第一審判決は、A巡査による右の制止行為は、任意捜査の限界を超え、実質上被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使であつて、違法であるから、公務執行妨害罪にいう公務にあたらないうえ、被告人にとつては急迫不正の侵害であるから、これに対し被告人が右の暴行を加えたことは、行動の自由を実現するためにしたやむをえないものというべきであり、正当防衛として暴行罪も成立しない、と判示した。原判決は、これを誤りとし、A巡査が被告人の左斜め前に立ち、両手でその左手首を掴んだ行為は、その程度もさほど強いものではなかつたから、本件による捜査の必要性、緊急性に照らすときは、呼気検査の拒否に対し翻意を促すための説得手段として客観的に相当と認められる実力行使というべきであり、また、その直後にA巡査がとつた行動は、被告人の粗暴な振舞を制止するためのものと認められるので、同巡査のこれらの行動は、被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使にあたるということはできず、かつ、被告人が同巡査の両手を振り払つた後に加えた暴行は、反撃ではなくて新たな攻撃と認めるべきであるから、被告人の暴行はすべてこれを正当防衛と評価することができない、と判示した。

四 原判決の事実認定のもとにおいて法律上問題となるのは、出入口の方へ向つた被告人の左斜め前に立ち、両手でその左手首を掴んだA巡査の行為が、任意捜査において許容されるものかどうか、である。
捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。
これを本件についてみると、A巡査の前記行為は、呼気検査に応じるよう被告人を説得するために行われたものであり、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもつて性質上当然に逮捕その他の強制手段にあたるものと判断することはできない。また、右の行為は、酒酔い運転の罪の疑いが濃厚な被告人をその同意を得て警察署に任意同行して、被告人の父を呼び呼気検査に応じるよう説得をつづけるうちに、被告人の母が警察署に来ればこれに応じる旨を述べたのでその連絡を被告人の父に依頼して母の来署を待つていたところ、被告人が急に退室しようとしたため、さらに説得のためにとられた抑制の措置であつて、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもつて捜査活動として許容される範囲を超えた不相当な行為ということはできず、公務の適法性を否定することができない。したがつて、原判決が、右の行為を含めてA巡査の公務の適法性を肯定し、被告人につき公務執行妨害罪の成立を認めたのは、正当というべきである。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顯)

ア 任意処分と強制処分の区別の基準
「意思の制圧」
=抵抗不能状態下におく
イ 任意処分の適法性の基準
(2)職務質問のための停止に関する判例